R・シュトラウス/交響詩《英雄の生涯》

概観

 R・シュトラウスの交響詩の中では特に規模の大きい、内容的もユニークな作品だが、テンポ変化のない叙情的な部分が長く、意外に指揮者の個性が出にくい曲だと思う。ものすごく型破りで破天荒な《英雄の生涯》というのは、あまり聴いた事がない。オケの能力が全開になるスコアである事は間違いなく、その意味で各ディスクの魅力はもちろん多彩。

 ここで取り上げた中では、ケンペ盤、マゼールのクリーヴランド&バイエルン盤、ロト盤はそれぞれ圧倒的に名演と感じる。メータの各盤、ハイティンク/コンセルトヘボウ盤、ブロムシュテット盤、カラヤンの85年盤、バレンボイム盤、シノーポリ盤、ドホナーニ盤、ビシュコフ盤、ジンマン盤、ティーレマン盤、ヴェラー盤、ネルソンス新旧盤あたりもそれぞれ素晴らしい内容。

*紹介ディスク一覧

8年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

70年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

72年 ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデン

7年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

81年 小澤征爾/ボストン交響楽団

81年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック  

84年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン

85年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

6年 A・デイヴィス/トロント交響楽団

8年 プレヴィン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

8年 T・トーマス/ロンドン交響楽団

90年 バレンボイム/シカゴ交響楽団  

1年 シノーポリ/シュターツカペレ・ドレスデン

92年 メータ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団   

95年 サヴァリッシュ/フィラデルフィア管弦楽団 

92年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団  

5年 インバル/スイス・ロマンド管弦楽団

96年 マゼール/バイエルン放送交響楽団   

01年 ビシュコフ/ケルンWDR交響楽団  

01年 ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

02年 ティーレマン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

05年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

07年 ルイージ/シュターツカペレ・ドレスデン  

08年 ハイティンク/シカゴ交響楽団    

08年 ヴェラー/ベルギー国立管弦楽団

09年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団  

12年 ロト//バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団 

15年 A・デイヴィス指揮 メルボルン交響楽団  

16年 ナガノ/エーテボリ交響楽団  

16年 ゲルギエフ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 

18年 パッパーノ/サンタ・チェチーリア国立音楽院管弦楽団  

21年 ネルソンス/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  

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“人気絶頂期のコンビによる、若々しい活力溢れるグラマラスな名演”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1968年  レーベル:デッカ)

 人気絶頂期の当コンビの魅力が随所に散りばめられた、若々しい活力溢れる演奏。メータは同曲をニューヨーク・フィル、ベルリン・フィルとソニーに再録音していますが、起伏の大きい、グラマラスな表現では当盤に及びません。

 冒頭から、低音部を強調したスケールの大きな演奏がダイナミックに展開。叙情的な場面では、しなやかな歌心にも欠けていません。《英雄の戦い》も力で押さず、演出に工夫を凝らして一本調子になるのを避けています。《英雄の伴侶》で再登場する木管群の“敵の主題”を、遠い距離感で非常に弱く演奏させているのも秀逸。デヴィッド・フリシナの雄弁なヴァイオリン・ソロも聴きものです。

“肩の力を抜き、軽快な足取りで生き生きとドラマを演出するハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1970年  レーベル:フィリップス)

 当コンビのシュトラウス録音は《ツァラ》《ドン・キホーテ》《ティル》《ドン・ファン》《死と変容》《アルプス交響曲》がある他、ハイティンクはシカゴ響と同曲を再録音しています。ヴァイオリン・ソロの記載はありません。あまり話題に上る事がないディスクですが、私は同曲屈指の名演だと思います。

 ハイティンクの表現は、持ち前のリズム感の良さと肩の力が抜けたソフトなタッチが特色。物量攻勢で圧倒せず、軽快なフットワークで生き生きとドラマを活写している所は、2年後に録音されているケンペ盤と通底する良さがあります。音色が芳醇で柔らかく、録音も70年代初頭とは思えぬほど優秀。

 透徹した立体的な響きや精緻な遠近法も見事で、この指揮者のスキルの高さが如実に表れた格好です。レガートのフレージングを多用し、流麗さも盛り込んだ戦闘場面は殊にユニーク。先のメータ盤同様、《英雄の伴侶》の“敵の主題”はスロー・テンポでソフトに吹かせています。とにかく聴き疲れしない、みずみずしくも暖かな演奏。

これぞ名人芸。各声部が自在な呼吸で歌う、滋味豊かな素晴らしい演奏

ルドルフ・ケンペ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1972年  レーベル:EMIクラシックス

 当コンビによる定評ある管弦楽曲全集の一枚。さすがに録音は強音部で多少の歪みや混濁を伴いますが、まずまず聴き易いサウンド。指揮者・オケ共に豊かな音楽性で聴かせる、滋味に溢れた名演です。

 冒頭部分を聴いただけでも、対旋律から低弦のピツィカートに至るまで自在な呼吸で歌っていて、その生気に満ちた表情に魅了されます。オケの深々としたコクのある響きは素晴らしく、ペーター・ミリングのヴァイオリン・ソロも実に味わい深いもの。《英雄の敵》や《英雄の伴侶》辺りでの、ポルタメントを効果的に織り込んだフレージングも正に名人芸の域です。

“マゼールの才気が冴え渡る、聴き所満載のユニークなディスク”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 当コンビのR・シュトラウス録音は意外に少なく、他には《ティル》《ドン・ファン》《死と変容》を収めたアルバムがあるだけ。マゼールは後に、バイエルン放送響と同曲を再録音しています。惑星らしき場所を馬上の騎士が行く印象的なジャケットと共に話題を呼んだ当盤、私も衝撃をもって受け入れた記憶があります。

 まず、豊かな低音と流麗なフレージングでゆったりと開始される英雄の主題に、6小節目の管楽器が鋭敏なアクセントをスタッカートで打ち込んでくる冒頭部分が秀逸。一聴してマゼール時代のクリーヴランド管と分かるスタイルで、この時期の彼らはチャイコフスキーだろうがベルリオーズだろうが、全てこのモーツァルト調で軽快に演奏していました。これには機能美追求の一面を超えて、作品に新鮮な魅力を見いだすような驚きがあり、私は今でも面白く聴いています。

