サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調《オルガン》

概観

 サン=サーンスという作曲家は、私にはまだよく分からない存在で、好きな曲はたくさんあるけれど、どこか掴み所のない感じがあります。「これぞサン=サーンスだ!」という明確な特徴がないせいでしょうか。チェロ協奏曲、歌劇《サムソンとデリラ》、序奏とロンド・カプリチオーソなんかは濃厚な情緒のあるロマン派的な作風ですが、ヴァイオリン協奏曲第3番は逆に甘さや哀愁と無縁の清澄な音楽。《動物の謝肉祭》に至っては、印象的な曲が並んでいる割に、何がサン=サーンスなんだかよく分かりません。技術的に器用すぎるのかも。

 交響曲は番号なしも含めて五曲も書いていますが、有名なのはこの《オルガン》だけですね。パイプオルガンの効果ばかりが取り沙汰されますが、音楽そのものも変わっていて面白いと思います。演歌みたいなメロディが頻出したり、近代的なオーケストレーションや半音階的な和声が飛び出したり、奇抜な楽想が目白押し。ただこれが又、他のサン=サーンス作品のどれとも似ていない気がするので、私のサン=サーンス像はさらに混乱するばかりです。

 あまり新譜の出ない曲ですが、2010年以降はロト、ナガノ、パッパーノと復調の兆し。かつてはメータやバレンボイム、オーマンディ、バーンスタインと、人気指揮者がこぞって録音したレパートリーでした。その頂点に君臨したのが恐らくカラヤン盤で、これはパリのノートルダム教会のオルガンを別録りしてダビングした事でも話題を呼びましたね。

*紹介ディスク一覧

57年 パレー/デトロイト交響楽団   

59年 ミュンシュ/ボストン交響楽団   

64年 プレートル/パリ音楽院管弦楽団  

70年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック  

75年 マルティノン/フランス国立放送管弦楽団

75年 バレンボイム/シカゴ交響楽団  

76年 デ・ワールト/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

81年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団   

82年 デュトワ/モントリオール交響楽団

84年 デ・ワールト/サンフランシスコ交響楽団  

85年 小澤征爾/フランス国立管弦楽団 

86年 レヴァイン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

90年 プレートル/ウィーン交響楽団  

91年 ミュンフン/パリ・バスティーユ管弦楽団   

93年 サイモン/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

93年 マゼール/ピッツバーグ交響楽団

94年 マータ/ダラス交響楽団

95年 メータ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

10年 ロト/レ・シエクル   

14年 デュトワ/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 

14年 ナガノ/モントリオール交響楽団   

16年 パッパーノ/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団  

17年 山田和樹/スイス・ロマンド管弦楽団  

19年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団  

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“インティメイトなまとまりと柔らかな筆致で、ひたすらフランス色の濃い異色盤”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1957年  レーベル:マーキュリー)

 適度な残響音で、細部まで鮮明な音質ですが、アメリカのオケらしい派手なトーンや刺々しいエッジはなく、ソフトでまろやかでサウンド。音域は広く、ブラスの抜けも良いです。オルガンと打楽器を伴う強音部では、さすがに歪みと混濁あり。

 第1楽章は落ち着いたテンポ。合奏が丁寧で、オケの優秀さが伺われます。音圧を上げず、耳に優しい音響を維持し、デリケートな筆致を用いる辺り、他の演奏とは全くベクトルの異なる爽快なアプローチ。この作品がいかにもフランス音楽らしく響くのがむしろ斬新で、木管ソロや弦楽セクションの艶っぽい歌も魅力的です。アダージョ部はテンポを落としすぎず、適度な推進力でタイトに造形。旋律線は粘りませんが、その中に爽やかな叙情が横溢します。オケも美しい音色が卓抜。

 第2楽章は速めのテンポできびきびとした調子。細部まで合奏がよく統率され、スピード感もありますが、必要以上に尖った所がなく、音彩の美しさが重視されているのはさすが。オルガンもオケも威圧感がなく、大言壮語する事がありません。金管や打楽器など力強さは十分確保されていますが、スケール感よりもインティメイトなまとまりが強く、音楽の輪郭がよく分かる表現です。和声感がよく出て、フレーズの一部をアクセントで強調する工夫もあり。

“やや力みも目立つものの、高機能オケに支えられた原色の熱演”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1959年  レーベル:RCA)

 ミュンシュはこの12年前にニューヨークのオケと同曲を録音していますが、ボストン響ともステレオ録音もこれが唯一。抜けの良い鮮明な音ではありますが、演奏のスタイルもあってやや音が荒れます。歪みが目立たず、音域も広い点は時代を感じさせない優秀録音。オルガンはやや奥行き感があり、派手に鳴りすぎる録音が多い事を考えると、当盤はしっくり来るバランス感です。

