ブラームス / 交響曲第3番

概観

 個人的に言わせていただくと、非常に理解しにくい曲。構成も不思議で、両端楽章のアンチ・クライマックスをはじめ、どの楽章も起承転結がどうなっているのかよく分からない箇所が頻出します。転調を繰り返しながら不協和なハーモニーを延々と鳴らしてゆくような場面は、聴いていて??という感じ。

 ケンペ盤のように和声の分析に重点を置かず、あくまでフレーズを魅力的に歌わせるアプローチが成功しているのを聴くと、ブラームスもあながち、和声法が土台となる典型的なドイツ音楽ではないのかも。ちなみにレヴァインは、全体をうまくコントロールするのが大変と言う理由でこの曲をずっと避けていて、シカゴ響との全集録音で初めて振ったと語っています。あれほど数多くのオペラを振ったレヴァインが言うのですから、相当に難しい曲なのでしょう。

 第3楽章も、映画に使われて有名になったメインテーマ以外は、案外親しみにくい音楽。これをもってブラームスの革新性が言われるのかもしれませんが、続く4番では再びメロディアスな作風に戻り、お得意の古典音楽への回帰も盛り込んでいます。こういうのがつまり、北ドイツ風の晦渋な和声という事なのでしょうか。演奏も、全集録音の中でこの曲が傑出するケースは少ない気がします。

 そんな中、筆者が凄い名演だと思うのはケルテス盤、クーベリック盤、ドホナーニ盤、レヴァイン/ウィーン盤、ハイティンク/ボストン盤、ネルソンス盤。次点では、ハイティンク/コンセルトヘボウ盤、マゼール/クリーヴランド盤、ジュリーニ盤、バレンボイム盤、アーノンクール盤、ラトル盤、シャイー/ゲヴァントハウス盤も良い演奏でお薦めです。

*紹介ディスク一覧

59年 マゼール/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

61年 サヴァリッシュ/ウィーン交響楽団

63年 ドラティ/ロンドン交響楽団

67年 バルビローリ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

70年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

73年 ケルテス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

75年 ケンペ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

76年 レヴァイン/シカゴ交響楽団

76年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

78年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

79年 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団

81年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック

83年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団

88年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団

88年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

89年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

89年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

89年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

91年 サヴァリッシュ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

91年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

91年 ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

92年 メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

92年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

93年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

93年 ハイティンク/ボストン交響楽団

95年 ヴァント/北ドイツ放送交響楽団

97年 アーノンクール/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

07年 金聖響/オーケストラ・アンサンブル金沢

08年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

12年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

12年 ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン

16年 ネルソンス/ボストン交響楽団

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“気負いのないダイナミックな棒で、若々しく躍動的なブラームス像を示す”

ロリン・マゼール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビの初期ステレオ録音群の一環ですが、ブラームスは当曲のみで、マゼールの全集録音は後年クリーヴランド管と行われました。同時期に多く録音されたシューベルトと違い、残響を抑えて直接音をメインにしたサウンド・メイキング。鮮明な音で、奥行き感もあって聴きやすいです。この時期の彼に顕著な刺々しさや興奮体質は、ベルリン・フィルとの録音にはあまり出ていないのが面白い所。オケによってスタンスを変える戦略は、策士マゼールならではと言えるかもしれません。

 第1楽章はテンポが速い上にリピートを省略しているので、尺もかなり短い印象。その分、他の楽章との釣り合いは取れています。歯切れの良いスタッカートや精確なアインザッツ、生き生きと弾むリズムはマゼールらしいものの、神経質で角の立った表現はさほど聴かれません。ニュアンス豊かでルバートも堂に入っていて、若々しく躍動的なブラームス像です。

 第2楽章は、密やかな語り口がデリカシー満点。強弱の表情が実に細やかで、優美なカンタービレを聴かせながらも、ディティールを繊細に描写します。響きが濁らず明朗で、複雑な転調が続く辺りも、ハーモニーの晦渋さより柔らかな筆使いや発音の美しさに耳が行きます。

 第3楽章は情に溺れず、フォルムを明快に打ち出しつつ旋律美をきっちり表出。第4楽章はテンポが相当に速く、オケの合奏力が前に出てヴィルトオーゾ風ですが、先走ったり音が荒れる事はなく、どこか落ち着いた趣があるのは見事。ブラスのファンファーレが続く箇所でぐっとテンポを落とすのは効果的で、ブラスも素晴らしく豊麗な響きを聴かせます。コーダはさりげなく、気負いの無さは若者の特権。

“明快で安定感のある表現ながら、個性の点ではやや不利”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団

(録音:1961年  レーベル:フィリップス)

 全集録音より。当コンビは序曲や合唱曲、《ドイツ・レクイエム》も同時期に録音している他、サヴァリッシュは後年、ロンドン・フィルとも全集録音を行っています。適度な残響も取り込みつつ、どちらかというと直接音メインの音作りは60年代らしい所。高音域が少しこもるのはオケのキャラクターでしょうか。

 第1楽章は小型のフォルムで、スケール感はないものの、室内楽的な合奏の一体感が前に出て躍動的です。曲の開始もさりげなく、ものものしさがありません。やや抜けの悪い響きも、良く言えばまろやかで渋いサウンドと形容できるでしょうか。表情はよく練れていて、手堅い職人芸を感じます。ただ、若々しい勢いも深い味わいも今一歩、オケの魅力も今一歩となれば、数多い競合盤の中にあっては不利とならざるを得ません。

 第2楽章は、冒頭のクラリネットから細かくテンポを動かし、優美なタッチで歌わせていて好印象。和声感をきっちり打ち出して明快なソノリティで聴かせる語り口は分かりやすく、強い説得力があります。第3楽章は遅めのテンポを採り、拍節から少し外れて自由に歌わせる辺りはオペラ指揮者の顔でしょうか。テンポは細かく操作していますが、人工的な感触は一切ありません。響きのバランスやフレージングの整え方には、ただただ感心します。

 第4楽章は覇気や激烈さには乏しいものの、落ちついたテンポで克明に合奏を構築。機動力とまとまりで聴かせます。緩急も巧みで、弱音部での脱力の呼吸などは熟練の棒さばき。オケの響きに今一つ洗練を望みたい所ですが、鋭利なエッジはこの楽章に至ってやっと目立ってきます。

“どこまでもシャープで鮮やか。和声感も豊かで、明快スタイルの美点を示す”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1963年  レーベル:マーキュリー)

 ドラティはマーキュリーに全集録音を行っていますが、2番だけはミネアポリス響を起用。このレーベルらしい発色の良い鮮やかな録音と相まって、実に瑞々しく爽快な演奏です。ドイツ的かどうかはともかく、終始生彩に富んだ、流麗な表現を展開。特に、胸のすくように思い切りの良い弦のカンタービレは魅力的ですが、響きが明るくて軽いのは好みを分つ所かも。