 《英雄の伴侶》における、まるで協奏曲のように間合いの良いソロとのやり取り、颯爽たるテンポで軽妙かつ雄弁に描いた《英雄の闘い》、対位法を明瞭に処理した精緻極まる《英雄の業績》と、聴き所は数知れない当盤。ポルタメント気味の弦や、クリアな録音で鮮やかに浮かび上がる管楽器のソロなど、オケの素晴らしさにも圧倒されるディスクです。

“画然たるリズムと流麗なフレージング。時に几帳面すぎて遊び心の不足も‥‥”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1981年  レーベル:フィリップス)

 当コンビのR・シュトラウス録音は、当盤と同時録音された《ツァラトゥストラはかく語りき》とライヴ収録の歌劇《エレクトラ》、ソニーに録音した《ドン・キホーテ》くらいでしょうか。冒頭のフレーズのカクカクと律儀なアーティキュレーションはこの指揮者らしいですが、《英雄の戦い》での、いやに乾いた音色で画然と刻まれる打楽器のリズムや、対照的に流麗でしなやかな弦の旋律線にも、どこか小澤節とでも呼びたくなる味があります。

 スコアを徹底的に読み込む事が解釈の中心で、そこに個性を付け加えようとはしない彼の姿勢は、作品によって物足りなくも感じられ、何か遊びが欲しくなるのも事実。ルバートもまるで几帳面というか、少々不器用な印象も受けますが、後年の小澤ならもっと円熟した表現を聴かせてくれる所でしょうか。ボストン響も潤いのある豊かなサウンドで応えていますが、彼らも決して派手なパフォーマンスを展開するような団体ではありません。

“ロス・フィルとの旧盤を継承しながら、洗練された美感と明晰さをプラスした再録音”

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1981年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 メータは過去にロス・フィルと、後年にベルリン・フィルと同曲を録音しています。そのせいか、LP時代に発売されたきり、長らくCD化もされず忘れ去られていた感のある音源。メータのCBS録音が全集としてボックス化されるに辺り、やっと収録されましたが、単発では今でも入手不可能と思われます。

 演奏としてはロス・フィルの旧盤と近いスタイルで、音色がニューヨーク時代の高級感にアップグレードした感じでしょうか。冒頭部分はうなりを上げるテューバや豊かな低音が、正にメータ・サウンド。合奏全体としては肩の力が抜けて、淡々とした調子もありますが、細部の表情が雄弁なため、カロリーの高い演奏に聴こえる点は変わりません。オケはすっきりとした響きながら発色が良く、滑らかな感触も加えて悪くないです。

 コンマス、グレン・ディクテロウのソロも艶やかな音色で、明快な語り口がメータの音楽作りと合致。深い味わいや影の部分よりも、都会的に磨かれた美感と、健全でダイナミックな性質を貫くのが、彼らの演奏の基本です。清澄な響きは見通しが良く、《英雄の戦い》とその前後など、ポリフォニックな書法が透けて見える立体感が絶大な迫力を生んでいます。オケの高い機能性もそのスタイルを見事に支え、各パートが展開している超絶技巧が明瞭に聴き取れるのもスリリング。

 豊麗なソノリティには柔らかなタッチもあり、その辺りが旧盤に無かった洗練度という事になるかもしれません。弦楽セクションのみずみずしいカンタービレも爽快だし、ホルンやトロンボーンのソリッドな吹奏が加わっても明晰さと滑らかさが失われないのは魅力。このコンビの録音に時々ある、響きの浅さやざらつきも目立ちません。

“オケの芳醇な響きを生かし、巧みな音楽設計を聴かせるブロムシュテット”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1984年  レーベル:デンオン)

 デンオン・レーベルはこの時期、ドイツ・シャルプラッテンと共同製作で当コンビの録音を多数行なっていますが、これは三枚あるR・シュトラウス・アルバムの一枚。このシリーズは音像が遠すぎてディティールがもどかしい事もありますが(ブルックナーなど)、当盤では木管のソロなど細部まできちんとキャッチされています。

 オケの響きは芳醇でコクがあって素晴らしいですが、ブロムシュテットは必ずしも分厚いサウンドを志向しておらず、むしろ透明感のある繊細な響きが聴こえてきます。金管のエッジなどは鋭利とさえ言えるでしょう。勿論流麗な歌には事欠きませんが、《英雄の戦い》における落ち着き払った物腰と音楽設計の妙はさすがで、ここぞという山場での有機的迫力には息を飲むばかり。《英雄の業績》から《英雄の引退》にかけての充実しきった響きも素晴らしいものです。一見真面目で無骨なイメージもあるこの指揮者の、器用な一面がよく分かる演奏。

“音響の精緻さより練達の語り口で聴かせる、カラヤン晩年の至芸”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カラヤン最後の同曲録音。冒頭から悠々たるテンポで身振りが大きく、華やかな演奏です。管楽器を取り除いても成立するくらい音圧の高い、強靭な弦のアンサンブルを軸に、ルバートとうねりが効いたロマンティックな演奏を展開。ただし旋律線は句読点を明確にして、表情をくっきりと打ち出す印象です。やや力で押す傾向はあるものの、最初の山場に向かう音楽設計は壮絶で、フォルティッシモは物凄い迫力。

 《英雄の敵》も遅めのテンポで、立体的な音響より語り口で聴かせるスタイル。レオン・シュピーラーの動的で闊達なヴァイオリン・ソロを経て、これまたスロー・テンポながら、独特の勇ましさと凄味を感じさせる《英雄の戦い》が当コンビの面目躍如たる聴かせ所。英雄の主題が回帰する勝利の場面も、弦楽セクションの主旋律に強力なエネルギー感があるため、ヒロイックな性格が前面に出てきます。《英雄の業績》以降も、音色美と叙情性の豊かさで傑出する印象。

“複雑なスコアを整理し、瑞々しいサウンドと色彩感で演奏した爽快な《英雄の生涯》”

