ホルスト/組曲《惑星》

概観

 私がレコードで初めて聴いたクラシック音楽。とはいっても、当時(小学三年生くらい)はクラシックという意識はなく、父に「これは惑星の音楽だよ」といって聴かされ、それが珍しいのと、曲そのものが面白いのとで繰り返し聴いていた。それがメータ&ロス・フィル盤だったのだが、私のハマりっぷりを面白く思ったのか、父が「同じ《惑星》でも違う演奏がある」といってプレヴィン盤を買ってきたのが、私の《惑星》遍歴、ひいてはクラシック遍歴の始まり。

 プレヴィンの演奏は私の耳に全く合わなかったが、演奏によって曲が全然違って聴こえるのがとても面白く、この聴き較べに私が没頭したものだから、父がまた面白がって小澤盤、ショルティ盤、ハイティンク盤、ボールト盤と次々に買って私に聴かせた。小学生が《火星》の冒頭を聴いただけで誰の演奏か当てるというので、父が親戚に自慢していたのを覚えている。まあ暇な小学生の集中力と記憶力をもってすれば、これしきは普通の事だったのだろう。

 現に、近所に住んでいた同級生は、《惑星》を聴かせた途端にどっぷりハマり、彼もストコフスキー盤、カラヤン盤、アルメイダ盤、マリナー盤とレコードを購入して一緒に聴き較べたものである。もっとも彼は後にパンク・バンドを組み、高校をドロップアウトしてしまった。私もバンドをやっていたので、ライブハウスでたまに顔を合わせたが、その時も彼は「《惑星》とか《春の祭典》とか今でも聴くで〜」と言っていた。クラシックは偉大だ。

 この曲がジョン・ウィリアムズなど映画音楽に与えた影響は甚大だと思うが、《惑星》の凄い所は、安っぽいムード音楽に堕ちず、格調の高い独創的なイマジネーションに溢れている所。ホルスト自身、これほどの作品は他に書いていないようだが、吹奏楽界では民謡風の旋律満載の2つの組曲が人気で、これは私も好きである。

*紹介ディスク一覧

58年 ストコフスキー/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

61年 カラヤン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

70年 スタインバーグ/ボストン交響楽団  

1年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

77年 マリナー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団  

78年 ボールト/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

79年 秋山和慶/ヴァンクーバー交響楽団

79年 小澤征爾/ボストン交響楽団   

80年 ラトル/フィルハーモニア管弦楽団

81年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

1年 マゼール/フランス国立管弦楽団

85年 マータ/ダラス交響楽団

86年 A・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

86年 デュトワ/モントリオール交響楽団  

87年 サイモン/ロンドン交響楽団

88年 C・デイヴィス/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

89年 レヴァイン/シカゴ交響楽団  

93年 A・デイヴィス/BBC交響楽団

94年 ガーディナー/フィルハーモニア管弦楽団  

05年 佐渡裕/NHK交響楽団 

06年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

08年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団  

10年 A・デイヴィス/BBCフィルハーモニック 

22年 ハーディング/バイエルン放送交響楽団  

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“奇抜な仕掛けもあるものの、速めのテンポで小気味良いストコフスキー盤”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニッ

(録音:1958年  レーベル:キャピトル)

 この曲を世界に広めるきっかけとなった有名な録音の一つ。ストコフスキーがロス・フィルを振った唯一のディスクで、英国人以外による初の《惑星》だったと思います。キャピトル盤は録音状態が非常に良く、音彩がすこぶる鮮やかなのと、トゥッティでも歪みや混濁があまり目立たないのに驚きます。オルガンの重低音もしっかり収録されている様子。

 オケはアインザッツの乱れなどアンサンブルにやや難がありますが、メータの就任以前にも、すでにグラマラスなサウンド傾向を持っていた事がよく分かります。ストコフスキーはどの曲も速めのテンポで小気味よく造形。《火星》の主部直前にはテナー・テューバとトランペットの掛け合いがありますが、当盤はミスなのか意図的にか、両者のタイミングがズレてグダグダのまま主部へ入ります(LPで聴いた時、針が飛んだのかと思った記憶があります)。コーダで突然クレッシェンドをはじめるドラにもびっくり。

 《金星》の耽美的な音世界は、当盤ならではかもしれません。《海王星》にはロジェ・ワーグナー合唱団が参加。この曲はヴィブラートを効かせて人間臭く歌うと神秘的な雰囲気が削がれてしまいますが、彼女達はストレートな発声で歌っていて好感が持てます。

