ビゼー/《アルルの女》第1組曲、第2組曲

概観

 この曲や歌劇《カルメン》でどことなく通俗的なポピュラー名曲のイメージもあるビゼーだが、実は大変に優れた作曲家で、後にシェーンベルクもビゼーの進歩的な和声法を高く評価している。個人的にも、この曲はかなり好き。《前奏曲》の後半部や《パストラール》《メヌエット》《間奏曲》のそれぞれ中間部などは、他の作曲家にはない美しさに溢れた不滅のメロディだと思う。

 ちなみに第2組曲はビゼー自身ではなく、親友だった作曲家エルネスト・ギローによって編まれたもの。近年は、組曲以外の音楽も収録した全曲版のディスクも出てきているが、まだまだ少なく、下記リストだとリッツィ盤のみ(ガーディナー盤はオリジナル版だが、全27曲中10曲の抜粋)。それにしても優れたディスクがほとんどという珍しい曲で、下記リストに凡庸な演奏がほぼないのが凄い。

*紹介ディスク一覧

56年 パレー/デトロイト交響楽団  

59年 マルケヴィッチ/コンセール・ラムルー管弦楽団  

59年 ドラティ/コンセール・ラムルー管弦楽団   

63年 ケンペ/バンベルク交響楽団   

64年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団

67年 マルティノン/シカゴ交響楽団   

67年 ミュンシュ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団  

70年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団   

76年 ストコフスキー/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

78年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

78年 マリナー/ロンドン交響楽団   

80年 A・デイヴィス/トロント交響楽団

81年 マルケヴィッチ/フランス国立管弦楽団  

83年 小澤征爾/フランス国立管弦楽団

84年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

85年 プレートル/バンベルク交響楽団  

86年 デュトワ/モントリオール交響楽団

86年 ガーディナー/リヨン歌劇場管弦楽団   

91年 ミュンフン/パリ・バスティーユ管弦楽団

93年 ビシュコフ/パリ管弦楽団   

94年 リッツィ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団  

98年 佐渡裕/フランス放送フィルハーモニー管弦楽団 

13年 山田和樹/スイス・ロマンド管弦楽団  

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“個性的な造形センスを聴かせつつも、ソフィスティケイトされた丁寧な仕上がりが美麗”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1956年  レーベル:マーキュリー)

 《カルメン》組曲とカップリング。このレーベルらしい直接音の鮮明な録音だが、残響も適度に収録されて潤いの感じられるサウンド。パレーの指揮は、明朗な音色とソフィスティケイトされた柔らかなタッチが特徴で、仕上げが丁寧な一方、リズムも鋭敏。オケもパステル調のサウンドで好演。

 《前奏曲》は必要以上に角は立たせないものの、丹念な表現に聴き応えがあり、後半部に漂うほのかな叙情も秀逸。《メヌエット》はものすごい駆け足テンポ。逆に《カリヨン》はスロー・テンポで、のんびりした風情が田舎風。暖かみのあるソノリティの温度感も南欧のムードにマッチしている。《パストラーレ》の豊麗な響きは魅力的で、ホルンの抜けの良さ、中間部の木管のフレージングも優美。

 第2組曲の《メヌエット》は速めのテンポで淡々と進むものの、フルート・ソロの滑らかな音色に魅せられて、物足りなさを感じさせない。むしろ、流麗な造形。《ファランドール》もオケの響きがしっとりとして美しく、巧みなテンポ設定と卓越した音感、和声感で聴かせる名演。

“正攻法ながらすこぶる明快な語り口。フランス・オケの魅力が満開のお薦め盤”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:フィリップス)

 《カルメン》組曲とカップリング。同じオケ、同じレーベル、同じ年にドラティも録音しているが、演奏は全く対照的で、こちらは落ち着いたテンポで情感豊かな仕上がり。鮮明で抜けが良く、残響も適度で聴きやすい音質。

 《前奏曲》は歯切れが良く、明快極まりない語調がユニーク。オケの達者な演奏ぶりが聴きもので、艶やかで美しい弦、木管ソロの香気とニュアンス、シャープなブラスなど、どのパートも実に魅力的。どの曲もオーソドックスな造形だが、ゆったりした雰囲気の中で旋律を伸び伸び歌わせる趣。細部まで鮮やか、スコアの魅力を余す所なく引き出して、まるで作品の格が一段上がったような手応えさえあるのが凄い。

