マーラー/交響曲第7番《夜の歌》 |
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概観 |
第1楽章冒頭の主題がいきなりキャッチーじゃないせいで、個人的に長らく親しみにくさを感じていた曲。しかし私も大人になり、90年代以降も多くのディスクが発売されたせいで、いつの間にか耳が慣れてしまいまった。今では、なかなかロマンティックで面白い曲だと思っている。 |
私だけなのかもしれないが、いまだに聴いていてしんどいのが第5楽章。マーラーは大体そうだが、最終楽章がどうもうまく咀嚼できない。私の場合、様式がうまく把握できないと、今どこを聴いているのかが分からなくなって、集中力が切れてしまうのである。 |
T・トーマスはこの楽章を、「表現されているのは一貫性ではなく不連続性」「全く関連のない場面が唐突に切り替わってゆく音楽」と言うが、そう思って臨んだからといって別に聴きやすくはならない。そもそも第5、6、7番の最終楽章は構成している楽想自体にも魅力が乏しいように感じるのだが、そんなのは素人考えだと怒られるだろうか。 |
ディスクは名演が多く、圧倒的に凄いと思うのはマゼール盤とブーレーズ盤。しかし良い演奏は目白押しで、下記リストではクーベリック盤、レヴァイン盤、ラトル盤、デ・ワールト盤、シャイー盤、アバド/ベルリン盤、T・トーマス/サンフランシスコ盤、インバル/チェコ盤も、特にお薦めしたい名演。 |
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*紹介ディスク一覧 |
69年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 5/24 追加! |
70年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団 |
79年 コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
80年 レヴァイン/シカゴ交響楽団 |
82年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 5/24 追加! |
84年 アバド/シカゴ交響楽団 |
84年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
89年 小澤征爾/ボストン交響楽団 |
91年 ラトル/バーミンガム市交響楽団 |
94年 デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
94年 ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団 |
94年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
97年 T・トーマス/ロンドン交響楽団 |
00年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
01年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
05年 T・トーマス/サンフランシスコ交響楽団 |
07年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団 |
11年 インバル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
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5/24 追加! |
“自然体で生彩に富むが、後半の豪放な力感には大家の風格も漂う” |
ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
(録音:1969年 レーベル:フィリップス) |
当コンビは全集録音を完成させ、各種歌曲集や《大地の歌》《嘆きの歌》も録音しているが同曲と第1番には新旧2種類、第4番は3種類の録音がある。ハイティンクはその後、ベルリン・フィルと第8、9番以外を再録音。また、各国オケの自主レーベルからライヴ音源が色々と出ているが、あまりに種類が多く、私はもはや把握していない。このコンビの録音は年代が古くても音響条件がみな同傾向で聴き易いが、当盤もホールとオケの豊麗さをよく捉えている。 |
第1楽章はかなりのスロー・テンポで開始。ただしテナー・テューバをはじめ、細かい音符を機敏に処理するので鈍重には感じない。概してリズム感が鋭敏なのが好印象。気負いは感じられず、等身大で生き生きとパフォーマンスしている。みずみずしく、のびやかな歌心がそこここに充溢。主部はきびきびと進む箇所も多くテンポの落差は大きいはずだが、アゴーギク、デュナーミクとも神経質な所がなく自然なのはこの全集に共通する特色。コーダを壮大に盛り上げる持久力はある。 |
第2楽章はオケの音色美がよく生かされて妖艶。精緻な合奏と立体感も見事。第3楽章は響きこそ若々しく鮮烈だが、骨太な力感や悠々たるカンタービレにはすでにして大家の風格も漂う。第4楽章はこのコンビらしい、暖かな潤いに溢れた歌が素晴らしい。どんなフレーズも淡々と流さず、強調感のない自然なルバートを用いつつ、熱い感興を込めて歌われるのが感動的。 |
第5楽章は、冒頭のティンパニがぼんやりとしていて弱腰。ここで造型の切り出しが少し緩くなってしまう印象もあるが、全体としてはあくまでシャープな棒で有機的な合奏を構築する。オケのレスポンスは機敏でl、ハイティンクの譜読みも丹念で非常に細かい。コンセルトヘボウ特有の深々とした音響空間は、スコアにある遠近法を効果的に表現するのに最適な感じさえ受ける。豪放な力感を示し、熱っぽく高揚する後半もさすが。 |
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“自然体の佇まいながら、天才的な音楽構築センスを示すクーベリック” |
ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 |
(録音:1970年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
ヨーロッパ勢ではいち早く完成したモニュメンタルな全集録音から。クーベリックは感情面に耽溺してフォルムを崩す事がなく、バランスの良さを示すが、それでいてロマンティックな情緒に欠けていないのが美点。速めのテンポで見通し良くまとめた造形感覚は後の小澤盤、ブーレーズ盤を先導するスタイル。あくまで古典的交響曲の伝統にマーラーを位置づけた解釈は、ブーム以降の肥大したマーラー像に疲弊した耳に殊更フレッシュに響く。 |
第1楽章は速めのテンポで推進力が強く、さらに始まってすぐ加速するので、いやが上にもぐいぐいと牽引されてゆく感触がある。音響が明晰そのもので、全てが冴え冴えと描写されるが、旋律線は流麗で美しく、全てのフレーズが有機的に繋げられてゆくのも天賦の才。リズムや音の立ち上がりはシャープで、語調に曖昧な所が一切ない。造形がタイトにまとまり、作品全体を俯瞰しやすいのも、こういう複雑な曲ではメリット。 |
第2楽章も濃密な表現で、主部に入って絶妙にテンポを落とすアゴーギクや、ちょっとしたマルカート、アクセントを見逃さず鮮烈に強調するセンスはマーラー演奏にふさわしい。それでいてみずみずしい歌心が横溢し、滑らかな旋律線を描き続けるのも魅力的。多彩なオーケストレーションもきっちり表出し、音響センスもカラフル。溌剌と弾むリズムも、演奏全体に生気を与えている。 |
第3楽章の速めのテンポと硬質な筆遣い、きりっと跳ね上げる語尾は他と一線を画すもの。語気は荒いが、仕上げが雑な訳ではなく、むしろ密度の高い合奏が見事。雄弁な語り口に、「本当はこういう曲なのだ」という強い説得力がある。第4楽章もカラフルな音彩で鮮やかに描写。情には溺れないのに、緩急の呼吸は優美そのものである。オケも、各パートがしなやかな感性を発揮してデリカシー満点。 |
第5楽章は肩の力を抜いて、さりげない調子。威勢のいいテーマも、スタッカートで小気味よく切り上げて軽快で、トゥッティがうるさく感じない。アゴーギク、デュナーミクは徹底的にコントロールされ、スコアを完全に手中に収めた指揮ぶりは天才的。どの箇所も響きが明晰そのもので、発色の良いカラー・パレットで細部まで隈無く照射されているのも驚き。全ての音符に意味が与えられ、どこまでも有機的に構築された全体に、思わず息を呑む名演。 |
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“意外に柔らかなタッチを用いつつ、スリリングなクライマックスに持ち込む痛快さ” |
キリル・コンドラシン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
(録音:1979年 レーベル:TAHRA) |
当コンビのライヴを数点出している、TAHRAレーベルのライヴ音源。メジャー・レーベルの正規録音がない稀少なレパートリーを、鮮明な音質で聴けるのはありがたい。明朗で艶やかな音色ながら、響きに深みとコクがあるのはこの団体の美点。残響を豊富に取り入れた録音コンセプトも、オケとホールの良さをうまく捉えている。 |
第1楽章は落ち着いたテンポで、柔らかなフレージング。録音のせいもあってか、この指揮者にしては柔和で、旋律線の表情も豊かに感じられる。弱音部の弦の歌も、ニュアンスがすこぶる多彩。シャープなリズム処理にも、腰の強さはあまり出ない。ダイナミクスとテンポ・チェンジは、ごく自然にコントロール。健全な性格でよく歌う傾向ながら、再現部のティンパニやシンバルの強調など峻烈な迫力を感じさせる。 |
第2楽章は、導入部の木管群から精緻で立体的。色彩の美しさも十分に表出される。テンポの設定とリズム感が素晴らしく、軽やかな足取りと生き生きした弾力性に富む旋律線が魅力的。第3楽章は艶っぽく優美な響きの中に、鋭いアクセントと敏感なアーティキュレーション描写が冴え渡り、強靭な合奏力と、鮮やかで潤いに満ちた音色も好印象。 |
第4楽章はディティールが見事に彫琢され、ちょっとしたアゴーギク操作もすこぶる効果的。美感を保った繊細なサウンドの中に、しなやかな歌心が横溢する。末端まで細やかな神経を通わせていて、コーダのデリカシーも大変に美しい。 |
第5楽章は速めのテンポで勢いよく開始。歯切れの良いリズムと疾走するドライヴ感がスリリングで、二転三転する曲想をスピード感で乗り切ってしまう豪胆さは痛快。金管にミスが散見されるのは残念だが、緻密で一体感溢れるアンサンブルは見事。まとめにくいこの楽章を、巧妙なアゴーギクで熱っぽく盛り上げるコンドラシンの手腕と見識に脱帽。 |
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“圧倒的な明晰さで、マーラー作品の大衆的受容に大きく貢献” |
ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団 |
(録音:1980年 レーベル:RCA) |
レヴァインは同オケやフィラデルフィア管、ロンドン響と未完のマーラー・シリーズを残しており、シカゴ響とは他に3番、4番を録音。当盤は時期が最も遅く、唯一デジタルでの収録。強音部でも歪みが少なく、バスドラムの重低音もきっちり捉えられていて迫力のあるサウンド。 |
第1楽章は冒頭から鋭敏なリズム感を示し、冴え冴えとした音色で明快に造形。パワフルな出力を備えながらも、肩の力が抜けていて余裕を感じさせる。スコアのあらゆる要素を整理整頓し、明晰な感覚で配置してゆくレヴァインの采配は驚異的。テンポとダイナミクスの変転は完璧に掌握され、多彩なオーケストレーションの効果も余す所なく生かされている。 |
豪放な力感をストレートに表出するのはこのコンビらしいが、響きが硬直せず、柔軟な弾力性と自在な呼吸を感じさせるのは美点。思い切りの良い、しなやかなカンタービレも魅力的。テンポを煽る箇所は熱っぽくエキサイティングで、大胆にアゴーギクを操作しつつも、尖鋭なリズムで引き締まったシェイプを切り出してゆくデッサン力は非凡。スケールも大きく、ティンパニやブラスのエッジが効いたアクセントは激烈。 |
