シベリウス/交響曲第1番

概観

 チャイコフスキーの影響も指摘される作品だが、そうはいっても誰の曲にも似ていない個性的な音楽ではある。特にこの、北欧そのものの音に着目する方が重要で、特に最初の2つの楽章は、どこを取ってもフィンランドの自然そのもの。

 もう十年以上も前、初めてのフィンランドで私達以外に誰もいない森と湖で数時間を過ごした折、長年ずっと聴いてきた音楽から受けて来た印象が、錯覚でも思い込みでもなかった事を確信た。シベリウスが何を音楽にしたのか、その一部でも身をもって知る事ができた体験は貴重で、自分の中でもその体験が生き続けている。

 私が初めてきいたディスクは、父が所有していたバルビローリ盤のLPだったが、私自身は持っていない。お薦めはC・デイヴィスのボストン、ロンドン両盤、N・ヤルヴィ盤、ベルグルンドのヘルシンキ、ヨーロッパ両盤、ブロムシュテット盤、ヴァンスカ/ラハティ盤、マケラ盤。

*紹介ディスク一覧

63年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

76年 C・デイヴィス/ボストン交響楽団

76年 ストコフスキー/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

78年 オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団

81年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

82年 N・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団

84年 ラトル/バーミンガム市交響楽団

86年 ベルグルンド/ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団  

92年 マゼール/ピッツバーグ交響楽団

94年 ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団

94年 C・デイヴィス/ロンドン交響楽団  

96年 ヴァンスカ/ラハティ交響楽団   2/23 追加!

97年 ベルグルンド/ヨーロッパ室内管弦楽団  

03年 ゲルギエフ/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団  

04年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団

09年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

12年 P・ヤルヴィ/パリ管弦楽団   

15年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

21年 マケラ/オスロ・フィルハーモニー管弦楽団  2/23 追加!

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“急速なテンポとエネルギッシュな表現。若干粗削りな面も”

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1963年  レーベル:デッカ)

 交響曲全集中の一枚。マゼールは後年、ピッツバーグ響と新全集を録音しています。全曲を通じて性急なテンポのエネルギッシュな表現ですが、特に第2楽章以降はものすごい速さ。

 若い頃のマゼールの演奏は粗削りになりがちな面もありますが、ベルリン放送響との録音などと違って、ウィーン・フィルの響きには柔らかさとふくらみがあり、それが演奏を神経質さから救っています。一方で、第4楽章の勢い込んだ表情は、明らかにスリルを指向しているようにも聴こえ、熱っぽいのは結構ですが、あまりシベリウスらしくない感じもするのが難点でしょうか。

デイヴィスの折り目正しいイメージを覆す情熱的名演

コリン・デイヴィス指揮 ボストン交響楽団

(録音:1976年  レーベル:フィリップス

 当コンビは交響曲全集と管弦楽曲集を録音しており、当盤もその一環。当コンビのディスクは意外に少なく、協奏曲の伴奏を除けば他にドビュッシーの《海》《夜想曲》、メンデルスゾーンの《イタリア》《真夏の夜の夢》、シューベルトの《未完成》《グレイト》《ロザムンデ》、チャイコフスキーの《1812年》《ロメオとジュリエット》があるのみ。

 最初の3つの楽章は、ゆったりとしたテンポの中で克明に音符を処理した、余裕の表現。フィリップスのボストン録音にはサウンドが硬直しがちなものもありますが、こちらは柔らかみと潤いのある豊かなトーンで収録されていて魅力的です。デイヴィスはやはり徹底した譜面の読み込みによって、細部まで丁寧に血を通わせますが、音楽の流れが常に自然で、そこに風格を感じます。音の輪郭が明快で、北欧的雰囲気を狙ってぼやけたニュアンスに傾かないのも彼らしい所。

 注目は第4楽章。弦による優しい風合いの歌い出しや、即興的と言えるほど自由な間とアゴーギクを駆使した恣意的な表現は、イン・テンポの客観的アプローチというデイヴィスのイメージからすると意外です。金管群もレガート気味に流れる箇所があり、第2主題のロマンティックな歌心などは感動的。この曲のディスクでは、最良の一枚だと思います。

“最晩年のストコフスキーによる美しくも熱っぽいシベリウス”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:ソニー・クラシカル) 

