チャイコフスキー/マンフレッド交響曲 |
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概観 |
バイロンの詩を元に、チャイコフスキーお得意の運命動機で全編を構成し、ロマン的情緒をたっぷり盛り込んだ大作。演奏時間が長いせいか、オルガンが入るせいか、はたまた作品の評価自体が低いのか、演奏会でプログラムに載ったのを見た事がない。情感がやたらと濃いので、精神・体調共に爽快な時でないと、なかなか聴こうという気になりにくい曲でもある。 |
私がこの曲について強烈に思い出すのは、NHKラジオで放送されたシャイーとベルリン・フィルによる83年のベルリン芸術週間ライヴ。いまだにこれを越えるインパクトのある演奏には出会わない。高速テンポで一気に駆け抜ける、熱気に満ち溢れた壮絶な演奏で、第1楽章など何と14分台だった。後年、合法かどうか怪しいライヴCD-Rのレーベルから音源が出回ったが、やっぱり記憶に違わぬ凄い演奏。 |
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*紹介ディスク一覧 |
57年 シルヴェストリ/フランス国立放送管弦楽団 |
63年 マルケヴィッチ/ロンドン交響楽団 |
71年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
76年 オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団 |
79年 T・トーマス/ロンドン交響楽団 |
81年 ムーティ/フィルハーモニア管弦楽団 |
86年 ヤンソンス/オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 |
87年 シャイー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
92年 小泉和裕/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 |
99年 フェドセーエフ/チャイコフスキー交響楽団 |
13年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団 |
17年 ビシュコフ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
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“フランスのオケを起用し、大胆なアゴーギクと雄弁な語り口で聴かせる隠れた名盤” |
コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 フランス国立放送管弦楽団 |
(録音:1957年、モノラル レーベル:EMIクラシックス) |
シルヴェストリはフィルハーモニア管と同時期に後期三大交響曲を録音していますが、当盤は珍しくもフランスのオケを起用(ただし当盤のみモノラル)。仏オケによる同曲録音は、未だ他にないかもしれません。みずみずしく明るい音色はこの曲には異色ですが、時にまばゆい煌めきを放つ弦など、実に魅力的です。音質は鮮明。 |
第1楽章はかなりのスロー・テンポ。冒頭からピッチのズレがあり、通常とはかなり異なる響き。しかしユニゾンの決然とした調子は凛々しく、トゥッティも金管を中心に、スタッカートを多用する特有のアーティキュレーションが功を奏して、明瞭な輪郭を形成します。カンタービレはたっぷりとしてロマンティック。コーダでは加速してスリリングに盛り上げる一方、スコアにない強弱やドラの連打など、かなり自由な解釈を聴かせます。 |
第2楽章は、色彩感に秀でたオケのキャラクターと指揮者の鋭敏な感覚の相乗効果で、華やかな音世界を構築。強調したい箇所で、テンポに若干の重みを加えるのはこの指揮者らしい所です。中間部の歌わせ方の巧さと、即興的で巧妙なアゴーギクは特筆もの。 |
第3楽章は非常に遅いテンポで、たっぷりと間を取って歌われるカンタービレが魅力。テンポは場面に応じて動かしますが、設計が見事で、事前によく練られている印象も受けます。強奏部での、トランペットによる華やかな吹奏はフランスの団体ならでは。ポルタメントを盛り込んで熱っぽく歌い上げるクライマックスは、チャイコフスキーの醍醐味を真正面から捉えた表現とも言えます。爽やかな音彩が魅力を振りまくコーダも素敵。 |
