ストラヴィンスキー/バレエ音楽《火の鳥》 組曲版

概観

 ストラヴィンスキーの3大バレエで一番最初に書かれたこの作品、演奏会で耳にする意外に機会は少ない。特に全曲版は、80年代くらいまでそれほど多くのディスクは出ていなかった記憶がある。組曲版は手際良く構成されていて、私はこちらの方が好きだが、全曲版を聴き慣れてしまうと、確かに強引に縮めたように聴こえる。

 組曲版は2管編成の縮小版だからつまらないとよく言われるが、私にはどうも、ストラヴィンスキーは2管編成の方がより多彩なオーケストレーションを聴かせるように思える。《ペトルーシュカ》も然り、オリジナル版より後年のエコノミックな版を使用する指揮者も多い。

 お薦めディスクは、組曲版だと本当ならダントツでマータ盤。しかしこれはCD化されていないので、現時点でお薦めはモントゥー/パリ音楽院盤、ケンペ盤、ムーティ盤、ジュリーニ/コンセルトヘボウ盤、テンシュテット盤、ミュンフン盤。

 全曲版だとドラティの新旧両盤、ブーレーズ/ニューヨーク盤、ドホナーニ新旧両盤、T・トーマス盤が圧倒的と感じるが、他にも小澤の新旧両盤、デイヴィス盤、デュトワ盤、ラトル盤、インバル盤、ネルソンス盤、ロト盤は、自信を持ってお薦めできる素晴らしい演奏。

*紹介ディスク一覧

[1919年組曲版]

56年 モントゥー/パリ音楽院管弦楽団

56年 クリュイタンス/フランス国立管弦楽団  

57年 ストコフスキー/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

57年 マゼール/ベルリン放送交響楽団

69年 ストコフスキー/ロンドン交響楽団  

69年 ジュリーニ/シカゴ交響楽団  

69年 小澤征爾/ボストン交響楽団

72年 アバド/ロンドン交響楽団

76年 ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデン

78年 マータ/ダラス交響楽団

78年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

86年 マゼール/ワールド・フィルハーモニック管弦楽団

89年 ジュリーニ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

91年 ジンマン/ボルティモア交響楽団   

92年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 

92年 ミュンフン/パリ・バスティーユ管弦楽団

02年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団   

04年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団

06年 マゼール/ニューヨーク・フィルハーモニック 

[1911年組曲版]

67年 ブーレーズ/BBC交響楽団

[1945年組曲版]

88年 N・ヤルヴィ/ロンドン交響楽団

95年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

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[1919年組曲版]

明快な線の動きと立ち上る香気、独自の魅力を持つ名盤

ピエール・モントゥー指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1956年頃  レーベル:デッカ

 3大バレエ録音の一枚。組曲版では絶対外せない演奏で、モントゥーが全曲版をステレオ録音しなかったのが悔やまれす。技術面では問題がなくもないですが、メロディ・ラインの際立たせ方や色彩感、特殊奏法の処理など、この盤でなければという箇所が幾つもあって、続々と発売される新譜にもない美点が満載です。

 オケは、アンサンブルのまとまりには欠けますが、ソロのプレイヤー達の吹きっぷりや、音から立ち上る香気が尋常ではありません。モントゥーの棒は、気品に溢れながら鋭いリズム感にも不足せず、各場面におけるラインの表出が明快そのもの。3大バレエの中でも、特にこの曲はオケの音色や情緒的ニュアンスに多くを追う部分が大きいかもしれません。

 特に金管群によるラストのファンファーレは、通常はコードの平行移動として威圧的に吹奏されますが、当盤では、たっぷりとヴィブラートの掛かったトランペットのトップノートがふわっと浮き上がってきて、歌うように旋律を奏でるという抗し難い魅力を持つ表現。いまだにこれを凌駕する演奏には巡り会いません。弱音部のホルン・ソロも、同様の魅力あり。

“オケがやや非力ながら、フランス的香気と華やかさで聴かせる稀少なライヴ音源”

アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1956年  レーベル:ラジオ・フランス/ina)  *モノラル