“個性的なテンポ設定とシャープな切り込み。異色組み合わせによる注目盤”

アンタル・ドラティ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:フィリップス)

 ドラティとラムルー管弦楽団の珍しい組合わせで、《カルメン》組曲とカップリング。長らく存在を知られていなかった録音のようだが、2014年にタワーレコードが復刻。ラムルー管は同じ年、同じレーベルにマルケヴィッチとも同じ曲をレコーディングしている。

 オケが明朗な音色で好演。特に管楽器ソロのヴィブラートは独特で、何とも言えない香気が漂う。さすがドラティやマルケヴィッチに鍛えられた団体だけあってアンサンブルも緊密で、50年代のフランス・オケと聴いて想像する(例えばパリ音楽院管のような)グダグダ感は全くない。時にかなり速いテンポを採るドラティの棒に、ぴたりと付けて熱っぽい山場に持ってゆく技術力はなかなかのもの。

 《前奏曲》は冒頭からテンポが速く、きびきびとした音楽運び。続くトゥッティは、鋭いスタッカートで音価を極端に短くしたシャープな造形が独特。後半部も叙情性は確保しつつ、どんどん加速して音楽を煽り、リスナーの心をざわつかせる。《カリヨン》など急速なテンポで開始するが、中間部は艶やかな音色でたっぷりと旋律を歌わせる。《パストラール》は主部がゆったりとしているが、中間部のプロヴァンス舞曲がものすごい速さ。《ファランドール》も猛スピードで疾走し、スリリングに盛り上げる。

“みずみずしい歌心に溢れたケンペらしい好演。オケのパフォーマンスも聴きもの”

ルドルフ・ケンペ指揮 バンベルク交響楽団   

(録音:1963年  レーベル:オイロディスク)

 ケンペとフランス音楽というのはなかなかイメージが結びつきませんが、意外に明るく艶やかなサウンドが横溢する爽快な演奏です。録音も、幾分高域偏重の傾向はありますが、ホールトーンを豊かに取り入れた、鮮明で聴きやすいもの。

 ケンペの美点の一つ、みずみずしい歌心に溢れた弦のカンタービレはここでも健在ですが、木管群も好演で、特にサキソフォン・ソロの、テンポを揺らしてたっぷりとヴィブラートをかけたオペラ・アリア風の歌い回しは、濃厚な表情でなかなかの聴きもの。バンベルク響はケンペとの結びつきも深く、トゥッティこそアンサンブルが粗い部分もありますが、自発性溢れるパフォーマンスで滋味豊かなケンペの棒に応えています。

“作品の魅力を最大限に引き出した永遠の名盤”

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1964年  レーベル:EMIクラシックス

 この曲の代表的名演とされていますが、私もこれを越える演奏にはいまだに出会いません。《カルメン》組曲とカップリング。どの曲も遅めのテンポで、いかにも南仏の風光明媚な景色を思わせる余裕のある雰囲気ですが、このラテン的な明るい色彩感は他のどの演奏にもない美点。アンサンブルには若干の乱れもありますが、各パートの奏者が醸し出す香気の魅力には抗し難いものがあります。

 《パストラール》主部のたっぷりとしたフレージングや間の採り方も独特ですが、どの曲も一聴して「これが正しいテンポなのだ」と感じさせる妙な説得力があります。《ファランドール》のクライマックスに登場するトロンボーンは、何とも言えない音色で吹奏されていますが、私の耳にはこれが刷り込まれてしまって、以来どのディスクを聴いてもしっくり来ません。

“研ぎすまされたセンスと叙情の美しさで、抜きん出た才気を示すマルティノン”

ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1967年  レーベル:RCA)

 当コンビのビゼーは、他に交響曲の録音もあります。ラヴェル、ルーセル、デュカス、マスネ等フランス音楽の他、ニールセン、バルトーク、ヒンデミット、ヴァーレーズと意外に幅広く残された当コンビの録音ですが、どれも直接音が生々しく、高解像度のハイビジョン映像のような発色の良さが印象的な一方、セッションによっては強音部で歪むのが残念(そうでないものもあるので)。当盤は《ファランドール》のクライマックスなど、打楽器が入ってくると結構歪んで、混濁する方に属します。

