ムソルグスキー/交響詩《はげ山の一夜》

概観

 ラヴェル編曲の《展覧会の絵》と共に人気の作品。こちらもリムスキー=コルサコフが編曲した版で広く知られていますが、こちらはもともと管弦楽曲で、ピアノ曲でも未完成スコアでもありません。こうなるとムソルグスキーの代表曲は全て他人のオーケストレーションで広まった事になりますが、歌劇《ボリス・ゴドゥノフ》だけは、かつて主流だったR・コルサコフ版よりオリジナル版が復権しつつあって良かったです。

 いずれもムソルグスキーに惚れ込んだアバドの尽力でオリジナルの普及が進みましたが、この曲も原典版は手稿が4種類あり、一筋縄では行きません。最初の2稿は消失、1866〜67年の第3稿がアバドが広めた原典版、それを元に合唱や独唱を加え、グリシコという名の農民の少年が魔女や魔術、チェルノボーグ(ロシア民話の悪魔)を夢見る間奏曲にしたのが1880年の第4稿。アバドはこのヴァージョンも録音しています。

 原典版は、R・コルサコフ版と較べるとやや一本調子の感もありますが、オーケストレーションはきっちり仕上げている上、独特の野趣や味わいもあり。確かに《ボリス・ゴドゥノフ》の作曲家の筆だと、よく分かります。後半における第2主題の展開は、思わぬ優美なタッチや格調高い趣など、むしろR・コルサコフ版にはない美点もあり。アバドは《ボリス・ゴドゥノフ》も原典版で録音する一方、R・コルサコフの楽曲は一切取り上げておらず、両者の芸術性に明確な差を感じていた様子です。

 R・コルサコフ版ではC・デイヴィス盤、マータ盤、フェドセーエフ盤、V・ユロフスキ盤がものすごい名演。他にもプレートル盤、シルヴェストリ盤、マゼール/クリーヴランド盤、デュトワ盤、シノーポリ盤、ムーティ盤、サイモン盤、ナガノ盤、ドゥダメル盤などは個性的で聴き応えがあります。さらっと薄味に演奏してしまうと印象に残りにくい曲ですが、これらの演奏には作品本来の味をきっちりと伝える彫りの深さがあってお薦め。

 原典版は一家言あるアバドの両盤が、さすがの仕上がり。勢いと迫力ではロンドン盤、総合的なクオリティではベルリン盤でしょうか。軽快でシャープなユロフスキ盤、モダンでスマートなサロネン盤もユニークですが、ぜひR・コルサコフ版に繋がる合唱入りの第4稿(アバド盤がほぼ唯一)も聴いて欲しい所。

*紹介ディスク一覧

[原典版(第3稿)] 

80年 アバド/ロンドン交響楽団

93年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

97年 小泉和裕/東京都交響楽団

06年 サロネン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

11年 V・ユロフスキ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

[独唱、合唱と管弦楽のための原典版(第4稿)]

95年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

[リムスキー=コルサコフ編曲版]

58年 クリュイタンス/フィルハーモニア管弦楽団 

59年 マゼール/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

60年 ドラティ/ロンドン交響楽団

61年 プレートル/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

68年 シルヴェストリ/ボーンマス交響楽団

68年 小澤征爾/シカゴ交響楽団

73年 マルケヴィッチ/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

77年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

79年 C・デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

81年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

81年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

81年 マータ/ダラス交響楽団

85年 デュトワ/モントリオール交響楽団

86年 プレヴィン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

87年 サヴァリッシュ/バイエルン国立管弦楽団

89年 シノーポリ/ニューヨーク・フィルハーモニック

90年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

90年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

92年 サイモン/フィルハーモニア管弦楽団

00年 ゲルギエフ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

03年 西本智実/ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

06年 小泉和裕/九州交響楽団

08年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団

10年 V・ユロフスキ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

15年 ナガノ/モントリオール交響楽団

16年 ドゥダメル/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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[原典版(第3稿)]   

“原典版演奏のパイオニア、若きアバドによる凄まじい勢いに溢れた超名演”

クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1980年  レーベル:RCA)

 ムソルグスキーの珍しい小品を集めたアルバムに収録。アバドは後にベルリン・フィルとこの版で再録音している他、同じオケと合唱入りの第4稿も録音しています。若手人気指揮者だった彼の着眼点には驚かされましたが、多くの音楽ファンがこの演奏で初めて原典版の存在を認識したのではないでしょうか。

 まだ若い頃の勢いを残した時期で、自身も入れこんだ企画だけあって、猛烈な迫力に溢れた演奏。この熱気は再録音盤の比ではありません。音のエッジも切れもおそろしく鋭いので、ただ熱っぽいだけでなく、造形的にスタイリッシュにも感じられます。RCAはキングズウェイホールを収録に使っていて、同じオケを指揮していてもグラモフォンでの一連の録音にはない、目の覚めるような鮮烈な響きが圧巻。

 合奏も完璧に統率されていて、このオケの爽快感と重厚さを兼ね備えたサウンドがよく生かされています。細部まで精緻に彫琢されたアンサンブルは全く見事。弦の歌など、艶っぽさまであります。ベルリン・フィルの方がオケとして格上とはいえ、アバドでどれか一枚となると、当盤の優位性は圧倒的。

