ストラヴィンスキー / バレエ音楽《ペトルーシュカ》

概観

 ストラヴィンスキーの三大バレエはどの曲も人気があるが、《春の祭典》に比べて実演でプログラムに載る確率が案外少ないのがこの《ペトルーシュカ》。ヤンソンス/コンセルトヘボウ管の来日公演(04年)でこの曲が取り上げられた時は嬉しくなってしまった。ストラヴィンスキーの並外れた才気とアイデアが縦横無尽に織り込まれた、実にかっこいい傑作。

 ストラヴィンスキーのスコアは、大編成のオリジナル版の方が面白いというのが定説だが、当曲の場合は、経済的理由を考慮して編成を縮小した1947年版の方が、色彩が豊かでオーケストレーションもモダンな印象を受ける。実際、若手を中心にほとんどの指揮者がこの版で録音している。

 マゼール、デュトワ、ブーレーズ、ハイティンクなど、11年版で録音した指揮者は、再録音でも軒並み同じ版を使用しているのが興味深い所。アバドのように両版を折衷する人もいるが、これらの版が単に編成の大小だけではなく、細部の異なる別ヴァージョンになっている所も、ストラヴィンスキーという作曲家のユニークさ。

*紹介ディスク一覧

[組曲版]

57年 ストコフスキー/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

69年 ジュリーニ/シカゴ交響楽団   

[1911年版]

56年 モントゥー/パリ音楽院管弦楽団

59年 モントゥー/ボストン交響楽団  

60年 モントゥー/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

61年 マゼール/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

71年 ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニック

76年 デュトワ/ロンドン交響楽団

80年 アバド/ロンドン交響楽団   

86年 デュトワ/モントリオール交響楽団  

88年 ハイティンク/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

90年 インバル/フィルハーモニア管弦楽団  

91年 ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団

93年 N・ヤルヴィ/スイス・ロマンド管弦楽団

98年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

13年 ロト/レ・シエクル  

[1947年版]

59年 ドラティ/ミネアポリス交響楽団  

62年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 

67年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

69年 小澤征爾/ボストン交響楽団

73年 コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

77年 コシュラー/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

77年 レヴァイン/シカゴ交響楽団

77年 デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

79年 ドホナーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

79年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック

80年 ドラティ/デトロイト交響楽団

80年 T・トーマス/フィルハーモニア管弦楽団

81年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

86年 ラトル/バーミンガム市交響楽団

90年 ビシュコフ/パリ管弦楽団    

91年 ジンマン/ボルティモア交響楽団  

91年 サロネン/フィルハーモニア管弦楽団

92年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 

92年 ヤンソンス/オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

92年 飯森範親/モスクワ放送交響楽団

93年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

97年 ナガノ/ロンドン交響楽団  

02年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団   

05年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

11年 ガッティ/フランス国立管  

不明   マータ/ダラス交響楽団 

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[組曲版]

“曲芸のような速弾きが続出する超絶パフォーマンス。尺の短さは不満”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1957年  レーベル:EMIクラシックス)

 ストコフスキーがベルリン・フィルを振った唯一の録音で、《火の鳥》組曲とカップリング。残念ながら組曲版という抜粋の形で、せっかくの稀少なステレオ録音だし、せめて第1場の前半部くらいは収録して欲しかったと思わないでもありません。

 第1場は後半の《ロシアの踊り》からスタートし、第2場を丸々収録。第3場は完全にカットされ、第4場の冒頭から始めてペトルーシュカの死の直前で終了します(オリジナルのエンディングが付いています)。第1場と第2場を繋ぐドラムロールはおどろおどろしく始まってディミヌエンドし、木管のパッセージを挟んで、今度はクレッシェンドで入ってくるというユニークなスタイル。

 演奏は、ヴィルトオーゾ風アンサンブルが圧倒的で、当時からベルリン・フィルがスーパー・オケであった事が分かります。テンポは急激に速くなる箇所もあり、オケに曲芸的な速弾きを求めていますが、驚く事にベルリン・フィルは易々と演奏し切ってしまいます。ホルンの凄絶な強奏や、極端なリタルダンド、スコアにない弦やトロンボーンのグリッサンドはストコフスキーらしい所。ただ、グリューネヴァルト教会の豊かな残響がそれらの表現もゆったりと包み込んでいて、デッカの録音ほどグロテスクには聴こえません。

“フレーズに歌の要素を、点描的な音響にドラマ性を見出そうとするジュリーニ”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビ最初のセッションで、同時に《火の鳥》組曲、ベルリオーズの《ロミオとジュリエット》抜粋、ブラームスの4番が録音されています。メディナ・テンプルでの収録で残響音が多く、ダイナミック・レンジはそれなりですが、意外に歪みや混濁の目立たない録音です。

 全体にソフトなタッチで、実に美しい音世界。一つ一つの音符やパッセージが工芸品のように丹念に磨かれ、緻密に組み立てられています。不協和音の雑音性や衝撃は緩和され、フレーズはおしなべて歌う要素に重点が置かれる印象。第2、3場のような、点描的に音事象が示されるスコアでも、そこに有機的なドラマ性を発見しようという傾向が強いように思います。リズムはシャープというより、律儀で克明。オケが精妙かつ鮮やかなアンサンブルで、見事に応えています。

[1911年版]

“オケの華麗な色彩を生かし、各場面の性格を巧みに捉えたモントゥーの名盤”

ピエール・モントゥー指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1956年頃  レーベル:デッカ)

 3大バレエ録音の一つ。モントゥーは当曲をボストン響と再録音しており、この曲のみステレオ録音が2種類存在します。デッカに多数の録音を残しているジュリアス・カッチェンがピアノを担当しているのも注目ですが、音像は遠目の距離感で収録。アインザッツは揃わない箇所も多いですが、オケの明るく華麗な色彩とソロの名技に魅了される録音です。

 第1場で人形に命が吹き込まれる辺りのマジカルなムードを始め、全体にぐっと腰を落とし、落ち着いたテンポで各場面の性格を掴んでゆくモントゥーの手腕には目を見張ります。こういう表現を聴くと、近年の優秀な指揮者達による録音は、大体みんな同傾向の演奏にとどまっている感じも受けます。技術的洗練と完成度が大幅にアップした一方で、どれほどの色と香りが失われつつある事でしょうか。各場面を繋ぐドラムロールは、全てカットされています。

“旧盤の美質を継承しながら、オケの機能性をアップさせたステレオ再録音盤”

ピエール・モントゥー指揮 ボストン交響楽団

(録音:1959年  レーベル:RCA)

 モントゥー最後、2度目の録音。第1場はゆったりとしたテンポと、柔らかなタッチで開始。合奏の乱れは多少あるものの、オケの機能性はパリ音楽院管の比ではなく、力強く歯切れの良いアクセントやしなやかなフレージング、発音の抜けの良さなど、旧盤より随分聴きやすくなりました。旋律線の優美さとニュアンスの豊かさ、強音部のエネルギー感も際立っています。

 精妙な音彩で演出されるマジカルな雰囲気や、短いフレーズの雄弁さなど、旧盤の長所がしっかり継承されているのも嬉しい所。ドラムロールはここでも省略されています。第2場も実に鮮やかで、イマジネーションに富む演奏。この曲をこれだけ味わい深く、表情豊かに聴かせられる指揮者は稀少かもしれません。テンポのコントロールも自信に満ち溢れていて、スコアを知り尽くした指揮という感じ。

