ムソルグスキー/組曲《展覧会の絵》(ラヴェル編曲)

概観

 言わずと知れたポピュラー名曲だが、改めて考えると、ムソルグスキーのピアノ曲をラヴェルがオーケストレーションするなんて、ものすごく胸躍る企画かも。豪華ビッグネーム競演というだけでなく、ロシアのピアノ曲をフランス管弦楽の名手が編曲している所も面白い。

 ちなみに、この曲の管弦楽版には悪名高いストコフスキー版や、比較的最近のアシュケナージ版、ピアノ・コンチェルト版などがあり、私もたくさん聴いたが、どれもラヴェル版のアイデアがどこかに残っていて、「これならラヴェルの方がいいや」なんて思ってしまう。そんな訳で、ここではラヴェル版のみを取り上げた。

 個人的にあまり聴く曲ではないが、好きな指揮者が録音していると仕方なく買ってしまう。感銘度の高い名演は意外と少ない中、メータ/ロス・フィル盤、コンロン盤、C・デイヴィス盤、シャイー盤、フェドセーエフ盤(89年)、N・ヤルヴィ盤は太鼓判を押したいお薦めディスク。

*紹介ディスク一覧

51年 クーベリック/シカゴ交響楽団   

53年 マルケヴィッチ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 5/4 追加!

58年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団   

59年 ドラティ/ミネアポリス交響楽団   

67年 小澤征爾/シカゴ交響楽団

67年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック 

73年 マルケヴィッチ/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

74年 デ・ワールト/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

75年 コンロン/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 

76年 ジュリーニ/シカゴ交響楽団    

78年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

78年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団   

79年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック

79年 C・デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

80年 秋山和慶/ヴァンクーバー交響楽団

82年 マータ/ダラス交響楽団

85年 デュトワ/モントリオール交響楽団

85年 プレヴィン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

86年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

86年 シャイー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

87年 インバル/フランス国立管弦楽団

89年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団   5/4 追加!

89年 シノーポリ/ニューヨーク・フィルハーモニック

89年 N・ヤルヴィ/シカゴ交響楽団     

90年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団   

90年 ジュリーニ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

93年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

93年 ジュリーニ/フィレンツェ五月祭管弦楽団  

00年 ゲルギエフ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団   

07年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

08年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団  

10年 西本智実/リトアニア国立交響楽団   

16年 ドゥダメル/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

18年 ノセダ/ロンドン交響楽団  

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“鮮やかな発色とスピーディなテンポで、エネルギッシュに突き進む熱演”

ラファエル・クーベリック指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1951年  レーベル:マーキュリー)  *モノラル

 オリジナル・カップリング不明。同レーベルに数点残された当コンビの稀少な録音の一つで、モノラルながら非常に爽快で鮮明な音質。クーベリックは後年この曲を再録音していないので、その意味でも貴重な記録。

 冒頭から高い音圧とスピーディなテンポで突き進む、テンションの高い演奏。その勢いで次の《小人》へ一気に突入するのも効果的な演出。《古城》も推進力が強く、ヴィブラートと装飾音を強調したサックス・ソロが独特。オケが抜群に上手いので、どのナンバーもサウンドの輪郭が明瞭で、鮮烈な印象を残す。一方、《殻を付けたひな鳥の踊り》等のユーモラスな演出もさすが。

 《リモージュの市場》のヴィルトオーゾ風の合奏、《カタコンブ》のパワフルな金管、《バーバ・ヤガー》の豪快な打楽器の強打など、後半は迫力のある表現が続出するが、朗々とヴィブラートをかけたトランペットを前面に押し出すなど、音色が華麗。その意味では、ロシア情緒ともフランス的感性とも距離を置いた機能的な表現である。《キエフの大門》も、凄絶な響きと速いテンポでぐいぐい牽引してエネルギッシュ。

 5/4 追加!

“オケの威力を生かした、明晰かつ凄絶なパフォーマンス”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1953年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)  *モノラル

 マルケヴィッチはこの20年後に、ゲヴァントハウス管と同曲を再録音している。そちらは東独のオケ、レーベルで独特の濃密な雰囲気があるが、こちらはオケが近代的に優秀で、パワフルかつ緻密な合奏。音は鮮明だが、強音部はさすがに歪み、混濁がある。

 解釈はユニークで、《殻を付けたひな鳥の踊り》を超スロー・テンポで開始し、足取りをふらつかせながら、中間部でまたぐっとテンポを落とすのも独特。その直前のプロムナードが、徹底してスタッカートのフレージングで一貫しているのも面白い。オケがすこぶる巧いので、どのナンバーも語調が明快で、主張がはっきりしているのがゲヴァントハウス盤と大きく異なる。

 フォルムも冴え冴えとした筆致で、くっきりと描き出されるのが痛快。《カタコンブ》のブラスなど、この時代の演奏とは思えないほどソリッドな吹奏で、今の耳で聴いても凄絶なパフォーマンスである。《キエフの大門》は速めのテンポでぐいぐい牽引し、コーダに向けてさらに間を詰めながら煽る。抑えめに柔らかく入って徐々に盛り上げる演奏も多い中、こちらは最初の1音からパワー全開で、実に輝かしい。

“これぞコンセルヴァトワール。華麗な音色の一方、シャープでダイナミックな表現も”

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:EMIクラシックス)  *モノラル

 クリュイタンス唯一の同曲録音。モノラルなのが残念だが、鮮明で高音域の抜けも良く、むしろステレオ録音のラヴェル等より鮮烈で聴きやすい音。《ホヴァンシチナ》前奏曲と、グリンカの《ロシア民謡による幻想曲》をカップリング。