 第1楽章はこのコンビらしい熱っぽい演奏で、常に前へ前へと突き動かされるような勢いがあります。ミュンシュの棒だとアインザッツを合わせるのが難しい曲かと思いますが、オケが優秀なのか、指揮者が職人気質を発揮したのか、70年代以降の各盤と比べても合奏はむしろ緊密なほう。非常に速いテンポで、そこにパッションを盛り込んでいる事を考えると、なかなか凄い演奏と言えます。

 アダージョ部はオケの良さも出て、チェロや木管をはじめ、まろやかな音色が魅力的。しかし管楽器のユニゾン辺りに独特の香気が漂うのは、ミュンシュならではといった所でしょうか。やや音圧は高いものの、弦の響きにも潤いと柔かさがあり、音自体はトゥッティで燃えている時よりも現代の耳にフィットします。管弦のバランスも繊細。

 第2楽章は平均的なテンポ設定。冒頭の動機に応答するティンパニを、鮮烈な打音で明確に叩かせているのは理想的な解釈と感じます(弱すぎるか不明瞭な演奏が多いです)。オン気味の録音もあって、各パートの発色はすこぶる鮮やか。原色に近い色彩感と言えそうです。

 やはり全パートに渡って細かい音符の多い音楽ですが、オケが克明に弾き分けて、高い合奏能力を発揮。フーガ風の箇所では華麗なサウンドも生きてきます。しかしオルガンの導入以降は力みが目立ち、凄絶ではあるものの、かなりうるさく感じる表現。むしろ弱音部の高弦などにふわっと漂う、清々しい抒情の方に耳を惹かれます。コーダ前後もカロリー過剰の傾向。

“卓越した棒さばきでシャープな合奏を展開。残響過多の録音には問題あり”

ジョルジュ・プレートル指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1964年  レーベル:EMIクラシックス)

 プレートルは後年ウィーン響と、同曲も含めた交響曲全集を録音しています。彼のサン=サーンス録音は他に《動物の謝肉祭》、歌劇《サムソンとデリラ》もあります。古い録音ながら、残響をたっぷり収録した広大な音空間のサウンド・イメージですが、細部の解像度がもどかしいのは残念。

 第1楽章は落ち着いたテンポで細部が克明、さすが基本スキルに秀でたプレートルだけあります。合奏力に問題のあるパリ音楽院管を振って、ここまでシャープにまとめるとは相当な実力者とみるべきでしょう。残響があまりに多く、音像が遠いもどかしさはありますが、ある意味では作品のイメージにマッチしているとも言えます。強弱の交替などニュアンスを詳細に付けていて、周到な配慮を窺わせる指揮ぶり。旋律線の流麗さも特筆ものです。

 アダージョ部はディティールが非常に分かり辛いですが、艶やかな響きがふわりと浮かび上がってくる清澄さはなかなかの聴き物。良く言えば、幻想的な世界に遊ぶ趣です。一生懸命耳を傾ければ、旋律線の表情も大変細かく描写している様子。

 第2楽章も遅めのテンポを採りますが、リズムの切り口が鋭利で、精度の高いアンサンブルを展開。色彩感が豊かで、表現の幅も広いです。アタックが強い事もありますが、全体に熱っぽく、テンションの高い演奏。オルガンは高音域に偏重した響きながら、かなりの音圧で鳴っていて壮絶。プレートルのテンポは終始遅めですが、歯切れの良いスタッカートも駆使して、それが独特の凄味を帯びてきます。

“エネルギッシュでテンションの高い、鮮烈極まるパフォーマンス”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1970年  レーベル:デッカ)

 メータのサン=サーンス録音は意外にたくさんあり、ベルリン・フィルとの同曲再録音の他、イスラエル・フィルとも同曲のライヴ盤、《動物の謝肉祭》、ヴァイオリン協奏曲第3番(ラクリン)、ピアノ協奏曲第2番(ブロンフマン)、ニューヨーク・フィル&パールマン、イスラエル・フィル&ヴェンゲーロフとの《序奏とロンド・カプリチオーソ》《ハバネラ》が出ています。

 第1楽章は冒頭から全てが明晰で、ピツィカート一つに至るまであらゆるフレーズが鮮やかに彩られるのがこのコンビらしい所。主部の合奏も緊密そのもので、細かい音符まで驚異的な明快さを徹底。正に細部が躍動し、語りかけてくるような雄弁な演奏です。エネルギッシュな熱量の高さや、音の立ち上がりのスピード感、若々しい勢いに加え、バス・トロンボーンやテューバがうなりを上げる独特の音響バランスは、メータ・サウンドの真骨頂。弱音部やアダージョ部の清澄な叙情も爽やかです。オケも明るく、艶やかな音彩で好演。

 第2楽章もきびきびとしたアンサンブルと疾走感のあるテンポで、活力に満ちた演奏を展開。発色の良さも鮮烈で、切れの良いリズムが痛快。オケがまたパワフルで、弦楽合奏の音圧の高さなど、ヴィルトオーゾ・オケのそれを想起させます。フランス音楽の繊細な味わいとは別の所で、音響的な快感を満たすに充分な表現。弦のオスティナート・リズムを強靭なアタックで押し進めるなど、テンションの高さを最後まで維持します。オルガンは壮麗に鳴らしすぎず、オケとブレンド。残響もさほど長くはなく、現場で同時に弾いているようです。

