チャイコフスキー/第5番 (続き) |
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*紹介ディスク一覧 |
04年 ゲルギエフ/マリインスキー管弦楽団 |
06年 パッパーノ/ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団 |
08年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団 |
08年 佐渡裕/ベルリン・ドイツ交響楽団 |
11年 西本智実/ロシア国立交響楽団 |
13年 メータ/バイエルン放送交響楽団 11/23 追加! |
14年 T・トーマス/サンフランシスコ交響楽団 |
17年 ビシュコフ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
19年 ノセダ/ロンドン交響楽団 |
20年 P・ヤルヴィ/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 |
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“同じくライヴ収録ながら、旧ウィーン盤より仕上がりの完成度が増した再録音” |
ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー管弦楽団 |
(録音:2004年 レーベル:ラジオ・ネザーランド・ミュージック) |
ゲルギエフ・フェスティヴァルの4枚組ライヴ録音セットに収録。収録は全てロッテルダムのデ・ドーレンだが、この曲だけがキーロフのオケで後は全てロッテルダム・フィルの演奏。当コンビは、オケの自主レーベルにも後期3大交響曲のセットを録音している。 |
ウィーン・フィルとの旧盤もライヴ収録だったが、メジャー盤なのに合奏が粗くて問題があり。当盤は自主レーベルにも関わらずアンサンブルがずっと整っていて遥かに完成度が高い。テンポは相変わらず自由自在に動くが、曲想をよく捉えた個性的な語り口として好意的に聴ける。 |
オケは充実した美しい響きで好演。金管の咆哮や語尾をだらっと伸ばすフレージングはロシア風だが、豊麗なホールトーンがまろやかに中和している。旋律美がよく出た演奏で、情緒たっぷりのロマンティックな歌い回しはさすが。雄弁なアゴーギクも、作品の性格にうまくマッチしている。フィナーレも勢いだけで疾走せず、ウィーン盤より仕上がりが良くて好印象。 |
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“随所に才気を感じさせるも、力みが目立って無骨な造型に傾くパッパーノ” |
アントニオ・パッパーノ指揮 ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団 |
(録音:2006年 レーベル:EMIクラシックス) |
ライヴによる後期三大交響曲録音から。第1楽章は遅めのテンポで、意外に構築的な解釈。この指揮者ならもっと感覚的にアプローチするかと思ったが、骨太なフォルムの中に、時折ポルタメントも盛り込んで艶やかな歌を盛り込んでゆく趣。リズムがシャープでよく弾むのも、明朗な性格に拍車をかけている。ただ展開部辺りでアインザッツの乱れが散見されるのと、コーダは力みが目立ってほとんど無骨に感じられる。 |
第2楽章は豊かなカンタービレに溢れ、当コンビの美質がよく出て素晴らしい。弦のポルタメントが絶妙で、下品になる一歩手前の艶っぽさで踏みとどまり、思わず聴き手をホロリさせる歌心が素敵。とりわけ第2主題の熱い感情の乗せ方はさすがオペラ指揮者で、ドラマティックな語り口に引き込まれる。平板になりがちな第3楽章も、優美かつ流麗な歌い回しで生き生きと造型。コーダのルバートも小粋。 |
フィナーレも熱い演奏ではあるが、第1楽章と同様に遅めのテンポでがっしりとしたフォルム。所々響きが荒れるのと、アインザッツの立ち上がりが遅いのも腰が重く感じられる一因になっている。旋律線は相変わらず雄弁で、しなやかにうねりながらみずみずしく歌っていて魅力的。コーダは逆に、演奏スタイルと曲想が合致して見事な大団円を作り上げる印象。 |
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“若い世代らしい個性を細部に聴かせる一方、大局的には自己主張に欠ける側面も” |
アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団 |
(録音:2008年 レーベル:オルフェオ) |
後期3大交響曲録音の1枚で、《ハムレット》をカップリング。豊かな残響を伴う、みずみずしさと柔らかみのある録音が素晴らしく、ソリッドな金管の強奏が加わっても刺々しくならない。英国のオケらしからぬ暖かみのあるソノリティも、レーベルのポリシーとマッチしている。 |
第1楽章はロシア情緒や感傷を排し、若々しいリズム感と音感でフレッシュに仕上げるが、造形はオーソドックスで強い個性に欠ける。オケは豊麗な響きとシャープなエッジで好演。表情は豊かでアゴーギクは巧妙、アンサンブルも見事に統率されているが、スコアの解釈としては、例えば若きシャイーがウィーン・フィルを振った本格デビュー盤が出た時のようなインパクトには乏しい。 |
第2楽章も、情に溺れない端正な表現。旋律線は流麗で音色も美しいが、緩急の付け方やテンポの変化など、造形はどこまでも正攻法。注意して傾聴していないと、右から左へさらさらと通過してゆきかねない演奏である。オケは各パート好演していて、滑らかで上品なカンタービレを聴かせる。 |
第3楽章も細部まで丁寧で、ある種エレガントな表現でもあるが、数多ある競合ディスクの中では埋没してしまいかねないかも。中間部で、上昇してゆく木管の伴奏和音に鋭敏なアクセントを付けているのは優れた解釈で、若い指揮者の演奏ではこういう自己主張をもっと聴きたい。 |
第4楽章は、冒頭の主題提示に細かく表情を付与しているのが好印象。主部はザクザクと刻まれる歯切れの良いリズムが躍動感を演出するが、テンポは遅めで、金管やティンパニなども抑制が効いて角が取れている。フレージングもテヌートの多用が目立ち、あくまでソフトで洗練された表現を目指している様子。主部のクライマックスからコーダに掛けての構成力は見事で、ここに来てやっと指揮者の才覚が開花。 |
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“チャイ5の一つの理想型。オケを自在にコントロールした超ド級の名演” |
佐渡裕指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団 |
(録音:2008年 レーベル:エイベックス・クラシックス) |
60年代にベルリン・フィルがレコーディングに使っていたイエス・キリスト教会でのセッション録音で、スラヴ行進曲とカップリング。当コンビの録音はライヴ収録の《新世界より》も物凄い名演だが、当盤もそれに匹敵する出来映えで、相性の良さを窺わせる。録音はテルデックス・スタジオ・ベルリンが担当しており、技術的にも万全(SACDとのハイブリッド仕様)。 |
第1楽章は、序奏部からニュアンスが細やか。主部は落ち着いたテンポで開始しながら、無類によく弾む歯切れの良いリズムが痛快。弾けるようなパンチの効いたアタックを駆使して、実に若々しくスポーティに音楽を造形。管弦のバランスも良く、合奏の統率も隅々まで徹底。日本の指揮者が海外のオケを振ると、どこかコントロールが行き届かない事も多いが、当盤は完璧にこなされていると感じる。ちょっとしたアクセントやスタッカートに、各パートが敏感に反応する様は胸のすくよう。 |
スコア解釈が素晴らしく、旋律線の表情も美しいが、特に金管のバランスが絶妙。ホルンやトロンボーンの出る箇所、引っ込む箇所、その音色の配分とタイミングのさじ加減が、当盤は理想的と言う他ない。これは一流オケ、指揮者の演奏でもうまく行かない場合が多いので、チャイ5はこうでなくちゃ!と思わず快哉を叫びたくなる名演である。 |
第2楽章は前楽章との対比が生き、非常に叙情的で繊細。第1、第2主題とも、柔らかなタッチでデリケートに歌われている。中間部は、弦楽セクションの音色が優しく艶やかな。宿命主題も野放図に強奏させず、抑制を効かせて全体の響きへうまく着地させている。再現部のアゴーギクも見事。自然なルバートで歌われるカンタービレが実に優美。 |