“高機能のオケを生かし、ライヴらしい高揚感も加えた再録音盤”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《展覧会の絵》と、R・コルサコフがオーケストレーションした合唱曲4曲をカップリングしたライヴ盤。当コンビは後に合唱入りの第4稿も録音している他、アバドには70年代にロンドン響と原典版の旧録音もあります。

 90年代ともなるとアバドはどこか達観して、しれっとした演奏をする事も多かったですが、さすがに自身が惚れ込んだムソルグスキーだけあって、生彩に富んだ熱っぽい表現。冒頭から勢いのあるテンポで疾走し、高機能の合奏力で圧倒します。色彩感も鮮やかで、こうやって優秀なオケで聴くと、ムソルグスキーのオーケストレーションもR・コルサコフに劣るものではない事がよく分かります。

 途中で細かくテンポを変動させますが、シフト・チェンジが見事でスコアは完全に把握されている印象。デュナーミクも非常に細かく描写されていて、語り口がすこぶる雄弁です。ライヴらしく内的高揚感も十分ですが、最後は意外に煽らず、あっさり終了するのもアバドらしい所。量感のある響きはパワフルで、磨き上げられたリッチな音色も魅力的。

“遅めのテンポで端正ながら、ムソルグスキーらしい土臭さも盛り込んで語り口雄弁”

小泉和裕指揮 東京都交響楽団

(録音:1997年  レーベル:フォンテック)

 東京芸術劇場「作曲家の肖像」シリーズのライヴ録音。会場では同時にR・コルサコフ版も演奏されたそうですが、当盤には収録されず、06年録音のR・シュトラウス《家庭交響曲》とカップリングされています。CDの収録時間にはまだ余裕があるので、両方入れれば良かったのに残念(九響とのセッション録音あり)。高音がハスキーながら音域が広く、残響も自然に取り入れた録音。バスドラムなど低音域も力強いです。

 遅めのテンポで、ムソルグスキーらしい重厚さや土臭さが前面に出て、《ボリス・ゴドゥノフ》の世界を引き継いだ雰囲気。低音がダイナミックに効いた音作りもその印象を強めますが、そんな中でもタンバリンやトライアングルの響き、ピッコロの叫びが効果的に生かされているのは見事です。細部も生き生きとしていて、語り口が雄弁。

 珍しい作品ながらスコアはきっちり掌握しており、イン・テンポ気味の端正な造形の中にも、豊富なニュアンスと鋭敏なレスポンスを盛り込むのがこの指揮者らしいです。後半部の加速も巧み。オケも一体感の強い合奏で、多彩なオーケストレーションを見事に音にしていて優秀です。

“猛烈なスピードで、スマートかつ軽妙洒脱に疾走する”

エサ=ペッカ・サロネン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:2006年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ストラヴィンスキーの《春の祭典》、バルトークの《中国の不思議な役人》組曲とカップリングされたライヴ盤。細部まで鮮明でタッチも柔らかい録音ですが、バスドラムの低音が過剰で、再生には注意が必要。

 猛烈に速いテンポを採り、超絶技巧的なアンサンブルで聴かせる演奏。響きが可憐なまでに洗練され、スマートに造形されているのはこのコンビの演奏の特徴で、原典版の土俗性よりも、むしろR・コルサコフ版に近いポップで華麗な色彩感までも表出されるのが面白い所。アゴーギクもデフォルメ気味で、極端な加速はどこかユーモラスだし、短いフレーズの洒脱な節回しや、現代音楽のような斬新な音響センスも耳を惹きます。

 発音にソフトな感触があるのは演奏もそうで、歯切れの良いスタッカートが全体に溌剌とした生気を与えていて、よく弾むリズムも効果的。パンチの効いた力感も充分ですが、どちらかというと滑らかな曲線が耳に残るパフォーマンスです。肩の力が抜けている一方、軽妙さや敏捷さが際立ち、随所に押しの強さが漲るアバド盤とは、まるで対極にある態度です。ただ、スコアを完全に掌握した雄弁な指揮ぶりは見事。

“スピーディなハイテンションの中、高解像度の精緻な描写を徹底”

ウラディーミル・ユロフスキ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2011年  レーベル:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルから出ている、《ウラディーミル・ユロフスキ/10年の軌跡》という7枚組ボックス・セットに収録のライヴ音源。よくある名曲集ではなく、ヤナーチェクの珍しいカンタータやエネスコの交響曲、グリンカの作品群、デュカスの《ラ・ペリ》、シマノフスキ、ツェムリンスキーからカンチェリ、デニソフ、リゲティまで、マニアックな選曲で瞠目すべきセットです。同曲も、両ヴァージョンを収録しているのがユニーク。

 ユロフスキは、ロシアの伝統を背負ったような濃密な演奏をする事もありますが、ロンドン・フィルとの録音ではそれがあまり出ない印象。当盤も肩の力が抜けた軽妙な表現で、スピーディなテンポで精緻かつシャープなパフォーマンスを繰り広げています。アバド盤や小泉盤のような、点より面で押してくるような重さはほとんど無し。作曲家の体臭が濃厚なオリジナル版でこの表現が採れるのは、スキルの点で一級と言えます。