第2楽章は、遅めのテンポで悠々と進行。細部は緻密に彫琢され、あらゆるフレーズがくっきりと隈取られる趣。遠近法も見事で、突然強打されるティンパニも鮮烈。透徹した音響ながら、怜悧な客観性より生き生きと自然な呼吸が勝るパフォーマンスが実に爽やか。オケの高い機能性もプラスに働き、微細を極めたマーラーの指示を徹底して再現。フレージングに粘性がないので、ユダヤ的情緒はほとんど出ない。 |
第3楽章もスロー・テンポで、落ち着いた雰囲気。健康的な性格でデモーニッシュな表現はないが、音楽のユニークなフォルムを完璧に音化している点では随一の演奏と言えるかもしれない。緻密なアンサンブルを構築する中、やはりティンパニが強靭なくさびを打ち込む。旋律線はみずみずしく歌われるが、さっぱりとしていて粘らない。 |
第4楽章もゆったりとした佇まいで、穏やかな性格。両端楽章との緊張と緩和の対比をきっちり出しながらも、集中力を途切れさせる事なく、鮮やかな発色でスコアを隈無く照射している。情感は豊かで、響きに暖かみと潤いがあって筆遣いが柔かいのも美点。 |
第5楽章は、峻厳な音でダイナミック。それでもアタックが刺々しくならず、柔軟な手触りがあるのは魅力。変転する各場面の対比をあまり大きく付けず、自然な流れで楽想を配置しているのも指揮者の素直な音楽性の表れ。合奏は緊密でフットワークが軽く、リズムもよく弾んでシャープ。威圧感こそないが、充実したトゥッティの響きは壮絶で、その有機的迫力に圧倒される。打楽器のアクセントもパンチ力満点。 |
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5/24 追加! |
“旧盤よりぐっとテンポが遅くなり、録音も残響豊富に。最後は凄絶に白熱する” |
ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
(録音:1982年 レーベル:フィリップス) |
当コンビ13年ぶりの再録音。元々遅めのテンポではあったが、第1楽章で2分、第2、3、5楽章でそれぞれ1分演奏時間が延びている。3度も録音していながらテンポがほぼ変わらないか速くなっていたりする第4番とは逆の傾向。旧盤もオケとホールの魅力をよく捉えた録音だったが、当盤では直接音のクローズアップがほぼなくなり、残響が長く、音像が遠くなった印象。 |
第1楽章は、極度のスロー・テンポで開始している旧盤と較べると自然な流れに感じられる。それでも楽章全体の演奏時間が大幅に長くなっているのは、全体がよりゆったりしているという事だろう。主部はきびきびとした調子でスピーディに進行する箇所も多く、そこは旧盤と変わらない。ルバートの呼吸は気宇が大きく、指揮者の円熟を感じさせるが、ティンパニのアクセントはやや貧弱。録音のせいでトロンボーンなどソロの近接感は旧盤より減退している。コーダはさすがにスケール雄大。 |
第2楽章は冒頭の主題提示に、この指揮者には珍しく芝居っ気というか、洒落っ気があるのが面白い。雄弁なニュアンスで各部を歌わせながら、全体はあくまで柔らかく、優美に仕上がっている。 |
第3楽章はテンポが遅くなった実感が確かにあり、細部がすこぶる丹念な一方、語り口がやや几帳面過ぎるようにも感じられる。個々の音符を克明に刻み付けるような態度が、あまりにも生真面目に見えてしまうというか。主題提示の合いの手に入るヴァイオリン群とクラリネットはグリッサンドがほぼ聴き取れず、上品さを重視。逆にコーダは、間合いに奇妙なユーモアがあって小粋。 |
第4楽章は、温かみがあってのびやかな歌に指揮者、オケの良さが出る。音色がとにかく艶美なので、それだけでも聴き応えがあるが、強弱も表情もよく管理されていて集中力は終始高い。第5楽章冒頭のティンパニはやや弱めだが、旧盤より明瞭さと腰の強さを増した。落ち着いたテンポと歯切れの良いシャープな筆致で進行する一方、一つ一つの音を噛んで含めるように処理する傾向は相変わらず。速度や場面転換のコントラストはさほど大きくないが、常に凄絶な力感が漲り、コーダへの着実な白熱感は強い。 |
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“初期の頃より格段に柔軟性を増した、当コンビのマーラー・ツィクルス完結盤” |
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団 |
(録音:1984年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
複数オケによるアバド最初のマーラー・ツィクルスから。シカゴ響とは他に第1、2、5、6番を録音、同曲は後にベルリン・フィルと再録音している。当コンビのマーラー録音としては一番最後に当たるものだが、音質が優れているのは当然として、演奏も最高の出来映え。 |
第1楽章は、冒頭のソロから機能的優秀さが明確に出て、的確な技術に裏打ちされた雄弁な歌を展開。主部へ自然なテンポで接続し、金管の壮麗さが際立つソリッドな響きで美しく造形。美麗に磨き上げられたソノリティが印象的で、アゴーギクやデュナーミクにも、かつてと較べてずっと自在な呼吸感がある。色彩も鮮やかで、響きに弾力性があり、風通しの良さも十分。緻密に表情を付けながら細部に拘泥しすぎず、流れの良さを重視するようになった。コーダも自然な高揚感を帯びる。 |
第2楽章の精妙な音楽は、アバドの得意とする所。あくまで清潔で純音楽的なアプローチだが、音響的にここまで緻密に仕上げられ、内的感興も豊かとくれば聴き応え十分。彼らしい、みずみずしく流麗な歌心も横溢。テンポや楽想の変化に大きな落差を付けず、自然な流れを重視するスタイルには、ベルリン・フィルとの再録音に繋がる要素も垣間見える。 |
第3楽章は冴え冴えと鮮烈な音彩が耳を惹き、開始早々の木管のグリッサンドも異様なムード。特殊なデフォルメは施していないにも関わらず、スコアの様々な効果が目覚ましく生きてくる辺りは、ベルリオーズの録音などで発揮されているこのコンビの面目躍如たる表現。伸びやかな力感の開放も爽快。 |