 同オケの設立80周年を記念した8枚組ボックスに収録された、シャンゼリゼ劇場でのライヴ音源。クリュイタンスのストラヴィンスキー録音は珍しく、他にパリ音楽院管との《ペルセフォーヌ》くらいしかないかもしれません。モノラルながら細部がクリアで、華麗な高音域からバスドラムの重低音まで帯域とダイナミックレンジも広く、聴きやすい録音。

 冒頭は管楽器のピッチが悪く、オケが非力ですが、速めのテンポで引き締めた《火の鳥の踊り》はアンサンブルにも色彩感にも聴き応えがあり、思わず引き込まれます。《王女たちのロンド》もテンポの緩急が見事で、木管を中心に各パートの音彩が魅力的。弱音部の精妙な響きも素晴らしいです。《カスチェイの踊り》は技術的には至らない箇所もあるとはいえ、リズムの切れと合奏の精度はモントゥーのデッカ盤より上かもしれません。

 《子守唄》も緊張感が維持され、ヴァイオリン群のカンタービレに得も言われぬ香気と艶っぽさが漂う辺りは、さすがパリのオケ。巧みなアゴーギクで華やかな色彩を振りまく大団円もリスナーの耳を惹く好演で、さすがオケの記念ボックスに敢えて収録されるだけの事はある、価値の高い音源です。

ベルリン・フィルの合奏力に圧倒されるエネルギッシュな演奏

レオポルド・ストコフスキー指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

(録音:1957年  レーベル:EMIクラシックス

 ストコフスキーがベルリン・フィルを振った恐らく唯一の録音で、《ペトルーシュカ》抜粋版とのカップリング。幸運にもステレオ録音です。筆者所有の海外盤は、“フル・ディメンション・サウンド”と銘打たれたデジタル・リマスターですが、艶やかで華麗なサウンドが、歪みや混濁のほとんどないまま自然に展開するのに、大いに驚かされました。古い録音ですが、ほとんど時代を感じさせません。

 何と言ってもオケが凄いです。ロンドン響とのデッカ盤はストコ節全開の演奏、当盤はオケのパフォーマンスに圧倒される演奏と言えるでしょうか。グリューネヴァルト教会での収録で音場が深く、豊かな残響を伴ったサウンドもプラスに働いています。そのせいか、ストコフスキーらしいデフォルメは後退してきこえ、演奏自体が持つ勢いとエネルギー、スピード感がよく出ています。《カスチェイの踊り》終了後、《子守唄》の歌い出しまでのイントロ部分は、ばっさりカット。

遅めのテンポで演出巧者ぶりを発揮する若きマゼール

ロリン・マゼール指揮 ベルリン放送交響楽団

(録音:1957年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 マゼールのキャリア最初期の録音。マゼールは後にニューヨーク・フィルと同曲を再録音している他、フランス国立放送管との全曲盤もあります。デジタルでリマスタリングされているせいもありますが、非常に生々しい音のする、古さを感じさせない録音。カップリングは交響詩《うぐいすの歌》。

 若き日のマゼールは、切っ先の鋭い表現主義的な演奏のイメージがありますが、ここでは余裕のある遅めのテンポを採り、大人びた表情も垣間見せます。もっとも、各フレーズへの神経質な過剰反応は随所に見られ、《王女たちのロンド》や《子守唄》では通常よりもずっと遅いテンポをキープ。フレーズの変わり目ではたっぷりとした呼吸で間合いをとって、作品から新鮮な表情を引き出しています。

 《カスチェイの踊り》には、マゼール特有の弾みの強いグルーヴや、この時期の彼らしい沸き立つような熱気もありますが、オーケストラのドライヴはいささか荒く、後半はアンサンブルの乱れも顕在化。しかし、ぐっと腰を落とし、息の長い呼吸でスケール大きく盛り上げるフィナーレは、後年の彼を彷彿させる演出巧者ぶりに舌を巻きます。

“濃厚な表情、鮮やかな色彩。ストコフスキー節がより強調された最後のステレオ録音”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1969年  レーベル:デッカ)