アンドルー・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

(録音:1986年頃  レーベル:カナダCBC)

 カナダ国営放送に多くのレコーディングを残している当コンビですが、当盤は恐らく最も早い時期にCD化された音源だと思います。録音データが一切記載されていないので、ディスクの製作年を上記しましたが、実際の録音はもう少し前でしょう。演奏はいかにも彼ららしい、みずみずしい響きと明快な造形感覚に溢れたもので、ある種のケレン味というか、ド迫力みたいなものをこの曲に求める人には物足りないかもしれませんが、個人的には非常に好ましい音楽性を感じるディスクです。

 この指揮者の特性として、トゥッティの響きにオルガン的な均一性を徹底させている事と、ポリフォニックなスコアをすっきりと整理し、旋律線を際立たせて線で音楽を作ってゆく事が挙げられますが、それは聴く人の好みを分つポイントかもしれません。分厚いサウンドで押してくる演奏が多い中、カラフルな色彩感と豊麗さを確保しながらも、どこかさっぱりとして明朗な当盤の表現は、一抹の風のごとく爽やか。《英雄の戦い》なども、すこぶる聴き易い表現です。

“絶妙の語り口。ウィーン・フィルの美点もフルに発揮された極上の演奏”

アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:テラーク)

 同コンビのR・シュトラウス連続録音の一枚。冒頭からゆったりとしたテンポで、決して力みかえる事なく、余裕の棒さばきで音楽を展開する所、早くも魅了されてしまいます。プレヴィンという人は、ピッツバーグやロスアンジェルスではどこか覇気に乏しい演奏をする事も多かったですが、ウィーン・フィルとは相性が良いのか、生き生きとして豊かな感興に溢れています。同曲の後に《4つの最後の歌》(独唱:アーリン・オジェ)が収録されているのも秀逸なカップリングだと思います。

 同オケの美点を最大限に生かした演奏とも言えますが、艶やかな弦の響きで嫋々と歌われるカンタービレは、これだけでも耳のご馳走。全体の緩急の描き方も堂に入っており、さすがはプログラムのある作品を得意とするプレヴィンだけあって、語り口の上手さが冴え渡ります。《英雄の闘い》で音量を抑え、多彩なニュアンスを描き出すセンスも卓抜。ライナー・キュッヘルのソロも聴きものですが、ラストの和音の一撃が、先走るトランペットを筆頭に大きくズレて決まらないのは残念。プレヴィン特有の棒のゆるさが、最後の最後に出てしまいました。

“シャープな音感と鋭敏なリズムを維持しつつも、スケールの大きな表現を志向”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1988年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 当コンビのR・シュトラウス録音は、他に《ツァラトゥストラはかく語りき》《ドンファン》、複数の歌手を起用した歌曲集あり。彼らは来日公演でもこの曲をプログラムに入れていたので、私も当時ライヴで聴きました。カップリングは《ティル》。

 颯爽としたテンポで開始し、明晰なサウンドをキープしながら恰幅の良さも出した堂々たる演奏。ホルンを中心にオケが豊麗な響きで好演しているのも、魅力の一つです。時折聴かせる弾みの強いリズムと、金管のエッジが利いたシャープな音感はこの指揮者らしいですが、全体的には非常に落ち着いた表現。ヴァイオリン・ソロはあまりクローズ・アップせず、間接音を多く取り入れてやや遠目に定置させた録音も含めて、あくまでオケの一パートと捉えた印象を受けます。奇を衒った所のない清潔な表現ながら、フレッシュな感性と巧みな設計で聴かせる演奏。

“柔らかなタッチで肩の力を抜き、旋律線の美しさを前面に出す個性盤”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1990年  レーベル:エラート)

 《ティル》とカップリング。当コンビは《ドン・ファン》《ドン・キホーテ》、アルプス交響曲と交響的幻想曲《影のない女》も録音している他、バレンポイムはソリストとしてメータ/ベルリン・フィルの《ブルレスケ》にも参加していますが、ワーグナーに較べるとあまり取り上げない作曲家という感じがします。ソリストはコンサートマスターのサミュエル・マガダ。

 遅めのテンポとソフト・タッチが持ち味で、雄大ながら肩の力が抜けた開始。明朗な色彩で、磨き上げられた美しい響きはみずみずしいもの。やや粘り気のあるフレージングを駆使し、角を立てずに横のラインで音楽を紡ぐ行き方です。そのため、ポリフォニーよりも旋律美が前面に出る明快さがあります。ヴァイオリン・ソロは抑制が効いてデリケート。格調の高い、音楽的表現という感じです。

 ファンファーレから速めのテンポで一気に突入してゆく《英雄の闘い》は、熱っぽい前傾姿勢のパフォーマンスがスリリング。響きの透明度が高く、後半部では澄み切った叙情が美しく表出されてきます。抜けの良いソリッドなブラスを生かし、剛毅さとしなやかさを兼ね備えたシカゴ響のサウンドは魅力的。

“まさに雄弁そのものシノーポリ。やはり素晴らしいドレスデン・シュターツカペレ”

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《ドン・ファン》とカップリング。オケの深みあるまろやかなサウンドは全編に渡っての聴きものですが、シノーポリの表現は雄弁そのもの。冒頭から細かく強弱を設定し、旋律に豊かな表情を与えて歌わせています。

 同オケを指揮するようになってからより自然な表現に向かったシノーポリですが、フレーズの掴み方やアゴーギクには個性的と感じられる箇所も多々あり。《英雄の業績》で過去のシュトラウス作品の断片が対位法的に現れる所など、透明な響きを背景に各素材を明瞭に浮かび上がらせていて、現代音楽を得意とするシノーポリの面目躍如たる趣きです。ディティールの緻密な彫琢は随所に効果を発揮していますが、それでいてスケールの大きさを失わず、音楽が淀みなく流れるのが素晴らしい所。

“健全な性格ながら、濃密な表現を展開。表情豊かなヴァイオリン・ソロにも注目”