第3楽章は、遅めのテンポでロマンティックな表現。バレエ音楽的な性格は持たせず、ロシア風ワルツといった、ほの暗い風情。やはり徹底して柔らかな筆遣いを用いている。第4楽章もゆったりと開始。主部は落ち着いた風情で、勢いにまかせて暴走する所はないが、リズム感の良さが際立ち、終始シャープなフォルムにきりりと引き締めているのが好印象。ソロ楽器の典雅な歌も素晴らしく、それらのマスの響きへの配置も卓抜。コーダも力みがなく、非常に恰幅の良い表現。 |
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“遅めのテンポで恰幅が良い一方、腰の重さとオケの統率に問題も” |
西本智実指揮 ロシア国立交響楽団 |
(録音:2011年 レーベル:キング・レコーズ) |
この指揮者としてはコンサートで何度も振ってきた曲目だが、ここで初レコーディング(チャイコフスキー財団記念ロシア響とのライヴ映像はあり)。オケはスヴェトラーノフの手兵であった旧・ソヴィエト国立響で、当盤が初顔合わせ。ライヴではなくモスクワ放送局でのセッション収録で、残響豊富で音場感も深い。 |
第1楽章はテンポが遅く、アゴーギクもあまり動かさず地に足の着いた表現。悠々たる足取りとスケールの大きさはいかにもロシア風だが、かつてロシアのオケの特徴と言われた豪放さ、重戦車のようなトゥッティや金管の派手な咆哮などは目立たない。むしろ細部を丹念に描写し、叙情性豊かに歌い上げた優美な演奏。歯切れの良いリズム処理も効果的だが、解釈がオーソドックスで新鮮さを欠くのと、オケの統率に腰の重さが付きまとうのは好みを分つ所。 |
第2楽章は奥行きの深い録音のおかげでホルン・ソロの定位が遠く、悪く言えば細部が不明瞭、良く言えば幻想的な表現。長い残響ゆえ、弦楽セクションの艶やかな音色が魅力的。アゴーギクの操作は最小限ながら、ドラマティックな起伏は十分。ブラスによる宿命主題も、豊かな残響に包まれて刺々しくならない。第3楽章も終始スロー・テンポで、ゆったりとした佇まい。旋律線の表情は艶美だが、新味はない。 |
第4楽章もどっしりと安定した、気宇の大きな表現。オケがのびのび演奏しているのはいいが、造形的にはもう少し引き締まっていた方が凝集度の高いパフォーマンスになるように思う。主部に入るとアタックに張りが出て、勢い良く刻まれるリズムにやっと生気が充溢。テンポは相変わらず遅いが、金管の宿命主題や弦の刻みも切れ味が鋭い。コーダも恰幅良くオケを鳴らし、余裕たっぷり。 |
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11/23 追加! |
“若い頃のメータを彷彿とさせる、精悍でエネルギッシュな名演” |
ズービン・メータ指揮 バイエルン放送交響楽団 |
(録音:2013年 レーベル:BRクラシック) |
楽団自主レーベルによるライヴ録音。珍しい顔合わせで、リストの交響詩《マゼッパ》とカップリング。メータはチャイコフスキーの交響曲は滅多に演奏しない印象があるが、70年代にロス・フィルと全曲録音を行っていて、どの曲も超絶的な名演である。この時期くらいから老齢のせいか建て付けの悪い演奏も増えてくるメータだが、当盤は若い頃を彷彿とさせるほど精悍でエネルギッシュな名演。 |
第1楽章は序奏部も主部も速めのテンポで、主題提示こそ落ち着いて始めるものの、ほとんどそれと分からぬほど巧みなアゴーギクで楽章全体をタイトに引き締めている。前へ前へとひたむきに歩を進める強靭な棒は曲想にふさわしく、その緊張度の高さと集中力はコーダまで緩まない。スタッカートの使い方がうまく、どのフレーズもくっきりと明快に造型されているのが好印象。シンフォニックな性格で感傷的な甘さはないが、ルバートは巧妙で旋律線も雄弁。 |
第2楽章は感傷的にはならないものの、旋律を優美かつ表情豊かに歌わせている。80年代以降のメータはあまりに淡白な表現に傾く事もあったが、ここでは各プレイヤーの自発性や表現力を生かす姿勢も垣間見える。弦をはじめ、オケの音色も素敵。宿命動機を大袈裟に荒々しく強調せず、あっさりと処理しているのもバランス的に適切。 |
第3楽章はメータの棒こそさりげないが、オケが上手いのでニュアンスが濃密に出る。アーティキュレーションも精細に描写されている。微妙なルバートで小粋に締めくくるコーダは名人芸の域。第4楽章は穏やかな語り口で開始するが、表現の解像度はかなり高い。主部は遅めのテンポで克明、音価も長めに採ってやや腰が重いが、骨太な力感が前に出る。後半も大仰に盛り上げず、徒労感や嫌みがない。 |