第4楽章は冒頭から切っ先が鋭く、峻厳な造形。ソリッドなブラスの咆哮も迫力があります。遅めのテンポでざくざくと音を刻み付ける箇所が多い一方、大きく加速して音楽を煽る箇所もあるなど、とにかくアゴーギクが見事。それでいて頭でっかちな演奏ではなく、ドラマティックな語り口や作品の本質を衝く熱いパッションにも欠けていません。オルガンの導入も、その壮麗さが圧倒的。 |
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“硬派ながら、作品の美点をストレートに表現した名演” |
イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ロンドン交響楽団 |
(録音:1963年 レーベル:フィリップス) |
交響曲全集から。マルケヴィッチの資質は、意外にチャイコフスキーと合っているように思う。直接音をヴィヴィッドに捉えたマルチ・ミックス的な録音は、彼の整然とした音作りにもマッチしている。歪みや混濁は目立たず聴き易いが、オケには今一歩の音色的魅力が欲しい所。 |
フレージングは粘らず、鋭利なシェイプできりりと引き締めた硬派な性格で、ロシア的情緒や烈しい情熱にも事欠かず、作品の美点をストレートに抽出する力演。遅めのテンポを貫徹した第1楽章は感情面を煽る所が全くなく、丁寧かつ克明な描写力で音響美やオーケストレーションの凄味を余す所なく表出。逆にかなり速めの第2楽章も、切れ味鋭いリズムを駆使して、軽妙なスケルツォ風の性格を見事に掴んでいる。途中に挟み込まれる悲劇的なエピソードとの対比も的確で、色彩感もカラフル。 |
第3楽章は木管ソロや弦をはじめ優美なフレージングが素晴らしく、それでいて全てが明晰で、あらゆる音符を明瞭に隈取る筆遣い。第4楽章は無類に歯切れの良いリズムを縦横に盛り込み、フーガ風の箇所もシャープなエッジを効かせて躍動的に音楽を進める、凝集度の高い表現。ティンパニのアタックが剛毅で、緩急の呼吸も全く見事である。オルガンは木管群で代用。 |
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“パワフルな牽引力で熱っぽく音楽を盛り上げる、マゼール唯一のマンフレッド録音” |
ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:1971年 レーベル:デッカ) |
同コンビは60年代に交響曲全集を完成させているが、当盤はその番外編というか、少し時期を空けて録音されたもの。マゼール唯一の録音で、ウィーン・フィルによる同曲演奏も珍しい。バスドラムを伴う強音部で大幅な歪み・混濁が目立つ録音は残念だが、演奏はやはり60年代マゼール寄りで、鋭利な角が立った熱っぽいもの。 |
第1楽章から速めのテンポでぐいぐい音楽を引っ張ってゆくが、テンポが微妙に変動する割に、情緒的にはあまり濃厚でなく、胃にもたれないというか、チャイコフスキーが苦手な人に案外受入れられる表現かも。オケは艶やかでニュアンスに富んでいるが、両端楽章に立ち上がりの遅い部分があるのと、金管を中心に肌理の粗さが露見する箇所もある。フィナーレもダイナミックに盛り上げているが、録音に難あり。 |
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“歌心や情熱の高まりもあるが、デリカシーや陰影には欠けるオーマンディ” |
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 |
(録音:1976年 レーベル:RCA) |
当コンビはチャイコフスキーの全交響曲を録音している。歌心や情熱の高まりもあり、指揮者の微温的なイメージを一変させる好演だが、オケの艶やかな音彩が魅惑的ながらも、はかなげな陰影や深いコクは期待できない。デリカシーより恰幅の良さを楽しむ演奏で、第2楽章の終結部などには聴き手を誘惑する美しさもある。守りに入らず積極的に仕掛けている点は好感が持てるが、フィナーレは腰が重すぎる。 |
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“透明な響きと鋭いリズムでシェイプされた清潔なチャイコフスキー像” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団 |
(録音:1979年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
T・トーマスによるチャイコフスキーの交響曲録音は他に、ボストン響との第1番、サンフランシスコ響との後期3大交響曲(《悲愴》はネット配信のみ)があり。この時点では、ロンドン響とのレコーディングはまだベートーヴェンの合唱曲集があっただけだった。 |