 第1楽章は冒頭から語気が強く、ヴァイオリンの第1主題も語尾のスタッカートを極端なほど鋭く強調。ブラスのアタックが随所でエッジを効かせる他、バス・トロンボーンの低音も唸りを上げます。アグレッシヴ一辺倒ではなく、爽やかな歌心や弱音部の滋味豊かな抒情もさすがで、とにかく明朗で前進力が強く、颯爽とした表現を繰り広げます。

 第2楽章はテンポこそゆったりしていますが、抜けの良い高音偏重の響きで、全然ドイツ風ではありません。ただ、和声感が強く出る辺りに、このスタイルの正当性も示されます。音圧が高いのはドラティの演奏に共通する特徴。

 第3楽章は速いテンポで艶やかに歌い上げ、開始のテンポから局所的に上がったりと、アゴーギクは恣意的にも感じられます。第4楽章はシャープな造形できびきびとして、テンションの高い演奏。フレーズの連結が巧みなので、語り口が非常にスムーズです。緊密を極めた合奏も見事。

“艶美なカンタービレと鋭利な切れ味が同居する、サー・ジョン独自の音楽世界”

ジョン・バルビローリ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集録音から。抜けの良いクリアな録音と開放的な響き、情熱的なカンタービレが特徴的な全集です。純ドイツ風ブラームスと最も大きな差異が出たのが、この3番か4番でしょうか。第1楽章からして、艶やかな弦を主体とした透明な響きに、ブラスを強調したブリリアントなトゥッティと、重厚で暗いブラームス像とは全く違う方向性。リズムも鋭敏かつ躍動的で、思い切りの良い歌心に溢れます。

 第2楽章は、音彩が明快で瑞々しく、和声の感覚もモダン。第3楽章の情緒纏綿たる旋律線はバルビローリの美質をよく表しながら、晩秋の哀感や枯淡の雰囲気とはまるで無縁な感じです。それでいて味わいは濃厚というのでしょうか、さらさらとした質感ながら中身がぎっしり詰まった演奏で、フィナーレも、ゆったりと遅いテンポで一音一音克明に音にしてゆく趣。

 第2番もそうでしたが、最終楽章に重しを付けてがっしり構築する事で、冒頭楽章が頭でっかちになりがちな様式感を解消しているように感じます。スタッカートの切れとリズムの弾力が若々しい活力を生む一方、常に流麗な旋律線が独自の世界を展開するという、サー・ジョンの美学を徹底させた名演。

“明朗柔和な性格ながら、細部を丹念に扱って音楽を引き締める若きハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1970年  レーベル:フィリップス)

 ハイティンク最初の全集録音で、一番最初に行われた録音。当コンビは同時に悲劇的序曲、大学祝典序曲、ハイドン変奏曲の他、後年にセレナード第1、2番、ハンガリー舞曲集も録音しています。ハイティンクは後にボストン響とも全集を完成させている他、協奏曲や合唱曲も含めるとかなりの数のブラームス録音があります。

 第1楽章はソフトなアタックで、柔和な性格。弦中心のバランスながら響きがクリアで明るく、手応えが軽快です。落ち着いたテンポで細部を入念に処理する一方、音がぎっしり詰まらず、風通しが良いのはハイティンクらしい所。旋律線の表情も変化に富んで多彩です。ソステヌートのしなやかなフレージングに、歯切れの良いスタッカートを効果的に対比。合奏がよく統率され、張りのあるアインザッツも、鋭利な切っ先に若々しい力感が漲ります。

 第2楽章は歌への傾倒が強く、旋律線に語りかけてくるようなニュアンスあり。そのためか、複雑な和声進行が続く箇所でも、いたずらに難解に聴こえる事がありません。オケも艶やかで、優美なパフォーマンスを展開。第3楽章は、冒頭のチェロとそれを引き継ぐヴァイオリン群のカンタービレが、甘美な音色と明快な輪郭で素晴らしい聴きもの。重苦しさを排斥した、親しみやすい語り口が魅力的です。

 第4楽章は気負いがなく、自然体のフレッシュな音楽を展開。みずみずしく鮮烈な音色で、ダイナミックな表現を繰り広げる様は、若手指揮者らしい勢いを感じさせます。しかしディティールを緻密かつ丹念に扱い、蛇口の開きっぱなしにしない所はいかにもハイティンク。内的感興も豊かで、ヒューマンな暖かみもあります。

“端正な造形にも関わらず、まるで手垢を洗い流したかのようにフレッシュな音楽”

イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:デッカ)

 全集録音より。オケの良さが非常に良く出た全集で。すっきりと端正な造形ながら、滋味豊かなディティールを盛り込んで秀逸。どの曲のどの楽章もそうですが、特別な事は何もしていない感じなのに、まるで手垢を洗い流したように新鮮に聴こえるのに驚かされます。低音過剰にならず、明るくふくよかなウィーン・スタイルの響きで通しているのも、流麗優美に聴こえる一因。

 第1楽章はアタックに張りがあり、実にフレッシュで若々しい表現。それでいて音色も強弱もグラデーションがすこぶる多彩で、各フレーズの雄弁な表情にいわく言い難い味わい深さがあるのは、この指揮者の不思議な魅力です。鋭利でよく弾むリズム、みずみずしい歌心も美点。抜けが良く、混濁しない響きも爽快で、ブラームス特有の重さ、晦渋さを払拭した印象。集中力が高く、停滞しないケルテスの棒が、名門オケをこれ以上ないほど的確に牽引しているのもさすがです。

 第2楽章も目の覚めるように発色が鮮やかで、細部まで透徹したサウンドで描写。この曲にありがちな渋さはなく、和声と音色の移ろいをデリケートかつ明瞭に聴かせます。やや粘りのある艶やかな弦のカンタービレも素敵。第3楽章は冒頭から柔らかく、慈しむような歌い回しが絶美。聴いていると、これ以外に正解はないんじゃないかという気さえしてきます。トリオも再現部も切々と歌われ、慈愛がそっと胸に沁み入るよう。

 第4楽章はエッジが効いているものの、響きが硬直せず、常に有機的。深々と奥行き感を持って響き渡るホルンなど、思わず聴き惚れてしまいます。決して一本調子にならず、細心の注意が払われた演奏設計も見事。内的感興の高まりを熱情の外的発露へ最良のバランスで結びつけてみせるケルテスは、やはり得難い指揮者だったと痛感させられます。悠々と歩み去るようなコーダもユニークで、まるでブルックナーのような世界観。

“和声の分析から解釈せず、フレーズと音色の味わいを追求するケンペ”

ルドルフ・ケンペ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1974/75年  レーベル:スクリベンダム)

 全集録音から。当コンビとしては、ソニーやEMIへの録音と較べるとやや響きが薄く、奥行き感や低音域が浅いのが残念。高音域の抜けも今一歩ですが、直接音はクリアで細部も明晰、細身ながらまろやかな肌触りもあって、独特のソノリティです。私が聴いた後もすでに何度もリマスターされている音源で、聴く媒体によって印象はかなり違うのかもしれません。