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“意外にも柔らかなタッチを駆使し、自在な呼吸で歌い上げるT・トーマスの円熟” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団 |
(録音:2014年 レーベル:サンフランシスコ交響楽団) |
《ロメオとジュリエット》とカップリングされたライヴ盤。当コンビのチャイコフスキーは第4番が出ている他、若い頃にボストン響との第1番、ロンドン響とのマンフレッド交響曲の録音もある。管弦楽曲や協奏曲も合わせると、T・トーマスは結構な数のチャイコフスキー録音を行っている。 |
第1楽章は、序奏部から自由な間合いで歌うのがいかにもT・トーマス。主部は意外に遅めのテンポで、レガートを重視した流麗なスタイル。音響的な構築性に優れるのはこの指揮者らしく、旋律線が優美にしなるのもこのコンビの特徴。フレーズ間のリンクに工夫を施し、ダイナミクスやテンポも揺らして微細な表情を付けながら、濃厚すぎずセンチメンタルにもならないのはさすが。展開部も焦らず激さず、落ち着いたテンポで主部との整合性を保っていて説得力が強い。 |
第2楽章も、遅めのテンポで細部を緻密に彫琢。普段は聴こえない木管の対旋律なども、クリアに耳に入って来る。もう一つユニークなのは、通常この楽章で強調されがちな叙情的な旋律と暴力的な宿命動機の対比を和らげ、全体を柔らかく優しいタッチで造形している所。マイルドで暖かみのあるオケのソノリティも手伝って、独特のナイーヴな演奏になっている。金管による宿命動機も、ソステヌートで歌うように吹奏される。 |
第3楽章はたっぷりと優美に歌う一方、細部の処理が入念で、ちょっとしたフレーズの隈取りも耳をそばだてていて精緻。スケルツォ風のエピソードでも、弦の細かいリズムを克明に刻みながら柔らかさを失わないのは、コンセプトの明確な演奏と言える。 |
第4楽章も冒頭から表情がはっきりしていて、フレーズの解釈にスコア研究の跡が窺われる。強弱と色彩も階調がすこぶる豊かで、深みがあってどぎつくならない暖色系の響きも魅力。かつてのこの指揮者のスタイルを考えると、エッジの効いたアクセントよりもソフトなアタック、切れ味の鋭いスタッカートよりレガートやテヌートを用いて、音価を長く取る傾向が目立つのは意外。コーダも歌謡的で、肩の力が抜けて聴きやすい。 |
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“近年屈指の傑出した全集から、そよ風のように優しく爽やかなチャイ5” |
セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:2017年 レーベル:デッカ) |
マンフレッド交響曲や管弦楽曲、3曲のピアノ協奏曲も含めた全集録音から。ビシュコフはフィリップス時代にコンセルトヘボウ管と《悲愴》、ベルリン・フィルと弦楽セレナード及び《くるみ割り人形》全曲、パリ管と《エフゲニー・オネーギン》全曲を録音している。残響を豊富に取り込みながら、直接音を鮮明に捉えた録音が素晴らしく、デッカの録音技術の健在ぶりに脱帽。 |
第1楽章は颯爽とした流麗なスタイル。しかし随所にスタッカートを導入した上、フレーズもはっきりと区切るなど明瞭な語調が目立ち、必ずしもすいすいと流れる演奏ではない。典雅な音彩で歌われる各部の表情は実に美しく、よく弾む歯切れの良いリズムが痛快。何より肩の力が絶妙に抜けていて、大仰な所が一切無いのも美点。伸びやかによく歌う割に音圧の高さが無い、そよ風のような爽やかなチャイコフスキー。 |
第2楽章はどこまでも丁寧で優しいタッチが快く、デリケートな叙情に溢れて魅力的。オケのきめ細やかな合奏と艶やかな音彩も素晴らしいが、密度の高い有機的な響きで紡がれてゆくリリカルな世界に、思わず心が癒されて涙がこぼれそうになる。こんなにも現代人の心に寄り添うチャイ5は、なかなか聴けるものではないだろう。それでも金管の宿命動機には、峻烈なエッジと鋭い切れがある。 |
第3楽章も雰囲気で流さず、とびきりの美音で丹念に描写していて素敵。コーダにほんのりと漂う、僅かな倦怠感とメランコリーも胸を打つ。第4楽章は上段に構えず、自然体のパフォーマンス。フォルティッシモの連続で聴き疲れする演奏とは真逆の行き方だが、細部はすこぶる雄弁なニュアンスに溢れ、強弱やアーティキュレーションの描写も緻密そのもの。要所で鮮烈なアクセントを打ち込んでくる金管やティンパニも力強く雄渾。コーダでの急加速も軽快。 |
