ラヴェル/バレエ音楽《ダフニスとクロエ》

(全曲版)

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[全曲]

59年 モントゥー/ロンドン交響楽団  

61年 ミュンシュ/ボストン交響楽団  

62年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団

72年 コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

74年 マルティノン/パリ管弦楽団

74年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

74年 小澤征爾/ボストン交響楽団    

75年 ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニック

79年 マータ/ダラス交響楽団

80年 デュトワ/モントリオール交響楽団

84年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

87年 インバル/フランス国立管弦楽団

89年 ハイティンク/ボストン交響楽団

90年 ラトル/バーミンガム市交響楽団

92年 ナガノ/ロンドン交響楽団  

94年 ブーレーズ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

94年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

04年 ミュンフン/フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

07年 レヴァイン/ボストン交響楽団  

07年 ハイティンク/シカゴ交響楽団   

14年 ドゥネーヴ/SWRシュトゥットガルト放送交響楽団 

14年 P・ジョルダン/パリ国立歌劇場管弦楽団   

15年 V・ユロフスキ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団  

16年 ロト/レ・シエクル   

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[全曲]

“理想的なテンポ設定、合奏の精度の高さで、ステレオ初期最高のお薦め盤”

ピエール・モントゥー指揮 ロンドン交響楽団

 コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団

(録音:1959年  レーベル:デッカ)

 当コンビはデッカに《亡き王女のためのパヴァーヌ》《スペイン狂詩曲》、フィリップスに《マ・メール・ロワ》全曲と《ラ・ヴァルス》《ボレロ》も録音しています。彼らのデッカ録音は響きがドライで荒れるものもありますが、当盤は残響も豊かで適度な距離感もあり、非常に聴きやすいサウンド。しかも直接音がクリアで合唱もはっきりと聴き取れるという、デッカらしい優秀録音です。

 演奏がまた素晴らしく、この時代としては異例と言えるほど、細部を徹底的に精確かつ緻密に描写しています。それでいて流れを大局的に掴んで豪快に揺り動かす辺り、気宇の大きさや見通しの良さも傑出。モントゥーには珍しく、ダイナミックな腰の強さや語り口の雄弁さを示す場面もある一方、しなやかな歌心にフランス的な香気も横溢します。合奏の精度も非常に高く、音色面は置くとして、当盤はパリ音楽院管との録音でなくて良かったのではないでしょうか。

 特に千変万化する各部のテンポ設定は、この曲の一つの規範と言えるもの。私が前段からしつこく主張している、スピード重視、勢い優先になりがちな箇所を、ことごとく遅めのテンポで解像度高く描写しているのはさすが。バレエ音楽の神様と呼ばれたモントゥーがこのテンポを採っているのですから、私の主張を裏付けるに十分な根拠と言えるでしょう。

“明快な響きと正確かつ骨太なリズム。作品の魅力を十二分に伝える一枚”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

 ニューイングランド音楽院合唱団

(録音:1961年  レーベル:RCA)

 当コンビはこの6年前にも同曲をステレオ録音していますが、技術進歩の大きかったこの時代には、同じ曲の短期間再録音はよくある事でした。ちなみに当盤ではプロデューサー、エンジニアは全て入れ替わっています。このコンビの録音は特に50年代までは音が荒れがちですが、当盤は歪みや混濁も目立たず、適度に残響も取り込んである程度の潤いは確保。直接音も鮮明で優秀録音と言えます。

 ミュンシュの棒はビートが正確で、往々にしてスピード重視で走りがちな箇所も、安定した足取りで落ち着いた音楽作りを聴かせます。変拍子も的確に処理して舞曲の性格を明確に打ち出したり、さすがは現代音楽も得意としたレパートリーの広い指揮者だけあって、シャープなリズム感を駆使。大太鼓やティンパニのアクセントも明快で、その腰の強さと骨太なデッサンが演奏全体のダイナミックな活力にも繋がっています。

 音色のセンスも素晴らしく、響きをぼかさず鮮やかな音彩でスコアを照射していて見事。各フレーズやフランス音楽らしい香気を漂わせると同時に、近代の管弦楽作品らしいオーケストレーションの魅力も余す所なく伝えています。オケも好演で、しなやかな歌心が横溢。この時代の録音としては、代表的名盤とされるクリュイタンス盤より遥かに強くお薦めできる内容です。

