ビネッテ・シュレーダー

Binette Schroeder

* 作家紹介

 1939年、ドイツのハンブルグ生まれ。ミュンヘンの美術学校を経て、62〜67年、バウハウスの教育原則に従うスイスのバーゼル市立実業学校で商業美術、活版・石版印刷、写真等のグラフィック教育を受ける。69年の『お友だちのほしかったルピナスさん』でBIB金のりんご賞を受賞。71年に法律家のペーター・ニクルと結婚して以来、夫婦共作の絵本も多い。

 ヨーロッパ的な細やかな陰影と色彩、柔らかなタッチ、時にユーモラス、時に不可思議で、シュールレアリズムの影響も感じさせるシュレーダーの世界。それらは、どの絵本にも溢れんばかりの魅力で展開されていますが、パターン化された模様や図形の強調にグラフィック・デザインの素養を垣間見せるのも彼女の面白い所です。下記絵本の中には、“世界で最も美しい本”の賞に輝いたものもありますが、どの本を開いても幻想的なシュレーダー・ワールドに魅了されること請け合いです。ただ、おすすめ欄以外の本には、絵のスタイルが異なるものもありますので、ご注意下さい。

*作品

『ぞうさんレレブム』(岩波書店)

『タッファともだちをつくる』『タッファゆきがだいすき』

『タッファほねをかくす』『タッファピクニックへゆく』

『タッファアヒルとあそぶ』(ほるぷ出版)

『しまうまゼビーかぜにふかれて』『しまうまゼビーのおかいもの』

『しまうまゼビーのみずあそび』『しまうまゼビーのあさごはん』

『はしれ!しまうまゼビー』(佑学社)

 他

* おすすめ

『お友だちのほしかたルピナスさん』 (1969年、スイス)

 作・絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 岩波書店・1976年

 ルピナスの花が咲く野原に住むお人形(?)のルピナスさん。これは、彼女と鳥のロベルト、それに新しくお友達になったパタコトン氏とミスタ・ハンプティ・ダンプティの冒険譚です。お話は他愛のないものですが、繊細で想像力をかき立てるシュレーダーの絵に惹かれる、美しい絵本。彼女の出世作かつ代表作の一つでもあります。可愛らしく描き込まれたディティールや多様なグラデーションは、彼女のトレードマークと言えるのではないでしょうか。

『アーチボルドのほっぺた』 (1970年、ドイツ)

 作・絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 ほるぷ出版・1979年

 怠け者で面倒くさがりのアーチボルドの右ほっぺたが、退屈のあまり逃げ出し、世界を旅するお話。アーチボルドも、ほっぺたを追いかけて世界を回るはめになるのですが、ページがカラーとモノクロの交互に構成されていて、モノクロのページには必ず一カ所、赤くて丸い点(ほっぺた)が描かれています。ウィットに飛んだ演出ですね。ポスターっぽい表紙をはじめ、素敵なカット満載。

『こんにちは トラクター・マクスくん』 (1971年、スイス)

 作・絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 岩波書店・1973年

 百姓のクロースさんと馬のフロリアンが暮らす農場にやってきた、トラクターのマクス君。機械的で素っ気ないマクス君と友達になれず、途方に暮れるフロリアンですが、ある日マクス君が雨上がりのぬかるみにはまり込んで・・・。こちらもシュレーダー自身の作で、深い陰影と細やかな色彩を駆使した牧歌的な風景描写は大変に美しいものです。ほの暗い感じの絵がほとんどなのも、曇り空の多い北ドイツ出身の人らしいセンスを感じます。森や田園の風景に木々や動物をパターン化された模様のように配置して、デザイン画的な感性を生かすのもシュレーダー流。

『ラ・タ・タ・タム ちいさな機関車のふしぎな物語』

 (1973年、スイス) 

 作:ペーター・ニクル  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 岩波書店・1975年

 夫ペーター・ニクルとの共作本。小さな機関車の逃走劇ですが、文章は少なく、素晴らしいイラストの数々がメイン。ページをめくるごとに色彩は移り変わり、マンガチックな人物造型があったかと思えば、様式化された構図やファンタンスティックな風景が飛び出たりと、驚きに満ちた斬新な作画で読者を魅了します。ちなみにこの絵本、森見登美彦の人気小説『夜は短し歩けよ乙女』の中に登場するせいか、古本の価格も高騰している様子で、比較的適正な価格で売られているのを探すのに私も数ヶ月かかりました。

『わにくん』 (1975年、スイス)

 作:ペーター・ニクル  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 偕成社・1980年

 ナイルの川岸に住むワニ君。通りがかったご夫人達の話を立ち聞きした彼は、ワニの店があるというパリへ旅に出る。ところがワニの店というのが実はワニ皮製品の店で、ショックを受けたワニ君はとうとう‥‥。諷刺とブラック・ユーモアの効いたお話を書いたのは、これも夫のペーター・ニクル。ちょっぴり辛口の内容ですが、絵の方は艶やかな色彩に溢れながらもデザイン性の高い斬新なもので、どのページもそのままポスターになりそうなほどインパクトがあります。