 ストコフスキー最晩年のレコーディングは、彼のファン以外からも軒並み高い評価を得ていますが、これも、90代の指揮者が振ったとはとても思えないほど若々しく、エネルギッシュな演奏。作曲者と親交のあった彼ですが、この曲の録音は当盤が唯一。録音も良好で質感が生々しく、やや高音域が派手ながら、みずみずしい響きをヴィヴィッドに展開します。《トゥオネラの白鳥》をカップリング。

 第1楽章は冒頭のクラリネットから自由なフィーリングで、通常よりもずっと弱い弦のトレモロが誘導する主部は、旺盛な表現意欲に溢れます。派手なスコア改変や極端な誇張は見られませんが、テンポやデュナーミク、間の取り方にはストコ節が健在。第2楽章は、非常に遅いテンポで切々と歌い上げる耽美的表現。デッカの録音なら濃厚な感じになったでしょうが、当盤は残響の多い爽快なサウンドで、大変に美しい清冽な演奏と感じられます。

 第3楽章はテンポが速く、ものすごい勢いで疾走。特に、コーダにおけるアッチェレランドと、激烈なティンパニの連打が圧巻です。終楽章もエンディングに至るまで凄まじいスピードで突っ切る、熱気溢れるパフォーマンス。通常は落ち着いて迎える大団円も、強い牽引力でぐいぐいと引っぱり、最後まで手に汗握るスリリングな表現を貫きます。

美麗極まるフィラデルフィア・サウンド、明快そのもののオーマンディ

ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:RCA

 オーマンディも作曲者と親交がありましたが、彼は何度もこの曲を録音していて、当盤は一番最後のもの。とにかくオケの美麗なサウンドに魅了されるディスクで、ソロも皆、どことなく名人芸的な調子を帯びています。そのせいか、フレージングがおしなべてたっぷりとしていて、演奏全体に余裕が感じられるのが特徴。

 どこを取っても明快そのもので神秘性は全くありませんが、ビギナーには親しみやすい演奏と言えるでしょう。第2楽章などはすこぶる遅いテンポで旋律を嫋々と歌い上げ、通を唸らせる部分もあります。オーケストレーションを補強するのはいいのですが、第1楽章で派手に打ち鳴らされるシンバルは違和感があり、私には到底受け入れられません。

オケの華麗なサウンドが響き渡るが、作品との相性に疑問も

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:EMIクラシックス

 カラヤン時代のベルリン・フィル特有の、ピッチを標準より高めにとった華麗なサウンドが響き渡る異色の演奏。両端楽章でティンパニが烈しく暴れ回る点を除けば、むしろ堅実な造形感覚に基づいている印象もあり、レガート奏法の徹底もさほど聴かれません。

 終楽章の第2主題を速いテンポで流している所は面白いと思いましたが、カラヤンのシベリウスは、第2番もそうですが、どことなく居心地の悪さがあって私はあまり聴きません。やはりシベリウス作品は、演奏者を選ぶというか、人工臭を寄せ付けない音楽という気がします。

手作りの民芸品を思わせる、天然素材の味わい深さ

ネーメ・ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団

(録音:1982年  レーベル:BIS

 最初の全集録音第1弾で《フィンランディア》とカップリング。当時は無名の指揮者、オケながら本格派の名演として大いに話題を呼んだものです。私も当盤で初めてこのコンビを知りましたが、通常より少し分厚く重いレコードから聴こえてくる響きは、全てが自然素材というのか、素朴で垢抜けてはいないけど、手作りの民芸品みたいな味わいがあって、冒頭のクラリネットから即座に魅了されたのを覚えています。世界屈指と言われるホールのアコースティックも、どこか人肌の温もりを感じさせました。

 今、CDで聴いてもその印象は変わりません。弦の清澄なサウンドや少々無骨なブラスの雄叫び。ゆったりとしたテンポの中で、いささかの衒いもなく繰り広げられるこの美しい演奏は、ちょっとしたフレージングや音の間合いに、これが北欧だという強い説得力があります。誇張とは無縁ですが、彼らの矜持が伝わってくる立派な演奏。ヤルヴィのシベリウスでも、当盤はベストの出来ではないでしょうか。