洒脱な表現と香り高いオケの音色。定評あるクリュイタンスの名盤

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団

 ルネ・デュクロ合唱団

(録音:1962年  レーベル:EMIクラシックス

 名盤として名高い管弦楽曲全集から。香り高い音色とエスプリの効いたクリュイタンスの表現は確かに素晴らしいものですが、私がこの作品に求める方向とは少し違うせいか、個人的にはあまり心を惹かれない演奏です。

 オケは明るく艶やかなサウンドと、色気たっぷりのソロ楽器によるパフォーマンスに分があるものの、アンサンブルの精度は近年のオケの比ではないし、年代の割に聴きやすい録音も、最新ディスクとは比べるべくもありません。ラヴェル作品において、それらは決して無視できない重要なポイントだと思います。勿論、一時代を築いた素晴らしい演奏なのですが。ムードに流れず、明晰でリアリスティックな音処理はさすが。リズムのセンス、フレージングも実に洒脱です。

“繊細かつ雄弁な指揮とオケの魅力に溢れた、知られざる超名演”

キリル・コンドラシン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 オランダ室内合唱団、NCRVヴォーカル・アンサンブル

(録音:1972年  レーベル:フィリップス)

 80年代にまとめて発表された、当コンビのライヴ音源の一つ。このシリーズは残響がデッドなものもありますが、当盤はホールトーンがたっぷりと取り入れられ、ライヴながらオケと会場の音色的魅力を十二分に伝える好録音です。唯一、高音域の難関が多いとはいえ、ホルンのミスが多いのは残念。

 コンドラシンというと剛毅でエネルギッシュなイメージがありますが、実は繊細な筆遣いも駆使する人で、当盤にはそんな一面がよく出ています。テンポこそ速めですが、第1部から優美なタッチと音色センスが際立ち、オケの音彩も魅力的。きらびやかな光沢を多彩に放ちながら、柔らかな感触と典雅さを保ったサウンドはファンタスティックと形容する他ありません。又、控えめながらもアゴーギクが巧妙で、緩急巧みに各場面の性格を抽出する棒さばきにも舌を巻きます。

 例えば、スロー・テンポとスタッカートの強調が音楽の輪郭をくっきりと切り出す《若者達の踊り》や《海賊の踊り》、妖艶なカンタービレで聴き手を誘惑する間奏部や《ダフニスの優美な踊り》《夜想曲》などは当盤のハイライト。《夜明け》の場面も、色彩感やサウンド・メイキングの手腕において傑出し、全体の構成力も確かで合唱の扱いも巧み。《全員の踊り》のパワフルな盛り上がりもこの指揮者らしいです。

“叙情的なフレーズを優美に歌わせながら、巧みな棒さばきでタイトに設計する小澤”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

 タングルウッド音楽祭合唱団

(録音:1974年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 3枚あるラヴェル管弦楽曲集より。このコンビの演奏は、ディティールの処理が緻密なのと音色が明るく柔らかい点で、作品との相性の良さを示します。しなやかで、潤いのあるカンタービレも素敵。各部においてテンポが速すぎるきらいはありますが、句読点が明快でリズム感が良く、若々しくフレッシュな活力は爽快です。細部のニュアンスが雄弁で、仕上げが丁寧なのも好印象。

 叙情的なフレーズが優美なのは、モントゥーやミュンシュなどフランス人指揮者の薫陶を受けたボストン響のDNAでしょうか。小澤征爾も流麗なフレーズを作るのが得意な人ですから、このコンビのフランス音楽が魅力的なのは当然かもしれません。どのパートもまろやかな音色で好演していますが、全編で活躍するフルート(ドワイヤー)とホルンは絶美。合唱もピッチが良く、美しいパフォーマンスです。

 大太鼓のアクセントを随所に効かせるのは私好みで、こういう解釈を実践しているディスクは他にマータ盤くらい。全体に緊張感と凝集力があり、長尺の大作を弛緩させずタイトに聴かせる設計力はさすがです。ドラマティックな語り口とシャープなリズムが痛快な《海賊の踊り》はハイライトで、ここは速すぎないテンポも絶妙。

世評の高い演奏ながら、雑なアンサンブルと曖昧なリズムに問題も多し

ジャン・マルティノン指揮 パリ管弦楽団

 パリ・オペラ座合唱団

(録音:1974年  レーベル:EMIクラシックス

 管弦楽曲全集中の一枚。マルティノンは60年代にシカゴ響と第2組曲を録音しています。全曲盤で、指揮者もオケもフランスというのは珍しく、初出時から定評のあったディスク。ホルンや木管などソロが素晴らしいのと、弦をはじめとした明るく眩い音色は特徴的ですが、アンサンブルはむしろ雑で、トゥッティの響きも少々ざらつく印象。