 オケも優秀ですが、このテンションで細部の解像度をキープしているのは見事。ライヴ録音ながら、勢いで流さずディティールを完全照射しいるのは凄いです。それでいて、スリリングな疾走感や色彩豊かな音響も魅力的。集中力が非常に高く、敏感なアーティキュレーションや歯切れの良いリズム処理も効果的です。細かくテンポを調整し、随所で緊張度を上げているのはさすが。

[独唱、合唱と管弦楽のための原典版(第4稿)]

“合唱が全面的に入る、オペラにように壮大な第4稿。演奏も熱っぽく凄絶”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 ベルリン放送合唱団、シュドティローラー児童合唱団

 アナトリー・コチェルガ(Br)

(録音:1995年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 歌劇《ホヴァンシチナ》から前奏曲とアリア2曲、流刑の場面とペルシャの奴隷の踊り、歌劇《ムラダ》の凱旋行進曲、古典様式による交響的間奏曲、スケルツォをカップリング。原典版(第3稿)を二度も録音しているアバドですが、この第4稿はそもそも録音自体が少なく貴重です。

 最初から全面的に合唱が入る、まるでオペラのような壮大な曲想。途中で原典版以上に現行版に近づく箇所もあり、R・コルサコフがこの第4稿もアレンジに取込んだ形跡が窺えます。第3稿には無い、夜明けの場面と続く木管ソロなどは、R・コルサコフ独自の創作ではなかった事が分かるのも、この版の意義。

 バリトン・ソロの箇所以降は全く聴いた事のない音楽で、ほとんどオペラの感じになってきます。ただ、これがオペラの一場面だとすると、《ボリス》や《ホヴァンシチナ》よりもずっと魅力的な音楽で、そう聴くとこのヴァージョンも何かの折にもっと演奏されるべきものだと痛感します。

 演奏はさすがに熱っぽく、技術的にもまったく見事。ヴィルトオーゾ風の速弾きや細かい音符も多いスコアですが、さすがにベルリン・フィルは圧倒的な合奏力で対応しています。合唱が大々的に入るせいか、管弦楽の色彩感では原典版に一歩劣るスコアですが、その分、雄大なスケールと一体感は増している印象。最後のクライマックスなど凄絶な音響で、オケとコーラスの底力を見せつけます。

[リムスキー=コルサコフ編曲版]

“巨匠風のアゴーギクに、鮮やかな色彩感と洒脱なセンス”

アンドレ・クリュイタンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:EMIクラシックス)

 ボロディンの《中央アジアの草原にて》、R・コルサコフの《スペイン奇想曲》とカップリング。この顔合わせの録音はあまりなく、他には《幻想交響曲》とラヴェルの《ラ・ヴァルス》くらい。鮮明な音質で、金管が入るトゥッティは抜けが良いものの、やや混濁は免れない印象です。

 速めのテンポながら、微妙に変動するアゴーギクがいかにも前世代の巨匠風。色彩感が鮮やかでスケールも大きく、わずかに重厚な響きのおかげで聴き応えがあります。この指揮者の別の一面を見るような迫力ですが、威圧感はなく颯爽としていて、響きのセンスも抜群。トランペットのファンファーレなど、軽快なリズムに洒脱なセンスも漂わせます。アーティキュレーションの描き分けも見事で、フレージングが丁寧。オケの統率力も一級と言えるでしょう。

“速いテンポでスマートな表現を目指すも、合奏には粗雑さが目立つ印象”

ロリン・マゼール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 R・コルサコフのスペイン奇想曲、レスピーギの《ローマの松》とカップリングした、よく分からないテーマのオムニバスから。音楽で世界をめぐる的なコンセプトなのでしょうか。鮮明なステレオ録音ですが、低域が浅く、軽い音に聴こえるサウンド。残響もあまり取り入れておらず、オン気味のややドライな音です。

 若い頃のマゼールらしい、急速なテンポでシャープに造形した演奏。ただアグレッシヴな刺々しさやデフォルメはなく、軽妙なタッチでスマートさを目指す点では、後のクリーヴランド盤と共通する解釈です。オケは当時としては優秀だったのでしょうが、細かいアインザッツの乱れや音の掠れなどアラが目立ち、このテンポで演奏するにはあと一歩、精度の高さと響きの洗練を求めたい所。

“スロー・テンポながら、シャープかつ克明。変化に富んだ語り口もユニーク”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1960年  レーベル:マーキュリー)

 オリジナル・カップリング不明。スロー・テンポでリズムを克明に刻む表現で、落ち着いた雰囲気ながらシャープな造形。和声感が豊かで、旋律線の情緒がよく出ているのは面白いですが、意外に描写的な所がなく、純音楽的なアプローチに聴こえます。

 ただ、テンポを細かく動かして設定しているのと、音色とフレージングの多様さはドラティらしい所。一本調子の演奏になりやすい曲を、変化に富んだ語り口で面白く聴かせます。夜明けの場面も、恣意的なアゴーギクを用いてユニークな表情。

