ベルリオーズ / 幻想交響曲

概観

 録音でもコンサートでも絶大な人気を誇る名曲。後半2楽章がいかにもベルリオーズらしい音響の洪水で、人気の一因となっているが、私は前半3楽章にこそ、本作の魅力がよく出ていると思う。揺れ動く感情、美しい旋律、漂う詩情、何度聴いても素敵。

 これがベートーヴェンと同時代の音楽であるという事実は、ベルリオーズの革新性を物語って余りある。この作曲家の真価に早くから注目した指揮者にコリン・デイヴィスがいるが、「ベートーヴェンのオーケストレーションとのギャップを計るには、ベートーヴェンの交響曲を思い浮かべるだけで充分です」というブーレーズの言葉も言い得て妙。誰もが録音するので、ディスクが大量に集まってしまう曲。

*紹介ディスク一覧

58年 クリュイタンス/フィルハーモニア管弦楽団  

59年 ケンペ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

59年 パレー/デトロイト交響楽団  

59年 モントゥー/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

61年 シルヴェストリ/パリ音楽院管弦楽団   

61年 マルケヴィッチ/コンセール・ラムルー管弦楽団 

62年 ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 

64年 モントゥー/北ドイツ放送交響楽団   

66年 小澤征爾/トロント交響楽団

67年 ミュンシュ/パリ管弦楽団   

67年 ブーレーズ/ロンドン交響楽団  

68年 ストコフスキー/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

69年 プレートル/ボストン交響楽団  

73年 マルティノン/フランス国立放送管弦楽団   

73年 小澤征爾/ボストン交響楽団  

74年 C・デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

74年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団   

77年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

78年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン  

78年 バレンボイム/パリ管弦楽団

79年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック 

83年 コンロン/フランス国立管弦楽団   

83年 アバド/シカゴ交響楽団   

83年 フルネ/東京都交響楽団

84年 バレンボイム/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

84年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

84年 デュトワ/モントリオール交響楽団  

85年 プレートル/ウィーン交響楽団  

87年 インバル/フランクフルト放送交響楽団

90年 レヴァイン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

90年 C・デイヴィス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

90年 ジンマン/ボルティモア交響楽団   

91年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

91年 ガーディナー/オルケストル・レボリューショネル・ロマンティーク 

  → リスト後半へ続く

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“音色面を優秀な合奏力でカバーするオケ。クリュイタンスの鮮烈な棒さばき”

アンドレ・クリュイタンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:EMIクラシックス)

 クリュイタンスと英国オケの珍しい共演盤。クリュイタンスのベルリオーズは、パリ音楽院のオケと幾つかの序曲録音もあります。この時代とは思えないほど鮮明なサウンドで、さすがにバスドラムを伴う強音部は混濁と歪みがあるものの、ティンパニをはじめ低音部も豊か。70年代のアナログ録音といっても通用しそうなくらいです。

 第1楽章はフレージングが隅々まで明快に処理されていて、ラテン的感性を感じさせますが、オケは淡彩で、パリ音楽院管のようなカラフルな音色は望めません。テンポの伸縮は自在で、音楽の高揚と共に加速で煽る辺りは熱気を感じさせます。アクセントはさほど鋭くありませんが、スタッカートの切れ味が抜群で、弦を中心とするしなやかなカンタービレとの対照も非常によく造形。

 第2楽章は、無理のないテンポ感の中、ワルツらしい典雅な歌い口がさすが。特にルバートの使い方は堂に入っていて、思わず聴き惚れます。第3楽章も、冒頭の木管のやり取りから独特ののどかな情感と香気あり。繊細で艶やかな高音域など、オケも美しいアンサンブルを聴かせます。中間辺りでぐっとテンポが落ちる箇所もあり、スコアにはないアゴーギク表現も行いますが、遠雷の場面もはっとさせられるほどポエジー豊かで、叙情性において傑出した演奏。

 第4楽章は、導入部こそティンパニがぼこぼこと渋滞しますが、その後は実に鮮やかな棒さばき。遅めのテンポながら、卓越したリズム感で快調に音楽を運び、見事にオケを統率。オケの機能的優秀さもプラスに働いています。ブラスのリズムもよく弾み、無類に歯切れの良いパフォーマンスを展開。中盤でぐっとテンポを落とした後、後半で追い上げるアッチェレランドも効果的です。

 第5楽章はさらに技術力が発揮され、ヴィルトオーゾ風とも言える緊密な合奏が圧巻。指揮も見事で、速めのテンポを決して緩めず、各部をニュアンス豊かに活写。強弱やアーティキュレーションの明敏なメリハリも、後のブーレーズやアバドの録音に劣らぬほど徹底していて、熱っぽくもシャープな棒さばきが鮮烈。

“超スロー・テンポを採択し、滋味と含蓄を豊富に盛り込むケンペ。オケも優秀”

ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:テスタメント)

 当コンビは同時期にまとまったレコーディングを行っていて、当盤もその一つ。かつてはセラフィムから出ていたと記憶します。ケンペはフランス音楽をあまり振らない印象ですが、ベルリオーズでは同時期にウィーン・フィルと《ローマの謝肉祭》の録音もあります。

 第1楽章は、遅いテンポでリリカル。提示部のリピートなしで演奏時間が15分以上あります。引き延ばされた時間の中で目一杯細やかな表情を施し、豊かな滋味と含蓄を盛り込んでいるのはさすが。旋律線の彫琢もすこぶる丁寧で精緻。あらゆる音が考え抜かれ、磨き上げられているような演奏です。主部も驚くほどのスロー・テンポ。ティンパニのアクセントやスポーティな躍動感ではなく、点より面で押して来る弦主体の合奏力で聴かせます。音色もみずみずしく艶やか。

 第2楽章はこれまた遅いテンポで、細部をクローズアップするような趣。ワルツ主題は、歌い口と音色が素晴らしいです。木管の彩りもカラフル。第3楽章はデリケートな音感で丹念に描写。とにかく美しいパフォーマンスで、オケの優秀さも生かされます。アーティキュレーションの解釈は自然で、強弱の指示も細かく、山場の形成が巧み。オン気味の録音ゆえか明るい音色で、ソロの鮮やかさも印象に残ります。

 第4楽章もやや遅めですが、重々しさはなし。トランペットのマーチ主題など図抜けて軽快で歯切れが良く、金管を中心に合奏のリズム感が冴えています。バス・ドラムの低音があまり出ないのも、軽妙さにはプラスに働いている感じ。

 第5楽章はグロテスクなデフォルメこそありませんが、ドラマティックな語り口でテンションが高く、レスポンスも敏感。常に意識が覚醒しているような、集中力の高さがあります。オケも多彩な表現力と豊富なカラー・パレットで応じ、強音部でも音色美とシャープさが失われないのはさすが。鐘は、ガムラン音楽を思わせる不思議に沈んだ音色が独特です。

“急速なテンポで明快、健全な性格。オケのヴィルトオーゾぶりが意外”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1959年  レーベル:マーキュリー)

 かつて名盤として知られていた録音。当コンビのベルリオーズ録音は、序曲集もあります。とにかく鮮明な音質で、柔軟で潤いがあって、硬直しないのも魅力。最後の最後で歪みと混濁が出ますが、大太鼓の重低音もカヴァーしています。

 第1楽章は引き締まったテンポで流れが良く、みずみずしく柔らかなタッチで一貫。オケの音色美が素晴らしく、特に弦や木管の明朗でなめらかな響きに魅了されます。主部はスピード感が強く、アタックに勢いがあるので緊張感も保持。すこぶる健全な性格ですが、熱気と動感に欠ける事もなく、純音楽的に熱狂へと導く手腕は非凡と言えます。提示部のリピートなしとはいえ、この楽章を11分台で演奏している盤は他にないかも。

 第2楽章も快速テンポ。小節の頭に鋭いアクセントを付けているので、導入部のトレモロも語気の強さが際立ちます。ワルツ主題はしなやかで、流れるような歌い回し。細部がことごとく明快なのも特徴です。第3楽章も、なんと14分台で疾走。それでいて無味乾燥ではなく、表情が豊かなのが面白い所です。弦を中心に、音色の美しさは魅力的。管弦のバランスや色彩の配合も、デリケートに構築されています。山場で急加速するなど、設計も巧み。

