リムスキー=コルサコフ/交響組曲《シェエラザード》

概観

 R・コルサコフ作品の中でも圧倒的人気を誇る曲。一流編曲家として引っ張りだこだったオーケストレーションの腕はともかく、作曲家としてはどうも冴えないというか、次に人気のある《スペイン奇想曲》《ロシアの復活祭》もどこか俗っぽくて底が浅い感じ。それでもジンマンがたくさん録音している彼のマイナー作品、《金鶏》や《サルタン王の物語》、《雪姫》、《アンタール》なんかはなかなか魅力的な楽想もあり、もっと演奏されて然るべきかもしれない。

 この曲も、私など平素はそう聴きたい欲求が湧いてこず、さして内容の深い作品とも言えないが、下記リストだとケンペ、マゼール/クリーヴランド管、コンドラシン、マルケヴィッチ/フランス国立管、プレヴィン、デュトワ、ミュンフン、バレンボイム、ゲルギエフ/ミュンヘン盤はいずれ劣らぬ超名演で、俯瞰で見ると、内容の割には名盤の生まれやすい曲。

*紹介ディスク一覧

52年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団   

57年 アンチェル/ベルリン放送交響楽団  

57年 モントゥー/ロンドン交響楽団

58年 ドラティ/ミネアポリス交響楽団   

62年 マルケヴィッチ/ロンドン交響楽団   

66年 シルヴェストリ/ボーンマス交響楽団  

67年 ケンペ/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団  

69年 小澤征爾/シカゴ交響楽団

74年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック  

77年 小澤征爾/ボストン交響楽団   

77年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団  

79年 コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

80年 マルケヴィッチ/フランス国立管弦楽団  

81年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

81年 プレヴィン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

82年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団   

82年 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団

83年 デュトワ/モントリオール交響楽団

85年 マゼール/ベルリン・フィルハーモニ−管弦楽団

87年 メータ/イスラエル・フィルハーモニ−管弦楽団  

92年 ミュンフン/パリ・バスティーユ管弦楽団

93年 小澤征爾/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

93年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

94年 大野和士/東京フィルハーモニー交響楽団

01年 ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管弦楽団

04年 飯森範親/ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団

08年 西本智実/ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団 

17年 ゲルギエフ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 

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“指揮者唯一の同曲録音ながら、古色蒼然としたスタイルで一部のファン向け”

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 

(録音:1952年  レーベル:エラート) *モノラル

 クリュイタンスはステレオ時代にこの曲を録音しておらず、残念ながらこれが唯一の録音。モノラルなので強音部はやや飽和・混濁しますが、細部は鮮明だし、ブラスの抜けも良く、ファンなら持っていてもいいディスクかもしれません。一般に薦めるには、他に良い競合盤がたくさんあります。

 オケは技術に難もあり、響きも古色蒼然としていますが、この時代のパリのスタイルが好きな音楽ファンには稀少なディスク。ゆったりとしたテンポ、明朗な色彩で表情豊かに旋律を歌わせた演奏で、特にソロ楽器のパフォーマンスは魅力的です。第4楽章は、力感はまあ充分として、もう少しシャープなエッジと抜けの良さが欲しい所。

“アンチェル一流の指揮に、オケの艶っぽく美麗な音色。モノラルながら鮮烈な名盤”

カレル・アンチェル指揮 ベルリン放送交響楽団

(録音:1957年  レーベル:THARA)  *モノラル

 当コンビの数少ない録音の一つで、VENIASのコレクション・ボックスにも入っています。モノラルながら非常に鮮明で、高音域の抜けが良い上、ホールトーンも豊富に取り込んでいて聴きやすい音。手兵のチェコ・フィルではないですが、清澄で滋味豊かな音色は共通で、合奏がものの見事に統率され、凝集度の高い緊密なパフォーマンスを展開している所は圧巻です。指揮者のスキルの高さが如実に伺える録音。

 第1楽章は速めのテンポで推進力が強く、各フレーズを流麗に歌わせた演奏ですが、ヴァイオリン・ソロは即興的な間合いでロマンティック。細部が緻密な上に叙情性が豊かなのは正にアンチェルの棒で、ドラマティックな語り口にも思わず引き込まれます。金管を伴うトゥッティの有機的な迫力もさすが。第2楽章もヴァイオリン・ソロが情熱的で、主部への誘導が巧妙そのもの。各パートのソロが多い楽章ですが、音色、歌い回しともリスナーの耳を悩殺します。

