R・シュトラウス/交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》

概観

 Rシュトラウスは俗物であったと言われているが、題材の選び方を見るとそれもうなずけるというか、真面目な作曲家とは少々毛色の異なるケレン味を感じる。同曲も、ニーチェの哲学書を音楽化するという前代未聞の試みで、そこに「どんなものでも音楽で描いてやる」という俗っぽいエンタメ精神も見え隠れするような。

 彼は「まず最初にびっくりさせる。そうすれば聴衆は最後まで聴いてくれる」という内容の発言しているそうだが、インパクトの強いオープニングが多いシュトラウス作品の中でも、特に大仕掛けでハッタリの効いているのが同曲。映画『2001年宇宙の旅』で使用されて有名になったが、その後のパートも変化に富む独創的な音楽。

 話題盤には事欠かないが、演奏設計が難しいのか、期待して聴くと意外に面白味がなかったりすることも。お薦めはメータ/ロス盤、ケンペ盤、ハイティンク盤、ドラティ盤、マゼール/ウィーン盤、プレートル盤、ヤンソンス盤、ロト盤が、いずれも超名演。次点ではスタインバーグ盤、シノーポリ盤、ビシュコフ盤、大野盤、デ・ワールト盤、ドゥダメル盤、ネルソンス新旧両盤、A・デイヴィス盤も優れた演奏。

*紹介ディスク一覧

68年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

71年 ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデン

71年 スタインバーグ/ボストン交響楽団   

73年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

73年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

80年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック

81年 小澤征爾/ボストン交響楽団

82年 ドラティ/デトロイト交響楽団

83年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

83年 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団

83年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

83年 プレートル/フィルハーモニア管弦楽団   

87年 シノーポリ/ニューヨーク・フィルハーモニック

87年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン

87年 プレヴィン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

89年 ビシュコフ/フィルハーモニア管弦楽団 

89年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団  

90年 T・トーマス/ロンドン交響楽団

93年 サヴァリッシュ/フィラデルフィア管弦楽団  

95年 インバル/スイス・ロマンド管弦楽団

95年 マゼール/バイエルン放送交響楽団

96年 ブーレーズ/シカゴ交響楽団

98年 大野和士/バーデン・シュターツカペレ

01年 ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

05年 デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

07年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団 

11年 ドゥダメル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

12年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団  

13年 ロト/バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団 

14年 A・デイヴィス/メルボルン交響楽団 

16年 V・ユロフスキ/ベルリン放送交響楽団  

17年 シャイー/ルツェルン祝祭管弦楽団  

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ダイナミックかつ表情豊か。一時代を築いたメータ&ロス・フィルのメガヒット

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1968年  レーベル:デッカ

 人気絶頂期の当コンビによるベストセラーの一枚。この時期の彼らのディスクは録音の優秀さにも驚きますが、当盤も例外ではなく、たっぷりと溜めを作ったケレン味たっぷりの冒頭で、ティンパニの生々しい打音に圧倒されます。もっとも、全体としては打楽器が遠めの距離感で控えめに捉えられているため、この箇所のティンパニは音量、音像共に突出していておかしいのですが、あまりに見事な叩きっぷりなので妙に納得。

 《後世の人々について》では濃厚な表情と緩急自在のフレージングで雄大なクライマックスを形成、《埋葬の歌》では弦の室内楽的アンサンブルが官能的なカンタービレを聴かせ、《舞踏の歌》では洒脱なセンスで演出巧者ぶりを発揮するなど、メータの聴かせ上手な資質が存分に発揮された名演。テンポが速く、全体を一筆書きで描き切る勢いもさることながら、音楽が静から動へと移る際の、ぐいぐいと牽引するパワフルな棒さばきも迫力満点。高弦の清澄な響きが繊細に録音されているのも印象に残るディスクです。

名門オケの豊かな響きと熱気溢れるパフォーマンスに圧倒される名演

ルドルフ・ケンペ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1971年  レーベル:EMIクラシックス

 R・シュトラウス作品集成の一枚。さすがにデジタル録音のダイナミック・レンジと解像度には及びませんが、比較的録音状態が良く、コクのある同オケのサウンドを十二分に堪能できます。名手揃いの老舗オーケストラによるパフォーマンスを楽しむようなアプローチは、機能主義的な演奏とコンセプトが違い、音楽の愉悦に満ちています。

 冒頭も華美な演出を排した表現ですが、《歓喜と情熱について》で微妙に加速しながら熱く盛り上げる所や、《科学について》のフーガで弦楽群が熱気溢れるスリリングなアンサンブルを繰り広げるのを聴くと、ケンペがどこに力点を置いているかは明らかです。私はこういう部分を聴くと、生演奏で接したこのオケの弦の威力の凄まじさが、まざまざと記憶に蘇ってきます。若いリスナーにも聴いて欲しい、含蓄豊かで感動的な演奏。

“速めのテンポでパワフルに牽引しつつ、細部の緻密さでも抜きん出る”

ウィリアム・スタインバーグ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1971年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 同コンビは同時にヒンデミットの交響曲《画家マティス》、弦楽器と金管のための演奏会音楽、前年にはホルストの《惑星》を録音しています。私がこの指揮者について勉強不足で、あまり期待せずに聴いたせいもありますが、当コンビの録音はどれも引き締まったフォルムと骨太な音楽作りが印象的で、なかなかの名演と感じられます。

 冒頭は決してケレン味のある表現ではないですが、充分な力感を示した上、オケの華麗なサウンドも生かし、聴き応えあり。《後世の人々について》も推進力の強い棒が流れを停滞させず、艶やかな弦の音色を前面に出して明朗な音楽を作り出します。弦の鋭いスフォルツァンドも効果的。《歓喜と情熱について》もメリハリが効いて、熱っぽい表現。旋律線もよく歌っています。