第1楽章はイン・テンポ気味に音楽を進めるが、こういう、ロマン的気分の横溢する標題音楽は、当盤のようにさっぱりと仕上げた方が聴き易いのかも。個人的には、あまりに端正すぎて物足りない。指揮者の個性が最も発揮されているのは第4楽章で、鋭敏なリズム感を武器に音楽を生き生きと沸き立たせている。全体としては透明な響きを基調とし、純音楽的なアプローチに徹した清潔な表現。シャープな造形と爽やかな叙情性は美質である。 |
オケは音色的な魅力が不足がちで、オーケストレーションの魅力や色彩感で聴かせる方向には行きにくい。弦楽群はよく歌っているが、ニュートラルなサウンドで味わいに乏しいのが残念。録音のせいか、トゥッティの響きもこもりがち。 |
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“豊かなカンタービレと激しい情熱で聴かせる、ドラマティックなマンフレッド” |
リッカルド・ムーティ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 |
(録音:1981年 レーベル:EMIクラシックス) |
交響曲全集録音から。一般的には評価が低いようだが、ムーティのチャイコフスキー演奏は恐ろしくスタイリッシュで、私は高く買っている。彫りの深い造形感覚と熱っぽい歌い回しは、チャイコフスキーの音楽にこの上なくマッチしていると思う。スラヴ的、ロシア的でないという評は当たっているが、私はそんなもの求めてはいないので(そもそも、スラヴ的な演奏なんてほんのひと握りしかない)。 |
当盤は両端楽章、特に激しい感情表現と自在なデュナーミク、アゴーギクを駆使したドラマティックな語り口が際立つ第1楽章が秀逸。ティンパニの強打を伴ったトゥッティの爆発なんて、まるで銃弾のごとき峻烈さである。弦のみずみずしく流麗なカンタービレも魅力的。常にフォルムが鋭い筆致で冴え冴えと切り出されるのも、この全集の特徴。 |
第2楽章はすこぶる性急なテンポで、木管の細かい動きなど棒に付いてゆくのがやっとという雰囲気だが、ムーティの棒は常に確信に満ち、強い説得力がある。中間2楽章共に音楽が烈しく燃え上がる場面があるが、その辺りも見事に設計されていてドラマを感じさせる。 |
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“意外に大人しく、慎重なシャイー。オケの豊麗な響きは魅力” |
リッカルド・シャイー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
(録音:1987年 レーベル:デッカ) |
コンセルトヘボウ管にロイヤルの称号が贈られ、シャイーが首席指揮者に就任する前年の録音。シャイーのチャイコフスキー録音はかなり少なく、本格デビュー盤として扱われたウィーン・フィルとの第5番くらいしかない。録音は、ホールトーンを重視した遠目のプレゼンスだが、木管群の内声やハープの単音が時折妙にクローズアップされて聴こえるのが気になる。 |
先に書いたベルリン芸術週間のライヴとは別人かと思うほど落ちついた演奏。オケの豊麗な響きは魅力的だが、テンポは中庸だし穏当な表現で一貫していて、私には物足りなく感じられる。少なくともシャイーと聞いて想像する、激しい情熱の高まりは聴きたかった所。第3楽章の優美なカンタービレなど、旋律線の流麗な歌い上げはさすがで、急速な箇所も歯切れの良いリズムで若々しい演奏を展開。 |
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“ソフトで流麗な歌心を聴かせる一方、ヤンソンス一流の演出力が随所に効果を発揮” |
マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:1986年 レーベル:シャンドス) |
全集録音中の一枚。シャンドス・レーベルらしい爽快なサウンドで、オケの音色もクールですっきりとした味わい。 |
第1楽章は、遅めのテンポで開始。弦はしなやかなレガートの歌い口で、全体にソフトな手触りです。主部は快適なテンポでさくさく流れ、タイトに引き締まった造形。ソノリティは重たくならず爽やかで、トゥッティにも透明感があります。しかしリズムは鋭敏で躍動的。シャープで壮麗なブラス・セクションも鮮烈で、みずみずしく優美なカンタービレと好対照を成します。全体に、旋律線がくっきりと艶やかに磨かれた演奏。 |