ズービン・メータ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ロス・フィルとのデッカ盤、ニューヨーク・フィルとのソニー盤に続く、メータ三度目の同曲録音で、今回はライヴ収録。ノルベルト・ハウプトマンをソロに起用したホルン協奏曲第2番をカップリングしています。ちなみに第1番は同じくベルリン・フィルとのアルプス交響曲のカップリングで、ソロはゲルト・ザイフェルトでした。当コンビのシュトラウス録音は他にオペラ管弦楽曲集、歌劇《サロメ》全曲の他、グラモフォンにミシャ・マイスキーとの《ドン・キホーテ》もあります。

 旧盤のダイナミックな表現とは少し方向性が違い、テヌートを多用して横の線に留意し、滑らかなフレーズを作っているのが目立ちます。元来このオケは、カラヤン時代にこういうスタイルを得意としてきた訳ですが、ここではそんなオケの体質もあって、独特の粘性としなやかさあり。やや低音域の浅い録音も、カラヤンのサウンドを想起させます。ダニエル・スタブラヴァのソロは、細身の繊細な音色ですが、洒落たリズムを軽快に盛り込んでみたり、短い音符をテヌートで丁寧に伸ばしたり、弱音主体で囁くように弾いてみたり、とにかく表情豊か。

 《英雄の戦い》は遅めのテンポと長めの音価で、地を這うような表現。それでもブラスの切り込みの鋭さなどはちゃんとあって、雄弁な語り口はメータらしい所です。《英雄の業績》以降、後半部もスロー・テンポでじっくりとスコアを彫琢しますが、枯淡の味わいなどはなく、あくまでリアリスティックで健全な趣。ライヴ録音ながら、拍手は入りません。

“気負いのない棒さばきで、あらゆるグラデーションをまざまざと描写”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:デッカ)

 《ティル》とカップリング。ドホナーニはフィルハーモニア管と同じカップリングで後に再録音しています。彼のR・シュトラウス録音は意外に少なく、後はウィーン・フィルと《ドン・ファン》他のアルバムと歌劇《サロメ》全曲があるのみ。オペラに関しては、チューリッヒ歌劇場のライヴ映像など数点がソフト化されています。

 冒頭から肩の力が抜け、さりげなく開始して滑らかなラインを紡いでゆくスタイル。刺々しいアクセントは使わず、透徹した見通しの良い響きを作り出していますが、覇気や力強さは充分あって弱々しい演奏にはなりません。ソノリティが豊麗で、ふくよかな恰幅と内声の透明度を両立させている所が素晴らしいです。テンポは速め、フォルムは丸みを帯びて流麗。各場面もごくスムーズに連結されます。

 ヴァイオリン・ソロへの移行も自然で、流れるように音楽が進行してゆきますが、それでいて薄口の味気ない演奏ではなく、各部が豊かな感興と情感を備えている所がドホナーニらしいです。アーティキュレーションも鋭敏。色彩は鮮やかですが、適度な潤いがあってドライになりすぎません。《英雄の戦い》も力みがなく、音の佇まいに余裕を感じさせる一方、克明なリズム処理と豊かな重低音、ここぞという力感の強調に凄味があります。風通しの良い響き、柔らかなタッチとしなやかなカンタービレも見事。

“静かな別エンディングを採択したサヴァリッシュの得意曲、満を持しての録音”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビは《ツァラ》《ドン・ファン》《ティル》も録音している他、サヴァリッシュは協奏曲やオペラなど、昔からかなりのR・シュトラウス録音があります。サヴァリッシュはこの曲を得意にしていて、実演でもよく取り上げていますが、静かに終わる別ヴァージョンのエンディングを採用する所が彼のこだわり。

 冒頭から流麗なタッチで、しなやかな歌心が横溢。さすがはピアニストとして歌手の伴奏も行うサヴァリッシュだけあってフレーズの解釈が見事で、弦楽器の主題提示もアクセントで句読点を付けて、細やかな工夫が施されています。威圧的な音響はなく、余裕を持って響かせる豊麗なゴージャス・トーンは、どこかオーマンディ時代のフィラ管を彷彿させる感じ。ソロ(記載なし)はやや筆圧が強く、意志が漲って聴き応えあり。ダイナミクスやテンポの濃淡も細かく、協奏曲風の趣が前面に出たスタイルです。

 サヴァリッシュは、R・シュトラウスの耽美的な管弦楽法を完全に把握しているようで、オケの音色を生かして明朗で艶やかなカンタービレを繰り広げる様が実に魅力的。やや粘性を帯びた歌い回しは曲調にもふさわしく、気宇も大きいです。《英雄の闘い》はリッチなサウンドで余裕を持って臨み、現代のハイテク戦争を思わせる機能主義がユニーク。しかし、そこはかとなく示される底力には凄味があり、有機的な迫力を感じさせます。《英雄の業績》も彫りの深い表現で、細部が雄弁にストーリーを語る凝集度の高さが見事。

“クールで透明な響きを狙いながらも、内声のバランスに少々問題あり”

エリアフ・インバル指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:デンオン)

 R・シュトラウス・ツィクルスの1枚で《ドン・ファン》とのカップリング。この作曲家にこのオケ?という意外な組み合わせですが、インバルの狙いはその辺りから何となく読み取れる気もします。

 この指揮者らしく透明な響きを目指してはいますが、フランクフルト放送響ほど痩せた響きではなく、もう少し肉付きが豊か。ただ、トロンボーンなど内声が突出して聴こえる箇所も幾つかあり、バランスには少々問題もあります。録音がやはり、マスの響きを重視した遠目のプレゼンスなので、演奏もクールな印象に感じられます。

 妙に覇気のないファンファーレから始まる《英雄の戦い》は、刺激的なアクセントを排除して粘液質のフレージングで通し、地を這うような醒めた演奏になっているのがユニーク。インバルのディスクに共通して言える事ですが、演奏と録音のコンセプトが合っていないというか、ソニー時代のブーレーズみたいに、オケを近接した距離感で生々しく捉えた方が、演奏の特徴にフィットするのではないかと思います。

“透徹した響き、精緻な描写力。指揮者の非凡な才気が随所に横溢する名演”

ロリン・マゼール指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1996年  レーベル:RCA)