 後半部も生き生きとしたニュアンスに富み、リズムも鋭敏。オン気味の録音とも相まって、細部の処理が格段に緻密に感じられます。速めのテンポを貫いた指揮がオケをパワフルに牽引し、終始緊張感を保って弛緩を許しません。それでもアゴーギクはさりげなく操作されていて、叙情的な箇所など巧みにルバートを盛り込む一面もあり。このオケとしては外向的な性格で、派手めの音響を展開しているのもユニークです。

コンセルトヘボウの素晴らしい響きを生かし、有機的な音楽を構築するハイティンク

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:193年  レーベル:フィリップス

 ハイティンクはR・シュトラウスの管弦楽曲をほぼ一度ずつしか録音していませんが、演奏はどれもすこぶる充実した素晴らしいもの。当曲も唯一の録音ですが、冒頭部分の有機的な迫力からして目を見張るものがあります。ハイティンクは基本的に、ティンパニやバスドラム等による劇的な効果を極力排除し、柔和な音楽を作る指揮者ですが、ここでのティンパニは非常に力強く、「やる時はやるんだなあ」と妙に感心してしまいました。

 録音はコンセルトヘボウの美しい響きを見事に捉えており、深い奥行きを感じさせながらも、柔らかな手触りとほのかな明るさを帯びたサウンドが魅力的。滋味豊かな表現も聴きもので、《病より癒えゆく者》前半のクライマックスに向かう箇所などはかなり速いテンポで煽っていて、若きハイティンクの勢いも感じます。《舞踏の歌》のゆったりとした足取りとひたすら穏やかなムードは独特ですが、ここはさらに小粋な表情や軽妙さがあれば良かったかも。細部は緻密に描写されていて、アンサンブルも見事です。

“カラヤンらしい演出は満載ながら、解釈の徹底や録音の良さではやや聴き劣りも”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビはこの10年後に同曲をデジタルで再録音している他、カラヤンとしてはかつてデッカに録音した、ウィーン・フィルとの旧盤も人気が高いです。録音が古いせいか、さすがに冒頭もオルガンの重低音はありませんが、カラヤンらしいドラマティックなポーズが格好よく決まる、見事な造形。《歓喜と情熱について》はソステヌートの流麗な表現で、峻烈なメリハリや鋭いアクセントには不足します。

 録音のせいか、高音域の抜けがいまいちで、カラヤンらしい耽美性もさほど徹底しておらず、出来映えとしてはカラヤン美学が徹底した80年代のデジタル再録盤に席を譲るかもしれません。後半部もヴァイオリン・ソロを中心に生き生きとしてはいますが、最後のクライマックスなど、さらに迫力と工夫が欲しい所。

流麗さと洗練の度合いを増したメータの再録音。旧盤の雄弁さは著しく後退

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1980年  レーベル:ソニー・クラシカル

 ロスからニューヨークに移ったメータが、過去のレパートリーを再録音しはじめた頃のディスク。当コンビの録音としてはロングセラーに当たるものですが、旧盤の雄弁な魅力と比べると、多くの人が「メータはつまらなくなった」と感じた淡白な演奏です。その要因の一つが、響きがスリムに聴こえるCBSの録音で、デッカによるオン・マイク気味のグラマラスなサウンドを期待した耳には、余計に薄手に聴こえたかもしれません。

 今の耳で聴くと、新旧両盤にさほど大きな差異は感じられず、むしろスコア解釈の共通性がより際立って聴こえてくるように思います。メータは速いテンポで全体を一気呵成に演奏していて、音楽が大きく量感を増す箇所の牽引力の強い加速には、独特の勢いと迫力があります。《舞踏の歌》のダイナミックな盛り上げ方も、さすがメータ。

 旧盤と較べると表現は角が取れて洗練度を増し、細部も停滞させずにさらっと流してゆく感じで、それがあっさりした印象を与えるのかもしれません。サウンドもロス・フィルの豊麗さや饒舌さには及ばず、バーンスタイン時代と比較してむしろ地味に聴こえるくらい。これは、音響の悪さで知られるエイヴリー・フィッシャー・ホールのせいもあるでしょう。クライマックスの鐘の音と、《歓喜と情熱について》のハープはかなり近接した距離感でミックスされていて、少々違和感を覚えます。

指揮者もオケも不思議なほどぎこちない、杓子定規で微温的な《ツァラ》”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:191年  レーベル:フィリップス

 同コンビは同時に《英雄の生涯》を録音、歌劇《エレクトラ》のライヴ録音もある他、CBSに《ドン・キホーテ》の録音を行っています。私はこのコンビの演奏を聴いていると、どこかぎこちないというか、ボストン響って本当にアメリカ5大オケに入れて大丈夫だろうかという疑念が湧く事があります。

 まず冒頭部分の座りの悪さ、特にティンパニの連打の不安定さはどうした事でしょう。これはどうにも決まらないオープニングですが、叙情的な部分も流麗な美しさが出ている箇所と、妙に杓子定規に音楽が移ろう箇所が半々。ただでさえテンポの遅い《情熱と歓喜について》は旋律線が無表情な上、句読点となるティンパニのアクセントが後手、後手に回ってブレーキをかけるため、いやが上にも微温的な、煮え切らない演奏に聴こえます。

 シルヴァースタインのヴァイオリンが活躍する後半部はそれなりに様になってきますが、遅きに失した感じでしょうか。ホルンの豊麗な音色が際立つソノリティは美しく、弦の艶やかなカンタービレも魅力。小澤の棒もソフトなタッチで、流れのよいスムーズなフレージングに長所を発揮しています。《エレクトラ》は凄い演奏でしたが、ここではその興奮は味わえませんでした。

