凄い本です。私はどうも、長編小説とは相性が悪いというか、「これは面白い!」と胸を張って人に薦められる長編になかなか出会いませんが、本書は文句無しにお薦めです。ページをめくる手がもどかしいという、いわゆる読書の愉悦と興奮を本当に久しぶりに味わった本。 飛び込み競技に打ち込む高校生達を描いたこの小説、ライバル、恋愛、挫折と、道具立てはごく平凡なものばかり。凡百の作家なら、ありふれた青春スポコン小説になってしまう所、これほどまでに刺激的で奥深いエンターティメントになっているのは、結局“センス”としかいいようがないのが歯がゆい所です。別に、数ページ読んでそれと分かるほど才気走っているという訳ではありません。要するに森絵都という人は、多くの作家よりも少しだけ視野が広く、少しだけ特別な所に気がつき、少しだけ違う風景を見ているのだと思います。 私が初めて読んだ森作品は、『アーモンド入りチョコレートのワルツ』という短編集でした。彼女がヤングアダルト作品から出発し、一般向けの小説『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞を受賞した事は知っていました。気になる作家ではあったのですが、もし妻がこの本を図書館で借りて来なければ、私が森作品に出会うのはもっと後になっていたでしょう。クラシック音楽をモティーフにした三つの短編からなるこの本には、ヤングアダルト小説というレッテルではとても括りきれない著者の並外れた才能とセンスが躍動していました。 以後、初期の数作を除けば、『つきのふね』『カラフル』『永遠の出口』と、傷つきやすい少年少女達が大切な何かを学んで成長してゆく過程を様々な角度から描き、それを一本のストーリーラインへ巧妙に収束させてゆくその手腕と洞察力に、驚かされない作品はありませんでした。その感性は、大人向けの作品『いつかパラソルの下で』や『風に舞いあがるビニールシート』でも失われる事はなく、そこではさらに複雑で、一筋縄では行かない人間関係の機微が、巧妙な筆致で活写されています。 そこへ、この『DIVE!』です。何とエキサイティングな小説でしょうか。手に汗握るクライマックス形成や、豊かな文学的素養に裏打ちされた文章の巧みさは言うまでもありませんが、何といってもこの人の小説は、キャラクターが魅力的です。結局、森作品に登場する少年少女達も作者と同様、他の子たちに比べて、少しだけ大人びていて、少しだけ深く考え、少しだけ大きい愛を持っているという事でしょう。彼らは時に傲慢で、身勝手で、理不尽な行為に及んだりもするけれど、自分のやった事は結局自分に返ってくる。そして彼らは、誰かの言葉や行為によって自らの過ちに気付き、より良い一歩をちゃんと踏み出す事ができるのです。 そして、ひたすら切なく、胸を打つ部分もある。登場人物が、たまらなく愛しくなる瞬間があるのです。それは著者が、「どうにもならない事」をごまかさずに読者に提示し、そこから目を逸らさずに、望める限りの希望を求めようとしているからかもしれません。脚本家出身だから、構成力に関しては非の打ち所がないですし、文章力も一級です。でもそれだけなら、いかによく書けている小説だからといって、私は彼女の作品をこんなには読み続けなかっただろうと思います。 それにしてもクライマックス、全ての登場人物達の想いが交錯する中、主人公がプールに飛び込む瞬間の描写といったら! 一体どうやったらこんな文章が書けるのでしょう。これはもう言葉によるアクロバットという他なさそうですね。 |