“細部のルーズ感にさえ目をつぶれば、本場物の説得力に脱帽の名演”

ジャン・マルティノン指揮 フランス国立放送管弦楽団

(録音:1975年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビには仏エラートの旧盤もありますが、こちらは交響曲全集として再録音。第1楽章アレグロ部の情熱的表現は早くも耳を惹きますが、演奏としては案外アバウトというか、アインザッツの乱れはかなりの部分そのまま放置されています。このようなルーズ感を許せるなら、オケの明るくて軽やかなラテン的サウンドを充分楽しめるでしょう。アダージョ部における弦の艶やかなサウンドも耳のご馳走。

 第2楽章は、皮の質感も生々しいティンパニの音を核に据えた筋肉質の響きが立ち現れてきて、デュトワ盤などとも近似したサウンド傾向になっています。デッカやRCAの録音を聴く限り、本来のマルティノンは輪郭のシャープな音楽を作る人のようで、この辺りのダイナミックな表現はむしろ本領という感じ。細かい部分さえ気にしなければ、非常に収まりが良く、説得力の強い演奏です。

“超高速テンポで一糸乱れぬアンサンブルを展開するヴィルトオーゾ風の演奏”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団    

(録音:1975年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビによる二枚目のレコーディングとの事で、グラモフォンのシカゴ録音には珍しくメディナ・テンプルで収録されている他、オルガンはパリのシャルトル大聖堂で録音したものをダビングしています。バレンボイムのテンポはアダージョ部分を除いてすこぶる速く、オケの合奏力を前面に出したようなヴィルトオーゾ風の演奏が展開します。金管の凄まじい音圧や一糸乱れぬ弦のアンサンブルは、聴いていて唖然とするほどですが、旋律線は美しく艶やかに歌われていて、決して即物的な表現にはなっていません。むしろ、全体を貫く若々しい勢いと熱気に圧倒される思いです。

 オルガンはダビングとは思えないほどオケの響きにマッチしていて、ズレもありません。それよりもむしろ、ピアノの音が近接した距離感で浮かび上がって聴こえるのに違和感を覚えました。グラモフォン時代のバレンボイムのディスクは非常に多く、全て聴いたわけではありませんが、当盤は最も成功したものの一つではないかと思います。

正攻法ながら、若々しさと暖かみが印象的なディスク

エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:フィリップス

 ピアノと弦楽のための《ウェディング・ケーキ》をカップリング(ピアノ、オルガンとも演奏はダニエル・コルゼンパ)。デ・ワールトがロッテルダム時代に残した代表的なディスクの一つで、彼は後年サンフランシスコ響と同曲を再録音しています。

 派手な演奏効果は狙わず、フランス流のスタイルを追求しているわけでもないので、数あるディスクの中ではどうしても他に軍配が上がりますが、フレッシュな切り口と落ち着いたサウンドで聴かせる好演。生気溢れるリズム、若々しい躍動感と叙情性、自然なフレージングはデ・ワールトの美点です。第2楽章を、優しい表情で穏やかに開始するのも独特。オケは弦の美しさが秀逸で、指揮者のカンタービレの巧さも手伝って、アダージョは聴き所となっています。

 

“スロー・テンポで細部にこだわりながらも、やはり派手な音響構築に向かうカラヤン”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カラヤン唯一の同曲録音。カップリングなしの、短時間LPでした。第1楽章は、かなり遅いテンポを採り、一音一音克明に音符を刻んでゆくスタイル。もしジュリーニがこの曲を指揮したらこんな感じに仕上がったかもしれませんが、響きの豪奢さはカラヤン流です。正にベルリン・フィルの壮麗なサウンドを堪能できる演奏で、合奏面も万全だし聴き応えがあります。山場へ持ってゆく棒さばきはさすがの語り口で、迫力満点。アダージョは超スロー・テンポと耽美的なカンタービレがカラヤン印。特に弦は、ポルタメントも盛り込んで艶やかに歌います。

 第2楽章も落ち着いたテンポですが、冒頭の弦楽セクションから音圧が高く、その後に続く部分も、弦の威力が強いために、他の演奏とはバランス面で違った風に聴こえる箇所も幾つかあります。弱音部で各パートに速いパッセージが続く箇所も、技術力を敢えて包み隠さないようなパフォーマンスのあり方が、いかにもヴィルトオーゾ風。

 オルガンはパリのノートルダム教会のオルガンを別録りしてダビングしていますが、これでもかとばかり派手に鳴り響き、音色的には少しけばけばしく感じます。オケも金管を筆頭に負けじと張り合う方向性で、全体がややヒステリックに暴走。楽章冒頭とコーダのティンパニは、カラヤンには珍しく、控えめに抑制しています。

“超名盤!? フランス的香気と精緻なディティールにうっとり”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1982年  レーベル:デッカ) 

 アンセルメの再来として時の人となったデュトワ。アンセルメの代表盤でもあるこの作品は絶対に外せなかったのか、ラヴェルのシリーズで勢いに乗ってきた直後にレコーディングされています。オルガンは、プーランクなどでも共演している名手ピーター・ハーフォード。

 第1楽章前半は、たっぷりと水気を含んだ瑞々しい響きを保ち、フランス的香気と洗練、徹底した機能美と図抜けた色彩感を展開。思わず、うっとりと聴き惚れてしまいます。アダージョ部は、オケの清澄なサウンドが素晴らしい聴きもの。特に、木管群による主旋律の見事にブレンドされた響きと、弦のオブリガートの美しさといったら!