一貫して攻めの姿勢のラトル。工夫を凝らしたドラマティックな演奏

サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:1984年  レーベル:EMIクラシックス

 全集録音の一環。ラトルらしい、リズム感の良さと鋭敏な感受性に裏付けられた、繊細かつ意欲的な演奏です。テンポやディナーミク、アーティキュレーションなど随所に工夫を凝らしていますが、人工的な味付けは全て浮いてしまうのがシベリウスの音楽。伝統的に英国の指揮者はみなシベリウスを得意としてきましたが、ラトルは少し毛並みが違うといいますか、正統派の系譜ではない感じです。

 しかし、自然体でない事を除けばたいそう熱のこもった演奏で、終楽章などドラマティックでスケールも大きく、マーラーを思わせたりもします。オケのサウンドは当盤のみプロデューサーが違うせいもあるのか(ホールは同じ)、同じ全集でも後期シンフォニーと較べると音響的魅力が乏しく残念。弦の清澄さや木管の鮮やかな音色など、当盤だけが一段劣ります。ただ、弦の歌い回しに聴く濃密な表情はロンドンの諸団体に欠けているもので、好ましく聴きました。

“本場オケの魅力を生かし、斬新な解釈で独自の道を行くベルグルンド”

パーヴォ・ベルグルンド指揮 ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:EMIクラシックス)

 ベルグルンド二度目となる全集録音の一枚で、6番とカップリング。しなやかにうねるカンタービレと共に、清澄でクールな印象ながら柔らかな手触りもあるヘルシンキ・フィルの響きは全く独特で、ヨーロッパ室内管と行った後の全集録音にはない、ユニークな魅力を放っています。

 第1楽章は、スケールの雄大さと緻密さを両立させ、のびやかな歌も横溢する秀逸な表現。力強さには事欠きませんが、ディティールの表情が実に雄弁で、リズム処理や弦のトレモロなど、解像度の高さが驚異的。木管の鮮やかな色彩も耳に残ります。特定の音型を強調したり、音響バランスやダイナミクスに聴き慣れない解釈を適用する箇所もあり、滋味豊かで彫りの深い演奏を展開します。

 第2楽章は、はかなげな弱音のデリカシーと、ふとしたルバートの挿入、濃密な情感と艶っぽい歌が魅力的。まるで自然の音をそのままオーケストラに移し替えた趣もあり、風の音や鳥の声、森のささやき、湖面のさざ波が、音楽を通して聴こえてくるよう。第3楽章はきびきびしている一方、中庸のテンポで肩の力が抜けたパフォーマンス。リズムが明快で、マルカートを中心にアーティキュレーションの描写がくっきりと出ています。

 第4楽章は、序奏部こそ情感たっぷりですが、主部は速めのテンポで鮮やかな棒さばき。オケの合奏力もなかなかの緊密さで、シャープなエッジと鮮やかなリズム感が痛快。共感を込めて熱く歌い上げるカンタービレは感動的で、コーダにおける荒々しい熱情の発露も凄まじいものがあります。

極端に遅いテンポと自由な表情付け。オーケストラも好演

ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル

 全曲録音の一枚。マゼール二度目の全集です。旧盤とは対照的に、極端なほど遅いテンポで細部を描き尽くしたロマンティックな表現で、随所にルバートを盛り込み、自由な表情付けを行っています。全く違う曲にきこえる箇所もあるくらいですが、私としては旧盤よりもこちらを採りたい感じ。シベリウス的ではないかもしれませんが、スケールが大きく、意外に説得力があります。

 第1楽章の主部など、ティンパニと金管の三連符にいちいちブレーキをかけて強調するあざとさは、正にマゼール流。第1主題提示の箇所をはじめ、弦を中心に流麗な歌心が横溢するのは、この指揮者としては意外な感じもしますが、要所のアクセントやリズムの角を立たせて句読点を明確に打ち出すのは、マゼールならではの造形感覚です。

 オケも好演で、弦楽セクションのしなやかさが印象的だし、管楽器の和音でホルンがトップに来る時の柔らかいタッチが、心地よく耳に馴染みます。ソニーのピッツバーグ録音は、後にレスピーギやサン=サーンスで行ったワンポイント収録より、こちらの方が遥かに自然で聴き易いと思います。ただ、やや奥行き感が浅く、さらに深い音場と豊かな残響があればと思うのは無いものねだりでしょうか。

