“伝記の名手ツヴァイクと『怖い絵』の著者の翻訳による、面白すぎる上下巻”

『マリー・アントワネット』上下 

 シュテファン・ツヴァイク  訳:中野京子 (角川文庫)

 評伝や伝記物というのは、よほどの読書好き以外にはなかなか近寄り難い雰囲気もありますが、本書はそういう、伝記物を敬遠しがちな人にぜひお薦めしたい良書。1932年にオーストリアで出版された古い本ではありますが、何せ著者がこのジャンルを得意とするツヴァイクで、訳者が『怖い絵』等のエキサイティングな著作で人気の中野京子ですから、まあ面白いのなんの・・・。読み始めたら止まりません。

 とは言っても伝記文学として新奇な仕掛けがある訳ではなく、ただただ著者の筆力と訳者の日本語文章力が凄いのです。ツヴァイクは、とにかくしつこい。アントワネットの常識外れなまでの軽薄さと享楽主義、そして夫となるルイ16世の、これまたケタ外れの弱気と無関心。さらに周辺人物も含め、各人の性格の欠点を繰り返し繰り返し、詳細に渡って告発し、それが政治と本人の人生をいかに堕落させてゆくかを、容赦のない筆致でえぐり出します。

 さらに個々のエピソード、とりわけ歴史が大きく動く際の重要な出来事を描くシュヴァイクの筆致の、臨場感に溢れてスリリングな事といったら! まるで読み手がその場に立ち会っているかのような、恐るべき迫真力で展開するのです。そうして本の中に引き込まれる内、この、人間というものの凄みが、愚かさや低俗さから、崇高さ、偉大さに至るまでを全て内包し、信じられないほどの深みと奥行きを伴って、読者の前に立ち現れてきます。

 いやあ、スゴい作品です。この本、面白すぎます。

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