 第2楽章は鋭いリズム感と敏感なアーティキュレーションで、ディティールを肌理細かに描いた快演。僅かに加速しながら、目まぐるしく走り回る音符を緻密に配置してゆく所など、実にスリリングです。大団円、聖ユスターシュ教会のオルガンと共に迎えるクライマックスまで、巨大なスケール感と細部の彫琢を完璧に両立させるパースペクティヴの確かさは、最後まで失われる事がありません。当コンビの数多い録音の中でも、群を抜いて傑出したものの一つ。

“旧盤のフレッシュな魅力を継承しつつも、格段に力強さと豊麗さを増した充実の再録音盤”

エド・デ・ワールト指揮 サンフランシスコ交響楽団  

(録音:1984年  レーベル:フィリップス)

 ヴィドールのオルガン交響曲第6番とカップリング(演奏はジャン・ギロー)。わずか8年で同じ指揮者が同じレーベルにこの曲を再録音するなんて異例だと思うのですが、演奏は素晴らしく充実したものです。幾分タイトに引き締まったロッテルダムのオケと較べると、サンフランシスコ響のサウンドは豊麗で柔らかく、暖かみもあります。

 デ・ワールトの表現も、颯爽たる躍動感と歯切れの良いリズム、流麗な旋律線の美しさなど旧盤の良さを引き継ぎながら、力強さとスケール感を格段に増し、内的充実度の高さを感じさせます。テンポの設定は旧盤とほぼ変わらず、フィナーレを速めのテンポできりりと造形するなど、巧みな構成力を発揮。ラストのティンパニの強打もパンチが効いていて、ドラマティックな効果を生んでいます。

“オケと指揮者、作品の相性がぴったり一致した、颯爽たる名演”

小澤征爾指揮 フランス国立管弦楽団       

(録音:1985年  レーベル:EMIクラシックス

 当コンビはこの時期にビゼーなどのフランス音楽を集中的に録音していて、当盤もその一枚でした。フィリップ・ルフェーブルによるオルガンはシャトレ大聖堂で別録りされています。カップリングは交響詩《ファエトン》《オンファールの紡ぎ車》。

 演奏は、落ち着いたテンポをキープしながら、歯切れの良いリズムを画然と刻む部分と流麗なフレージングで旋律を歌い上げる部分を自然に対比させた、この指揮者らしいメロウなもの。たっぷりと残響音を取り入れた録音もその印象を助長しますが、オケの響きは一聴してフランスの団体と分かる、明朗かつ爽快なもので、指揮者との相性も抜群。アンサンブルも緊密に統制されていて、フランスの指揮者が振った時のファジーな感じは全然ありません。ただし色彩的には淡い印象。

 小澤征爾の資質はこの曲に特に合っているようで、リズム感の良さや傑出した音響バランス、丹念に描写されたアーティキュレーションに彼の耳の良さが端的に示されています。オルガンも大音響で圧倒しない所に好感が持てますが、ラストのトゥッティが鳴り終わった後、オルガンの残響だけが静かに鳴り渡るのも面白い効果。山場に向けての高揚感もうまく設計されているし、コーダにおけるティンパニの強打も鮮烈です。

“壮麗なサウンドを展開しつつも、細部まで精緻に造型するワザ師レヴァイン”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:1986年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 デュカスの《魔法使いの弟子》とカップリング。名手サイモン・プレストンがオルガンを弾いています。柄の大きなレヴァインの音楽作りは曲想に合っていますが、ディティールの処理は細かく、精緻なリズム処理が全体に生気を与えています。ベルリン・フィルの合奏力とニュアンスの多様さも圧倒的。それでいて細部が肥大化する事はなく、常に引き締まった造型を維持している所、構成力の確かさも感じさせます。

 第2部は派手な音響でパワフルに押しますが、カラヤンもかくやという壮麗な音の大伽藍を築きながらも、収拾のつかないお祭り騒ぎには発展させない点はさすがオペラ指揮者。きびきびとしたテンポ感も好印象です。プレストンのオルガンは控えめなバランスで収録されていて、華美な音響効果を狙ったような所はありません。

“旧盤のシャープな造形に、スケールの大きさと流麗さを加えた再録音盤”

ジョルジュ・プレートル指揮 ウィーン交響楽団

(録音:1990年  レーベル:エラート)