作品の知名度を大きく上げた名盤。ウィーン・フィルによる《惑星》も貴重

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:デッカ

 これも、作品を世に広めるのに一役買った代表的名盤。ウィーン・フィルの同曲録音は未だに唯一のようです。その意味でも、艶やかなオケの響きは当盤の聴き所と言えそうですが、ほとんどヤケクソにすら聴こえる《火星》の粗っぽいテナー・テューバや、《土星》の薄手な鐘の音など、個人的に受け入れ難い表現も多々あり。

 そもそもカラヤンという指揮者の問題として、リズムが不正確でアインザッツがしばしば乱れるのは、こういう曲ではかなり気になります。急速なテンポで小じんまりとまとめた《木星》も、私はあまり好きになれません。《火星》にも歯切れの悪い箇所があります。もっとも、全体的に牽引力が強く、パワフルで高揚感がありますし、旋律の歌わせ方も繊細かつ耽美的で、聴かせ上手な一面も見せます。録音も優秀で迫力あり。

“歯切れが良く、アグレッシヴで骨太な棒。モダンな精緻さも示す側面も”

ウィリアム・スタインバーグ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1970年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 同コンビはこの翌年にヒンデミットの交響曲《画家マティス》、弦楽器と金管のための演奏会音楽、R・シュトラウスの《ツァラトゥストラはかく語りき》を録音しています。私がこの指揮者について勉強不足で、あまり期待せずに聴いたせいもありますが、当コンビの録音はどれも引き締まったフォルムと骨太な音楽作りが印象的で、なかなかの名演と感じられます。

 《火星》は快速テンポで緊迫感に溢れ、冒頭から色彩感がすこぶる鮮やか。テンションの高さを維持したまま主部に突入する、熱っぽくエッジの効いた演奏です。アタックが強く、語気が激しいのもアグレッシヴな性格。オスティナート・リズムの扱いも、無類に歯切れが良いです。《水星》は平均的なテンポながら、リズムのアクセントが異様に強調されて表現主義的。

 《金星》と《海王星》は駆け足テンポで発色が良く、デジタル時代に主流となった消え行くような儚いピアニッシモを基調とした演奏とは一線を画します。もっとも、アンサンブルの緻密さは一級。音色も艶やかで、美麗な響きは保たれています。

 《木星》《土星》も輪郭の明瞭な造形ながら、テンポは細かく変化させているし、旋律の歌わせ方にも非凡な才を発揮。気宇の大きさも示して、鋭敏一辺倒には陥りません。音楽の掴み方が大きいのは美点で、その割に細部を徹底的に精確に処理し、ミニマル・ミュージックのように聴かせる辺りも現代的なセンスと言えます。オケは明るく華やかなサウンドで、豊麗なソノリティも魅力。《天王星》などは面目躍如といった所です。

ダイナミックかつグラマラス、作品の面白さを最大限に引き出した若きメータの快演

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1971年  レーベル:デッカ

 メータ&ロス・フィルの名を世界に轟かせた名盤の一つ。この曲の代表的録音としても一時は首位をキープしていました。個人的には、最初にこの曲に親しんだのが当盤なので、やはりこの演奏の印象を越える演奏には、なかなか出会わないです。特に、前半の4曲はこの盤でなくてはという箇所が幾つもあります。

 まずは当コンビの特徴でもある、テューバやバス・トロンボーンが唸るようにエッジを効かせる低音の魅力。これが彼らの演奏をグラマラスに聴かせる要因となっているわけですが、そこに、英デッカ特有の皮の質感生々しいティンパニの強打がアクセントとなって、独特の音世界が展開されます。このムードが《惑星》という曲にぴったり合っていた所が当盤の魅力でしょう。

 メータの表現はダイナミックかつ明快そのもので、演出も巧く、作品の面白さを最大限に引き出しています。しかし《土星》に聴く、ゆったりとしたテンポとレガート気味のフレージングによる柔らかな造形は、他でよく耳にする、刺激的でうるさい《土星》とは一線を画すものと言えるでしょう。

“マリナーらしい造形感覚に加え、見事にコンセルトヘボウ・サウンドで塗り潰された個性盤”

ネヴィル・マリナー指揮 アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団  

(録音:1977年  レーベル:フィリップス)

 当コンビは同時に、エルガーのエニグマ変奏曲と威風堂々の1、2、4番を録音しています。当盤はバロック系の指揮者によるフル・オケ進出の走りではなかったかと思うのですが、マリナーはモダン楽器の人で古楽出身ではないせいか、後のアーノンクールらほどのインパクトはなかったかもしれません。コーラスには英国からアンブロジアン・シンガーズが参加。録音に立ち会った故・志鳥栄八郎のライナーノートも楽しい読み物です。

