ブラームス/交響曲第2番 (続き)

*紹介ディスク一覧

90年 ハイティンク/ボストン交響楽団

91年 ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

92年 メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

93年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

95年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

96年 アーノンクール/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

96年 ヴァント/北ドイツ放送交響楽団

04年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

07年 金聖響/オーケストラ・アンサンブル金沢

08年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

16年 ネルソンス/ボストン交響楽団

12年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

13年 ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン

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“最上の音楽的美質を示す、ハイティンク屈指の名演の一つ”

ベルナルト・ハイティンク指揮 ボストン交響楽団

(録音:1990年  レーベル:フィリップス)

 全集録音の一枚で悲劇的序曲とカップリング。ハイティンクは、過去にコンセルトヘボウ管とも全集録音を行っています。ボストン響との録音は珍しく、他にピアノ協奏曲第2番(ソロはアックス)、ブラームス以外ではラヴェルの管弦楽アルバム3枚があるくらい。この全集は、幾分温厚にすぎる第1番以外はどれも相当な名演ですが、なかでも最初に録音された当盤は頭一つ抜けている印象で、当時強いインパクトを残しました。

 第1楽章は提示部をリピート。テンポも遅く、演奏時間が22分近くに達しています。明朗でふくよかなソノリティがすこぶる魅力的で、柔らかく艶っぽい弦に、ややヴィブラートを効かせたボストン特有のサウンドは、指揮者とも作品とも相性抜群。優しく丁寧なタッチ、気品溢れる穏やかな佇まい、繊細極まるフレージングと、あらゆるディティールが心に沁み入り、暖かな感興が泉のようにこんこんと湧き出ます。展開部におけるレイヤーの重ね方は見事で、雄渾な力感やシャープな切り口も十分。

 第2楽章はしっとりと潤ったリッチな響きと、発色の良い和声感で聴かせます。この楽章に限らず、どのパートも総じて耳にすうっと吸い付いてくるような歌い口が印象的。凡庸なマンネリズムは微塵もなく、全ての音の推移がすこぶる新鮮に耳に飛び込んできます。強奏部も末端まで養分が行き渡り、ビロードのような極上の肌触り。

 第3楽章もスロー・テンポで、まろやかに歌い上げる表現。第4楽章は適度な力感と推進力を示しますが、ハイティンクの演奏がいつも素晴らしいのは、決して力ずくになったり無機的に響いたりしない所。為すべきことを誠実に当たるといった風情で、終盤のクライマックスもむやみに力み返りません。ただただ充実しきった、輝かしくも暖かなソノリティに圧倒されます。

“ジュリーニ一流の芸風を突き詰めた結果、独特の凄みを帯びる最録音盤”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 全集録音から。ジュリーニは80年代にロス・フィルと1番、2番を録音していますが、旧盤で実行されていた第1楽章提示部のリピートは、いずれも新盤では割愛されています。それでも第1楽章は演奏時間18分(第2楽章も12分以上!)ですから、テンポの遅さが知れるというもの。

 第1楽章は、淀みなく紡がれる歌が流麗な印象を与えながら、その実、楽章全体を堅固に構成して知的な側面も垣間見せます。艶っぽい光沢を放つ各パートの音色は魅力。トゥッティの付点リズムには力が漲り、独特の溜めを加えています。意志力の強い決然とした表情が、リリカルなカンタービレと対照を成しつつ、展開部でドラマティックな起伏を形成するさまは圧巻。

 第2楽章はスロー・テンポで構えが大きいですが、ディティールの扱いは繊細で、響きに柔らかさと暖かみがあります。全強奏は渾身の力感と艶やかな音彩が一体となるユニークな表現。スケールが大きく、フレージングの息も長いです。第3楽章は軽快とまでは行きませんが、プレスト部の付点リズムが鋭く、主部の滔々と流れるレガートとの対比が明瞭。しなやかな歌心と峻烈さを併せ持つ表現です。