80年代を代表するデッカ会心の一枚。ドラティ晩年の彫りの深い表現に脱帽

アンタル・ドラティ指揮 デトロイト交響楽団

(録音:192年  レーベル:デッカ

 ドラティ晩年の名演の一つで、交響詩《マクベス》とカップリング。若き日のドラティの即物的なスタイルを思い返すと、ここでの滋味豊かな彫りの深い表現は意外ですらありますが、実際この時期の録音は、どれも彼の円熟味を伝える素晴らしいものばかりです。

 冒頭、皮の質感生々しいティンパニの連打から、芳醇なコクのある豊かなトゥッティに至るまで、さすがデッカと感嘆させられる会心のサウンドが展開。当盤がカラヤンやメータ、ショルティ盤など、同レーベルに残された名盤達の正当な系譜に連なるものである事を強く感じさせます。

 ドラティは、ゆったりとしたテンポで各部を入念に掘り下げていますが、デトロイト響の音色も美しく磨き抜かれ、ドラティを迎える前の不振が信じられないくらいです。自動車産業で栄えた街の衰退も関係あるのか、現在は残念ながら存在感を欠きますが、またドラティやパレーのような良い指揮者に巡り会えば、再び黄金期が訪れる団体かもしれません。ただ一点、弱音部におけるプルト数減少時の弦のピッチの甘さが惜しまれます。

オケの持ち味と指揮者の才気が相乗効果を発揮したドラマティックな熱演

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 交響詩《マクベス》とカップリング。マゼールは60年代にフィルハーモニア管、90年代にバイエルン放送響と当曲をレコーディングしていますが、かつての手兵クリーヴランド管との録音はなし。ウィーン・フィルによる同曲録音も、カラヤン盤以来24年ぶりでした。グラモフォンには珍しくゾフィエンザールでの収録で、硬質なティンパニの打音を核とした豊麗な響きがたっぷり取り入れられています。奥行き感も深く、細部の精緻な描写は驚異的で、個人的にはムジークフェラインでの録音より上と感じます。

 冒頭からすこぶる明確なアーティキュレーションと正確に揃えられたアインザッツ、幾分芝居がかった間の取り方など、マゼール特有の表情が際立っていますが、彼には珍しく部分部分に拘泥せず、デフォルメも排して、淀みなく音楽が流れる印象。付点音符の処理などリズムは鋭利で、《情熱と歓喜について》でのティンパニの激烈なアクセントなどもドラマティック。

 オケがとにかく素晴らしく、柔らかく深みのあるソノリティ、水のしたたるような各ソロ楽器の美音が魅力的な上、ホルンが加わった時の豊麗な響きなど、ふるいつきたくなる耳のごちそう。当曲のディスクの中でも、出色の一枚だと思います。ヴァイオリン・ソロはライナー・キュッヘル。

独自の表現も聴かれるものの、オケの状態は最悪。朝比奈ファン以外には厳しいディスク

朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

(録音:1983年  レーベル:ファイヤーバード

 大阪にザ・シンフォニーホールが出来て間もない頃のライヴ盤。R・シュトラウスはあまり演奏しなかった朝比奈隆ですが、ディスクも当盤が初ではなかったかと記憶します。ホールの音響が素晴らしく、柔らかさのある聴き易い音すが、オケは概して不調と感じられ、パッケージ商品として流通させられるレヴェルに達しているかどうか、かなり厳しい所ではないでしょうか。

 冒頭からアインザッツが全く揃わず、以降も常に不揃いのまま推移しますが、さらにひどいのがピッチの甘さで、管、弦ともにあちこちで不快な響きを立てています。朝比奈の表現は、遅めのテンポを採った悠々たるもので、滔々と歌が流れる《歓喜と情熱について》など魅力的な箇所も多いですが、《舞踏の歌》のクライマックスでは急速なイン・テンポでゴリ押しするなど、独自の無骨さも聴かせます。ヴァイオリン・ソロはなかなか洒脱なセンスで健闘。

“流麗なレガートと壮絶なトゥッティ。作品よりもカラヤン晩年の美学を聴くべきディスク”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 カラヤン晩年の、デジタル再録音プロジェクトの一環で《ドン・ファン》とカップリング。昔から得意にしていた曲だと思いますが、冒頭から名人芸とでも呼びたくなる見事な呼吸に圧倒されます。この短いパートは、全体が一つの長大なフレーズのように構築されていて、息の長いフレーズ作りを重要視するカラヤンの音楽性の一端を、実地で垣間みるような印象。曲全体としても、やはりレガート奏法を多用した流麗な造形が支配的で、人によっては違和感もあるかと思いますが、独自の耽美的な世界が展開します。

 トゥッティ部の壮麗極まるサウンドは凄まじいものがありますが、印象的なのは叙情的な部分でのまろやかにブレンドした響きで、耳に心地よい、ビロードのような肌触りを持つ弦の音色は素晴らしい聴きもの。ホルンが加わった旋律線も、大変に滑らかで美しいものです。アインザッツの揃わない箇所もありますが、技術面よりカラヤン晩年の美学を味わうべきディスクなのでしょう。ソロ・ヴァイオリンのフレージングも、指揮者のコンセプトを直に反映した独特のものです。

“克明にリズムを打ち込み、濃厚な味付けで作品の魅力を抽出した素晴らしい演奏”

ジョルジュ・プレートル指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:RCA)

