木内 達朗

Kiuchi Tatsuro

* 作家紹介

 1966年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部生物科を専攻。材料が安いから君はこれにしなさいと言われ、ゴキブリを飼育して卒論を書く。生物学における理想と現実のギャップに憮然として、卒業後に渡米。アートセンター・カレッジ・オブ・デザインでイラストレーション科卒業。92年に帰国後、フリーで活動。

 2億枚刷られたというイギリス・ロイヤルメールのクリスマス切手、世界中の店舗で展開されたスターバックス2007年クリスマスキャンペーン、ニューヨーク・タイムズ、ボストン・グローブ、ワシントン・ポストなどのイラストを手掛ける。他に雑誌挿絵、書籍装画、絵本など多数。ボローニャ国際絵本原画展、アメリカン・イラストレーション年鑑等入選。05年講談社出版文化賞さしえ賞受賞。東京イラストレーターズ・ソサエティ会員。イラストレーション青山塾講師。ペンスチ主宰。

 私は『蟹塚縁起』で初めてこの作家を知りましたが、その、幻想的で茫漠とした、輪郭さえも曖昧な不思議なタッチに、すっかり魅了されてしまいました。国内よりも海外で発売されている絵本の方が多いようですが、続けて入手した『氷河ねずみの毛皮』でも、ぼんやりとした、物の形の定まらない世界の中に、絶妙な光の効果で対象を浮かび上がらせる独自の手法が展開されています。ただ、その後この作風はあまり用いず、淡彩の明るい色合いと明瞭な線で描いた切り絵風の画風をメインにしている様子。

 作品

『のっていこう』 (福音館書店)

『あかにんじゃ』 (岩崎書店)

『いきもの特急カール』 (岩崎書店)

『そこからはじまる』 (学習研究社)

『どうして?犬を愛するすべての人へ』 (アスペクト)

『さくら、ひかる』 (挿絵、BL出版)

『アシナものがたり』 (挿絵、大日本図書)

『そこに愛がありますように』 (挿絵、WAVE出版)

『高野山の案内犬ゴン』 (挿絵、ハート出版)

『ほんとうのハチ公物語』 (挿絵、ハート出版)

『愛を想う』 (短歌とコラボ、ポプラ社)

『チキュウズィン』 (漫画、KADOKAWA/中経出版)

 他

* おすすめ

『氷河ねずみの毛皮』 (冨山房・1993年)

 作:宮沢賢治  絵:木内達朗

 極北の町ベーリングへ向かう夜の急行。イーハトヴから列車に乗り込んだ人々の中に、酒に酔って他の乗客に大声で絡む太った紳士がいた。しかし、列車は雪原の真ん中で突然停車。人のような白くまのような集団が荒々しく乗り込んできて、赤ら顔の紳士を取り囲む。

 編集部から宮澤賢治の絵本を提案された時、著者が真っ先に選んだのがこの話だったそうです。ベーリングという町も、氷河ねずみという動物も架空のものですが、人間と動物が自らの倫理観で対決するこのお話をチョイスした所に、画家の個性が表れています。月に照らされた雪景色の中を進む列車と、遠くからそれを眺めるオオカミ達の図は、オールズバーグの『急行北極号』の絵とそっくりで、偶然とはいえ面白い一致ですね。人物の表情をはっきり描かず、光と影でドラマを表現する手法は、ここでも冴え渡っています。

『The Lotus Seed』 (Harcourt Brace & Company・1993年)

 作:シェリー・ガーランド  絵:木内達朗

 ベトナムのお話。語り手の祖母は、王座を追われた皇帝が泣いている姿を見てしまう。彼女は、王国の庭園から蓮の種を持ち帰り、秘密の場所に隠して、寂しい時や悲しい時、その種をそっと出しては若くて勇敢な皇帝の姿に想いをはせていた。やがて彼女は結婚し、戦争によって国を追われ、海を渡って、異国の都会で親族と暮らし始める。彼女が持っていた蓮の種は、そこで成長して花を咲かせ、皇帝の物語も次の世代へ語り継がれてゆく。

 アメリカで多くの絵本を出している著者ですが、本書はその中で最も有名なもののようです。私が入手したのは“Voyager Books”という97年のエディションで、大きさも厚みも映画のパンフレットくらいの本。どのページを開いても大きな絵が目に飛び込んでくる上、文章が短くて簡潔で、私のような、英語力に乏しい読者でも、ざっと読んで大体のストーリーが分かるくらいに平易な内容なのが嬉しい所。物語も、深く心に残るものです。

『蟹塚縁起』 (理論社・2003年)

 作:梨木香歩  絵:木内達朗

 まずは梨木香歩による物語が圧巻。主人公のとうきちが救った蟹の群れ。その蟹たちの恩返しと、かつて武将であった彼の前世が哀しい因果で繋がってくる、この、何とも不思議な民話風の物語を、時に古い言葉も交えながら格調高い文章で綴ってゆきます。とうきちが、けなげな蟹の姿に「蟹よ、あればかしの事をお前たちはいつまでも恩に思って、そんな難儀に身を投じてくれたのかい。そんな事はしなくていいのだ。俺はこんな小さいお前たちから、何を返してもらおうとも思わないよ」と涙を流す所は、何度読んでも泣けます。

 アメリカで絵の勉強をしてきた木内達朗が、日本土着の因縁物語を絵にしているのは大変興味深い所です。人物の顔すらはっきり描かれず、全てが曖昧模糊としたシルエットの中で静かに繰り広げられる蟹塚の由来は、読者をたちまち昔話の世界へと誘い、魅了する事でしょう。

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