 第4楽章も非常に遅いテンポ。あらゆる音符を丹念に処理するので、強弱のメリハリでグルーヴを生む事がなく、どうしても推進力は犠牲になりがちです。よく言えばドイツ音楽らしいずっしりとした手応えがある一方、イタリア流の彫りの深い造形性と、音色に対する美的センスが発揮されるのは面白い所。曲想の転換では減速に特有の粘りがあり、コーダの表現も着実そのものながら、内面にエネルギーが充溢します。

“徹底して柔らかく、穏やかな表現を貫くメータ。やや覇気に乏しい面も”

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 メータ二度目の全集録音から。第1楽章は遅めのテンポ。ルバートでたっぷりと間合いを取って主部へ入ります。非常に優しいタッチを貫徹し、まろやかで柔らかいサウンドとみずみずしいカンタービレを軸に、どこまでもスムーズに流れ行く演奏。もう少し凹凸があってもいいと思いますが、これはこれで一つの見識でしょう。弦の美しさもよく出る一方、ソロはやや埋もれがちかも。展開部ではティンパニとブラスを控えめに抑える事で、全体の柔和さをキープしています。

 第2楽章は速めのテンポで、淡々として穏やかながら、艶やかな音色で旋律を紡ぐ演奏。第3楽章もあっさりとした筆致で、さりげなく歌い出す感じ。プレスト部も、肩の力が抜けて軽快そのものです。一方、コーダや主題提示の呼吸など、何とも言えない優しげな風情があるのは魅力。

 第4楽章は、遅めのテンポでおっとりした性格。アタックも音圧もあまり強くないので、やや覇気に乏しく感じますが、良い面を見れば一音一音を丁寧に処理した演奏とも言えます。後半もいたずらに盛り上げすぎず、たっぷりとした恰幅の良い響きで余裕をもって終了。

“オケの明朗で輝かしい音色を生かし、自然な呼吸で音楽を構築”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1993年  レーベル:テルデック)

 全集録音から。シカゴ響の明朗で輝かしいサウンドが生かされた全集ですが、カラフルで艶やかな光沢を放つトゥッティの響きは、特にこの作品に合っているように感じます。

 第1楽章は提示部をリピート。音色に暖かみがあり、金管が入る強奏においても、柔らかさが失われないのが美点。弦の艶っぽく繊細なカンタービレも魅力的で、控えめに挿入されるポルタメントも効果的です。バレンボイムの棒には極端な所がなく、自然な呼吸で流麗なラインを作り上げているのが好印象。響きが透明で重苦しくならない事もありますが、旋律線、とりわけ高音域の扱いが非常に美しく、フルートをはじめ、木管の対位法的効果も見事に活かされています。

 第2楽章は冒頭からチェロの光沢と、効果的な弱音を盛り込んだ雄弁な語り口が印象的。重厚な和声が連続するドイツ音楽の風情は吹き飛び、指揮者が南米出身である事さえ意識させるほどです。旋律をたっぷりと歌い上げる局面では内的感興が高まり、気宇も壮大。

 第3楽章は、柔和なタッチで情感たっぷり。恣意的な操作はさほどありませんが、シンフォニックな発想で純音楽的に構築する方向とも少し違います。もう少し感情的な側面が大事にされていて、とにかく表情が濃密で多彩。リズムはきびきびとしていてシャープです。

 第4楽章は、無理に峻厳なアタックを用いる事なく、自然な力感で盛り上げようという姿勢。シカゴ響相手にこういう表現を採択する所に、指揮者の余裕を感じます。楽想の変化は的確に描き分けられていて、メリハリは明確。活力や推進力も十分で、コーダに向かって加速するアゴーギクは大きな効果を挙げています。

“オケの魅力全開! 天上的な美しさに達した仰天のパフォーマンスに拍手!”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音から。レヴァインには過去にシカゴ響との全集録音もあります。オケの演奏がこれ以上ないほど美しく、もうずっと聴いていたいほど。例えばプレヴィンもウィーン・フィルの個性を生かすのが巧い指揮者でしたが、彼は表現が大味で統率が緩い傾向もあったのに対し、レヴァインの棒は明晰で精度が高く、合奏の密度が緩む瞬間がありません。それだけ集中力が高いという事でしょう。