 80年代に単発で録音された音源。プレートルのR・シュトラウス録音は珍しく、ウィーン国立歌劇場とシュトゥットガルト歌劇場での《カプリッチョ》ライヴ盤と、《ティル》《ドン・ファン》《ばらの騎士》を組み合わせたシュトゥットガルト放送響との管弦楽曲集くらしいかなさそうです。

 冒頭はトランペットを控えに導入しながらも、オルガンのバランスをやや上げて、ティンパニを猛烈に強打させた烈しい表現。続く《後世の人々について》もスケールが大きく、艶っぽくきらめく高弦の音色を生かし、陶酔するかのように耽美的に旋律を歌い上げます。《歓喜と情熱について》はテンポと強弱の変動が大きく、嵐のような表現。特にティンパニは、随所に鋭い打撃を打ち込んでくる上、急激なクレッシェンドを仕掛けてきたりと大活躍です。

 和声感が豊かで、弦やホルンなど主旋律を明瞭に浮かび上がらせているので、音響が錯綜せず、分かりやすく腑分けされているのは美点。《学問について》も、テンポの速い箇所のスピード感や軽妙なタッチ、緻密な合奏に指揮スキルの高さを窺わせます。全体に、雄渾な力感と繊細なディティールの描写を見事に両立。《病より癒えゆく者》中間のフォルティッシモによる終始は、ティンパニのトレモロを冒頭主題に合わせてそれぞれ一旦切り、頭にアクセントを加えているのがユニークです。

 《舞踏の歌》も、艶めいた音色美の表出とウィンナ・ワルツ風の大胆なテンポの揺らし方が素晴らしく、味の濃い表現が聴き応え十分です。この曲としては異色と言えるほどリズムが明確に打ち出されているため、演奏全体が明快な語り口を感じさせるのは最大のメリット。横へ横へと流れがちなシュトラウスのスコアにおいて、リズムを克明に打ち込む事がいかに重要か、この演奏は如実に示してくれます。

“劇的な身振りと激しく変動するテンポ。作品のドラマ性に光を当てるシノーポリ”

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1987年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 R・シュトラウスを得意にしていたシノーポリですが、録音は恐らく当盤が最初ではなかったかと思います。《死と変容》とのカップリング。金管の輝かしくソリッドな響き、ティンパニの猛打と、すこぶる劇的な身振りの導入部から早くもシノーポリ節が炸裂しますが、注目すべきは弱音部。音楽が止まってしまうのではないかと思えるほどテンポが落ちる箇所があちこちにあって、そのドラマティックな効果共々、一秒たりとも聴き逃せません。

 旋律は豊かな起伏で歌っていて、クライマックスでも時にぐっとテンポを落として歌い込んだりしますが、シノーポリの場合、それぞれの表現が作品のドラマ性と直結している所が独特だと思います。造形的には決して美しく整えられた演奏ではなく、むしろぎくしゃくした印象を与えるのもシノーポリらしい所。改めて彼は、類い稀な個性を持った指揮者だったのだと思い知らされました。

“オケの伝統的響きを守りつつも、意外にアクの強いブロムシュテット”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1987年  レーベル:デンオン)

 この時期、R・シュトラウスのアルバムを数枚録音している当コンビですが、どうもブロムシュテットは曲の好き嫌いがはっきりしているのか、たまたまなのか、シュトラウスのみならずブルックナーにしてもモーツァルトにしても、数曲を録音するだけで結局まとまったシリーズには発展しません。《ドン・ファン》とのカップリング。

 冒頭からフレージングにタメがあったり、クレッシェンドを強調したり、意外に作為の目立つ表情が気になりますが、深々としたオケの響きに耳を奪われるのと、音楽が自在に呼吸していて決して硬直しないのは美点。デンオンの録音は残響を過剰に取り入れる傾向がありますが、解像度はややもどかしいものの、ディティールも比較的明瞭にキャッチされています。《歓喜と情熱について》以降はおそろしく早足のテンポ。弦のトレモロに重ねられたブラスのアクセントは、かなり大胆に強調しています。

“指揮者の個性を表明せず、オケの魅力が最大限に出る方向へ調整した特殊な演奏”

アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:テラーク)

 シュトラウス・ツィクルスの一枚。当時のテラーク・レーベルは、ヨーロッパでの録音を始めてまだ間がなかったように記憶します。指揮者の強い個性や彫りの深い表現は聴かれない代わり、まるでウィーン・フィルの魅力を存分に堪能できるようお膳立てしたような演奏。これはこれで一つの見識です。

 プレヴィンの演奏は、このオケを振った時が最も良いように思います。弱音部のアインザッツと緊張感に問題があるのと、金管が入るトゥッティで派手な色彩を志向して響きが粗くなるのは気になりますが、ウィーン・フィルのまろやかな木質サウンドを前面に押し出した好演と言えるでしょう。優美な性格ながら力強さと躍動感にも欠けておらず、安心して聴けます。

“随所にティンパニを打ち込み、猛々しく突進しながらも繊細なデリカシーを示すビシュコフ”

セミヨン・ビシュコフ指揮 フィルハーモニア管弦楽団   

(録音:1989年  レーベル:フィリップス)

 コンセルトヘボウを振った《ドン・ファン》とカップリング。随所にティンパニの一撃が打ち込まれるせいかダイナミックで熱っぽく聴こえますが、実は細部まで配慮の行き届いた、デリカシーに富む演奏。冒頭からティンパニの連打が猛々しいですが、続くトゥッティは和声のバランスが非常によく考えられていて、美しいソノリティが響き渡ります。