第4楽章も精緻なアンサンブルと、明るく発色しながら適度な潤いも保持した響きに魅せられる。各パートがことごとく優秀で、目の覚めるようなパフォーマンスを繰り広げるのも驚異的。柔らかなニュアンスや詩情豊かな歌い回しも魅力。 |
第5楽章は抑制を効かせた開始。ティンパニを中心に弱腰なアタックが目立つが、オケの底力を生かし、徐々にパワーを蓄積してゆく。第2主題を柔和なタッチで処理し、一本調子に陥るのを防ぐなど、構成力も巧み。各部のテンポ設定にも強い説得力がある。かつての当コンビは響きが硬直してうるさくなる傾向もあったが、ここでは弾力性を加え、エネルギー感をそのままに柔らかな肌触りも感じさせる。唯一、コーダだけは余りに素っ気ないかも。 |
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“オケの魅力が最大限に発揮された、同曲屈指のお薦めディスク” |
ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:1984年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
全集録音から。ウィーン・フィルの同曲録音は珍しく、ステレオ以降ではいまだにこのディスクしかないと思う。正にこのオケの魅力がフルに発揮されたとびっきりの名演で、全集でも出色の一枚となっている上、個人的には同曲最高の演奏の一つに数えている。 |
とにかく全編テンポが遅いが、第1楽章冒頭の超スロー・テンポと奥深い響き、正確無比に刻まれるリズムのインパクトは圧倒的。この部分を聴いただけで、即座にマゼールの世界観に引き込まれてしまう。次のブロックではさらにテンポが落ち、そのまま止まってしまうのではないかと思うほどだが、主部は平均的なそれに近い速度に復帰。よく弾む鋭利なリズムとクリアな音響が織りなす透徹した音楽世界ながら、聴き手はなぜか幽玄の境地へと誘い込まれる。 |
無用な力みがなく、妙に肩の力が抜けているのもマゼールには珍しい事で、トゥッティでも音量を開放しない余裕はむしろ、クレッシェンドに悠々と迫り来るような迫力を与えている。弦楽セクションや管楽器ソロの美しさは格別。室内楽的な合奏も、耳をそばだてる弱音部のデリカシーに結びつく。 |
第2楽章も、緻密を極めたサウンド。音色センスが光る上、アーティキュレーション描写の鋭敏な感度に驚かされる。柔らかくて澄んだ響きは特筆もので、旋律線が常に美しく歌われるのはこのオケならでは。角笛とカウベルも遠近法が見事で、各部を的確に描写してゆくマゼールの棒は、スコアの本質を衝く印象。第3楽章は、遅いテンポで落ち着き払った足取りが逆に不気味。しかしオケの甘美な音色が、とにかく素晴らしい。 |
第4楽章が又、ものすごいスロー・テンポ。そこに音符と音符を引き離してスコアを解体せんとするスタッカートが加わり、それをオケの甘やかな響きが包み込むという、非常にユニークなアプローチ。一音一音が分離して聴こえるという事が、これほどまでに新しい景色を見せてくれるのかと驚く一方で、耳のごちそうたる美麗を極めたサウンドに籠絡されるという、摩訶不思議な音楽体験。 |
フィナーレも遅いテンポながら、鋭角的で正確なリズムがマゼール流。力で押さないのは全楽章共通の傾向だが、ゆったりとした佇まいにも関わらずリズムの解像度が高く、音楽が無為にダラダラ流れてゆく事がない。場面転換も鮮やかで、各ブロックにじっくりと取り組んで掘り下げるやり方は、構成に脈絡がないこの楽章の解釈にブレイクスルーをもたらす卓抜なアイデア。コーダはさらに遅くなり、壮大なスケールを演出。これ、もの凄い名演じゃないだろうか。 |
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“音響や感情の振り幅を抑え、純音楽的に清廉な音楽を構築” |
小澤征爾指揮 ボストン交響楽団 |
(録音:1989年 レーベル:フィリップス) |
全集録音から。大袈裟な感情表現や派手な音響を避けた小澤の棒は、気負いなくスコアに向き合っていて誠実。豊麗で柔らかなオケのソノリティも、曲調にマッチしている。第1楽章は速めのテンポで開始。僅かに加速してゆくアゴーギクが効果的で、主部への移行も巧みに誘導。カンタービレは艶やかだが情感的に淡白で、陶酔感はない。テンポ・チェンジが巧妙で、スポーティなリズムを駆使して明快なフォルムを形成。細部の見通しもすっきりとクリア。 |
第2楽章は、冒頭のやり取りがたっぷりとしたフレージング。弱音を基調に細かくダイナミクスを演出した主部は、アンサンブルの精緻な構築に指揮者の美質を発揮。ユダヤ音楽の旋律も情緒の濃厚さはないが、アタックが実に優美で、演歌に通じるような独特のムード。 |
第3楽章も精妙な音彩で、やはり弱音を基準に設計。敏感で生気に溢れた合奏が、音楽を生き生きと躍動させている。カラー・パレットも豊富で色彩の配合も見事だが、スコアのグロテスクな側面や戯画的なアイロニーには見向きもせず、清廉な表現を貫く。 |
第4楽章は粘り気こそ強くないが、冒頭をはじめ旋律の歌わせ方がうまく、持ち前のフレージングの才を発揮。音響の構築も精緻そのもので、極度に分析的にはならず、無理なく明晰な響きを作り上げていて鮮やか。潤いがあって明朗な響きも魅力的。 |
第5楽章は冒頭の金管の響きがリッチだが、ソステヌートのフレージングはややぎこちなく、時に妙な不器用さを露呈するこのオケの欠点が見え隠れする。ホルンの主題は、長い音符をクレッシェンドで後押しする独特のイントネーション。場面転換が鮮やかで、テンポはよく練られている。誇張のない自然体の棒で、アタックが刺々しくないのと、大音量で威圧しないのは美点。スケールを拡大しすぎず、合奏の有機的な一体感で聴かせる所がこのコンビらしい。コーダ前後のリズム感も卓抜。 |
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“音楽祭のライヴながら、果敢かつ精緻な合奏と美しい音彩で傑出” |
サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団 |