“シャープに造形しつつ、演出巧者な棒さばきで聴き所満載”

ジョルジュ・プレートル指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:EMIクラシックス)

 《中央アジアの草原にて》、R・コルサコフの《スペイン奇想曲》を組み合わせたロシア管弦楽曲集から。プレートルとロイヤル・フィルとの共演盤は珍しいです。直接音が鮮明で、音域とダイナミック・レンジの広さも確保した優秀な録音。

 速めのテンポを採択し、鋭敏なリズム感を駆使してシャープな造形。合奏の統率力に優れ、熱気も確保した棒さばきはさすがです。全休止の後、弱音からクレッシェンドする箇所は加速の仕方が絶妙。アゴーギクの巧みさが光ります。中間部もスピーディに推移しながら絶妙にテンポを煽るなど、演出巧者な語り口が随所で効果を発揮。夜明けの場面も引き締まったテンポを維持していますが、鮮やかな色彩を用いて、清澄な叙情性を表現する辺りは見事です。

“猛スピードかつ鮮やかな描写力、演出の巧みさが圧巻”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 ボーンマス交響楽団

(録音:1968年  レーベル:EMIクラシックス)

 個性派シルヴェストリによる、ロシア小品集の中の音源。猛スピードによる開始から、早くもリスナーを圧倒する表現です。バス・ドラムの低音をほぼカットしているようで、軽快な足取りが特徴的。持ち前のリズム感の良さと統率力を生かして、スリリングな合奏を展開しています。

 各主題は鮮やかに提示され、色彩感も豊かで、正に一点の曇りもない表現。ただしイン・テンポではなく、アゴーギクは場面ごとに細かく設定しています。夜明けの場面は、弱音の使い方と叙情性の表出の巧みさ、木管ソロのニュアンス多彩な歌い回しは、さすが才人シルヴェストリ。

“若々しくスマートな表現ながら、薄味で単調なのが難点”

小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1968年  レーベル:RCA)

 チャイコフスキー/第5番のカップリングですが、録音自体はストラヴィンスキーの《春の祭典》《花火》と同じセッションで行われたもの。当コンビのムソルグスキーは、同時期にメディナ・テンプルで録音された《展覧会の絵》もあります。当盤はオーケストラ・ホールでの収録で、残響がややデッドなのが残念。

 小澤の棒はスピーディなテンポで勢いを重視していて、ロシア的な味わいや凄味はほとんどありません。オケの優秀な機能を生かした、若々しくスタイリッシュなパフォーマンス。きびきびとした語調やリズムの鋭さはメリットである一方、緩急はさほど大きくないし、情緒的にもドライで、やや単調に聴こえるきらいがあるのは否めません。中間部もテンポを落とさず、主部全体をイン・テンポ気味に通しているので、造形的にもメリハリが不足する印象。

“猛スピードながら濃密な表情を付ける一方、オケの音色は素朴”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:ドイツ・シャルプラッテン)

 《展覧会の絵》とカップリング。珍しい顔合わせながら、彼の代表的名盤として高い評価を受けているディスクです。東独シャルプラッテン・レーベルへのマルケヴィッチの登場も稀少。

 急速なテンポと素朴なサウンドが好対照を成す、ユニークな演奏で、イン・テンポではなく、曲調に合わせてアゴーギクを調整しているのはマルケヴィッチらしい所。スタッカートとレガートの使い分けに独特のイントネーションが聴かれ、スコアにないデュナーミクの演出も個性的。

 オケはリズム感がシャープで、技術的にも優秀ですが、レーベルの録音コンセプトのせいか高音域に抜け感がなく、少しこもった音に聴こえます。ただ音色にアナログ的な暖かみがあり、それがLPレコード風の味わいにもなっているのは面白い所。一部、テンポが速すぎて合奏が乱れる箇所はあります。

“あらゆるコントラストを弱めに設定した、どこまでも淡白な表現”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1977年  レーベル:グラモフォン)

 スペイン奇想曲、ロシアの復活祭、ダッタン人の踊りとカップリングしたロシア名曲集から。残響が長く、聴きやすい音質ですが、バレンボイムの棒はダイナミック・レンジがあまり大きくなく、テンポの落差や煽りもないので、どことなく淡々として聴こえます。

 機能的で美しく、荒々しい野性味や濃厚な情感はありませんが、オケの優秀な技術を生かした完成度の高い演奏。オケのパワーを解放しすぎない、むしろ淡白な表現です。ただこの曲は、何かしらの個性が出てこないと面白くないタイプの作品かも。

“天才的なデイヴィスの棒と、圧倒的魅力を放つオケの響きに仰天。同曲屈指の名盤”

コリン・デイヴィス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:フィリップス)

 《展覧会の絵》とカップリング。当コンビの録音は実はさほど多い訳ではなく、他にはストラヴィンスキーの3大バレエ、ベルリオーズの幻想交響曲、ドヴォルザークとハイドンのシンフォニーが数枚、後はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とドヴォルザークのチェロ協奏曲くらいです。