 第4楽章は、やっと平均的なテンポ。ティンパニが弱めで不明瞭なのは演奏全体のコンセプトに合わない感じもしますが、マーチ部分のシャープな輪郭は痛快です。金管の鋭敏なリズム感が素晴らしく、マスの響きもクリア。第5楽章は再び快速テンポ。緊密で歯切れの良い合奏はここでも凄い効果を挙げ、一体感の強い演奏を繰り広げます。少なくともこの時点では、ヴィルトオーゾ・オケといっていいレヴェル。細部まで完璧に音にしてゆくパレーの統率力も称賛に値します。

“スコアを掌中に収め、オケの魅力を生かし切った、モントゥー流《幻想》の決定盤”

ピエール・モントゥー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:デッカ)

 モントゥー初のステレオ録音による《幻想》。同じコンビとしてはベートーヴェンよりもずっとウィーン・フィルらしさの出た録音で、トゥッティでも柔らかなソノリティが魅力。みずみずしく、ふくよかな弦の響きにも魅せられますが、バス・ドラムを伴う強奏では時代相応の歪み、混濁があります。しかし発色が良く、音の隈取りがくっきりと鮮やかなデッカの録音は、現代の耳にも十分アピールする優秀さ。

 第1楽章は序奏部の音楽運び、特にアゴーギクの優美な呼吸が見事で、スコアを完全に掌中に収めた感があります。主部へ入る直前の弱音部でぐっとテンポを落とす解釈も独特。主部はティンパニのアタックを極限まで抑えているせいか、とりわけ柔和な性格に感じられます。テンポは恣意的と言えるほど細かく動き、フレーズの粘りが強い所はストコフスキーとも通底する旧世代風。一方で、歯切れの良いスタッカートもあちこちに生かしています。

 第2楽章は、流れるようなテンポでスムーズに歌われるワルツ主題が絶品。これ以上の解釈はちょっと考えにくいほど、完璧な表現と言えます。軽妙洒脱な節回しと魔法のようなアゴーギク、デュナーミクの妙、切れ味が鋭く、浮き浮きと弾むリズムも素晴らしい聴きもの。

 第3楽章は、速めのテンポで音楽を停滞させない風通しの良さが持ち味。各パートの艶やかな音色を生かし、よく歌うカンタービレも魅力です。山場に向かってテンポを煽り、その後は速度を解放して自然な減衰で緊張を緩和するなど、老練な語り口はさすがの境地。終結部も遠近法の効果にこだわらず、音楽性一本で聴かせます。

 第4楽章はスロー・テンポで腰が重く、ものものしく開始。弦のスタッカートやブラスのリズムなどはシャープな切れ味で、重さと鋭利さが同居するような造形です。最後の一音は、延ばさずにばっさり切っています。

 第5楽章は、速めのテンポでスタート。特殊な管弦楽法の強調はなく、丁寧な譜読みで純音楽的にスコアと向き合った体裁です。感情的に熱狂へ向かわないのはモントゥーらしいですが、内面は充実して物足りなさは皆無。オケの特性もよく出ています。独自の強弱を適用する箇所もあり、コーダへ向かうアッチェレランドはスリリング。個人的にはこちらをモントゥーの決定盤として支持します。

“個性的ではあるものの、すこぶる論理的で繊細な音楽性を聴かせるシルヴェストリ”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:EMIクラシックス)

 爆演指揮者と評される事もあるシルヴェストリは、実際には、非常に緻密な音楽作りをする人です。個性的な表現を採る事は事実ですが、ストコフスキーの俗っぽさよりもアーノンクールの学究的傾向に近く、その意味では、アーティキュレーションや強弱を自分なりのドラマ・メイキングによって見直した、最初の指揮者かもしれません。特徴は、フレーズを短い単位に区切って歌わせる事が多い所。

 第1楽章は、かなりのスロー・テンポで開始。デリカシーに富む密やかな音の扱いが見事で、とりわけ高弦の繊細な美しさは耳を惹きます。主部も遅めのテンポながら、かなり細かくアゴーギクを操作していて、音楽が直線的に推移しません。独特のいびつな世界観で、アクセントの位置やフレーズの切り方も普通とは違う処理が多々聴かれます。オケが非常によく統率されており、多彩な変化に富むシルヴェストリの棒にぴたりと付けている印象。

 第2楽章はムードで流さず、解像度の高い表現を徹底。スローなテンポで細部を丹念に掘り起こす傾向があります。ワルツ主題は優美に歌わせていますが、表情の付け方は個性的で、ダイナミクスも独自に解釈し直しています。第3楽章は全てをくっきりと描写し、艶っぽい光沢を放つ高弦を中心に、緻密で叙情的な響きを構築。デリカシー溢れる弱音の扱いに、思わず息を飲みます。

 第4楽章は明晰で、リアリスティックな性格。バス・トロンボーンの唸り声も、はっきりと分離して聴こえます。リズムが軽快で運動神経が良く、足取りが重くならないのは美点。全強奏は透明感があって威圧感がなく、聴き疲れしません。オケも、クリュイタンスが振った時とは別の団体のように精確な合奏です。

 第5楽章は遅めのテンポ。各フレーズのニュアンスや音色、和声感、ダイナミクスと遠近感など、すこぶる精緻に表現されています。明瞭な鐘の音と、一音一音にアクセントを付けた《怒りの日》のテューバは、胸のすくように痛快。合奏が緊密なのも驚きで、徹底したアーティキュレーション描写と鋭いアインザッツが際立つ弦楽セクション、シャープで明朗ながら威圧感のないブラスも魅力。表現の精度が高く、緻密なディティールの総体として全体を設計しているので、雰囲気や感情に流れません。

“個性的な表現を随所に展開しつつも、全編にフランス的音色美が横溢”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 マルケヴィッチの同曲録音は、ベルリン・フィルとのモノラル盤あり。やや高域寄りながら、抜けが良い爽やかな録音で、残響も適度。直接音をくっきりと捉えてオケの音彩の美しさがよく出ている。

 第1楽章序奏部は、みずみずしく繊細な表現が印象的。特にすうっと伸びるヴァイオリン群の音色は爽快。主部は恣意的なアゴーギクで濃厚に表情を付けるので、腰が重く感じられる箇所もある一方、音圧はさほど高くなく、音色も淡彩で明るい傾向。ティンパニも抑えられていて、鋭いアタックよりもしなやかなラインを重視した造形。響きや色彩の美しさはよく出た演奏。

 第2楽章はやはり音色美。ワルツ主題は古風にルバートするものの、全体は冴え冴えとした明快さが支配的。第3楽章も、各パートの明晰な音響で聴かせる。テンポは落ち着いていて、呼吸感も深い。遠雷は控えめ。

 第4楽章は遅めのテンポで、ティンパニは抑制されているが、ブラスはエッジが効いてシャープ。強奏部の響きがクリアで、常に立体感を確保しているのは年代を感じさせない表現。スタッカートの切れ味が無類で、最後の音を短く切ってしまうのは旧盤同様。

 第5楽章も爽快なサウンドで、技巧に走らず、細部を克明に描写。《怒りの日》も輪郭が明快で、鋭利な響きがユニーク。後半も急がず慌てず、フランス流の音で着実に構築。最後のフェルマータは打楽器のトレモロ入りで、これは旧盤になかった趣向。

“同曲のスペシャリストたる凄さに圧倒される、パリ盤に勝るとも劣らぬ名演”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1962年  レーベル:RCA)

 当コンビはこの8年前にも同曲を録音しており、当盤は再録音。ミュンシュはパリ管との録音も名盤として定評がありますが、当盤もオケが優秀で、緊密な合奏力や原色の鮮やかな色彩など有利な点も多々あります。60年代は当コンビの録音も随分と聴きやすくなる一方、ヴィヴィッドな直接音が主体で残響のデッドなサウンド・イメージは50年代から共通。