 マルティノンは横の線にフランスの香りを盛り込む代わり、リズム面ではやや前のめりというか、ブーレーズやマゼールなどリズムの正確な演奏を聞き慣れた耳には、どこか落ち着かない感じがつきまといます。特に聴かせ上手という性格ではなく、ドラマティックな演出はほとんど見られないし、物語上の具体的なアクションを表す管弦楽法も、比較的淡白に処理されている様子。ホールトーンを豊かに取り入れながらもややオフ気味の録音は、ディティールの解像度がもどかしいもの。

マゼール&クリーヴランドの面目躍如。精妙かつ鮮烈なパフォーマンスは圧倒的

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:デッカ

 マゼールにとっても、クリーヴランド管弦楽団にとっても唯一の同曲全曲盤。恐らく日本ではCD化された事がないので、この録音の存在はあまり知られていないと思うのですが、個人的には同曲の最も優れたディスクの一つだと思っています。

 精妙な音作りと多彩で機能的な表現力はこのコンビの面目躍如。ラヴェルの音楽にはそれが抜群にマッチして、他の曲ではあざとく感じられたりもするトロンボーンのグリッサンドや弦のポルタメントの強調も、ここでは素晴らしい効果を上げています。悠々たる足取りで繰り広げられる冒頭部分のテンポ設定、海賊来襲場面での鮮やかなリズム処理も見事。

 一方で、《宗教的な踊り》の後に出るコケティッシュな部分がものすごい駆け足テンポだったり、《海賊の踊り》直前のコーラスが不自然なほど近接した距離感で極端にクレッシェンドするなど、アクの強い表現もちらほら聴かれますが、個人的にはこういうラヴェル、高く買います。

録音、演奏共に驚異的な透明度を確保した名演。ドラマ性や柔らかさは不足気味

ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

 カメラータ・シンガーズ

(録音:1975年  レーベル:ソニー・クラシカル

 当コンビはラヴェルの主要管弦楽作品をほぼ全て録音している他、ブーレーズはその多くをベルリン・フィルと再録音しています。冷たく光る硬質なサウンドは作品にふさわしく、混濁しやすい金管と合唱を含むトゥッティでも透明度が保たれている所はさすが。ディティールの精緻なニュアンスは特筆もので、後にも先にもこれほど緻密に細部が再現されたディスクはないかもしれません。録音も極めてクリアで、トライアングルやカスタネット、タンバリンなど、打楽器の音も明瞭にキャッチされています。

 正にブーレーズ一流の怜悧なラヴェルではありますが、バレエ音楽らしいドラマ性や柔らかなふくらみに不足するのも事実。ドビュッシーやストラヴィンスキーには有効な解釈でも、ラヴェルには肉感的な表情や諧謔味も必要という事でしょうか。《海賊の踊り》や《全員の踊り》は相当に速いテンポが採用されていますが、金管などの細かい音符を非常に鋭く、正確に処理しているのには驚きます。もっとも、正確無比に刻まれるリズムに耐え切れず、プレイヤーが先走りがちな箇所もちらほら。

 木管ソロや弦は一応ポルタメントは使用しながらも、不必要なルバートやしなを作るような表情は徹底して排除されていて、それが逆に清澄な美しさを表出する結果になっているのは美点。それにしてもラスト、ラヴェル特有の寄せては返す波のような怒濤のクライマックスで、音が団子状にならず、全てがクリアに演奏されているのには度肝を抜かれました。ブーレーズ、恐るべし。

悠々たるテンポを貫き、徐々に凄みを帯びたグルーヴを巻き起こすマータ

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団・合唱団

(録音:1979年  レーベル:RCA

 数枚に渡ってラヴェルの管弦楽作品をレコーディングしているこのコンビですが、当盤は日本ではCD化されていなかったと記憶します。個人的にはマータの代表盤かつ同曲の最も好きな演奏の一つ。

 テンポは概して遅く、ディティールの表情を拡大する趣がありますが、《海賊の踊り》や《全員の踊り》には内から沸き起こるような蓄積のパワーと、着実に興奮を高めてゆくグルーヴ感があって、私にはこれ以外のテンポはちょっと考えられません。また、冒頭の《宗教的な踊り》も、落ち着き払ったテンポで独特の凄みを持つ音楽世界を展開していて、やはり他の演奏だと物足りなく聴こえてしまいます。《ドルコンの踊り》での大太鼓の強打も独自の解釈。