 ビシュコフの棒は、他の曲でもそうなのですが、音が塊になって動くというか、あまり解析されないまま熱を帯びて突進するロシア的豪放さを表す一方で、細やかにテクスチュアの綾を追ってゆく傾向もあり、一筋縄ではいかないのがユニーク。大胆さと繊細さを併せ持つというのでしょうか。大音響の鳴らしっぷりには躊躇がなく、迫力満点。オケのサウンドも美しいですが、コンセルトヘボウが演奏していたらより個性が出たかもしれません。

“鋭利なアクセントを避け、ソステヌートで流麗なライン作りを志向”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:EMIクラシックス)

 86年録音の《ドン・ファン》とカップリング。テンシュテットによるR・シュトラウス録音は稀少で、他に同じオケを振った《死と変容》、ルチア・ポップとの《4つの最後の歌》、BBCから出ているライヴの《町人貴族》くらいしかないかもしれません。

 冒頭、ティンパニこそ力強いものの、ソフトなアタックとレガートのフレージングで角を立てず、横の流れを重視した造形。続く弦楽合奏も濃密な表情付けがユニークで、ほとんどマーラーのアダージョ楽章かというほど、情緒的なふくらみのある音楽になっています。一瞬間を空け繫げてゆき、息の長いフレーズを形成しようという意志を強く感じます。後半部も鋭いメリハリより、雄弁な歌を重視した造形。

 全体に、細部は緻密に彫琢する一方、悠々たる佇まいでテンポも遅く、スケール感雄大。音符を連結する感覚が独特で、艶やかな響きと共に、粘性のあるカンタービレが耳を奪います。手兵だけあって、オケにもテンシュテットのスタイルが隅々まで徹底されている様子。残響の多い録音とも相まって、刺々しいアクセントは一掃された印象。ヴァイオリン・ソロも、コンチェルト的なクローズアップはしていません。

“美しさを欠くホールトーン。指揮者のこだわりは随所に見られるものの、芳醇さは不足”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1990年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 当コンビのR・シュトラウスは《英雄の生涯》に続いて二枚目で、カップリングは《ドン・ファン》。ホール(ウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール)の特性なのか響きがあまり美しくなく、《英雄の生涯》の時の豊麗なサウンドとは全く違って残念です。冒頭の、混濁して明瞭さを欠くティンパニの音からして興醒めですが、オケ全体はシャープなエッジと透明度をなんとか保っています。

 導入部のトランペットの弱音、続くオケの明確に意識されたアーティキュレーション、さらには各部のテンポ変化から、繰り返される度に線が細くなってゆく終結部の和声まで、指揮者のこだわりは随所に見られますが、全体的に淡白な表現に感じられるのはオケのせいもあるのでしょうか。旋律線も瑞々しく清潔ではありますが、何かコクや芳香みたいなものが欲しくなります。

“流麗で淡白な性格。平素のフィラ管とは響きが異なる、来日公演ライヴ盤”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:EMIクラシックス)

 サントリーホールにおける来日公演のライヴで、《ドン・ファン》《ティル》とカップリング。当コンビは《英雄の生涯》も録音している他、サヴァリッシュは協奏曲やオペラなど、昔からかなりのR・シュトラウス録音があります。

 冒頭部分は、速めのテンポで端正な造形。ティンパニが奥まって遠目の定位に聴こえるのと、オケもオフ気味の音像で、平素とは少し肌合いの違う細身のサウンドが評価の分かれる所です。奥行き感は深く、音色も艶やかで明朗。サヴァリッシュのスタイルはあまりメリハリを付けず、歌の要素を全面に出した流麗なものです。大きなルバートも用いないので淡白な性格に感じられ、《舞踏の歌》もあっさりした表現に終始。ただ、確信に満ちた音楽の進め方は安定感抜群で、ディティールの緻密さや強奏部の力強さも充分です。

“透明かつ豊麗な響きと粘液質のフレージングが特徴ながら、全体的には淡白な印象”

エリアフ・インバル指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:デンオン)

 ツィクルス中の一枚で、交響詩《マクベス》《ティル》とカップリング。インバルのオーケストラ・コントロールはここでもその優秀ぶりを発揮し、一時はあまり良い噂をきかなかったスイス・ロマンド管から、高い機能性と透明なサウンドを引き出しています。

 横の線の重ね方にベルク辺りを思わせる妖しい音色センスが光り、フレージングもレガート気味の所が多い粘液質の演奏ですが、リズムの切れ味が鋭く、表現に誇張が無いので、全体的にはむしろ淡白な印象を受けるのがインバルらしい所です。スケールも大きく、細部の処理は精密。響きも豊麗と感じられますが、ワルツの部分などでは、もう少し軽妙さや優雅な身のこなしが欲しい気もします。

“巨匠然とした風格を増しながらも、よりシャープなエッジを効かせた再録音盤”

ロリン・マゼール指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1995年  レーベル:RCA)

 マゼールはバイエルン放送響の首席指揮者在任中に数枚のR・シュトラウス・アルバムを録音していますが、当盤はこのコンビの初セッションという事で注目されたもの。マゼールのRCAへの登場もこれが初めてでした。《ばらの騎士》組曲、《ドン・ファン》とのカップリング。

 冒頭部分は、極度に意識的なフレージングとオーケストラ・コントロール、身振りの大きい芝居がかった間合いなど、ウィーン・フィルとの旧盤の表現をさらに拡大した雰囲気もありますが、基本的にはシンプルなアプローチ。オケの響きもこの団体らしい美しさを十分残しながら、冴え冴えとしたシャープさも加えており、それはそれで魅力的ですが、私としては、よりふくよかで懐の深い旧盤に軍配を上げたい所。マゼールの指揮も、ドラマティックで生き生きとしている旧盤に対し、こちらは巨匠然とした落ち着きが特色。

