傷心の女性が故郷で開いたメニューのない食堂。お客は一日一組だけ

食堂かたつむり (ポプラ社)

 小川糸

 同棲していたインド人の恋人に、ある日、何もかも持ち逃げされてしまった主人公。ショックのあまり声までも失い、ただ一つ残った大事なぬか床だけを持って故郷の村に帰った彼女は、そこで小さな食堂をオープンさせる。一日一組限定で、客と面接しながらその日のメニューを作ってゆく内、それが人々と彼女の心を変えてゆく。

 大した宣伝もなしに口コミで売れているという事実、それとセンスの良い装幀デザインとタイトル、それだけでピンと来てこの本を手に取りました。もっとも、スピッツの草野マサムネやポルノグラフィティの岡野昭仁の推薦文が付いているにも関わらず、私は何となく、文学少女が趣味で書いたようなものを想像していたのですが、そんな先入観は、詩的で美しい文章と、意外に個性的な登場人物達によってあっさり覆されました。つまり、ちゃんと文学になっていました。

 主人公が故郷に戻り、食堂を開店して評判を広めてゆく過程は、あまりに何もかも順調に進み過ぎるし、料理の説明が多いので、最初は受入れ難い感じも受けました。しかしその印象は、いい形でどんどん裏切られてゆきます。ハイライトはやはり、ペットの豚をパーティの料理としてふるまうクライマックスでしょうか。某学校で実際にこれと同じ授業をやって賛否両論が巻き起こったのは記憶に新しい所ですが、本書では、最初こそ衝撃を受けるものの、読み進めてゆくうちに、この物語のテーマを最も端的に表している場面である事が分かります。

 それから、母親から主人公に書かれた手紙。これはまるで、読者に向かって語りかけられているようにも思われて、ひどく泣けました。食べる事、そして生きる事と死ぬ事に真正面から向き合ったこの小説の著者は、勇気のある人だと思います。著者・小川糸は、作詞家・春嵐として音楽制作チームFairlifeに参加している他、著書に絵本「ちょうちょ」あり。

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