 チャイコフスキーのスラヴ行進曲、ムソルグスキーの《はげ山の一夜》とカップリング。ストコフスキーの同曲ステレオ録音は、57年のベルリン・フィル盤もありますが、オケの能力は一歩譲るものの、オン気味のサウンドでストコ節を炸裂させていて、より濃厚に指揮者の個性を生かした盤とも言えます。

 冒頭は遅めのテンポで表情付けが濃く、たっぷりと音が鳴って、発色の鮮やかさが際立ちます。《火の鳥の踊り》は一転して速めのテンポで、テンションが高く雄弁。《王女たちのロンド》では、スロー・テンポでねっとりと絡み付くようなフレージングを採用して、艶っぽく濃密な表現を繰り広げるなど、全編に渡ってストコフスキーらしさを刻印しています。

 《カスチェイの踊り》は、出だしからティンパニと大太鼓がダンス・ミュージックのようなグルーヴを醸成。カラフルな色彩で派手なパフォーマンスですが、意外にスコアの改変やデフォルメは目立ちません(金管のトリルなど、全く無い訳ではありませんが)。爆発的なクライマックスも壮絶。《子守唄》は管楽器のつなぎをばっさりカット。弦のカンタービレが高い音圧で熱っぽく、激烈とも言える表現を採るのがユニークです。フィナーレはスケール大きく盛り上げますが、やはり管のトリルを採用。

“壮大な気宇と仕上げの美しさ。既に見られるジュリーニ美学の萌芽”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビ最初のセッションで、同時に《ペトルーシュカ》組曲、ベルリオーズの《ロミオとジュリエット》抜粋、ブラームスの4番が録音されています。メディナ・テンプルでの収録で残響音が多く、ダイナミック・レンジはそれなりですが、意外に歪みや混濁の目立たない録音です。ジュリーニは同曲を後年コンセルトヘボウ管と再録音。そちらほど徹底していないにしろ、当盤の演奏も既にジュリーニ美学の萌芽がみられるユニークな解釈と言えるでしょう。

 冒頭から、特定の音やフレーズが突出しない、まろやかな音世界をしっとりと展開。遅めのテンポで、リズムも丹念に処理する感じです。アンサンブルは極めて精緻で、仕上げの美しさは一級。音楽的な完成度の高さに思わず目を見張ります。その意味では、耽美的でスタティックな佇まいを徹底させた、スロー・テンポの《王女たちのロンド》が最も成功している印象。

 抑制された色彩と、上品で柔らかなタッチはデリカシー満点で、《カスチェイの踊り》も暴力的な要素が皆無。常に丁寧で美しく、全てのフレーズをたっぷりと歌わせる行き方は独特です。コーダのクライマックスも派手さこそありませんが、悠々たる足取りで気宇壮大。既にして巨匠のような風格を感じさせます。

柔らかなタッチとぬくもりが美点、鋭さと色彩感には不足

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1969年  レーベル:RCA

 当コンビによる最初期のレコーディングの一つ。当時はシカゴ響との結びつきが強かった彼ですが、ボストン響の良さは常にぬくもりと柔らかさを失わないアナログ的な感覚で、金管群を伴うトゥッティでも、シカゴ響のように威圧的、無機的に響く事がありません。

 ピアノと木管を中心にオン気味に捉えられた録音のせいもありますが、独自の柔らかなタッチと温度がある一方、怜悧さや鋭さ、派手な色彩には不足。しかしリズムの解像度が高く、速いテンポでも細部まできっちり刻む所は、スキルの高さを示します。《カスチェイの踊り》はブラスが不調なのか、音が出切らずに弱すぎたりしますが、猛スピードの終結部など、無類の歯切れ良さで軽やかに演奏されて胸のすくよう。ただ、小澤の同曲録音ではパリ管、ボストン響両者との全曲版に軍配が上がります。

老成した若者? 終始大人しい若き日のアバド

クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1972年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 3大バレエ録音の一枚で、最初に手掛けられたもの。グラモフォンへの録音の中でも、かなり初期のものと言えます。カップリングは《カルタ遊び》。録音が芳しくなく、オケの響きが冴えないのは残念です。強奏では音が歪み、混濁もあり。

