英国のマジック・リアリズム作家として知られる、アンジェラ・カーターの遺作。私が初めてカーターの名前を知ったのは、鬼才ニール・ジョーダン監督の映画『狼の血族』の原作者としてで、それ以来邦訳された小説のほとんどを読んできましたが、正直な所、私にとってはかなり難解な作風でした。なので、彼女が英国で最も幅広い世代に多く読まれている作家だと聞いて不思議に思い、一体どこがマジック・リアリズムなのか分からなかったというのが正直な感想です。 そこへ来ると、本書はリーダビリティも高く、イマジネーションの豊富さも、マジック・リアリズム的な要素も全部入った傑作。カーターの文体は「観念的で沈鬱」というイメージでしたが、本書はショーガールとして時代を駆け抜けた双子姉妹の片割れドーラが語る回想記で、全編に渡ってテンションが高く、ユーモラスで快活です。 しかもこのドーラ、既に老人なのにその語り口は若い娘のようにポップな饒舌さに溢れています。何しろ彼女は、読者に向かって「さてここで問題です」「だあれだ?」とクイズ形式で語りかけてきたりするのです。親権・扶養関係がめちゃくちゃで、双子が5組も登場する、正に数奇な運命を描く物語ながら、悲惨な側面は笑い飛ばし、ウィットとアイロニーたっぷりに喋りまくるドーラの語りは圧巻。 それにしてもこの主人公、育ちに恵まれなかったにも関わらず、文中に登場する膨大な引用の数々はいかがでしょう。父親(生物学上の)が偉大な舞台俳優という設定なので、シェイクスピアの戯曲のセリフが随所にもじってあるのは勿論、古今の文学作品や映画からブルース・スプリングスティーン、ビリー・ジョエルの歌詞に至るまで、ほとんどもうパロディのオン・パレード。訳者による長い注釈は付いていますが、ここまで来ると全てに言及できるものでもありません。 実の所、カーター作品は日本語訳のひどいものが多く、まず日本語が読みにくくて途中で放り出したくなるものが何冊もありました。そこへ来ると、エリザベス・ボウエンの翻訳なども手掛ける太田良子の訳は読みやすく、センス満点。さすがに相当な意訳ではないかという箇所も多々ありますが、何よりも楽しく読めるのは大事なことです。 本書を気に入られた方は、この一つ前の作品、『夜ごとのサーカス』(国書刊行会)もお薦め。翼の生えたショーガールという、本書と似た世界観を持つファンタジー長編で、翻訳も悪くありません。本書のように弾けた楽しさはありませんが、カーター作品の中では読みやすい方ではないかと思います。 |