 当コンビのシュトラウス・シリーズの一枚で、“ティル”をカップリング。なぜか当盤は、本拠地のヘルクレスザールでもガスタイク・ホールでもなく、放送局のスタジオで収録。しかし音響条件は良好で、ホール収録の《ツァラトゥストラ》や《アルプス交響曲》と較べても、生演奏で聴くとよく分かるこのオケの豊かな響きを遥かによく捉えた録音と感じられます。

 演奏も、当盤と家庭交響曲は先に挙げた2枚より一段上という印象で、雄渾な力感と気宇の大きさ、みずみずしいカンタービレ、透徹した響きなど、オケのパフォーマンス共々充実の名演。冒頭から内声の動きをくっきりと浮き彫りにし、付点音符のリズムを明瞭正確に処理。《英雄の敵》では遅めのテンポを採り、木管群の嘲笑をスタッカートで一音ずつはっきり区切るなど、マゼールの面目躍如たる趣。弱音の使い方もうまく、単調に陥りがちなシュトラウス作品でも一本調子になりません。

 ヴァイオリン・ソロは、音色が艶やかで技術的にも見事。弱音器付きで吹かせているファンファーレの後、《英雄の戦い》では一段テンポを加速しながらも、錯綜するスコアを明晰に腑分け。マスに埋もれがちな木管の動きを始め、あらゆる声部を重層的に聴かせるクリアなサウンドによって、普段は気付かないパッセージが耳に飛び込んでくる瞬間も随所にあります。モーツァルト並みに軽快だったユニークな旧盤と正攻法の当盤、対照的な二つの名盤を作り上げたマゼールの才能は非凡と言わざるをえません。

“鋭敏なタッチから鮮やかなダイナミズム、沁み入る叙情まで、正に練達の棒さばき”

セミヨン・ビシュコフ指揮 ケルンWDR交響楽団

(録音:2001年  レーベル:AVIE)

 《メタモルフォーゼン》とのカップリング。当コンビは他に《ティル》《アルプス交響曲》《エレクトラ》《ダフネ》も録音している他、ビシュコフのシュトラウス録音にはコンセルトヘボウ管との《ドン・ファン》、フィルハーモニア管との《ツァラ》、ウィーン・フィルとの《ばらの騎士》(映像)、《炉端のまどろみ》もあります。

 冒頭から速めのテンポで勢いが良く、ホルンの低音を効かせたエッジーなサウンドも好印象。輪郭が非常に明瞭で、明るい音色と流麗なフレージングで疾走する表現は新鮮です。響きがすこぶる明晰なので、テクスチュアが隈無く照射されるのも、R・シュトラウス演奏には大きな武器。雄渾な力感もあり、底力を感じさせるダイナミックな指揮です。硬質なティンパニの打音も効果的。

 《英雄の敵》も引き締まった棒さばきでリズム処理が鋭敏、スピード感と緊張感で聴き手を惹き付けるパフォーマンスです。音感も目の覚めるように鮮やか。コンマス四方恭子のソロが入る《英雄の伴侶》は、逆にたっぷり間合いを取ってロマンティックな語り口。雄弁で彫りの深い表現に魅せられます。

 やや軽量級ながら、透徹した響きで精緻に構築した《英雄の戦い》は、パンチの効いたアタックもアクセントになって、カラフルでメリハリの強い表現。一方で、艶やかな音色美も展開されているのが何よりです。英雄の勝利に伴い、激烈に打ち込まれるティンパニの強打も効果絶大。《英雄の引退と完成》は艶っぽくも澄み切った、美麗なカンタービレが素晴らしく、思わず聴き惚れてしまいます。冴え渡った音世界の中、しみじみと叙情を展開するビシュコフの棒は絶品。

アーティキュレーションとテンポ設定にこだわりを見せる、ジンマン一流の新鮮な演奏

デヴィッド・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2001年  レーベル:アルテ・ノヴァ・クラシックス

 R・シュトラウス管弦楽ツィクルスの一枚で、《死と変容》とカップリング。冒頭からいかにもジンマンらしく、フレーズごとのアーティキュレーションにこだわりを聴かせますが、さすがにベートーヴェンやシューマンとは同じスタイルは適用せず、あくまで雄大な音楽を展開します。

 マスの響きはまろやかにブレンドし、弦や木管の暖かい音色も印象的。《英雄の伴侶》など、叙情的な部分を遅めのテンポでたっぷりと間を取って演奏しているのが特色です。木管群による“敵の主題”の再現をオフ・ステージで演奏させているのも面白い効果。色々と新鮮な発見も散りばめつつ、基本的には芳醇な響きでゆったりと聴かせる演奏です。透明度の高いソノリティを維持しつつ、リズムやフレージングの明晰さを極限まで追求しているのは、彼らの演奏に共通の特色。

“オケの美質もフルに生かし、早くも器の大きさを感じさせるティーレマン”

クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 アルプス交響曲に続く同コンビのシュトラウス録音で、カップリングは交響的幻想曲《影のない女》。アルプス交響曲の時ほどではありませんが、隅々まで精緻にスコアが再現された、非常に視界のクリアな演奏で、それでいて豊かな感興に溢れている所、器の大きさを感じさせます。録音の素晴らしさも加わって、ウィーン・フィルのまろやかなサウンドがたっぷりと響き渡り、ブラスを中心に鋭さにも欠けていません。同オケの美質を生かしている点ではプレヴィン盤も定評がありますが、優美な造形でどこか女性的なプレヴィンとは対照的に、ティーレマンの表現はむしろごつごつとして剛毅な印象があります。

 彼も、演奏上の解釈ではあまり奇をてらわない指揮者ですが、オペラを得意にしている人に特有の劇場的なムードと構成力の確かさがあって、安心して音に身を委ねていられます。骨太さと精緻さがうまく同居しているのも美点。ティーレマンというと巨匠然とした風格ばかりが云々されますが、彼の演奏はいつも生き生きと躍動しているし、《英雄の戦い》など、十分な迫力を出しつつディナーミクに細心の注意を払っており、意外に理知的な演奏といえるのではないでしょうか。