 もっとも、テンポが遅いからといって鈍重さはなく、しなやかでシャープなリズム感を内に秘めているし、豊かな間合いの感覚は、バレエ団の舞台を経験しているマータならではです。アンサンブルの構築も緻密で、大味な所はありません。オケも独特の温度を持った豊麗な響きで好演し、作品にユニークな色合いを付与。ソロも皆、好演しています。国内盤でのCD化を切に望みたい録音。

過去の名盤に現代的感性をプラスしたような、デジタル時代のニュー・スタンダード

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団・合唱団

(録音:1980年  レーベル:デッカ

 ボレロ他の管弦楽曲集と並んで、当コンビの存在を世界の音楽ファンに知らしめた名盤。多くのリスナーが魅了され、当時はアンセルメの再来というイメージも強かった事を記憶します。デュトワがアンセルメやクリュイタンスと違うのは、オケの響きに潤いがあり、かつ豊満な肉付けがなされている事、それからリズムやパースペクティヴに現代的で研ぎすまされた感覚がある事。

 勿論これらは録音技術の進歩とも関係がある訳ですが、精緻なアンサンブルや鋭敏な音感はステレオ初期の各盤の比ではありませんし、皮の質感生々しいティンパニを核とするダイナミックなサウンドには、独特の肉感的な趣があります。ソロ・プレイヤーの表現力もさすが。リズミカルな部分に関しては、個人的にはマータ盤が好みですが、例えば《ドルコンの踊り》前後の、ひたすら優美なデュトワの描写力には得難い魅力があります。

“レヴァインの巧みな棒さばきとウィーン・フィルの魅力で聴かせる充実のディスク”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 ウィーン国立歌劇場合唱団

(録音:1984年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ウィーン・フィル唯一の全曲盤。レヴァインは後年、ボストン響と当曲のライヴ盤を出しています。緩急とメリハリの効いた明快な棒も魅力ですが、何といっても美しい響きに魅せられるディスク。色彩豊かという性格ではありませんが、レヴァインは艶やかで明るいサウンドを引き出していますし、弦のしなやかなカンタービレや木管のソロなども実に優美。オペラ座のコーラスも加えたトゥッティの輝かしい響きは素晴らしく、ラヴェルの音楽の魅力をいささかも減じる事はありません。

 テンポは総じて落ち着いていて、アゴーギクもドラマ性が豊かですが、バレエ向きというよりはシンフォニックな語り口で、《ドルコンの踊り》などやや足早に過ぎるかなと感じられる部分もあります。しかし、なかなか納得のゆく演奏に出会えない全曲盤ディスクの中では、かなりアベレージの高い一枚で、自信を持って薦められる内容。《海賊の踊り》など、克明なリズム処理を基に鮮やかなクライマックスを形成しており、大変聴き応えがあります。

 旋律の歌わせ方や作品全体の構成の仕方も巧く、「フランス音楽はフランスの指揮者とオケに限る」という本場信仰はもう効力を成さなくなってきているかもしれません。これもブーレーズ革命以後のリスナーに特有の現象なのか、クリュイタンス盤やマルティノン盤の魅力は認めつつも、もう録音史における役割は十分果たしたのではという気もしています。録音は低音域が浅く、合唱が近接しすぎて不自然に聴こえるなど不備あり。

ラテン的なオケの響きとねっとりした指揮の結合。美感に乏しい録音は不満

エリアフ・インバル指揮 フランス国立管弦楽団・合唱団

(録音:1987年  レーベル:デンオン

 4枚組のラヴェル管弦楽曲集の一枚。他レーベルもよくレコーディングに使っている、フランス放送局スタジオ104での収録ですが、アコースティックがよくなくて、時折美感に乏しい響きも聴かれるのが残念。細部は近接気味にキャッチされています。シンバルや打楽器を伴うトゥッティでは高音域に偏って飽和し、響きに艶が不足して美しくありません。

 インバルの粘液質のフレージングが、オケの個性と相まってねっとりとした色香に結びつき、作品との相性は良好。《ドルコンの踊り》ではテンポを変動させてユーモラスに演出するなど、独自の解釈も聴かれます。インバルのテンポが総じて遅めなのも、鋭敏なリズム処理と共にプラスに働いた印象。高音域の明るく華麗な音色やソロ・プレイヤーのセンスには、フランス国立管の美質がよく出ています。ただ、時折合唱がバランス的に大きすぎるように感じられるのと、オケのアンサンブルに雑な箇所があるのが気になる所。

期待の顔合わせながら、指揮者の実直さと作品の相性に疑問も

ベルナルト・ハイティンク指揮 ボストン交響楽団

 タングルウッド音楽祭合唱団

(録音:1989年  レーベル:フィリップス)

