出久根 育

Dekune Iku

* 作家紹介

 1969年、東京生まれ。武蔵野美術大学で版画を専攻。98年、グリム童話をテーマにしたエッチング作品でボローニャ国際絵本原画展入選。99年、ドイツのカッセルとシュタイナウのグリム兄弟博物館ギャラリーで作品を展示。03年、『あめふらし』でブラティスラヴァ世界絵本原画展グランプリ受賞。02年よりチェコ、プラハ在住。

 彼女の作品に顕著なのは、シュールで独創的な画風。中世のフレスコ画や東欧の巨匠達の絵本を彷彿させる雰囲気、ヨーロッパ風の落ち着いた色彩を基調に、デフォルメされたいびつな人物像や、既成概念に囚われないファンタジーの飛躍が見る者を圧倒します。一方、初期の代表作『おふろ』などは、いかにも子供向け絵本といったほのぼのタッチですし、安房直子原作の絵本など、概して日本を舞台にしたものは、淡彩でクセのない造形で描かれている印象です。挿絵を担当した作品も多数。

* 作品

『こうさぎと4本のマフラー』 (のら書店)

『こうさぎとほしのどうくつ』 (のら書店)

『こうさぎのミニレター』 (のら書店)

『みどりのスキップ』 (偕成社)

『ひのきとひなげし』 (三起商行)

『はるさんがきた』 (鈴木出版)

『おふろ』 (学習研究社)

『あずみの花いちもんめ』 (挿絵、学習研究社)

『ルチアさん』 (挿絵、フレーベル館)

『わたしたちの帽子』 (挿絵、フレーベル館)

『トロルとにひきのいたずらこやぎ』 (挿絵、佼成出版社)

『にひきのいたずらこやぎ』 (挿絵、佼成出版社)

『いたずらこやぎと春まつり』 (挿絵、佼成出版社)

『郵便配達マルコの長い旅』 (挿絵、毎日新聞社)

『グリム童話集』上下 (挿絵、岩波書店)

 他

* おすすめ

『あめふらし』 (パロル舎・2001年)

 作:グリム兄弟  絵:出久根育

 高い塔のある城に住む、気位の高い王女。彼女の婿になるには、千里眼の彼女と勝負して姿を隠さなくてはならず、破れた者は首を刎ねられてしまう。ある若者が知恵を巡らし、王女に挑戦しようとするが・・・。

 彼女が得意とするグリム作品。原作も相当ぶっとんだお話ですが、イラストの豊かなイマジネーションには驚かされます。森の中でハンガーにとまっているカラス、巨大なバスタブの中を泳ぐ魚、ガラスの破片として描かれる求婚者達の首・・・。

 物語の一場面を描写しているのではなく、文章の中にあるキーワードを拾って、そこからイメージした世界を絵画的に構築するような行き方です。それだけでも目の眩むような展開ですが、各場面を誇張した遠近感と歪んだデッサンで隅々まで彩ってゆくのも凄い所。ちなみに、同じ訳者によるグリム童話集の中の一冊にも、出久根育が挿絵を担当したものがあります。

『ペンキや』 (理論社・2002年)

 作:梨木香歩  絵:出久根育

 塗装店で見習いとして働くしんや。彼は、同じくペンキやで、フランスへ渡って死んだ父のお墓を探す旅に出る。そしてフランスのあちこちで、生前に会う事がなかった父親の面影に出会う・・・。

 童話のような、短編小説のような、リアリズムとファンタジーが混じり合う梨木香歩の不思議な文章に、これまたシュールな佇まいと詩情が混在する出久根育の絵が見事にマッチして、世にも稀な美しさを持つ絵本が出来上がりました。プラハ移住後の第1作という事ですが、どぎつさを排した、温かみのある爽やかな色調を見ていると、彼女がチェコに移り住んだのは、ほとんど当然の選択とさえ思えてきます。