指揮者、オーケストラ共に内的充実著しい名演

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 サンフランシスコ交響楽団

(録音:1994年  レーベル:デッカ

 当コンビによるシベリウス交響曲全集の一つ。内容の充実著しい、素晴らしい全集で、聴く度に畏敬の念に打たれます。特にオケの響きは、豊かさと精緻さを両立させ、そこにヒューマンな暖かみも加わって実に魅力す。弦の艶っぽくみずみずしいサウンドが耳を惹く一方、張りのあるティンパニやブラスのシャープな吹奏など、硬質な力感にも欠けていません。

 第1楽章から、全くの正攻法ながら実にスケールが大きく、造形も明快。ブロムシュテットのアプローチはいつも、く衒いのない堂々たるものですが、北欧人としての血はスコア解釈への自信に繋がっているようです。自然な表情が与えられた各部が有機的に連結しているのもさすがですが、短いスパンのクレッシェンドをややデフォルメするなど、演奏効果への目配せも忘れていません。エッジが効いた金管群もパワフルで、クライマックスの凄絶な迫力も圧巻。

 第2楽章は、スロー・テンポで切々と歌い上げる雄弁なカンタービレが感動的。弱音の効果も生きています。この楽章に限らず、旋律線に関しては、歌謡的な表情や独自のアーティキュレーション解釈を随所に適用。木管のサブ・テーマで若干テンポを上げるのは効果的です。暖色系のカラー・パレットを用いますが、発色は鮮やかでグラデーションも多彩。ホルンのふっくらとしたハーモニーに、艶やかな木管が彩りを添える辺りもすこぶる魅力的です。振幅も大きく、展開部の激した調子もドラマティックに表出。

 第3楽章は、ブロムシュテットが得意にしているニールセンと共通した雰囲気の楽想で、生き生きとしたリズム感と覇気の漲るアタックを駆使した好演。フォルム重視のモダンな性格ながら、響きに潤いがあり、情感が豊かなのがこのコンビの魅力です。第4楽章も、オケと指揮者の結びつきの深さが窺われ、緊張の糸を途切れさせる事なく、熱っぽい語り口でぐいぐいと音楽を牽引。どのフレーズをとっても強い説得力があり、深い呼吸で大きな起伏を描くセンスも見事。

“たっぷりとした歌に溢れ、スケール感と恰幅の良さを増した再録音盤”

コリン・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1994年  レーベル:RCA)

 デイヴィス2度目の全集録音より。響きはクリアで立体的で、ロンドン響としては色彩感が比較的に鮮やかに出ているのが特色です。指揮者も著しい進境を示し、特に過去のデイヴィスと違うのは、旋律をたっぷりと、情感豊かに歌わせている点。

 第1楽章はスロー・テンポで開始。主部は雄渾でメリハリが強く、エッジが効いてシャープなリズム感。悲歌風の木管ソロや主部のトランペットなど、旋律線のたっぷりとしたフレージングが耳に残ります。第2楽章は柔らかいソノリティの中にも明確なアーティキュレーション描写が生きており、対比やメリハリが鮮明。表情の付与も風格の味わいという他なく、各部のテンポ設定も含めて理想的な解釈と感じます。ブラスを伴うトゥッティも壮麗ですが、佇まいに余裕があるのはデイヴィスの円熟でしょうか。

 第3楽章は落ち着いたテンポで、ディティールを克明に処理。ティンパニを抑えながら、スコアに内在するグルーヴを見事に抽出。オケの音彩も鮮やかです。弦のアンサンブルも、ぎしぎしと軋みをあげるほどにアグレッシヴ。第4楽章は冒頭からゆったりとしたテンポで歌い、弦のカンタービレに魅了されます。主部は一転してスピーディ。生き生きとスリリングな合奏を繰り広げます。大胆なテンポ・チェンジも、確信に満ちた棒が牽引。スケールも大きく、豪放な力感に圧倒されます。

 2/23 追加!