 第1楽章は提示部をリピート。同じオケでもジュリーニ盤のように造形を崩さず、常にリズムの律動と明快なフォルムを切り出しているのはレヴァインらしいです。旧盤にもあったアタックの強さ、切っ先の鋭さは相変わらずですが、オケの反応はシカゴと違い、室内楽のような呼吸で柔らかな音楽的愉悦に昇華しているのがさすが。弦楽群を筆頭に、繊細を極めた歌を丹念に紡いでゆく様は、このオケの録音の中でもモントゥー盤と並んで筆頭に挙げたい美しさです。

 第2楽章もひたすら至福の音が紡がれてゆく天上的な世界。艶美なポルタメントも効果的で、悪趣味には陥りません。それに、この弱音のデリカシーといったら! 第3楽章は、冒頭のオーボエ主題のくっきりと隈取られた明快さと、その自然な佇まいが見事。プレスト部の一体感に溢れたアンサンブルも聴きものです。それにしても、どの瞬間も管弦のバランスが理想的に保たれる様は、あらゆるオケのお手本と言うべきではないでしょうか。

 第4楽章は勢いで流さず、あらゆるディティールを丁寧に掘り起こして緻密そのもの。弦のレイヤーは解像度が高く、木管ソロもくっきりと浮かんで聴こえますが、ライヴ収録ではマイク・セッティングに制約があるわけで、この驚異的な透明度は実演で達成されたものと考えるべきでしょう。艶々と光沢を放つ弦の音色は、オケの伝統と誇りをそのまま表すもの。思わず拍手を送りたい素晴らしさです。コーダに向けて白熱する感興の熱さもレヴァインらしい所。

“すっきりと端麗なサウンドの中、随所に斬新な発見があるユニークなブラームス”

ニコラウス・アーノンクール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1996年  レーベル:テルデック)

 ライヴによる全集録音から。テルデックの録音は非常に自然で、各レーベルによるこのオケの録音の中でも、最もすっきりとして濁りのない音作りではないかと思います。もっとも、それはアーノンクールの耳の良さと表現の指向性もあるのかもしれません。やや細身ながら清澄なサウンドは実に耳馴染みが良く、このオケ特有の音圧の高さや少し濁りのある重厚なソノリティは、完全に一掃された印象。 

 第1楽章は提示部をリピート。平均的なテンポ感ですが、最初の山場でしなを作るように艶美に歌うヴァイオリンと、続く木管の経過句のリズムをテヌートで伸ばすなど、随所に意識的な解釈があります。第2主題のあと、付点リズムが中心になる楽想も弾みが強く、バロック的な一体感で合奏を展開する様はユニークです。歯切れの良いフレージングと粘性の強い歌い口を対比させる手法も、HIPに常套的なもの。

 第2楽章も、研ぎ澄まされた音色で緻密に線描。すっきりと透徹した響きにはブラームスらしい分厚さがなく、クールな肌触りもあってカラヤン時代とは一線を画します。第3楽章も小編成で演奏しているかのように軽やかで、親密な室内楽的一体感あり。冴え冴えとした筆致で造形を明瞭に切り出しますが、無機質な表現ではなく、各パートが豊かなニュアンスで歌います。

 第4楽章はトゥッティにこのオケらしい峻厳さも出てきますが、しなやかなカンタービレと透明な響きは保持。木管ソロのリズミカルなフレーズがふっと浮かび上がると、普段は隠れているこの曲の斬新な側面が見えて来たり、色々と発見があるのもアーノンクールの演奏らしいです。

“辛口でシンフォニックな表現の中にも、充実した音楽的時間を内包”

ギュンター・ヴァント指揮 北ドイツ放送交響楽団

(録音:1996年  レーベル:RCA)