 朗々と音を張った、華麗なトランペットの吹奏で開始。これぞコンセルヴァトワールと、嬉しくなるようなオープニング。《小人》《リモージュの市場》《カタコンブ》《バーバ・ヤガーの小屋》と、意外にシャープでダイナミックな表現。途中の《プロムナード》では再び大きく音を割ったトランペットが鳴り響き、仰天する。《古城》や《ブイドロ》はぐっとテンポを落とし、情感豊かに演出。《キエフの大門》もモノラル録音のメリットか壮大かつ華麗で腰も強く、迫力満点。

“派手な仕掛けはないものの、引き締まったテンポで精緻かつ明快に造形”

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団

(録音:1959年  レーベル:マーキュリー)

 意外にもドラティ唯一のステレオ録音で、カップリング不明。CDではバイロン・ジャニスのピアノ版と組み合わせてあり、それがオリジナルかもしれません。ややデッドながら、鮮明で抜けの良い音質。大太鼓の低音など音域のレンジも広く、しなやかな弾力性もあって硬直しないのも好印象です。

 冒頭は幾分軽いですが、明るく流麗なサウンド。和声のバランスが良く、溜めのないテンポ感もドラティらしいです。語調が明確で、細部まで鮮やかに照射されているのも魅力。どの曲も引き締まったテンポ、緻密な音響で仕上げられ、派手な仕掛けはないですが、発色が良いので物足りなさはありません。旋律線もよく歌っています。多彩な音響を巧みに表出している辺りは、ラヴェルの管弦楽法への目配りも周到。歯切れが良くパンチの効いた《バーバ・ヤガーの小屋》、直球勝負で剛毅な《キエフの大門》も名演です。

“腕利きオケの多彩な表現力を生かし、意外に落ち着いた表現を見せる小澤”

小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1967年  レーベル:RCA)

 ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》とカップリング。メディナ・テンプルで収録されていて響きが豊かだし、同オケ特有の刺々しさが中和されて聴き易いサウンドですが、《キエフの大門》では大太鼓の強打で音が歪み、混濁してしまって残念です。

 同コンビのディスクは力ずくに感じられる物もありますが、当盤は落ちついた表情で一貫し、時に成熟すらも感じさせます。オケはさすがにヴィルトオーゾで、どの曲もニュアンス豊かに難なく演奏されていて胸のすくよう。構成力も非凡で、全体を一筆書きのように一気呵成に進めつつ、各曲の性格を見事に描き分けている辺り、駆け出し指揮者の演奏とは到底思えません。即興的なアゴーギクでパワフルに牽引する《キエフの大門》は、オケのドライヴ能力に図抜けた才気を示す好例と言えるでしょう。

“一筆書きのダイナミックな勢いと高精細の描写力。無敵感溢れる凄絶な名演”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1967年  レーベル:デッカ)

 当コンビ最初期の録音で、アシュケナージによるピアノ版とカップリング。メータは後にニューヨーク・フィルと同曲を再録音しています。60年代後半の収録ながら、生々しい直接音に適度な残響と奥行き感を加え、カラフルなオーケストラ・サウンドが展開するサウンド・イメージは、さすがというべき優秀録音。ティンパニや大太鼓の迫力など、正にデッカと快哉を叫びたくなる音です。

 冒頭は意外にも華やかというより、むしろ剛毅な感じで、くすんだ響きとストレートな力感が印象的。しかし音圧の高さとアタックの勢いはこのコンビらしく、低弦が凄まじいパワーで切り込んでくる次の《小人》にも圧倒されます。雄弁な語り口とダイナミックな振幅の大きさは、当時よく言われた「グラマラス」という形容詞が正にふさわしい感じ。発色が良く、活力に満ちた合奏ともども、再録音のニューヨーク盤には全く聴かれない表現が続出します。

 朗々たるフォルテで歌われる《ブイドロ》冒頭のソロや、随所でうなりを上げる低音楽器の底力はこの顔合わせの真骨頂ですが、一筆書きのアグレッシヴな勢いを維持しながらも、各ナンバーの性格を巧みに掴む高精細の描写力は見事。この曲にこれ以上何が必要なんだという無敵の気持ちにさせるのは、このコンビ黄金期の録音に共通する万能感だと言えます。

“くすんだ色彩、既成概念に囚われない作曲家的視点”

イゴール・マルケヴィッチ指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:ドイツ・シャルプラッテン)

 珍しい顔合わせながら、彼の代表的名演奏として高い評価を受けているディスク。後にこのコンビのライヴ録音が幾つか発表されましたが、東独シャルプラッテンへのマルケヴィッチの登場も稀。カップリングは《はげ山の一夜》です。

 冒頭からかなり特異な雰囲気。トランペットと弦の音色、イントネーションが独特で、全体にくすんだ色彩感と柔らかい手触り。マルケヴィッチの解釈は既成概念に囚われず、作曲家ならではの視点で曲を組み立て直した脱構築系ですが、線的な鋭さを持ち味としながらも、それがコクのある響きや彫りの深い表情と矛盾しないのは驚きです。《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》《ブイドロ》の遅いテンポと豊かなニュアンス、語り口の巧みさも見事。

c若々しい音楽作りながら、控えめな表現に物足りなさも…

エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:フィリップス

 当コンビ初期の録音で、カップリングは《ボレロ》。冒頭は華やかさよりもブレンド感を大事にして、柔らかいサウンド作り。《小人》以降はシャープな造形やダイナミックな表現も聴かれますが、全体にテンポ変化の少ない、各曲の対比を控えめに付けた演奏です。弱音部の精緻さ(弦のささやくようなトレモロなど)が印象的ですが、あまりテンポを落とさない《キエフの大門》(ピアノ版からの発想?)をはじめ、この曲に派手な演奏効果やヴィルトオジティを求める人には、物足りなく感じられるかもしれません。

“オペラ指揮者の資質を早くも感じさせる、若きコンロンの才気溢れる超名演”

ジェイムズ・コンロン指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1975年  レーベル:エラート)