 《前奏曲》は、冒頭の弦から音色が洗練され、続く木管の合奏も美麗そのもの。研ぎすまされた音感とリズム感が、スコアを鮮烈に息づかせています。テンポの演出も洒脱で、ちょっとしたルバートも効果的。オケの高い能力がよく生かされ、各部の対比はメリハリが効いて、ダイナミック。後半部の旋律の歌わせ方も秀逸で表情が実に豊か、叙情の美しさでも抜きん出る印象です。

 続く《メヌエット》は遅めのテンポながら、オケの表現力が雄弁で色彩も鮮やか。弱音のデリカシーも効いていて、味わい深い演奏が繰り広げます。《カリヨン》は冒頭のホルンを抑えて、軽いタッチにしているのが洒落ています。最後のトゥッティも明朗で、輝かしいサウンド。《パストラール》は木管群の美しいアンサンブルに魅了されます。《ファランドール》はスロー・テンポで開始して、山場のトロンボーンから一段階速くなり、コーダに向かって凄まじくアッチェレランドする熱っぽい表現。

“くっきりと鮮やかな造形の中に、明朗な色彩とカンタービレを導入”

シャルル・ミュンシュ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:デッカ)

 《カルメン》組曲とカップリング。同コンビの数少ないデッカ録音の一枚で、他にレスピーギの《ローマの松》《ローマの噴水》、オッフェンバックの《パリの喜び》があります。全曲ではなく、第2組曲は《ファランドール》のみの収録。

 《前奏曲》からくっきりと鮮やかな音響で、リアリスティックに造形。淡いパステル・カラーやファジーなアインザッツなど、いわゆるフランスのアーティストらしい表現とは一線を画します。リズムもシャープで切れ味が良く、原色のビゼーという感じ。アゴーギクは自在ですが、遅めのテンポでリズムを刻むような局面には非常な安定感があります。旋律線は明朗で、ラテン系の叙情が横溢する一方、後半部のカンタービレでぐっと腰を落として、ワーグナーばりに歌い込む一面もあります。

 《メヌエット》は遅めのテンポでやや腰が重いですが、切り込みが鋭利で、中間部の音色や旋律線に何とも言えない香気が漂うのも魅力的。《カリヨン》もまばゆい光彩に溢れた主部と、たっぷりしたテンポで切々と歌い上げる中間部の対比が見事で、やはりその色彩センスとリリカルな歌心が耳を惹きます。《ファランドール》も冒頭から発色が良く、主部も内部から微光を放つような和声感が素敵。きびきびとしたリズム感を駆使し、ミュンシュらしくテンポを煽って熱っぽいクライマックスに導きます。

“リッチで華麗なサウンドに彩られた、カラヤン一流の艶やかなビゼー演奏”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:1970年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カルメン組曲とカップリング。カラヤンは当曲を3回録音している他、第2組曲だけの別録音もあり。カラヤン一流のゴージャスなパフォーマンスは、語り口もすこぶる巧みで聴き応えがあります。華麗で艶やかなオケの音色と合奏力も圧巻。

 《カリヨン》の主部だけは相当速めのテンポで演奏されていますが、叙情的な箇所は悠々たるテンポで耽美的に旋律を歌い上げる傾向で、《間奏曲》の主部なんてほとんどワーグナーみたい。イエス・キリスト教会の豊かな残響もこの表現を助長しています。《メヌエット》のフルート・ソロはジェームズ・ゴールウェイでしょうか、この一曲だけでも希代の聴きものです。サキソフォンにも、フランスの名手デュファイエを起用するという凝り様。

自由なテンポと呼吸で演奏されたストコフスキー最晩年の美しいビゼー

レオポルド・ストコフスキー指揮 ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:ソニー・クラシカル

 ストコフスキー最晩年のレコーディングで、《カルメン》組曲とのカップリング。第2組曲の《前奏曲》をまるごと割愛している他、《パストラール》も主部をカットして中間部のみを収録。ストコフスキーのビゼーは、同じオケによる交響曲もありますが、3曲ともステレオ録音は唯一。長い残響音を伴った録音のせいもあってか、ナショナル・フィルの響き(特に弦)が魅力的です。