 テンポを遅めに採った骨太なアプローチは素晴らしく、落ち着いた足取りで細部を丹念に描写しながら、無類に歯切れの良いリズムを縦横無尽に盛り込んで見事。勢いで聴かせてしまおうという多くの演奏とは、表現のベクトルも志も異なります。

 巧妙にアゴーギクを操作した語り口、多彩なニュアンス、指揮者とオケの凄さをまざまざと見せつける有機的に充実し切った音響と、どこをとっても一級の聴き所。この曲でこれほど音楽的充実感を得られるディスクは、この先もう現れないかもしれません。ヤンソンスほどの指揮者でもこのサウンドを引き出せなかった事を思えば、やはりサー・コリンは天才だったと痛感します。

“ロシア管弦楽の凄みを示す、民族情緒と骨太な迫力に溢れた名演”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1981年  レーベル:ビクター)

 日本ビクターと旧ソ連メロディアによる共同製作で、ボロディンの《だったん人の行進》、《中央アジアの草原にて》、イッポリトフ=イワーノフの組曲《コーカサスの風景》をカップリングしたロシア管弦楽集第1集に収録。

 最新のデジタル機材でロシア管弦楽の凄さを伝えたこのシリーズは、録音にも演奏にも多大なインパクトがありました。ラストの《酋長の行列》なんて、昨今ほとんど演奏されない上、恐ろしくスリリングな名演なので、このアルバム自体も要注目です。

 個人的にはトップに指を折りたい名演で、地を這うようなスロー・テンポは作品の本質を衝いています。地獄の底から現れたようなトロンボーンとテューバの、凄味を帯びた主題提示はインパクト絶大。細部が語り掛けてくるように雄弁で、実に彫りの深いパフォーマンスです。ロシア情緒も豊かで、ぐっとテンポを落とした濃密な中間部が、激しく打ち鳴らされるシンバルと大太鼓の重低音で頂点を迎える辺り、思わずたじろぐほどの迫力。こんな演奏、他では聴けません。

“都会的に洒落たセンスで歌い回す、独自のユニークなスタイル”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:テラーク)

 《展覧会の絵》とカップリング。マゼールは過去にベルリン・フィルと同曲を録音しています。このコンビらしい、機能主義的な快演で、テンポが速く、バスドラムを抑えてすこぶる軽快なフットワーク。洗練されたシャープな造形ですが、響きがリッチで角が立たず、まろやかな肌触りもあります。スタッカートの切れが無類で、フレージングのセンスもユニーク。リズムに弾みを付けて洒落っぽく歌い回す管楽器など、独特の表現です。

 威圧感や土俗的な迫力はまるでなく、最後まで肩の力が抜けているのが持ち味。弱音部でも音が痩せず、美しい響きを維持しているのはさすがクリーヴランド管です。夜明けの場面では、クラリネット、フルートのソロが音色も歌い口も素晴らしく、全編を通じての最大の聴き所。

“遅めのテンポであらゆる音を豊麗に鳴らす、演出巧者で天才的なマータの棒”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1981年  レーベル:RCA)

 チャイコフスキーの《イタリア奇想曲》、デュカスの《魔法使いの弟子》、エネスコの《ルーマニア狂詩曲》第1番とカップリングされた、意図不明のオムニバス・アルバムから。あまり知られていない演奏ですが、個人的にはフェドセーエフ盤と合わせ、競合盤の中でもトップクラスに挙げたい名演です。

 オーソドックスな造形ながら、驚くほど説得力の強い表現。あらゆる音を豊麗に響かせ、遅めのテンポで克明にスコアを彫琢してゆくアプローチは、基本に立ち返って作品の魅力を新鮮に掘り起こす趣です。木管の第2主題でテンポを落とし、旋律本来が持つリズムの律動をきっちり打ち出すのはマータらしいし、その後にテンポを上げ、要所要所で音量を加えるなど、アゴーギク、デュナーミクも唸らされるほどに見事。

 リズム感の良さと鋭敏さも卓抜ですが、豊かな残響と直接音がミックスされた録音が素晴らしく、刺々しくなる一歩手前でシャープな演奏を柔らかく包み込んでくれます。それにしても最初から最後まで実に演出巧者な語り口で、マータの指揮は正に天才的と言う他ありません。オケも合奏、音色ともに好演。

“繊細なタッチで工夫の限りを尽くす、聴き所の多い名演”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1985年  レーベル:デッカ)

 《はげ山の一夜》、《ホヴァンシチナ》前奏曲、リムスキー=コルサコフの《ロシアの復活祭》とカップリング。アンセルメのレパートリーを意識的に踏襲してゆくような、いかにもデュトワらしい録音です。

 演奏は実に繊細。冒頭の弦を最弱音で開始した上に細かくダイナミクスを付け、主題提示を支える弦をスタッカートで鋭利に刈り込むなど、最初の数秒で早くも工夫の限りを尽くします。続く金管の実に豊麗で輝かしい響き、ティンパニのダイナミックな打ち込み、柔かくも華麗な色彩感など、この曲としては異例とも言える聴き所の多さに圧倒されます。淡白で面白くない演奏も多いこのコンビですが、曲との相性がうまくはまった時は本当に無敵。