第2楽章は、落ち着いたテンポで優しい手触り。ディティールは丹念に処理されています。優美かつ典雅な音楽世界は、指揮者の性格の現れでしょうか。悲劇的なエピソードと主部の感情的な落差や音楽上のメリハリはあまり強調されませんが、ティンパニの控えめなアクセントはよく効いています。コーダのデリカシーは極美。第3楽章は、遅めのテンポで流麗に歌わせた表現。節回しの洒脱なセンスと、冴えた音色作りは特筆もの。アゴーギクの呼吸が自在で、無理なく山場が形成されるのが凄いです。 |
第4楽章は、切れの良いスタッカートで鋭利に開始。しかしアタックには柔らかみがあり、決して刺々しくはなりません。リズム感の良さが随所で効果を挙げているのと、緊張感を維持して冗長に陥らない構成力はさすが。フーガもきびきびと気持ちの良いパフォーマンスで無類に歯切れが良く、スピード感満点。クライマックスの猛烈なアッチェレランドをはじめ、スコアを完全に掌中に収めたと感じられる、見事なアゴーギクに唸らされます。 |
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“巧みな棒さばきでドラマティックに造形した、素晴らしいチャイコフスキー演奏” |
小泉和裕指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:1992年 レーベル:RPOレコーズ) |
当コンビは後期三大シンフォニーを録音。当盤は一番最後に発売されていますが、録音会場が全て違っているのは面白い所で、当盤はヘンリー・ウッド・ホールでの収録。さすがはロマン派作品を得意とする小泉だけあって、巧みな棒さばきで音楽をドラマティックに造形していて唸らされます。 |
第1楽章は、金管を伴うトゥッティ部に入った所で一段階テンポを上げるなどアゴーギクに工夫がみられ、感情の激しさとスケールの大きさも十分表して作品への適性を示します。第2、第3楽章のデリカシーに富んだディティール処理と豊かな歌心も美しいですが、第4楽章の各楽想の性格を的確に掴んだ表現は見事。特にテンポの遅い部分の深い叙情と寂寥感の表出には素晴らしいものがあります。それとは逆に、前半部は足取りが慎重に過ぎて、腰が重く感じられるのは残念。 |
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“全ての楽章で平均的なテンポ感を裏切る、極めてユニークな造形感覚” |
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー交響楽団 |
(録音:1999年 レーベル:Relief) |
《テンペスト》とカップリングされたライヴ盤。この旧モスクワ放送響とはチャイコフスキーの交響曲を何度も録音していますが、同曲に関しては唯一の録音のようです。このレーベルは詳しい録音データを記載しませんが、音の感じからして会場はいつものモスクワ音楽院大ホールのようで、残響控えめながら鮮明で聴き易い音。ロシアの老舗メロディアが残響を足しすぎる傾向があるのとは対照的です。 |
第1楽章は速いテンポで一気に駆け抜ける演奏。演奏タイム13分台は、私の知る限り最速だと思いますが、熱気の表現というより単純に様式感に由来するようです。物々しい抑揚を避けてサクサクと進行する辺り、フィンランド人が振るシベリウスが淡々として快速調なのと似た感じかも。剛胆な力感はこのコンビらしく、アゴーギクの振幅も大きいですが、細かい音符の多い曲なので、当然ながら速弾きが連続する曲芸的側面も出てきます。コーダで急に倍速に上がるのは初めて聴く解釈。 |
第2楽章は逆に平均以下のスロー・テンポで、これもあまり聴いた事のない雰囲気。スコアから独特の表情を引き出していますが、中間部はさらに速度を落とした上、フレーズにも細かく間合いを挟むのがユニークです。もっともイン・テンポではなく、楽器が増えるに従って平均的な速度に戻してゆく辺り、指揮者のこだわりを感じさせます。 |
第3楽章は主部のロマンティックな歌い回しがこのコンビらしい所。中間部の切迫した調子とテンポ、シャープで歯切れの良いリズム処理も、フェドセーエフのモダンな音楽性を表しています。ワルツの箇所に聴く、優美なタッチと共感に満ちたカンタービレも見事。 |
第4楽章がまた13分台という記録破りの駆け足テンポ。主部は通常の速度なのですが、第1楽章の楽想が回帰する箇所やパイプ・オルガン以降など、部分的に速い感じです。再弱音のヴァイオリンの囁きなど、むしろスロー・テンポで精妙に歌い込んでいて緩急はドラマティック。剛毅な性格ではありますが、変化にも富んでいて、一本調子には陥っていません。 |