 第1楽章は冒頭から肩の力が抜け、骨太な力感やドイツ音楽的構築性よりも、旋律線の流麗さやリズムの動感や生彩を前面に打ち出しています。ディティールは雄弁で情感に溢れ、意識が散漫になる箇所が一瞬もないのはケンペらしい所。オケもしなやかな音楽性を示し、艶っぽくフレーズを紡いでゆきます。威圧的なフォルテや無用なパワーの誇示はないものの、リズムは鋭敏でエッジが効いている印象。合奏全体に活力が漲り、どちらかというとアグレッシヴなパフォーマンスと言えます。リピートは省略。

 第2楽章も実にさりげなく始まりますが、ニュアンスが細やかで多彩なため、物足りなさや味の薄さは微塵もありません。スコアの解釈も、和声の分析からは着想せず、あくまでフレーズの表情と音色の魅力を追求している所が親しみやすさ、聴き易さの一因と思われます。渋味や苦味が勝る事も多いこの楽章としては、驚くほどみずみずしい情感に溢れた演奏。

 第3楽章は、感情に耽溺する事こそありませんが、流れるようなアンサンブルの妙が素晴らしく、大きな室内楽を聴くような一体感があります。各パートがお互いの音をよく聴き合っていないと、こういう演奏はできません。響きも拡散より凝集の傾向で、集中力が切れて音の垂れ流しになるような場面は一瞬たりともありません。第4楽章も全体が有機的に設計され、派手さはないものの、内から涌き上がるような響きの壮麗さがさすがです。歯切れの良さや熱っぽい感興、若々しい躍動感も十分。

“多彩なニュアンスに明快な造形センス。オーヴァー気味の音圧が気になる所”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1976年  レーベル:RCA)

 全集録音から。当コンビの最初期の録音で、ブラームス録音は他にピアノ協奏曲第1番(ソロはアックス)とドイツ・レクイエムがあります。レヴァインは後にウィーン・フィルとも全集録音を行っている他、ドイツ・レクイエムにはボストン響とのライヴ盤あり。前年にほぼ1テイクで収録された第1番の好評を受け、翌年にあとの3曲を、これも何と2日間でレコーディングしたという全集です。メディナ・テンプルの長い残響音をうまく取込んだ、爽快でスケールの大きな録音も魅力。

 第1楽章は、冒頭からトランペットのトップノートが朗々と鳴り響き、提示部も艶やかに磨き上げられたヴァイオリン群の高音域が印象的。こんなに明朗なブラ3は珍しいかもしれません。難しい曲と感じていたためこの録音で初めて振ったと言うレヴァインですが、主題提示ですぐに弱音に落とし、随所に恣意的なルバートや弱音を挿入するなど、周到に練られた解釈を聴かせます。オケが巧く、細部まで鮮やかに照射されているのも、聴感の斬新さに繋がっている印象。

 第2楽章は一転して誠に柔らかく、上品な筆遣いで開始。弦の響きに幾分ざらつきが感じられ、メゾ・フォルテ以上の箇所では音圧の高さも気になるので、あと少しでいいから脱力して欲しい所。木管の明るく艶やかな音色は美しく、繊細な歌い回しがすこぶる魅力的です。

 第3楽章は速めのテンポで流麗に処理するかと思いきや、意外にもあちこちに溜めを作り、情感たっぷりに歌い込むロマンティックなスタイル。オペラ指揮者らしく旋律の甘美な情感に素直に反応していて、そのひたむきな真情に思わず胸を打たれます。第4楽章はパンチの効いた強靭なアタックでシャープに造形しつつ、クリアな内声に対位法の立体感を構築。凝集度の高い合奏、ひたむきな推進力も好印象です。ブラスのソリッドな強奏はこのオケらしく迫力満点。

“冴え冴えと鮮やかな発色で造形する一方、しなやかな旋律美も引き出す”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:デッカ)

 全集録音から。第1楽章は冒頭から一点の曇りもない鮮やかな発色で、明朗な色彩が印象的。フレージングやアーティキュレーションに曖昧な所が一切無く、終始冴え冴えと覚醒した意識を貫きます。特にスタッカートの切れ味は磨き抜かれていて、旋律線がしなやかに歌っているにも関わらず、常にリズムの角が鋭利に切り立っているのがユニーク。響きもブレンドするよりは分解能が高く、ゲルマン系の重厚なバランスとは一線を画すサウンド傾向です。

 第2楽章は、明るく清澄な響きが素敵。透明度が高いサウンドなので、木管のソロ・パートもすこぶるクリアにすうっと浮かび上がります。和声が渋く沈鬱な雰囲気のこの楽章から、むしろ旋律美すら引き出しているように思えるのは、この演奏の功績でしょうか。

 第3楽章は、間合いをたっぷり取った粘液質の歌い回しがマゼール節。常に色調がはっきりしているのは聴きやすいです。ホルンやオーボエのソロもデリカシーとニュアンスに溢れ、美しいパフォーマンス。第4楽章もリズムの解像度に優れ、執拗なまでに精確さを追求する態度が感じられます。艶やかな光沢を放つソノリティも魅力。

“細部はやや大味ながら、凄絶なパワーと合奏力で聴き手を圧倒”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1977/78年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 70年代の全集録音から。第1楽章冒頭は、レガートで繋ぐ弦の主題提示にやや違和感あり。テンポの緩急がかなり大きく、ザクザクと弦の刻みが執拗に続く箇所は相当にテンポを煽る一方、再現部前の弱音ではぐっと速度が落ちます。弦主体の合奏の威力が強靭そのもので、それだけでも聴かせてしまうのがこのコンビの凄い所。

 第2楽章は音圧が高いため分厚い響きに聴こえますが、清澄な高音域をはじめ、意外に透明度の高いサウンド。アンサンブルが精密なため、室内楽のように聴こえる一面もあります。テンポは適度で、前進力は十分。第3楽章はやや大柄で、もう少し細部が緻密に彫琢されていればとも思いますが、ドイツ的な色彩の濃厚な演奏は90年代以降あまり聴かれなくなったため、こういう、ソノリティ全体の動きで聴かせるタイプはもはや稀少です。

 第4楽章は、エネルギーの漲る合奏が弦中心に組み立てられていて凄絶。テンポには適度な疾走感があり、腰が重くならないのは好印象です。ブラスが入ってくるとこのコンビらしい壮烈な響きと化し、オケの技術力がひたすら聴き手を圧倒します。

“豪放な力感、気宇の大きな造形。時には明朗で鮮やかな語り口も”

朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

(録音:1979年  レーベル:ビクター)

 神戸文化ホールで公開録音された、朝比奈隆初の全集から。残響こそデッドで奥行感には不足しますが、各パートがクリアに捉えられた聴きやすい録音です。第1楽章は、粘り気のあるフレージングと雷鳴のようなティンパニの轟きが豪快。各パートが潤いのある響きでよく歌い、枯淡というよりは、鮮やかな発色でみずみずしい表現です。スタッカートの切れも良く、再現部への回帰時やコーダに聴くティンパニの強打は凄い迫力。