(録音:1991年 レーベル:EMIクラシックス) |
全集録音の一枚で、オールドバラ音楽祭でのライヴ収録。。会場の響きがもう少し豊麗であればとも思うが、ライヴらしいミスや不揃いはほぼなく、ライヴ盤としても丁寧な仕上がり。オケは蠱惑的な響きと一体感の強い合奏で、ラトルの自在な棒にぴたりと付けていて優秀。 |
第1楽章は遅めのテンポで開始するが、テナー・テューバは音色が柔らかくヴィブラートが美しい上、リズム感が機敏で好演。足を引きずるように重々しく主部へと向かうクレッシェンドは、戯画的な表現がマーラーらしい。細部がよく彫琢され、多彩な音響は弱音部まで鮮やか。シャープなエッジの効いたアタックと、なまめかしい音色で妖しくうねるカンタービレの対比はこのコンビの美質。精細を極めた表現の一方、スケールの大きさや剛毅な力感も印象的。 |
第2楽章序奏部は、ホルンのアクセントといい、舞台裏の木管群との遠近感といい絶美のパフォーマンス。主部はよくこなれた解釈で感興も豊か。緻密さと優美さが見事に融合する。第3楽章はさりげない調子ながら、巧みに動感を表出。弱音を基調に設計しているが、ティンパニの鮮烈な一打などアクセントが効果的。清潔な表現ながら、グリッサンドの強調やトロンボーンの軽妙なリズム感などが痛快。コーダの間合いもデフォルメが効き、アイロニーが打ち出されている。 |
第4楽章は、しなやかな歌が魅力的。木管や弦の高音域など、デリカシーと艶っぽさが耳を惹く。構成の見通しが良く、細かいテンポの操作に工夫が満載。第5楽章は、テンポこそ落ち着いているがエネルギーに溢れ、作品が要求する活力と高揚感を十二分に表出。場面転換の手際が良く、テンポもダイナミクスも周到に設計されているので、お祭り騒ぎには陥らない。音色の表現も多彩で、オケも雑になる事なく、最後まで緻密なアンサンブルで熱演。 |
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“水のしたたるような美音の一方で作品の核心を鋭く衝く、隠れた名盤” |
エド・デ・ワールト指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:1994年 レーベル:RCA) |
ライヴ収録による全集録音から。この全集はコンセルトヘボウ・ホールの響きを豊富に取り込んだ録音が印象的で、明朗で柔らかい、滋味豊かなサウンドに魅せられる。オケの魅力的な音彩が随所で耳を惹き、虚飾を排した清潔な解釈ながら、物足りなさを微塵も感じさせない。パンチの効いたアタックや尖鋭なリズムも効果的に盛り込まれ、ダイナミックな力感も十分。 |
第1楽章冒頭は、テナー・テューバの理想的な美音とフレージングにノックアウトされる。アゴーギクに神経質な所は全くないが、巧妙なさじ加減でごく自然に聴かせる。合奏がすこぶる精緻で、細部までコントロールが行き届いている辺り、さすが現代音楽も得意とする指揮者。強靭な集中力と鋭利な感覚をキープし、密度の高い音楽を峻烈に展開する。 |
第2楽章も、研ぎすまされた音感を徹底。柔らかく豊麗なヴェールに包まれながらも、音の芯がクリアに浮き立ってぼやけないのは、コンセルトヘボウ管と共通するサウンド傾向。情感も豊かだが、フォルムは決して崩さずキープ。第3楽章はグロテスクなデフォルメこそないものの、精妙な音彩が耳を惹く。室内楽のように緻密な合奏は圧倒的だが、それがまた水のしたたるような美音ですからたまらない。ティンパニのアクセントも鮮烈。 |
第4楽章はリズムが弾んで健康的。各パートの生彩に富んだパフォーマンス、明朗な音色とも相まって、夜曲というより朝の音楽のよう。第5楽章は構成を大局的に掴み、輪郭をくっきりと切り出した明晰な解釈。無用な力みがないため、フォルテがうるさくないのは美点だが、音の立ち上がりは速く、エッジの効いたアタックに勢いがある。切れ味抜群のスタッカートも効果的。物量より機敏さを追求する行き方は、ブーレーズ盤と同様に作品の核心を衝いている。 |
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“軽妙さを前面に据え、中間3楽章を静寂の世界に置く事で、作品の本質を捉えた名演” |
ピエール・ブーレーズ指揮 クリーヴランド管弦楽団 |
(録音:1994年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
複数のオケを振った全集録音から。クリーヴランド管とは他に第4、10番アダージョ、歌曲集《子供の不思議な角笛》を録音している。 |
第1楽章は、スロー・テンポでスタート。ただし歩みが遅い分、リズムの分解能が増していて、単に遅いだけじゃない所がブーレーズ。テナー・テューバと木管群のリズムがズレていてスコアが錯綜する箇所まで、正確に腑分けして聴かせる。主部もテンポを上げず、しなやかな弾力と強靭な芯が共存するクリーヴランド・サウンドで、凄味のあるフォルテを鳴らす。テンポの変化は大きく付けないが、場面転換を丁寧に処理していて、その落ち着き払った態度に迫力を感じる。 |
弱拍に溜めを作らないので、感情に耽溺したり、旋律線に引っ張られてフォルムが崩れる箇所は皆無。大言壮語しないのに、全てを音にしている感じが凄い。ルバートも最小限。それでいてドライな演奏ではなく、ヴァイオリン群が織りなす弱音部の妖しい音世界など、思わず引き込まれそうな強い磁力がある。ヴィブラートで艶やかに歌うトランペットも同様。 |
第2楽章も、魔術的な音色で構築した精妙な夜の世界。ずっと聴いていたいような蠱惑に満ちている反面、感情的に歌い上げる素振りは全くなし。強弱やアーティキュレーションの描写は精細そのもの。ディティールに至るまで完璧にコントロールされている。抑制の効いた歌も艶やかな光沢を放って魅力的。 |
第3楽章は落ちついたテンポで、急がず慌てず緻密に構築。デモーニッシュな性格やグロテスクな管弦楽法を際立たせる傾向は全くなく、それでいて単純にスコアを音にしただけでもないので、どう形容していいかライター泣かせの演奏である。空白の多い曲にも関わらず、音響的な密度が高い演奏である事は確か。そこに湿度(潤い)と求心力をプラスしたと言えばいいだろうか。ベルクやウェーベルンへ繋がる流れから発想した解釈なのかもしれない。 |
