イリーナ・ザトゥロフスカヤ

Irina Zatulovskaya

* 作家紹介

 1954年、モスクワ生まれ。祖父も母も画家という環境に生まれ育ち、5歳から詩作と絵を描く事を好む。71年から76年、ポリー・グラフィック・インスティチュートで絵画とグラフィックを学ぶ。79年、モスクワ・アーティスト・ユニオンに加盟。89年にロンドンで個展を開いて以来、世界各地で展覧会を開催。古い木片、クローゼット、ワードローブのドア、ブリキ、岩などに絵を描く作品で知られ、フレスコ、絵画、刺繍、陶器、詩作など、様々な形で作品を発表している。

 02年にモスクワ芸術家同盟会員。08年、シベリアに長期滞在して作品を制作し、モスクワで「フォース・シベリア」を発表。村人たちの暮らし、本、肖像画からヒントを得て、生活の主観と客観を描く。12年、「開港都市にいがた 水と土の芸術祭」に招待されるなど、日本でも注目が集まっている。モスクワ在住。

 本人によれば新潟への招待は、舞踏家の堀川久子が、ワイン工場で開催された第4回シベリア展でザトゥロフスカヤの作品と出会い、後にモスクワでも彼女の作品と再会して新潟へ推薦したのがきっかけとの事。続く未知谷からの作品出版も、この芸術祭が契機となっているようです。大胆な筆遣いとほの暗いタッチゆえ、わが国への紹介はモノクロの出版物が中心になっていますが、カラーの『1わのおんどり コケコッコー』も素晴らしく、せっかくの日本と縁も深いアーティストですからさらなる翻訳が待たれます。

* 作品

『ロスチャイルドのバイオリン』 『大学生』

『恋について』 『ワーニカ』

『箱に入った男』 『モスクワのトルゥブナヤ広場にて』

『すぐり』  以上、チェーホフ・コレクション(未知谷)

『鼻』 ゴーゴリ作、切り絵(未知谷)

『ドクトル・ジヴァゴ』 バステルナーク作、挿絵(未知谷)

 他

* おすすめ

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『うさぎの恩返し』 (2012年)

 作:アンドレ・プラトーノフ  絵:イリーナ・ザトゥロフスカヤ

 訳:児島宏子

 未知谷・2012年

 本書は、短篇小説に挿絵を付けたものと位置付けするのが正しいのかもしれませんが、出版している未知谷は、同じくザトゥロフスカヤがイラストを付けたチェーホフ・コレクションと同様、「大人のための絵本」と定義しているようです。確かに、モノクロではありますが全て見開きで文章ページと絵のページのペアで構成されています。

 物語の内容は、ダゲスタンの民話を作家プラトーノフが再話したもの。水彩の太い筆で、さっと書き殴ったようなラフな画風は、どこか我が国の書道や水墨画を連想させる、幻想的な雰囲気です。表紙のイラストを見て心を惹かれた人は、中身もきっと気に入るでしょう。

『1わのおんどり コケコッコー』 (2014年、日本)

 作・絵:イリーナ・ザトゥロフスカヤ  訳:児島宏子

 福音館書店・2014年

 本書はどうも日本企画のようで、著者は孫のリューカ君の事を思いながら、初めて絵本を創作したとのこと。1わのおんどりから始まり、2わのがちょう、3びきのくまと、数を数え上げてゆく知育絵本。特筆すべきはその画風で、黒をバックにこってりとした筆で描かれたイラストは、シンプルに凝集されていながら豊かな想像力を喚起するもの。背景に木が数本描いてあるだけで、森のムードが濃厚に漂うのが不思議です。

 妙に写実的なリューカ君に対し、ぬいぐるみのような熊やフクロウなど、童心溢れる筆致も魅力的。この内容の幼児向け絵本にダークな色合いの絵を付けるのも斬新ですが、ダークなのに可愛いという、相反する要素の同居もユニークです。

『裸足で』 (2016年、日本)

 作・絵:イリーナ・ザトゥロフスカヤ  訳:児島宏子

 未知谷・2016年

 こちらは絵本ではなく、彼女が上記芸術祭で日本海を前にして詠んだ21篇の国際俳句に、自身で1句ずつイラストを付けたもの。ロシア語のオリジナルと翻訳したものを2部構成で同時収録しています。絵は全てモノクロですが、俳句に付けた絵という性質や、そもそもの彼女の画風からして、モノトーンの世界が本の雰囲気に見事にマッチ。

 又、俳句の体裁を守った日本語の訳文も素晴らしく、翻訳の苦労が偲ばれます。「ささやかでも、私にとっては宝物となる初めての俳画集」だと語るザトゥロフスカヤのまえがきも素敵で、暖かい人柄が滲み出ている感じ。手に取りやすい小さなサイズながら、布張りの表紙、函入りの装丁も秀逸。

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