 ライヴによる全集録音から。一見地味で特色に乏しいですが、聴き込むほどに不思議な味わいが出てくる演奏です。ヴァントの表現がいつもそうであるように、辛口でありながら中身が詰まっているというか、決して無骨なだけではなく、繊細なデリカシーが感じられるのが特徴。何がどうというのではないのですが、非常に充実した豊かな時間が横溢するディスクです。

 オケの自発性にまかせて思い切り歌わせる事がなく、あくまで音符だけを信じたようなシンフォニックなアプローチ。情感豊かな性格ではないので、やや抑制を効かせすぎに感じたりもするのですが、さりとて重厚一辺倒のゲルマン風でもなく、意外にまろやかな口当たりもあります。各フレーズが孕む意味深さは指揮者の年輪を感じさすもの。

 オケの響きも渋いですが、トゥッティでは輝きを放つ瞬間もあり、もしかするとヴァントの演奏哲学と、若い楽員も増えてきたオケの“現在”とのせめぎ合いが、こういう不思議なムードを醸し出しているのかもしれません。特に第2楽章は、ゆったりとしたテンポで独特の語り口。

“流麗さもメリハリも高揚感も不足する、残念な演奏。録音も冴えず”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2004年  レーベル:RCO LIVE)

 同じ夜に演奏された、ベートーヴェンの2番をカップリングしたライヴ盤。同じナンバー、同じ調性という点に着目したユニークなプログラムです。ヤンソンスのブラームスはロンドン響、バイエルン放送響との全集録音もあり。演奏は、ベートーヴェンの方は素晴らしい仕上がりでしたが、こちらはどうもピンと来ない感じです。

 比較的速めのテンポでさらりと演奏している点は、ゲルマン的重厚よりも柔らかな明朗さを求めたアプローチとして好意的に聴く事ができます。ただ、必要以上に句読点を強調しようとしたのか、どうも音楽がスムーズに流れない憾みがあり、旋律線の美しさがあまり出てきません。力みのない表現を意識したせいか、アクセントもおしなべて弱く、ぱりっとしたメリハリが不足しがちです。

 トゥッティの響きが飽和しがちな録音もその印象に拍車を掛けるもので、美しいホールトーンを取り入れるのは良いとして、各楽器のニュアンスが全体の響きにマスキングされがちなのはいかがなものでしょう。うちにはサラウンド環境がないのですが、マルチ・チャンネルで聴くとまた違うのでしょうか(少なくとも、CD層とSACD層とではさほど印象が変わりません)。燃焼度も今一つで、フィナーレなど、この指揮者らしい圧倒的な盛り上がり感が欲しかった所。

“我が国の先鋭的HIPとして気を吐くも、表現が未消化で問題多し”

金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢

(録音:2007年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 全集録音の一枚で、悲劇的序曲とカップリング。ライヴ音源とセッション収録を編集しています。我が国の録音では小編成、HIPを早くに取り入れたブラームスですが、同じコンビのベートーヴェンほどは成功していないのが残念。弦のノン・ヴィブラートはいいとして、ティンパニは何だかドタドタした垢抜けない音で、バチの選択に一考の余地ありと感じます。

 第1楽章は提示部をリピート。冒頭から響きがあまり溶け合わず、第1主題もヴァイオリンのプルト数が少ないせいで、非常に線が細く、はかなげです。第2主題のチェロも然りで、室内楽を思わせる雰囲気。旋律線のみをクローズアップせず、音響全体で表現する行き方には現代性も感じさせます。表情は細かく付けられ、弱音も生かして繊細。

 第2楽章は、小編成ながら艶やかな弦楽セクションが美しく、清澄ですっきりとした見通しの良い響き。旋律にうまく感情が乗っていて、色彩感も明快です。しかし後半は概して不調と感じられ、第3楽章は合奏の一体感、響きのブレンド感に乏しいのと、ピッチのズレが耳に付くのが残念。よく練られた表現の反面で細部の詰めが甘いというか、音楽としてぎこちなく、未消化な印象を受けます。オーボエ・ソロは音色、フレージング共、美しいパフォーマンス。