 第1楽章序奏部は、遅めのテンポで思い入れたっぷり。やや感情過多にも思えますが、当盤を手に取る人は正にこの芸風を求めているのかもしれません。弦をはじめ、各パートの音色も美麗。主部はテンポの振幅を大きく採ったお馴染みの恣意的なスタイルで、すでにミュンシュの解釈は確立しているようです。オケもぴったりと付けていて、熱っぽさと求心力で聴かせる名演。

 第2楽章は意外に楷書的で重い拍節感で、テンポも遅め。フランス人だからといって、必ずしも軽妙洒脱に振るとは限らない例と言えます。短く切り上げるエンディングは独特。第3楽章はムードでごまかさず、全てをクリアに描き出す鮮烈な表現。テンションと内圧をキープするアゴーギクも見事ですが、あらゆるパートを鮮やかな発色で照射する録音と演奏が圧倒的です。一方では清冽な抒情や多彩なニュアンスも盛り込んでいて、やはりこの曲のスペシャリストの1人と認めざるを得ない解釈。

 第4楽章は遅めのテンポですが、粒立ちの明確なティンパニの打音が峻烈。歯切れよく鋭利なリズムを刻む金管群との相乗効果で、音楽の輪郭もくっきりと切り出されます。唯一、コーダのピツィカートにティンパニを重ねるアレンジは不思議。第5楽章は、ミュンシュ一流の自在な棒が妖しい雰囲気を盛り上げ、熱気と狂乱のクライマックスを形成。大胆一辺倒ではなく、ディティールも精緻に処理していますが、やはり他の追随を許さぬ盛り上げ方は凄みを帯びて圧巻。

“スペシャリストらしい風格の一方、録音にやや問題あり。ウィーン・フィルとの旧盤に軍配”

ピエール・モントゥー指揮 北ドイツ放送交響楽団

(録音:1964年  レーベル:コンサートホール)

 何度もこの曲を録音した、モントゥー最後の《幻想》。マルチ録音的なミックスで、ステレオ感がやや人工的に聴こえる他、強弱と遠近のバランスも不自然に感じられる箇所があります。強音部には歪みもあり。どこかパリ音楽院管の響きにも通底するように聴こえるのは、モントゥーの音作りゆえでしょうか。

 第1楽章は正統派の解釈ですが、ピン・ポイントで非常に遅いテンポを採択するなど、スコア解釈に一家言あるような態度も見せます。数ある同曲ディスクの中では、端正な造形という印象。オケの音彩が意外にみずみずしく、爽やかな高弦をはじめ、北ドイツ的な重厚さはほぼ感じられません。第2楽章も速めのテンポで流麗。ルバートは盛り込まずイン・テンポ気味ですが、強弱のメリハリが細かく、ニュアンス豊か。佇まいが洒落ています。

 第3楽章は音の扱いがデリケートで、フレージングのアウトラインが常に明快。リズムにも曖昧な所が一切ありません。各楽器の重なりが立体的に組み立てられ、山場も巧みに構築するなど、さすがはスペシャリストらしい楽譜の読みの深さも感じさせます。テンポ運びは淡々としている一方、後半ではかなり加速する箇所もあり。

 第4楽章はかなり遅いテンポですが、スタッカートの切れ味は鋭いし、響きも重たくなりすぎません。コーダに向けての設計と、ザクザク刻まれるリズムも鮮やか。ラストの一音は旧盤同様短く切っています。第5楽章もスコアを知り尽くした表現。鐘に対するオケの合いの手を、控えめな音量と軽妙なタッチで入れてくるのが独特です。合奏の乱れは多少ありますが、卓抜なリズム処理でシャープに造形し、胸のすくようなエンディングを迎えます。

フレッシュな躍動感と共に、意外な落ち着きを見せる若き日の小澤

小澤征爾指揮 トロント交響楽団

(録音:1966年  レーベル:ソニー・クラシカル

 当コンビはメシアンや武満徹をRCAに録音していますが、CBSでは他にマクミラン他カナダの作曲家の作品集があるだけだと思います。千円の廉価盤シリーズで初CD化された音源ですが、意外に聴き応えがあってお買い得。そのカナダ人作品集との2枚組もあり、そちらはオリジナル紙ジャケット仕様の上、リマスタリングで音も良くなっています。

 前半3楽章を中心に、ティンパニの音が弱くてパンチに欠ける反面、弦楽セクションの覇気に満ちた躍動感が印象的。瑞々しく鮮やかなサウンドでオケが好演していますが、小澤の指揮もフレッシュな感性と落ちついた佇まいが共存し、既にこの作曲家への適性を垣間見せます。第2楽章のワルツを除いてすこぶる速いテンポで一貫。第4楽章などほとんど駆け足ですが、テンポの変動とパースペクティヴの取り方が堂に入っていて、ニュアンスは豊かと感じられます。

“熱っぽくも巧みなミュンシュの棒の下、華麗な演奏をスリリングに展開するパリ管”

シャルル・ミュンシュ指揮 パリ管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:EMIクラシックス)

 パリ管の創設デビュー盤で、ミュンシュとの数少ないレコーディングの一つ。彼はボストン響と同曲を2度録音しています。ミュンシュとしては最後の録音ですが、同曲の決定盤として多くの人が推す名盤。録音が優秀で、トゥッティ部ではやや歪むものの、直接音が実に生々しく、残響もたっぷり収録。オケの鮮やかな音彩を見事に捉えていて、しなやかなタッチにも欠けていません。

 前身のパリ音楽院管は香気溢れるソロに対し、アインザッツを合わせるのは不得意な印象でしたが、パリ管はアンサンブルも緊密に統率され、技術的にも優秀。第1楽章は、たっぷりとした間合いで情感を濃く抽出した序奏部に対し、主部はテンポを煽って熱っぽい表現。テンポがかなり直感的に伸縮しますが、ストコフスキー的な人工的臭はなく、作品を知り尽くした棒さばきといえます。

 第2楽章はワルツ主題の優美な歌い回しが素晴らしく、センスの良さを発揮。3拍子のリズムに強迫観念の主題が現れる所も、木管ユニゾンの音色とフレージングが秀逸です。第3楽章は、速めのテンポで高い集中力をキープ。イングリッシュ・ホルンとティンパニによる落雷は、ほとんど間を置かず、コール&レスポンスのように軽快に応答しあうのが面白いです。

 第4楽章も、華やかな音色がフランス風マーチにふさわしいですが、ティンパニの鋭い打ち込みやファゴットのアンサンブル、金管や打楽器の軽妙なリズム感など、聴き所が満載。熱気溢れる終楽章では、ミュンシュの緩急巧みな棒の下、オケがヴィルトオーソ風のスリリングかつ華麗な合奏を展開する様は圧巻です。

“天才的なスコア解析力を駆使し、あらゆるディティールを明晰に照射する恐るべき演奏”

ピエール・ブーレーズ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1967年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 当時あまり知られていなかった《レリオ》と2枚組で発売されて話題を呼んだディスク。ブーレーズのベルリオーズ録音は他に、ニューヨーク・フィルとの序曲集、BBC響とのカンタータ《クレオパトラの死》と歌曲集《夏の夜》がある他、後にクリーヴランド管と《夏の夜》《幻想》の再録音、《トリスティア》《ロオとジュリエット》の新録音があります。

 第1楽章は序奏部から、弦のハイ・ポジションの繊細な響きが爽快。テンポの変化で熱っぽく盛り上げるタイプではなく、むしろイン・テンポ気味ですが、リズムの解像度と切れ味は際立っています。主部もテンポの落差はあまり付けず、淡々と進行。ブラスの抜けが良く、やはりリズムの正確さ、鋭さが印象に残ります。

 第2楽章は、意外にもワルツの優雅な性格を表出。固定観念の主題を歌う木管のフレージングも、絶妙な美しさです。透徹したセンシティヴな音響も最後まで崩れません。ルバートは控えめに扱いますが、コーダに向かってもアッチェレランドはかけず、終始落ち着いたテンポ。第3楽章は、冒頭の木管のやり取りから余情を排し、淡々としたリアリスティックな語り口。音楽が新しい局面に変化する箇所でも、溜めが一切なくストレートに突入します。響きはクリアに澄んでいて、旋律線も明快。