第4楽章は、かなり速めのテンポ。あまりにも淡々と流れてゆくが、ブーレーズが振ると、これが本来の曲調かもと思わせる説得力が生まれるのが面白い所。中間3つの楽章をひたすら弱く、密やかな世界に置く事で、ノクターンとしての《夜の歌》を構想しているのは、私には目からウロコの視点。控えめながら、しなやかにうねる弦のカンタービレも美しい。 |
第5楽章は冒頭のティンパニといい、金管のファンファーレといい、独特の粘性と湿り気を帯びた音色とフレージング。テンポは常に落ち着いていて、どのフレーズも疾走感や興奮を全く寄せ付けないので、熱演好きのリスナーには全くフィットしない。転換の多い曲調も整然と振り分けられ、その中に軽妙極まるリズムも聴こえてくる。ただ、パンチの効いたティンパニが軸となる雄渾な響きは、この指揮者には珍しい。 |
この難解な交響曲、分けても特に楽想をつかみ辛い終楽章の本質を真に捉えているのは、当盤だけのような気もする。ブーレーズのマーラー演奏の真価は、「感情表現で粉飾しない事」より、「軽妙である事」なのかも。オケも終始冷静に精確な合奏を展開。元来こういうアプローチを得意とする団体なので、指揮者との相乗効果が凄まじい。他も全てクリーヴランドで録音して欲しかったくらい。 |
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“スロー・テンポと音色美でマゼール盤の衣鉢を継ぎつつ、若々しさも発露” |
リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
(録音:1994年 レーベル:デッカ) |
全集録音中の一枚で、オランダの作曲家ディーペンブロックの《大いなる沈黙の中で》(バリトンはホーカン・ハーゲゴード)をカップリングした2枚組。帯の惹句に「最終楽章でメンゲルベルクのティンパニを使用」とあるが、具体的にどういう事なのか、ライナーノートに説明が一切ない。 |
第1楽章はテンポの遅さにびっくり。冒頭の主題提示に関してはマゼール盤と双璧を成すスロー・テンポだが、リズムやアクセントへの機敏な反応が若々しい。音色がすこぶる鮮やかで、テナー・テューバの豊麗なトーンにさっそく耳を釘付けにされる。響きは驚異的な透明度を誇り、澄み切った音世界の中に、冴え冴えと隈取られたパッセージが飛び交う様は圧巻。 |
テンポの伸縮も大きく、主部であまり速度を上げない一方、行進曲のリズムでは軽快な調子を採ったりする。リズム処理は正確無比で、遠近法やアーティキュレーションの描写も精緻そのもの。再現部の前の箇所で、これまたスロー・テンポでねっとりとうねるヴァイオリン群のカンタービレは、玄妙な歌い回しが絶品です。 |
第2楽章は、細密画のようにデリケートでリアリスティックな趣。清澄な空間の中に、磨き抜かれた音事象が鮮やかに明滅する印象。明朗な色彩感と、柔らかく典雅な音色美は耳のごちそう。第3楽章も遅めのテンポで克明に描写し、オケの妖艶な音彩を生かして、精度の高い棒で緻密な音響を構築する。表現の振幅も大きく、囁くような弱音の世界から激烈なアクセントまで、ダイナミズムの採り方が痛快。 |
第4楽章も、しっとりと潤ったオケの音彩が素晴らしく魅力的。各パートの歌い回しも優美そのものだが、敏感で解像度の高いシャイーの指揮も驚異的。第5楽章は、溌剌としたリズムと鋭敏な音感を駆使しつつも、抑制を効かせてお祭り騒ぎを阻止。場面転換と各部の描き分けが実に巧みで、オペラ指揮者としての手腕も発揮されている。ディティールを精細に描き込みながら、全体を大胆にデッサンするセンスはシャイーの美点。スポーティな動感も見事。 |
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“しなやかに円熟したMTT、その資質を大いに発揮” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団 |
(録音:1997年 レーベル:RCA) |
当コンビのマーラーはCBSから3番が出ていた他、T・トーマスはサンフランシスコ響と自主レーベルで全集ライヴ盤を出しています。収録会場やレーベルが違うせいもありますが、10年前の3番と比べると、ずっと柔らかさ、しなやかさが増した、聴きやすいサウンド。演奏時間が合計で81分になるため、2枚組で発売されました。 |
第1楽章は遅めのテンポで全てを明晰に描き出した、MTTらしい表現。確信に満ちた安定感のある足取りと、錯綜したスコアを隈無く照射し、アゴーギクも含めたあらゆる事象を整然と配置するのが彼らしいです。即興性やスリルはなく、幾分几帳面にも感じますが、こういう複雑な曲を分かりやすく解析するには卓抜な手法。どこまでもシャープな造形ながら力みがなく、各フレーズを爽やかに歌わせているのも好印象です。 |
第2楽章は、冒頭ホルンの柔らかくも鮮烈な音色が印象的。ロンドン響は録音によってかなり刺々しく硬い音に鳴るオケですが、当番ではソフトな側面が強調されて耳に心地よいです。それでいて細部が明瞭で、響きが透徹しているのはMTTらしい所。特定の要素をデフォルメせず、バランス感覚に優れる一方、暖かな情感を湛えて歌われるトリオ主題の柔和さは、かつての彼にはなかったものです。 |
第3楽章もゆったりとした佇まいで、楷書的な筆致にも感じますが、各パートの優美なフレージングは本物の手応え。効果的なポルタメントや有機的に構築された立体感のある響き、鋭敏なリズムと精妙な色彩設計に、独特の凄みが漂います。第4楽章もすこぶる丁寧な一方、やはり几帳面さも目立ちますが、合奏は完璧に統率され、棒との一体感が見事。アゴーギクが堂に入って自然で、情感豊かな彫りの深い表現が素晴らしいです。 |
第5楽章は冒頭のトランペットをはじめ、やや尖鋭で華美な音色傾向ながら、残響の多いソフトな録音がそのエッジを巧みに和らげています。テンポや曲想の変化の多い大編成の音楽は、MTTの資質にぴたりと合致。水を得た魚のような指揮ぶりで、よく弾むリズムと爽快な歌心、ダイナミクスの振幅とスケールの拡大、思い切りの良い力感の解放など、作品に相応しいパフォーマンスを生き生きと展開します。コーダにおける気宇の壮大さも破格。 |