特有の工夫を盛り込みつつも、あくまで正攻法のラトル。さらなる斬新な解釈を期待

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:EMIクラシックス

 R・シュトラウスはあまり録音していないラトルですが、こちらはバーミンガムやウィーン・フィルと何度も演奏した上で満を持してのライヴ・レコーディング。スタジオ収録による組曲《町人貴族》と2枚組での発売です。

 冒頭からフレージングに工夫があり、ピリオド・アプローチの発想も応用した感のある解釈。もっとも、細かいアイデアは色々と入っていますが、全体としては王道のパフォーマンスと言えます。ラトルの見事なオーケストラ・ドライヴとオケの豊麗な響き、生き生きとした表情は素晴らしいですが、欲を言えば、ラトルならではの斬新な解釈が聴きたかったという気がしないでもありません。録音は鮮明で、このコンビのディスクに時折聴かれる、くぐもったサウンドでなくて何よりです。

“明敏なメリハリを避け、流麗さを志向した香り高く優美なスタイル”

ファビオ・ルイージ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2007年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 R・シュトラウス・シリーズの一環で、《メタモルフォーゼン》とカップリング。他にアルプス交響曲と《4つの最後の歌》(ソロはハルテロス)、《イタリアから》《ドン・キホーテ》《ドン・ファン》も発売されました(シュトラウス以外ではブルックナーの9番も録音)。ホールの自然な残響を取り込みながらも、ディティールをクリアに捉えた好録音です。

 彼らのR・シュトラウスに共通する特色として、あまり峻厳なメリハリをつけず、優美かつ流麗に音楽を造形する事が挙げられます。細部をクローズアップして各場面を面白く聴かせるよりも、全体の流れを重視しているため、やや一本調子に感じる部分もありますが、香り高く芳醇な味わいが魅力です。カイ・フォーグラーのソロも変化に富む多彩な語り口を封じて、渋い大人の佇まい。

 アゴーギクは自在で、時に大胆なルバートも用いますが、それが悪趣味にならないのは、やはり全体から部分を設計しているせいでしょうか。鋭利なリズム処理やダイナミックな力感もあるとはいえ、《英雄の戦い》がこれほど壮麗かつ艶美に聴こえる演奏はさほど多くないでしょう。オケの音色が素晴らしく、ソニーの録音ポリシーもEMIやドイツ・シャルプラッテンにはない柔らかさ、ふくよかさを指向しています。

 ちなみに当盤は来日公演時のパフォーマンスと同様、静かに終了するオリジナル版のエンディングを採用。サヴァリッシュもこれを用いますが、大抵のリスナーには慣習版の方が好まれるのではないでしょうか。私も正直、オリジナル版はピンと来ません。

“暖かな音色、内面から沸き起こる感興。ハイティンクならではのヒューマンな名演”

ベルナルト・ハイティンク指揮 シカゴ交響楽団

(録音:2008年  レーベル:CSO RESOUND)

 楽団自主レーベルによるライヴ録音で、ウェーベルンの《夏風の中で》をカップリング。ソロの記載はありませんが、コンサートマスターのロバート・チェンと思われます。ハイティンクは、70年にコンセルトヘボウ管と同曲を録音しています。

 演奏は冒頭から大らか極まりなく、艶やかな音色で朗々と歌われるテーマをはじめ、あらゆるフレーズが余裕をもってたっぷりと演奏されています。管弦の響きは透明で立体感があり、常に暖色系の温もりと柔らかな肌触りが維持されていて、これはハイティンク以外にはなかなか作れない音と言えるかもしれません。

 表現にはささくれ立った所もなく、彼らしい穏健な演奏と言ってしまえばそれまでですが、内面から沸き起こる暖かい感興は作品にふさわしいもの。ディティールの処理も克明そのものです。ハイティンクは、今でも面白味に欠ける生硬な演奏をする事がありますが、全てがうまく噛み合った時にはこういう名演が生まれるので、やはり目が離せません。

“旋律線を重視し、細部を克明に彫琢して求心力の強い表現を実現”

ヴァルター・ヴェラー指揮 ベルギー国立管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:フーガ・リベラ)

 フーガ・リベラというレーベル名が入っていますが、楽団自主制作のようです。ただ、ライヴではなくセッション録音で、《ブルレスケ》とカップリング。当コンビは、スークのアスラエル交響曲と伝説曲、マルティヌーの交響曲第1、4番、ヴァイオリン協奏曲第2番も録音しています。響きの良いホールのようで、残響、奥行き感、距離感、帯域バランスといずれも最適。柔らかな手触りや艶やかな光沢もあって、耳にも心地よい好録音です。

 冒頭はあまり勇壮に構える事なく、速めのテンポで躍動的。旋律線の流麗な歌い回しを重視するスタイルは、コンマス出身の指揮者らしいです。色彩がカラフルで合奏も緊密。《英雄の敵》《英雄の伴侶》は少々鋭さに欠け、ソロも優秀ながら特別な存在感には乏しいですが、潤いと温度感のある響きで濃密に描写してゆく様は見事です。その後、テンポを煽って戦闘場面に突入してゆく勇猛さも迫力満点。

 《英雄の戦い》は速めのテンポで緊迫感が強く、透徹した響きで細部を克明に彫琢しながら、ぐいぐいと音楽を牽引するパワフルな棒に圧倒されます。張りのある各パートのカンタービレを中心に、語りかけてくるような求心力の強さは、さすがオペラハウスでも活躍しているヴェラー。彼のディスクにはいつも書きますが、すごく才能のある指揮者なのに、不当に評価が低いのは残念です。《英雄の業績》の描写力、《英雄の引退と完成》のしなやかにうねる美麗な歌とデリケートな叙情性も聴き所。

“演奏効果を知り尽くした棒さばきでパワフルにオケを牽引する才人ネルソンス”

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:2009年  レーベル:オルフェオ)