 交響曲全集の一枚で、パリ音楽院管との旧盤から26年ぶりのデジタル再録音。旧盤は残響音が過剰でしたが、当盤もホールトーンをたっぷりと取り込み、柔らかく豊麗なサウンドをたっぷりと鳴らす一方、さすがに細部をきちんと拾っていて魅力的な録音となっています。

 第1楽章は、弱音を基調に抑制された表現を展開するのが、旧盤と解釈のコンセプトが異なる感じ。細部を精緻に組み立てる一方で、雄大なスケール感や流麗さがずっと増した印象です。オケの音色も柔らかく潤いがあり、美しいソノリティで好演。アクセントは鋭く、腰の強さやシャープなエッジは十分です。熱っぽい感興の高まりもプレートルらしい所。

 第2楽章冒頭の動機は、リズムを克明に刻みながらも、流れを重視して歌うようなフレージングが独特。無類に歯切れの良いスタッカートと、しなやかなラインを描く旋律線が同居する、実に魅力的な造形です。オルガンは、やや遠目の距離感で空間全体に響き渡るイメージ。プレートルの指揮も遅めのテンポでスケールが大きく、壮麗な音の伽藍を作り上げます。

 弱音部はぐっとテンポを落とし、木管のソロをたっぷりと歌謡的に歌わせる傾向。弦のカンタービレにも、すこぶる優美な表情が付与されています。コーダもダイナミックで、迫力満点。最後のフェルマータにクレッシェンドをかけるのも効果的です。

“当コンビの凄さを今に伝える、艶っぽくも鮮烈を極めた超名演”

チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビの出世作の一枚で、メシアンの《昇天》とカップリング。グラモフォンはこの曲の録音に積極的なレーベルで、75年のバレンボイム盤以降、カラヤン盤、レヴァイン盤、そしてこのミュンフン盤と、ほぼ5年ごとに新しい録音を発表していました。ミュンフンのサン=サーンス録音は、同じオケとの歌劇《サムソンとデリラ》もあります。当コンビの録音はいずれ劣らぬ名盤揃いですが、こちらはその中でも特に推したい、破格の演奏内容です。

 第1楽章は、序奏部の瞑想的な静寂の深さがミュンフンらしい所。主部は落ち着いたテンポで、横のラインに徹底的に留意し、粘性の強い歌を紡いでゆく、すこぶる個性的なアプローチ。息の長いフレーズを作るセンスに秀で、その意味ではカラヤン以上にカラヤンの得意技を掌中に収めた印象があります(カラヤン盤はここまで徹底していません)。フレージングやルバートの呼吸が堂に入っていて、レーベル売り出し中の俊英というより、早くも巨匠風の円熟味を感じさせます。

 一方、色彩の表出においてはフランス的センスが横溢。美しい艶と光沢を放つ管弦の響きが絶妙です。徐々に内面から感興を高める、テンションのコントロールも効いています。アダージョは、ゆったりとしたテンポで官能的なカンタービレを聴かせる、蠱惑的な表現。何とも不思議な、桃源郷のような世界が広がります。ピアニッシモのデリカシーも素晴らしく、ここでも息の長いフレージングが絶大な効果を生む印象。

 第2楽章は無類に歯切れの良い、シャープな造形。卓越したリズム感を武器に、きびきびと進行します。音の立ち上がりが速い上に、レスポンスが非常に敏感なので、実際以上にスピード感が生まれている感じ。音色がとにかく多彩で、艶っぽいのも魅力。ディティールも緻密そのものですが、しなやかな歌と気宇の大きい強奏との対比もダイナミズムに溢れ、テンポや強弱も含めて、その振り幅の大きさも圧倒的です。

 オルガンの導入以降も大局を見失わず、緊密に造形する冷静さは維持。場面転換が鮮やかで、音楽の輪郭も明瞭に打ち出します。弱音部の木管、ホルン・ソロは、即興的な歌い回しが粋な雰囲気。ほぼリタルダンドしないコーダも、鋭利で峻厳な造形感覚を持つミュンフンらしい表現です。

ドラマティックな表現、爽快なオーケストラ・サウンド

ジェフリー・サイモン指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:カーラ

 大作曲家の珍しい作品ばかりを録音し、自身のレーベルまで立ち上げたサイモン。ここではサン=サーンスをターゲットに選び、2枚のディスク一杯に世界初録音の珍しい曲などを詰め込んでいますが、最後にはこの曲を堂々と配置。ちなみにオルガンは、ウェストミンスター寺院(!)で収録された演奏をダビングしています。

 録音の良さと会場のアコースティックもあるのでしょうが、非常に爽快な、心地良いサウンドに仕上がっているディスク。サイモンの音処理は鮮烈で勢いがあり、第1楽章主部などは感情が渦巻くような、すこぶるドラマティックな表現になっています。逆に、アダージョの歌わせ方は少々淡白ですが、第2楽章の壮麗さも含めて十二分に聴き応えのある演奏。企画力ばかり注目されがちなサイモンですが、演奏のスキルも非凡(札響との大阪公演でも証明済)で、もっと高く評価されていい指揮者だと思います。