 第3場も、スロー・テンポで各部を丹念に掘り下げた表現。モントゥーは情緒を掴むのがうまく、リズムよりも旋律を重視する行き方は作曲者の意向にも添っているのではないでしょうか。第4場も落ち着いたテンポで、細部を克明に処理。後半部のシャープな造形にも、指揮者のスキルの高さを示します。

“モントゥーとベルリン・フィルの珍しいライヴ盤。ミスはあるものの凄絶なパフォーマンス”

ピエール・モントゥー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1960年  レーベル:テスタメント) *モノラル

 モントゥーとしては1933年以来の客演となった、ベルリン・フィルとの稀少なライヴ盤から。ベートーヴェンの《レオノーレ》序曲第3番、R・シュトラウスの《ティル》、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番(ソロはミシェル・シュヴァルベ)をカップリングした2枚組です。モノラルながら抜けも良く、鮮明で聴きやすい音質。

 第1場は過去のモントゥー盤同様、遅めのテンポでゆったりと開始。柔らかいタッチと艶やかな音色も印象的です。金管のアクセントはシャープで、切れ味の良さもあり。合奏もパリ盤、ボストン盤と較べるとより整っていて、オケの優秀さも生かされている印象。弦のアタックなど音圧が高く、切っ先が鋭いのも、過去盤と異なる感触です。ソロがみな上手で聴き応えあり。ドラムロールはここでも省略されています。

 第2場もライヴながら緻密な合奏で、クオリティの高い表現。ピアノはソリストの記載なしで、あまりクローズアップされていません。モントゥーはかなり自在にテンポを変転させますが、オケがそれにぴたりと付けていて、パリ音楽院管ではこうはいかなかったでしょう。第3場も、ムーア人の主題でぐっと腰を落とし、トランペット・ソロでは逆に前のめりのテンポを取るなど、雄弁な語り口。

 第4場は冒頭から華やかな響きで、色彩も豊か。鋭利なアクセントも効果的です。作品を知り尽くしたモントゥーの棒は安定していますが、ホルンが入りを間違えるなどイージー・ミスが散見されるのと、ところどころアンサンブルが乱れるのは残念。しかし、ヴァイオリン群によるロシア民謡のエピソードはスピード感と筆圧の高さがスリリングで、エッジの効いたクライマックスのヴィルトオーゾ風も圧巻です。

“速いテンポで一気呵成に突き進むマゼール。異常な熱気に溢れる凄まじい演奏”

ロリン・マゼール指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年頃  レーベル:デッカ

 マゼール若き頃、デッカ・レーベルへの最初期の録音。イスラエル・フィルとの数少ない録音の一つでもあります。聴いてびっくりするのは、豊かな残響音を伴い、抜けの良い高音部が生々しい録音。この時期としては、かなり優秀な録音ではないでしょうか。マゼールは、相当に速いテンポで一気呵成に演奏していて、その勢いというか、発散している熱気が尋常ではありません。こういうのを、沸き立つような演奏というのでしょう。特に、猛スピードで突っ走る第4場の勢いには凄まじいものがあります。

 細かい音符は明瞭に演奏されない傾向がありますし、マゼールらしいデフォルメもあまり聴かれません。その分、音響の鋭さとスリリングな熱気で際立っている印象。イスラエル・フィルも、ほとんどヴィルトオーゾ集団のようなパフォーマンスを繰り広げていて圧巻です。第3場のトランペット・ソロも、自在な表情で朗々と歌っていて、やたらと激しいスネアドラムのイントロと共に、ユニークな表現。難を言えば、ピアノ・ソロがオフ気味に録音されていて、ほとんど脇役の扱いとなっているのが残念。

全ての音が明瞭に聴こえてくる、ブーレーズ一流の分析的アプローチ

ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1971年  レーベル:ソニー・クラシカル

 最初の3大バレエ録音の一枚で、当盤と《火の鳥》全曲がニューヨーク・フィルとの録音。彼は後にクリーヴランド管と、同曲を再録音しています。11年版の一つの規範たるにふさわしい名盤。響きをブレンドするよりも、各楽器の独立した動きを際立たせる分析的なアプローチで、この時期のブーレーズ一流の、全ての音が明瞭に聴こえてくるような演奏・録音になっています。

 客観性を維持し、感情的に熱くのめり込まないのも彼らしいですが、ドライで即物的な音符の処理はみられず、ゆったりめのテンポの中、各フレーズがまるで歌うように豊かな表情を持っているのが魅力です。その意味では、むしろ濃密な表現といえますし、あまり聴き慣れないテンポ設定がなされたり、ドラマ性も強く感じさせるなど演出巧者な一面も覗かせます。

 惜しむらくは、当コンビのディスクには珍しく、マンハッタン・センターではなくフィルハーモニック・ホールで収録されていて、打楽器を伴う強奏など響きが浅く感じられるのが残念。演奏自体は、腕利きの一匹狼の集まりと言われるニューヨーク・フィルの性質を生かした、見事なものです。

磨き上げられたサウンドと滑らかなフレージング。おとぎ話のようなペトルーシュカ

シャルル・デュトワ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1975/76年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 ブレイク前のデュトワによる数少ないグラモフォンへの録音で、ロンドン響との共演も稀少。彼は後年、モントリオール響と同曲を再録音しています。ゆったりめのテンポで鋭いアクセントを避け、レガート/テヌートを多用した粘液質のフレージングで一貫させた、極めて個性的な演奏。ピアノを、タマーシュ・ヴァーシャリが弾いているのも聴き所です。

 デュトワは音色を磨き上げ、美しいサウンドで全編を彩っていますが、激しい不協和音やポリフォニックなテクスチュアを、平易で耳馴染みの良い音楽物語に再構築したようなアプローチに、反感を持つ人もいるかもしれません。千変万化する曲想を対立させるよりも、各部の関連性に留意し、うまく繋げて流れを良くする方向で音楽を作っている感じ。作品の先鋭性に共感を寄せる演奏が主流を占める中、単に保守的という言葉で片付けるには惜しい、ユニークなアプローチです。

“独自の切り口で11年版と47年版をミックスしたアバド。さらなる強い個性を期待”

クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団   

(録音:1980年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビの三大バレエ録音完結編で、当盤のみデジタル収録。曲想がアバドの資質に合っているのか、他の二曲よりはずっと生き生きとしてドラマ性も備え、整然と配置された音の処理に才気を感じさせます。表記は一応11年版となっていますが、アバド独自の解釈で47年版と折衷していて、聴いた印象はほとんど47年版に近いと思います。

 70年代アバドのシャープな切り口やダイナミックな表現はここにもまだ生きていて、各楽器の分離、リズムの切れも良く、現代作品への積極的な取り組みの成果も出ているようです。ただ、この演奏でなければという特別なプラス・アルファには乏しいかもしれません。オケは機能的で、極めて鋭い反応を示す一方、ピアノはあまり前面に出ないバランスですが、美しいタッチと音色が耳に残ります。

“華やかな色彩を駆使し、ポエジーと幻想味溢れるメルヘンの世界を構築”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1986年  レーベル:デッカ)