 楽譜の改変はほとんど行っていないようですが、自由な呼吸で作り上げられた音楽の表情の多彩さは、他の演奏とは肌合いの異なるもの。《前奏曲》の変化に富んだアゴーギクからして独特ですが、超スローテンポで演奏された両組曲の《メヌエット》や《カリヨン》の中間部には巨匠の風格を感じますし、プロヴァンス風というよりはむしろロシア風とでもいいたい雰囲気です。

 正に鐘のように鮮烈な《カリヨン》冒頭のホルンは、前の曲の静かなエンディングとの対比がすこぶるドラマティック。中間部だけが演奏された《パストラール》は、プロヴァンス太鼓の代わりにジプシー風のタンバリンを用いていて、まるで《カルメン》の一曲みたいです。《ファランドール》が、意外に躍動感溢れる好演。

きびきびとしたテンポ、現代的な機能性。普遍的スタイルとしては最高の表現

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:デッカ

 組曲《子供の遊び》とのカップリング。マゼールのビゼーは歌劇《カルメン》の新旧両盤がありますが、管弦楽曲の録音は珍しく、当盤の他には存在しないようです。どの曲も、非常に速いテンポできびきびと演奏されていますが、《前奏曲》では細かいデュナーミクが切迫した調子を感じさせ、この曲には珍しく熱い演奏になっているのが面白い所です。逆に《パストラール》の主部は駆け足すぎて素っ気ない感じ。

 フレージングが意識的で語調がはっきりしているのはマゼールらしいですが、旋律線は流麗で美しいもの。オケの明るくて乾いたサウンドもビゼーに合っていますし、特にフランスらしさを指向しない、普遍的なスタイルでは最高の演奏の一つでしょう。クリュイタンス盤とは違う方向でもう一枚、となったらこういうディスクがいいような気がします。

“鋭く敏感なリズムと丁寧で典雅なタッチを両立させるマリナー”

ネヴィル・マリナー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1978年  レーベル:フィリップス)

 カルメン組曲とカップリング。当コンビのディスクは他に、プロコフィエフの管弦楽曲集やショパンの両ピアノ協奏曲(ベラ・ダヴィドヴィッチ)、EMIにグリーグ&シューマンのピアノ協奏曲(セシル・ウーセ)の伴奏があります。マリナーのフル・オケ演奏はどれも仕上げが丁寧で、粗雑な箇所がないのは美点。アーティキュレーションの描き分けも細かいです。残響をたっぷり収録した録音はまろやかで美しいですが、やや重厚な趣で、トゥッティで飽和気味になるのも残念。

 《前奏曲》は落ち着いたテンポで、抑制の効いた上品な表現。マリナーらしい鋭敏なリズム・センスは生きています。後半部は弦のしなやかなサウンドが美しく、のびやかに歌い上げて叙情豊か。《メヌエット》は遅いテンポで、細部を丹念に描写。南欧風の明るさはないものの、独特の典雅な趣はフランス音楽に合っています。《カリヨン》は軽快で、豊麗なソノリティも耳に心地良いもの。中間部はシチリアーナのリズムをあまり打ち出さず、ややスクエアなビートながらデリケートな詩情を優先。ターナーの水彩画風といった所です。

 《パストラール》は、主部こそゆったりしていますが、中間部はかなり速めのテンポ。ただ、プロヴァンス太鼓のリズムは全く強調されません。《メヌエット》も同じで、フルート・ソロの主部はリリカルですが、中間部をスピーディに運んで対比を付けています。《間奏曲》は、滑らかで流麗なカンタービレが魅力的。《ファランドール》は卓越したリズム感が全面に出て、切れ味爽快。

瑞々しい音色とシャープなリズム感。柔和で女性的な傾向も

アンドルー・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

(録音:1980年  レーベル:ソニー・クラシカル

 A・デイヴィスによる、日本盤が発売されなかった数多くのCBS録音の一つで、カップリングは組曲《子供の遊び》。過不足のないテンポ感をベースに、瑞々しい音色とよくブレンドした響きを追求した演奏ですが、《ファランドール》などリズムの効果には鋭い感覚が生きています。直接音をメインに、マルチ的にミックスした録音のせいもありますが、合奏の作り方にも室内楽的な趣があり、《前奏曲》でのファゴット、ホルン、チェロによるアンサンブルなど、はっとさせられる瞬間が多々あります。