“ラディカルかつモダン、シベリウス解釈に新鮮な視座をもたらす”

オスモ・ヴァンスカ指揮 ラハティ交響楽団

(録音:1996年  レーベル:BIS)

 ヴァンスカ最初の全集録音から。彼は後にミネソタ管とも、クレルヴォも含めた全集を完成させている。響きの傾向は同じレーベルのエーテボリ録音と似ているが、残響はさらに豊富。演奏はずっとラディカルかつモダンで、このコンビの録音が全てそうというわけではないが、当盤はかなり特徴的な造形。この全集を聴くと、シベリウスの演奏スタイルがいかに長年に渡って進化してこなかったかがよく分かる。

 第1楽章はおそろしく速いテンポ。全てのフレーズが絶え間なく連結されるので、間合いがなく息苦しく感じる箇所もあるが、勢いはものすごい。本質に沿っているかどうかはともかく、新鮮な視座は提供している解釈。また、音型を幾何学模様のように処理する傾向もあり、下地に現代音楽の素養が透けて見えたりもする。

 第2楽章は一旦落ち着くが、全てのフレーズとテンポ設定が新しい観点で解釈し直されたようなフレッシュさは継続。第3楽章は再び快速調だが、むしろ速さよりもフットワークの驚異的な身軽さこそ聴かれるべき。しかもリズムを中心にアーティキュレーションの彫琢が徹底して緻密になされていて、そのディティールの斬新さこそが耳を惹く。そしてコーダの凄絶さといったら!

 第4楽章も描写に曖昧な所が一切なく、研ぎ澄まされた感性でスコアを隈無く照射。オケもすこぶる優秀で、緊密そのものの一体感は圧倒的。鋭敏極まるリズム感と雄弁なカンタービレも素晴らしい。

“優秀な室内オケを起用し、スコア解釈を徹底して洗い直したベルグルンドの至芸”

パーヴォ・ベルグルンド指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団

(録音:1997年  レーベル:フィンランディア・レコーズ)

 3度目の全集録音より。録音会場とエンジニアがばらばらで、1〜3番と5番はオランダ収録でエンジニアがオノ・スコルツェ、4、6、7番はイギリス収録でエンジニアがトニー・フォークナーと、いずれもメジャー・レーベルでも活躍する技師を起用。ティンパニの明瞭な打音を軸にした、よくシェイプされながらも豊麗な響きは、ヘルシンキ・フィルのそれとかなり隔たっています。残響は豊かに収録され、シャープなブラスがエッジを効かせつつも、全体にしなやかな印象のサウンド。

 第1楽章はきびきびとスピーディな棒さばきで、強い推進力を維持。リズムが鋭利で、レスポンスが敏感です。オケが非常に上手く、すこぶる集中力の高い表現を展開。ベルグルンドの棒もスペシャリストらしからぬ新鮮な息吹に溢れ、解釈し直されたアーティキュレーションと強弱の描写が細部まで徹底していて、誠に壮観です。

 第2楽章は縮小された編成のせいか響きがすっきりし、木管のパッセージなど、細部の動きが手に取るように聴こえる印象。それでもソノリティが骨張ったり痩せたりする事はなく、常に美麗でしなやか、音色のパレットも多彩です。テンポが弛緩せず、常に意識が覚醒している感じはベルグルンドらしい所。アゴーギク、デュナーミクの設定もよく練られています。

 第3楽章は緻密な造形で、弱音部までアンサンブルを見事に統率。楽器間の受け渡しやフレージングの呼吸など、どこを取っても熟練の技。それでいてフレッシュな感覚を失わず、常にみずみずしい生気が溢れます。第4楽章はオケの機動力が優秀でリズム感に優れている上、メリハリが鮮やかそのもの。情緒過多になる事なく、スコアを掌中に収めた棒さばきは圧巻です。バスドラムとシンバルの入る4連打などは、アタックを抑制してソフトなタッチ。決して辛口ではなく、旋律線は表情豊かにたっぷりと歌わせています。

“合奏に瑕疵はあるものの、濃密でスリリングな表現を繰り広げる超絶ライヴ”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2003年  レーベル:ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルによる、ライヴ盤4枚組セットより。ゲルギエフは、シベリウスのシンフォニーを全くメジャー・レーベルに録音していないので、当盤はなかなか稀少な音源です。コンセルトヘボウの名ホールで収録された放送録音ですが、強音部で若干の歪みとこもりがあります。

 第1楽章は、序奏から主部にかけ、まろやかで美しい音色。暖かみのあるカラー・パレットはゲルギエフの美点ですが、同時に、アンサンブルの精度がもう少しと感じる箇所もあります。歌に傾倒して横のラインを重視した表現で、旋律線のしなやかさが良く出る一方、ティンパニのアクセントなども力強く、メリハリは明快。弱音部を中心に、トランペット、ホルンや木管の叙情的な歌い回しと濃密な表情は秀逸で、思わず聴き惚れてしまいます。弦の艶やかな光沢も魅力的。