 シュトラウス・ツィクルスの一環で、《ばらの騎士》組曲をカップリングしたライヴ盤(組曲はセッション録音)。当コンビは他に《ツァラ》《ティル》《ドン・ファン》、アルプス交響曲と《7つのヴェールの踊り》も録音。ドイツのレーベルが、R・シュトラウスやチャイコフスキーなど売れ線レパートリーにこのコンビを起用しているのは異例だが、そこにネルソンスへの期待の大きさも窺わせる。ネルソンスは同曲を、後にゲヴァントハウス管と再録音している。

 冒頭は意外に力みがなく、艶やかな音色でうねる弦のラインを前景化。そのせいで、流線型のしなやかな造形性が強調されるが、エッジの効いたブラスなどアクセントは力強く、決してひ弱な演奏にはならない。ディティールを緻密に彫琢する資質は《英雄の敵》以降によく生かされ、透明度の高いソノリティを響かせる。見事に統率された弦の緊密な合奏を中心に、無類によく弾むリズムでフレーズが躍動する所は痛快。

 ヴァイオリン独奏は、音量的にはさほどクローズ・アップされないが、即興的な呼吸で自在に表現していてコンチェルト型のスタイル。ニュアンスが豊かで、雄弁なソロ。オケも鋭さと繊細さ、暖かみのある豊麗な音色を兼ね備え、メジャー・オケに勝るとも劣らない魅力を発揮。

 ネルソンスの棒は弱音の効果も随所に生かして緩急巧みで、音の垂れ流しでリスナーの耳を疲弊させる事がない。旋律の歌わせ方もすこぶる巧い。《英雄の戦い》前後も音感の鋭さが際立ち、低弦に重ねられたバス・トロンボーンのアクセントやティンパニを強調してリズムに弾みを付けるなど、演奏効果を知り尽くしたような指揮ぶり。

 音響が錯綜する局面でも、細部を克明に処理して立体的な響きを作り上げる手腕に、非凡な才能を発揮。それでいて構成の見通しが良く、一体感のある合奏を大胆なアゴーギクで強力に牽引する辺り、ラトル時代のこのオケの美質を最良の形で引き継いだ印象。やや粘性のある、艶っぽい弦のカンタービレも、バーミンガム市響ならではの魅力。

“恐るべき解像度とエスプリすら感じさせる艶っぽさ。驚き満載の圧倒的名演”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団

(録音:2012年  レーベル:SWRクラシック)

 全5枚に渡るR・シュトラウス・ツィクルスから、《死と変容》とカップリングされた1枚。日本盤にはオケ旧名称の南西ドイツ放送響のままで記載されていますが、音楽雑誌やメーカーの提供情報などは正式に訳した表記に変わっている方が多いです。それにしても事情があるとはいえ、ドイツやフランスの放送オケは合併しすぎで、これではオケの個性も伝統もあったものじゃありません。

 しかし演奏は全く見事。このコンビのシュトラウスは、ブーレーズやT・トーマスなど名うての分析型指揮者でさえ達しえなかったほどの明快さを提示していて圧巻です。もうこれが極致というか、R・シュトラウスにおいては、これ以上に正確で透明度の高い演奏を行う事は不可能かもしれません。4年間とはいえ、首席指揮者を務めた関係だけあって、オケと指揮者の一体感も驚異的なレヴェルです。

 あまりに凄いパフォーマンスなので、もはや作品ごとの解釈なんてどうでもよくなるほどですが、同曲も冒頭からエンディングに至るまで、冴え冴えとした筆致で怜悧に描き切っているのが驚き。ほとんど室内オケの合奏に聴こえるほどの精度で、ディティールを完全彫琢しています。しかも旋律線には蠱惑的と言えるほどの艶っぽさがあり、歌い回しの色気も半端ではありません。それでいて下品なルバートや誇張は排除され、むしろ爽やかな清潔感が漂うのも相反するようで不思議。

 《英雄の戦い》前後の盛り上げ方は十分に熱っぽいですが、表現自体はスマートで力みがなく、どこかフランス流のエスプリすら感じさせるのはユニーク。佇まいに独特の余裕があります。この飄々たる態度で、どこまでも明晰に腑分けされた解像度の高いトゥッティを鳴らすから恐ろしいです。こんなR・シュトラウス、聴いた事がないというびっくり仰天の演奏ですが、インバル盤などはここに到達したかったのかもしれません。

“雄大な響きと精緻な細部を両立させ、深い味わいに著しい進境を示す再録音盤”

アンドルー・デイヴィス指揮 メルボルン交響楽団

(録音:2015年  レーベル:ABCクラシックス)

 ライヴ収録のシュトラウス・シリーズから。《インテルメッツォ》組曲とのカップリングで、他に《ドン・ファン》《ツァラ》《4つの最後の歌》(ソロはエリン・ウォール)、《ティル》《アルプス交響曲》も出ています。A・デイヴィスは若い頃からシュトラウス作品をよく録音していて、同曲もトロント響との旧盤あり。長い残響を伴ったスケールの大きなサウンドは作品に合致する一方、意外に直接音も鮮明で、マイナー級のオケ、レーベルながら、聴き応えは十分です。

 恰幅が良く、暖かく艶っぽい音色でよく歌う演奏。細部を際立たせる行き方ではありませんが、だらだらと流さず、構成に説得力があるのはさすがです。管弦のバランスの美しさもこの指揮者の美点。刺々しさを排し、豊麗ながら透徹した響きで朗らかに歌い上げる表現が素晴らしいです。フォルティッシモも有機的で、うるさくならないのは見事。ヴィブラートでたっぷりと歌うトランペットも突出せず、マスの響きによくブレンドしています。

 コンマスとオケのやり取りは実にスムーズで、息の合ったラリーがメリット。細部の描写も非常に精緻で、《英雄の戦い》の有機的な迫力など独特の凄味があります。旋律線の表情もすこぶる艶美。弱音部のデリカシー、たおやかな叙情の表出には老練な味わいが漂い、指揮者の円熟と進境を示します。

“柔らかくしなやかな中に、立体的な音響を構築。オケの地方色も独特”

ケント・ナガノ指揮 エーテボリ交響楽団

(録音:2016年  レーベル:ファラオ・クラシックス)