 三大バレエ録音の一枚。デュトワはこの10年前に、ロンドン響と同曲を録音しています。交響詩《うぐいすの歌》、4つのエチュードをカップリング。

 第1場は旧盤より角が立っていますが、冒頭から艶やかな音色とソステヌートのフレージングが特徴的。途中から入ってくる低弦を非常に弱く演奏させているのも独特です。色彩の華やかは際立っていて、トライアングルやグロッケンシュピールを伴う木管のアンサンブルなど、幻想味とポエジーが飛び抜けて豊かな印象。ティンパニなどアクセントの腰は強く、骨太な造形性も感じさせます。このオケの事ですから、フルートをはじめソロが魅力的なのは言うまでもありません。

 第2場も語り口が雄弁で、全てが鮮やか。音色はカラフルでリズムも鋭利ですが、たっぷり収録された残響のおかげもあって、響きにしっとりとした潤いがあり、刺々しくはなりません。第3場も奇を衒った解釈はないものの、各パートが情感豊かに歌い、ニュアンスが多彩。断片的なフレーズを有機的に連結し、自在な呼吸で各場面を活写しています。極度に柔らかなトランペット・ソロは、夢見るような佇まいがユニーク。その後のワルツも、メルヘンチックな音世界で聴き手を魅了します。

 第4場もみずみずしい歌心に溢れた表現。随所にエッジを効かせつつも、それを豊麗な響きで包み込んでしまいます。自然で、流れの良いテンポ設定も見事。時に相当な速いテンポを採るし、恣意的に間合いを挿入したりもしますが、それによって逆に演奏全体が優美なラインを描くよう設計されている点が面白いです。

“ハイティンクの安定した棒の下、高度なアンサンブルを展開するベルリン・フィル”

ベルナルト・ハイティンク指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:1988年  レーベル:フィリップス)

 《バレエの風景》とカップリング。同コンビは三大バレエ全てと《プルチネルラ》も録音している他、ハイティンクの同曲は同じ版でロンドン・フィルとも録音があります。。ベルリン・フィルによる同曲録音は大変珍しく、他にはストコフスキーとの抜粋盤しかないかもしれません。激しいアクセントや鋭いリズム表現を避け、落ち着いた雰囲気とゆったりしたフレージングで聴かせる、いわば横の線に主軸を置いたような演奏で、版の選択もハイティンクの性質に合っているようです。

 しかしベルリン・フィルの合奏力はなんて凄いのでしょう。特に弱音部、ソロ楽器のフレーズが交錯する部分の艶やかな音色と精緻なアンサンブルは特筆ものです。テンポも全体に遅いですが、それ以上にフェルマータや間の取り方など、プレイヤーの自由な裁量にまかせているような箇所も多く、やはりオケの表現力を聴くディスクといえるでしょうか。ハイティンクの棒も終始安定していて、誠実で丁寧な演奏を展開。繋ぎのドラムロールは、第2場の前がスネアドラムだけ、後の二回はカットしています。

“群を抜く多彩なニュアンスと精度、圧倒的な描写力を全篇に展開”

エリアフ・インバル指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:テルデック)

 3大バレエ録音の一枚で、花火、サーカス・ポルカ、ロシア風スケルツォ(ジャズ版)をカップリング。当コンビの録音は、ドヴォルザークの後期三大交響曲と管弦楽曲、ヴァイオリン協奏曲(ツェートマイアー)、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(ベレゾフスキー)、ブラームスのピアノ協奏曲第1番(レオンスカヤ)、第2番(カツァリス)、ベートーヴェンの三重協奏曲(トリオ・フォントネ)、ニュー・フィルハーモニア時代のフィリップス録音でシューマンの交響曲全集がある。

 この3大バレエ録音はどれも物凄い名演だが、共通しているのは遅めのテンポと落ち着き払った佇まい、緻密を極めた表情の濃さ、腰の強い力感、そして驚くほど明晰な音響。透徹したサウンド作りを得意とする才人指揮者たちの録音と比しても、ここまで徹底した演奏は稀かもしれない。ただ、収録会場は全て異なり、当盤はやや遠目の距離感で収録。細部の透明度では他の2枚より一段落ちる印象。

 演奏は見事という他なく、スコアのあらゆる色彩とニュアンスを完璧に音にしてゆく趣。スロー・テンポで、強弱のグラデーション一つ取っても他盤に抜きん出た多彩さと精度を実現している。シャープで切れの良いリズムも縦横無尽に駆使。それでいてどのフレーズにも雄弁な描写力があり、濃密なドラマ性も感じさせる所が凄い。打楽器も激烈で、ダイナミックな迫力も圧巻。各場面のテンポ設定に強靭な説得力がある。

 オケは各パートが自発性に溢れ、生彩に富む合奏。僅かに粘性を帯びた美麗な音色は、他の指揮者と組んだ録音よりぐっと魅力がある。編成の大きな11年版とは思えないフットワークの軽さも驚異的だが、第4場のスケールの大きな弦のカンタービレなどは、47年版のディスクでなかなか聴けないもの。

スコアを完璧に具象化しながら、より柔らかな表現に向かったブーレーズ注目の再録音

ピエール・ブーレーズ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 《春の祭典》とカップリングされた再録音盤。いわゆる完璧なというのか、ものの見事にスコアを具象化した演奏で、旧盤と違うのは音が全て丸みを帯び、サウンドもまろやかにブレンドする傾向がある所。《火の鳥》や《春の祭典》の再録音もそうだが、旧盤の演奏はいわば骨組み、青写真に近いもので、それに豊満な肉体を与えて完成形に向かったものが新盤という感じを受ける。

 同オケによる《ペトルーシュカ》の録音は稀少だが、室内楽的合奏力を誇るこのオケならではの一体感と精度は聴きもの。ただ、響きこそ緻密で解像度こそ高いものの、エッジの鋭さやスタッカートの切れ味は明らかに後退している。一方、アーティキュレーションの解釈は新鮮で、特にテヌート気味の箇所が目立つ。

 第1場をアッチェレランドで締めくくり、速めのテンポで第2場へ突入する演出は効果的。第3場のトランペット・ソロで、スネアドラムが最初のトレモロとリズミカルなイントロの間に大きなパウゼを挟んでいるのは面白い。ペトルーシュカの幽霊が現れる辺りも、テンポが標準的なそれより速かったり遅かったり、ちょっと聴き慣れない雰囲気。

“軽いタッチを貫きながら、圧倒的な勢いと描写力を聴かせるヤルヴィ父”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:シャンドス)

 当コンビの5枚組ストラヴィンスキー・ボックスから。ヤルヴィのストラヴィンスキーは、他にもコンセルトヘボウ管、ロンドン響、スコティッシュ・ナショナル管との録音があり、総合するとほぼオーケストラ作品全集といっていい規模になる。オケは「録音のマジック」と揶揄されたアンセルメ時代とは比べ物にならない技術レヴェルにあり、ソロ、合奏力、音色の艶やかさ、鋭利さなど、あらゆる点で一級と感じられる。ただ、第1場のティンパニなど、ミスがそのまま放置されている印象もある。