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“ビートの感覚を基本に置き、リズムの構造と和声を明快に打ち出した骨太な表現” |
ジャナンドレア・ノセダ指揮 ロンドン交響楽団 |
(録音:2019年 レーベル:LSO LIVE) |
第4番に続く楽団自主レーベルのライヴ録音で、R・コルサコフの《見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語》組曲とカップリング。残響は幾分デッドだが、オケの響きにしなやかさがあって、このレーベルの録音もこなれてきたのか、オケの音色自体が変わってきたのか、近年は聴き易くなってきた。 |
第1楽章は抑制が効き、意外に硬派。テンポもあまり大きく動かさず、数々のイタリア人指揮者たちが残してきた録音とは肌合いが異なる(アバドとは近いかも)。展開部もきびきびとした調子でコンパクトにまとめ、情感も音響もあまり拡大しない。極めて禁欲的な性格だが、第2主題やその前の経過的な旋律は、適度にルバートやポルタメントも加えつつ艶美に歌っている。 |
第2楽章を聴くとよく分かるが、ノセダはリズム感に優れ、ビートの感覚をかなり強固に維持したい様子。そうなると当然、小節線を無視してフレーズを歌い崩す事は避けなくてはならなくなる。しかしこの演奏では、単なる和声のロングトーンに聴こえがちな伴奏部にもシンコペーションの律動が明瞭に聴き取れる。その分、感傷的な情緒は後退するというわけである。 |
第3楽章はホールの響きにもう少し奥行きがあればと思うが、ノセダのコンセプトと曲想が合っていて、一流の合奏力で聴かせる。第4楽章も華美な効果を狙わず、落ち着いたテンポで細部を克明に処理。リズムを明確に刻み、勢いで流す所がない。優美な歌が溢れ、骨太な力感も強いが、壮大さを志向せず、最後の山場でもリズムの構造と和声感をきっちり打ち出す。凝集度の高い、濃密な表現で聴かせる演奏。 |
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“解像度の高い合奏で精緻に描写する一方、濃密に表情を付けるパーヴォ” |
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 |
(録音:2020年 レーベル:アルファ・クラシックス) |
管弦楽曲作品もカップリングした全集録音から。同オケによるチャイコフスキーの交響曲全集はこれが初で、19年から21年にかけて長いスパンで録音されている。P・ヤルヴィによるチャイコフスキー録音は、シンシナティ響との《悲愴》《ロメオとジュリエット》もあり。音響効果の良いホールらしいが、アナログな温もりや柔らかさがある一方、やや響きのこもりや飽和もある。直接音はクリアだが、いわゆる鮮烈な印象のサウンドではない。 |
第1楽章は遅めのテンポで、細部を克明に彫琢。解像度の高い表現だが、旋律はたっぷりと濃密に歌われていて、それなのにベトついた感傷が一切ないのはユニーク。マルケヴィチ盤を彷彿させもする。シャープなリズムやエッジの効いたアタックも駆使するが、感情的に烈しく暴走したりはせず、音響と内面が逆のベクトルにある不思議な表現。 |
第2楽章も艶やかな音色とフレージングに溢れ、表面的には相当ロマンティックに歌っているのだが、情緒の部分がすっきりと洗い流されたかのように清潔。テンポもそれなりに揺らしていて、オケの側に情動が発露してもおかしくないはずだが、常に客観的な視点のある、不思議なパフォーマンス。宿命主題のフォルティッシモを有機的に響かせ、ルバートを誇張しない辺りはさすがのセンス。 |
第3楽章は、この全集に共通する精度の高い描写と艶美なタッチがプラスに働いた演奏。知情意のバランスが適切に保たれたような塩梅。第4楽章はゆったりとした佇まいで開始。主部も平均か遅めくらいのテンポだが、アインザッツのエッジがことごとく峻厳で音楽が一気に引き締まる。淡々と進行するかに見えて、後半は恣意的なアゴーギクを駆使してかなり芝居っ気あり。オケを巧みにドライヴしつつ、ライヴ的な白熱に達する。 |
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