 色彩の混合や強弱バランスへの配慮は十分に窺われ、クリアな響きで各パートの分離が鮮やか。《カスチェイの踊り》は大人しめの表現ながら、風通しの良さが格別で、木管等の副次的な動きも明瞭に聴き取れます。ただ、若い頃のアバドの魅力だったダイナミックな迫力を期待すると、少々肩すかしを食らうというか、むしろ大成した後の達観したアバドに近い感じでしょうか。

 音処理やリズム感が見事な箇所もあれば、ぎこちなく感じられる箇所もあるのはアバドの特徴。全体を通してゆっくりめのテンポを採りますが、フィナーレのきりりと締まった造形は、大仰になりすぎずセンス良し。客観的で整然としたアプローチが、当時はウケたのかもしれません。

“コクのある音色と明快なフレージング。巧みな語り口で聴かせる旧東独の異色盤”

ルドルフ・ケンペ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1976年  レーベル:ドイツ・シャルプラッテン)

 ケンペもシュターツカペレ・ドレスデンもストラヴィンスキーの録音は大変珍しく、もしかすると他に存在しないかもしれません。カップリングもブリテンの鎮魂交響曲という斬新な企画。ドホナーニもそうですが、劇場で才能を磨いて来た人というのはこういう作品の扱いが実に上手く、当盤の演奏でも、予期していた以上に繊細な感覚と巧みな語り口を聴かせます。

 決して奇をてらった解釈ではないのですが、明瞭極まりないフレージングでスコアを音にしてゆくケンペの手腕は非凡ですし、リズム的側面やオーケストレーションの効果に関しても、細部までよく目配りが効いています。シュターツカペレの響きはコクがあって美しく、ソロもみな達者なので、それだけでも聴き応え十分。

 直接音を効果的にミックスした録音は、トゥッティの中でも聴き取れるフルートの速いタンギングが飛び立つ小鳥を連想させたり、ティンパニのトレモロが一音一音の粒立ちまではっきり捉えられていたりと、独特の風情。さすがにダイナミック・レンジは最新録音に遠く及びませんが、旧東ドイツのアナログ機器の個性が楽しめるディスクと言えます。

マータならではの視点を貫く構成で、ユニークな個性を主張

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1978年  レーベル:RCA

 このコンビは後年、別のレーベルに全曲版も録音しているが、これは3楽章の交響曲とのカップリングで、未だにCD化されておらず残念。立ち止まって各部分を掘り下げるより、スピーディなテンポでさっと一筆書きにしたような演奏。作曲家でもあるマータならではの視点というか、スコアの骨格の捉え方が普通と違うため、各部のテンポ設定にも特異な感性が見え隠れする。凡庸な指揮者によくあるように、技術的な問題に足を取られて表現が二の次になってしまう事がなく、明確に個性を主張する演奏。

 スポーティな身振りと鋭いパンチが効いた《カスチェイの踊り》は聴き所で、これほどのスピード感とグルーヴを感じさせる演奏は稀。それでいて、堂々と落ち着き払った風情もあり、熱くなりすぎて仕上げが粗雑になる事がない。《子守唄》は微妙なアゴーギクと音色センスも光り、壮大に盛り上げるあまり間延びしがちなフィナーレも、小気味良くまとめてモダンな造形。内声を強調した金管群の和声バランスも独特。

全てのフレーズに解釈を求め、対立要素を鋭く際立たせるラテン的感性

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:EMIクラシックス

 3大バレエ録音の一枚で、ムソルグスキーの《展覧会の絵》とカップリング。ムードで流さず、全てのフレーズに意味と解釈を求める辺りはラテン的感性か。間合いの取り方も常に音楽的。フレージングが明晰そのもので、音圧が高く、常に静と動の対比が意識されている。オケも一流で、強奏部の輝かしいサウンドには圧倒される。