 第2楽章は和声感と音色をクリアに出し、輪郭をくっきりと隈取った明快な表現。重苦しい晦渋さは影を潜め、色彩的にはむしろ明るさが目立ちます。音楽の流れもスムーズで、アゴーギク操作も自然ですが、管楽器のハーモニーに一部ピッチの悪い箇所があるのは、ライヴではないだけに残念。

 第3楽章は、艶やかな音色でよく歌う演奏。儚さや寂寥感みたいなものは追求しないまでも、メロディの美しさはよく出ています。フレーズの繋ぎ方もすこぶる流麗。第4楽章は落ち着いたテンポで、彫りの深い造形。意外に軽快なリズムで曲を運ぶ箇所もあり。朝比奈と聞いてイメージされる重厚さとは印象が大きく異なります。しかし、テンポが落ちる局面での各フレーズの浮かび上がらせ方は絶妙で、金管のコラールで大きく速度を落とす所なども、気宇が大きく巨匠風。

“遅めのテンポと美麗な音色で奏でるエレガントなブラームス。緊張感は不足気味”

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1981年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 メータ最初の全集録音から。同コンビのブラームス録音は他に、バレンボムとの両ピアノ協奏曲、スターンとのヴァイオリン協奏曲、ズーカーマン、ハレルとの二重協奏曲があります。当全集は録音の仕上がりがまちまちな印象ですが、同じエイヴリー・フィッシャー・ホールの収録でも当盤は柔らかさのある豊麗なサウンドで、残響も多く、奥行きの深さが確保されています。

 第1楽章は冒頭からスケールが大きく、たっぷりとした響きで開始。旋律線も伸びやかに歌われます。フレーズに膨らみがあり、クラリネットが上昇・下降する音型などは微妙なルバートを加えて優美に表現。ホルンのまろやかな音色も、響きに深々とした奥行きを加えています。緊張感の強い凝集された表現ではありませんが、遅めのテンポと美しい音色でゆったりと奏でられる、エレガントなブラームスです。同じ全集でも、第4番のけばけばしい演奏とは一線を画す仕上がり。

 第2楽章も、しっとりと潤うソフトな音色でリリカルに歌われますが、語り口が甘くて明快。ブラームスらしい厳しさやストイックさを求める人には異質に感じられるかもしれません。個人的には、この滑らかなスタイルも魅力と感じますし、そこにはカラヤンの影響も認められます。粘り気のある歌い口は濃密と言える一方、色彩の明朗さは美点。

 第3楽章も同様で、耽美的と言えるほどに甘口。現代のブラームス演奏はもう少し響きの透明度を上げ、造形をタイトに引き締めるのがトレンドだと思いますが、メータは中間色を採択。それでもロス時代の彼なら、もっと端正なフォルムを追求したかもしれません。第4楽章は峻厳さこそ不足しますが、落ち着いたテンポと艶美で壮麗な音色で描写した、恰幅の良い表現。今一つ緊張感があればいいのですが。

“一流のスキルを活用し、作品の再評価を促すほどの情報量を備えた名演”

ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1983年  レーベル:オルフェオ)

 クーベリック唯一の全集録音から。意外にも同オケのブラームス録音は、当時は珍しかったと記憶します。第1楽章は、明るい音彩でよく歌う演奏。各パートの音色も抜けが良く、鮮やかです。響きの見通しが良く、重厚さや混濁とは無縁。流れがスムーズで音楽を停滞させず、瑞々しい歌心が充溢します。躍動的で熱っぽい性格で、アクセントも強く、音圧の高さと切れの良いリズムはオケの技倆を示すもの。

 第2楽章も発色の良い音響で、明快に歌う表現。晦渋な和声もカンタービレの魅力で押し切り、親しみやすく聴かせます。その辺りには、作曲家でもあるクーベリックのスコア腑分け能力が発揮されている様子。第3楽章は旋律線が艶っぽく、表情も豊か。雄弁な語り口が取っ付きやすさに繋がる一方、含蓄に富む演奏内容に充実した手応えも備えます。

 第4楽章は、遅めのテンポで克明。切っ先の鋭いアインザッツが溌剌たる律動を生んでいます。ソノリティは陰影に富んで美しく、ブラスの力強い音色も壮烈。弱音部も細部が語りかけてくるかのように雄弁で、情報量の多さに指揮者の見識とスキルを聴く思いです。合奏の統率も驚異的に冴え渡り、オーケストラ・ドライヴの手腕と共に、作品の魅力を改めて再確認させるほどの表現力を聴かせます。

“自然体であらゆるディティールを掘り起こす、全く非の打ち所のない見事な演奏”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:テルデック)

 全集録音中の一枚で、悲劇的序曲とカップリング。このコンビのブラームスは、どれを聴いても全く見事な演奏で圧倒されます。まずは、一切の力みを加えない淡々とした調子に驚かされますが、それでいてスコアのあらゆるディティールを揺るがせにしないという、徹底して緻密な表現が見事。何もしていないようで、あらゆる事をやり尽しているとでもいうのでしょうか。柔らかく、まろやかな中に輝かしさを放つオケの響きも魅力的です。

 第1楽章は、さりげなく開始してさらさらと流しながら、アクセントを明確に打ち込み、画然とリズムを刻む事で引き締まったプロポーションを造形。木管ソロをはじめ、ニュアンス豊かで味わい深いフレージングによって、薄味一辺倒にも陥りません。展開部に入った所で一段階テンポを上げるのは効果的なアゴーギクで、見事に統率された弦のアンサンブルも美しいラインを紡ぎます。

 続く2つの楽章でも、ドホナーニは音色を磨き上げ、各部のバランスに留意して繊細な音響を構築。ブラームスをこんな風に演奏する指揮者は、この録音当時は珍しかったのではないでしょうか。フィナーレも、肩の力が抜けたアプローチながらスポーティな躍動感に溢れた好演。

“気力も充実し、壮烈な響きで一気呵成に盛り上げる最晩年のカラヤン”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カラヤン最後の全集録音から。第4番と共に最晩年の録音ですが、2年前に収録された第2番と較べるとなぜか残響がデッドで、生々しい音に聴こえます。晩年のカラヤンは、バーンスタインのように情緒ばかりに耽溺していかなくて良かったと思います。そのため(曲にもよりますが基本的にドイツ物では)、再録音でも解釈がさほど変わらない一方、情感の深化で造形が崩れたりもしません(フィジカルな統率力の衰えはややあります)。

 第1楽章は溌剌とした覇気に溢れますが、語り口が少し人工的で、テヌートが気になるのは旧盤と同様。切っ先の鋭いアインザッツや歯切れ良く刻んで行く語尾は迫力があり、気力の充実を示します。多彩な緩急を盛り込みながらも全体を一気呵成に聴かせる、緊迫感のある一筆書きも見事。