 ハイティンクとボストン響による初顔合わせ録音で、ジョン・オリヴァー率いるタングルウッド音楽祭合唱団も参加。このコンビは引き続きラヴェルの主要管弦楽作品も録音しています。ボストン・シンフォニーホールは響きの良い事で有名ですが、フィリップスのボストン録音は幾分デッドな傾向があり、当盤ももう少し音場の広がりと響きに潤いがあればと感じる瞬間が多々あります。

 ハイティンクは持ち前の手堅い構成力と豊かなニュアンスで全体をうまくまとめていますが、欲を言えばフレージングにさらなる膨らみと柔らかさを求めたい所。色彩も、単にカラフルというのではなくて、艶や色香が漂ってこそラヴェル、時に物足りなさも覚えます。リズムも時に生硬だったりして、どうも実直なタイプのアーティストは、ラヴェルの音楽と相性が良くないのかもしれません。バスドラムやシンバルを伴うフォルティッシモは響きが軽く、これがラテン的な音作りを志向した結果ならうまく行っているようです。

鋭敏なリズム、艶やかにうねるフレージング、ラヴェルへの適性を如実に示すラトル

サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団・合唱団

(録音:1990年  レーベル:EMIクラシックス

 意外に少ないラトルのラヴェル録音の一枚で、ボレロとカップリング。ラトルの美点はフレージングに自在なしなやかさとうねるような官能性がある点で、その資質はフランス音楽によく合っています。特に木管ソロには独特の色気がありますが、金管を伴うトゥッティが艶やかな光沢を放ってうねる様はなかなかの聴きもの。《海賊の踊り》《全員の踊り》など、急速な箇所でのリズム処理は鮮やか。テンポを速くしすぎず、リズムを正確に刻んでいるのも、オーケストレーションの効果を際立たせています。オケも好演。

 他方、アタックの強度や急激なテンポ変化が強調されない傾向もありますが、この曲にはなぜかモダンな演奏が少ないので(サロネンもT・トーマスも録音していない)、斬新に聴こえる表現です。フレージングに独自のニュアンスを加えたり、《ドルコンの踊り》ではトロンボーンのグリッサンドを非常に弱く抑えてユーモラスな効果を出すなど、演出巧者な一面も。録音も優秀ですが、ダイナミックレンジが大きすぎるのは難点で、弱音部をちゃんと聴き取れる音量に設定すると、クライマックスでとんでもない音圧になってしまってびっくり。

“柔らかなタッチと繊細なピアニッシモが、パステル調の色彩を作り出す”

ケント・ナガノ指揮 ロンドン交響楽団・合唱団

(録音:1992年  レーベル:エラート)

 ナガノは同響、リヨン管と、それぞれラヴェルの管弦楽曲集も出しています。かなりの数のフランス物を録音しているナガノだけあって、音作りのセンスは大したもの。豊かなカラー・パレットを駆使して、精妙なサウンドを構築しているのに驚かされます。ロンドン響は角を立たせると刺々しい響きになってしまいがちな団体ですが、ここでは柔らかなタッチで、パステル調の色彩を作り出していて素敵。

 テンポが遅めなのもバレエらしいリズム感の表出に繋がっていて、随所に聴かれる間合いに詩情が漂います。ねっとりと粘性を帯びたカンタービレは、濃密な色気を放って魅力的。最弱音のデリカシーも見事で、《リュセイオンの踊り》のクラリネット二重奏を弱音で吹かせているのは斬新だし、その後のホルンの最高音域にまで極度のピアニッシモを要求しているのは凄いです。

 アカペラのコーラスは、舞台裏の距離感に長い残響が加わって幻想的。《海賊の踊り》も性急になりすぎないテンポ設定が良く、解像度の高い細部の発色とシャープなリズム処理で鮮やかに聴かせます。《夜明け》以降も精緻なディティール描写としなやかな旋律線が魅力的で、ハーモニーのバランスも完璧。指揮者の耳の良さを窺わせます。

“ふくよかで暖かみのある色彩の中、精緻でモダンな表現を追求”

リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

 ヘット・グルート・オムロープ合唱団

(録音:1994年  レーベル:デッカ)

 ドビュッシーの《カンマ》とカップリング。近代音楽を得意としながらドビュッシーやラヴェル、ビゼーなど、フランス音楽はあまり録音していないシャイーだが、当コンビでは《ボレロ》とメシアンの《トゥーランガリラ交響曲》、ロンドン響&クレーメルとはミヨー他の録音がある。