 旋律線をなめらかに歌い上げる一方、打楽器の低音や金管のアクセントが軒並み抑制されているので、全体になで肩というか、柔和な性格の演奏に聴こえるのも特徴。ただ卓越したリズム感と明朗な音色が作品にうまくマッチしています。何より響きが美しく、ソノリティの達人であるこの指揮者の才覚を十二分に発揮。

“リリカルな歌心とエッジの効いた精密な造形感覚が光る、隠れた名盤”

イゴール・マルケヴィッチ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ピックウィック)

 英国のピックウィック(これがレーベル名かどうかも判然としないですが)によるThe Orchid Seriesというシリーズの一枚。ポピュラーな名曲が並んでいるので、ビギナー向けのリファレンスかもしれませんが、どれも80年代のデジタル録音で、何せ指揮者陣がコンドラシンやヨッフムなどその後にすぐ亡くなった巨匠達ですから、音楽ファンが注目するのも頷けます。

 マルケヴィッチの録音は得意のフランス物から意外なグリーグまで数点ラインナップされていて嬉しい所。《カルメン》組曲とのカップリング。演奏はオケを精密にコントロールした独特の美しさが光るもので、クリュイタンスの方向とは全く異なります。《前奏曲》は冒頭から音色、アインザッツが見事に揃い、後半部を速めのテンポで畳み掛けるエッジーな造形。次の《メヌエット》は対照的に遅いテンポで、中間部のゆったりと優しげな佇まいも味わい深いもの。

 《アダージェット》は、精緻な美を追求したリリカルな弦楽合奏が圧巻。《カリヨン》冒頭のホルンと弦の絶妙なブレンド具合にも、思わず聴き惚れます。艶やかな音作りが際立ち、ヴァイオリンの旋律線もみずみずしく流麗。《パストラール》はパンチの効いたティンパニの鋭いアクセントが印象的で、《間奏曲》はスタッカートで軽いタッチの開始がユニーク。《ファランドール》もかっちりとしたリズムで、ダイナミックに盛り上げます。

リズミカルな箇所よりも叙情的歌い回しに一長。オケの音色も魅力的

小澤征爾指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:EMIクラシックス

 《カルメン》組曲とのカップリング。小澤のビゼーでは、同じオケとの歌劇《カルメン》全曲と管弦楽曲集が出ています。どの曲もオーソドックスな造形で、テンポもゆったり。足取りが重く感じられる部分もありますが、オケの明るい色彩のせいか常にムードが開放的。

 木管のソロも表情が大変に豊かで、全体に、トゥッティのリズミカルな部分より、弱音部や旋律を歌い上げる場面に美点が現れるように思います。オケの楽員や地元の批評家から「フランス音楽の本当のテンポを知っている指揮者」として評価の高い小澤ですが、それがこの流麗な歌い回しを可能にする、落ち着いたテンポなのでしょう。この指揮者の良い面が出たディスクです。

“旧盤の解釈を踏襲しながらも、録音、表現ともにバランスが整った再録音盤”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《カルメン》組曲とカップリング。70年盤とは録音会場も代わり、直接音と残響のバランスが取れたサウンドになりましたが、解釈の傾向は同じ。サックスも同様にフランスの名手、ダニエル・デファイエを起用しています。色彩が抑制されているもののオケのキャラクターが前に出て、クリュイタンスやデュトワと違うタイプの演奏を求める人には、マゼール盤か当盤辺りがお薦めでしょう。

 《前奏曲》は冒頭からこのコンビらしい、充実した艶やかな響き。後半部もベルリン・フィルならではの豊麗な音色で、たっぷりと歌い込んでいます。《メヌエット》は軽快なテンポが心地よいですが、音圧が高く、弦の切り込みにエネルギー感があるのはご愛嬌。中間部の繊細なピアニッシモは、この時期のカラヤンならではです。《カリヨン》にも軽妙さがあり、叙情性豊かな中間部や壮麗なコーダなど、このコンビの特色がよく出ていて好演です。