 歌劇《ホヴァンシチナ》からの3曲をカップリング。エラートに数多く残された当コンビの録音の一つですが、大部分が珍しいレパートリーで、いわゆるポピュラーな名曲は当盤だけかもしれません。私が所有しているのはBONSAIシリーズという盆栽の写真をあしらった廉価シリーズで、録音データの記載がありません。ディスクの製作年の小さな表記を信じるなら、同曲が75年、《ホヴァンシチナ》が81年となり、当コンビのみならずコンロンとしても最初期の録音となります。

 演奏は、広く皆様に聴いていただきたい素晴らしいもの。個人的には、この曲のトップクラスの名演と感じています。まずは、残響を豊富に取り入れながら、透明感と柔らかさを失わないエラートの典雅な録音が美しく、同時期に録音されたフィリップスのデ・ワールト盤と較べても、サウンド面での魅力は遥かに凌駕していると思えます。

 コンロンは後にオペラ指揮者として世界的な活躍を始めますが、その美質を当盤にも大いに発揮。まず、各ナンバーを雄弁な語り口で造形しているのが見事で、テンポや表情の振幅を大き取っているにも関わらず、全体の流れがスムーズで颯爽としているのが凄いです。《小人》の中間部で大きくテンポを落とす所や、《ブイドロ》をぐいぐいと牽引する決然たる調子、時に超スロー・テンポで沈鬱に歌い込む合間の《プロムナード》など、耳を弾く魅力的な表現が目白押し。

 さらに弱音部の滋味豊かなニュアンスに耳を奪われる《カタコンブ》、適切極まるアーティキュレーションと峻烈なアクセントでダイナミックに造形した《バーバ・ヤガーの小屋》、明晰な音響センスを駆使して余裕たっぷりに大団円を築き上げる《キエフの大門》。

 組曲というのは印象がバラついて、全体を有機的に聴かせるのが難しいものですが、コンロンの設計力は卓抜で、最初から最後まで巧緻に構成されていて舌を巻きます。曲目的には、若手指揮者の売り出しレコーディングだったのでしょうが、堂々たる実力に思わず脱帽。この後、リストの秘曲の数々やバルトーク、ストラヴィンスキー、ヤナーチェク、ドビュッシーのマイナー作品など、意欲的なレパートリーを自由に任されたのもよく分かる、驚くべき出来映えです。

“指揮者の豊かな音楽性とオケの高度な技術力の相乗効果”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団    

(録音:1976年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 プロコフィエフの古典交響曲とのカップリングで、当コンビのグラモフォン移籍後初の録音。メディナ・テンプルで収録され、豊かな残響を伴った深い音場感が心地よい。ジュリーニは同曲をベルリン・フィルと再録音している。演奏は、明朗な音色センスと流麗なカンタービレ、オケの高度な技術力の相乗効果。パワーを解放せず、抑制の効いた格調の高い語り口に徹する所、ジュリーニらしいとしか言いようがない。

 冒頭からフレーズに切れ目があり、《小人》も重みがあって足が前へ進まないなど、早くもジュリーニ節全開。《テュイルリーの庭園》で一音一音を明確に切り、弦の叙情的なパッセージでテンポを落としてぐっと歌い込む所や、その前のプロムナードの遅いテンポとトランペットの癖の強いフレージングは、このコンビならではの高度な表現。《殻を付けたひな鳥の踊り》はこれ又スローなテンポで、打楽器の囁くような添え方も含め、緻密を極めたデリケートな造形。

 力強さに事欠く訳ではなく、《ブイドロ》では速めのテンポを採り、ティンパニを強打させてダイナミックな山場を形成する他、弦の旋律を一音ずつ区切って演奏。《バーバ・ヤガーの小屋》でも峻烈なティンパニの打ち込みがシャープな効果を挙げている。《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》の深い奥行き、説得力の強さ、《キエフの大門》のトランペットを筆頭に流麗なフレージングなど、どれも音楽性の豊かさを如実に示す好例。

“オケの名技性を遺憾なく発揮したエネルギッシュな演奏”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:EMIクラシックス) 

 当コンビ最初期の録音。後年に同じ顔合わせで、フィリップスに再録音もしている。カップリングは《火の鳥》組曲。

 フィラ管のヴィルトオーゾぶりを遺憾なく発揮したパワフルな演奏で、フレージングに曖昧な所が一切ないのもムーティ流。《小人》の律儀な楷書体も彼らしい。それでも叙情性に不足する訳ではなく、《テュイルリーの庭園》ではチャーミングなテンポの揺らし方や、リリカルな情感も聴かれる。冒頭の《プロムナード》もエネルギー全開で、ブラスもやや刺々しいが、それに続く弦の優しい風合いは意表を衝いて素敵。

 《サミュエル・ゴールデンベルク》の弦のユニゾンは雄弁で、《リモージュの市場》の高速テンポによる超絶アンサンブルはさすが。若きムーティの豪腕ぶりも思い切りが良く、《カタコンブ》導入部の凄まじいトロンボーン強奏など、殺気すら漂う。スピーディなテンポでぐいぐい牽引する《キエフの大門》は力で押しすぎた感もあるが、大方のリスナーにはこれくらい熱っぽい迫力があった方がウケるかも。

“極度にソフィスティケートされた軽いタッチを追求する、マゼール流機能主義の実例”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:テラーク)

 《はげ山の一夜》とカップリング。マゼールは(ニュー・)フィルハーモニア管と過去に二度、この曲を録音しています。CBSの録音と違って、テラークのクリーヴランド録音は豊麗でゴージャス。強奏でも硬直しません。