“ロマン的情感や大音響を徹底排除し、緻密さと柔らかな風合いを獲得した個性的演奏”

ピエール・ブーレーズ指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1996年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ブーレーズ初のR・シュトラウス録音という事で話題を呼んだディスク。カップリングに、マーラーの《復活》第1楽章の初稿《葬礼》を収録。演奏は、予想される通りブーレーズ一流の明晰を極めたものですが、イン・テンポどころか加速してゆくようにすら聴こえる《歓喜と情熱について》をはじめ、ロマン的情感いっぱいに演奏されてきた音楽が、駆け足のテンポでさらさらと過ぎてゆくのを聴くと、彼のマーラー解釈に好感を持った私でさえ物足りなく感じられるのも事実。

 ただ、速いテンポとレガート気味のフレージングを徹底させ、トゥッティ部でも流麗さを前面に出しているのは造形としてユニークで、シカゴ響のサウンドもいつになく滑らかで柔らかく感じられて魅力的です。聴き手を圧倒する大音響を排し、緻密な美しさと優しい風合いを醸し出した個性的な《ツァラ》。

“速めのテンポで熱っぽくたたみかけるアグレッシヴな大野。録音には少々不満あり”

大野和士指揮 バーデン・シュターツカペレ

(録音:1998年  レーベル:ヒュープナー・クラシックス)

 大野和士がかつてシェフを務めたバーデンの州立歌劇場によるライヴ録音。他にも数枚のアルバムが発売されていますが、このレーベル自体がバーデン発の様子です。カップリングはリームの《MARSYAS》という作品。元は放送録音なのか、強音部で音が歪むのが残念ですが、残響はたっぷり取り入れられ、ディティールも細かくキャッチされています。

 冒頭から速いテンポでたたみかけるような熱っぽい表情を見せるこの演奏、少々急激なクレッシェンドや鋭いアクセントも駆使して、かなりアグレッシヴな印象を受けます。指揮者のアプローチも歯切れの良さと精緻な音作りが際立っていますが、速めのテンポで全体を大掴みにした構成は、オペラ指揮者らしい構築力の賜物でしょうか。オケにはさらなる洗練を望みたい所。

“威圧感や壮麗さを排し、叙情的な美しさを追求。オケの響きにはフォーカスの甘さも”

デヴィッド・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2001年  レーベル:アルテ・ノヴァ)

 シュトラウス・ツィクルスの一枚で、《ティル》《ドン・ファン》とカップリング。流麗なフレージングで敢えて威圧感を排除したようなオープニングが独特。ティンパニこそ力強いものの、トランペットのファンファーレなどは、優しく置くようなイメージです。叙情的な部分での艶やかな弦の合奏は魅力的ですが、トゥッティの響きは少しフォーカスの甘い印象。

 強音部はイン・テンポに近い表現もあり、全体がさらっと流れる感じでしょうか。むしろ静かな箇所の方が、腰を落としてじっくりと歌い込んでいるように思います。オケのソノリティが壮麗で、指揮の間合いもゆったりしているので、性急な印象は受けません。ソフトな感触の中に、明晰な音響やシャープなリズムも盛り込んだ造形。ソロ・ヴァイオリンは繊細な音色で、マスの響きにブレンドさせて、あまりクローズ・アップしないアプローチ。

“内から溢れる豊かな感興と歌心。円熟のデ・ワールトによるひたすら瑞々しい名演”

エド・デ・ワールト指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:エクストン)

 当コンビによる唯一のR・シュトラウス。デ・ワールトはミネソタ響と数多くのシュトラウス録音を行なっていますが、同曲は初めてのレコーディングです。《ドン・ファン》《ばらの騎士》組曲とカップリング。このコンビのディスクは、マーラーやラフマニノフの交響曲全集も素晴らしいものでしたが、ここでもみずみずしく、うるおいに満ちた柔らかな表現が極上の聴きもの。

 いささかも力み返る事のない、自然体の表現ですが、内から溢れ出す豊かな感興と、ヒューマンな暖かみに満ちた音楽作りは充実感満点。《喜びと情熱について》のトゥッティ部分でも旋律線に気を配り、絶えず歌が横溢しているのが印象的です。外面的な効果を狙った派手な演出はありませんが、全体が巧みに構成されていて、味わい深い表現を聴かせます。ただし、ソロ・ヴァイオリンは控えめすぎたかも。

“壮大なスケールと並外れた精緻さを兼ね備える、ヤンソンス芸術の一つの頂点”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2007年  レーベル:BRクラシック)

 トリフォノフとの《ブルレスケ》とカップリングされたライヴ盤。ヤンソンスの同曲録音は意外になく、これが唯一と思われます。

 冒頭部分は速めのテンポでぐいぐい進めるのが特色。求心力が高く、ここぞという箇所をばっちり決める辺りはさすがの造形センスです。弱音部はデリカシー満点で、強靭な集中力を貫徹。また強奏部の有機的なソノリティと、やや粘性を帯びてしなやかにうねる歌も魅力的です。ディティールに新鮮な発見がたくさあるのはヤンソンスの良さですが、多くのライヴ盤でその資質があまり伝わってこないのは残念。当盤は幸運な例と言えるでしょう。

 概して旋律線が艶っぽく、弦も管もしなを作るように官能的に歌うのはユニーク。それでいてメリハリは明瞭につけられていて、打楽器のアクセントもパンチが効いています。後半部は、木管のポリフォニーの精緻さに息を呑む一方、背景を成す弦のトレモロの精度も圧倒的。そして、グロッケンシュピールの一打の、はっとさせられるような鮮烈さ。ここにはヤンソンス芸術の最良の結晶の一つが聴かれます。スケールの大きさと並外れた精細さを兼ね備えた名演。