“覇気がなく、細部が大味。良く言えば上品だが、コンセプトの緩さは問題”

アンドレ・プレヴィン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1986年  レーベル:フィリップス)

 グリンカの《ルスランとリュドミラ》序曲、チャイコフスキーの《ロメオとジュリエット》、スメタナの《モルダウ》をカップリングした管弦楽曲集。スメタナだけロシアではありませんが、スラヴ系という事で緩く括っているのでしょう。

 描写音楽的な側面もある曲なので、プレヴィンならそつなくこなすかと思いましたが、どうも覇気に乏しく、細部の処理が大味。良く言えばソフィスティケイトされたタッチで、オケの響きも洗練されて美しいですが、メリハリをほとんど付けないので平坦に聴こえてしまいます。

 リズムはシャープで、オケも力強く、部分部分で聴けば悪い演奏ではありません。ただ、明確なグランドデザインを示せず、コンセプトに緩さを感じさせてしまうのは指揮者の責任でしょう。最後の山場で、烈しく同音連打を繰り返すトランペットの強調は迫力満点で、ここだけはユニークな解釈。夜明けの場面は、オケの明るく柔らかい音色が吉と出ています。

“シャープな筆致ながら、やや生真面目で純音楽的。オケの音色もハスキー”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:EMIクラシックス)

 2枚発売された「オーケストラ・フェイヴァリッツ」というオムニバスの第1集から。第2集はイタリア、フランス物が中心ですが、当盤はサヴァリッシュには珍しくロシアの管弦楽曲集です。他の収録曲はグリンカの《ルスランとリュドミラ》序曲、ボロディンの《中央アジアの草原にて》、カバレフスキーの組曲《道化師》、プロコフィエフの《3つのオレンジへの恋》から2曲、リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲。

 シャープな筆致で几帳面に描かれた演奏で、描写性よりも純音楽的な趣が勝るのは、オペラ指揮者より、職人的なシンフォニー指揮者の側面が出た感じでしょうか。合奏は生き生きとしてダイナミックで、スリリングな加速やブレーキの効果などアゴーギクの操作もあります。表情も豊かで、音価の扱いに独自の解釈もありますが、音色がややハスキーで垢抜けないのは、サヴァリッシュ時代までのこのオケの残念な所。

“ものものしくてアグレッシヴ、シノーポリらしいストーリー重視のユニークな解釈”

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1989年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《展覧会の絵》と、ラヴェルの《高雅で感傷的なワルツ》をカップリング。この顔合わせの録音はあまり多くないですが、他にR・シュトラウスの《ツァラ》《死と変容》、レスピーギのローマ三部作、ワーグナーの序曲集、スクリャービンの第3、4番、サン=サーンス&パガニーニのヴァイオリン協奏曲集(ソロはシャハム)があります。

 速めのテンポでテンションが高く、何やらものものしい表情を見せるユニークな演奏。特に冒頭部分で、細かい音符をきっちり描写せず、勢いで駆け抜ける感じはいかにもシノーポリです。木管の副次的なテーマには細かくニュアンスを付与し、どこまでも濃い口。シャープなエッジを際立たせた金管や、パンチの効いた打楽器のアクセントも、音楽のワイルドさを表現します。

 スマートな響きでスタイリッシュに仕上げる演奏も多い中、スコアに内在するデモーニッシュな要素をアグレッシヴな棒でえぐり出す辺りは、ストーリー重視のシノーポリならでは。もう少し合奏が精密であればとも思いますが、それも含めて演出なのかもしれません。夜明けの場面のスロー・テンポと、妙に濃厚な木管ソロの表情もユニーク。恐怖の一夜を経験して、安堵の吐息もまだ震えているという解釈でしょうか。

“スピーディでエネルギッシュ。とにかく上手いオケが最大の聴き所”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:フィリップス)

 《展覧会の絵》再録音盤にカップリング収録。オケの音色が明朗かつ華やかで、黄金期のフィラデルフィア・サウンドを彷彿させるゴージャス感が満開です。ブラスも打楽器も切り込みが鋭く、押し出しが強い一方、豊麗なホール・トーンがそれらを包み込んでいるために、全体が柔らかく、リッチに聴こえるのがフィリップス・レーベルの美点。

 速めのほぼイン・テンポで突き進み、オケの名技性も大いに生かしますが、語り口が雄弁で、エネルギッシュな中にもドラマ性や、豊かな和声感と鮮やかな色彩を表出するのはムーティらしい所です。リズム感も卓抜で、オケがとにかく上手い。夜明けの場面も、弦の経過的なパッセージをこれだけ雄弁に歌わせられる指揮者、オケは稀と言えます。木管ソロにも、思わず耳を惹く魅力あり。

“落ち着いたテンポでシンフォニック。勢いに頼らず、ディティールを丹念に描写”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:EMIクラシックス)

 テンシュテットのEMI音源を集めたボックス・セット収録で、オリジナルのカップリングは不明。アビーロード・スタジオでの収録で残響豊富、ブラスの距離感が遠目で、直接的な刺激は弱いですが、落ち着いたテンポ設定で底力があります。