 序奏部はオーソドックスで、ソロを中心にオケの音彩を生かした表現。《全員の踊り》に入って急速なテンポに移行する所を、ゆったりしたペースで開始するのは斬新な解釈。途中でチェロ群が挟み込んでくる艶っぽいパッセージでは、さらにぐっと速度を落とす。リズムと音色に対する鋭いセンスが冴える《ドルコンの踊り》も秀逸。

 細部まで精妙に描写されたサウンドは圧巻ながら、ホールの響きが良すぎて風の音に聴こえないウィンド・マシーンはご愛嬌。緻密で色彩的だけれど、暖かみのあるふくよかなソノリティで、その中にエッジの効いたシャープなブラスや打楽器が際立ってすこぶる魅力的。《全員の踊り》も非常に精緻でモダン。

“旧盤の解釈を踏襲するも、残響過多の録音に難のあるブーレーズの再録音”

ピエール・ブーレーズ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 ベルリン放送合唱団

(録音:1994年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 ラヴェル第2弾でラ・ヴァルスとカップリング。このシリーズは、近年のグラモフォンとしては珍しくイエス・キリスト教会で録音されていて、残響たっぷりで雰囲気が豊かな反面、ソロはオフ気味。ニューヨーク・フィルとの旧盤以来約20年ぶりの再録音だが、速めのテンポ設定や各部のニュアンスなどほぼ旧盤を踏襲した解釈で、ストラヴィンスキーの演奏ほどは年月の変化を感じさせない。

 録音のせいもかなりあるが、テンポが速い上にディティールが残響でマスキングされてしまうため、ラヴェル特有の細かい音符が潰れている箇所が多いのは問題。それでも鋭利にリズムを刻む局面ではオケの上手さもあり、明瞭な輪郭が切り出される箇所もあるが、全体はどうも茫漠としている。その分、歌い回しや音色の艶っぽさや幻想的なムードが美点と言えそうだが。

 ベルリン・フィルによる同曲録音は珍しく、全曲版はまだ当盤しか存在しないようだが、確かにオケの表現力や合奏の精度はニューヨーク盤の比ではない。ティンパニや大太鼓の強打による雄渾な力感も、旧盤には無かった要素だ。しかし音像がクリアで、ブーレーズのスコア解釈がよく分かる点では旧盤に軍配が上がるかも。

“終始性急なテンポを採択するミュンフン。ディティールがぼやけた録音にも不満あり”

チョン・ミュンフン指揮 フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

 フランス放送合唱団

(録音:2004年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 フランス音楽を精力的に取り上げながらも、ラヴェルは録音してこなかったミュンフンによる、期待のレコーディング。収録もラジオ・フランスのスタッフが担当しているが、ソロ楽器の距離感がオフ気味の上、テンポもかなり速いので、ディティールが少々もどかしく、色彩的な魅力がうまく出てこない恨みがある。トゥッティの響きは艶やかで、フランスのオケらしい輝きもあるが、前半を中心にテンポ設定がどうにも性急で、私には不満。

 もっとも彼は細部をクローズアップするより、マスの響きを深く掘り下げ、感興豊かに盛り上げるタイプのようで、その意味では第2組曲以降に彼の資質がプラスに発揮されている。オケの方も、この辺りから木管を中心にソロやアンサンブルに生気が漲ってくる印象。ただ、《全員の踊り》はやっぱり性急すぎるかも。

“明るく、ゴージャスなサウンドを展開するボストンでのライヴ盤”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ボストン交響楽団

 タングルウッド音楽祭合唱団

(録音:2007年  レーベル:BSO CLASSICS)

 ウィーン・フィルとの旧盤以来23年ぶりの再録音。オケ自主レーベルからのライヴ盤で、当コンビによるメジャー・レーベルでの正規レコーディングは残念ながらありません。全体のタイミングは旧盤より四分ほど短くなっていますが、聴感上は各部のテンポ設定など、スコア解釈が旧盤からほとんど変わっていないのに驚かされます。

 ライヴながらディティールもよくキャッチした録音で、艶やかでゴージャス感のある、キラキラと明るいサウンド傾向。しかし、グラモフォンやフィリップスで聴くボストン響のヨーロッパ的な音色とはかなり印象が異なり、いかにもアメリカンな響き。これが録音のせいなのか、レヴァインが施した音作りなのか、今の段階では分かりません。