金管が威圧的な音響バランスは問題。ラストの仕掛けにマゼール節が炸裂

ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

(録音:1993年  レーベル:ソニー・クラシカル

 マゼールにぴったりの派手な演奏効果を持つこの曲ですが、意外にも初録音。他に《ファエトン》《死の舞踏》と、歌劇《サムソンとデリラ》のバッカナールがカップリングされています。同レスピーギ/ローマ三部作などと同様ワンポイント・マイクで収録し、20ビット・レコーダーへダイレクトに録音したもので、オルガンはニューヨーク・シティの教会で別収録。

 ピッツバーグのオケはトゥッティにおいて(特にマゼールが振った場合)、金管群の強烈なブロックが眼前に立ちはだかるようなイメージがあります。それはまあいいのですが、レガート気味のフレージングが音の弾力性を奪い、結果としてリズムが平坦になりがちなのは問題。これはシカゴ響にもよく感じる事ですが、当盤のトゥッティの響きも、どこかシカゴのそれを想起させます。

 オーソドックスなアプローチを採る第1楽章前半に対し、後半部はかなり細かく強弱のニュアンスが付けられていて、弦楽セクションの合奏力が傑出。第2楽章もリズムが鋭角的な割に弾みを欠きますが、オルガンが入る後半部では、再び金管中心のサウンド傾向が支配的になってきます。ブラスの響き自体はブリリアントで音程も正確、それなりの音響的快感はあるのですが、ヨーロッパのオケに聴き惚れた耳には、もう少し落ち着いた音作りを求めたくなります。ラストの極端なリタルダンドと異様に長いフェルマータは、マゼールらしい大見得を切ったパフォーマンス。

意外に正攻法のアプローチを採るマータ。ダラスのオケが好演

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1994年  レーベル:ドリアン・レコーディングス

 当コンビの、ドリアンへのレコーディングの一つ。ヨンゲンの《オルガンと管弦楽のための交響的協奏曲》という珍しい作品をカップリングし、完全にオルガン(演奏はジャン・ギロー)をフィーチャーしたアルバムになっています。録音会場マイヤーソン・シンフォニー・センターの巨大なパイプオルガンは、ジャケットやインナーに写真も載っていますが、オルガンはもとより、ホール全体が外観も内装も何やら宇宙船じみていて、さすがテキサスというモダン建築。

 端正な造形でまとめた意外に正統派の演奏で、全体に速めのテンポ。第2楽章は特にそうで、適度な緊張感を保ちながらも、颯爽とした足取りで曲を展開しています。表情がすっきりとしているので、カラヤン型の演出巧者な演奏を好む人には地味に聴こえてしまうかもしれません。豊麗なサウンドを聴かせるオケがいつも通り好演で、アダージョ部の弦の多様なニュアンスは聴きもの。ただ、ダラス響は個人的にも好きな団体なのですが、RCAの録音に聴かれた暖かみのある音の方が良かったと思います。

“旧盤のエネルギーを倍増させ、スーパー・オケとスリリングな熱演を展開”

ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:テルデック)

 フランクの交響曲とカップリングされた、メータ再録音盤。フランクはライヴですが、同曲はセッション録音されています。オルガンはダニエル・コルゼンパ。

 第1楽章は、響きがベルリン・フィルらしく艶やかに磨かれているのが魅力。メータの指揮は主部に入ってすぐに熱っぽいダイナミズムを示し、テンションが高いです。速めのテンポで動感と推進力が強く、実にエネルギッシュなパフォーマンス。合奏の精度が高く、常に細やかなニュアンスを絶やさない辺りはスーパー・オケらしく、トゥッティの壮麗かつパワフルな響きも凄絶です。第1楽章でこれほどスリリングな熱演を展開した録音は、メータ自身の旧盤くらいしかないかもしれません。アダージョの麗しい音色美と、雄弁なカンタービレも聴き物。

 第2楽章も張りのあるアタックできびきびと造形。ホルンを伴う強奏部のソノリティなど、その豊麗さには耳を奪われます。同じオケを振ったカラヤン盤、レヴァイン盤でも、これほどの光沢やしなやかさは出ていなかったのではないでしょうか。溌剌とした勢いも魅力で、生き生きと展開される力強いアンサンブルは、聴いていて胸のすくよう。オルガンの導入以降も熱量の高さが半端ではなく、力感の漲るトゥッティに圧倒されます。白熱したコーダにおけるティンパニの連打も鮮烈。

“ピリオド楽器を使用しながら、それを越えた鮮烈さが耳を奪うものすごい演奏”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 レ・シエクル

(録音:2010年  レーベル:Musicales Actes Sud)