 この時期の当コンビらしい、究極にソフィスティケートされた軽いタッチで、マゼールらしいデフォルメもほとんどなく機能主義的。《ブイドロ》の山場でクレッシェンドを細かく付けるのはユニークな表現。オケは見事なアンサンブルを展開しますが、《カタコンベ》の管のハーモニーはピッチの悪い箇所あり。《バーバヤガーの小屋》の画然たるリズムと徹底的に刈り込まれたスタッカート、《キエフの大門》で最後にテンポを落としてゆく辺りには、マゼールらしい描写力が光ります。

超絶技巧集団による、スマートで洗練されたムソルグスキー

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1979年  レーベル:ソニー・クラシカル

 メータがロスからニューヨークに移り、CBSに移籍してすぐの頃の録音。こうやって見ると、指揮者が新しいオケに就任してすぐにこの曲をレコーディングしているケースが多い事に気付きます。新コンビお披露目に丁度良い作品なのでしょうか。カップリングはラヴェルの《ラ・ヴァルス》。

 この時期のメータに顕著なスマートかつ流麗な造形で、最初の《プロムナード》と《キエフの大門》では特にレガート奏法が強調されています。表情の作り方は細かく、テューバの低音を生かした響きなど、メータらしい部分は多々あるのですが、全体がすっきりと洗練されて聴こえるのはメータの志向性でしょうか。オケのパフォーマンスは高度な技巧に支えられていますが、ムーティ盤のようにそれを強調する方向には行きません。

演出巧者なデイヴィス、圧倒的魅力を放つコンセルトヘボウ

コリン・デイヴィス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:フィリップス

 《はげ山の一夜》とカップリング。名コンビのイメージもある当顔合わせの録音は意外に少なく、ストラヴィンスキーの3大バレエとベルリオーズの幻想交響曲、ドヴォルザークとハイドンの交響曲シリーズにコンチェルトが数枚あるだけ。

 音色の魅力は圧倒的だが、デイヴィスの演出巧者な棒さばきは大したもの。古風で雅びなオケの響きを尊重しつつも、シャープな感覚で造形している所が彼の現代性。正に才気煥発、どの曲をとっても強弱のニュアンスや間の取り具合、テンポの変幻などアイデアが満載で、通俗に堕ちる事がない。《カタコンブ》突入前の猛烈なアッチェレランドも凄い切迫感だが、充実しきったブラスの響き、そして、コンセルトヘボウ・サウンドの粋を尽くす《キエフの大門》は絶品。

“安定したテンポと豊かな響き、折り目正しい音楽作り”

秋山和慶指揮 ヴァンクーバー交響楽団

(録音:1980年  レーベル:オルフェウム・マスターズ)

 R・コルサコフの《ロシアの復活祭》とカップリングで、CDは当地で絶大な人気を誇った当コンビの録音を集めた4枚組セットに収録。

 マイナー級のオケだと綻びが目立ちやすい曲だが、当盤はゆとりのあるテンポでたっぷりとオケを鳴らししていて安定感抜群。ただ、終始折り目正しい音楽作りで面白みには欠ける。オケは弦の音色が美しいが、《カタコンブ》のパワフルながら柔らかく豊麗なブラスのハーモニーは聴きもの。逆に、弱音部の木管群にさらなる魅力が欲しい。《バーバ・ヤガーの小屋》では珍しく切迫したテンポを採り、ティンパニの強打で荒々しい表情を作る。《キエフの大門》も力強く、スケールが大きい。

“独自の視点でスコアを捉え直した斬新な演奏”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1982年  レーベル:RCA)

 ラヴェル作品を継続的に録音していた当コンビの、その延長線上のディスク。LP初出時のカップリングもラヴェルの《クープランの墓》。肉付きの良い豊麗な響きを土台に、独自の視点でスコアを捉え直した斬新な解釈。異様に遅い《ブイドロ》、妙な間とテンポ変化、独特のイントネーションがある《サミュエル・ゴールンデンベルクとシュミイレ》《バーバ・ヤガーの小屋》はその最たるもの。この曲はこれくらい芝居っ気のある演奏の方が面白い。オケにも技術的な瑕疵は見られず、個人的には好きな演奏。

“あまりに淡白で主張に乏しい、残念なディスク”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1985年  レーベル:デッカ)

 《はげ山の一夜》、《ホヴァンシチナ》前奏曲、リムスキー=コルサコフの《ロシアの復活祭》とカップリング。作品との相性がう合えばもの凄い熱演を繰り広げるコンビですが、当盤はビジネスライクな方の演奏で残念。

 語り口があっさりとしていて、テンポや強弱、各曲間の対比もかなり控えめ。色彩の表出もかなり淡白で、造形が中庸のスタンダード的なラインに収まってゆくのが残念です。この作品の場合、ゴージャスだったり美麗だったり野性的だったりと、ああらゆるタイプのディスクが出ているので個性を発揮しにくいのかもしれません。《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》は、明らかに重量不足。

“ぶつ切りの粗いフレージング、終始ネジの緩いアンサンブル”

アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:フィリップス)

 ライヴ収録による拍手入りの録音で、カップリングはラヴェルの《ラ・ヴァルス》。冒頭《プロムナード》は遅めのテンポで、深みのあるハーモニー。トランペットのフレージングがぶつ切りで流麗さを欠き、他の《プロムナード》にもこの傾向が現れます。《小人》は弱腰でパンチに乏しく、速いパッセージもどこか不器用。金管のフレーズがやはりぶつ切りです。

 《テュイルリーの庭》は木管を中心にフレージングにこだわり、なかなかチャーミング。《リモージュの市場》も上品なリズムですが、コーダで合奏が乱れてごちゃごちゃします。《カタコンブ》は金管の深く柔らかい響きが素晴らしく、《バーバ・ヤガーの小屋》も切れ味鋭いリズムが鮮烈な効果を挙げています。異様な音色の表現も見事。《キエフの大門》は語り口が巧みで、盛り上げ方も上手。壮麗でスケールが大きく、力強いアクセントも打ち込んでいます。全体の傾向として細部の仕上げが粗く、弱音部が緩い印象。