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“細部の表情は豊かながら、仕上げ重視で迫力に欠けるライヴ盤” |
マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
(録音:2000年 レーベル:RCO LIVE) |
当コンビのライヴ音源集成ボックスから。音楽監督就任前の録音です。ヤンソンスの同曲録音はこの7年後、バイエルン放送響とのライヴ盤もあります。 |
第1楽章は遅めのテンポで開始し、トロンボーンのユニゾンで急にテンポを上げる設定。柔かなタッチで上品、細部まで綿密で丁寧な表現で、感情的な耽溺や陶酔は一切ありません。行進曲風の付点リズムは鋭敏かつ軽妙で、スピード感をもって表現。アゴーギクは自在で、テンポの振幅を大きく取って恣意的に操作しますが、極端な逸脱には繋がらないバランス感覚がヤンソンスらしいです。メリハリは明快で、フォルム自体はきっちり造形。弦のしなやかなカンタービレも魅力的です。 |
第2楽章は、冒頭から音色が美麗。ふくよかな響きで筆致も柔らかいですが、マーラーではこういう楽想の場合、ある種のスパイスがないと音楽が穏当になりすぎる気もします。第3楽章は、ざわついた表情が作品の本質を衝き、クラリネットのグリッサンドも効果的。グロテスクとまではいかないのがヤンソンスの趣味の良さですが、ニュアンスを雄弁に拡大してゆく行き方は評価されるべきでしょう。テンポと表情の変転も実に巧みで、コーダの演出も見事。 |
第4楽章は、美音のオケとフレージングの名手たる指揮者に最適な音楽。ゆったりしたテンポで、精緻に描写します。第5楽章は力みのない開始。金管群は最初ハスキーに感じられますが、音量を抑制する意図があるのでしょう。強音部でも柔らかく、深みのあるソノリティは魅力的。歯切れが良く、敏感に弾むリズムはあちこちで効果を挙げています。録音のせいでややパンチに乏しく感じられますが、最後は豪放に盛り上げているようです。 |
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“力みのない自然体の棒が、複雑な終楽章の魅力を解き明かす” |
クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:2001年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
ライヴによる新全集録音の1枚。シカゴ響との旧盤から17年ぶりの再録音です。アバドの指揮は呼吸感がずっと自然になり、テンポの変転にもかつてのぎこちなさを感じさせません。オケも音色、技巧共に、セッション録音だったシカゴ盤を遥かに凌駕するクオリティ。 |
第1楽章は、歌うような冒頭のソロが流麗。各パートのパフォーマンスにも気負いがなく、指揮者の自然体の姿勢を反映します。しかしソノリティは有機的に充実し、艶っぽく豊麗なサウンドは圧倒的。旋律は粘らず、爽やかに歌います。無用な力こぶを作らず、流線型のフォルムを追求しているものの、鋭敏なリズムや逞しい力感は充分。 |
第2楽章もオケがうまく、鮮やかな色彩感が魅力。健全明朗な性格で、しなやかなフレージングとよく弾む鋭敏なリズムを駆使して、柔らかな音楽を紡いでゆきます。一切の誇張や情緒面の耽溺もなく、滑らかに描かれる旋律のラインも印象的。 |
第3楽章は精妙な音色センスが見事で、オケの合奏力に圧倒されます。奇を衒った解釈はありませんが、細部の処理が緻密そのもので、耳を惹かれる瞬間が続出。ティンパニの打ち込みも鮮烈です。第4楽章は柔らかいタッチと潤いのある響き、デリケートな弱音と室内楽的で精緻なアンサンブルが素晴らしいです。雑味のない、澄み切ったサウンドも爽快。 |
第5楽章は、ソステヌートの主題提示がアバドらしい造形。肩の力を抜きながらもリズムが峻烈で、躍動感やスケールの大きさも十分に表出。ドラマ性を排除した、どこまでも純音楽的な解釈ですが、細部の表情やアーティキュレーションの描写は徹底されています。テンポのコントロールも見事で、後半の煽り方もスリリング。この楽章をこれほど多彩に面白く聴かせられる演奏は、なかなか稀少かもしれません。 |
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“あくまで健全な性格ながら、図抜けた描写力とリズム感で聴き手を圧倒” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団 |
(録音:2005年 レーベル:サンフランシスコ交響楽団) |
楽団自主レーベル、ライヴによる全集録音から。T・トーマスは97年にロンドン響と同曲を録音しています。第1楽章は、テナー・テューバのソロが伴奏からずれ気味で、精度の甘さも感じられます。続くトゥッティのシャープな造形はさすが。細身のサウンドながら、決して硬質ではなく弾力性があるし、クリアに冴え渡って爽快です。アゴーギクは絶妙で、テンポのコントロールが常に自然で素直。さほど遅いテンポではないですが、終始落ち着いた佇まいです。 |
いわば、特定の要素が突出しない端正な造形で、健康的な音楽家による健全な演奏という感じ。アンサンブルは精緻で、展開部のハープのアルペジオや高弦の歌など、精妙な音色と艶やかなカンタービレが実に美しいです。ティンパニの打ち込みは控えめ。 |
第2楽章は、自然体の中にも敏感なリズムと音感が冴える好演。弦の旋律線など、優しい表情とたおやかな情感も印象的です。色彩感に優れ、パート間の分離や音色の配合、ホルンのソロとエコーの対比など遠近法も見事。ユダヤ風のメロディが出て来る所も、表情の付け方やテンポの変化など、スコアを知り尽くした表現が採られますが、旋律線に粘り気がないのはMTT流。 |