 ヤルヴィの棒は引き締まった造形を指向し、特に両端楽章の急速なテンポには非常な勢いがある。色彩感も豊かで、アゴーギクを自在にコントロールして即興的な表現も聴かせる反面、通常は強力なアクセントが打ち込まれるような箇所を、さらっとスルーしてしまう傾向もある。

 全体に軽いタッチで一貫していて、打楽器や低弦が支配的な場面でも決して重々しくならない。随所に自由な間を挟んだ第3場と、第4場の軽快な造形はとりわけ見事。ブラスの刻みなどアタックが鋭く、不協和音の尖鋭さも強調される。特にペトルーシュカの死とその後の場面では、圧倒的な描写力を発揮。

ウィーン・フィルによる数少ないペトルーシュカ。マゼールは旧盤とは別人の印象

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1998年  レーベル:RCA

 イスラエル・フィルとの61年盤以来、ゆうに37年振りの再録音。ウィーン・フィルの同曲ディスクは珍しく、他にドホナーニ盤があるくらいではないでしょうか。カップリングは《花火》と《うぐいすの歌》。

 ここでのマゼールはすっかり角が取れ、熱気立ちこめる旧盤とは別人の感があります。旧盤の猛スピードが残っている箇所もありますが、基本的には余裕のあるテンポで各部を入念に掘り下げ、じっくり腰を据えて作品に取り組んだ印象。敢えて粘っこいフレージングを採択して独特の艶やかさを出す辺り、オケのキャラクターをうまく生かした表現です。

 第1場はフルート・ソロを自由な間でたっぷり表現させる一方、《ロシアの踊り》をイン・テンポで突っ切ったり色々と細工あり。第2場は各部をスロー・テンポでじっくり掘り下げた、情緒的に濃い表現。第3場では頻出するフェルマータを長めに伸ばしたかと思うと、ムーア人の踊りを超高速テンポで駆け抜けます。第4場はもともと速いテンポなのに、主部でオーボエ・ソロが入ってくる箇所から猛烈に煽ります。

 一つ気になったのは、ラストのトランペット・ソロ、最初の2つの上昇音型でそれぞれ3つ目の音が半音高いように聴こえます。マゼールほどの耳の持ち主がミスに気付かない筈はないので、楽譜にそういうエディションがあるのでしょうか。

“弾ける音彩、一体感の強い合奏。話題のコンビによる極彩色のペトルーシュカ”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 レ・シエクル

(録音:2013年  レーベル:Musicale Actes Sud)

 メス・アルナセルとグルノーブルを公演をミックスしたライヴ盤で、《春の祭典》とカップリング。ピアノはソロとしてクローズアップされていませんが、日系奏者ジャン=ヒサノリ・スギタニが弾くプレイエルです。ブックレットには弦以外の使用楽器が明記されていて、興味のある人には楽しい内容。20世紀の楽器なので、古楽器というほどの衝撃はありませんが、やはり通常のオケとは違う響きです。ハスキーではなく、むしろカラフル。

 第1場から弾けるように華やかな音彩で、一体感のある室内楽的合奏と、シャープで覇気のあるアタックを駆使。編成の大きい1911年版で、これほどの機動力と軽快さを確保した演奏は稀かもしれません。繋ぎのドラムロールは、プロヴァンス太鼓みたいな不思議な音色。

 第2場、第3場も、明朗ながら潤いのある色彩で、鮮やかに造形。各パートの奏者が優秀な上に、アンサンブル能力も高いので、一級のパフォーマンスが聴かれます。短いフレーズもみな雄弁に歌っていて、アーティキュレーションの描き分けも精度の高さが印象的。第4場は冒頭から実ににぎやかで、なんだか聴き馴れない響き。鋭敏なリズムで細部を鮮明に照射する一方、息の長い旋律をしなやかに歌わせるのも巧いです。

[1947年版]

 

“解像度の高い鮮やかな演奏・録音ながら、テンポやニュアンスがよく練られた好演”

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団

(録音:1959年  レーベル:マーキュリー)

 当コンビは《春の祭典》も録音している他、ドラティは後年デトロイト響と3大バレエ再録音を行っています。直接音をメインにした生々しい録音のせいもあり、あらゆるフレーズがくっきりと描写される、鮮やか極まりない演奏。フレージングの解釈やテンポの設定にも曖昧な所がなく、明快な語調が作品の性質にマッチしています。

 テンポは各場面ごとに細かく変化させていて、よく練られた表現。通常とは違う速度で演奏される箇所もありますが、バレエの舞台をよく知るドラティならではとも言えます。オケもなかなか達者で、発色の良いサウンドで好パフォーマンス。溌剌としたリズム、立ち上がりのスピード感と鋭利な切り口が、作品の現代性を際立たせます。

 ただ、これだけオン気味の録音なのに、ピアノを奥まった定位で控えめにバランスさせているのが不思議。バスドラムの重低音はきっちり捉えられていて、ブラスの抜けも抜群に良いです。サウンドが硬直したり乾きすぎたりせず、適度な潤いとしなやかさがあるのもマーキュリーの録音の優秀な所。

“室内楽的な合奏、艶美な歌と透徹した響きが、見事に作品の本質を衝く”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1962年  レーベル:スプラフォン)

 当コンビは《詩編交響曲》《ペトルーシュカ》《エディプス王》《結婚》《カンタータ》《ミサ曲》と、ストラヴィンスキー録音多数あり。時代を感じさせない鮮明な録音で、しかも適度にホールトーンを取り込んでいるのがこのコンビのディスクの魅力。ソロ楽器など、音色といい歌い回しといいえも言われぬ美しさがあります。

 演奏は概して遅めのテンポで、フレーズを流麗に歌わせる傾向。このコンビらしいリリカルな面が出た印象ですが、リズム感はシャープで色彩感も鮮やか。分析的な性格ではないのに、あらゆる音が明瞭に彫琢されているのが痛快です。しかも磨き上げられたタッチは実に軽やかで、曲想に合致。室内楽的な合奏も、スコアの本質を衝く表現と感じられます。各パートの表現に滋味豊かな味わいがあるのもさすが。

 この演奏で聴くと、この曲にも美しい歌が随所に散りばめられていて、新たな一面に気づかされます。例えば第3場のワルツ、トランペットのソロがなんと柔らかく、麗しい音色で歌うことでしょうか。それに随所に聴かれる木管や弦のみずみずしい音、トゥッティの有機的な響き! 目下、ステレオ初期に最も美しく魅力的なサウンドを収録したオケはと訊かれたら、まずチェコ・フィルと答えて間違いないと思います。

明るい音色感と早いテンポでダイナミックにオケを牽引する若きメータ

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1967年  レーベル:デッカ

 彼は同じオケと《春の祭典》を録音している他、2曲とも後年ニューヨーク・フィルと再録音していますが、意外にも《火の鳥》はレコーディングしていません。

 速めのテンポでグイグイ引っ張ってゆくダイナミックな演奏で、アッチェレランドをかけてテンポを煽る場面もあり、アゴーギクはかなり恣意的。オケはカラッと明るい乾いた音色で、スタジオで録ったようなオン気味の録音も曲に合っています。ピアノの音が又、クラシックっぽくない独特の音ですが、これはわざとでしょうか。ロス・フィルの演奏はやや粗削りですが、よりリファインされたニューヨーク盤よりも雄弁な魅力があります。

