アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ

Andrea Petrlik Huseinovic

* 作家紹介

  1966年、クロアチアのザグレブ生まれ。10歳の時に両親を失う。ファインアートアカデミーを卒業後、編集者、イラストレーターとして活躍。出版社KASMIR PROMETを設立し、絵本出版に乗りだす。02年、『ピノキオ』でIBBY国際児童図書評議会オナーリストに選出。03年、『不思議の国のアリス』と、自分で絵と文を描いたはじめての絵本『いつか空のうえで』(小学館)でBIB世界絵本原画展金牌。後者はグリゴール・ヴィテズ賞も受賞し、世界で最も読まれている19作品の一つとして国際児童デジタル図書館に展示される。2作目『コウノトリは どこへいく』で、2004年大分イラストレーションビエンナーレでグランプリを受賞。

 彼女の画風は、油絵なのかアクリルなのか、こってりと塗りたくった跡を隠さない濃いめの色合いでポップに展開しながら、鮮やかで美しい配色と、童心に溢れたユニークな造形感覚が魅力的。あちこちの方向にねじ曲がって建つビルや木々、極端にデフォルメされた遠近法や斬新な構図を用いながらも、人物や動物の可愛らしいデザインに目を奪われます。

 近年は絵本の中でも、現実のシリアスな問題を背景にする作品がちらほら出てきました。当欄で取り上げた作品の中にも、ビンバ・ランドマンの『イクバル 命をかけて闘った少年の夢』や、アンネゲルト・フックスフーバーの『カーリンヒェンのおうちはどこ?』のようなものが見かけられます。フセイノヴィッチは、自身の作になる最初の絵本『いつか空のうえで』で、親を失ったさびしさを絵本に投影させました。次の『コウノトリは どこへいく』の中でも、戦争を扱っています。

 クロアチアは、90年代にユーゴスラビアの内乱で悲惨な戦争を経験していますので、創作にその影を落とすのは、アーティストとして極めて真摯な態度だと思います。彼女のように、自分の言葉で絵本にメッセージを付ける人はあまり多くないですが、このコメントゆえに、作品に込められた真情がいっそう強く胸に迫ってきます。

* おすすめ

『いつか空のうえで』 (2002年、クロアチア)

 作・絵:アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ

 訳:まえざわあきえ

 小学館・2009年

 母を亡くした10歳の少女は、毎日悲しいお話を読み、青い色で絵を描いていた。そんな彼女の元に、色々な動物が寄ってきて、彼女の母の思い出を語り始める・・・。読み進むとすぐに、これは著者自身の事を語っているのだと分かります。様々な解釈が出来る結末は、考えようによっては「これでいいのかな?」と思ってもしまいますが、それほどに切実な感情のこもった本だとも言えます。

 本書は色合いが独特で、全てのページがほぼ青とグレーと白だけで描かれているような感じです。どのページにも小さな雲がたくさん漂い、全体が空の中にあるようにも見えます。ぐねぐねと傾いた木や建物、絵本らしくデフォルメされた動物達は、彼女の他の作品と共通。著者は本書にあとがきを付けており、最初と最後に自身の幼少期の写真を掲載しています。少し長いですが、一部を抜粋してみます(原文のひらがなは一部漢字に直しています)。

 “この写真は、1972年の夏に私の母が撮りました。私は5歳半でした。それから5年後、私の人生で一番悲しい事が起こりました。父と母を一度に亡くしたのです。そのあと何年も経ち、大人になった私は美術学校を卒業し、結婚して女の子と男の子の母になりました。私はたくさんの絵本を描いてきました。いつか、さびしかった子供の時の事を、絵本に描きたいと思っていました。(中略)この本を、私の母に捧げます。私は母から、美しい色と、絵の具と、筆を愛する気持ちを受け継ぎました。母の続きを、私が描いていきます”

『コウノトリは どこへいく』 (2004年、クロアチア) 

 作・絵:アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ

 訳:岡田好恵

 講談社・2009年

 戦争で住処を奪われたコウノトリが、戦争の終結と共に故郷へ戻るまでのお話。チコチュという、クロアチアの具体的な地名を導入している所に、ユーゴの内乱を経験した著者の、祈りにも似た強い想いが伝わってきます。絵が素晴らしく、こってりとした美しい色合いと、絵本らしいデフォルメが効いた作画が魅力的。歪んで建つ家屋や、ぎっしりと密集したひまわり畑など、画の力が圧倒的です。著者は本書に次のコメントを付けています。これも少し長いですが、大事なメッセージなので引用します。

 “幼い頃、私は自分が描く絵の世界の中に生きていました。でもある時、現実の世界は、自分が紙の上に書く世界とは全く別だと気付いたのです。それなら一生絵を描いて生きようと決心し、生まれ故郷のザグレブで(中略)、絵本作家になりました。子供新聞のイラストを描いたり、グリーティングカードもポスターも色々作っていますよ。この本は、私の2作目の絵本です。(中略)戦争も悲しみも孤独もない世界。愛と幸福に満ちた世界。そんな世界で暮らす事を夢見て、私は毎日、創作を続けているのです”

『ノアのはこぶね』 (2011年、クロアチア)

 作・絵:アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ

 訳:石崎洋司

 講談社・2015年

 旧約聖書の創世記にある、ノアの箱船のエピソードを絵本化。このお話はイラストレーターの興味をそそる主題なのか、当コーナーで取り上げているアーティストにも同じテーマで描いている人が複数います。フセイノヴィッチは、持ち味であるこってりと塗ったカラフルな絵の具、ぐねぐねと歪んだ線、丸っこくて可愛らしいキャラクター造形で挑み、あくまで自分流の「ノアの箱船」に徹している様子。有名なお話ですから、各々の個性を存分に展開するのが一番いいのでしょう。ただ、上記2作と較べると、色彩面はよりカラフルで明るい印象を受けます。

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