 パリ、サン・シュルピス教会でのライヴ盤。オペラ・コミーク座でのピアノ協奏曲第4番(ソロはジャン=フランソワ・エッセール、ピアノは1874年エラール製)とカップリングされています。オルガン奏者は作曲家、教育者としても高名な父親のダニエル・ロトで、1862年カヴァイエ=コル製を使用。

 第1楽章は意外にもゆったりしたテンポで味わいが濃く、旋律線も粘性があって艶やか。木管など音色には確かに独特のドライさがあり、金管の華やかながら、軽くてソリッドな切り口もユニーク。リズムを正確に切りそろえて行く律儀さも耳を惹きますが、総じてカンタービレはしなやかで、艶っぽく歌います。細部にばかり拘泥する事もなく、大きな起伏の作り方、感興の盛り上げ方も見事。

 アダージョ部もスロー・テンポで表情豊かに歌っていて、このコンビの名前から想像する特殊な演奏ではありません。ノン・ヴィブラートの弦は清澄な響きを作り出しますが、フレーズのうねり方や情感の表出はむしろロマンティック。

 第2楽章も落ち着いた足取りですが、エッジの効いた切れ味の鋭いリズムを駆使し、あらゆる細部をくっきりと照射するスタイルは、目の覚めるようにモダン。同じフランスのアーティストでも、マルティノン辺りとは真逆のアプローチと言えます。主部再現の前の全休止は随分と長めに取り、長々と響く教会のエコーを生かすのが面白い表現。発色の良い、ある種の野趣も残した音色と、画然たるアンサンブルで、きびきびと作り上げてゆく音楽には、ピリオド楽器への興味を超越した興奮も感じます。

 オルガンはややこもった音色で、広大な空間全体に鳴り響くサウンド・プレゼンス。それに応える弦のミシミシと軋る響きも独特です。金管を含むトゥッティが実にシャープで華やかなので爽快感もありますが、カラヤンのようなタイプの拡散型とは違い、常にミニマムで、緊密なアンサンブル構築への集中力が途絶えません。ライヴらしい白熱も感じさせる後半の盛り上げ方など、大局的な設計のセンスも見事。

“旧モントリオール盤とは全くスタイルの異なる、トーンハレ管との稀少なライヴ音源”

シャルル・デュトワ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2014年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ライヴの放送音源を集成した、オーケストラの創立150年記念ボックスに収録。当顔合わせはメジャー録音がなく、当盤は貴重。デュトワの同曲はモントリオール時代の名盤が知られていますが、今回はテンポも表情もぐっと落ちついた印象で、ある種の鋭敏さは後退した代わり、雄大なスケール感が増しています。暖色系で艶やかなオケの響きにも、旧盤とは別種の魅力あり。

 第1楽章はゆったりとした間合いで腰を据えて音楽を構築し、細部を克明に彫琢。一部でアインザッツが乱れるなどコントロールが行き届かない場面もありますが、集中力の高さは維持されています。旧盤の疾走感こそありませんが、それに代わる恰幅の良さと奥行き感が魅力。アダージョ部は主部、中間部ともに粘性の強いフレージングで艶っぽく歌う耽美的な表現に魅せられます。

 第2楽章は導入部がややパンチに欠け、旧盤よりずっと抑制の効いた表現が意外。テンポも遅くなり、細部をきっちりと描写する事を意識しているようです。管理魔のデュトワらしく、細かい音符やリズムも精緻に仕上げていて、全体のイメージはやはり精細。ティンパニなどの腰は弱いものの、弦をはじめエッジの鋭さは充分です。

 オルガンは遠目のバランスで弱々しく、ライヴ収録の弱みを露呈。後半部はソステヌートのフレージングを多用し、弦のみならず管楽器のソロもねっとりと歌う傾向があるのはユニークです。このスタイルは強奏部でも徹底され、テンポの遅さとも相まって旧盤とは全く異なるスコア解釈。クライマックスでは大きくルバートする際など、合奏が微妙に乱れるのは残念。ラストの打楽器など、一部スコアに手を入れている箇所があるのは意外です。

“華美に傾かず、遅いテンポでおっとりした性格のライヴ盤”

ケント・ナガノ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:2014年  レーベル:アナレクタ)

 オルガンと管弦楽のコラボ作品を集めたアルバムとして、他に世界初録音の二作、サミー・ムサの《A Globe Itself Infolding》とカイヤ・サーリアホの《地球の影》を収録したライヴ盤。モントリオール響の同曲にはデュトワとの名盤もありますが、当盤はやや遠目の距離感で収録されたコンサート・プレゼンスで、印象が大きく異なります。

 第1楽章は、全体にスロー・テンポを貫き、主部も落ち着いたムードでしっとり聴かせる感じ。リズムよりメロディを立てた造形で、旋律線は細かい抑揚を付けて、情感豊かに歌われます。第2主題も大らかな性格で、音価を長めにとってたっぷり歌う行き方。パンチの効いたアタックやスタッカートの切れをあまり強調しません。ただし、再現部で感興と緊張感の昂りをぐっと増し、エッジの鋭さも出て来るのは構成力の妙。後半部は、抑制が効きすぎていて、もう少し音色的魅力が出ればと思いますが、弦のカンタービレは表情がよく練れていて美しいです。