 本書は75年にスイスの最も美しい本賞、77年にライプツィヒ図書展の“世界で最も美しい本賞”に輝いていますが、ページを開けば思わず納得の美しさ。絵本好きの人以外にも手に取って欲しい逸品です。

『ほらふき男爵の冒険』 (1977年、スイス)

 再話:ペーター・ニクル  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 福音館書店・1982年

 本書は、有名なほらふき男爵の物語をニクルが再話したもの。原典はラスペ本の第3版とビュルガー本の第2版を参照しているとの事。文章がメインの読み物ですが、オールカラーだし、シュレーダーのイラストも挿絵と呼べる分量を遥かに越えているので、やはり絵本と言うしかない感じでしょうか。細かいカットも多く、想像力溢れるファンタンスティックな画風が味わえる逸品です。冒頭にシュレーダー、最後にはニクルの仕事中の姿を描いた小さなカットが入っていて、ユーモアたっぷり。

『影の縫製機』 (1982年、ドイツ/オーストリア)

 作:ミヒャエル・エンデ  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:酒寄進一

 長崎出版・2006年

 『モモ』『はてしない物語』などドイツを代表する児童文学作家、ミヒャエル・エンデの19篇の詩にシュレーダーが挿絵を付けた素敵な本。絵本というより、詩集の扱いになるのでしょうか。コピーも“エンデ絶頂期の傑作、待望の邦訳”と謳っていて、どちらかといえばエンデのファンを対象にした企画のようです。シュレーダーは、いつもの柔かなタッチと違い、モノクロの明瞭な線で描かれた、ペン画と思しきシュールなイラストを寄せています。

 エンデの詩は、ナンセンス・ユーモアも多いですが、綱なしでも空中を歩けるようになる綱渡り芸人や海に出て夢を採る漁師など、詩的なイメージも満載。最初から両者の共作として企画されたものらしく、最後の一篇は閉幕の挨拶として、シュレーダーの挿絵にも言及しています。文字の大きさや配置などもよく考えられているし、外函や布張りの表紙など書物としての完成度も高く、是非本棚に飾りたい一冊。プレゼントにもお薦めです。

『美女と野獣』 (1986年、イギリス)

 作:ボーモン夫人  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:ささきたづこ

 岩波書店・2004年

 古くはジャン・コクトーからディズニーの映画やミュージカルにまでなった、有名な物語を絵本化。ポエジーと幻想味溢れる美しいイラストは健在ですが、シュレーダーの絵本としては文章のヴォリュームがかなりある方です。巻頭ページに、原作者ボーモン夫人が野獣を連れた肖像画を載せている所は、いかにもシュレーダーらしい遊び心。彼女の作品では珍しく、イギリスで出版された本です。

『グリム童話 かえるの王さま』 (1989年、スイス)

 作:グリム兄弟  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:矢川澄子

 岩波書店・1992年

 グリム童話をシュレーダー流の絵本に。彼女らしい美的センスに溢れた作画ですが、カエルが王子に変身する場面など、途中過程の姿は怪物めいてややグロテスクな一面もあります。グラフィカルな構図の作り方やグラデーション豊かな色彩感覚はさすが。

『満月の夜の伝説』 (1993年、ドイツ/オーストリア)

 作:ミヒャエル・エンデ  絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:佐藤真理子

 岩波書店・1994年

 片や山奥の洞穴で瞑想に耽る隠者、片や荒々しい気性の盗賊、正反対の二人が山の中で出会い、不思議な体験を通じて成長する・・・。こちらもミヒャエル・エンデ原作による、民話風の物語。いつの間にか荒くれ者に対して目上の立場から物を言っていた隠者が、彼のおかげで自分の傲慢さに気づくという、道徳的テーマも含んだお話になっています。シュレーダーの絵はどれも幻想的でイマジネーションに溢れて魅力的ですが、文章は漢字にルビがなく、難しい言葉も頻出するので、大人向け絵本と言えるでしょう。

『ラウラとふしぎなたまご』 (1999年、スイス)

 作・絵:ビネッテ・シュレーダー

 訳:ささきたづこ

 岩波書店・2000年

 森に住む少女ラウラが、たまごのハンプティ・ダンプティと友達になるが、このたまごは後に、という童話風のお話。文章も少なく、お子様にも向いた絵本です。ただ、文章の少なさを逆手に取って、あえて説明を省き、場面の連結に想像力の跳躍を求めている所は、さすがシュレーダー。陰影豊かな色彩の美しさや、イマジネーションに富んだ幻想的な描写は相変わらず魅力的です。

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