 第2楽章は滋味に溢れ、各パートの味わいと室内楽的アンサンブルで聴かせます。艶やかな音彩も美しく、オケの美点も全開。第3楽章は意外にあっさりしていて旋律美に溺れないですが、表情付けや色彩は濃密で、コーダ前のヴァイオリン群も嫋々と歌わせています。

 第4楽章は堂々たる表現で、内圧の高い合奏とホットな感興で座りの良いフィナーレを形成。壮烈ながら豊麗な金管のコラールや、時にポルタメントも用いた弦の歌も魅力的。リズムはやや腰の思い箇所もあるものの、このコンビならではの華麗なサウンドで盛り上げます。

“清澄な響きでデリカシーに秀でる一方、リズムの弾力や立体感が不足”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 アバド二度目の全集録音から。4つのオケを振り分けた旧全集では、珍しくもシュターツカペレ・ドレスデンを起用していました。当コンビは他にカップリングの管弦楽曲と合唱曲、2つのセレナード、ドイツ・レクイエム、2つのピアノ協奏曲(ブレンデル、ポリーニ)、ヴァイオリン協奏曲(ミンツ、ムローヴァ、シャハム)、二重協奏曲(ワン、シャハム)と、多くのブラームス録音を残しています。

 第1楽章は音価を長めに採り、流麗さを強調した導入部がアバド印。明朗な光沢のある響きは、とかく渋くなりがちなこの交響曲に、独特の開放感を与えています。同じブラームスでも4番よりは2番に近いイメージ。ディティールの情報量と合奏の連帯感はこのオケの特質ですが、響きが澄んでいてカラヤンのように濁らないのは指揮者の個性と言えます。木管のソロも優美で爽やか。展開部やコーダの推進力には気迫が漲り、緩急のメリハリが効果的。

 第2楽章は和声よりも歌に注力する傾向があり、管と弦が和音のロングトーンで応答しあう局面でも、音の入りが、これ以上ないほど密やかなデリカシーをもって扱われているのが耳を惹きます。響きの彩度が高く、和声の移り変わりは自然と鮮やかに描写される印象。第3楽章も旋律線の粘性が強く、しなやかな手付きで嫋々と歌われるのが魅力的。ピアニッシモの繊細さが常に耳を惹くのもアバドらしく、室内楽的な合奏の緻密さと、各パートの雄弁な表情にオケの巧さが際立ちます。

 第4楽章はリズムに弾力や立体性を持たせず、テヌートで粘りながら無骨にフレーズを作ってゆくのがいかにもアバド。それがなぜか凄味や奥行きに結びつく所が、どうやら彼の人気にも繋がっているようです。良い演奏に聴こえなくもないですが、個人的にはアタックに張りやパンチがないと、造形面での彫りの深さ、峻烈さが出ないように感じます。

“気品の漂う語り口で、細部を精緻に描写したシンフォニックなアプローチ”

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1989年  レーベル:RCA)

 全集録音から。同オケによる全集としてはクーベリック盤に続く稀少なセットで、その後も、ヤンソンスのライヴ録音くらいしかないかもしれません。RCAのミュンヘン録音は自然なプレゼンスで残響を豊かに取込んでいるものの、遠目の距離感で解像度がややもどかしい印象。

 デイヴィスの資質には、同曲と第2番とよく合っている感じで、冒頭から無用な力みがなく、フレージングにも気品が感じられます。アンサンブルには室内楽的な趣があり、木管が入って対位法的な動きが続く箇所では立体的な響きを構築。アーティキュレーションに細かくこだわった、精緻でシンフォニックなアプローチは、音楽に生き生きとした表情を与えています。

 テンポは全体にゆったりとしていますが、特にフィナーレは落ち着いた足取りで、ディティールを克明に処理。リズムの歯切れが良く、鈍重な演奏にはなりません。オケも充実した響きで好演し、弦のみずみずしいラインが際立っています。

“響きと旋律の流麗さを強調。全集録音中で最もインパクトに欠けるのは残念”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:フィリップス)

 全集録音の一枚で、アルト・ラプソディ(独唱:ジェシー・ノーマン)をカップリング。残響を豊かに収録したフィリップスの録音が美しく、肌触りのなめらかさ、柔らかさなど、技術陣のヨーロッパ的感性が反映されています。アナログ時代の良さを残した美しい録音。

 この曲は、逞しい力感や感情の激しさで聴かせる事も可能ですが、ムーティはの表現は、響きの調和と旋律線の流麗さを前面に出したもので、かつてのような力づくの強奏や峻厳なアクセントは影を潜めています。対位法には充分な注意が払われ、リズム処理も鋭敏かつ念入り。

 ただ、全体としては比較的淡々とした調子で、当コンビのブラームスとしては、1番や4番で聴かせた彫りの深い造形や、2番の徹底的に耽美的な表現と較べると、ややインパクトが弱いように感じました。作品自体が、これというコンセプトを打ち出しにくい曲なのかもしれません。

“オケからまろやかな響きを引き出し、大きな呼吸で音楽を歌わせる”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集録音から。他に同じ顔合わせで序曲や声楽曲も録音している他、サヴァリッシュのブラームスはウィーン響との旧全集をはじめ、数多くの録音が残されています。アビー・ロード・スタジオでの収録ですが、柔らかくまろやかなサウンドで、この全集になぜロンドン・フィルを?と首を傾げた人も、実際の音を聴けば納得されるかもしれません。

 第1楽章は遅めのテンポで気迫が漲り、スケールの大きな表現。一方第2主題では実に細やかなダイナミクスを付与するなど、表情の付け方はすこぶる繊細です。旋律線が大きな呼吸でゆったりと歌われていて、語尾に至るまで伸びやかに歌い切る印象。そのためか、ティーレマン辺りの作為的な語り口と較べると、これこそが本物の手応えと感じます。再現部前のティンパニの強打も激烈。

 第2楽章は管弦のバランスと色彩の配合が見事で、艶やかな響きと自然体の棒で和声を推移させてゆく趣。あくまで傾向の問題ですが、響きが明晰で和声法の晦渋さを感じさせないのは、ピアニストとしての資質も生きているのでしょうか。第3楽章はアウフタクトをぐっと溜める歌い回しが往年のスタイル。非常に艶美な演奏ですが、それでいて濃厚な情緒には流れないのは、節度というより造形センスに由来するものかも。

 第4楽章は、みずみずしい感興が泉のように湧き出る、生彩に富んだ表現。そこへ、気迫の漲る剛胆なアタックが熱気を加えます。エッジの効いた峻烈なリズムと、流麗でふくよかな歌の対比も、これ以上ないほど効果的。

“指揮者のアプローチと曲の性格に乖離がある印象。録音も問題あり”

リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:デッカ)