第3楽章は、瑞々しく繊細なサウンドで澄み切った音世界。合奏も緊密で、デモーニッシュな迫力はないものの、美しい仕上がりです。語り口も巧妙で、曲想の変化に的確に対応。断片的な楽想が有機的に結びつけられる快感があります。ささやき声のような弱音部の細かいパッセージも、細密画を見るような趣ですこぶるデリケート。グリッサンドを用いたトロンボーンのユニゾンも、フレージングが見事です。 |
第4楽章は落ち着いたテンポ感え、デリカシー溢れる優美な歌が横溢。僅かなアゴーギクの操作も効果的で、描写力の巧みさを示します。幻想性はありませんが意識が冴え渡り、カラフルでリアルな夢の再現といったイメージ。オケもテクニック、音色ともに素晴らしいです。第5楽章は図抜けたリズム感が圧巻で、ほとんどリズムの表情だけで展開を作ってゆけるほどの雄弁さ。場面転換の鮮やかさも、強い印象を残します。 |
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“旧コンセルトヘボウ盤よりシャープかつ腰の強い響きで怜悧に描写” |
マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団 |
(録音:2007年 レーベル:BRクラシックス) |
楽団自主レーベルによる、ライヴ録音ツィクルスの一枚。ヤンソンスの同曲録音はこの7年前に、コンセルトヘボウ管とのライヴ盤もあります。コンセルトヘボウと較べると細身のシェイプで、シャープなエッジと腰の強い力感が勝ったサウンド。ただし残響はややデッドに感じられます。 |
第1楽章は各パートの素晴らしいパフォーマンスが耳を惹き、トロンボーンのユニゾンでテンポ・アップする解釈は旧盤と共通。幾分フォーカスの甘いコンセルトヘボウ盤と異なり、旋律線がよく歌う割に怜悧な印象を与えるのは、冴え冴えとした響きゆえでしょうか。弱音部はぐっとテンポを落とし、雄弁な表情でたっぷり歌いますが、冗漫に流れる箇所は皆無。スーパー・オケの合奏力で緻密に聴かせる一方、フォルティッシモの響きは常に有機的。コーダ前後の設計も巧緻で、楽譜の読みの深さが窺えます。 |
第2楽章も輪郭をぼやかさず、くっきりとした筆致。それがどぎつくならないのはオケの美しい音彩ゆえですが、ティンパニなどは躊躇せず峻烈に打ち込まれます。合奏の精度は高く、リズム処理も厳格なのはこのコンビらしい所。イマジネーションや幻想性よりも、純音楽的な美や充実度を求める傾向で、場面が切り替わってもタッチは常に上品です。 |
第3楽章は開巻早々、弦と木管のグリッサンドを強調して旧盤を踏襲。デモーニッシュな性格ではありませんが、落ちついたテンポで丹念に合奏を構築していて、スタッカートやマルカートにも強い意志が感じられます。第4楽章はロマンティックながら節度を持って歌われ、情緒過多には陥りません。密度の高い表現ではあっても、爽やかな風通しの良さがあるのはヤンソンスの美点です。オケがそもそも上手いので、純粋にパフォーマンスとして聴き応えあり。 |
第5楽章は、力強いティンパニの連打と流麗なトランペットの主題提示、俊敏なリズム処理など鮮烈な表現が連続。雑な仕上がりになりがちな楽章でも、解像度の高い表現を強い集中力で展開するのがヤンソンスの良さです。テンポは振幅が大きく、精緻にコントロールされていて、特に加速の局面での緊張と密度の高まりは凄絶。神経質にならず、ゆったりとした懐の大きさがあるのは彼の演奏の特色ですが、凝集されたシンフォニックな表現は迫力満点です。ニュアンスも多彩で雄弁。 |
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“自然体で肩の力を抜きながら、本物の手応えを感じさせるマーラー解釈” |
エリアフ・インバル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:2011年 レーベル:エクストン) |
ライヴとセッションを組み合わせて編集した2枚組ディスク。フランクフルト放送響、東京都響とも全集録音を行ったインバルですが、当コンビのマーラーも1番、5番が発売されました。 |
第1楽章は、冒頭のテナー・テューバが実に豊麗。インバルの棒は誇張がなく、テンポや楽想の変わり目も大袈裟に強調したりしません。たっぷりと残響を取り入れた録音のせいもあってか、あまり角が立たない造形に感じられますが、ソノリティは柔らかく潤いたっぷりで、実に美しい響きが充溢します。 |
旋律線は粘性が強く、ねっとりとうねる艶っぽい歌い回しはインバルらしい所。しかし鋭敏なリズムが随所に盛り込まれ、腰の重いパフォーマンスにはなりません。解釈は細部までよく練られ、スペシャリストらしい安定感あり。アゴーギクもごく自然で、作為を感じさせないのがさすがです。気力が充実して生彩に富んだパフォーマンスで、ティンパニなどアクセントも鮮烈に打ち込まれます。 |
第2楽章は、少し濃い表情を付けた冒頭のホルンが深々と響いて魅力的。続く木管のアンサンブルも精緻に構築されています。主部の旋律線も優美に歌われ、アーティキュレーションが的確そのもの。正に作品の本質を衝く表現という感じで、肩の力が抜けているにも関わらず、本物のマーラー解釈という印象を与えます。 |
第3楽章は遅めのテンポで、無用なデフォルメはないものの、尖鋭な音感と繊細な棒さばきで丹念に造形。ディティールが生き生きと描写される一方、粘り気のある弦の歌い口が濃密です。第4楽章は、しっとりとした美音で緻密に歌い込まれた名演。ダイナミクスとアゴーギクがとりわけ見事で、あらゆる点で説得力の強い表現と言えます。合奏も集中力が高く、生気が漲って気力充実。 |
第5楽章はタッチこそ柔らかいですが、エネルギッシュで躍動的。細部が丁寧なのは全楽章に共通の傾向で、鋭利なリズムや勢いが目立つ局面でも、仕上げが粗雑になる事は決してありません。合奏に強い一体感があり、細かなテンポの変動にもオケがぴたりと付けています。まろやかにブレンドしたソノリティは美しく、リッチなホールトーンを伴って極上の響き。威圧的な音響で圧倒する所がなく、よく弾む敏感なリズムは軽妙ですらあります。レントラーのエピソードも、優美に跳ねる口調が洒脱。 |
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