“フレッシュながら淡白に過ぎる小澤。オケは潤いのある響きで好演

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1969年  レーベル:RCA

 若き日の小澤による3大バレエ録音の一つで、《ペトルーシュカ》はこれが唯一のディスク。フレッシュな感性でストレートに描いた演奏ですが、演出面では少々淡白というか、もっと情感豊かであってもいい気がします。ムーア人登場の場面なども、ムードに乏しい一方、ソフトなタッチと軽妙なリズムというこの指揮者の美点は、すでにここでも全開。

 この時期の小澤のディスクを聴くといつも思いますが、彼には最初からシカゴ響よりボストン響の方が合っていたようで、なめらかで潤いのあるサウンドが聴き易く、耳に心地よく入ってきます。トランペットのソロなど、ものすごく上手いという訳ではないけれど、柔らかなパフォーマンスに独特の魅力があり、フルートやクラリネットのソロも、味わいがあって惹き付けられます。

 デビュー当時のティルソン・トーマスがピアノを受け持っていますが、時にジャズ風のセンスも漂わせる、シャープで生き生きとしたプレイに強い存在感あり。収録の都合か、第1場と第2場の間のドラム・ロールはカットされています。

“一気呵成の勢いに溢れながらも、各部に自在で濃密な語り口を付与”

キリル・コンドラシン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:フィリップス)

 80年代に一気に発表された当コンビのライヴ音源の一つ。版の記載がないが、聴いた限りでは47年版の様子。ピアニストの記名はなく、あくまでオケの一パートという位置づけ。コンドラシンのストラヴィンスキー録音は珍しく、他にはないかも。

 このコンビらしく一気呵成の勢いに溢れたエネルギッシュな演奏で、特に第1場のテンポの速さにその姿勢が現われている。一方細部の描き込みも繊細で、人形に息が吹き込まれるミステリアスな場面や、第2、3場の弱音部では、緻密で立体的なアンサンブルの構築に卓越したセンスが光る。随所にロマンティックな歌心が盛り込まれているのも、指揮者の様式感を示す好例。

 テンポの伸縮は自在で、全体に雄弁な語り口。スピード一辺倒ではない。特にフレーズの表情は濃密で、独特のロシア的な粘性あり。合奏はよく統率されていて、ライヴ収録に伴う粗さはない(第3場のトランペット・ソロはミスが多発するが)。第4場は、よく弾む歯切れの良いリズムと一体感の強い合奏で、フットワークの軽妙さが前面に出る。

“シャープな筆致で、細部まで緊張感と覇気に溢れる。カットがあるのは残念”

ズデニェク・コシュラー指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:PRAGA Digitals)

 2枚組のトリビュート・トゥ・ズデニェク・コシュラーというオムニバス・アルバムに収録の音源。PRAGAレーベルはハルモニア・ムンディ傘下で、東欧系の放送音源や、室内楽を中心に新録音も行うレーベル。コシュラーのストラヴィンスキーは、同じレーベルからプラハ放送響との《結婚》も出ている。ドヴォルザーク・ホールでの収録だが、音像がやや遠目。ただライヴ録音の表記はない。

 現代音楽やオペラが得意なコシュラーらしい、見事な指揮ぶり。オケの技術的要因か響きのバランスに問題のある箇所はあるが、エッジの効いたシャープなリズムを駆使し、細部に至るまで覇気に溢れた意欲的なパフォーマンスを展開する。音の立ち上がりにスピード感があって、全篇に心地よい緊張感が充溢。大味な造型になりがちな第4場も、最後まで生彩に富んで素晴らしい(ただしカットがあり、組曲版のエンディングを採用)。

 また、場面ごとにかなり細かくテンポを設定しているのもドラマティック。第3場のマーチなんて、トランペット・ソロが置いていかれそうなほどの駆け足テンポ。ピアニストは無記名で、距離感が遠い事もあるが、トイ・ピアノみたいな軽い音色が独特。実際に、特殊なピアノを使っているのかもしれない。第1場のフルート、第2場のファゴットなど、ソロがみな雄弁で、ねっとりとニュアンスを込めて歌うのはこのオケらしい所。

徹底して余情を排した、まさに機械仕掛けのペトルーシュカ

ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1977年  レーベル:RCA

 当コンビは同時にカンタータ《結婚》と《兵士の物語》組曲を録音している他、DGに《エディプス王》もあり。レヴァインはメトロポリタンとの《春の祭典》もあるが、基本的にストラヴィンスキーにはあまり親近感を示さない様子。

 当盤の特色は、何と言っても非情なほどドライなアプローチ。録音がオン気味で響きがデッドなせいもあるが、各楽器の発音がストレートで、節回しにほとんどニュアンスを付与しない。音の切れが良く、余情を残さないので、いかにもモダンで、もっと言えば新古典主義の作品にすら聴こえる。

 この曲の場合、それでは少々物足りない感じもするが、人形達のドラマにはふさわしいのかも。オケのダイナミックかつ機能的なパフォーマンスは見事なものだが、もう少し柔らかな表情や叙情性も欲しい。ムーア人の踊りなんて、まるで機械仕掛けのオルゴールか何かに演奏させているみたい。

“オケの芳醇な響きに指揮者の鋭い現代性を反映したシンフォニックな演奏”

コリン・デイヴィス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:フィリップス)

 3大バレエ録音の一つ。デイヴィスの直情的な体質はストラヴィンスキーと相性が良いようで、当盤も音色センスやリズムの鋭敏さにおいて、若手指揮者による最新録音に全くひけをとりません。ただ、幾分シンフォニックな傾向で、バレエの舞台を彷彿させる演奏ではありません。

 オケの特色も十二分に生かされ、柔らかく芳醇で、明るさをたたえた瑞々しい響きに溢れているのも魅力ですが、各フレーズの処理や間の採り方にユニークなセンスを聴かせる箇所も多々あります(特に第2場)。ピアノの音色が、ベーゼンドルファー系のあまりくぐもった音なのも独特。エンディングのトランペット・パートはかなりの難所ですが、ここまで麗しい音色で朗々と奏でられると、ミュート付きの、最高音域である事さえ忘れてしまいそう。

“粘っこいフレージング、豊かなニュアンス。演出のうまさで群を抜く名演”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:デッカ)

 当コンビは同時期に《火の鳥》全曲を録音。ウィーン・フィルによる当曲のディスクはあまり多くありませんが、正に極上のサウンドで、現在は録音に使われなくなったゾフィエンザール(もう焼失してしまいました)で収録されているのも嬉しい所。

 近代的機能性に走る演奏が多い中、ニュアンスの豊かさで抜きん出たディスク。第2場以降は、特に管楽器の粘っこいフレージングが独特の味を出しており、ムーア人の踊りなど、ねっとりとした異様なムードが出色。第3場は、全体が相当ゆっくりめに演奏されています。トランペットの伴奏をするスネアドラムが、音色・リズム共にかなり新奇な表現を採っているのも耳に残ります。ペトルーシュカの死以降の雰囲気作りは、思わず唸ってしまうほどの巧さ。同曲最高の演奏の一つではないでしょうか。

“より洗練されたサウンドと巧みな語り口で聴かせるメータの最録音盤”

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1979年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ロス・フィルとの67年盤以来の再録音。当時はデジタル録音が導入されて間もないご時世で、録音のクリアさでも話題になったディスクでした。