 第4楽章は驚くほどスローなテンポで、地を這うような趣。相変わらず鋭利なリズム処理と、対象から身を引いたような客観性を維持しているにも関わらず、このテンポのせいで作品のグロテスクさがきちんと立ち現れてくる所がユニークです。後半の山場ではさらにブレーキを踏み、異様な凄味を帯びたクライマックスを形成。

 第5楽章は、ブーレーズ一流のスコア解析能力が冴え渡る快演。リズムが複雑に入り組む箇所など、テンポを極端に落とし、各パートを整理整頓して見事に立体的に音響を脱構築する様は圧巻です。魔女の饗宴も相当に遅いテンポですが、急がず慌てず、あらゆるディティールをおそろしく明瞭に浮かび上がらせる手腕は正に鬼才。こんな事が出来る指揮者は、今でも他にいません。

デリケートで美しい前半から一転、ここぞとばかりにやりたい放題の後半二楽章

レオポルド・ストコフスキー指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:198年  レーベル:デッカ

 いかにもストコフスキーが好みそうな作品ですが、意外にも唯一の録音。前半3楽章は、ストコフスキーにしては正攻法のアプローチ。とは言っても、勿論表情付けは濃厚だし、時折「あれっ?」と声を上げてしまう独自の細かいデフォルメはみられますが、弱音を基調にした第3楽章など大変デリケートで美しく、この指揮者の意外な一面を見る思いです。

 後半は急転。おそろしく性急なテンポと、熱に浮かされたようなテンションで突き進む第4楽章に続き、アクの強い表現を続出させる第5楽章で見事に大団円を迎えます。鐘の音にピアノを重ね、木管群のメロディを弦に置き換え、怒りの日の旋律で異様にテンポを落とし、後半2楽章共にラストのフェルマータで打楽器のトレモロを追加。彼はよくこれをやりますが、弦と管だけでフェルマータするのがよほど嫌いだったのでしょうか。

“最高級の音楽性と図抜けた表現力を発揮する、驚異的な名演”

ジョルジュ・プレートル指揮 ボストン交響楽団

(録音:1969年  レーベル:RCA)

 プレートルとボストン響の珍しい共演盤。ミュンシュやモントゥーなど、フランスの指揮者やフランス音楽と相性の良いオケなので、当盤での起用は絶妙のマッチングともいえます。プレートルの同曲は、後年にウィーン響との新録音もあり。

 第1楽章序奏部は、遅めのテンポで濃厚。しっとりとした響きが美しく、みずみずしいカンタービレを展開します。主部は速めのテンポで躍動的。ティンパニもパンチが効いています。推進力が強いもののイン・テンポではなく、随所に恣意的な間合いを挟んだり、細かくルバートも挿入。急加速で音楽を煽る手法も効果的です。音楽全体を引き締めて緊張の糸を切らさない棒さばきは、さすがオペラ指揮者。スコアが孕む熱気も余す所なくキャッチしています。後半も鋭利なリズムを駆使してドラマティックに造形。

 第2楽章は、ワルツ主題の造形が秀逸。優雅な歌と絶妙のテンポ・ルバートが素晴らしいですが、ボストン響のヴァイオリン・パートも、潤いたっぷりの艶やかな響きがすこぶる魅力的です。固定観念主題のテンポの落とし方とコーダの急加速も見事で、アゴーギクのみならず、それに伴うニュアンスの付け方に最高級の音楽的センスを発揮。

 第3楽章は繊細な弱音が痩せる事なく、遠くから響くピアニッシモの木管ソロでさえ、驚くほど美麗な音色を維持している凄さ。弦のハイポジションの重なり合いも、艶っぽい光沢が尋常ではなく、ずっと聴いていたいほどの美しさです。強音部でのテンポの煽り方や、憑かれたように燃え上がる熱情の表出も、作品の本質を衝く表現。

 第4楽章は遅めのテンポで、序奏部からティンパニをバタバタ強打させて迫力あり。細部を克明に処理してゆく趣ですが、行進曲主題で少しテンポを上げ、切れの良いリズムで軽快に音楽を弾ませます。微妙に加速しながら高揚感を高めてゆく設計も見事。最後のフェルマータはストコフスキーのように打楽器をトレモロさせていますが、短く切り上げます。

 第5楽章も前半部から表情が多彩で、すぐにでも発火しそうな沸点の低さが作品の気分にふさわしいです。オケも鮮やかな発色で、テンションの高いパフォーマンス。《怒りの日》の場面は、テューバの主題提示に付与されたこれ以上ないほど適切な表情、見事という他ないスリリングなアゴーギク操作、裏打ちの大太鼓のデフォルメなど、耳を奪われる非凡な表現が続出。

 後半も引き締まったテンポと精度の高い合奏、鋭利を極めたリズム処理で、凄まじいクライマックスを形成。最後のフェルマータはやはり打楽器をトレモロさせています。これほどの名盤が埋もれていたとは不思議で仕方ありません。プレートルのディスクは、どれも聴く度に驚かされるばかりで、本当に凄い指揮者だと痛感します。

“コルネット導入や提示部リピートなど、新しい見識を世に問うた記念碑的録音”

ジャン・マルティノン指揮 フランス国立放送管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:EMIクラシックス)

 《レリオ》と同時録音する事で連作としての見識を世に示した、恐らく初の録音。第1楽章の提示部リピートや、第2楽章のコルネット入りもまだ珍しかった時代でした。演奏自体も、80年代までは常に高く評価されていた記憶があります。残響が細部をマスクする傾向のある録音ですが、会場の響きがもう少し良ければと思うのは、良いコンサート・ホールがないパリ録音の宿命でしょうか。

 第1楽章はゆったりと叙情的に開始。旋律の歌わせ方に情緒纏綿たる趣があり、みずみずしく爽やかなオケの音色とも相まって、魅力的な音世界が形成されます。提示部はリピートを実行。点より面で押すような造形で、ティンパニの打点などアクセントを効かせないので、リズムがやや不明瞭な一方、アヘンによる曖昧模糊とした知覚状態はよく表現されているかもしれません。外に向けて拡散するような響きも、明るく華やか。

 第2楽章はコルネット・パートを復活させたヴァージョンで、話題性のみならず、コルネット奏者の音色と技術も素晴らしい聴き物。弦楽セクションを中心に、やや音圧が高くカロリー過多にも聴こえますが、内から突き上げるようなエネルギー感と熱っぽさは、ベルリオーズの音楽が備えている特質でもあります。

 第3楽章も弦の編成が大きく、響きの内圧が高いために味付けが濃く感じられますが、音の感触自体はさらりとして爽快。滑らかな肌触りも心地よいです。各パート好演していて、ソロに強いフランス団体のアドバンテージを感じさせます。遠雷はくぐもった音色で、控えめな表現。

 第4楽章は、遅めのテンポでじっくり描き上げるものの、過剰な残響にマスキングされて細部が不明瞭。特にティンパニの連打は音が飽和してしまい、リズムが分離して聴こえません。その一方、艶やかなトランペットのトップノートが浮き彫りになるバランス。華やかなトゥッティや生き生きした合奏は、作品のフランス音楽らしい側面をよく伝えています。後半はやや加速した後、コーダの前で極端なほどテンポを煽ります。

 第5楽章も美しいソノリティとはいえませんが、色彩的には完全にフランス団体。千変万化する曲想の描き分けは見事で、特にテンポの設計が秀逸。高音域の派手な鐘が入ってくると、妙に艶っぽいテューバ群と共にムードが華やいできます。弦による舞曲ではややテンポを落とし、克明なアンサンブルで鮮やかに造形。後半部は沸き立つような熱気の内に、作品が孕む狂気を逃さずキャッチしています。エッジの効いた金管の咆哮を伴いつつ、艶やかな光沢と明朗な色彩感が充溢。

“速めのテンポで煽る小澤の棒にぴったりと付けるボストン響。同曲にしては清潔すぎる印象も”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団        

(録音:1973年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 小澤再録音盤。当コンビのベルリオーズは、続いて《ロメオとジュリエット》、《ファウストの劫罰》、レクイエムも録音されました。指揮者もそうですが、オケもミュンシュやモントゥーの薫陶を受けた団体で、フランス音楽への適性を如実に示しています。