 第2楽章もスロー・テンポで、デリカシーたっぷり。はかなげなピアニッシモの効果が詩情豊かで、つぶやきのように密やかな歌い口に、優しさや懐かしさ、哀惜の念が渾然一体となって胸に迫ります。あらゆる音にそっと慰撫するような感覚があるのは独特ですが、テンポ・アップする山場は通常以上のスピードを設定して、テンポの落差を大きく取っているのもゲルギエフらしい所。

 第3楽章は逆に急速なテンポ設定で、スピード感を追求してスリリング。ただしメカニカル一辺倒ではなく、多彩なニュアンスと音色を確保しているのはさすが。リズムが鋭利で緊密な合奏を繰り広げる一方、あらゆるパッセージが意味深く生気に溢れ、各楽器間の受け渡しも有機的。まるで細部が、雄弁に語りかけてくるような演奏になっています。常にフットワークが軽く、重々しさから解放されているのも爽快。

 第4楽章は、やはり主部のテンポを速めに採り、勢いよく突進してゆくような勇ましい表現。リズム感が卓抜で、図抜けた運動神経のために、常に軽快さを失わないのは見事という他ありません。スタッカートの切れ味も抜群。叙情的な場面との対比のダイナミズムも、余す所なく描き切っています。オケもヴィルトオーゾ風の速弾きで、実力を存分に発揮。

“北欧的ムードより、ドイツ的論理性が勝った熱演ライヴ”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2004年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 オーケストラと独ソニーの共同製作によるライヴ録音シリーズの一つ。ヤンソンスはオスロ・フィルと全集録音も行っている他、同曲をコンセルトヘボウ管ともライヴ収録。当コンビのシベリウス録音は、自主レーベルへの第2番、《フィンランディア》、《カレリア》組曲もあります。

 第1楽章は速めのテンポで勢いがあり、シベリウス的書法にこだわらずがっちりと構築。ティンパニの強打による句読点の付け方など、ドイツ的な論理性も感じさせます。再現部前の混沌とした部分は独特のリズム感で、木管のフレーズにところどころ鋭いアクセントを付けて、水飛沫が飛び散るような効果が独特。幻想味は薄いですが、テンションの高い演奏です。

 第2楽章も、木管のリズムや短いフレーズなど、強弱やアーティキュレーションに独自の工夫あり。素材を丁寧な手付きで扱うのが印象的です。中間部における木管群のたっぷりとした間合いも独特ですが、テンポはかなり切迫した調子で煽る箇所もあり。第3楽章はハイテンションで烈しく、何かに突き動かされるかのように一心不乱。

 フィナーレは序奏から雄弁で、弦のモノローグにもくどいほどスタッカートやマルカートを付与。主部は語気が強く、変化に富んだ熱っぽい表現。各フレーズを明瞭なアーティキュレーションで隈取って、無類の歯切れ良さがある他、スコアにはないクレッシェンドやアッチェレランドを駆使し、エキサイティングなパフォーマンスを繰り広げます。北欧的静謐さとは別種の世界ですが、ロジカルな語り口と様式感はドイツ音楽に通じるもので、同じコンビの第2番と共通するアプローチ。

“バイエルン盤の極端さや理屈っぽさが、より自然で感情的な表現へと中和”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2009年  レーベル:RCO LIVE)

 ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールでのツアー・ライヴで、当コンビのライヴ録音ボックスに収録(BBCの放送音源から取られています)。奥行き感など音の感触は少し違いますが、残響は豊富だし、オケの美しい音色も堪能できます。ヤンソンスの同曲は過去にオスロ・フィルとの全集盤、バイエルン放送響とのライヴ盤もあり。

 第1楽章は過去盤よりテンポが遅くなり、柔和な語り口でよりロマンティックな表情。フレージングもソステヌートに感じられる箇所が多いですが、オケの美質と音色は3種の録音の中で最も曲想に合っているようです。ブラスやティンパニなどエッジの効いたアクセントや、歌謡性を強調したフレージングも全体から突出せず、豊麗な響きの中でうまく中和されているのが好ましい所。いわゆる、アラの目立たない仕上がりとなっています。