 全体に格調が高く、シンフォニックな造形。音色の変化に敏感で、ディティールが多彩な一方、勢いで押さず、入念に描写しています。情感も豊かで、アゴーギク、デュナーミクを細かく操作。クライマックスでは、最後にものすごいクレッシェンドを聴かせます。

“シャープかつ峻烈にメリハリを付けた、痛快極まるパフォーマンス”

ジェフリー・サイモン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:CALA)

 サイモンの自主レーベルから出ている稀少曲シリーズの1枚。カップリングは、《ゴパック》(リャードフ編曲)、《クリミアの絵》(ウォルター・ゴール編曲、世界初録音)、《ホヴァンチシナ》から2曲(リムスキー=コルサコフ、ストコフスキー編曲)、《スケルツォ》(リムスキー=コルサコフ編曲)、《涙》(ハンス・キンドラー編曲)、《展覧会の絵》(ローレンス・レオナード編曲のピアノ協奏曲版、世界初録音)。

 速めのテンポで峻烈なメリハリを付けた痛快な演奏。金管による主題提示が豊麗なトーンで聴き手を圧倒しますが、随所で合奏を引き締めるティンパニの激烈なアクセントも効果的です。各部は表情豊かで、アーティキュレーションもよく練られていますが、夜明けの場面は少々薄味。

 サイモンの演奏は決して細部が明晰だったり、音彩がカラフルだったりする訳ではないのですが、シャンドス特有の残響豊富な録音を生かし、大抵の曲ならシャープな音像と爽快なサウンドで気持ちよく聴かせてしまう所が凄いです。アゴーギクは巧みで、ごく自然に音楽が推移しているし、盛り上げ方も上手。鋭利なリズム処理にも迫力があります。

“オーソドックスな造形に濃密なニュアンス。仕上げの粗さが目立つライヴ盤”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:2000年  レーベル:フィリップス)

 歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲や《展覧会の絵》、ゴパックを組み合わせた、ライヴ収録によるムソルグスキー作品集から。この顔合わせの数少ない録音ですが、強奏部に混濁と歪みがあって、音の状態は万全とは言えません。

 テンポは中庸で造形もオーソドックスですが、暖色系の音色と細部まで濃密に付けられた表情がゲルギエフ流。トランペットのファンファーレも鋭利に畳み掛けず、ゆったりと歌うように吹奏される所に凄味を感じます。中間部はぐっとテンポを落とし、叙情性を抽出して濃い味わい。後半はテンポを煽る一方、アインザッツにズレが多発。仕上げの粗さが目立ちます。夜明けの場面はスロー・テンポで、ルバートでねっとりと歌わせた弦や、木管ソロの即興的なフィーリングがユニーク。

“合奏が粗く、パワフルながら生彩に乏しい印象。録音も細部が不鮮明”

西本智実指揮 ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

(録音:2003年  レーベル:キングレコード)

 他にハチャトゥリアンの《ガイーヌ》から5曲、《仮面舞踏会》から1曲、ボロディンの《だったん人の踊り》、チャイコフスキーの《エフゲニー・オネーギン》〜ポロネーズ、《アンダンテ・カンタービレ》、ラヴェルの《ボレロ》、《亡き王女のためのパヴァーヌ》を収録した、主旨のよく分からない名曲オムニバスから。

 やや遠目の距離感で収録され、大太鼓やシンバルが炸裂する背景で、ぼんやりオケが聴こえるというサウンド・イメージ。細部が聴き取りにくいですが、テンポや響きのバランスは正攻法のようです。柔らかく豊麗な響きはロシアの管弦楽らしい一方、合奏はやや粗い印象。歯切れの良いリズムは随所で効果を挙げています。録音のせいもありますが、パワフルだけど色彩感や表情に乏しい演奏。

“充実した響きで表情豊かに聴かせる純音楽的な演奏。会場の音響と録音は問題”

小泉和裕指揮 九州交響楽団

(録音:2006年  レーベル:フォンテック)

 他にグリンカの《ルスランとリュドミラ》、グラズノフの《四季》から2曲、ボロディンの《中央アジアの草原にて》、ラフマニノフの《ヴォカリーズ》、リャードフの《バーバ・ヤガー》、ハチャトゥリアンの《ガイーヌ》から4曲、チャイコフスキーの《1812年》を収録した、ロシア管弦楽曲集から。ちなみに小泉は、東京都響と原典版もライヴ録音しています。

 当盤はライヴではなくセッション録音で、ホールの音響特性ゆえか響きが浅いのが残念。オケのサウンド自体も薄手の印象ですが、バスドラムの低音はキャッチしています。テンポは中庸ですが底力があり、充実した響きで聴かせる純音楽的な演奏。金管の吹奏など美しい上に迫力もあり、刺々しくならない柔らかなタッチも上品です。

 この指揮者はフレージングの扱いがとにかく巧みで、常に説得力の強い、適切な表情と語り口を維持できるのが非凡な才能。特異なスコア解釈や凄味こそないものの、純粋に音楽の美しさを抽出している点で、若い頃の小澤盤を越えているとも言えるでしょう。各部の表情が豊かで、味付けもしっかりしています。