“若さや勢いに頼らず、落ち着いて緻密に音楽を組み立てるドゥダメル”

グスターヴォ・ドゥダメル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2011年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 グラモフォン久々の《ツァラ》新録音(シノーポリ盤以来?)は、やはりレーベル一押しの若手筆頭株ドゥダメルの起用となりました。カップリングも、《ティル》《ドン・ファン》と王道。当コンビのレコーディングは、ライヴ収録の映像ソフトを除けばこれが初です。

 冒頭は、落ち着いた表情とソステヌートの音価で、アクセントを際立たせるよりは流麗に歌わせる気質です。磨き上げられた音色や、抜群のルバートとクレッシェンドで打ち込んでくるティンパニにはなど、カラヤンの衣鉢を継ぐ雰囲気もありながら、華美なデフォルメには食指を示さない所に好感が持てます。《後世の人々について》も、驚くほど緻密で丁寧な仕上げ。ゆったりとしたテンポで優美なタッチを前面に出す辺り、勢いで押す若手とは一線を画す資質を感じさせます。

 《歓喜と情熱について》も、速めのテンポで緊密なアンサンブルを構築しながら、分析型に傾きすぎず、全体の流れも重視。スケールも雄大で、ティンパニのアクセントも決まっています。《科学について》は超スロー・テンポで始め、相当なスピードで《病から癒えゆく者》へ突入する、ドゥダメルらしいアゴーギク。《舞踏の歌》はリズムもディティールも、全てが鮮やかで明朗。ただし、ウィーン情緒の強調は一切ありません。終盤の山場も重心が低く、むしろ堅実さを感じさせる指揮ぶりです。

“前傾姿勢でテンションの高いネルソンス。緻密な合奏の構築もさすが”

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:2012年  レーベル:オルフェオ)

 シュトラウス・ツィクルスの一環。《ティル》《ドン・ファン》という王道のカップリングで、同時期の録音でメジャー・レーベルから出たドゥダメル盤に、真っ向から対立する形となった。当コンビは他に《英雄の生涯》と《ばらの騎士》組曲、アルプス交響曲と《7つのヴェールの踊り》も録音。ネルソンスは同曲を、後にゲヴァントハウス管と再録音している。ライヴではなく、残響も豊富なセッション収録。

 冒頭は造形こそ端正ながら、ティンパニの鮮烈な打ち込みと密度の高いソノリティで、有機的な迫力を聴かせる。オルガンのフェルマータを上回るバランスで、地響きのような大太鼓が轟き渡るのは凄い表現。続く弦の歌はポルタメントも効果的に使い、繊細かつ濃密な粘性がある一方、木管の上昇音型など細部の動きも鮮明に耳に飛び込んでくる透明度の高さ。熱っぽい勢いで突進する《歓喜と情熱について》も、若々しいパッションの発露がこの指揮者らしい。

 オケの響きにはしなやかな弾力と暖かみがあり、ラトル時代の美質をさらに磨き上げてリファインしたような魅力あり。常にほの明るい音色で、瑞々しい生気を発している。複雑なテクスチュアを緻密極まりない合奏で再現している所、指揮者とオケの能力の高さを示す。《科学について》のフーガも速めのテンポをさらに煽り、前傾姿勢で意欲的。《舞踏の歌》もワルツから山場まで急速なイン・テンポで、高いテンションを維持しながら疾走し続けるのがユニーク。

“驚くべき解像度と有機的な設計力。ドラマティックな語り口に手に汗握る名演”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団

(録音:2013年  レーベル:SWRクラシック)

 全5枚に渡るR・シュトラウス・ツィクルスから、《イタリアから》とカップリングされた1枚。日本盤にはオケ旧名称の南西ドイツ放送響のままで記載されていますが、音楽雑誌やメーカーの提供情報などは正式に訳した表記に変わっている方が多いです。それにしても事情があるとはいえ、ドイツやフランスの放送オケは合併しすぎで、これではオケの個性も伝統もあったものじゃありません。

 しかし演奏は全く見事。このコンビのシュトラウスは、ブーレーズやT・トーマスなど名うての分析型指揮者でさえ達しえなかったほどの明晰さを提示していて圧巻です。もうこれが極致というか、R・シュトラウスにおいては、これ以上に正確で透明度の高い演奏を行う事は不可能かもしれません。4年間とはいえ、首席指揮者を務めた関係だけあって、オケと指揮者の一体感も驚異的なレヴェルです。

 あまりに凄いパフォーマンスなので、もはや作品ごとの解釈なんてどうでもよくなるほどですが、同曲も全く見事。冒頭部分が、ただ快速テンポで一気呵成に描かれるだけでなく、これ以上ないほど有機的に、強い説得力を持って設計さているのに舌を巻きます。続く部分の驚くべき精緻さ、やはり熱っぽい前傾テンポの《歓喜と情熱について》に繋げてゆく語り口も、聴いていて手に汗握るほどドラマティック。

 後半部も全く気負いが感じられないというのに、信じられないほど緻密かつ鋭敏で、それゆえに凄みがあるという逆説。イェルモライ・アルビケルのソロは全くフィーチャーされず、いわゆる協奏曲的な意味でのソロとしては扱われていないようです。最後のクライマックスに向けても足踏みせず、どこまでもスピード感を保ったまま疾走。

“速めのテンポで畳み掛けながら、卓越した構成力を示す”

アンドルー・デイヴィス指揮 メルボルン交響楽団

(録音:2014年  レーベル:ABCクラシックス)