 全集録音の一枚で、一番最後に収録されたもの。どういう訳か他の曲よりも生気を欠き、作品とシャイーのアプローチとの間に僅かながら方向性の乖離が見られる感じです。冒頭からアタックの柔らかさが目立ち、音符もレガートで繋いで流麗さを強調。リズムは軽妙で歯切れも良いものの、今一つ鋭利さに乏しく、実際以上に温和な演奏に聴こえます。全体があまりに均質で、各楽章の対比や性格的描き分けに明瞭さが不足するのは残念。

 音色は明るく、ゆったりとした佇まいは一つの見識ですが、さらに厳しい造形感覚が欲しい所。フォーカスの甘い表現は、この曲に合わないのかもしれません。オケは好演していて、ソロなども艶やかに歌っています。マスの響きにも雅な美しさがありますが、録音のせいかやや低域が過剰なのと、長い残響が飽和して細部をマスキングしてしまう傾向があるのは問題。

“巨匠に達したジュリーニの美学とオケの個性が相乗効果を成す”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 全集録音から。オケの魅力とジュリーニ一流のアプローチが相乗効果を成す、ユニークなブラームスです。第1楽章は気宇が大きく、スタッカートを避けた流線型のフォルム。豊かな感興が内から沸き起こり、気品のあるフレージングで伸びやかに歌わせるスタイルには独自の魅力があります。強弱が非常に細かく設定され、デュナーミクとアゴーギクが密接に結びついている所、とりわけ音量が減衰して速度が落ちてゆく局面の呼吸には、名人芸と呼びたくなる風格があります。

 第2楽章は冒頭の木管群から暖かみのある音色で、柔らかくふくよかな響き。しなやかな旋律線が美しく、弱音を効果的に使って、デリケートにアンサンブルを構築しています。第3楽章は、チェロのプルト数を減らしているのか、繊細な音で艶やかに歌う主題提示。テンポが非常に遅く、音量も弱くはかなげです。

 第4楽章は平均的なテンポに近いですが、やはり骨太な造形。歯切れの良さや動感もありますが、オケの体質もあって柔和な性格と感じられます。強靭な弦楽群がよく歌う一方、各パートが自発的にお互いの音を聴き合って合奏を構築する辺りは室内楽的。寂寞とした美と不思議な凄みが漂うコーダの表現は、並の指揮者では到達しえない境地です。

“大らかで美しい演奏ながら、さらに厳しい造形性や緊張感が欲しい所”

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 メータ二度目の全集録音から。第1楽章は、構えずゆったりとした佇まいで開始。どこにも誇張のない、自然体の構えです。歯切れの良さ、流麗さは十分ですが、全体に大らかな性格で、造形面ではややネジが緩い印象。音色は明るく爽やかで、トゥッティも余裕をもって鳴らしています。強い緊張感はなく、ソフトな語り口。第2楽章は弱音のデリカシーを活かした美しいパフォーマンス。旋律線が巧みに彫琢され、和声感が豊かな、親しみやすいブラームスになっています。

 第3楽章はさりげない調子で、メータらしい濃厚さはなし。やはり弱音の用い方が効果的で、滑らかな仕上がり。客観性が強く、切々と歌い上げるタイプではありません。第4楽章は中庸のテンポで、アクセントやリズムも角が立たず、おっとりした雰囲気。途中で金管を強調してソリッドな輪郭を切り出すのはユニークですが、ティンパニは総じて抑制気味ですし、もう少し切迫した緊張感があっても良いと思います。

“平明な語り口と卓抜な設計力。美しくデリケートな合奏を堪能できる至福の音楽体験”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音から。他は交響曲のみの単発収録ですが、当盤だけはオッターをソロに迎えたアルト・ラプソディと、セッション収録による悲劇的序曲をカップリングしています。レヴァインにはシカゴ響との全集録音もあり。

 第1楽章は、細やかな強弱やアゴーギクの演出を踏襲しながらも、さすがにオケの歌い口が柔らかく優美。音圧の高さが気になったシカゴ盤と較べると、落ち着いた穏やかな語調が支配的です。ただしエッジの効いたアタックや、ハイテンションの躍動感、強靭な推進力は健在。語り口が平明で、明快なフォルムを指向するのもレヴァインらしいです。弱音部における艶美なヴァイオリン群をはじめ、みずみずしい歌に溢れる表現。

 第2楽章は、潤いたっぷりの柔らかな響きに彩られ、正に耳のごちそう。ブラームスのようなほの暗い陰影に富んだ音楽を、どこまでも美麗な響きと繊細極まるタッチで聴ける至福のひと時は、クラシック音楽ならではの醍醐味と言えます。第3楽章は、嫋々たるロマンティックなスタイルを旧盤から継承し、オケの美音と多彩なニュアンスでさらにグレードアップした趣。これまた素晴らしい聴きものです。

 第4楽章は十分な活力と雄渾さを示しながらも、フォルテが硬直せず、艶やかなカンタービレを駆使するのが美点。響きがすっきりと透徹していて色彩も明るいのは、どのオケを振っても共通するレヴァインの特質です。本人も言うように演奏設計の難しい作品ですが、さすがは優秀なオペラ指揮者らしく、卓越した腑分け能力を存分に発揮。

“明るく滑らかな響きで、意外にも親しみやすい音楽を紡いでゆくバレンボイム”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1993年  レーベル:テルデック)

 全集録音から。第1楽章は冒頭の和音をあまりしつこく延ばさず、さっと断ち切るように次へ飛び込む感じ。流れるような速めのテンポ、明るく滑らかな音色で特徴的で、響きも濁らず、厚ぼったさがありません。和声の動きより旋律を中心に構成したような親しみやすさは、作品の晦渋さを考えるとメリット。厳めしさや威圧感も皆無です。アーティキュレーションの描写とアゴーギクはよく考えられていて、各部ともニュアンスが豊富。

 第2楽章は柔和な筆遣いで、明朗かつ繊細な音色で音楽を紡いでゆきます。リズムも旋律線も常に雄弁で、複雑な和声が頻出する箇所も、いたずらに沈鬱さを強調しません。第3楽章は、冒頭からチェロの艶やかな光沢が際立つ好演。弱音主体で抑制を効かせてはいますが、流麗なカンタービレはいやが上にも耳を惹きます。フレージングとしては音価が長めで、息の長いソステヌートが支配的。

 第4楽章はやや遅めのテンポながら、バレンボイムのブラームスと聞いて想像する大時代的な身振りや濃厚さは、意外にありません。シカゴ響を起用している事からしても、ドイツ的重厚さを追求するつもりはさほどないのでしょう。響きは明朗で爽快、柔らかな手触りもあり、各声部の重なり合いも明瞭に彫琢されています。

“気品漂うアンサンブルと慈愛に満ちた歌が胸に沁みる、巨匠の至芸”

ベルナルト・ハイティンク指揮 ボストン交響楽団

(録音:1993年  レーベル:フィリップス)

 全集録音の1枚で《アルト・ラプソディ》とカップリング。ハイティンクは、過去にコンセルトヘボウ管とも全集録音を行っています。ボストン響との録音は稀少で、他にピアノ協奏曲第2番(ソロはアックス)と、ブラームス以外にラヴェルの管弦楽アルバムが3枚あり。