 演奏は細かい強弱の交代やタイトな造形など、バロック的感覚を持ち込んだユニークなもの。特に《火星》は、スタッカートを多用したアーティキュレーションなど独特のセンスが光りますが、後半の三曲や《金星》など快速テンポでタイトにまとめた造形はマリナーならでは。特に快適な弾みを持つ鋭敏なリズム感が卓抜で、それがフットワークの軽さと生気にに繋がっています。《木星》をはじめ雄大さや歌心にも事欠きませんが、音響を拡散させるよりも、細部まで神経を行き届かせてインティメイトにまとめる行き方は個性的。

 英国の指揮者ですからホルストやエルガーに違和感はないのでしょうが、コンセルトヘボウ管の起用は快挙で、当オケによる《惑星》録音は未だに当盤が唯一。強いアクセントを排除しているせいもあるのでしょうが、深く渋い響きは作品に独自のまろやかな色彩を与えています。指揮者のキャラクターも反映してか、明るく暖かみのある性格も、この曲のディスクとしては異色。

初演者としての自信に溢れ、各曲の核心を鋭く衝いた、正に《惑星》の決定盤

エイドリアン・ボールト指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:EMIクラシックス

 この曲を何度もレコーディングしている初演者サー・エイドリアンの最後の《惑星》、正に決定盤である。発売当初から最高の演奏と評価されてきたものだが、私も昔からこのディスクには一目置いていて、今でも頭が上がらない感じがある。

 自信に満ち溢れたボールトの棒は、老練な語り口ながらも決して重くならず、新鮮な現代感覚を失わない。《火星》からして、これ以上は考えられないほど的確な表情を曲に与え、《水星》のスケルツォ的性格や《木星》の背景にある英国人気質など、各曲の核心を衝いた見事なアプローチ。《金星》や《海王星》などの叙情的な曲が、速いテンポで雄弁に演奏されているのも特徴だが、女声合唱の扱いも実に巧妙。際立った個性の強調なしに、これほど説得力の強い演奏を展開した当盤は偉大である。

“指揮者の非凡な面が随所に出ている、隠れた名演。オケは少々キズあり”

秋山和慶指揮 ヴァンクーバー交響楽団

(録音:1979年  レーベル:オルフェウム・マスターズ

 当地で絶大な人気を誇ったという当コンビのレコーディングをまとめた、4枚組CDセットに収録。秋山はこの曲が得意なようで、後に日本のオケと再録音している他、実演でもプログラムに入れているのを見かける。適度な残響があり、シャープながらふくよかさもある聴き易いサウンド。オケは音色面や合奏はなかなかクオリティが高いが、アインザッツが所々で乱れたり、ハーモニーのピッチの甘い箇所もある。

 抜群の安定感と雄大なスケール、豊麗なソノリティを主体とした表現はこの指揮者の持ち味。《火星》《木星》など力感は十分だが、折り目正しい曲の運びがいささか真面目すぎる印象にも繋がる。ただ造型は引き締まっているし、各部の音響、色彩のバランスも見事。和声感も豊かだし、旋律は常に伸びやかに歌う。間延びしがちな《土星》を、推進力の強い棒でシャープに引き締める牽引力もある。

 《水星》のチャーミングな音彩、《土星》《天王星》のデリカシーと卓越したリズム感及び音感、超スロー・テンポで絶妙な浮遊感を表出した《海王星》には、この指揮者の非凡な面が出ている。全体としては遅めのテンポで、ゆったりと構えた大人の演奏。過不足のない立派な表現で、これ以上何が必要なのかと言われると、確かに返す言葉はない。各曲の性格の描き分けも理想的で、意外に隠れた名盤かも。

“まろやかな響き、躍動的で冴えたリズム。フレッシュな感性溢れる爽快な《惑星》”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1979年  レーベル:フィリップス)

 小澤征爾唯一の《惑星》録音。実演でも演奏している印象が全くない。レーベル側から録音依頼があったのかもしれないが、マリナー盤のたった2年後に同じ曲の録音を持ちかけられる所、若き小澤に掛けるフィリップスの期待が伺われる。暖かみのあるマイルドなソノリティと冴えたリズムで造形した実にスマートな演奏で、当コンビの典型的なスタイルが現れたディスク。

 《火星》は非常に速く、5拍子のビートを明確に打ち出してスポーティに躍動。力任せにパワーを解放せず、適度な音量で細かなダイナミクスの変化を付与して刺々しくならない。響きのバランスが良く、内声が突出しないのは小澤流。リズムも鋭利な上にニュアンスが豊かで、テナー・テューバのソロなど溌剌と弾んで元気一杯。やたらスケール感を強調した演奏とは一線を画す。中間部で速度を落とさず、全編ほぼイン・テンポ。パンチが効いたティンパニも、合奏の運動神経を高めている。