 メータは演出力に抜群のセンスを見せる事があり、当盤におけるテンポや間の取り方なんて正に絶妙。細部に至るまで表情豊かに造形し、巧みなテンポ設定で各場面を繋いでゆく手腕には舌を巻きます。ニューヨーク・フィルとの他の録音にも顕著なように、彼は一音一音を美しく磨き上げ、耳に心地よい、柔らかな音作りを聴かせていて、ブーレーズ盤と同じ団体とは思えないくらい。サウンドは洗練されているけれど、語り口の上手さが魅力的な再録音です。

“バレエの神様ドラティによる、強靭な意志と説得力溢れる最高級の演奏”

アンタル・ドラティ指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1980年  レーベル:デッカ)

 3大バレエ再録音の皮切りとなったディスク。ドラティはミネアポリス響とも同曲を録音しています。発売当初から評価は高かったですが、同曲最右翼の名演であるばかりでなく、今聴いてもその素晴らしさに圧倒される、ドラティ晩年の代表盤の一つ。冒頭から、あらゆるパートが強靭な意志を持って生き生きと躍動しており、思わず身を乗り出してしまいます。

 フレーズの切り方や表情、テンポや間の取り方など、他盤とかなり違う印象を受ける箇所も多いですが、どの解釈にもこれ以上ないほど強い説得力があり、オケも凄いほどの集中力で応えています。正に、バレエを知り尽くしたドラティの知識と経験が一杯つまった演奏。ステージを彷彿させるような緩急に富んだドラマ展開に、思わず拍手を送りたくなります。74歳の指揮者によるものとは到底思えない、若々しく鋭敏な演奏。

“冴え渡るリズムとノリの良いグルーヴ。現代感覚に溢れた颯爽たる《ペトルーシュカ》”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 T・トーマス初の同曲録音で、《ロシア風スケルツォ》をカップリング。彼はかつてピアニストとして小澤盤に参加しているが、当盤のピアノ(ヴィヴィアン・トルーン)はかなり控えめなバランスで収録され、音色もこもり気味で地味な印象。

 演奏全体は冴え渡ったリズムと鋭利な感覚が颯爽と躍動し、極めて魅力的。音のタイミングやリズムの刻み方などは正確無比で胸のすくようだが、彼のリズムが素晴らしいのは、やはり弾みの強いグルーヴ感。ちょっとしたパッセージだけでなく、各場面を繋ぐドラムロールにまでリズミカルな乗りが感じられるのには脱帽。

 ともすれば単調になりがちな第4場も、これほど多彩な面白さで聴かせる演奏は稀少。難を言えば、オケの音色に今一歩の魅力があれば、シャープ一辺倒ではなく深い味わいが出たかもしれないが、彼のストラヴィンスキー録音では最も成功したものではないかと思える。

“鮮やかな色彩と活気に溢れるも、激しい指揮がユーモアやペーソスを吹き飛ばす”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:EMIクラシックス)

 3大バレエ録音の一枚で、デジタル録音は当盤のみ。アナログに較べて響きが薄く感じられるのは、デジタル移行初期に他レーベルでも聴かれた傾向。同オケの《ペトルーシュカ》は珍しく、他にはストコフスキーのモノラル盤くらいしかないかも。ムーティのストラヴィンスキー録音は、スカラ座管との《妖精の口づけ》(しかも全曲盤!)もあり。

 ムーティの激しい指揮ぶりが目に浮かぶような、ストレートな力感の漲る演奏で、両端楽章などはダイナミック過ぎて、ユーモアやペーソスの味わいが消し飛んでしまった感もあり。しかし、これほど鮮やかな色彩と活気に満ちた演奏は希少で、発色が良く機能的な合奏は作品と相性が良い。各部の多彩な表情にはドラマティックな演出が光り、トランペット・ソロを伴奏するスネアドラムが非常に弱いのも面白い解釈。

 フレーズを全て“歌”と捉え、ソロも皆ニュアンスたっぷりに歌わせているのは《春の祭典》と同じコンセプト。フレーズをたっぷり吹かせるために、独特の間合いを取る箇所も少なくない。腰が強く、パンチの効いた打楽器の強打はムーティらしい一方、《ロシアの踊り》や第3場などはテンポがやや性急。

“豊富なアイデアで曲の性格を見事に掴むラトル。オケの自発的パフォーマンスに拍手”

サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:1986年  レーベル:EMIクラシックス)

 3大バレエ録音の一枚。若々しい活力と豊富なアイデアに溢れた素晴らしい演奏で、アドリブ風のフルート・ソロや、強弱を明瞭に対比させたトランペット・ソロをはじめ、オケの自発的なパフォーマンスも圧倒的。

 テンポの変化や間の取り方など、斬新な工夫が随所に見られ、全体を即興的な自由闊達さが支配している点で、曲の性格を見事に捉えている。第4場も各部に与えられた多彩な表情に強い説得力があり、一本調子に陥る事がない。英国の団体には意外とも思える暖色系の響きも、演奏を無味乾燥から救っている。凄い演奏だと思う。

“勢いに満ちたビシュコフの棒の下、眩い色彩を放つパリ管のペトルーシュカ”

セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団      

(録音:1990年  レーベル:フィリップス)

 当コンビの数あるロシア物録音の一枚で、《妖精の口づけ》組曲とカップリング。彼らは《春の祭典》も録音したがお蔵入りになり、ユニバーサルがハルサイ初演100周年記念のボックスセットを企画した際に復活収録された。パリ管による同曲録音は珍しく、マケラ盤の他は、再編前のコンセルヴァトワール時代にモントゥーが振った盤があるだけのよう。

 この演奏を聴いていると、ストラヴィンスキーやディアギレフ、コクトー達が街角を闊歩していた頃のパリの空気が生々しく立ち現れるようでもあり、このオケが伝統として受け継いできたDNAは何と不思議で偉大なものかと痛感。演奏は強い表現意欲と勢いに溢れ、テンポも時に前のめりになる箇所が見受けられる。

 オケの音色は明るく多彩で、管楽器も含め角が取れてまろやか。カラフルではあるものの、エッジの効いた刺々しい音はほとんどないのが意外。フレーズの中のちょっとしたアッチェレランドや、急激なクレッシェンドなど、勢いのある表現が随所に盛り込まれ、ソロをはじめフレージングも即興的。テンポが自由に伸縮する所など、指揮者の非凡な才気が表れている。

“柔らかく豊麗な響きで、ソフィスティケイトされた表現を展開”

デヴィッド・ジンマン指揮 ボルティモア交響楽団

(録音:1991年  レーベル:テラーク)

 《火の鳥》組曲と《花火》とカップリング。ジンマンは後に、チューリッヒ・トーンハレ管と《春の祭典》を録音しています。第1場は速めのテンポできびきびと覇気を示しながら、柔らかくブレンドした響きを作っているのがユニーク。ワルツの部分もスピーディで歯切れが良く、緊張感があります。フルート・ソロの清澄な音色と、表情豊かな歌いっぷりは出色。《ロシアの踊り》もパリっとして、鮮やかな表現です。