 さっぱりとした音色の明るさ、フレージングの明快さが際立っている一方、あまりにフレーズがくっきりと隈取られているため、夢幻のムードには乏しいのも事実。音響面でも、やや整理整頓が行き過ぎた感じでしょうか。ただ、これほど鮮やかな演奏もそうそうないものです。旧盤ほどではないにしろ、速めのテンポで一気に駆け抜ける印象で、第3楽章もきびきびとした足取りが若々しい推進力をキープ。

 第4楽章はコーダ近くでさらに速度を上げ、性急に音楽を煽ります。オケも小澤の棒にぴったりと付けて、胸のすくようなパフォーマンス。木管の表情豊かなソロや、画然とリズムを刻む弦の歯切れ良さはなかなかの聴きもので、滑らかに横の線を繋いでゆく流れの良さも美点です。ベルリオーズらしいデモーニッシュな熱気には欠ける、どこまでも清潔な表現。

ベルリオーズのスペシャリスト、コリン・デイヴィスによる不朽の名盤

コリン・デイヴィス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:フィリップス

 デイヴィスはまずベルリオーズのスペシャリストとして名を上げた人で、当曲はロンドン響と過去に録音しています。そんな彼の再録音はコンセルトヘボウ管との初レコーディング(同時にグリュミオーとベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲も録音)。

 彼は正に“アーティキュレーションの鬼”で、ただ漫然と流してゆく箇所は皆無、とにかくどのフレーズにも何かしらのこだわりが反映されています。彼がベルリオーズとモーツァルトで成功したのは、正にこの資質ゆえでしょう。これみよがしなルバートを排していて、剛毅かつ辛口の性格を感じさせるのもデイヴィス的ですが、オケがコンセルトヘボウですから音楽的魅力には事欠きません。

 決して生真面目一辺倒ではなく、第1楽章クライマックスの洒落たリズム感や、ワルツ終結部の胸のすくようにパリッとした表現、第4楽章の鋭い切れ味など、モダンなセンスを随所に発揮。オーソリティとしての貫禄を感じさせる、当曲の代表盤の一つと言えるでしょう。第1、第4楽章の提示部リピートと、ワルツのコルネット導入を早くから実践したディスクとしても、記憶に残したい名盤。

“一流指揮者とスーパー・オケの共演にふさわしい、凄絶を極めたパフォーマンス”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1974/75年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カラヤン三度目にして最後の録音。第1楽章は超スロー・テンポで開始。急速な弦のパッセージと、続く優美な間合いの旋律線など、早くも絶妙なアゴーギクを聴かせます。棒さばきの見事さとオケの合奏力に唖然とさせられるこの数分間を聴いただけでも、一流の演奏と分かる所が凄いです。主部も、精緻そのもののテンポとダイナミクスの設計が素晴らしく、明るく華やかな色彩感もフランス音楽に合っています。強奏部もパンチが効いてダイナミック。提示部の終わりには、ティンパニにミスがあるように思います。

 第2楽章は流麗で、みずみずしいカンタービレ。精妙な弱音の表現も凄味があり、アゴーギクも非の打ち所がありません。第3楽章は明るく艶やかな高音域が爽快。楽章全体のテンポ設計が巧妙で、山場における引き締まったテンポも緊張感を高めます。弱音部のデリカシーも息を飲む美しさ。ソロがみな上手く、さすが名手揃いのオケだけあります。ティンパニはあくまで遠雷という感じで、あまり強調されません。

 第4楽章以降は、当盤のハイライトたる凄絶さ。ティンパニ、弦楽合奏、金管セクションと、オケの威力を開放した、パワフルかつ華麗な表現。リズムも鋭利で小回りがきく一方、スケールの大きさも兼ね備えている所が並の演奏と一線を画します。とにかもかくにも合奏力が凄まじく、音圧の高さも迫力満点。

 第5楽章は各部の描写力が尋常でなく、スーパー・オケによる本気の熱演に圧倒されます。ラウドな音量はベルリオーズ作品にふさわしいですが、フォルティッシモでも艶があって豊麗なのはベルリン・フィルらしい所。スコアが錯綜する箇所でも合奏が乱れないので、音楽が停滞しません。テンポは遅めながら、各部の掘り下げは克明そのもの。遠くから重々しく鳴り響く鐘の音にも、独特のリアルな感触があります。

徹底して機能美を追求した、ほとんどモーツァルト風の軽妙な幻想交響曲

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:197年  レーベル:ソニー・クラシカル

 マゼールはたった5年後に、同じオケとテラークに同曲を再録音しています。乾いた音で分離よく収録された録音も独特ですが、演奏も機能性を全面に押し出したもの。第1楽章は、序奏部にかなりロマンティックなアゴーギクを適用する一方、提示部に入るとすこぶる速いテンポを採り、軽快なフットワークで音楽を進めます。特に強弱とアーティキュレーションに対する鋭敏さは他を圧していて、音の立ち上がりのスピード感、特に弦のアタックの鋭さ、強靭さは他で聴けないもの。

 第2楽章も過敏と言って良いほど敏感なリアクションを聴かせる演奏。弦のちょっとしたアクセントも印象的で、はっとさせられるような瞬間があります。左右に配置されたハープの効果を強調し、コルネット入りの版で演奏するなど、ベルリオーズの特殊な管弦楽法に光を当てた趣。

 ユニークなのは、続けて演奏されるラスト2楽章。左右チャンネル一杯に分離するティンパニを始め、オケの合奏力に圧倒されます。マゼールはここでも急速なテンポを採り、全体をメゾ・フォルテくらいの音量に設定して、デュナーミクとアーティキュレーションの細かな対比で音楽を作っています。リズムは異常なまでに切れ味が鋭く、足取りはひたすら軽く、いわばモーツァルト風に演奏した《幻想》という感じ。とにかく個性的な演奏です。

“鋭敏かつ優美、ブロムシュテットとドレスデンによる珍しいライヴ録音”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン  

(録音:1978年  レーベル:WEITBLICK

 ブラームスの1番と共に09年に発売されたライヴ録音。両曲共にブロムシュテットはスタジオ録音を行っていないばかりか、当オケの《幻想》録音も非常に珍しいです。さすがに古いライヴなので多少の歪みやこもり、会場ノイズもありますが、サウンド自体は鮮明で聴きやすいもの。ブロムシュテット自身によるライナーノーツが味わい深く、逐一プレイヤーの名前を挙げてその演奏を賞賛していて、オケへの愛情の強さが伺えます。

 フランス音楽とは無縁のイメージがあるこのコンビで武骨な演奏を想像しがちですが、意外にフットワークの軽いモダンな表現。音色こそ華やかではありませんし、アンサンブルも乱れがちな箇所が多々あるものの、きりりと引き締まった造型で一貫した、歯切れの良い演奏と言えます。テンポも全体に速めで、ワルツの推進力の強さや、後半2楽章のきびきびとした音楽運びは印象的。

 一方、弦や木管を中心にオケのニュアンスは素晴らしいの一言で、気品に溢れたフレージングはえも言われぬ美しさです。第3楽章のオーボエによるエコーなど、どこで吹いているのか、深い残響を伴って遠くから響いてくるのがすこぶる効果的。

重々しくて粘り気強し。濃厚な味わいで聴かせるバレンボイム

ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 ベルリオーズ作品を数多く録音しているバレンボイムによる、最初の《幻想》。彼は後にベルリン・フィル、シカゴ響と同曲を再録音しています。非常に粘り気の強い、濃厚な味わいの演奏。リズム感は悪くないのですが、音が総じて長めでフレーズが粘るのと、短い音やアクセントをあまり使わないので、ベタっとした平面的な響きに聴こえるのが特徴。音場が浅く、幾分デッドな録音会場の響きにも問題がありそうです。

 第2楽章のワルツは細かくこだわった独特のフレージングで、他の楽章でも聴き慣れない間合いやフレージングが頻出します。第4楽章も足を引き摺るような重々しい音楽運びで、作品の本質を衝いた表現。全体にスマートではなく、ゴツゴツした手応えのある造形ですが、これは包括的にベルリオーズ作品を解釈した結果でしょう。第1楽章のみ提示部リピートを実行。