 《金星》《水星》の端正なフレージングと精緻でデリケートなアンサンブルの構築、清澄な響きは、この指揮者の専売特許。《木星》はみずみずしい歌に溢れて流麗で、ものものしい大音響で圧倒する事がなく、角の取れたまろやかなパフォーマンスで、若々しくフレッシュな感性も横溢する。フィリップスの録音はデジタル移行初期に音が薄手になる傾向があったが、当盤はアナログ収録で暖かみと量感がある。

 《土星》《天王星》は荒っぽくなりがちな曲だが、当盤は丁寧な仕上げで和声感豊か。打楽器の強打やブラスの咆哮を伴う場面も至って柔らかな語り口で、胸のすくような爽やかさを失わない。内的感興の高まりが物理的盛り上がりに直結する点は、後年の小澤を彷彿させる。《海王星》はスロー・テンポだが、もやもやした神秘主義ではなく、明るくリアルな音色で純音楽的なアプローチ。コーラスは人数が多いようで音圧が高く、音量も大きめ。

フレッシュな感性を見せつつも色彩感に不足。存外大人しい、若き日のラトル

サイモン・ラトル指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:EMIクラシックス

 ラトルの本格デビュー盤。大の《惑星》好きだった私は、発売当時かなり期待して聴いた覚えがありますが、珍しく「つまらない」と思った録音の一つでした。今聴いても、あまり好きになれない演奏です。表現が淡白で生真面目に過ぎるのと、オケの響きが今一つ冴えず、色彩に乏しいせいかもしれません。ラトル盤としては、ベルリン・フィルとの再録音の方が遥かに面白いと思います。

 ダイナミクス、精緻な音色の表現、シャープなリズムは後年のラトルを彷彿させる面もあり、若々しい息吹きや細かなアーティキュレーションの描写、強弱の交代には感心します。特に傑出しているのが《木星》で、個性的なイントネーションによる歌い回し、スケールの大きさや設計の巧妙さに才気を感じさせるし、三拍子の主題の所、遅いテンポで開始して加速してゆく辺りの呼吸も見事です。《土星》においても、トロンボーンの主題提示の深々とした弱音から壮麗なフォルティッシモまで、力強くソリッドなブリティッシュ・ブラスの魅力を堪能させてくれます。

“弱音部の緻密なアンサンブル。オケの能力を最大限に生かした再録盤”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 発売当初、大いに話題を呼んだカラヤンの再録音盤。ベルリン・フィルによる同曲録音も初だったと記憶します。強弱のコントラストが強く、弱音部のデリカシーに最大限の注意が払われた演奏で、叙情的な部分の精緻を極めた表情はベルリン・フィルにして初めて成し遂げられたといっていいでしょう。《海王星》は相当音量を上げないと細部が全く聴こえないくらいで、正に神秘の世界を漂うような表現です。弱音部をちゃんと聴こうとヴォリュームを調節すると、強音部がものすごい音量になってしまうので要注意。

 カラヤンも晩年に差し掛かった頃の録音ですが、テンポの速い曲が意外にキビキビと小気味良く進められていて、《火星》コーダの軽快かつ歯切れの良い処理や、《木星》冒頭の正確無比な弦楽合奏など、若手指揮者のフレッシュな表現にも引けをとらない鮮やかな棒さばきが随所に聴かれます。前者は中間部やコーダで速度を緩めないイン・テンポが独特で、後者も主部、中間部共にかなり速いテンポ。アーティキュレーションに関しては、レガートとスタッカートの使い方が他と違っていたりもします。

 《金星》の弦も艶やかで、よく揃っていて繊細。《土星》《天王星》でもスケールを拡大しすぎず、音楽が内面に向かっている点はさすがといえます。チェレスタやグロッケンシュピール、ハープなどは音色の効果もよく生かされているし、細かい音符も丁寧に処理しているのでごちゃごちゃと塊になったりしません。しかし個人的には、評論家が大絶賛するほどの演奏には感じられないのも事実。アンサンブルは見事ですが、一部に乱れも散見され、《火星》冒頭の管楽器の和音などピッチの甘い箇所が幾つか確認できます。

数少ないラテン系の《惑星》。徹底的にコントロールされた精緻極まりない演奏

ロリン・マゼール指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ソニー・クラシカル

 マゼール初にして唯一の《惑星》。フランスのメジャー・オケによる《惑星》もレコード史上初という事で話題を呼びました。一言でいえば、徹底して精緻に磨き上げられた演奏です。《火星》冒頭の正確無比に刻まれるリズム、巧妙にコントロールされたディナーミクと和声バランスを聴いただけでも、ああ、これはマゼールらしい《惑星》になるな、と直感します。コーダの大見得を切った表情もいかにもマゼール流。