“遅めのテンポ、濃密な味付け、ハイ・スペックで大いに盛り立てる帝王カラヤン”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ラヴェルの《ボレロ》《スペイン狂詩曲》とカップリング。60年代以来の再録音となります。冒頭のトランペットは艶消ししたような渋い音で、ソステヌートの開始。続くブラスのハーモニーも華やかさを抑えますが、最後のフォルティッシモはパワフルな吹奏で当コンビらしい派手さに到達。《小人》は遅めのテンポで濃密。弦の半音階下降を、グリッサンド気味にデフォルメしているのはユニークです。途中の《プロムナード》は経過的にあっさり流す演奏も多いですが、オケが上手いせいかリリカルな味わいと雄弁さがよく出る印象。

 遅めのテンポでじっくり描写しているナンバーが多く、帝王の貫禄を感じさせます。《カタコンブ》も凄い音圧ですが、《バーバ・ヤガーの小屋》から《キエフの大門》はこのコンビの真骨頂、高機能とハイ・スペックでこれでもかとばかり壮麗に盛り上げるゴージャスな演奏です。聴いていて、「ああそうそう、こういう曲だったな」と改めて思いました。《ローマの松》なんかもそうですが、カラヤンがやらなきゃ誰がやる、という感じ。

“色彩とリズムに解体・再構築した、すこぶるモダンな異色のムソルグスキー”

リッカルド・シャイー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:デッカ)

 ラヴェル編曲による2曲、ドビュッシーのサラバンド、舞曲に、《ボレロ》をカップリング。冴え冴えとした響きと透徹した感性に彩られた異色の演奏で、こういうムソグルスキーは珍しいのではないかと思います。一聴して分かるのは、シャイーがこの作品をいったん色彩とリズムで腑分けし、ばらばらにしたパーツを独自のモダンな感性で再構築している事。聴いているとほとんど現代音楽か、キュビズム美術や抽象絵画を目の当たりにする印象を受けます。

 勿論シャイーの事ですから、ドラマティックな演出もなくはないのですが、ここでは純音楽的な手法が優先され、精緻な音彩は耳に入ってきても、ストーリー的な要素はほとんど脳裏をよぎりません。非常に斬新なアプローチです。コンセルトヘボウ管の常として、深みのある柔らかなソノリティが美しく、特にブラス・セクションの豊麗なハーモニーは魅力的。同じレーベルに前年デュトワが録音したばかりの曲ですが、その事からも、いかにデッカがシャイーに大きな期待を寄せていたかが分かります。

“フランス的色彩が横溢するものの、表現自体は極めて淡白”

エリアフ・インバル指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:デンオン)

 ラヴェル・シリーズの一環。《高雅で感傷的なワルツ》の他、ドビュッシーの《サラバンド》《ダンス》をラヴェルによる管弦楽版がカップリングされています。

 明るくてさっぱりしたサウンドは印象的で、金管などまるで重量感がなく、フォルティッシモで咆哮する場面でもマスの響きにブレンドして、弦を圧倒する事がありません。インバルのアプローチ自体は極めて淡白で、誇張を排した端正なもの。音感とリズム感は際立っており、オケもソロ楽器を中心に卓越したセンスで好演。ただ、この曲には個性的な演奏も多いので、そういう中では自己主張に乏しく聴こえてしまうのが残念です。

 5/4 追加!

“彫りの深い棒さばきで、ロシア情緒をパワフルかつ濃厚に表出”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1989年  レーベル:ビクターエンタテインメント)

 ハチャトゥリアンの組曲《仮面舞踏会》、《スパルタカス》〜《フリーギアとスパルタカスのアダージョ》、シベリウスの《フィンランディア》とカップリング。当コンビは過去にメロディア、後にエクストンにも同曲を録音しています。

 冒頭は抑制の効いたトランペットから豊麗な響きで、地を這うようなレガートで徐々に輝きとパワーを増してゆく表現に独特の凄みあり。《小人》も腰の強いバスドラムの強打をアクセントに活かし、発色の良い合奏で、西欧の演奏とは異なる野趣と描写力で聴かせます。各プロムナードの深い味わいも秀逸ですが、実に彫りの深い棒さばきで、これほど一枚一枚の絵の奥行きが他と違って見える演奏は稀かもしれません。

 例えば《テュイルリーの庭》は一般的なテンポよりずっと遅く、中間部は極端にスローで、粘性の強い歌い回し。《ブイドロ》は重厚かつ壮大なスケールで迫ってきて、まるで違う曲に変貌を遂げています。民族的情緒も濃厚で、《カタコンブ》や《バーバヤガーの小屋》の、荒々しいエネルギーに満ち溢れた金管の咆哮はロシア風という他ありません。まるでロシア正教の賛美歌みたいに響いてくる、《キエフの大門》の冒頭もユニーク。

“ムソルグスキーの野卑な土臭さに光を当てた、独自の道を行く解釈”

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1989年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カップリングは《はげ山の一夜》《高雅にして感傷的なワルツ》。冒頭から意外に柔らかなムードで意表を衝きますが、聴き進む内に独特の表現にぶつかります。《小人》や《古城》の異様に遅いテンポは、新しい世界が開けるような不思議な説得力があり、単に奇異なアプローチというのとは一線を画します。要は、なぜそのテンポ設定が必要なのかちゃんと判るように演奏されているという事でしょう。

 管弦のバランスにも耳慣れない響きが飛び出し、特にテューバが強調されて剥き出しになる場面が目立つように思いますが、洗練されたラヴェルのオーケストレーションの裏に、ムソルグスキーの野卑な土臭い個性が息づいている事もまざまざと感じさせます。《バーバ・ヤガーの小屋》でのティンパニの強打も、同様の効果を生んでいる印象。

