クヴィント・ブーフホルツ

Quint Buchholz

* 作家紹介

 1957年生まれ。ミュンヘンの美術大学で美術史と絵画を学ぶ。1991年、『サーカスに行きたかったサラ』でブラティスラヴァ世界絵本原画展の金牌を受賞。ミュンヘン在住。

 写実的なデッサンと、粒子の大きい、点描のような柔らかい画風で、アメリカの人気絵本作家クリス・ヴァン・オールズバーグに通ずる雰囲気がありますが、落ち着いた色彩のトーンは、やはりヨーロッパ的というべきでしょうか。今の所、いわゆる絵本は1冊しか邦訳されていませんが、挿絵に比重を置いた短い小説のシリーズが数冊出ていて、彼の絵を楽しむ事ができます。“ブッフホルツ”という名前に訳されている場合もありますが、この方が原語の発音に近いのかもしれません。

* おすすめ

『おやすみ、くまくん』(1993年、スイス)

 作・絵:クヴィント・ブーフホルツ

 訳:石井素子

 徳間書店・1994年

 夜も更けて、ぬいぐるみのクマくんが、色々と考え事をしながら窓の外を眺めている。そのクマくんがベッドにつくまで、実際に見ている風景や、記憶の中の情景、想像などを絵にした、詩情豊かな絵本。通常、絵本は3色から4色刷が多いそうですが、この本は珍しく5色刷という事です。私はあいにく、その違いを識別できるだけの目を持ち合わせませんが、全編はちみつ色のノスタルジックな光に彩られた、美しい絵本である点は、自信を持ってお薦めできます。

 アマゾンのサイトに掲載されている読者レヴューの中で、ブーフホルツの絵には全て、構図を分断する直線が入っていると指摘している人がいて、なるほどと思いました。改めてページをめくってみると、確かにその通りになっています。全然気が付きませんでした。しかしこの人の絵は、窓ガラスに映った顔とか、カーテンを通して差し込む外の光とか、夜の原っぱに転がっているボールとか、水面に映える月明かりとか、どうしてこうも、読み手の郷愁をかき立てるのでしょう。オールズバーグとの最も大きな違いは、そういう、古い記憶を呼び覚ますような視点にあるかもしれません。

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『黒猫ネロの帰郷』(1995年、ドイツ/オーストリア)

 作:エルケ・ハイデンライヒ

 絵:クヴィント・ブーフホルツ

 訳:畔上司

 文藝春秋・1997年

 生まれついての激しい気性と同胞愛の深さ、カリスマ性によって、生後六週間でドン・ネロ・コルレオーネの名を定着させた稀代の黒猫。イタリアの農村に生まれたそのネロが、ある家に引き取られてドイツに移住し、晩年になってイタリアの故郷に戻ってくるまでを、周囲の動物や人間達との関係の中で描く、スケールの大きな絵本。主人公がネコ達でなければ、それこそコルレオーネの名が示す通り、『ゴッドファーザー』のような一大叙事詩とも読めそうな物語ですが、動物や人間達のユーモラスな描写や、本全体の短さによって、むしろ“ミニ叙事詩”とでも呼びたくなる愛らしい作品になっています。しかし、老いたネロが故郷に帰ってきてからの、どこがどうというのではないけれど、不思議に胸が切なくなるような、哀愁を帯びたリリシズムは、この本に、単なる動物絵本以上の魅力を加えていると言えるでしょう。

 もっとも、これは絵本というより、カラー挿絵の豊富な中編小説といった体裁で、ブーフホルツの本としてみると、絵の存在感が控えめすぎて物足りない気がするかもしれません。ドイツでは三十万部を超すベストセラーで、世界各国で翻訳が相次いでいるという話ですが、日本版は、小説の単行本くらいの大きさで、全90ページ強しかないので、薄くて、軽くて、見た目にも可愛い感じの本。書店では、絵本のコーナーだけでなく、児童書や文学のコーナーに陳列されているのも見かけます。

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『見えない道のむこうへ』(1997年、ドイツ/オーストリア) 

 作・絵:クヴィント・ブーフホルツ

 訳:平野卿子

 講談社・1999年

 ある島に住む、ヴァイオリン弾きの少年。彼のアパートに、放浪画家マックスが越してきた。彼は少年のヴァイオリンに魅了され、少年の方も、毎日のようにマックスのアトリエで過ごすようになる。マックスは他人に絵を見せなかったが、少し長い旅で家を空けた時、少年に、自由にアトリエに入る事を許可する。そして、アトリエに入った少年は、今までいつも裏返してあったマックスの絵が、全て表向きに置かれているのを見て、大いに驚く。それは、マックスが少年のためだけに開いた、小さな展覧会だった。そして、再び世界を放浪する為、少年に別れを告げ、島を旅立ってゆくマックス。画家がいなくなって数ヶ月後、少年の元に、きれいな外国の切手が貼られた小包が送られてくる‥‥。

 互いに尊敬の念を抱く放浪画家と島の少年。静かだけれど熱い二人の友情を、感動的に描いた傑作絵本です。本の真ん中辺りは、画家マックスが描いた数々の絵の展覧会になっています。それまでは、小さなセピア色の挿絵だったのが、ここで突然、ページ全体にカラーで展開され、目の覚めるような効果を生むと共に、初めてマックスの絵に接した少年の驚きをも感じさせてくれるよう。それぞれの絵は、ブーフホルツらしい牧歌的な美しさの中に、一部シュールなユーモアを交えた不思議なもので、単独に絵として眺めても魅力的な作品ばかりですが、なかにはこんな詩的な絵もあります。空き地となった原っぱを、じっと眺めて立ち尽くす女性の遠景。マックスが付けたコメントは「前の晩、ここでサーカスのさよなら公演があった」。心に染み入るエンディングも秀逸で、ぜひ多くの人に読んで欲しい、素敵な絵本です。

 これは、文藝春秋から発売されている別記二冊と違って、ミヒャエル・ゾーヴァの『ちいさなちいさな王様』等と一緒に出ている講談社のシリーズの一冊ですが、本のサイズや厚さ、装丁のデザインなどに共通した雰囲気があり、本棚に一緒に並べると見栄えがします。書店でも、よく一緒に陳列されています。ボローニャ国際児童図書展・ラガッツィ賞受賞作。

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『ペンギンの音楽会』(1998年、ドイツ/オーストリア)

 作:エルケ・ハイデンライヒ

 絵:クヴィント・ブーフホルツ

 訳:畔上司

 文藝春秋・1999年

 今年も南極に、ウィーンから音楽船がやってくる。世界三大テノールを乗せて。それを楽しみに待っているのは、音楽好きのペンギンたち。『黒猫ネロの帰郷』のコンビによる第二弾です。今回は、絵と文章の比率がほぼ半分半分、大きめの文字で全60ページほどという、ミニ絵本とでも呼びたいような薄くて可愛い本になっています。

 船の甲板に次々と飛び乗り、ホールの座席を埋め尽くすペンギン達は、それでいてほとんど擬人化されず、南極を闊歩する姿そのもののリアルな佇まいで描かれています。それがまた、妙にユーモラスで愛らしく、さらに、パロディではなくて、本当にドミンゴ、カレーラス、パヴァロッティとして描かれている三大テノール歌手のせいで、現実のような、ファンタジーのような、不思議な視点を獲得してもいます。遊び心に溢れたハイデンライヒの文章も楽しい、プレゼントに最適の逸品。

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