 同様に、指揮者の癖が顕著なのが《天王星》で、これもやや大袈裟なイントロと、鋭角的なアクセントを多用したフレージング、暴れ回る打楽器群と、非常に攻撃的な演奏。この時期のマゼールらしい小回りの利いたフットワークと、後年のスタイルである拡大気味のスケールの両方が聴かれるのも当盤のユニークな所で、《木星》や《土星》など、意外に速いテンポでぐいぐいとオケをドライヴする一面も。

 考えてみれば、マゼールのような分析型指揮者による《惑星》は少なく、オケの明るい色彩感覚とも相まって、《金星》《水星》《海王星》の精妙な音世界には得難い魅力があります。特に《海王星》で女声コーラスが入ってくる箇所の最弱音で展開する神秘的な世界は、素晴らしい聴き物。英米系演奏家の録音が圧倒的多数を占めるこの曲ですが、数少ないラテン系の当盤は、いっとうユニークな存在感を放っています。

“豊麗な響きと繊細なディティール。スローテンポを貫いたユニークな《惑星》”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1985年  レーベル:プロ・アルテ)

 指揮者、オケ共に唯一の《惑星》録音。マータはどの曲にもかなりスローなテンポを設定していますが、特に面白いのが《火星》中間部、《金星》、《木星》中間部、《海王星》辺りで。これらの曲はテンポが遅すぎて、どこか新しい装いを身に纏った印象すらあります。

 テンポ以外の面ではむしろオーソドックスというか、目立ったデフォルメなどはあまりないですが、意図したものかオケの能力的な問題か、内声が聴き慣れないバランスで張り出してくる箇所も散見されます。又、《火星》のトゥッティでは、録音のせいか極端に打楽器が強調されて聴こえる部分もあります。オケのリッチな響きは相変わらずで、木管や弦も繊細なアンサンブルを展開。ファースト・チョイスには向きませんが、《惑星》のファンなら持っていても損はないディスクと言えるでしょう。

“威圧的な音響を排除し、ナイーヴな優しさを追求した瑞々しい演奏”

アンドルー・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

(録音:1986年  レーベル:EMIクラシックス)

 A・デイヴィスによるEMIへの数少ないレコーディングの一つ。トロント響との録音では、他にヘンデルの《メサイア》全曲があるだけです。いかにもこの指揮者らしい、ナイーヴで柔らかい演奏。《火星》や《土星》、《天王星》でも威圧的な音響や刺々しいアクセントを用いず、フォルティッシモの箇所も常に余力を残しながら細かく強弱を付けています。A・デイヴィスは後にBBC響、BBCフィルと同曲を再録音していますが、ここまで徹底して柔和なのは当盤だけです。

 そのため全体に慈しむような優しさが感じられるのが特色で、《木星》の中間部も慈愛に満ち溢れます。もっとも要所要所でメリハリは効かせていて、力強さに欠けている訳ではありません。リズムも生き生きとしています。オケの響きは決して派手ではありませんが、明るくて瑞々しく好感が持てます。個人的には結構好きなディスク。

“オフ気味の録音と抑制の効いた表現のせいで、全体に平板で生彩を欠くディスク”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団    

(録音:1986年  レーベル:デッカ)

 アンセルメのレパートリーを片っ端から録音していた当コンビですが、こういう英国音楽も入れてくる辺りが現代のアーティスト。ただ、演奏はあまり面白くありません。

 まず録音が細部をクローズアップせず、自然なバランスなのは良いとしても、ディティールの多彩さが生きてこないきらいがあるのは残念。これは特に《金星》や《水星》、《海王星》など弱音主体のナンバーでマイナスに働いていて、どこか淡彩で無表情に聴こえる傾向があります。もっとも木管などソロは好演しているし、アンサンブルの構築も緻密。良く言えば美しく磨き上げられた、清潔で上品な演奏です。

 加えてデュトワは、《火星》を始めアグレッシヴな曲でも、洗練されたリズムとフレージングで抑制の効いた表現を貫き、曲ごとの性格の対比があまり際立ちません。唯一、《木星》のアゴーギク設定に演出巧者ぶりを感じましたが、全体としては過不足のない最大公約数的な表現で、平板な構成に終始する印象は否めないです。オケの響きは艶やかでモダンな造形美があり、このコンビらしいラテン的感覚を生かせばユニークな演奏になったのではないかと思いました。

“映画音楽のようにダイナミックで壮麗だが、緊張感とニュアンスに不足”

ジェフリー・サイモン指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1987年  レーベル:CALA)