“オケの圧倒的技術とスラヴ魂溢れるヤルヴィ渾身の棒。同曲屈指の名ディスク”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 シカゴ交響楽団    

(録音:1989年  レーベル:シャンドス)

 スクリャービンの《法悦の詩》とカップリング。当コンビの録音は他に、コダーイの管弦楽曲集やフランツ・シュミットの交響曲第2番があります。オケの技術力や華麗でパワフルなサウンドを十分堪能させながら、ラヴェルの個性よりも断然ムソルグスキーらしさが勝った音楽として聴かせる辺り、スラヴ魂を感じさせます。

 《プロムナード》は艶消ししたようなトランペットの音色と、スタッカートを随所に盛り込んだフレージングが独特。淡白になりがちな各プロムナードも、当盤では情緒たっぷりに演奏されています。《小人》の大胆なリタルダンドや、《テュイルリーの庭》の中間部における超スロー・テンポなど、テンポの振幅を大きくとった、演出巧者な棒さばき。《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》は低弦のカンタービレが流麗かつ歌謡的で、どこか宗教歌か民謡のように聴こえるのもユニーク。

 《カタコンブ》はシカゴ響のお家芸、凄まじいブラスの咆哮。《バーバヤガーの小屋》は切迫したテンポとティンパニの鮮烈な打ち込み、かぶせ気味に音を投げてくる金管セクションが野性味満点。《キエフの大門》は前のめりのテンポでぐいぐい牽引し、表面的な華麗さより、下から突き上げるような底力がスラヴ風。

 演奏設計としては、どの指揮者も《キエフ》に山場を持ってくるのでしょうが、実際にそのタイミングで最大のボルテージを出力させるためには、職人的な技巧と経験、勘とセンスが必要である事が、当盤の見事な大団円からよく分かります。中身の詰まった有機的なサウンドが壮麗に鳴り渡る様は圧巻。アゴーギクの操作も見事という他なく、なかなか満足のゆく演奏の少ない同曲ディスクの中では、屈指の名演と太鼓判を押せる内容です。

“旧盤の解釈を踏襲、発展させながらも、豊麗さと洗練度を増した再録音盤”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:フィリップス)

 前回から12年後の再録音。オケは同じでレーベルと録音会場が違います。前回は残響のデッドなオールド・メトでの収録で、今回はメモリアル・ホール。EMIは生々しい直接音を前面に出していますが、フィリップスは豊麗な残響と適度な距離感でバランス良く聴かせます。肌触りのなめらかな美しいサウンド傾向も、フィリップスならでは。

 最初の《プロムナード》から音圧が高く、前のめりのイン・テンポで内在するエネルギーを感じさせるのはこのコンビらしい所。《小人》もテンションが高く、隙のないスリリングな合奏で表現意欲の強さを保ちます。《テュイルリーの庭》は遅めのテンポと自在な呼吸感で、情感豊かな描写を聴かせる旧盤の解釈を踏襲、発展。《ブイドロ》をはじめ、ティンパニを伴うトゥッティの響きにも柔らかな弾力があり、刺々しさが後退したのもメリットと言えます。

 《リモージュの市場》の快速テンポや、《カタコンブ》のリッチでパワフルな金管のハーモニーなど、旧盤の聴き所は継承されていますが、サウンドに洗練度と豊麗さが増し、佇まいに余裕を感じさせるのは演奏者の円熟。《バーバ・ヤガーの小屋》におけるティンパニや大太鼓のアタックも腰が強く、切り込みが鮮烈ですが、柔らかな残響が鋭利な打音を包み込む事で、かつてのゴージャスなフィラデルフィア・サウンドの再来を思わせます。《キエフの大門》はその総決算。

“名技性と色彩を抑制し、荘厳極まる表現で聴き手を圧倒するジュリーニ”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 シカゴ響とのグラモフォン盤以来の再録音で、コンセルトヘボウ管との《火の鳥》組曲とカップリング。録音が例のフィルハーモニーではなく、イエス・キリスト教会で行なわれているせいもあるのか、色彩が若干抑え気味で、ベルリン・フィルとしてはドイツ的重厚さが勝ったサウンドに聴こえますが、ジュリーニの方向性も名技性に興味を示さず、スコアに極めて誠実に接したもの。

 冒頭から滑らかなフレージングで、豊麗なソノリティ。テンポはやはり遅いですが、《古城》の前の《プロムナード》で終了前に思い切りリタルダンドをかけるなど、各曲の繋がりに配慮する細かい芸も見せます。《カタコンブ》など、荘厳を極めた表現で圧倒されますが、「こんな立派な曲だったっけ?」と作品の格がまるで一段上がったような印象すら与える所はさすが。

 《ブイドロ》のテューバ・ソロなど、オケの実力も指揮者を支えます。ジュリーニの生演奏は聴く機会に恵まれませんでしたが、録音の印象ではいつも、ラウドな響きを作る指揮者と感じます。《キエフの大門》もオケが鳴り切っていて、スケールが大きく壮麗無比。

“流線型の造形と独自の解釈でスコアを洗い直した、アバドの再録音盤”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:1993年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 原典版の《はげ山の一夜》と、リムスキー=コルサコフがオーケストレーションした合唱曲4曲をカップリングしたライヴ盤。アバドはロンドン響と同曲を録音しています。ムソルグスキーに一家言あるアバドだけあって、一筋縄ではいかないユニークな演奏。どの曲も独自の視点から斬新に解釈されており、聴き慣れたスコアから新鮮な表情を引き出しています。

