『いつか空のうえで』 (2002年、クロアチア) |
作・絵:アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ |
訳:まえざわあきえ |
小学館・2009年 |
母を亡くした10歳の少女は、毎日悲しいお話を読み、青い色で絵を描いていた。そんな彼女の元に、色々な動物が寄ってきて、彼女の母の思い出を語り始める・・・。読み進むとすぐに、これは著者自身の事を語っているのだと分かります。様々な解釈が出来る結末は、考えようによっては「これでいいのかな?」と思ってもしまいますが、それほどに切実な感情のこもった本だとも言えます。 |
本書は色合いが独特で、全てのページがほぼ青とグレーと白だけで描かれているような感じです。どのページにも小さな雲がたくさん漂い、全体が空の中にあるようにも見えます。ぐねぐねと傾いた木や建物、絵本らしくデフォルメされた動物達は、彼女の他の作品と共通。著者は本書にあとがきを付けており、最初と最後に自身の幼少期の写真を掲載しています。少し長いですが、一部を抜粋してみます(原文のひらがなは一部漢字に直しています)。 |
“この写真は、1972年の夏に私の母が撮りました。私は5歳半でした。それから5年後、私の人生で一番悲しい事が起こりました。父と母を一度に亡くしたのです。そのあと何年も経ち、大人になった私は美術学校を卒業し、結婚して女の子と男の子の母になりました。私はたくさんの絵本を描いてきました。いつか、さびしかった子供の時の事を、絵本に描きたいと思っていました。(中略)この本を、私の母に捧げます。私は母から、美しい色と、絵の具と、筆を愛する気持ちを受け継ぎました。母の続きを、私が描いていきます” |
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『コウノトリは どこへいく』 (2004年、クロアチア) |
作・絵:アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ |
訳:岡田好恵 |
講談社・2009年 |
戦争で住処を奪われたコウノトリが、戦争の終結と共に故郷へ戻るまでのお話。チコチュという、クロアチアの具体的な地名を導入している所に、ユーゴの内乱を経験した著者の、祈りにも似た強い想いが伝わってきます。絵が素晴らしく、こってりとした美しい色合いと、絵本らしいデフォルメが効いた作画が魅力的。歪んで建つ家屋や、ぎっしりと密集したひまわり畑など、画の力が圧倒的です。著者は本書に次のコメントを付けています。これも少し長いですが、大事なメッセージなので引用します。 |
“幼い頃、私は自分が描く絵の世界の中に生きていました。でもある時、現実の世界は、自分が紙の上に書く世界とは全く別だと気付いたのです。それなら一生絵を描いて生きようと決心し、生まれ故郷のザグレブで(中略)、絵本作家になりました。子供新聞のイラストを描いたり、グリーティングカードもポスターも色々作っていますよ。この本は、私の2作目の絵本です。(中略)戦争も悲しみも孤独もない世界。愛と幸福に満ちた世界。そんな世界で暮らす事を夢見て、私は毎日、創作を続けているのです” |
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『ノアのはこぶね』 (2011年、クロアチア) |
作・絵:アンドレア・ペトルリック・フセイノヴィッチ |
訳:石崎洋司 |
講談社・2015年 |
旧約聖書の創世記にある、ノアの箱船のエピソードを絵本化。このお話はイラストレーターの興味をそそる主題なのか、当コーナーで取り上げているアーティストにも同じテーマで描いている人が複数います。フセイノヴィッチは、持ち味であるこってりと塗ったカラフルな絵の具、ぐねぐねと歪んだ線、丸っこくて可愛らしいキャラクター造形で挑み、あくまで自分流の「ノアの箱船」に徹している様子。有名なお話ですから、各々の個性を存分に展開するのが一番いいのでしょう。ただ、上記2作と較べると、色彩面はよりカラフルで明るい印象を受けます。 |
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