“当代の人気作家達が天才・樋口一葉の現代語訳に挑んだ注目の企画”

現代語訳・樋口一葉 『たけくらべ』『にごりえ』 

  訳:松浦理英子、藤沢周、阿部和重、井辻朱美、篠原一 (『たけくらべ』)

    伊藤比呂美、島田雅彦、多和田葉子、角田光代 (『にごりえ』)

(河出文庫)

 樋口一葉にはずっと興味を持っていながら、なかなか読む機会に恵まれませんでした。たった24歳で夭折した、希代の天才女流作家・樋口一葉。瑞々しい感性と非凡な洞察力を謳われているにも関わらず、どこか取っ付きにくいイメージがあるのは、やはりあの文体のせいでしょうね。ほとんど改行をせず、さらに句点も打たずに、読点だけで延々と文章を続けてゆく、あの異常に長い文章。さらに彼女、明治時代の人なのに、旧仮名遣いの文語体で書いているのです。これでは古典の原文を読むようなものです。注釈や現代語訳を付けた本も出てはいますが、あれはあれで読みにくいですしね。

 そこへ、この好企画。完全現代語訳というだけでも胸が躍りますが、それを文壇で活躍中の作家達が担当するという楽しさ。ラインナップを見れば、島田雅彦や角田光代のような売れっ子作家も参加しています。そうして現代に蘇った一葉の世界は、噂に違わず凄いものでした。明治時代の、それもまだ二十歳そこそこの女性が、これほど多様な世界を多様な視点から描き得たとは、全くもって驚きという他ありません。私はてっきり、身の回りの出来事を観察して描いたエッセイ風の文学を想像していたのですが、実際の一葉文学は、様々なシチュエーションの内に人生の機微を盛り込んだ、極めてドラマティックな物語ばかりなのでした。

 個人的には、やはり『たけくらべ』や『十三夜』のしみじみとした余韻に惹かれますが、どれも皆、自らの力ではどうにもならぬ境遇に由来する哀しさ、やるせなさが滲む、読み応えのある小説ばかりです。現代語訳はおおむね成功しているように見受けられますが、原文を読む力が私にない以上、その辺りの事ははっきりとは言えません。ただ、『にごりえ』収録の幾つかの作品では、現代人しか使わないような言葉(テクニック、ギャップ、エプロン、サービス業など)を挿入する訳が目立ち、これにははっきりと違和感を覚えた事を付け加えておきます。現代語訳というのは、そういう事とは違うんじゃないでしょうか。

 各巻の収録作品は以下の通り。

 『たけくらべ』‥‥『たけくらべ』『やみ夜』『十三夜』『うもれ木』『わかれ道』

 『にごりえ』‥‥『にごりえ』『この子』『裏紫』『大つごもり』『われから』『ゆく雲』『うつせみ』

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