“表面的には落ち着いているが、細部に次々とアイデアを仕掛けるパーヴォ”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2008年  レーベル:テラーク)

 《展覧会の絵》《ホヴァンシチナ》前奏曲とカップリング。このコンビらしい、抑制の効いたシャープな表現で、鋭敏なリズムとリッチな響き、力で押さない軽快さ、小回りのきくアンサンブルで、モダンに造形しています。

 表面的には落ち着いて聴こえるのが特徴ですが、音色は磨き抜かれ、強弱とアゴーギクはかなり細かく設定している印象。普通はしない所で音量を落とし、そこからクレッシェンドをかけたり、急ブレーキの一方で思い切りテンポを煽ったり、語り口が雄弁で一本調子に陥りません。最弱音の中、スロー・テンポでデリケートに描写される夜明けの場面も出色。

“他の指揮者たちは惰眠を貪っているのではと思わせる、独創的で凄絶な演奏”

ウラディーミル・ユロフスキ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2010年  レーベル:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルから出ている、《ウラディーミル・ユロフスキ/10年の軌跡》という7枚組ボックス・セットに収録のライヴ音源。前述の通り、同曲の両ヴァージョンを収録しています。

 冒頭は猛烈なスピードで、その迫り来るような迫力に驚きますが、楽想ごとに細かくテンポ設定を変えていて、すぐに速度は落ちます(またすぐ上がりますが)。強靭な集中力と研ぎ澄まされたセンスで、指揮者がオケを完全統率する様は圧巻。オーラやカリスマ性すら感じます。オケの一体感も尋常ではなく、急加速やクレッシェンド、突然のブレーキに両者一体となって対応する様は、その凄みに思わずたじろぐほど。

 一瞬たりとも聴き逃せないような、独特の張りつめた緊張感が充溢しますが、スコアの解釈自体も実にユニーク。これを聴くと、同曲の解釈は数十年に渡って大した刷新がなされておらず、他の指揮者たちは惰眠を貪っていたのではないかとさえ思えます。

“随所に力強いパンチを加えながらも、粘っこく、地を這うような表現がユニーク”

ケント・ナガノ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:2015年  レーベル:デッカ)

 《死の舞踏》と題されたコンセプト・アルバムから。カップリングはサン=サーンスの表題曲の他、デュカスの《魔法使いの弟子》、ドヴォルザークの《真昼の魔女》、バラキレフの《タマラ》、アイヴスの《ハロウィン》。当コンビのデッカ録音は珍しく、同時期にイベールとオネゲル共作のオペラ《鷲の子》があるだけです。ちなみにナガノのムソルグスキーは、バイエルン国立歌劇場での《ボリス・ゴドゥノフ》《ホヴァンシチナ》の映像ソフトがある他、前者にはエーテボリ響との録音もあります。

 デッカの録音だからという訳ではありませんが(ホールも違いますし)、デュトワ時代を彷彿させる響きで、柔らかさと腰の強いパンチを兼ね備えた豊麗なサウンドが魅力的。テンポは中庸で、疾走感よりも落ち着きを感じさせる一方、ソステヌートのフレージングや粘性を帯びたクレッシェンドの多用がユニークな表情を付与しています。

 ナガノならもっと淡白に演奏するかと思いましたが、鋭利なエッジを抑制し、地を這うような粘っこい歌い回しを繰り返す所は個性的。トゥッティがややこもった響きなのは気になりますが、金管の強奏や打楽器の強打などダイナミックで、意外にも骨太な力感を示します。フォルティッシモも有機的に鳴り響き、凄味を帯びた迫力に圧倒されます。夜明けの場面の滑らかな音色と、清澄な叙情の表出はナガノの得意とする所。

“若々しくスマートながら、尖鋭なリズム処理が強靭な動力を生み出す”

グスターヴォ・ドゥダメル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《展覧会の絵》とチャイコフスキーのバレエ《白鳥の湖》〜ワルツをカップリング。セッション録音ですが、バスドラムの低域が浅く、重心の高いサウンドになっているのはどうしてなのか気になる所です。当コンビの録音は先にメンデルスゾーンの交響曲第3番が先に出ていますが、なぜかアナログ盤のみの発売でした。

 速めのテンポと、絶妙なフットワークで軽やかに開始。くすんだ音色や野趣も感じられた《展覧会の絵》とは対照的に、若々しくスマートなスタイルです。弦の刻みなど、ディティールの尖鋭なリズム処理がそのまま動力になっている点は共通で、ザクザクと刻まれるリズムが憑かれたように音楽を推進させる様には、独特の迫力があります。

 場面転換も鮮やかで表情豊か、テンポを細かく変化させ、一本調子になる事がないのは指揮者の才能を示す好例。アッチェレランドの効果も絶妙で、オーケストラ・ドライヴの腕の確かさも披露しています。夜明けの場面が木管ソロの聴かせ所になり、決して淡々と流れていかないのはウィーン・フィル起用の利点。

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