 第2楽章もオケの美麗なパフォーマンスが耳を惹く、魅力的な演奏。起伏の大きい、ドラマティックな語り口は踏襲していますが、バイエルン盤ほど極端ではない印象。ただ、合奏の一体感と集中力は強靭で、アーティキュレーションは徹底して統一されています。感情面の烈しさも、ライヴらしい熱っぽさで表出。第3楽章も雄弁で激した調子もある一方、バイエルン盤と較べるとずっと落ち着きが感じられます。

 第4楽章はやはり表現主義的で、随所にヤンソンスらしい仕掛けのあるパフォーマンスですが、理が勝ったバイエルン盤よりはずっと自然で音楽的。感情の発露も前面に出るように感じられます。大きく間を溜める際の、指揮者の気迫に満ちた唸り声も、その率直さが好ましいもの。オケも真情のこもった演奏で応えていて、切々と歌い上げる弦楽セクションの第2主題の美しさなどは秀逸。正に熱演です。

“過去のシベリウス演奏のエコーと、近代管弦楽作品としての解釈を、見事に両立”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:RCA)

 ライヴによる全集録音から。2015、16年の録音が中心の全集中で、同曲だけは収録の時期がぐっと早く、会場も旧来のサル・プレイエルです。ただ、音響的なデメリットは感じられず、残響が適度な分、より輪郭がくっきり出ている印象もあり。個人的にはむしろ、全曲サル・プレイエルで収録して欲しかったくらいです。オケの明るく艶やかな音色、たっぷりとした残響に包まれた柔らかな響きは、当全集に共通のサウンド・イメージ。

 第1楽章は遅めのテンポで造形の掘りが深く、味の濃い表現を展開。金管やティンパニもエッジが効いて迫力がありますが、全体としてはふくよかな響きを構築し、自在なアゴーギクで旋律線をロマンティックに歌わせて、野性的な荒い演奏には傾きません。発色が良いオケの美質と仕上げの丁寧なパーヴォの棒が、カラヤンのスタイルともベルグルンドの様式感ともまた違う、新しい光をスコアに当てていると言えるでしょう。

 第2楽章も音色が艶っぽく、テンポ変化の落差が大きくて情感豊か。オケの響きに温度感があり、冷涼とした北国の世界とは一線を画しますが、それこそが狙いなのでしょう。ソステヌートの歌い回しを多用するのも、このコンビのシベリウスに共通する特徴。中間部のドラマティックな煽り方と雄弁な語り口には、思わず引き込まれます。その後の、粘っこくポルタメントまで効かせた主題再現も、実に耽美的な表現。

 第3楽章は、鋭敏なリズムを駆使しながら神経質にならず、指揮者のモダンなセンスがうまく発揮された印象。スコアにある民族性や伝統、革新や現代性を、矛盾させる事なく同時につかみ取って表現する事は、パーヴォの世代の俊英指揮者にはもう当たり前なのかもしれません。ここでも、過去のシベリウス演奏のエコーと、近代管弦楽作品に虚心坦懐に接する際、当然行われるべき合奏の構築手法が、ごく自然に同時に耳に入ってきます。

 第4楽章は、内から込み上げるような焦燥感と敏感なレスポンスがフィナーレらしく、そこにドラマを展開する点は交響詩的な解釈とも言えます。オケも集中力が高く、緊密なアンサンブル。旋律線の熱いパッションと豊かな情感にも、耳を奪われます。非常に細かく表情を付けながら、大局の見通しが良く、小手先の演出に陥らないのはこの全集の美点。ソリッドなブラスと鋭利なティンパニが鮮烈な効果を挙げ、見事な設計力で充実感溢れるコーダへと持ち込みます(この曲では難しい事です)。

“アグレッシヴな勢いとしなやかさ、濃密な表現力を増したライヴ再録音盤”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2015年  レーベル:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルによる、全集ライヴ録音から。管弦楽曲などのカップリングは一切ありませんが、ブルーレイ・オーディオの高音質ディスクと、ハイレゾ音源ダウンロードのコード、全曲の映像ソフトも付属する豪華パッケージです。ラトルはバーミンガム響と80年代に一度、全集録音を敢行。