 《火の鳥の踊り》は、イントロから主部への移行が絶妙。急速なテンポと高いテンションで、スリリングな山場を形成する。《王女たちのロンド》は鮮やかな音色でくっきりと造形し、あらゆる音符が鳴り切っている心地よさ。旋律線が実にロマンティックな表情で歌い、フレーズ末尾のルバートがいちいち優美。提示部の繰り返しに入る呼吸は見事。最弱音も詩情とデリカシーに溢れ、ため息が出るほど美しい。

 《カスチェイの踊り》はスピーディなテンポできびきびと表現。唖然とするほどの超絶的パフォーマンスは幾分曲芸的に聴こえるにせよ、ムーティの意図は技術力の誇示ではなく、あくまでスコアが求めるものを完璧に音にする事にある。《子守唄》に繋ぐブリッジはカット。各曲を切り離し、組曲らしく単独に構成した解釈とも取れる。高弦の重なり合いが精妙そのもので、耳をそばだたせるような弱音の表現が印象的。豪胆一辺倒には陥らないが、フィナーレのパワーの開放はやはり凄絶。

臨時編成ながら驚異的まとまりを見せるオケ、指揮者の天才的統率力に脱帽

ロリン・マゼール指揮 ワールド・フィルハーモニック管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:オーヴィディス・フランス

 ブラジル、リオ・デ・ジャネイロで行われたコンサートのライヴ録音。ワールド・フィルとは、世界各国のオケから各1名ずつ参加して結成された臨時団体で、コンサートとディスクの収益はユニセフに寄付される由。当盤収録の催しは第2回に当たる(第1回はジュリーニが指揮)。カップリングは、当日演奏されたヴィラ=ロボスのショーロス第6番と、ベルリオーズの序曲《ローマの謝肉祭》(日本盤はビクターから発売)。

 演奏は、驚くほど統率のとれた見事なもの。特に管楽器セクションは欧米の一流オケのメンバーが揃い、トランペットはパリ管、ホルンはピッツバーグ響のメンバーなどが首席に名を連ねているとの事。《王女たちのロンド》や《子守唄》で際立つ弦の輝かしい音色と、ねっとりとロマンティックな歌い回しは素晴らしい。ホールの音響や録音も良好で、ブラジルでのライヴ収録とはとても思えない。

 こういう寄せ集め団体は、アンサンブルが乱れて腰が重くなったり、最大公約数的な表現になってしまう事も多いが、マゼールの統率力は天才的。既存団体の新録音として聴いても遜色がない。特に、テンポとダイナミクスの設計には目を見張るものがあり、あらためてこの指揮者の演出巧者ぶりに唸らされる。

 ベルリン放送響との旧盤にも同様のスコア解釈は既に見られるが、今回はさらにたっぷりとした響きで、余裕をもった表現。リズムの鋭さも健在。フィナーレは一大イベントの締めくくりを意識してか、若干誇張気味に長めの間合いをとって盛り上げており、会場からの熱狂的な拍手が3分近くも収録されている。

“密度高い表現とデリカシーの極み、ジュリーニ美学の驚異的成果に唖然”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ベルリン・フィルを指揮した《展覧会の絵》とのカップリング。ストラヴィンスキーはあまり録音していないジュリーニですが、この曲は再録音に当たります。一聴、「こんな《火の鳥》が可能なのか!」と思わず感嘆の声を上げてしまうディスク。晩年のジュリーニですから、当然遅いテンポで、克明に細部を仕上げた演奏になるであろう事は聴く前から予想が付きましたが、それにしてもこの《王女たちのロンド》といったら! ルバートを挟んでどんどん遅くなる、ほとんどマーラーかワーグナーというテンポ、デリカシーの極みのような響き、抑制の効いたはかなげな歌が、耽美的な世界を繰り広げます。

 それでいて、テンポは遅いながらも、《カスチェイの踊り》ではスタッカートの切れ味に欠けていません。ブラスの切り込みもシャープ。《子守唄》以降もジュリーニの美学は驚くべき成果を上げていて、極美という他ない弦の重なり合いをはじめ、精妙な音色作りに圧倒されます。さらにコーダの、充実しきった有機的な響きたるや尋常ではありません。威圧感のないフォルティッシモとでもいうのか、よく鳴っているのに和声感を失わず、決してうるさくならない。《火の鳥》ファンなら一度は聴いて欲しい、ユニークな名演です。