 第4楽章は響きのバランスが悪く、混濁する傾向もあってあまり美しくありません。アプローチの是非はともかく、純粋に技術面の不備が多いと思います。音色もくすみがちで抜けが悪く、細部が埋もれがち。感興の面でも突き抜ける感じに欠けていて、ライヴ収録でありながら、演奏として成功に至っていない印象です。

“表現の解像度を徹底して上げる事で、新たな次元へと足を踏み入れるラトル”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集録音から。このコンビのディスクは、初期は痩せた響きのライヴ録音が多かった印象ですが、後年には改善され、この時期は高音質仕様の国内盤が発売されるなど音質へのこだわりも見えます。当盤も、どっしりとした低音の上に肉付きの良い豊麗な中高音が乗る、ヨーロッパ的なピラミッド型の音響で、肌ざわりも柔らかく艶やか。

 第1楽章はすこぶるデリケートで、精度の高い表現。主部への移行に大きくルバートするのは旧来のスタイルで、軽妙なリズム処理やアーティキュレーション描写の詳細さを除けば、概してオーソドックスな王道のブラームスです。滑らかで角の取れた造形ですが、アクセントは力強く雄渾。すっきりとしてみずみずしい響きは、アーノンクール盤の同オケに近いものの、潤いと粘性がたっぷりとあり、耽美的とさえ言えるカンタービレは独特です。

 第2楽章は、しっとりと歌う叙情的な表現。量感のある響きは、分厚いというより情報量が多く緻密。響きの各レイヤーが透けて見えるので、漠然とした音の壁にはなりません。各パートの優美なニュアンスも、室内楽のそれを彷彿させます。第3楽章は、プレスト部の敏感な強弱描写がラトルらしく、しなやかなフレージングと明瞭に対比させられます。

 第4楽章は強音で押しまくらず、精緻なリズム処理で小気味好く造形。主題提示の強弱もかなり細かく演出しています。とにかく表現の解像度が高く、次のフェイズへと進んだ上質な音楽という感じ。同コンビは後にベートーヴェンでもこの手法で絶大な効果を挙げている他、後輩のネルソンスがブラームスでもベートーヴェンでもこのスタイルを継承している様子なのが頼もしいです。

“HIPにも巨匠風にも偏らず、感覚美と緻密さで新時代のブラームス像を築く”

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

(録音:2016年  レーベル:BSO CLASSICS)

 楽団自主レーベルから出た、ライヴ録音の全集セットより。ボストン響のブラームスはミュンシュも小澤も全集録音をしておらず、過去にはハイティンク盤しかないと思われます。自然なプレゼンスながら直接音は鮮明。ライヴにしては間接音も豊富に感じられ、しっとりと潤った柔らかい響きが美しいです。

 第1楽章は序奏部から響きがすこぶるふっくらとして、弱音を大切にしたデリケートなタッチが印象的。主部も抑制が効き、このオケの美質である豊麗な響きを生かして、緻密に音楽を作り上げています。かなり遅めのテンポを大きく動かさず、フレーズをたっぷりと歌わせているので、堂々とした態度に感じられますが、繊細な筆遣いは巨匠風の恰幅ともまた違う趣。HIPに走らず、さりとて過去の大指揮者達をなぞらない点は好感が持てます。

 第2楽章は、冒頭のチェロから艶っぽいカンタービレとソフトな語り口が素晴らしく、音色が巧みに配合された美しい合奏が耳を惹きます。管弦のバランスは理想的、ソノリティが極度に洗練されていて、その感覚美こそが現代性と言えるのかもしれません。響きに全く雑味がないのは小澤時代の賜物でしょうか。