 第1楽章は旧盤と大きく異なり、速めのテンポでアグレッシヴな表現。強弱のメリハリがやや極端で、ティンパニのトレモロをはじめ、短いスパンで急激にクレッシェンドする箇所も多いです。前のめりの足取りがキープされ、演奏全体に急き立てられるような勢いがあるのは独特。しかしフレージングはしなやかで、曲線の描き方が優美なのも、その対比パターンがHIPの態度と共通します。

 第2楽章も速めのテンポで、全体を大きく掴んで一つの流れの中に捉えた解釈。細部にとらわれず勢いで流すようにも聴こえますが、合奏の緻密さはオケが十二分に補っています。展開部はかなりテンポを煽り、引き締まった造形で緊張度を高めますが、再現部への回帰も含めて緩急の呼吸、ダイナミクスの力学的采配が絶妙。色々言われても、やはりラトルは一流の音楽家だと感じます。

 第3楽章は、ティンパニの打撃が意外に控えめですが、弦のリズミカルなフレーズなど、拍節の感覚がモダン。淡白に流れて意味合いが薄れがちな楽章ですが、ぐっとテンポを落とした中間部にも、指揮者とオケの濃密な表現力が光ります。コーダへの猛烈な加速も効果的。

 第4楽章は、デュナーミクとアーティキュレーションのこだわりに耳を惹かれる箇所が多く、さりげない調子の中にオケの細やかなニュアンスが多彩に展開されています。思えば旧盤にも、この振幅の大きさと熱っぽい感情表現の原型はあり、そう考えるとラトルが目指すシベリウス解釈のベクトルは、さほど大きく転換した訳ではないのかもしれません。

 2/23 追加!

“細部を濃密に描き込みながら、大きなうねりと非常な勢いに溢れる超名演”

クラウス・マケラ指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2021年  レーベル:デッカ)

 マケラのデビュー盤となる、《タピオラ》と3つの交響曲断片を含む全集セットから。今やデッカの看板を掲げていても、共通の録音スタッフがいるわけではなく、プロデューサーやエンジニアには北欧の氏名表記が並ぶ。恐らく現地雇用のスタッフなのだろう。

 NHKでコンセルトヘボウ管とのコンサートの一部が放送され、その時からひと目見ただけで才能に溢れた指揮者だと感じたが、その後やはり、スター級の扱いでデッカが契約した。当全集は、音だけで聴いていても聴き手に訴えかけてくるものの多い、素晴らしい名演。近年の若い指揮者は上品にまとめる人が多いが、彼の指揮は思い切りが良く意欲的で、音楽の呼吸が深い。

 第1楽章は、提示部のクライマックスを築き、ひと息付くまでを一気呵成の勢いで聴かせる。その大局的な俯瞰の視点と、それを粗雑に感じさせない仕上げの細やかさは、若手の域を超えている。一旦弱音に落とし、長いクレッシェンドを形成する箇所は、提示部も再現部もフレーズの区切りを烈しいアクセントで強調するのが斬新。荒々しさもむき出しに、熱っぽく描き切ったコーダも見事。

 第2楽章もしなやかなフレージングで流麗な歌を紡ぐが、随所に激烈なパッションが顔を出す。その表現が決して唐突ではなく、楽章全体の中の一エピソードとして有機的に組み込まれているのが凄い。マケラの演奏の美質は、いかな意欲的な解釈も、この、各部が全体から切り離されていない、という点が肝要だ。これは、ネルソンスやティーレマンが時に見落としてしまうポイントである。

 第3楽章も精度の高い棒で全てを意味深く描く、すこぶる濃密な演奏。とりたてて速いテンポを採っているわけではないが、音に勢いがあり、瞬発力のあるスフォルツァンドや鋭いアクセントを駆使するので、非常に集中力が高く、スリリングに聴こえる。

 第4楽章は冒頭の主題提示から、伴奏のトロンボーンの荒々しいコードが鮮烈。序奏部は弦も木管も意識的なアーティキュレーションが頻発し、あらゆるディティールが意味ありげに響く。随所に新鮮な発見があるが、演奏全体は大きな呼吸で推移していて、息の長いスパンで熱っぽい感興を高めてゆく。特に第2主題は繊細かつ艶美な歌い回しで濃密にうねり、聴き手の胸を揺さぶる。熱演。

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