 特に目立つのが流線型フォルムの追求で、《バーバ・ヤガーの小屋》《キエフの大門》のひたすら滑らかで平たいフレージングは、アバドのコンセプトが如実に表れた好例。冒頭の《プロムナード》から極端なまでのテヌートで粘液質の歌い回し、艶消ししたようにハスキーな色彩が、この曲の華麗なイメージを一掃します。立体感や弾力、華やかさを欠きながらも、質実剛健を採って内から作り上げてゆくシンフォニックな響きはアバドのお家芸。合いの手のブラスのハーモニーも、ほの暗くくぐもった音色が独特です。

 メリハリを強調される事が多い《小人》でも、アバドは横の流れを追求。細かくテンポを調整する《ブイドロ》は旋律線のしなやかさが際立ち、続くプロムナードにおける弦の情感の美しさが、そっと心に沁みます。《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》では、弱々しくも頑にリズムを崩さないトランペットのみみっちい感じ、長く引き伸ばされたユニゾンによる最後の一音がユニーク。

 オケの技術力は圧倒的で、《リモージュの市場》の卓越したリズム処理、急速なテンポ設定をものともしない精密なアンサンブルの妙は、スーパー・オケならでは。《キエフの大門》でもブリリアントな音響が鳴り渡り、ライヴらしい高揚感とも相まって、壮麗極まるクライマックスを形成。

“合奏の不揃いとホールの音響不備で、鑑賞にはあまり適さず”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィレンツェ五月祭管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:Maggio Live)

 楽団自主レーベルによるライヴ音源で、チャイコフスキーの《小ロシア》とカップリング。音質に問題の多いレーベルですが、さすがにクライバーの《椿姫》よりはマシなものの、音響のデッドさは相当なもの。録音技術以前の問題として、同オケに良いコンサート・ホールがないという根本的要因を改善する必要がありそうです。曲自体はジュリーニが得意にしているものですが、オーケストレーションの妙を楽しむ作品においては苦しい音。

 最初の《プロムナード》は、トランペットの音がやや貧相。続く弦は艶やかですが、管楽器とのバランスやピッチに支障があります。しばらくして調子が出て来たかと思いきや、《小人》はテンポが遅すぎる上、アインザッツも全然揃わず無惨。《古城》は、直前の《プロムナード》のゆったりと失速してゆくリタルダンドも含めて、独特の表現です。《ブイドロ》は普通のテンポを採用。

 《テュイルリーの庭》や《リモージュの市場》はスロー・テンポで克明極まる表現で、細部を拡大するようですが、標題からは乖離している印象も受けます。《卵の殻を付けたひなの踊り》も遅めのテンポながら、色彩感が鮮やか。

 《バーバ・ヤガーの小屋》はやはり遅く、合奏も不揃いの箇所あり。《キエフの大門》は常識的なテンポで、ソリッドなブラスをはじめオケも底力を見せます。スケール大きく盛り上がるので、会場も湧いてひと安心。ジュリーニの同曲録音は一流オケとのものがあるので、当盤の存在価値は見出し難いです。

“ゲルギエフ流の解釈を盛り込みながらも強い印象に欠けるディスク。録音も問題”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2000年  レーベル:フィリップス)

 歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲や交響詩《はげ山の一夜》、ゴパックを組み合わせた、ライヴ収録によるムソルグスキー作品集。当コンビによるせっかくのアルバムですが、幾分デッドで歪みがあり、左右の広がりにも乏しいなど放送録音の域を出ない残念な仕上がりです。演奏はこだわりを感じさせる部分もあるとはいえ、やはり放送録音的な感銘に留まった印象。ゲルギエフやラトルのディスクには、こういうものが多いように思います。これはアーティストよりも制作側の問題かもしれません。

 若干地味にくすんだ音色は、ロシア的と言えなくもないもの。冒頭のプロムナードから《小人》へアタッカで飛び込み、自由なフェルマータを盛り込んだり、《古城》のような淡々とした曲でテンポ変化を大きく付ける、《リモージュの市場》を快速調で飛ばしてゆく所はゲルギエフ流。全体としては、さしてユニークな解釈は聴かれないように思います。

“悪名高い録音の悪さに目をつぶれば、ユニークな視点に聴き所の多いディスク”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:2007年  レーベル:EMIクラシックス

 ジルヴェスター・コンサートのライヴ録音で、ボロディンの交響曲第2番、《だったん人の踊り》をカップリング。このレーベル(特にこのコンビのディスク)の音質はデッドな音場感、トゥッティの歪みと目詰まりしたような響き、和声感の不足など確かに問題です。もっとも、幾分華やかさを欠いたサウンドは、ラヴェルの持ち味を抑えてスラヴ的色彩を強調する結果になっていて、図らずもロシアをテーマにしたこのアルバムにふさわしく感じられもします。

 ラトルの表現も叙情性に傾いたもので、弱音が印象に残る場面が多いのは興味深い所です。例えば《古城》でサックスのソロが終わり、弦がそっと入ってくる箇所の最弱音の効果。それから、《テュイルリーの庭》中間部の繊細な情感。穏やかな表情でニュアンス豊かに歌う《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》の低弦。又、《カタコンブ》冒頭の意表を衝いて柔らかく、深々とした金管の響きは素晴らしい聴きもの。《キエフの大門》は大胆なリタルダンドも盛り込んで巧みに盛り上げます。

“洗練された音色でスコアをスタイリッシュに磨き上げる才人パーヴォ”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2008年  レーベル:テラーク)

 《はげ山の一夜》《ホヴァンシチナ》前奏曲をカップリング。直接音と間接音のバランスの良い、色彩的にも鮮やかな音質ですが、テラークの録音は大太鼓の重低音が過剰で、ヴォリュームの調整に気を遣うのがやっかいです。

 磨き上げられた豊麗な音色で、緻密に描写したスタイリッシュな演奏。リッチなサウンドながらそれを前面に出さず、抑制を効かせて上品に仕上げる態度がクールです。《小人》で弦の下降ロングトーンにグリッサンドを強調するのは。カラヤン盤辺りと共通する解釈。《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》の低弦や《テュイルリーの庭》の細やかな表情付けも見事です。《リモージュの市場》後半の、すこぶる解像度の高いリズムも鮮やか。