 指揮者自身が設立したレーベルから出ている名曲集6枚組セットから。単品でも発売されていたようです。サイモンが多くのレコーディングを行なっている英シャンドス・レーベルと同傾向の録音で、教会をロケーションに選び、残響をたっぷり取り入れて遠目の音像で収録。そのため細部の解像度は甘く、マスの響きが弦や木管の細かい動きを覆ってしまうのが難点ですが、金管のソリッドなフレーズも柔らかく中和され、耳には心地良いサウンドです。

 サイモンはシャープな感覚でダイナミックに音楽を盛り上げますが、録音のせいもあるのか、多様な色彩やニュアンスが出てこない恨みもあります。これは《金星》や《海王星》のような曲では致命的。《火星》では木管群の内声が妙に耳につきますが、ピッチに若干ずれがあるのか、どうも下手な演奏に聴こえます。映画音楽を思わせる壮麗さには溢れますが、細部の詰めや緊張感に不足し、聴き終わった後にどうも印象に残らないディスク。

“デイヴィス初のベルリン録音は、豊かな音楽性で聴かせる充実の演奏”

コリン・デイヴィス指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:フィリップス)

 当コンビ初にして唯一のディスク。彼は80年代初頭のインタビューで「《惑星》は好きな曲ですからレコーディングの話が来ればやりますよ」と発言していて当時ワクワクしたものですが、まさかベルリン・フィルと録音するとは思ってもみませんでした。

 デイヴィスのアプローチはケレン味を排した正攻法のものですが、何せ大変に器用な指揮者なので、物足りなさはどこをとっても皆無。内的充実度の高い、気力の漲った名演です。豊かな音楽性があれば、派手な演出はなくとも曲を成立させられるという事でしょう。意外に速いテンポで軽快に曲を運ぶ場面も多いですが、全体的には自国の音楽に対する自信と愛情に溢れた、懐の深い演奏です。オケの響きも豊麗かつ力強く、フィリップスの録音もその魅力をきっちり捉えています。

“精緻かつドラマティック! オケの技量と指揮者の卓越した演出センスが光る名演”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団   

(録音:1989年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 レヴァインのイギリス音楽録音は珍しく、他にはエルガーがぽつぽつある程度だと思います。ショルティはロンドン・フィルと当曲を録音した事もあり、シカゴ響の《惑星》は現在のところ当盤が唯一。この面子からだと、さぞ力で押すうるさい演奏だろうと想像しがちですが、意外に精緻な名演です。

 《火星》の不穏な予感を孕んだ序奏部から、手に汗握るドラマティックな主部へと移る呼吸の見事さ。正に息を飲むスリリングな演奏ですが、こういうのを聴くとやはりレヴァインの本質は「ドラマの人」だなあと痛感します。歯切れの良いコーダで締めくくる設計の巧みさもさすが。ブラス・セクションの迫力は予想通りですが、ポルタメントも効果的に盛り込んだ弦のしなやかなカンタービレは全編を通じて印象的です。

 テンポは速めで常に造形が引き締まっており、これほどの名技集団ともなるとディティールの表現も完璧です。《水星》や《天王星》など、スケルツォ的な軽妙さがあまり出ない演奏も多い中、曲の性格を的確に掴んでいて秀逸。スケールの大きさも十二分に表出しています。《土星》はテヌートを強調したコラールと、トゥッティによる合いの手にいちいち重しを付けるクライマックスの表現がユニーク。終曲のコーラスは、遠目のバランスで効果音的に収録しています。

“旧盤の表現を踏襲しながらも、スケール感と力強さを格段に増した好演”

アンドルー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団

(録音:1993年  レーベル:テルデック)

 トロント響との旧盤から7年ぶりの再録音。ブリティッシュ・ラインという英国音楽シリーズの一環で、交響詩《エグドン・ヒース》という珍しい作品をカップリングしています。ちなみに、オルガン・パートの演奏は指揮者自身が担当。

 テンポの設定などは旧盤を踏襲していますが、指揮者自身の円熟に加え、本場イギリスの名門オケが相手とあって実に堂々たる演奏。男性的な力強さやスケール感も格段に増しています。旧盤同様、急速なテンポで歯切れ良く曲を運んだ《火星》から、細かい強弱で豊かなニュアンスを付けていて、思わず引き込まれてしまいます。《金星》で各セクションがたっぷりと間を取って歌うのも、指揮者の進境が著しい耽美的表現。《土星》や《天王星》のクライマックスを、巧みなアゴーギクで壮烈に盛り上げているのも圧巻です。

“意外性や先入観を鮮やかに払拭した、全く見事なガーディナー快心の《惑星》”

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1994年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 グレインジャーの異色バレエ音楽《戦士たち》をカップリングした話題盤。当コンビの録音は他に、ブリテンの《春の交響曲》他があります。古楽アンサンブルの指揮者がフル・オケを振るのは当時既に珍しくありませんでしたし、ガーディナーもウィーン・フィルや北ドイツ放送響と様々なディスクを出していましたが、それでも《惑星》は意外性がありました。しかし彼もイギリス人ですから、ブリテンやエルガーと同様、違和感のない選曲なのかもしれません。