 作中、しんやが“ユトリロの白で”と注文される場面がありますが、出久根育が作る色も、一筋縄では行かない、背後にドラマを孕んだ複雑な色だと言えます。静かな感動に満ちた最後のページまで読んで、思わず胸がいっぱいになりました。絵本としては小さなサイズなので、小説などと一緒に本棚に収めても違和感がありません。

『ワニ』 (理論社・2004年)

 作:梨木香歩  絵:出久根育

 こちらも梨木香歩の絵本シリーズの一冊ですが、物語も絵のタッチも『ペンキや』とは完全に方向を異にしています。ほとんど難解とさえ言える文章は、ジャングルに住むワニが抱いたアイデンティティの疑問にフォーカスしますが、一方で、動物世界の本質を残酷なまでにグサリと衝く所もあります。ジャングルや草原が舞台なので、出久根育らしいヨーロッパ的な色彩は出ていませんが、異色の絵本として一度読んでみる価値はあるでしょう。

『ロシアの民話 マーシャと白い鳥』 (偕成社・2005年)

 再話:ミハイル・プラートフ  文・絵:出久根育

 魔女に誘拐された弟を救いにゆく少女の話。ニワトリの足の上に乗った魔女(ババヤガー)の小屋というモティーフは、ロシアや東欧の民話にたびたび登場するものです。どのページも独立した絵画のように美しいヨーロッパ風の絵本で、深く、格調高い色彩が際立つ、ポエジーと幻想味の豊かな作風が圧巻。

『おふとんのくにの こびとたち』 (偕成社・2005年)

 作:越智典子  絵:出久根育

 高熱で寝込んだ少女の布団の上に、小人達が現れて何かを建設しはじめるが、それは、雪を降らせて少女の熱を冷ます装置だった。海外の題材の時とはガラリと変わり、明るくて淡い色彩と軽いタッチで描かれた絵本。漫画のようにコマ割りされていますが、セリフはほとんどなく、時折小人達の意味不明の言葉が添えられていて、物語の展開同様、どこかシュールな味わいがあります。最後に、熱冷まし機の設計書が載っているのも凝った演出。

『山のタンタラばあさん』 (小学館・2006年)

 作:安房直子  絵:出久根育

 児童文学作家・安房直子の美しい文章に、出久根育のイラストが見事にマッチした絵本。山に住む魔法使いと動物達のエピソードは四つに分けられ、連作短編集のような構成になっています。文章と絵は対等くらいの分量で、全体も60ページ強と大部ですが、漢字にはルビが振ってありますし、とにかく素晴らしい文章。

 色も線もやはり和風という感じを受けますが、色彩の美しさは出久根育ならでは。彼女の特徴であるデフォルメも随所に見られます。例えばモミの木にとまる巨大なヒバリや、置物のようにスタイリッシュな猫たち、均等な角度でかしいだ狸の家族など、視覚的な遊びに溢れたデザインに豊かなイマジネーションが弾けます。

『アントン・ベリーのながいたび』 (理論社・2007年)

 作:天野春樹  絵:出久根育

 挿絵の仕事で何度も組んでいる天野春樹作の絵本。ドラゴン・プーという小さな竜を連れた男の子が、食べ物を探しに旅に出るお話で、人物の顔などに出久根育らしい造型が見られますが、色彩的にはポップでカラフルな色使い。線もくっきりしています。文章もひらがなで、あくまで小さなお子様を対象にした作品だと言えるでしょう。

『十二の月たち』 (偕成社・2008年)

 再話:ボジェナ・ニェムツォヴァー  文・絵:出久根育

 再び海外の民話物。チェコやスロヴァキアからロシアにかけて、スラヴ地方に広く伝わるお話が原作です。意地悪な継母と姉に言いつけられて、雪の中をさまよう少女マルシュカ。自然は彼女を助け、継母と姉に天罰を与えます。こういう題材になると、水を得た魚のように才気を発揮する出久根育。複雑なグラデーションと、時に宗教画をも思わせる荘厳な画面構成、詩情豊かな美しいデッサンと、正に彼女の面目躍如たる作品。