 第2場は、ディティールまで緻密に処理した精度の高い演奏。音の扱いに独特のデリカシーを感じさせ、木管のソロも艶っぽいです第3場は黒光りするような色彩感と、何とも言えぬ湿り気を感じさせるフレージング。トゥッティのアタックは力強く、迫力があります。ファゴットによるムーア人の主題を、スタッカートで切って演奏させているのは独特。ワルツは速めのテンポでよく流れ、強い推進力あり。

 第4場は無闇に華やかに飾らず、繊細な感性で丁寧に造形。オケも潤いのある、美しい音色を保持しています。色彩感が明るく、発色が鮮やか。リズムは冴えていますが、豊麗な響きで角が立ちません。全体にハイセンスで洒落ていて、ソフィスティケイトされたペトルーシュカという感じ。

“透明なサウンドを保ちながら、各パートに多彩な表情を付与するサロネン”

エサペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ストラヴィンスキー・ツィクルスの一環で、バレエ《オルフェウス》とカップリング。サロネンのストラヴィンスキー録音はかなり多く、他に同オケとの《火の鳥》《カルタ遊び》、《春の祭典》《3楽章の交響曲》、ロンドン・シンフォニエッタとの《プルチネッラ》他、ピアノ協奏曲集(クロスリー)、ストックホルム室内管との《アポロ》他、スウェーデン放送響との《エディプス王》、歌劇《放蕩者のなりゆき》(映像)、ロス・フィルとの同曲再録音とヴァイオリン協奏曲(ムローヴァ、リン)、フィンランド国立歌劇場管との《ペルセフォーヌ》があります。

 ブラックヒース・コンサートホールという聞き慣れない会場で収録されていますが、若干こもりがちながらも、耳当たりの柔らかい、まろやかなサウンド。サロネンらしい演出力が光る演奏で、ペトルーシュカの死以降の部分など、じっくりと腰を据えて丹念に描かれています。

 ソロや各パートにも細やかなニュアンスや強弱の交代が指示されていて、変化に富む表情も聴きもの。トランペット・ソロの軽快なタッチも独特です。サロネンの演奏はいつもそうですが、サウンドに刺々しい所があまりなく、常に透明感を保っていて聴き手を威圧する事がありません。ピアノ・ソロの音も少々こもり気味で、あくまでオケの一パートとして捉えている印象。

“粘性を帯びた響き、テンションの高いエネルギッシュな表現”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 テンシュテットの珍しいストラヴィンスキー録音で、《火の鳥》組曲とカップリング。ロンドン・フィルの自主レーベルから出た、晩年のライヴ音源です。ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでの収録でやや残響が多いですが、あまりにドライなロンドン響のライヴ・シリーズよりはずっと聴きやすい音。

 第1場はエネルギッシュで、テンションの高い表現。録音のせいもあってか、細部を精密に聴かせるよりマスの勢いで聴かせる印象です。もっとも、細部の仕上げが粗い訳ではなく、クローズアップされないだけで合奏は正確。ちょっとしたルバートや、アクセントの強調などはこの指揮者らしい所です。

 表情付けの濃厚さは第2場以降により発揮されていて、断片的なフレーズが有機的に結びつき、雄弁に語りかけてくる趣がユニークです。ピアノ・ソロがトランペットのファンファーレを誘導する辺りのスリリングな描写や、弱音部の濃密なニュアンス、テンポの落差の極端な対比なども聴き応え抜群。第3部も粘液質の歌い回しと、腰の強いパワフルなアクセントを使い分けてダイナミックに展開します。

 第4場は粘性を帯びた湿潤な響きで、ねっとりと絡み付くような音作りがユニーク。どちらかというと歯切れ良くドライに描写する指揮者が多い曲だけに、独特の雰囲気が漂いますが、リズム自体はシャープで、アタックの鋭さも十分です。オケはホルンを中心にミスも散見されますが、集中力が高く、マーラーの時と変わらぬ熱演。短いパッセージをスロー・テンポでデフォルメして歌わせた、ペトルーシュカの死の場面以降にも、このコンビらしい描写力が聴かれます。

“独自のニュアンスを付け加え、濃密な表現を展開するドラマティックな演奏”

マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:EMIクラシックス)

 《春の祭典》とのカップリング。ヤンソンスは後にコンセルトヘボウと同曲をライヴ収録していますが、こちらも負けず劣らず濃密な表現に溢れた、ドラマティックな演奏。冒頭から鋭いアクセントを多用し、時にはスコアにはないアーティキュレーションや強弱も加えていますが、リスナーの耳を惹くこれらの解釈は、後年のライヴ盤とも違っていたりするのが面白い所です。

 十数年もの時が流れれば指揮者の解釈も変わって当然ですが、ヤンソンスの場合はそれだけでなく、即興的な性質に由来しているような気もします。どの場面もユニークな表現に溢れますが、例えば《ロシアの踊り》は鋭利極まるスタッカートの多用、デフォルメされた大太鼓の強打、ピアノ・ソロの前の極端にスローなテンポなど、すこぶる個性的な造形。オケも驚くほど達者で、ファゴットやフルート、トランペットまでソリストの名前をジャケットに明記している所、並々ならぬ自信を感じさせます。

“ロシアのオケによる希少な《ペトルーシュカ》。指揮者の個性では今一歩か”

飯森範親指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1992年  レーベル:キャニオン・クラシックス)

 3大バレエ録音の一枚で、《春の祭典》とカップリング。ロシアのオケによる《ペトルーシュカ》は珍しく、モスクワ放送響のディスクもこれが唯一ではないかと思います。

 ソステヌートの粘っこいフレージングが耳に残る表現ですが、どうもこの指揮者、作品をどういう方向へ持っていきたいのか、コンセプトの伝わらない演奏が多いように思います。オーケストラ・ドライヴの腕はあるようなので、パワフルな熱演というだけではない何かを期待したい所。アゴーギクの操作や旋律の歌わせ方など、自在な呼吸を感じさせる部分も多く、決して凡庸な演奏ではないのですが。

“明朗かつダイナミック、いかにも聴かせ上手なシャイー。緊張感やスリルは不足気味”

リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:デッカ)

 《プルチネルラ》全曲とカップリング。シャイーのストラヴィンスキー録音はかなり多く、コンセルトヘボウ管と《火の鳥》《アポロ》《幻想的スケルツォ》、《カルタ遊び》、オケの自主制作ボックスに《アゴン》《ペトルーシュカ》、《春の祭典》《火の鳥》《プルチネッラ》の映像、《うぐいすの歌》《エディプス王》、ヴァイオリン協奏曲を収録、ベルリン放送響との詩篇交響曲、《花火》《星の王》《うぐいすの歌》、ロンドン・シンフォニエッタとの《兵士の物語》《ディヴェルティメント》他の小品集、歌劇《放蕩者のなりゆき》、ゲヴァントハウス管との《タンゴ》、クリーヴランド管との《春の祭典》《4つのノルウェーの情緒》、ルツェルン祝祭管との《春の祭典》再録音他の小品集もあります。

 現代作品やオペラを得意とするシャイーらしく、作品の持つモダンな性格とドラマティックな物語性を両立させた聴かせ上手な演奏。オケのサウンドの魅力はデッカのスタッフが見事に捉えていますが、シャイーは無類に歯切れの良いリズムとカラフルな音色センスで、音楽をてきぱきと運んでいます。打楽器の強打なども、力が漲ってダイナミック。最後の場面の最弱音なども、ミステリアスなムードを器用に掴み取って、素晴らしい表現を聴かせます。