“豊かなニュアンスと鋭いリズム、ダイナミックかつモダンな、メータ会心の演奏”

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック    

(録音:1979年  レーベル:デッカ)

 メータの同曲録音は目下これが唯一で、そもそもニューヨーク・フィルのデッカ録音自体が非常に珍しいですが、細部を生々しくキャッチしたこのレーベルらしい優秀録音で、同じエイヴリー・フィッシャー・ホールを使用したCBSの録音よりもずっと迫力があります。

 メータは時にユルイ演奏をするのが難点ですが、当盤では筋肉質のタイトな響きと鋭いリズムを駆使して鮮烈な演奏を展開。オケの超絶的なパフォーマンス共々、圧倒されます。テンポは総じて速めですが、フレージングの表情が大変に豊かで、第4楽章の金管群にさえどこか歌うようなニュアンスがあってユニーク。第1楽章の弦のアンサンブルも見事という他なく、スピード感溢れるテンポ運びでぐいぐいと牽引するメータの棒はパワフルそのものです。

 第1楽章提示部をリピートしている他、第2楽章はコルネット入りのヴァージョンを使用。もっとも音自体は、コルネット特有の柔らかな音色よりもトランペットに近い、華やかで機敏な音色。全体としてモダンな性格のダイナミックな演奏ですが、オケの明るいサウンドはフランス音楽に合っています。皮の質感生々しいティンパニの打音も迫力満点。

“突出した個性はないものの、颯爽とした音楽性とスキルの高さを示す”

ジェイムズ・コンロン指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:エラート)

 コンロンのキャリア初期のアルバム。もしかしたら当盤かロンドン・フィルとの《新世界より》が本格デビューだったかもしれません。当コンビは他にマルティヌーの作品集を2枚と、プッチーニの《ボエーム》全曲盤も録音しています。他レーベルも使っている104スタジオでの収録ですが、残響は巧みに収録されていて、CBSなどのような響きの浅さはありません。ただ、編集におかしな箇所が幾つかあり、時に響きが分断されたりします。 

 演奏はフレッシュで、響きの軽さを維持している点、フレージングとアーティキュレーションが細かく丁寧な点、歯切れの良いリズムを駆使している点が美質。ただ、先輩格のディスク、例えばメータやアバド、ムーティ、デュトワの各盤と較べると突出した個性には乏しくて残念です。提示部のリピートやコルネットの使用などもありません。しかしT・トーマスやサロネン、ラトル、ノセダなど才人たちもこの曲では苦戦していて、それを考えるとコンロンはむしろ成功の部類かもしれません。

 第1楽章はみずみずしい感覚で、歯切れよくまとめた好演。合奏の統率が行き渡らない感じもありますが、歯切れの良いリズムと明晰な腑分け能力、巧妙なアゴーギクを駆使したドラマティックな語り口に才気を示します。さらに腰の強さがあれば良かったかも。第2楽章も流麗な歌に溢れ、オケの洒脱な音彩も魅力的。颯爽とテンポを煽るコーダも見事です。

 オケの個性が最も生かされているのは、第3楽章。特に木管のソロは艶美で、明るく端麗な音色に耳を奪われます。速めのテンポで流れを停滞させないコンロンの棒も好ましく、ベルリオーズらしい明朗な歌が爽やかに息づいています。

 第4楽章は合奏の一体感も出てきて、鋭敏なリズムで端正に造形。モダンな性格でダイナミックですが、清潔感が強く、異様なパッションやデフォルメを求めるとはぐらかされます。第5楽章もバランス感覚に優れ、表情も若々しく生気に富みますが、面白味はあまりない傾向。テンポや強弱の演出など基本的なスキルは高いし、オペラ指揮者として大成する素地は既にありますが、熱狂的な山場を形成するタイプではありません。

“唖然とする他ないオケのパフォーマンス。ひたすらシンフォニックなアバドの棒”

クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1983年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 鳴り物入りで発売された話題盤。シカゴ・オーケストラホールの客席部分に細工を施し、当ホールでの録音としては珍しく長い残響を伴うサウンドに仕上がっている他、終楽章に広島の《平和の鐘》の音を加工して使うなど、様々なこだわりを聴かせるディスクです。第1、4楽章は提示部リピートを実行。

 第1楽章は序奏部から精度が高く、一糸乱れぬ弦のアンサンブルに舌を巻きます。テンポはあまり煽らず、時折フレーズ末尾に控えめなルバートを掛ける程度。トゥッティのシンフォニックな響き共々、アバドらしい客観的なアプローチです。

 第2楽章はコルネット入りのヴァージョン。豊かな残響のせいでやや音像のフォーカスが甘いですが、オケのパフォーマンスは凄いもので、コーダのアッチェレランドも効果的です。第3楽章の淡々とした描写と精緻な表現は、アバドの得意とする所。やや面白みに欠ける印象ですが、志の高い、上品な演奏と言えます。

 第4楽章はリズムに弾力性がなく、スポーティな躍動感が出てこないのが難点。シンフォニックとしか言いようのない表現で、ロングトーンの響きが勝負という感じです。しかし、第5楽章のパフォーマンスの凄さといったらありません。技術的な難所などものともせず、驚異的な合奏を繰り広げるシカゴ響。重く沈んだ鐘の音も、曲調にふさわしいです。

フルネの美学を反映するも、どこか大人しく杓子定規なオーケストラ

ジャン・フルネ指揮 東京都交響楽団

(録音:1983年  レーベル:デンオン

 都響と相性の良かったフルネは、デンオン・レーベルに多くのフランス音楽を録音していますが、当盤もその一つ。オケが優秀でホールの音響も良く、海外のディスクと比べても遜色のない出来映えですが、フルネの端正な音楽作りを越える、オケ側の強い表現意欲があっても良かったと思うのは私だけでしょうか。

 僅かにテンポを動かしながらも折り目正しく、品の良さを漂わせた香り高い音楽はフルネの美学を反映していますが、ティンパニと金管の鋭いアクセントで一変するかと思えた第4楽章が、後半から第5楽章にかけて大人しく、杓子定規な表現に戻ってしまうのはもどかしい所。クライマックスに向かう足取りも重いです。弦や木管の繊細な音色、トゥッティの筋肉質の響きは、かつての日本オケのレヴェルを思うと感慨もひとしお。

 

“熱っぽさはそのままに、耽美的で濃密。雄弁さを増したバレンボイム再録音盤”

ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 バレンボイム二度目の《幻想》録音。ソニーの録音の方向性が変わり始めた時期でもあり、残響音が多く、艶っぽい響きはみずみずしく壮麗だが、細部がマスキングされてもどかしい印象もある。また、オケのコンディションか録音のせいか分からないが、強奏部でブラスや弦の響きがざらつくのも残念。

 演奏は艶めいて耽美的で、第1楽章は情感たっぷりの序奏部が表情豊か。アインザッツが大きくズレる箇所もあり、一発録りのような印象も受ける。主部は旧盤よりエッジが効いてシャープで、スタッカートの歯切れが良く、強弱の描写も細かい。熱っぽいテンションは健在で、テンポの振幅が大きく、猛烈なスピードで突っ切る箇所もあり。

 第2楽章は、遅めのテンポでたっぷりしたルバートを多用。やや腰が重いが、心ゆくまで旋律を歌わせるスタイルは魅力的。第3楽章は、主部に入ってユニゾンの旋律が続く所、清澄な美しさが特筆もの。弱音の使い方が見事だが、弱いながらもソロの多彩なニュアンスは類を見ない。遠雷というより、雷鳴そのもののごとく激しいティンパニもユニーク。

 第4楽章は遅めのテンポを採り、8割くらいの音量をキープしてレガート奏法を徹底。妙にしっとりした表現で、歌うようなマーチ主題も耳を惹く。第5楽章はドラマティックで雄弁。デフォルメはあまりないが、表情の付け方は濃い。くぐもったような鐘の音は倍音成分が強く、どこか東洋的。後半部への加速はスリリングで、ライヴ的な感興もあり。