 《パストラーレ》は中間部の超スロー・テンポで旧盤の解釈を踏襲。伴奏のリズムなど、強弱のニュアンスは多彩でよく考えられています。フランス系オケのように、各パートが明朗な光彩を放つ事がないのが特色。《間奏曲》冒頭のものものしさも継承していますが、ユニゾンの豊かな響きが魅力的です。《メヌエット》のフルートは、旧盤より控えめなパフォーマンス。《ファランドール》は出だしこそやや腰が重いですが、すぐにきびきびとした調子を取り戻し、演出巧者なクライマックスを形成。

“魅力たっぷりの音色を駆使し、熱っぽくも爽快に疾走するプレートルの棒”

ジョルジュ・プレートル指揮 バンベルク交響楽団

(録音:1985年  レーベル:RCA)

 2枚ある、当コンビのビゼー・アルバムから。85年録音は、序曲《祖国》、組曲《子供の遊び》がカップリング、翌86年録音は交響曲、《カルメン》組曲というラインナップです。ライナーノーツによれば、元は独オイロディスクの原盤で、当初から2枚組のアルバムとして録音されたものだったとの事。サクソフォンには、フランスの名手ミシェル・レイデルトをゲスト奏者に迎えています。

 プレートルらしく熱っぽい棒でぐいぐい牽引するアグレッシヴな演奏で、ドイツのオケとは思えないほど明朗で、すっきりと洗練された響きも素晴らしい一枚。《前奏曲》は前のめりのテンポで勢い良く開始しながら、仕上げの粗さが全くなく、清澄で滑らかな響きに魅せられます。各パートの軽妙洒脱な歌い回しも素敵です。《メヌエット》も颯爽としたテンポで、パステル調の爽やかな音色が魅力的。《カリヨン》も豊麗な響きが耳に心地よく、推進力の強いテンポで溌剌と音楽を弾ませています。

 《パストラーレ》は、フレーズの間にスコアにない溜めを挿入するのがユニーク。やはり速めのテンポで疾走する中間部も、思わず惹き付けられるような表現です。《前奏曲》のロマンティックな叙情も心に沁みるようで、トゥッティの響きに柔らかなタッチがあるのも好ましい傾向。木管のくっきりとした彩りはどの曲でも印象的で、《メヌエット》のフルートもその代表例。重くならず、きびきびと活気に満ちた《ファランドール》もプレートルの面目躍如たるパフォーマンスです。

極上のサウンドと現代的ながら洗練された表現。デジタル時代のスタンダード

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1986年  レーベル:デッカ

 当コンビが飛ぶ鳥をも落とす勢いだった頃の録音。ホフマンが編曲した11曲からなる《カルメン》組曲とのカップリングです。クリュイタンス盤の唯一無二の音色感はさすがにありませんが、オケの柔らかな響きがすこぶる美しく、極上のサウンドに包まれる快感を味わえるディスクと言えます。

 デュトワも全体的に落ち着いたテンポで演奏していますが、《前奏曲》前半の変奏曲風の部分を聴いても分かるように、各部の性格を敏感に描き分けていて、メリハリの付け方は現代的な感覚。どの曲も高度な洗練に向かって丹念に磨き上げられ、クリュイタンスではちょっと古いと感じられる方にも、自信を持って薦められるスタンダードな演奏です。

“小編成で劇付随音楽をそのまま抜粋したオリジナル版。生気溢れる演奏も魅力”

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 リヨン歌劇場管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:エラート)

 交響曲とカップリング。組曲盤とは全く違うヴァージョンなので、別の項に分けようとも思いましたが、あまりに小数派なので同じリストに入れてしまいました。選曲として劇付随音楽から抜粋されている点が違い、ナンバーで言えば1、7、12、14、16、22、16B、17、23、19の10曲ですが、各曲の構成も組曲版とは違っていたりするので比較は無意味かもしれません(例えば《カリヨン》の中間部のメロディがなく、その部分が《メロドラマ》に含まれていたり、《ファランドール》のイントロが丸々存在しないなど)。

 もう一つの特徴は、26名による劇場用のオリジナル編成で演奏されている点。ガーディナー自身がライナーノーツで、フル・オケに組み直されたスコアはどこか不自然で、ビゼーらしい才気は室内楽的なオリジナル編成でしか味わえないと主張していますが、そのユニークで新鮮な響きには目を見張ります。リヨン歌劇場のオケが、明るく艶やかな音色で生き生きとパフォーマンスを繰り広げるのも当盤の魅力。