“軽快で力みのない棒さばきで、美麗に洗練された響きを作り上げるジンマン”

デヴィッド・ジンマン指揮 ボルティモア交響楽団

(録音:1991年  レーベル:テラーク)

 《ペトルーシュカ》《花火》とカップリング。ジンマンは後に、チューリッヒ・トーンハレ管と《春の祭典》を録音しています。速めのテンポで流れが良く、丁寧で精緻なアンサンブルは鮮やかそのもの。柔らかく、艶やかな手触りも好印象です。《王女たちのロンド》も、停滞しないテンポで推進力の強さを示しながら、流麗な音色で夢見るように美しいひと時を作り上げています。

 《カスチェイの踊り》はリズム感に優れ、フットワークが軽快。大音量で圧倒せず、肩の力を抜いて耳に優しい音響設計をしているのも、ジンマンのセンスの良さが表れていて好感度が高いです。オケも好演。《子守唄》も速いテンポで、さらさらと流してゆく快適な造形。《フィナーレ》もリッチなソノリティでたっぷりと鳴らす、恰幅の良い表現。

“短いフレーズを有機的に結びつけ、そこに物語を見出す個性的な表現”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 テンシュテットの珍しいストラヴィンスキー録音で、《ペトルーシュカ》とカップリング。ロンドン・フィルの自主レーベルから出た、晩年の秘蔵ライヴ音源です。ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでの収録でやや残響が多いですが、あまりにデッドでドライなロンドン響のライヴ・シリーズよりはずっと聴きやすい音です。ただ、遠目の距離感にも関わらず、大太鼓の重低音が目立つのは過剰なバランス。

 演奏は、テンシュテットらしく粘性を帯びた、雄弁なもの。散発的になりがちな短いフレーズを有機的に結びつけ、そこに物語を見出す表現は独特といえます。そのため、《火の鳥の踊り》から《火の鳥のヴァリアシオン》辺り、音楽展開に意味を持たせるのに多くの指揮者が苦労する箇所において、素晴らしい描写力を発揮しています。

 スロー・テンポにルバートを盛り込んでねっとりと歌う《王女たちのロンド》も、豊麗なパフォーマンス。弱音部の丸みを帯びた柔かさと、シャープでエッジの効いたアクセントを見事に対比させるこのコンビ、どちらの強みも発揮されるこういう作品では水を得た魚のように生き生きとしています。《カスチェイの踊り》も熱っぽく、荒々しい表現。細部を緻密に彫琢するより、勢いを重視する傾向もありますが、決して仕上げの粗い演奏ではありません。

“目の覚めるような色彩とリズムの饗宴。ミュンフンの凄さを痛感”

チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビが飛ぶ鳥も落とす勢いだった頃の貴重な録音で、《シェエラザード》とのカップリング。政治的駆け引きに利用されてバスティーユを去ったミュンフンの事を考えると、いまだに無念でなりません。

 情緒たっぷりの序奏からして、早くも指揮者が豊かな才能を発揮。フレージングには色気があり、ほのかに煌めく木管群のなんと魅力的な事でしょう。入念なアーティキュレーション、メシアンを思わせる鮮やかな音彩。時に、前半のゆったりした雰囲気から一転、とびきり切れ味が良く、スピーディな《カスチェイの踊り》が耳を驚かせます。

 音量で圧倒せず、要所要所のアクセント以外は弱音主体で進めているのが、すこぶる軽快。細かい音符まで完璧に音にしているため、色彩とリズムが織りなすアラベスクが明瞭に浮かび上がってきます。《子守唄》の官能的表現もユニークですが、単調なフォルティッシモの連続に陥らず、音色の変化を克明に捉えたフィナーレは見事という他ないでしょう。当コンビの凄さを痛感させるディスクです。