 第1楽章は、ゆったりと安定したテンポで細部をどこまでも丹念に描写。ドイツ風とも近代的ともHIPとも違う、独特のスタイルです。輝きを放ちながらも柔らかくブレンドしたオケの響きは、ハイティンクが指向する表現と相性抜群。鋭利なリズムが続く強奏部でも声を荒げる事なく、常に温和な語り口で優美に歌を紡いでゆきます。弱音部の馥郁としたロマンの香り、得も言われぬ気品の漂うアンサンブルは、正に至芸の領域。

 第2楽章はヒューマンな歌が泉のように涌き出る表現で、指揮者の円熟味とオケの艶やかなサウンドが抜群の相乗効果を発揮。和声が重く濁らず、常に明朗な色彩を保つのも好印象です。第3楽章は自然体の佇まいながら、艶やかなカンタービレが魅力。テンポこそ遅いですが、表情は柔和で憂愁の色は濃くありません。ただ、どのフレーズも慈愛を込めてそっと扱われていて、それがひどく胸に沁みます。ブラームスを、こんなにも優しく繊細な音で演奏するなんて。

 第4楽章も急がず慌てず、たっぷりとしたソノリティで心行くまで歌わせる演奏。俊敏さやスピード感が欲しくなる局面はありますが、スタッカートは歯切れが良く、響きもクリアで立体感があります。各パートは明るく冴えた音色で滑らかに歌い、和声感も豊か。トゥッティにも覇気が漲り、気宇壮大なスケール感に巨匠の風格も漂います。

“シンフォニックな構築性の中に、有機的な意味深さや異様な凄みを聴かせる”

ギュンター・ヴァント指揮 北ドイツ放送交響楽団

(録音:1995年  レーベル:RCA)

 ライヴによる全集録音から。当全集は、奇数ナンバーの曲では攻めの解釈、偶数ナンバーではオーソドックスな造形と、表現の方向性が二分しているのが面白い所です。ヴァントの指揮は一見飾り気がなく、無骨にも感じられますが、その実、繊細なセンスに溢れている辺りが独特のバランス感覚。フレージングにもぎくしゃくと硬直する箇所は皆無で、オケに自発的なカンタービレを厳しく禁じている割には、まろやかな口当たりもあったりします。

 旋律を朗々と歌わせるタイプではなく、あくまでシンフォニックに音符を積み上げる即物的なスタイルですが、フレーズに独特の意味深さを感じさせるのは巨匠ならでは。第3楽章におけるデリカシーに満ちた弱音の表現など、繊細な側面もあります。それにしても、スロー・テンポで開始される第4楽章の凄味と厳しさといったらありません。こういう、ヴァントが攻めの解釈に転じる局面には、異様な迫力があります。オケの有機的な響きが、ここで現代的な輝きを放つのも聴き所。

“意外にもオーソドックスな造形ながら、清澄な響きに超絶的な美しさを表出”

ニコラウス・アーノンクール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1997年  レーベル:テルデック)

 ライヴによる全集録音から。テルデックの録音は非常に自然で、各レーベルによるこのオケの録音の中でも、最もすっきりとして濁りのない音作りではないかと思います。もっとも、それはアーノンクールの耳の良さと表現指向性のおかげもあるのかもしれません。やや細身ながら清澄なサウンドは実に耳馴染みが良く、このオケ特有の音圧の高さや少し濁りのある重厚なソノリティは、完全に一掃された印象。良くも悪くも、ベルリン・フィルらしさの無い音だと言えます。 

 第1楽章は端正な響きで、流麗に歌い上げた印象。スコアの解釈が全くオーソドックスなのは驚きで、フレージングにも管弦のバランスにも特異な所が全くなく、ブラインドで聴かされたらアーノンクールの演奏だとは分からないだろうと思います。尖鋭なアクセントや音価の伸縮もほぼありません。

 第2楽章は響きの透明度が際立ち、滑らかに描かれる旋律線が艶っぽく美麗。このオケは弱音部でも筆圧の高さが気になる事が多いのですが、ここでは力みが払拭され、自然な音が聴けます。完璧な音程とバランスで鳴らされるハーモニー、しっとりと優しい歌も魅力的。

 第3楽章ははかない弱音で、淀みなく流れてゆく趣。特定の要素を強調しないため、旋律線が情動を主張してくる事は無いですが、三拍子の取り方に独特の軽妙なタッチがあるのはウィーン流でしょうか。響きのバランス処理は舌を巻くほど見事で、ため息の出るほど美しい音作り。低音部が飽和しないのも好印象です。第4楽章はやや合奏がごつごつして、アーノンクールらしさも出てきますが、速めのテンポで推進力は十分。ただし熱っぽさよりも、冷たい美しさを放つ演奏と言えます。

“スコアの解釈以前に、音色やスタイルなど技術面の問題が山積”

金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢

(録音:2007年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 全集録音の一枚で、大学祝典序曲とカップリング。ライヴ音源とセッション収録のミックスで編集しています。録音のせいか演奏のせいか問題の多い音で、特にティンパニはプロヴァンス太鼓のような音色が不自然。弦の細かな動きも逐一耳に入る反面、響きのブレンド感があまりありなく、小編成なのに合奏の一体感が乏しいのはマイナスと感じます。ベートーヴェンの録音では日本におけるHIPの先陣を切って気を吐いたコンビですが、この全集にはHIPのメリットが生かされておらず残念。

 第1楽章は、冒頭から太鼓の連打のせいで違和感の連続。金管のミュートも耳障りで、まずはスコアの解釈云々以前に、テクニカルな問題が山積という印象です。各パートやマスの音色にもう少し美感があれば印象も違ったのではないかと思うのですが、弦楽セクションに強度が不足していて、全体を支え切れていません。コーダ前は引き締まったテンポで峻烈に盛り上げますが、響きが痩せていて、根源的な迫力に欠けています。 

 第2楽章は、速めのテンポでさらさらと推移。透徹した響きでスコアのレイヤーはよく見えますが、音色の美しさや情感の発露は求められません。ノン・ヴィブラートの弦も精緻な趣がある一方、ピッチのズレが気になる所。第3楽章は、主題提示のチェロがルバートも用いて艶っぽく歌いこんでおり、ヴィブラートの波動も感じられるので、HIP一辺倒でもないようです。ピアニッシモを巧みに使うものの、ソノリティがブレンドせず、どうも響きを作る事自体にあまり興味が行かない様子。

 第4楽章は鋭いアクセントも盛り込んで機動力も高く、高揚感もあって、全曲中で一番成功している楽章と言えます。ただ、音色にさらなる洗練が欲しいのと、表現がまだらのパッチワークみたいに聴こえてしまう所に、まだ未消化な印象を受けるのが残念です。