 ガーディナーはスコアの身軽さを最大限に意識し、速めのテンポと短い音価、軽快なリズムでフレーズを大掴みにするやり方は、正にバロックのそれを想起させるもの。思い切りの良いアクセントや剥き出しの内声、プロヴァンス太鼓を思わせる皮の質感生々しいティンパニの打音によって、野性味というか、南仏の土の香りが濃厚に漂う演奏になっているのは、作品の本質を捉えた表現です。

 《前奏曲》は、卓越したリズム感で活気溢れる演奏。スネアドラムの代わりにプロヴァンス太鼓を用いているようで、郷土色が感じられます。後半部も弦の艶やかなカンタービレが魅力的。《パストラーレ》は軽快な足取りと旋律線重視の造形、ローカルにくすんだ響きが斬新。中間部のエピソードもありません。第2組曲で2曲目にあたる《間奏曲》は、《マエストーソ》という曲名で収録されていますが、速めのテンポと重みを除去した響きでさらっと演奏される主部と、緩急の起伏が大きい中間部の情感豊かなカンタービレが絶品。

 《メヌエット》はガーディナーの面目躍如というか、バロック風のリズム感を生かした表現。指揮者自身が指摘しているように、《アダージェット》が弦楽四重奏曲のように聴こえるのも驚きです。このナンバーも、本来《カリヨン》の中間部であるシチリアーナ風のエピソードによってサンドイッチされているのが、組曲を聴き馴れた耳には新鮮。主部しかない《ファランドール》は、打楽器、金管で飾り立てた派手なクライマックスがなく、実に素朴な雰囲気です。

ミュンフンらしい深い瞑想性が際立つ、個性的なビゼー

チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 当コンビの一連の録音の一つ。オケの個性を生かしてフランス物が多かったですが、こちらも《カルメン》《子供の遊び》組曲を併録したビゼー・アルバムです。シャープな感覚とオケの美しい音彩が印象的な好演で、テンポ設定に独特のセンスが光る第2組曲がより個性的。

 非常に遅いテンポでたっぷりと音を響かせる《パストラール》や《間奏曲》の他、有名な《メヌエット》でも、フルートによる主部ではじっくりテンポを落として深い瞑想性に浸り、中間部で常套的なテンポに切り替えるなど、工夫に富んでいます。おしなべて叙情的な部分に特色が出ているようで、《アダージェット》などもマーラーのように聴こえるのが面白い所。このクラスの人気指揮者による新譜は恐らく当盤以降ほとんど出ていないので、貴重な盤だと思います。

“随所に非凡な演出力を示すビシュコフ。奥行きと広がりに乏しい録音は問題あり”

セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団   

(録音:1993年  レーベル:フィリップス)

 《カルメン》組曲とカップリング。当コンビはフィリップスにかなりの録音を残していますが、ほぼ全てがフランスとロシアの作品というのがユニークです(例外はフランクの交響曲と、マスカーニの歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》くらい)。

 冒頭の主題を、短かく刈り込んだ音処理で軽妙に造型し、各ヴァリエーションを表情豊かに描き分けるなど、1曲目から早くも非凡な演出力を発揮するビシュコフ。《カリヨン》や《パストラール》の中間部など、ゆったりと演奏される事の多い箇所を速めのテンポで演奏し、舞曲的な性格を浮き彫りにしているのは独特の表現です。

 パリ管としての同曲録音はこれが唯一ではないかと思うのですが、奥行きと広がりに乏しい録音のせいか、フランスのオケらしい光彩と伸びやかなスケール感に欠けるのは残念。《ファランドール》は、前半からアッチェレランドを掛けて畳み掛けるような熱気溢れる演奏。

“稀少な合唱入り全曲版。洗練された丁寧な仕上がりだが、熱気と活力はあと一歩”

カルロ・リッツィ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団

(録音:1994年  レーベル:テルデック)

 《カルメン》第1組曲とカップリング。同コンビの録音は他に、レスピーギのローマ三部作もあり。リッツィは優秀なオペラ指揮者なので、《カルメン》はせめて第2組曲も聴きたかったですが、《アルルの女》の全曲録音は稀少なので仕方がない面もあります(トータル・タイムは57分半なので、収録は可能だったかも)。同じオリジナル版でも、小編成で10曲抜粋のガーディナー盤と違い、フル編成で合唱付きの27曲全曲盤です。