独自の明晰な造形感覚と流麗な歌を両立させた、ムーティ壮年期の名演

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:EMIクラシックス

 録音会場をオールド・メトからメモリアル・ホールに移し、落ち着きと円熟味を漂わせはじめた当コンビの名演。ムーティは後にシカゴ響と同曲を再録音しているが、当盤の演奏は圧倒的に優れており、ビギナーのファースト・チョイスにも自信をもって薦められる。

 終始明晰な音響を保ち、堅固に構成しながらも流麗な歌に溢れた表現。とりわけ構成力と形式感にムーティの才が発揮されていて、第1、第4楽章の提示部リピートを実行しているのも原典主義の彼らしい。急加速して颯爽と終わる第2楽章や、第4楽章後半でテンポを一段上げる辺りは、すこぶる劇的な造形感覚。終楽章も、随所でスリリングに音楽を煽る。

 オケは明るく輝かしい響きを放つ。みずみずしくい弦の魅力が横溢する第3楽章など、新ホール収録のメリットがよく出て、張りのあるティンパニ、一糸乱れぬ合奏、鋭利で強力なブラスといったこのコンビの特質を、柔らかな残響が包み込む。ムーティの運動神経は他盤を遠く引き離すほどに図抜けていて、鋭敏でよく弾むリズムと強力なオーケストラ・ドライヴによって、聴き手を熱狂的な祝祭へと導く。

 

“作品が求めるあらゆる要素を音にした、圧倒的なパフォーマンス”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1984年  レーベル:デッカ)

 当コンビは声楽曲やオペラも含め、数多くのベルリオーズ録音を敢行。デュトワの《幻想》と聞いただけで、どうも予定調和の仕上がりを想像してしまい、それを越える内容じゃないと、と最初からハードルが上がっている状況である。しかし彼が凄いのは、無難にまとまった演奏も多い代わり、時々いとも軽々とそのハードルを越えてくる所で、当盤はその代表的な名演。

 第1楽章は提示部をリピート。序奏部からスロー・テンポでたっぷりと歌わせ、聴き手を惹き付ける。フレーズに濃密な表情を付けながら、洒脱なリズム・センスと美麗な音色を駆使し、夢見るようにファンタジックな世界を現前させる。粘性を帯びて妖しくうねる旋律線も魅力的。主部はテンポとダイナミクスを完璧にコントロール。ユニゾンの主題提示を艶っぽく耽美的に歌わせる一方、鋭いアクセントやパンチの効いたアタックなど腰の強さもある。スコアが孕む熱っぽい興奮も逃さずキャッチしている。

 第2楽章はゆったりとした構えで、心行くまで旋律を歌わせた流麗な表現。美の追求に耽溺せず、意識が冴え渡っている所はデュトワらしい。第3楽章も洗練された感覚で、デリケートに造形。明朗で透明感のある響きも作品にふさわしく、さらっとした手触りも爽やか。力感もダイナミックに開放する。

 第4楽章は遅めのテンポながら、エッジの効いたシャープな造形。ファゴットの重奏も金管の主題も、落ち着いた足取りで画然とリズムを刻む克明さが、逆に凄味を感じさせる。残響の多い録音も、独特の壮麗さとスケール感を加えていて効果的。アーティキュレーションに独特のこだわりがあり、行進曲主題に個性的な表情が付与されている上、後半部の弦のリズムも、スタッカートを多用してフレーズごとにニュアンスを描き分ける。

 第5楽章もスロー・テンポで開始し、濃厚な味付けを施して雄弁。多彩な語り口は、まるでバレエ音楽を思わせる。強奏部のエネルギー感も凄絶だが、ソノリティに柔軟性があって硬直しないのは美点。後半部も卓抜なリズム感、勢いと音圧の高さ、鋭利なアインザッツに華やかなサウンド、激しいパッション、熱に浮かされたような高揚感と、作品が求める全ての要素を盛り込んで圧倒的なパフォーマンス。

“旧盤の個性的な表現が減退し、やや物足りなさを感じさせる再録音盤”

ジョルジュ・プレートル指揮 ウィーン交響楽団

(録音:1985年  レーベル:テルデック)

 ボストン響との旧盤から16年ぶりの再録音。残響が多く、距離感がやや遠い録音も、旧盤と印象が大きく異なりますが、プレートルのスコア解釈も、シンプルな造形に直している箇所が多いです。旧盤が驚くべき名演だっただけに、当盤の存在価値は薄い印象。ただし演奏のクオリティは高く、他盤と較べるとまだアドバンテージはあります。

 第1楽章は、遅めのテンポで濃いニュアンスを付けてゆくのは同様。主部に入った所でテンポを上げる設計も踏襲しています。時々間合いを挟むアゴーギクもそのままで、スピード感も失われていませんが、多めの残響が細部をマスキングしてしまう傾向があり、プレートルの個性が豊麗なソノリティと引き換えになったと思わないでもありません。艶やかな音彩は美しく、後半部の熱気の高まりに凄みがあります。

 第2楽章もディティールの解像度がもどかしいですが、ワルツ主題で大胆なルバートを用い、ほとんど止まりそうになるほどアゴーギクをデフォルメしているのは面白い解釈です。オケの艶っぽく、ふくよかな響きも魅力的。コーダにかけてのアッチェレランドも熱っぽいです。

 第3楽章は、こういう録音傾向だとちょっと厳しい感じ。遠くのエコーはいいのですが、手前の木管ソロまでエコーみたいになってしまい、遠近法の効果が出ません。美麗な音色で歌い上げ、クライマックスで急速にテンポを煽って興奮気味に音楽を盛り上げる設計は健在。

 第4楽章は、行進曲でややテンポを上げる解釈はそのままながら、アーティキュレーションの描写が少し変わり、旧盤の異様な軽妙さは後退しています。後半のアゴーギクも、控えめな加速にとどまる印象。最後のフェルマータで打楽器をトレモロさせる解釈は共通です。

 第5楽章も、細部を雄弁に造形する行き方は変わりませんが、録音がオフ気味なせいもあるのか、旧盤ほどの生々しさは感じられません。《怒りの日》の主題提示は随分とテンポが速くなり、大太鼓の強調も無くなりました。後半も多少テンポは煽っていますが、やや腰が重く、圧倒的な高揚感には繋がりません。ラストのフェルマータは、やはり打楽器をトレモロ。

細身で神経質な音作り。後半で生気を取り戻し、熱っぽく盛り上げるインバル

エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団

(録音:1987年  レーベル:デンオン

 ベルリオーズの主要作品を全て録音した当コンビによる一枚。かなり遠目の距離感で、間接音のバランスを多めに取った録音ですが、演奏そのものは豊満というよりも、繊細で痩せ気味。ブラスのアクセントなど、むしろ神経質な印象も受けるサウンド作りを志向しています。特に前半はフレージングの粘りが強く、トゥッティも弱腰でどこか精彩を欠きますが、これは演出なのかどうか、後半に移るほど生気を取り戻してくる感じを受けます。

 遅めのテンポで、噛んで含めるようなディティール処理を徹底した第1楽章をはじめ、繊細なラインを紡ぐ弦の合奏が印象的。響きが恐ろしく透徹している上、アンサンブルの精度が高いせいか、第1ヴァイオリンなど数名で演奏しているようにすら聴こえます。特にトレモロは、解像度の高さが驚異的。寒色系で薄手なサウンド傾向ですが、速いパッセージをヴィルトオーゾ風に処理して音楽を煽り、熱っぽく盛り上がる所はスリリング。もっとも造形はどオーソドックスで、奇を衒った所は微塵もありません。第1、第4楽章は提示部のリピートを実施。

“意外に重厚な表現を指向しながらも、随所に細かな演出力を発揮”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 歌劇《トロイアの人々》から《王の狩りと嵐》をカップリング。当コンビのベルリオーズ録音はレクイエムや《ロメオとジュリエット》等がある他、レヴァインにはメトでの《トロイアの人々》の映像ソフトも出ています。第1楽章、第4楽章の提示部リピートを実行。