 実際、意外性や話題性をあっさり払拭する見事な演奏で、英国人指揮者としてはラトルの新旧両盤より遥かに素晴らしい内容だと思います。録音が明瞭な事もありますが、淡彩で寒色系の音色になりがちなロンドンのオケから、カラフルで明るい、暖色系の響きを引き出している所がポイント。末端まで養分が行き渡った潤いのあるサウンドが魅力的です。唯一、オルガンの重低音が過剰に感じられる箇所が多く、そこは好みが分かれるかもしれません。

 《火星》は遅めのテンポで、壮大なスケール感を演出。アーティキュレーションを細部まで丹念に洗い直し、視界が晴れたようにフレッシュで爽快な演奏を実現しています。どのフレーズをとっても解釈に曖昧な所がなく、コーダの和音連打も各音の長さまでよく練られた表現。打楽器の強打も思い切りが良く、迫力満点です。

 《金星》はオケの音色、特に弦のそれがすこぶる魅力的で、透徹した響きに艶やかな主旋律が浮かび上がる美しい演奏。《水星》は軽妙なテンポで、各パートが流麗に歌い上げてとても伸びやかです。《木星》はスピード感のあるテンポで勢いよく開始しますが、ディティールまで生気に満ち、木管を中心に室内楽的なアンサンブルが精緻そのもの。強い推進力が曲全体を貫き、溜めを作らないストレートな造形で聴かせる一方、中間部のフレージングもよく考えられていて、優しく暖かみのある歌心が素敵です。

 《土星》も無用な虚飾を排してすっきりとした表現ですが、ニュアンスは多彩で、壮麗さにも事欠きません。後半部の情感も淡白に陥らない所、指揮者の円熟を感じさせます。《天王星》のフットワークの軽さ、カラーパレットの豊富さもさすが。《海王星》は艶やかな音彩でリアルに描きますが、響きの透明度は高く、曖昧模糊としたファジーな演奏より遥かに聴き応えがあります。モンテヴェルディ合唱団は期待したほどの存在感がなく残念ですが、この曲で実力を発揮するのは無理な注文かも。

“録音も演奏もすこぶる優秀ながら、さらなる個性を求めたくなるライヴ盤”

佐渡裕指揮 NHK交響楽団

(録音:2005年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 東京オペラシティで行われた、《東京の夏》音楽祭2005のライヴ盤。同曲は特にライヴ録音が難しい作品と言われますが、物理的な制約を感じさせないほど細部までクリアな録音で、言われなければセッション収録と思ってしまうかもしれません。当コンビの組合わせは珍しく、この十数年前に一度共演したきりだったそうです。

 演奏も立派で、各セクションが見事なアンサンブルを繰り広げる他、音色も美しく、ミスもほとんどありません(《火星》の中間部に入る直前で、ティンパニが2小節ほど早く入ります)。佐渡裕のオーケストラ・ドライヴ能力は非常に高く、腰の重いこのドイツ型のオケに対し、彼の言葉で言う所の「運動神経を上げる」事に成功しています。そのため音楽が常に生き生きと躍動し、スケールの大きさや繊細な叙情にも事欠きません。《木星》の中間部では、慈愛に溢れた語り口が感動を呼ぶ場面もあります。

 ただ、もう今の時代は、日本人がここまでの演奏をしたというレヴェルで止まってしまってはいけないようにも思います。この、良くも悪くも個性の主張をしない、優等生的な演奏を聴いていると、そのまま国際社会における日本人の在り方にだぶってしまうのは私の考えすぎでしょうか。《海王星》の女声コーラスを東京少年少女合唱隊の子供達に歌わせているのは、佐渡さんらしいアイデアで素敵。

“旧盤より遥かに面白いラトルの再録音。企画自体は???”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2006年  レーベル:EMIクラシックス)

 26年ぶりの再録音。わざわざ2枚組にして、コリン・マシューズが作曲した《冥王星》と、現代の作曲家4人に依頼した宇宙にちなむ作品をカップリングしたユニークな企画ですが、私にはどうもあまり興味が湧かない趣向です。

 ライヴ録音のせいか若干音がこもる傾向もありますが、オケの力強く艶やかな響きが堪能できる分、旧盤より聴き応えのあるディスクと言えるでしょう。《火星》など、細かな強弱やアーティキュレーションの交代が随所で効果を発揮し、古楽研究を反映した彼のベートーヴェンを思わせる雰囲気もあったりしてなかなか面白いです。全体にオーソドックスなアプローチを採っている所は旧盤と同様ですが、細やかなニュアンスとアーティキュレーションへのこだわり、感興の豊かさは、ラトルの成長を如実に物語ります。

 付録の《冥王星》は内容こそ惑星の曲ですが、音楽素材としてはホルスト作品と全く関係がなく、私にはお遊びの域を出ているとは思われません。少なくとも《惑星》の続きにではなく、2枚目の現代作品のディスクに収録すべきだと思うのですが、コンサートでも《惑星》に続けて演奏されたのでしょうか?