“正攻法で正面突破しつつ、精緻な音作りに個性を発揮”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集録音から。このコンビのディスクは、初期は痩せた響きのライヴ録音が多かった印象ですが、後年には改善され、この時期は高音質仕様の国内盤が発売されるなど音質へのこだわりも見えます。当盤も、どっしりとした低音の上に肉付きの良い豊麗な中高音が乗る、ヨーロッパ的なピラミッド型の音響で、肌ざわりも柔らかく艶やか。

 意外にオーソドックスなアプローチで挑んだこの全集の中でも、中間2つの交響曲は特に正攻法の印象で、小手先のアイデアで聴き手を驚かす場面は全くありません。ただ、音作りはやはり精緻で、アンサンブルにも室内楽的な緊密さが徹底されています。

 第1楽章は当全集としては異例の提示部リピートを実施。アゴーギクはよく考えられていて、展開部ではやや前のめりの強い推進力が効果的です。全体としては叙情性に傾いた印象で、オケの魅力をたっぷりと味わえる演奏。同じオケでも、カラヤンのような派手な強奏はなく、耳に優しいまろやかなソノリティです。フィナーレの鋭利なリズム・センスはラトルらしい所。

“スピーディなテンポで、流麗なラインを優先させる独自の方向性”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:デッカ)

 コンセルトボウ管との旧盤以来、約25年振りの全集再録音から。第1番アンダンテの初演版や第4番の別オープニングの他、序曲、管弦楽曲も収録して3枚組というコンパクトぶり。全交響曲がリピートありでCD2枚に収まっている事からも、テンポの速さが窺えます。当コンビはセレナード2曲の他、フレイレとのピアノ協奏曲2曲、レーピン、モルクとヴァイオリン協奏曲、二重協奏曲も録音しています。

 流れの良いテンポ感で、内圧の低いフレッシュな響き。低音部をあまり強調せず、アウフタクトにも重さがないので、北ドイツ風の厳めしさが出ないのが特徴です。旋律の優美なラインを全面に出した造形で、ヴィブラートやルバートは控えめ。アタックも鋭利なものとソフトなものを明瞭に分けていますが、HIPとまではいきません。オケが好演で、時おり輝きを放ちながらもマスの響きに柔らかくブレンドする金管群は素晴らしいです。

 第1楽章は冒頭から流れが良く、鋭いアクセントや歯切れの良いスタッカートを駆使して敏感。推進力が強く、リズミカルな躍動感を打ち出す一方、しなやかな歌心も聴かせます。第2楽章は色合いが明るく、滑らかな口当たり。第3楽章はデリケートな抑揚の付け方が上品で、艶やかな音色も魅力的。管弦のバランス、合奏の構築も精緻です。第4楽章はきびきびとしたリズムに流麗な旋律線を対比させて、スムーズに流れてゆく演奏。

“表情付けが人工的な上、細部の処理がぞんざい。とかく問題の多い演奏”

クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2012年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音より。当コンビはポリーニと両ピアノ協奏曲、バティアシュヴィリとヴァイオリン協奏曲も録音しています。《悲劇的序曲》と《大学祝典序曲》が一緒に収録されていますが、これら序曲が熱気溢れる凄い名演なのに対し交響曲は問題が多いという、どうもアンバランスな全集です。

 第1楽章は自由な間合いとソステヌートの歌い回しで開始。流線型の優美な造形感覚は彼らのブラームスに共通します。第2主題をかなり弱めに歌わせるのと、テンポの振幅を大きく取っているのは個性的ですが、この指揮者のベートーヴェン、R・シュトラウスを高く買っている私も、ブラームスはあまりピンと来ません。アゴーギクが強引だし、語尾が間延びしたフレージングはぞんざいに聴こえ、管理が徹底していない印象を受けます。

 第2楽章もテンポが恣意的でよく動きますが、それがフレッシュな感動に繋がらないのがもどかしい所。オケが上手いので様になりますが、どうもティーレマンは一流の団体ばかり振っているせいで、基本的な作業がお座なりになっているのではと、あらぬ憶測までしてしまいます。ぐっとテンポを落として嫋々と歌わせるコーダはさすがの表現力で、続くデリケートなピアニッシモも含め、そういう特別な瞬間をもっと聴きたい所。

 第3楽章も、冒頭からテンポが感情的に揺れ動きますが、スコアの分析やロジックに基づいている雰囲気はなく、そんな場当たり的な棒でいいのかと言いたくなります(自己批判が人一倍強かったブラームスの作品ですし)。

 第4楽章はソフトなアタックを多用し、全強奏のフォルテを弱々しく入ってクレッシェンドしたりします。さらには妙な加速を行ったりもして、とにかく表情付けが人工的。ケルテスやドホナーニ、バレンボイムなど、特別な事はしていないのに目の覚めるように新鮮に聴こえる演奏もある一方、ティーレマンほどの才人がその逆を行くのは全く不思議です。

“先達の伝統もHIPもなぞらず、新鮮なブラームス像を独自に提示する、瞠目すべき名演”

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

(録音:2016年  レーベル:BSO CLASSICS)

 楽団自主レーベルから出た、ライヴ録音の全集セットより。ボストン響はミュンシュとも小澤とも全集録音を行っておらず、当盤以前にはハイティンク盤が唯一と思われます。自然なプレゼンスながら、直接音は鮮明。ライヴにしては残響も豊富で、しっとりと潤った柔らかい響きが美しいです。

 第1楽章は流動性が強く、しなやか。ドイツ的構築性や剛毅な力感が強調されやすい曲ですが、ここでは強弱のニュアンスを細やかに付け、旋律線の表情を雄弁に描き出して、横の流れを重視した演奏になっています。そのため作品のメロディアスな側面が前に出て、リズムと和声を主軸に構築される事が多いこの曲の景色も一変。暖かみがあって柔和な音色も、コンセプトに合っています。設計がまた巧みで、展開部とコーダ前で加速するアゴーギクは緊張度の高まりが見事。

 第2楽章は、導入部の木管の滑らかな音色がすこぶる魅力的。情感が豊かで、親しみやすい語り口が感じられるのは予想が付く事ですが、特異な解釈を用いずともここまでフレッシュに、美しくブラームスを聴かせるのは、HIPの嵐を経たネルソンスの世代には難しい事だったのではないかと思います。各パートのアタックの、すこぶるデリケートで密やかなタッチにも要注目。

 第3楽章は、スロー・テンポでたっぷりと歌い込む演奏。ネルソンスがHIPに走らないのはなんとなく合点が行くとして、先達の伝統をなぞらず、ディティールとアタックに極度の洗練を追求する事で新鮮なブラームス像を打ち出している点は瞠目に値します。第4楽章は落ち着いたテンポで、細部を丹念に描写。輪郭がシャープに切り出される一方、音圧を抑えて重厚さを避け、爽やかな音彩で瞬間瞬間を解像度高く描き出して行く演奏です。フレージングが常に艶っぽい一方、ブラスやティンパニは強靭かつ峻烈。

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