“スタイリッシュなセンスを窺わせながら、オケの能力不足であと一歩届かず”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2002年  レーベル:テラーク)

 《火の鳥》組曲、《ロシア風スケルツォ》をカップリング。当コンビは《春の祭典》も録音しています。オケがどうも非力ですが、パーヴォの棒はよく練られ、前半部のアンサンブルなども緻密に構築されているのはさすが。《火の鳥の踊り》も語り口が雄弁で、フレーズを歌わせる呼吸が見事だし、発音の抜けが良く色彩感も豊かです。《王女たちのロンド》も表情付けが細かく、自在なルバートを用いたイマジネーションに富む表現を展開。最後は極度のリタルダンドでゆっくりと消えて行きます。

 《カスチェイの踊り》は、テラークの録音が低音過剰で聴き辛いですが、アメリカのオケらしい底力を感じさせるパフォーマンス。リズムが鋭敏でディティールの処理も精緻、バレエ音楽らしいビートの感覚も確保しています。ティンパニとバスドラムの打撃も、パンチが効いて迫力満点。《子守唄》へ繋ぐ木管のブリッジは省略。エンディングもスケールが大きく、広々とした空間に力感を開放するようなイメージです。オケにさらなる技術力があれば、指揮者のスタイリッシュなセンスがより生きたかもしれません。

“ヤンソンスらしい工夫と周到な演奏設計。やや腰の重さも…”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2004年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 独ソニーと組んでリリースされた、バイエルン放送響ライヴ・シリーズの一枚。自主レーベル立ち上げ前の時代です。シチェドリンのピアノ協奏曲第5番(デニス・マツーエフ)とのカップリングで、もう少し違う曲を組み合わせてくれたらと思わないでもありませんが、こういう機会に知らない曲を聴けるのは良い事なのでしょう。

 オケは、木管ソロの音色が特に鮮やかで美しいですが、トゥッティは時に腰が重く感じられます。例によってヤンソンスはオーケストレーションに少し手を入れていて、《カスチェイの踊り》後半にもティンパニを追加している模様。《子守唄》の官能的な響き、粘液質のリタルダンドは大きな効果を生んでいます。フィナーレは一本調子にならぬよう、ヤンソンスらしい周到な演奏設計が本領発揮。

“オケの能力を解放し、ディティールを掘り起こすマゼール。過剰な表現に溢れたライヴ盤”

ロリン・マゼール指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 

(録音:2006年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 正規メジャー・オケによるマゼールの組曲盤は、実に50年代のベルリン盤以来。DGレーベルが始めたライヴ音源インターネット配信シリーズの一枚ですが、当盤はCD化もされています。カップリングは《うぐいすの歌》と、ラヴェルの《スペイン狂詩曲》《ダフニスとクロエ》第2組曲。ライヴながら細かい音を生々しく捉えている録音のせいもありますが、スロー・テンポでオケの名技性を十二分に発揮させたマゼールのアプローチも確信犯的。

 《カスチェイの踊り》なども、微に入り細を穿ってディティールを掘り起こした表現です。一方、《王女たちのロンド》《子守唄》は、濃厚な表情でたっぷりと旋律を歌わせたロマンティックな演奏。フィナーレもワーグナーばりに雄大ですが、特筆すべきは、メータ時代に洗練された響きを志向してどこかよそよそしかった同オケが、実によく鳴っている事。エンディングは、86年のブラジル・ライヴと同様、誇張に近いくらい大胆なフェルマータを盛り込んで芝居っ気たっぷり。マゼール節、まだまだ健在です。

[1911年組曲版]

“ブーレーズらしい演奏による珍しい組曲版。録音に大きな不満”

ピエール・ブーレーズ指揮 BBC交響楽団

(録音:1967年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 珍しい1911年版の組曲盤。全曲版と同様4管編成で、《王女たちのロンド》までが長く採られている代わり、《子守唄》と《フィナーレ》は外され、《カスチェイの踊り》で終了します。ブーレーズとしてはCBSへの最初期の録音で、バルトークの弦チェレとカップリング。彼は組曲版を他に録音していません。