 リズムの鋭さは衰えておらず、《海賊の踊り》や《全員の踊り》などテンポの速い舞曲では、見事なリズム処理とダイナミックな棒さばきを聴かせます。オケも木管ソロをはじめ好演していますが、どちらか一枚と言われれば、私はウィーン・フィルのパフォーマンスが素晴らしい旧盤を選びます。

“旧盤からの進境著しいハイティンク。名手揃いのオケによるソロ合戦も圧巻”

ベルナルト・ハイティンク指揮 シカゴ交響楽団・合唱団

(録音:2007年  レーベル:CSO RESOUND)

 楽団自主レーベルによるライヴ収録で、プーランクのグローリアをカップリング。セッション収録によるボストン響との旧盤から17年ぶりの録音だが、まず解釈がかなり変わっている事に驚く。特にテンポのコントラストが大きくなっており、冒頭部分などはかなり駆け足に感じられる一方、旋律を歌わせる部分はゆったりとした間合い。

 《海賊の踊り》《全員の踊り》も比較的落ち着いたテンポに落とし、アンサンブルを細部まで克明に揃える事で実に迫力のあるクライマックスを作り上げている。何よりも、間延びしがちな箇所を引き締めて各部にメリハリを付けた事で、旧盤の一本調子はなくなり、格段にドラマティックな演奏になった。

 特筆すべきは旋律線の美しさで、《リュセイオンの踊り》のクラリネットなど色気も格別。この曲はホルンとフルートのソロがやたらと多いが、それぞれデイル・クレヴェンジャー、マチュー・デュフォーという名手を揃えたオケだから、向かう所敵なし。マスの響きはまろやかな暖色系で、ラヴェルとしては異色ながら、旧盤からの著しい進境を示したハイティンクに拍手。

“卓越したセンスを駆使し、カラフルで幻想的な世界観を構築”

ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 SWRシュトゥットガルト放送交響楽団

 SWRシュトゥットガルト・ヴォーカルアンサンブル

(録音:2014年  レーベル:SWR)

 歌劇も含めたラヴェルの管弦楽曲シリーズの1枚で、《高雅で感傷的なワルツ》とカップリング。放送局のオケとレーベルだが、ライヴではなくセッション録音なのが立派。適度な残響を伴った自然なプレゼンスだが、帯域がやや高域寄りで、細身でシャープなサウンド。もっとも音域が狭いのではなく、バスドラムの重低音などは充分な力強さ。このオケの録音は、マリナーとのものを除けば昔からこういう傾向があるように思う。

 ドゥネーヴは相当な才人で、もっと注目されるべき指揮者。特に流麗で艶っぽい語り口と鮮やかな色彩、エッジの効いたシャープな音作りは図抜けている。細部の描写が精緻なのは言うまでもないが、オペラも得意にしているだけあって、ドラマティックな語り口と設計も見事。ダイナミクスも精度が高く、弱音のデリカシーを随所に生かしているのと、フォルティッシモやクレッシェンドの局面でも妖艶なきらめきを放つフランス的音色センスはさすが。

 無伴奏の合唱は、最初のピアニッシモから柔らかな音色と鮮やかな和声感が抜群。和声の移ろいを巧妙なスラーと卓越したデュナーミクの効果で繋いでいて、そのカラフルで幻想的な世界観に圧倒される。続く海賊襲来の場面も、解像度の高い合奏と鮮烈なティンパニのリズムで音楽のアウトラインを明快に切り出していて痛快。各部のテンポ設定も説得力満点。第2組曲以降も繊細で美しい響きと、メリハリの効いて冴え冴えとした筆致で音楽を明快に造形。

“驚異的な解像度とエスプリに富んだ歌い回し。オケの華やかな音色も素敵”

フィリップ・ジョルダン指揮 パリ国立歌劇場管弦楽団・合唱団

(録音:2014年  レーベル:エラート)

 バスティーユ・オペラでの収録で、ラ・ヴァルスとカップリング。この顔合わせのセッション録音はそれほど多くなく、稀少な一枚。景気の良い時代であったならたくさんの録音が残されたに違いないが、その代わりにオペラの映像ソフトが数点あるのは救い。

 発売当初から非常に評価が高かったディスクで、奇を衒うことなく、持ち味を生かした名演。オケがすこぶる華やかに、艶っぽいサウンドを展開しているのが聴き所で、特に金管の高音域は印象に残る。オペラ座管の同曲録音は初だと思うが、機能的に優秀で音質も良好。フランスのオケはレーベルによってドライで硬質だったり、逆に残響過多でぼやけたりしがちだが、当盤は色彩が鮮やかで、潤いと温度感もあって好印象。