 当コンビのシュトラウス・シリーズ第1弾で、ライヴ収録。他に《ドン・ファン》と、エリン・ウォールをソロにフィーチャーした《4つの最後の歌》をカップリングしています。A・デイヴィスは若い頃からシュトラウス作品をよく録音してきましたが、《ツァラ》はこれが初録音。長い残響を伴ったスケールの大きなサウンド・イメージは作品に合致する一方、意外に直接音も鮮明で、メジャー級ではないオケ、ホール、レーベルというディスクながら、聴き応えは十分です。

 冒頭から速めのテンポでドラマティックにたたみかける表現ですが、全体としては構成力に優れた印象。各場面を滑らかに連結しながら、雄弁に起伏を描きつつ全体のプロポーションをタイトに造形する語り口は、さすがオペラ指揮者としても才覚を発揮してきた人だけあります。自然に音楽を高揚させ、美しいラインを描きながら《歓喜と情熱について》に突入する辺りの呼吸は絶妙。

 若い頃のデイヴィスに時々感じられた、やや線の細い音作りも影を潜め、ここは豊潤かつ骨太な響きが力強い限り。それでも、内声に緻密な処理が施されていると思われる、オルガンのごとく見事に整えられたソノリティと豊かな和声感は、彼の美点としてここでも挙げられます。リズム感もよく、細部の描写も繊細で、オケも技術、音色ともに優秀。暖色系のソノリティに、柔らかな手触りがあるのも好感触ですが、ヴァイオリン・ソロはオケの一部という感じで、あまり大きくクローズ・アップされていません。

“流れるようなテンポで、全曲を一気呵成にひと筆書き。ややメリハリを欠く面も”

ウラディーミル・ユロフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団

(録音:2016年  レーベル:ペンタトーン)

 マーラーの交響詩《葬礼》、交響的前奏曲とカップリング。同コンビのR・シュトラウス録音は、アルプス交響曲もあります。オルガン・パートは聖マティアス教会で別録りされ、ベルリン放送局本館で収録されたオケ本体にミックスされています。

 流れるように速いテンポを採択し、まるで一筆書きのように全篇を描き上げたような趣。冒頭部分が個性的で、スピーディな棒で一気呵成に駆け抜けるのもそうですが、ティンパニなど、弱音からクレッシェンドしてくるような雰囲気もあります(この箇所全体が、弱音から徐々に盛り上がってくるように設計されています)。《歓喜と情熱について》などは非常に流麗なタッチで、むしろリリカルな語り口。

 全体に、そっと音を置きにゆくような手付きが随所に聴かれ、この作品にありがちなものものしさや巨大なスケール感は、意図的に排除されているようです。細部や弱音部の精度はさすがユロフスキで、オケもよく練られた艶美かつ緻密なサウンドで応えていて魅力的。しなやかなカンタービレも魅力ですが、曲想の変転やアクセントの決め所など、音楽のアウトラインがしばしばメリハリを欠いて聴こえるのは好みを分つ所です。後半も見通しが良く、大音量で威圧する事がありません。

“精緻な響きと豊かな歌謡性。一方で、常設オケではないデメリットも”

リッカルド・シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団

(録音:2017年  レーベル:デッカ)

 シャイー初のシュトラウス・アルバムで、《ティル》《死と変容》《7つのヴェールの踊り》とカップリング。私は常設ではない団体にどうも関心が湧かないので、せっかくのシャイー初のR・シュトラウス録音がこのオケなのは残念ですが、ヴィオラのヴォルフラム・クリスト、チェロのクレメンス・ハーゲン、フルートのジャック・ズーン、クラリネットのアレッサンドロ・カルボナーレなどメンバー表にそうそうたる面子が並んでいて、確かにこれはこれで壮観です。

 シャイーのアプローチは遅めのテンポでフレーズをたっぷり歌わせ、細部をじっくりと掘り下げるもの。そこに、マーラーの演奏でも顕著だった明晰な響きがプラスされた格好です。そのため、ちょっと聴いた感じでは王道のスタイルに感じられますが、スーパー・オケの威力を生かした精度の高い合奏は聴き所。メリハリの効かせ方や動機を隈取って強調する手法にも、独自の工夫がみられます。

 後半部は特にそうですが、立体的でカラフルなサウンド作りはシャイーならでは。しなやかな歌心も随所に盛り込まれ、温度感のある豊麗な響きの中に明敏な表現を繰り広げます。ただやはり、一定のライン以上には踏み込まないもどかしさもあり、オケがゲヴァントハウス管などであれば、と思ってしまうのも事実。

 2/23 追加!

“大家のような恰幅と、個性的なスコア解釈を両立させた再録音盤”

アンドリス・ネルソンス指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2021年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ゲヴァントハウス管とボストン響を振り分けた管弦楽団作品7枚組ボックスから。ネルソンスの同曲としては、バーミンガム市響との旧盤からわずか9年での再録音。

 冒頭部分は正攻法だが、恰幅がよく、大家のような重厚感がある。たっぷり間合いを空けて開始する弱音部は、かなりのスロー・テンポ。主題提示でフレーズを短く区切っているのが個性的で、新世代らしくフレージング再解釈の気風を感じる。逆に大きく加速し、機敏な合奏で突入する《歓喜と情熱について》は、ソフト・ランディングで丁寧に歌い始めるのがユニーク。

 概して表現の精度が高く、各部を丹念に磨き上げているのは彼らしい所。また各パートの歌い回しに妖艶なまでの粘性があり、淡白に陥らない濃密な語り口も好印象。《舞踏の歌》も相当に芝居がかった表情を付けてゆくヴァイオリン・ソロと共に、随所にブレイクやルバートを挟んでニュアンス濃いめ。終結部に向かっての超スロー・テンポも、まるでマーラーを思わせる異色の解釈。

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