 第1楽章はゆったりとしたテンポ設定。機能性や小器用な演出を控え、重厚で彫りの深い造形に徹しています。腰が重く感じられる箇所もあるほどですが、表情は多彩で変化に富む印象。オケの響きも実にゴージャスで、レヴァインこそカラヤン亡き後のベルリン・フィルを、最も艶やかに鳴らす事の出来た指揮者ではないかと思います。

 第2楽章はもう少しぱりっとした表現になるかと思いきや、こちらも案外重々しい音楽作り。フランス的なテンポ感というのは、私たちが抱くイメージとは裏腹にゆったりしたものらしいので、聡明なこの指揮者らしく、様式に配慮したアプローチなのかもしれません。第3楽章はテンポ、デュナーミクの設計がドラマティックかつ周到に練られ、遠近感のこだわりも巧妙に表出。

 第4楽章は異様に遅いテンポ。金管と打楽器で盛り立てる事が多い楽章ですが、レヴァインは弦のトリルや木管の3連符など、埋もれがちなフレーズを強調して新鮮な効果を挙げています。鋭さを意図的に排除した印象もありますが、ブラスはリズム感良し。コーダの打楽器も抑え気味にして、うまく次の楽章に繋ぎます。第5楽章には軽快さも出てきて、オケも圧倒的な力を発揮。“怒りの日”主題を朗々と吹奏する金管群の壮麗さは、なかなか他で聴けないものです。鐘の音は、重く沈んだ独特の音色。

柔和なアーティキュレーションでデイヴィスにしては珍しく女性的な演奏

コリン・デイヴィス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:フィリップス

 デイヴィス3度目の録音。当コンビのレコーディングはこれが初で、他に同じ作曲家の《ロミオとジュリエット》とモーツァルト他のクラリネット協奏曲集(ソロはオッテンザマー)があるだけのようです。フィリップスのウィーン録音は、残響も適度に取り入れて耳当たりがまろやかですが、ティンパニを伴うトゥッティは筋肉質の響きで力感充分。ただ、バス・ドラムの低域などは薄く感じられ、奥行き感も浅いです。

 強いアクセントやフレーズの誇張を排したアプローチで、弦中心の部分は概して柔和に聴こえるのが特徴。そのため、いつものデイヴィスと違って角が取れ、やや生気を欠く感も否めません。第3楽章終結部の遠雷も、かなり控えめな表現。しかし旧盤同様、第1楽章のクライマックスや第2楽章のリズム処理は見事で、オケの美質を生かした第3楽章の造形も秀逸。この曲の権威らしい名演と言えます。

 後半2楽章は、持ち前の歯切れの良さこそ発揮しますが、佇まいがあまりにも落ち着き払っていて、スコアが几帳面に整理整頓されてしまった印象。オケの響きは魅力ですが、細かい音符を律儀に描き込みすぎて、アンサンブルがややバタバタして聴こえるのもあまりスマートではありません。肩の力が入りすぎたのか、この指揮者としてはコンセルトヘボウ管との旧盤に軍配が上がります。第1、4楽章の提示部リピート、第2楽章のコルネット復活は実行。

“精度の高い合奏とリッチな響き。アイデア豊富なジンマンの鮮やかな棒さばき”

デイヴィッド・ジンマン指揮 ボルティモア交響楽団

(録音:1990年  レーベル:テラーク)

 序曲《ローマの謝肉祭》とカップリング。当コンビは別に序曲集も録音しています。第1楽章は提示部をリピート。強弱が細かく、ニュアンス豊かで上品。後のジンマンなら色々と実験を試みたかもしれませんが、ここでは基本的に正攻法です。合奏の精度が高く、ディティールまで表現が徹底しているのと、アーティキュレーションに敏感で、時折鋭く発せられるスフォルツァンドの効果が抜群。フットワークが軽いのも利点で、響きも分厚くなりすぎません。

 第2楽章は、序奏からスフォルツァンドが効いて鋭敏。音色が洗練されていて優美です。アーティキュレーションは考え抜かれ、コーダの軽妙な表現も見事。第3楽章は抑制された緻密な美しさがあり、テンポ感が良く適度な躍動感もあります。磨き上げられた旋律線に、適切な遠近感が与えられた対旋律や合いの手が立体的に配置される様は精緻そのもの。エンディングの誇張のない素直な描写は師匠のモントゥー譲りといった所。

 第4楽章は、シャープで軽妙なリズムが痛快。スコアにないレガートやクレッシェンドを入れたトランペットのマーチ主題は、洒脱な節回しに心が躍る思い。音圧で圧倒せず、強奏で柔らかさを失わないソノリティも魅力です。第5楽章は、冒頭のトレモロにフォルテピアノを付けて入りを強調。ダイナミクスの描写は常に細かく、印象に残りますが、決してうるさくはなりません。ジンマンも鮮やかな棒さばきを聴かせます。オケも優秀で、余裕のあるリッチな響きと機動力の高いアンサンブルを生き生きと展開。

“とにかく芸の細かいヤンソンス。デリカシーと詩情溢れる素晴らしい《幻想》”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:EMIクラシックス

 ヤンソンスによる同オケのシェフ就任前のレコーディングは、恐らくこれが唯一。彼はベルリン・フィルとも同曲をライヴで映像収録しています。オケの響きもさる事ながら、ヤンソンスの芸の細かさに舌を巻く演奏で、前半3楽章の繊細な表現は聴きもの。彼は分厚い響きや押し出しの強さを避け、細やかな線の動きで音楽を作っています。ちょっとしたフレーズにも詩情とデリカシーが溢れるワルツ、クラリネット・ソロにまで洒脱なリズム感を反映させた第3楽章など、ずっと聴いていたいほどの美しさ。

 この時期のヤンソンスの特徴として、フットワークが軽く、オケが自在に反応する感じがありますが、その長所が十二分に発揮されているのが後半2楽章。腰が重くならないのも美点ですが、変化に富むニュアンスが素晴らしく、お得意の、一旦音量を落としてからクレッシェンドを加える手法が随所に盛り込まれています。

“楽器や会場の面白さと、音響の粗悪さ、解釈の無難さが比例しないディスク”

エリオット・ガーディナー指揮 オルケストル・レボリューショネル・エ・ロマンティーク

(録音:1991年  レーベル:フィリップス)

 古楽器に加え、ベルリオーズの時代の特殊な楽器(オフィクレイド、セルバン)を使用した事で話題を呼んだディスク。曲が初演されたパリの旧音楽院ホールで録音、撮影され楽器や配置を観るために映像ソフトの方が面白いという人も多いです。ガーディナーのベルリオーズ録音は他に、リヨン歌劇場管との《ファウストの劫罰》《キリストの幼時》、《夏の夜》他の歌曲集があり。

 第1楽章は提示部をリピート。全くオーソドックスな造形で、テンポにもバランスにも特殊な所が全くなく、残響がデッドで奥行き感の浅い音場のせいもあって、ステレオ初期の古い録音を聴く趣です。第2楽章となると冒頭のトレモロからざわつきだし、コルネット入りのヴァージョンでやや個性が出てくる感じ。ワルツ主題もポルタメントやルバートを盛り込んで、フランス風に洒落た印象です。楽器のせいか録音のせいかハスキーなサウンドなので、そこは大きく好みを分つ所。

 第3楽章も至って正攻法。弦はノン・ヴィブラートのようだし、楽器の特性か管のハーモニーもピッチが怪しい箇所があるし、残響はほとんどないし、それならもう他のディスクの方が、となってしまうのも致し方ありません。ピアニッシモの効果は目覚ましく、決して悪い演奏ではないのですが、多くの欠点を補うほど抜きん出たユニークさはないという感じでしょうか。

 第4楽章もごくシンプルな演奏。私は演奏を形容するのに「普通の」という言葉は使わないようにしているのですが、当盤の場合は他に適切な形容詞が見つかりません。新旧楽器の混合や配置の効果を出すため、敢えて癖のない表現を心掛けているのかもしれません。第5楽章に至ってさえそうで、そうであればこそ映像の方を観るべきなのかも。テンポやバランス、アーティキュレーション描写、カンタービレの表情、リズム感や合奏力など、基本的なクオリティは高いです。

  → 後半へ続く

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