『もりのおとぶくろ』 (のら書店・2010年)

 作:わたりむつこ  絵:出久根育

 4匹の子うさぎ達が、怪我をしたおばあちゃんのために森の音を集めにゆく、可愛いお話。本書のように、「でくねいく」と作者名がひらがな表記されているものは、小さなお子様向けの本だと分かります。キャラクターのデフォルメ感もほとんどなく、平素はヨーロッパ的な色彩に濃い彼女の画風も、ここでは日本の絵本らしいさっぱりとした淡彩がメイン。シリーズとして続刊も出ていますが、この画風で統一されています。

『かえでの葉っぱ』 (理論社・2012年) 

 作:デイジー・ムラースコヴァー  絵:出久根育

 訳:関沢明子

 原作は一枚の葉っぱが旅をして、たき火で燃え尽きるまでを詩情豊かに描いた童話。しみじみと余韻を残す、素晴らしいお話です。

 作者のムラースコヴァーは自身絵本作家でもありますが、あとがきで述べているように、75年の執筆当時は挿絵を書く時間がなく、出久根育との出会いから新たに絵本として出版されるようになったとの事。「本当にあった事しか書かない」というムラースコヴァーと、チェコで暮らして自分の中に染み込んだ世界観を描きたいと思っていた出久根育の、幸せな出会いです。思わず引き込まれるほどに美しく、格調高い画風は圧倒的。

『出久根育作品集 〜ねずの木と赤い実〜』 (学研・2014年)

 過去の絵本、挿絵などの他、日本には紹介されていないチェコでの仕事も少し見られる作品集。書き下ろしのエッセイも入っている他、理論社のホームページで連載しているウェブエッセイも一部掲載されています。ファンにとっては、福音館書店「おおきなポケット」の付録だった『あっちいけポイ』というコミックが最後に付いているのも垂涎でしょう。漫画の体裁なのに、画風が完全に彼女のタッチなのが面白い所。

 本としての魅力を味わせてくれるのもさすがの造りで、函入りに布張りの厚い表紙、シックな色彩など、著者の世界観を反映した、人気ブックデザイナー・名久井直子による装幀も素晴らしいです。

『命の水 チェコの民話集』 (西村書店・2017年)

 編:カレル・ヤロミール・エルベン

 絵:出久根育  訳:阿部賢一

 チェコのグリムとも言われるエルベンは、19世紀ボヘミアの民俗学者/詩人で、本書はエルベンの生誕200周年を記念して出版されたアンソロジーの全訳です。民話集とありますが、民話や伝説だけでなくことわざや歌もあれば、由来話に関する小文もあり、なかなか多彩な内容。分類から言えば挿絵でしょうが、出版社は帯で「絵本」と謳っています。

 イラストはお得意のテンペラ技法で描かれたもので、初期から一貫している東欧風のタッチや色彩感が素晴らしいです。全てのページにイラストが入っている訳ではないし、ワンポイント的な挿絵も多いですが、全てカラーなので見応えあり。見開きで全てイラストのページもあります。漢字にはある程度までルビがふってあるので、小学生でも高学年なら読めるかもしれません。

『チェコの十二ヵ月 ーおとぎの国に暮らすー』 (理論社・2017年)

 絵・文:出久根育

 本書は絵本ではなく、理論社HPのウェブエッセイ、「プラハお散歩便り」の一部を書籍化したもの。エッセイストの文章とは違って詩的な含みのある語り口が印象的で、ウェブエッセイと聞いて想像する軽い雰囲気ではありません。彼女の言葉を通して語られると、ちょっとしたエピソードもそれが本当にあった事なのか、まるで物語のような幻想的な趣が漂うから不思議です。オールカラーではありませんが、イラストも入っているのが嬉しい所。

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