 リッツィはむしろ若い頃の方が慎重派という感じで、この時期はまだ安全運転が目立つ印象。旋律を流麗に歌わせ、細やかな棒で丁寧に仕上げる傾向は共通ですが、もう少し前のめりの熱っぽさも欲しくなります。テンポも大抵遅めで、落ち着いた足取り。特に《パストラーレ》や《カリヨン》など組曲に入っている有名なナンバーで上品な語り口が前面に出ますが、第6曲のメロドラマや終曲にはオペラ指揮者らしいダイナミックな盛り上げ方が聴かれます。

“アインザッツの正確さとラテン的色彩感を両立。若き才能が冴え渡る名演”

佐渡裕指揮 フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1998年  レーベル:エラート)

 パリ管、フランス国立管、ラムルー管とフランスの名門オケから熱烈に歓迎されている佐渡裕ですが、フランス放送フィルも早くから彼にラブコールを送り続けた団体でした。レコーディングも多いですが、当盤はデュカスの《魔法使いの弟子》、オッフェンバックの《パリの喜び》抜粋、《カルメン》組曲抜粋と共に収録。

 第1組曲から《前奏曲》《アダージェット》、第2組曲から《間奏曲》《メヌエット》《ファランドール》と抜粋なのが悔やまれ、あまり欲張らずに作品の特性を生かして欲しかった所(《カルメン》も6曲しか収録していません)。しかし、演奏は充実。音色が明るい上に、残響の多い録音と相まって響きが潤いに事欠かないのも好印象です。

 佐渡の棒はきびきびとしてフットワークが軽く、細部までアンサンブルの統率を徹底。しかもアーティキュレーションの掘り下げによってニュアンスが豊富で、ソリストを始め各パートが生き生きと演奏を繰り広げています。少ない曲数の中で意外に抒情的なナンバーを選択していますが、色彩感とリズムの冴えが際立つ《ファランドール》は、ここに取り上げたディスクの中でも屈指の名演。

“時に保守的になりつつも、随所に卓越したセンスを聴かせる山田和樹”

山田和樹指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 

(録音:2013年  レーベル:ペンタトーン・クラシックス)

 首席客演指揮者を務める、スイス・ロマンド管とのレコーディング第1弾。フォーレの組曲《マスクとベルガマスク》、グノーのバレエ音楽《ファウスト》とカップリングです。やや遠目の距離感で収録されていて音圧が低く、大きめのヴォリュームで聴かないと生気に乏しく感じられるディスクかもしれません。

 演奏は非凡で、オケも好演。《前奏曲》はきびきびとしたテンポと表情で歯切れが良く、スネアドラムが入る変奏では、僅かに加速して緊張感を高める一方、続く穏やかな変奏ではふわっと緊張を解いてがらりと空気感を変えるなど、緩急巧みな語り口を聴かせます。後半部の旋律の歌わせ方も見事。《メヌエット》もリズム感に優れ、切れ味抜群。弱音部も繊細かつ軽妙に描写しており、表情が多彩です。

 《アダージェット》は艶やかな光沢を放ちながらも、淡い色彩感が美しく、精妙な表現に弱音での集中力の高さを如実に示します。《カリヨン》はもう少しぱりっとした音色でも良かったですが、ホルンのバランスが控えめな分、バス・トロンボーンやトランペットが鋭利で抜けの良いアクセントを入れてきて痛快。弦の艶っぽいカンタービレも美麗です。《間奏曲》はまろやかにブレンドする、たっぷりとした響きで開始。中間部も速めのテンポで、流れの良い演奏です。

 《パストラール》《メヌエット(第2組曲の方)》は自然体のオーソドックスな造形で、気鋭の若手指揮者としては若干物足りなさもありますが、《ファランドール》では前半の鋭敏さと切れ味が戻ってきます。序奏部は、ティンパニのちょっとしたトレモロ・クレッシェンドが効果的。主部は活気と勢いがあり、若々しい躍動感が好ましいです。締めくくりのアッチェレランドも、ライヴ的な高揚感あり。

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