 緻密な指揮ぶりも素晴らしく、音がダマになって混濁する箇所が全くない。ラヴェルの演奏は勢いで流したり、細部が潰れがちで、それはブーレーズでさえ例外ではないが、当盤では終始驚異的な解像度でスコアが照射されていて見事。それでいて精度だけにこだわる事なく、ドラマティックな語り口やエスプリに富んだ歌い回しが聴かれるのも魅力。テンポは落ち着いているが、リズムは鋭敏そのもの。

“独自の感情表現を随所に盛り込みながら、骨太な棒でダイナミックに造形”

ウラディーミル・ユロフスキ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団

(録音:2015年  レーベル:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルから出ている、《ウラディーミル・ユロフスキ/10年の軌跡》という7枚組ボックス・セットに収録のライヴ音源。これはよくある名曲集ではなく、ヤナーチェクの珍しいカンタータやエネスコの交響曲、グリンカの作品群に《はげ山の一夜》新旧両版、デュカスの《ラ・ペリ》、シマノフスキ、ツェムリンスキーからカンチェリ、デニソフ、リゲティまで、マニアックな曲目満載の瞠目すべきセットです。

 ライヴながら、マスの響きと直接音のクリアさが両立された、なかなかの好録音。強音部ではややこもりや歪みもなくはないですが、自主レーベルとしてはかなり音質の良い方だと思います。ユロフスキの音作りも量感がある上に柔かく、フランス的なセンスこそないものの、温度感と精緻さが印象的。ただ、バレンボイムやビシュコフ時代のパリ管のような、厚塗りの重さはなく、音抜けが良くて爽快です。

 旋律線にも独特の厚みがあって、独特の感情表現を随所に展開。テンポが落ち着いていて、細部まであらゆるフレーズを濃厚に歌わせる趣ですが、逆に通常より速めのテンポを設定したり、加速でドラマティックに音楽を煽る箇所もあります。優秀なオペラ指揮者らしい、雄弁な語り口は聴きもの。《全員の踊り》も打楽器のリズムをがっちり組み、骨太に造形したダイナミックかつ明快な演奏。

“新鮮な響きと卓越した音感、室内楽のようなフットワークで聴かせる話題盤”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 レ・シエクル、アンサンブル・エデス

(録音:2016年  レーベル:ハルモニア・ムンディ)

 パリの各ホール、劇場の他、ハンブルグや英国オールドバラの音源までもミックスしたライヴ録音。全く規模も響きも異なる会場での録音を、どうやって継ぎはぎしているのかと思いますが、こういうポップス的なレコード作りはクラシックでも増えてきました。

 それはともかく、響きが鮮烈。18世紀の楽器ではないので、ピリオド楽器といっても衝撃的というほど斬新には聴こえないですが、オーケストラとしての在り方や、音の響かせ方が凄いです。室内オケのような機動性、アンサンブルの一体感、各プレイヤーの技術の凄さ、フットワークの軽さやアーティキュレーションの敏感なレスポンスと、パフォーマンスとしてどこをとっても超絶的。音色の新しさ(というか古さ?)より、そちらの方が目覚ましいです。

 ロトの表現も実にフレッシュですが、いかにもピリオド風にフレーズを短く切る箇所もあるものの、全体としてはテンポも強弱も王道。ただ、全編に溢れる生命力と、細部の解像度の高さ、発色の良さによって、ラヴェルのスコアがまるで見違えるように鮮やかに甦った印象です。鋭敏で精度の高いリズム感も見事。弦はノン・ヴィブラートが基本ですが、旋律線はしなやかにうねり、むしろロマンティックと言えるほど艶っぽく歌っています。

 注目の実力派集団、アンサンブル・エデスのコーラスが又おそろしく音程が良く、ア・カペラではかつて聴いた事のないような和声感が全面に出てきます。思わず、「え? こんな曲だったの?」と目(耳)からウロコが落ちる思い。《夜明け》もコーラスのピッチの良さが図抜けていて、オケの透明度の高さと相まって、実に明晰で美しい音楽世界が展開。当盤のハイライトは、間違いなくこの合唱だと言えるでしょう。

 以前から分かっていた事ではあるけれども、ラヴェルやストラヴィンスキーは、フレーズが末尾まで十分に鳴り切ってこそオーケストレーションの効果が生きるという事を、痛感させられる演奏。深い精神性などはない代わり、音の表現が全てみたいなこういう作品では、そこが致命的に重要なポイントなのでしょう。《無言劇》の、音のしずくが滴り落ちて、飛沫が弾けるような音世界は、他のどのディスクでも聴けないものです。

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