 R・シュトラウス・シリーズの1枚で、《死と変容》をカップリング。残響はそれほど長くないですが、暖かみのある素朴な響きを収録した録音で、細部も明瞭にキャッチ。グラモフォンやBISレーベルで聴いてきたこのオケのサウンドを、そのまま継承したような質感です。ライヴではなく、セッション録音。

 冒頭の主題提示から実に流麗な歌いっぷりで、ナガノらしい、長くしなやかなラインを作る傾向が顕著に出た演奏。響きは分厚く、量感もありますが、内声の透明度が高いのと、アクセントを強調しないので、リリカルな性格に聴こえます。強引な棒でオケを動かすような所がなく、各フレーズを末尾まで丁寧に歌わせて、プレイヤーが主役の民主主義的な演奏を展開。

 ヴァイオリン・ソロも神経質な動きがなく、艶やかな音色で落ち着いて丹念に歌う行き方。音自体はきっちりクローズアップされていますが、表現としてはオケの一パートとして全体に溶け込むスタイルです。《英雄の戦い》は地を這うような低姿勢で開始し、音量を抑えて細部を克明に描写。幾分鷹揚な性格ながら、豊麗なマスの響きと、細部を明瞭に照射した細密さの対比は聴き応えがあります。後半に向けてパワーを蓄積し、余裕を残してボディーブローの効いたクライマックスを形成する設計も見事。

 《英雄の業績》は、ポリフォニックな書法を立体的に彫琢しつつ、柔らかなタッチを徹底しているのがユニーク。旋律線はどこまでも滑らかで、僅かな粘性を帯びてうねるカンタービレは魅力的です。エンディングの表現も実に大らか。瑞々しくまろやかな音色ながら、どこかローカルな味わいを残したオケのキャラクターが独特で、細身のクールな響きに均一化しつつある近年のオーケストラ界では貴重と言えます。

“粘液質のカンタービレと暖かみのある響き。ヴァイオリン・ソロが雄弁”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルのライヴ音源シリーズの一枚で、《ドン・ファン》とカップリング。冒頭から粘り気のある、ねっとりとした歌い回しで、いかにもゲルギエフらしい濃密な表現を展開。ソステヌートの語り口はカラヤンを想起させもしますが、彼の場合はそれがロシアン・スタイルに起因しているようで、暖かみのある豊麗なソノリティもそのイメージを助長します。ルバートを僅かしか使わないのも独特。

 ソロは、往年の大ヴァイオリニストが弾いているのかと思うほど、ロマンティックな表情で自由に歌うスタイル。音色も艶っぽく、しなやかです。92年からコンマスを務めるロレンツ・ナチュリカ=ヘルシュコヴィチは、ゲルギエフにも気に入られ、マリインスキー・ストラディヴァリウス・アンサンブルのリーダーに指名されているそうです。

 各部の移行は自然で、《英雄の戦い》への突入も強調感なく淡々と進行。合奏はよく統率されていますが、威圧的な大音響で圧倒せず、あくまで各フレーズのニュアンスと味の濃さで聴かせる態度がゲルギエフならでは。分析的な演奏ではないのに響きの透明度が高いのは、オケの優秀さに因っているのかもしれません。

 旋律線は常に耽美的に歌いますが、ディティールが雄弁なのに全体がさっぱりとして胃にもたれないのは、ゲルギエフの演奏に共通する傾向です。ある種の重さがないからでしょうか。表情にも大袈裟な所がありません。

“伴奏に至るまで、あらゆるフレーズに「歌う」事への意識を徹底”

アントニオ・パッパーノ指揮 サンタ・チェチーリア国立音楽院管弦楽団

(録音:2018年  レーベル:ワーナー・クラシックス)

 ベルトラン・シャマユをソロに迎えたブルレスケ(セッション録音)をカップリングしたライヴ盤。パッパーノのR・シュトラウス録音は珍しく、オペラの映像ソフトを除けば管弦楽作品のアルバムはこれが初だと思います。

 冒頭の主題提示からして、「歌う」事への意識がものすごく強い演奏。伴奏の弦の刻みまでテヌートでしなを作るのはご愛嬌ですが、主旋律に限らず、あらゆるフレーズが艶っぽく歌う個性的なシュトラウス像です。カラヤンでも、ここまでソステヌートで演奏してはいないのではないでしょうか。ソロもルバートやポルタメントを多用して実に艶美。耳に吸い付いてくるような粘性の強い歌い回しで、各パートも恣意的な表情を加えつつ、オペラティックな身振りと濃密な歌心がユニークです。

 《英雄の戦い》は、特に打楽器や金管を抑えているわけではないものの、バランス的に弦がベースになっている印象を受けます。少なくとも物量でごり押しするタイプではありません。それだけに、ピークを演出した山場のフォルティッシモは、地を揺るがすような凄みがあって迫力満点。唯一、ライヴゆえの瑕疵というべきか、アインザッツが随所でズレるのが残念です。

“巨匠風の風格と凄みに、雄弁な語り口を盛り込んだ再録音盤

アンドリス・ネルソンス指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2021年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ゲヴァントハウス管とボストン響を振り分けた管弦楽団作品7枚組ボックスから。ネルソンスの同曲としては、バーミンガム市響との旧盤からわずか12年での再録音。

 冒頭から艶っぽくもみずみずしい音色で歌う旋律線が魅力的。すっきりと透明度の高い響きながら、量感はあってパワフル。開始数分間でテンポの落差を大きく付けるなど、すこぶる彫りの深い造型も耳を惹く。ヴァイオリン・ソロが協奏曲風にニュアンス豊かなのは、旧盤を踏襲した表現。時に間合いをたっぷり取って、いかにも雄弁な語り口。ただしオケも同様に雄弁なので、ソロだけが浮いてしまう事はない。

 《英雄の戦い》は、最初こそ気負いのない調子で推移するものの、解像度の高い棒で徐々に有機的な迫力を醸してゆく様は圧巻。頂点での峻烈なティンパニの強打など、凄みを帯びた表現と言える。雄大なスケールで描かれる《英雄の業績》にも、巨匠風の堂々たる趣あり。それでいてディティールは精緻。

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