 第3楽章は、アタックに僅かな弾みを付けて軽妙さを出した主題提示がチャーミング。アンサンブル全体を、特有の感じやすさ、精妙なセンスが支配している点はユニークです。プレスト部はスピーディで機敏ですが、音圧の高さは全く出てきません。第4楽章も雄渾な力感と躍動感、のびやかな解放感を確保した上、滑らかな線で輪郭を描写。刺々しさや壮麗さは、意図的に抑えられた印象です。アーティキュレーションは入念に描き込まれ、決して大味な演奏に陥らないのはさすが。

“重厚さを取り払い、ひたすら流麗、軽快を追求したシャイーの再録音盤”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:デッカ)

 コンセルトボウ管との旧盤以来、約25年振りの全集再録音から。今回は第1番アンダンテの初演版や第4番の別オープニングの他、序曲、管弦楽曲も収録して、それでも3枚組というコンパクトぶり。交響曲4曲がCD2枚に収まっている事からも、テンポの速さが窺えます。当コンビはセレナード2曲の他、フレイレとのピアノ協奏曲2曲、レーピン、モルクとヴァイオリン協奏曲、二重協奏曲も録音しています。

 流れの良いテンポ感で、内圧の低いフレッシュな響き。低音部が強調されず、アウフタクトにも重みがないので、北ドイツ風の重厚な厳めしさが出ないのが特徴です。旋律の優美なラインを全面に出した、古典的な造形。ルバートやヴィブラートは控えめ、鋭いアタックと柔らかいタッチを明瞭に使い分けますが、いわゆるピリオド・スタイルではありません。演奏全体がやや小型で、前時代的なスケール感を求める人には評価の分かれる所。

 第1楽章は前進力が強く、スムーズに流れる表現。しなやかな合奏は特筆に値しますが、細部を疎かにして通り過ぎる訳ではなく、むしろ精緻に仕上げられています。リズムも鋭利に処理される一方、そこに重みを加えず、軽快さを前面に出すのが非ドイツ風。旋律線だけを浮かび上がらせる事がないのは、モダンな感覚と言えるでしょう。表情は豊かですが、情緒的にはやや淡白。展開部は金管のバランスと音色が絶妙で、自然な高揚感にも聴き応えがあります。

 第2楽章は、色彩が明朗で和声の構築がデリケート。やはり速めのテンポでさらさらと流れますが、濃淡やニュアンスは豊富です。第3楽章も明るい色合いで、さりげなく一筆書きにしたような演奏。深い味わいは求められないものの、親しみやすい性格と言えます。第4楽章はきびきびとした調子で高揚感もあり、コーダのダイナミックな力感や輝かしいブラスの吹奏も迫力があります。

“柔和な筆致を貫きつつ、流動性の強いアゴーギクで熱っぽさを表出”

クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2013年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音より。当コンビはポリーニと両ピアノ協奏曲、バティアシュヴィリとヴァイオリン協奏曲も録音しています。《悲劇的序曲》と《大学祝典序曲》が一緒に収録されていますが、これら序曲が熱気溢れる凄い名演なのに対し、交響曲はそれほどでもないという、どうもアンバランスな全集です。

 第1楽章は提示部をリピート。流動性の強いテンポで、かなり加速する箇所もありますが、勢いと推進力は常に溢れます。概して柔和な筆致を貫くティーレマンの棒とオケの艶美な響きは、この曲の場合プラスに作用しているのと、第1番の時と違って引き締まった造形性や熱っぽい覇気があるのが美点。新鮮な発見こそないものの、パフォーマンスの充実度で聴かせます。表情は非常に細かく雄弁で、随所に生まれるしなやかなうねりも聴き所。

 第2楽章は、柔らかくも分厚いこのオケの魅力的な音色が全開。ほとんどそれだけで聴かせるくらいの演奏ですが、指揮者も丁寧に合奏を構築しています。第3楽章もまったく中庸の解釈ながら、まろやかな美しさで一貫した演奏。第4楽章は速めのテンポで一気に筆圧が高くなりますが、アインザッツは怪しい所があり、裏拍のリズムなどは流れてしまったりもします。しかしライヴらしい白熱があり、コーダで一気に加速するのもエキサイティング。

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