 《カタコンブ》では、まろやかにブレンドした響きで開始しておいて、途中のトランペットを加えたフォルティッシモでは思い切り力感を開放するのが効果的です。《バーバ・ヤガーの小屋》は速めのテンポで開始し、ティンパニと大太鼓のパンチを鋭く効かせてスポーティ。《キエフの大門》は力みがなく、トランペットのトップノートもヴィブラートで朗々と歌います。大仰になりすぎない、テンポと間合いの取り方も絶妙。

“シャープだが真面目で遊び心に欠ける指揮者。オケも好演ながらアンサンブルに乱れあり”

西本智実指揮 リトアニア国立交響楽団    

(録音:2010年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 スミ・ジョー&西本智実イン・コンサートというアルバムの中の音源。伝統あるグラモフォン・レーベルから出ている経緯がよく分からない上に、録音データがあまり詳しくなく、会場名すら明記されていません。ただコンサートっぽい体裁というだけで、ライヴ録音ではないようです。前半は《こうもり》や《椿姫》の序曲やアリアが中心で、後半に《展覧会の絵》という不思議な構成。どうもやはり、指揮者のファン向けの企画という雰囲気が濃厚です。

 オケがなかなか力演していて、最近の団体はどこもある程度の実力を持っているんだなあと感心。音色も時にリッチで時にシャープとフレキシブルですが、テンポの速い曲ではレスポンスの鈍い箇所があったり、鮮烈なアクセントに不足したりと、さすがに一流オケには及びません。指揮者の棒も真面目な調子で、もっと遊び心があっても良かったように思います。

 《サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ》の最後の音階や、《キエフの大門》直前のドラムのクレッシェンドの追加など、聴き慣れない表現もありますが、オケのライブラリに誰かの書き込みでも残っているのでしょうか。《バーバ・ヤガーの小屋》は、リズムの取り方や細かいフォルテ・ピアノ、クレッシェンドの挿入がユニーク。バスドラムの音圧がやたらと高いのは、最近のディスクで時折聴かれる傾向です。

“豊富なカラー・パレットで積み木細工のようにスコアを再構成する、俊英ドゥダメル”

グスターヴォ・ドゥダメル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《はげ山の一夜》とチャイコフスキーのバレエ《白鳥の湖》からワルツをカップリング。ライヴではなくセッション録音ですが、バスドラムの低域が浅く、かなり重心の高いサウンドになっているのはどうしてなのか、気になる所です。当コンビの録音はメンデルスゾーンの交響曲が先に出ていますが、それもなぜかアナログ・レコードのみの発売でした。

 冒頭はウィーン・フィルらしいふくよかな音色で開始しますが、ドゥダメルは音価を短めにとって、白玉音符の積み木細工のようにスコアを再構成しているのがユニーク。彼はその後の《プロムナード》でも全てこの、ややブツ切りに聴こえるフレージングを貫徹しています。《小人》は大太鼓の低音が効かないため、なんだかガサガサして締まりがないのが残念。

 《ブイドロ》もソステヌートを避け、音符の間に隙間を設けている所が、カラヤン・チルドレン達による息の長いフレーズ作りと一線を画するアプローチになっています。一方、山場に突入する前にひと呼吸間合いを取る、演出巧者の一面もあり。《リモージュの市場》へ飛び込む呼吸の見事さも、若手指揮者とは思えない円熟味を感じさせます。オケの特色は出ているものの、そこに寄りかからないスタイルは新世代らしい所。たまたま相手がウィーン・フィルだったから音色美もプラスされました、といった感じです。

 《バーバ・ヤガーの小屋》は落ち着いたテンポで、勢いにまかせずザクザクと音符を刻む所が個性的。デモーニッシュな何かが迫り来るような、独特の迫力があります。リズム・センスが鋭敏なので鈍重な感じはありませんが、いわゆるスポーティな運動性を追求した表現ではありません。細部の解像度を上げて、ディティールの集積で押してくる感じでしょうか。

 《キエフの大門》も艶消しした響きで細部を克明に処理しつつ、内側からパワーが湧き出てくるような表現。華やかではありませんが、銅鑼よりも鐘の音を強調するなど音色のパレットは豊富だし、腰の強さや高揚感も満点。

“随所に才気を発揮した素晴らしい解釈ながら、オケの魅力が今一歩”

ジャナンドレア・ノセダ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:2018年  レーベル:LSO LIVE)

 チャイコフスキーの第4番とカップリングされたライヴ盤。当コンビはショスタコーヴィチの交響曲シリーズの他、ブリテンの《戦争レクイエム》、ヴェルディのレクイエムも録音しています。ノセダのムソルグスキーは、歌劇《ボリス・ゴドゥノフ》《ホヴァンシチナ》の映像ソフトあり。

 ノセダは非凡な才覚を持つ指揮者で、各曲をドラマティックな語り口で雄弁に描写。各曲間のテンポや性格のコントラストも大きく付けています。しかも仕上げが丁寧なのが美点。《小人》《殻を付けたひな鳥の踊り》《リモージュの市場》《バーバ・ヤガーの小屋》のシャープなリズムと俊敏で輪郭の明快な合奏、《古城》《ブイドロ》のロシア的に沈んだ色彩、そして深い情感の表出、《キエフの大門》の内側から輝きを放つような荘厳さなど、いずれも傑出した指揮ぶりです。

 当シリーズの他盤と同様、音響条件の悪さで知られるバービカン・センターでの収録ですが、エンジニアリングがうまいのか、さほど響きは悪くありません。ただ、音色面でロンドンのオケはやはり美質に乏しく、できれば他のオケで聴きたかった感は否めないのも事実。

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