 フレージングに歌が感じられるのもイタリア人指揮者らしいですが、全体に明朗円満な性格なので、時に厳しい緊張感を求めたくなるのは、シャイーの演奏に共通する傾向。第2場など、無機的に演奏されがちな断片的フレーズに、たっぷりと情感を乗せて、艶やかなタッチを表出しているのは実に魅力的です。

“劇場的感性に裏付けられたドラマティックな表現にナガノの輝かしい将来を見る好演”

ケント・ナガノ指揮 ロンドン交響楽団 

(録音:1997年  レーベル:エラート)  

 バルトークの《中国の不思議な役人》とカップリング。当コンビは三大バレエを全て録音しています。第1場こそ堅実でやや一本調子ですが、第2場以降はテンポとダイナミクスの設定が大変に素晴らしく、さすがはオペラを得意とする指揮者だけあって、ドラマの情景が目に浮かぶよう。特に、巧妙なアゴーギクで音楽を追い込んでゆく第4場は、数ある演奏の中でも最高の部類に挙げたいもの。

 このナガノという指揮者の才能は、私にはまだまだ未知数の印象が強いのですが、今後要注目のアーティストの一人ではないかと思います。ロンドン響もシャープなエッジと柔らかなソノリティを兼ね備えた演奏で応えていて、技術的にも優秀ですが、ソロをはじめ、さらに音色の上で個性を求めたい所。ピアノはややオフ気味の収録で、ソリストの記載なし。

 

“スタイリッシュなセンスで鋭敏な語り口を聴かせるものの、オケの能力が今一歩”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2002年  レーベル:テラーク)

 《火の鳥》組曲、《ロシア風スケルツォ》をカップリング。当コンビは《春の祭典》も録音しています。第1場は引き締まったテンポ感と画然たるリズム処理がパーヴォらしい所。敏感な合奏もさすがで、ちょっとしたアクセントの強調が効いています。歯切れの良いスタッカートと、ぐっとテンポを落として自由な間合いで歌う叙情的な旋律の対比も効果的。第2場もデリケートな感性でスタイリッシュに構築。ピアノはあまり前には出ませんが、硬質で繊細なタッチが点描的なオーケストレーションと相まって、精妙な音世界を作り出します。パーヴォの棒は語り口が巧みで、随所にルバートや間を挿入して雄弁そのもの。

 第3場も弱音を基調にし、その中に鋭い音を立ち上げる鮮烈な表現。ムーア人の旋律などすこぶる弱いですが、地を這うような身構えの低さに独特の凄味もあります。大太鼓の強打に迫力がある一方、楽章間のドラムロールを遠雷のように弱く叩かせているのはユニーク。全体に、オケがもう少しうまければ色彩の面白さが出たかもしれません。トランペットのソロもミスこそないですが、音色の魅力が味わえないのは残念です。

 第4場は、オケにも伸びやかさと抜けの良さが出てきて、やっとこの曲らしい華やかな世界にたどり着く印象。エッジを効かせたアタックや、切れ味の良いリズム、合奏の統率力などもここで生かされてきます。音色やアゴーギクも変化に富んで闊達な棒さばきですが、最後の場面など、やはり一段上のオケで録音してくれていたらと思わないでもありません。舞台裏で吹かせている様子の弱音器付きトランペットは、遠近法が見事。

“楽譜にも手を加え、独自の解釈で作品を即興的かつドラマティックに展開”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:RCO LIVE)

 楽団自主制作レーベルの一枚。ヤンソンスはオスロ・フィルと同曲をスタジオ録音しており、04年の来日公演でもプログラムに組んでいたので、得意なレパートリーなのかもしれません。バイエルン放送響とのライヴ盤もあります。カップリングはラフマニノフの交響的舞曲。入念に処理の行き届いたアーティキュレーションと、独自の強弱、テンポ設定で一貫させた個性的なペトルーシュカです。

 各フレーズには即興的な自由さがあり、個々の奏者達の自発的でソロイスティックな表現は魅力的。濃密で起伏に富んだ、極めてドラマティックな演奏といえるでしょう。打楽器の追加など楽譜に手が加えられている箇所もあって、思わず「あれ?」と身を乗り出してしまう事もしばしばですが、来日公演を聴いた人には既にお馴染みの表現かもしれません。ライヴ収録ですが、コンセルトヘボウ特有の典雅なサウンドは健在。

“遅めのテンポ、人肌の温度感、情緒とドラマ性たっぷりの異色盤”

ダニエレ・ガッティ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:2011年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 録音の少ない幻の指揮者ガッティが、新たな手兵と開始したレコーディング第2弾。高い評価を得たドビュッシー・アルバムに続く録音で、《ペトルーシュカ》、日本盤のみボーナス・トラックとして《サーカス.ポルカ》をカップリング。フランス国立管の3大バレエ録音も珍しく、ブーレーズとの《春の祭典》、マゼールとの《火の鳥》全曲くらいかもしれません。バスティーユ・オペラ、サル・リーバーマン収録の響きはややデッドですが、音域は広く、鮮明なサウンド。

 シャープさやドライさが強調されがちなこの曲の演奏傾向に反旗を翻し、感情的なカンタービレと温度感のある響きで描写した、ヒューマニスティックな表現。テンポがゆったりしている事もありますが、あらゆるフレーズが雄弁にたっぷりと歌われ、何かしら意味深く感じられる所に妙味があります。トランペット・ソロが最後の連符を柔らかく終えるのはその典型。アンサンブルがすこぶる緻密に構成されており、どの場面も背後に濃密なドラマ性を秘めているのはオペラ指揮者ならでは。ペトルーシュカの死以降の描写も秀逸です。

“時折独自のセンスを聴かせるものの、この指揮者らしい面白味はあまり出ず”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団    

(録音:不明  レーベル:プロ・アルテ)

 マータは《春の祭典》も《火の鳥》も二度に渡ってレコーディングを行っていますが、当曲は一度きりの録音で終わってしまいました。ディヴェルティメント(バレエ《妖精の口づけ》より)というカップリングのセンスも魅力的。国内盤は発売された事がなく、私が入手したのも“デジタル・サラウンド・サウンド”と銘打たれた怪しげな企画シリーズの一枚で、再発盤のようです。録音データどころか制作年、発売年も一切入っていませんが、プロ・アルテでのマータの活躍時期からして恐らく80年代後半くらいの録音でしょう。

 遅いテンポを基調に余裕を持って画然とリズムを刻んでゆく演奏は、悠々たる落ち着いた佇まいがマータらしいですが、時に大きく間を取ったり、音を短く切って乾いた情感を醸したり、独自のセンスも聴かせます。楽章を繋ぐ太鼓連打も二拍ごとに頭にアクセントを付けて土俗的なムードを出すなど独特の表現。しかし、全体としてはあまりにオーソドックスで大人しく、マータの演奏としては特に才気に満ちたものとはいえません。オケのアンサンブルも手堅くまとまってはいますが、マータが同曲を一度しか録音せず、それもあまり話題に上らなかったのも致し方ないような、必ずしもユニークとは言えない仕上がりで残念。

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