“肩の力を抜いて、軽妙かつモダンな解釈を聴かせるパーヴォ。オケが非力で残念”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2008年  レーベル:テラーク)

 エルガー、ブリテン作品集に収録されていた《青少年のための管弦楽入門》を再度カップリング。当盤と直接関係はないですが、何でも屋として膨大なレコーディング量を誇るヤルヴィ父のネーメは、意外にもこの曲を録音していないようです。

 演奏は端正ながら、部分的に耳新しいアーティキュレーションやダイナミクスを採択し、いかにもパーヴォらしくシャープでスタイリッシュな造形を聴かせます。合奏の一体感が強く、室内楽的なフットワークも感じさせるアプローチはユニークですが、オケが魅力に乏しく、音色面、技術面共にパーヴォの斬新なコンセプトを生かしきれていないのは残念な所。

 この曲は大編成のオーケストレーションゆえ、合奏がもたついたり、腰が重くなったりしがちですが、無類に足取りが軽く、肩の力が抜けている点では異色盤といえるでしょう。リズムと音色のセンスは傑出し、清潔感のあるクリアな響きの中、精緻を極めた演奏を展開。スポーティで軽快な《火星》や、威圧感がなく、うるさく叫ぶことのない《木星》などは、新たな地平と方向性を指し示すスタイル。《金星》冒頭や《水星》の色彩感も秀逸です。

“自在なニュアンスと小気味良いリズム、作品を知り尽くした見事なパフォーマンス”

アンドルー・デイヴィス指揮 BBCフィルハーモニック

(録音:2010年  レーベル:シャンドス)

 A・デイヴィス3度目の録音ですが、オケは全て違い、前回からは17ぶりの再録音となります。ホルスト作品集の一環(第2集)で、他に組曲《ベニ・モーラ》、日本組曲を併録。マンチェスターで録音されていて、コーラスも当地の室内合唱団を起用しています。

 演奏は全くお見事で、作品を掌中に収めた者だけに可能な自然体の名演。テンポは全編に渡って速めですが、小気味良いリズムを主軸に引き締まった造形を維持し、その枠組みの中で自在ともいえる多彩なニュアンスを加えています。旋律線はどのパートにもこれ以上ないほど的確な表情が与えられ、推進力溢れる生き生きとしたパフォーマンスを展開。

 筋肉質の響きながら色彩感が豊かで、A・デイヴィスもラトルと同様、英国の指揮者達の伝統からは少し外れた資質を持つ、モダンなアーティストである事を痛感します。オケも優秀。女声コーラスがまた美しく、舞台裏でおぼろげに響かせず、オン気味のバランスで堂々と歌わせているのもユニーク。A・デイヴィスの過去盤のみならず、近年の《惑星》ディスクの中でも出色の一枚だと思います。

“遅めのテンポで格調が高く、精緻。オケが超優秀で、弱音の美しさが際立つ”

ダニエル・ハーディング指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2022年  レーベル:BRクラシック)

 英国出身のハーディングにとっては、満を持してという感じのライヴ録音。バイエルン放送響の同曲録音はこれが初だと思うのですが、このオケの良さが一番出るヘルクレス・ザールでの収録なのも嬉しい所です。

 全曲に渡って遅めのテンポを採り、格調高く、むしろ重厚な趣の演奏。極端なメリハリを付けないので映画音楽みたいな派手さは無いですが、豊麗な音色ですこぶる精緻に描写していて、近代音楽らしい美しさを巧みに抽出しています。腰が重すぎる訳ではなく、リズム処理は鋭敏。《火星》のコーダなどはむしろ速めのテンポで軽快に造形して、ものものしい大音量を回避したりもします。

 トゥッティの充実したシンフォニックな響きにオケの良さがよく出ていますが、なにせとびきり優秀な団体なので、弱音部の美しさも際立ちます。《金星》の艶やかな音色と溢れる詩情、《水星》《木星》のチャーミングで小気味好いスタッカートとみずみずしい歌など、失礼ながらロンドンのオケでは聴けないデリカシーの極致。《海王星》も遅めのテンポが効果を発揮して、独特の深遠なスケール感が醸成されています。

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