 序奏から非常に速いテンポで突っ走り、音符を長めに取る事で流線型のフォルムを形成。英国の団体には珍しく、響きに木質の手触りとまろやかさがあり、木管など音色の鮮やかさも印象的ですが、録音のせいか音場の奥行き感が浅く、低音域も不足気味で、薄手の響き。ウォルサムストウのタウン・ホールは、どのレーベルで聴いても響きが冴えません。強奏も音がこもりがちですが、解像度の高い音響とリズム、目詰まりしない流麗なフレージングなど、アプローチは後の全曲盤と共通。

[1945年組曲版]

“豊かな叙情性と優美なフレージングが際立つ、ヤルヴィ父のロンドン録音”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1988年  レーベル:シャンドス)

 リャードフの《バーバ・ヤガー》《魔法にかけられた湖》《キキモラ》、リムスキー=コルサコフの《ドゥビヌシカ》とカップリング。ヤルヴィ父はスイス・ロマンド管、スコティッシュ・ナショナル管と大量のストラヴィンスキー作品を録音していますが、この曲だけなぜかロンドン響、それも1945年版での録音。

 1911年版に《火の鳥》と《フィナーレ》を加えたような構成で、《カスチェイの踊り》などオーケストレーションにも変更が加えられていると思しき箇所があります。特に《フィナーレ》で、トゥッティの和声連打を全てスタッカートで短く切っている所は特徴的で、他の版に親しんだ耳には新鮮に響きます。

 ロンドン響はあまり好きな団体ではないのですが、ここでは暖かみのある音色、柔らかなカンタービレなど、いつもとは違う魅力も出ていて、「うまいなあ」と感じます。特にフルートのトップの、優美を極めたフレージングには思わず惹き付けられました。その意味でハイライトは《王女たちのロンド》で、遅いテンポでたっぷりと間合いを採った叙情性豊かなヤルヴィの棒と共に、聴き所の連続。全強奏は独特の重厚な響きで、どことなくストコフスキーを想起させるおどろおどろしさもありますが、ヤルヴィのリズム捌きは鋭利で、腰が重くなりすぎないのは利点。

“稀少な1945年版録音。明朗で歯切れが良く、大らかな性格の演奏”

リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:デッカ)

 シャイー唯一の《火の鳥》は珍しい版による録音で、幻想的スケルツォ、《ミューズの神を率いるアポロ》をカップリング。このエディションは演奏時間が30分強あるので、ヤルヴィ盤にしてもこのシャイー盤にしても、それなら全曲版でもいいんじゃないかと思うのですが、何かしらこの版に対する優位性の主張がそれぞれの指揮者にあるのでしょうね。

 シャイーの表現は、序奏からして大変に歯切れが良く、敏感ですが、必要以上に鋭利だったり、攻撃的だったりはせず、むしろ大らかで円満な性格。コンセルトヘボウの響きは相変わらず深く、典雅な美しさをたたえていますが、シャイーの場合、そこに独自の明るさ、朗らかさがプラスされるのも好ましいです。ただ色彩感はヴィヴィッドで、《カスチェイの踊り》を中心に卓抜なリズム感も聴かせる一方、弱音部にたおやかな情感が横溢するのが、この曲としては独特。

 シャイーのストラヴィンスキー録音はかなり多く、当コンビでは《ペトルーシュカ》《プルチネッラ》、《カルタ遊び》、さらにオケの自主制作ボックスに《アゴン》《ペトルーシュカ》、《春の祭典》《火の鳥》《プルチネッラ》の映像、《うぐいすの歌》《エディプス王》、ヴァイオリン協奏曲を収録、さらにベルリン放送響との詩篇交響曲、《花火》《星の王》《うぐいすの歌》、ロンドン・シンフォニエッタとの《兵士の物語》《ディヴェルティメント》他の小品集、歌劇《放蕩者のなりゆき》、クリーヴランド管との《春の祭典》《4つのノルウェーの情緒》、ゲヴァントハウス管との《タンゴ》、ルツェルン祝祭管との《春の祭典》再録音他の小品集もあります。

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