 第2楽章は、タッチの柔らかさが優先されて、少し覇気に乏しく感じられるのが残念。テンポも遅めで間合いがゆったりしている一方、強弱は細かく演出されていて、多彩なグラデーションを成します。後半部も、華美に傾かず質実を採ったような表現ではありますが、シャープなリズムと卓越した音響感覚で着実に盛り上げ、会場の喝采を浴びています。オルガンもバランスが良く、音圧や壮麗さで聴き手を圧倒する事がありません。

 

“雄弁なカンタービレを盛り込み、卓越した音楽的センスを聴かせるパッパーノ”

アントニオ・パッパーノ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:ワーナー・クラシックス)

 アルゲリッチと組んだ室内楽版の《動物の謝肉祭》とカップリングされたライヴ盤。当コンビのワーナーへの新録音は、3年振りとの事でした。オルガンはダニエレ・ロッシ。

 第1楽章は、冒頭からしなやかで雄弁な弦の表情が印象的。主部も流麗な歌に溢れ、パッパーノらしく爽やかで明朗活発な音楽を展開しています。色彩も鮮やかで、金管が入っても硬直しない、柔軟性のある響きは魅力的。アダージョ部はさすがオペラ指揮者らしく、息の長いフレージングと起伏に富んだデュナーミクで、優美なカンタービレを展開。官能的な粘性のある弦楽セクションの感触も独特です。弱音のデリカシーも見事。

 第2楽章は必要以上にエッジを効かせる事はありませんが、アタックに勢いがあり、合奏の集中力と一体感が気迫を感じさせますパッパーノの指揮もテンポの引き締め方など加減が絶妙で、弱音部の柔らかな叙情との対比も見事。オルガンはオケに溶け込む理想的バランス。大音量で圧倒するようなこけ脅しがなく、音楽的センスの良さを感じさせます。最後もたっぷりと豊麗な響きで、余裕を持って鳴らしていて見事。

“あくまで丁寧で上品ながら、パンチの効いた力感に欠けるのが残念”

山田和樹指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:2017年  レーベル:ペンタトーン)

 プーランクのオルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲、ヴィドールのオルガン交響曲第5番〜トッカータをカップリング。ソロはクリストファー・ジェイコブソンが弾いています。このコンビの録音は、距離感がやや遠目なせいもありますが、演奏自体も上品に仕上げようという雰囲気が強く、もう少し活力が欲しい感じを受けます。

 第1楽章は細部を克明に処理していて落ち着いた風情ですが、パッションの迸りや前のめりの推進力はほとんど聴かれません。音自体には内圧があるし、ソリッドな響きやシャープなエッジも充分あるのですが、全体に慎重さが勝る印象。アダージョ部は特に、こういう演奏・録音だと色彩の濃淡やアーティキュレーションのニュアンスが打ち出されず、表情に乏しく聴こえてしまうのが残念です。音色は美しく、響きがよく練られている様子。

 第2楽章も冒頭から覇気に乏しく、もう少しパンチを効かせて欲しい所。細部まで丁寧な演奏ではあります。集中力も高く、オケの反応も敏感なので、あくまでスタイルの問題のようです。フレージングが殊に丹念に処理されていて、優美な旋律線があちこちで耳を惹くのは美点。後半もソフトな語り口で一貫。スコアの解釈もオーソドックスです。「派手な演奏なら他をあたってくれ」という事かもしれませんが、近年ではナガノ盤もこの方向性で、流行ならあまり歓迎したくない気がします。

“合奏をきっちり揃え、情感過多や華美な音響を避けるドイツ流”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2019年  レーベル:BRクラシック)

 楽団自主レーベルによるライヴ・シリーズで、プーランクのオルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲とカップリング(いずれもソロはイヴェタ・アプカルナ)。ヤンソンスの同曲はオスロ・フィルとのメジャー録音もあります。

 第1楽章はさすがドイツのオケという感じで、細かい音符をきっちり弾き切って、縦の線を厳格に合わせています。ファジーな演奏も多いので、合わせるのが難しい曲なのだと思っていましたが、これを聴いて、なんだ、やろうと思えば出来るんじゃないかと拍子抜けしました。テンポが遅いせいもありそうですが、胸のすくように精緻な合奏を展開しつつ、情感面はいささか醒めていてニュートラル。アダージョ部もスロー・テンポで、発音が実に柔らかくて優しいです。しなやかにうねる旋律線は耽美的。

 第2楽章も律儀にリズムを刻み、明瞭な語調で曖昧さを残しません。細かなアーティキュレーションやダイナミクスも鋭敏に処理しています。オルガンは控えめなバランスで、ちょうどいい感じ。続く管弦楽パートも心なしか上品で、金管や打楽器を突出させない趣味の良さがあります。華美にならず格調高く盛り上げる一方、最後のフェルマータはやたらと長く引き延ばして誇張気味。

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