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“細かいアイデアを豊富に盛り込み、新鮮なセンスでスコアをリフレッシュ” |
アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団 |
(録音:2013年 レーベル:オルフェオ) |
後期三大交響曲録音に追加されたライヴ・アルバムで、スラヴ行進曲をカップリング。拍手は収録されておらず、会場ノイズも目立たないので、スタジオ録音と較べても遜色がありません。唯一、バスドラムの強打でやや音が歪む箇所があります。 |
第1楽章は悠々たるテンポで、彫りの深い造形。旋律をたっぷりと歌わせ、情緒纏綿たるスタイルに傾倒するかと思いきや、テンポの上がる所では倍速のリズムを克明に処理して動感を表出。ティンパニや打楽器など力強いアクセントを強靭に打ち込んで、ダイナミックな表現を聴かせます。テンポの遅い箇所(例えば経過部のホルン・ソロ)でもリズムに弾力を効かせているのは、若い世代らしいセンス。 |
細かいアイデアはあちこちで試されていますが、小手先の芸に終らず、感情表現と結び付いているのがネルソンスの才能です。コーダも見事な音楽設計で、烈しいアクセントの連続が、やや芝居がかった曲調を新鮮な感性できりりと引き締めて迫力満点。 |
第2楽章も勢いにまかせず、落ち着いたテンポ設定。細部を丹念に掘り起こします。クラリネット・ソロもぐっと腰を落とし、テンポを揺らしながら歌っていて思わずほろりとさせられます。ラトル時代に培われた、弦楽セクションのしなやかにうねるカンタービレも健在。ネルソンスの歌わせ方も巧いです。場面転換のメリハリを大きく付けすぎないので、スコアが孕む大仰さが目立たないのも美点。 |
第3楽章も、卓越した音感とフレージングで美しく仕上げた好演。色々とアグレッシヴな表現もやるだけに評価が安定しない指揮者ですが、こういうディスクを聴くとやっぱり才能自体は本物というか、世界中の一流オケから引っ張りだこになるのも頷ける感じです。音楽を山場に導く棒さばきも巧妙で、自然に熱い感興が盛り上がり、そこで豪放な力感を開放する手腕には舌を巻きます。息の長い伸びやかな旋律線に、感情を乗せて思い切り飛翔させる辺りも全く見事。 |
第4楽章も大風呂敷を広げる事なく、タイトな様式感で緊密な合奏を構築し、印象が散漫になるのを防いでいます。オーケストラ・ドライヴの腕は確かで、このような規模の大きな作品でも一体感が失われないのは美点。フーガの造形も明晰そのもので、きびきびとしたリズム処理も痛快。たっぷりめに間を挟んだオルガン・ソロへの突入も効果的で、その後のトゥッティでは凄いほどの気宇の大きさが示されています。 |
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“肩の力を抜きながらも、引き締まった造形センスに非凡な才覚を示すビシュコフ” |
セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:2017年 レーベル:デッカ) |
全集録音から。チャイコフスキー・プロジェクトの第2弾として単発発売もされたものです。ビシュコフの同曲録音は初。ドヴォルザーク・ホールの残響をたっぷり取り込みながらも細部の明晰な、デッカらしい録音です。強奏時のドラもはっきりと聴き取れるのは、ディスクで行う音楽監賞のメリット。 |
第1楽章は遅めのテンポで、余裕を感じさせる滑り出し。自然体の音楽作りにも感じられますが、ティンパニや弦のアクセントは明確だし、間延びしがちな箇所でテンポを引き締めるなど、練達の棒さばき。強い緊迫感こそないものの、スロー・テンポの中にも彫りの深い造形を施し、凄味を感じさせます。後半部からコーダにかけてのドラマティックな語り口と熱っぽい没入ぶりにも、聴き手を音楽へ引き込む強い求心力あり。 |
第2楽章も落ち着いたテンポながら、細部を鋭敏なセンスで活写した名演。肩の力が抜けているのに、合奏のネジがきっちり締められているのが当盤の美点です。弱音のデリカシーも印象的。第3楽章はオケの美音が生かされ、冒頭のオーボエ・ソロからリスナーを魅了します。中間部の気宇壮大な表現と、アゴーギクの演出も効果絶大。何よりも、陰影に富むオケの音彩が素晴らしいです。 |
第4楽章も足取りはゆったりとしていますが、歯切れの良いスタッカートで音楽をシャープに彫琢し、鈍重にはなりません。恰幅の良い響きながら大言壮語せず、タイトなフォルムを切り出してゆく指揮ぶりは非凡と感じられます。 |
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