 第3楽章も流れがよく、弦の艶やかなカンタービレがすこぶる魅力的。中間部の性格の掴み方も巧みだし、見事なアゴーギクで緩急を引き締めているので、美麗ではあっても甘ったるくはなりません。第4楽章はイン・テンポを基調にしつつも、エッジを効かせてシャープに造形。派手な演出を避ける一方で、有機的な迫力を生んでいます。モノラルである事を忘れさせるほど、鮮烈な演奏。

急速なテンポと荒々しい金管。意外に果敢な攻めを見せるモントゥー

ピエール・モントゥー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1957年  レーベル:デッカ

 ロンドン響と多くのディスクを残しているモントゥーのステレオ初期盤。オケは概して優秀で申し分なしですが、デッドな録音と相まって音色的魅力に乏しく、これがパリ音楽院のオケであったらと思わなくもありません。全編を通じてテンポがすこぶる速く、第3楽章など、情感の漂う間もなく駆け足で通過してしまいますが、トゥッティ部の激しい表現にはプラスに働いています。

 第1楽章のクライマックスは、妙によそよそしく抑制を効かせる指揮者も多い中、アインザッツを前のめりに突っ込んでテンポを煽るモントゥーは果敢そのもの。ブラスも強奏で大いに張り切りますが、終楽章の嵐の場面など、美感を欠いてうるさく聴こえる傾向あり。どのパートもフレージングに粘り気が一切ないので、ヴァイオリン・ソロのシェエラザードの主題など、清澄な叙情が漂うのは美点です。

“明快極まる棒さばきで、情感過多のスコアをバランス良く聴かせる”

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団

(録音:1958年  レーベル:マーキュリー)

 ドラティの珍しい《シェエラザード》録音。生々しく鮮明な音で、もう少し残響があればとも思いますが、音自体には柔らかさや潤いもあり、切れっ切れのドライなサウンドにはなっていません。情感たっぷりに演奏されると少々疲れる曲ですが、全てが明快なドラティの棒は、作品の魅力を適度に残しながらも、バランス良く音楽的に聴かせてくれます。

 第1楽章は、かなり速いテンポでさっと一筆書き。冒頭の主題も短めに音を切って、きびきびと造形します。ヴァイオリン・ソロは冴え冴えした音色であっさりめ。主部もテンポが速く、推進力の強い表現です。停滞感がない流れがすこぶる爽快で、作品に付きまとう面倒臭さを軽減。残響のデッドさも、細部まで明瞭に聴かせる点ではメリットと言えます。

 第2楽章も大袈裟な所がなく、速めのテンポできりりと引き締めたフォルムが見事。辛口の表現ですが、仕上げは丁寧で、各パートの音色も滑らかで美しいです。第3楽章もこれみよがしなルバートを用いず、清潔な歌い回しが魅力的。それでいてちょっとした表情に詩的な美しさがあり、はっと胸を突かれる場面もあります。中間部も軽快かつ明晰。

 第4楽章は全く気負いがなく、小気味の良い演奏。無用なケレン味を作品から取り去った代わり、強弱やフレージングのニュアンスは非常に細やかで、純粋に音楽的な魅力を抽出した佳演という他ありません。シャープなエッジや、バスドラムなど低音のパンチも十分効いています。ピッコロやトランペットの急速なタンギングなど、スピードと技巧を追求するスリリングな性質もあり。

“ストレートな表現はいいものの、オケの響きが荒れて美感を欠くのが残念”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1962年  レーベル:フィリップス)

 マルケヴィッチの同曲ステレオ盤は晩年にフランス国立管との再録音もあり。ロンドン響の同曲録音としてはモントゥー、ストコフスキー両盤の中間くらいの時期に収録されていますが、相変わらず音色の魅力に欠け、聴き通すのがしんどい点は共通しています。マルケヴィッチ盤としては、後の再録音の方が圧倒的に優れた内容。

 第1楽章は冒頭から響きが荒れ気味で、ヴァイオリン・ソロもあまり印象に残らず。主部はストレートで真面目な表現で、ケレン味はありませんが、旋律は表情豊かに歌わせています。技術的には優秀なものの、音色にあまり魅力がないと冗長に感じてしまう曲ではあります。ブラスを伴うトゥッティは壮麗ですが、一定のリミットを越えるとトロンボーンが荒れて美感を欠くのは残念。

 第2楽章も各パート生き生きと演奏していて、パフォーマンスとしては悪くないかもしれません。合奏力やソロのテクニック、リズム感も問題はありませんが、指揮者の表現が端正な上にオケの音色がニュートラルと来ては、こういう作品はなかなか厳しいです。

 第3楽章も、艶やかなカンタービレや颯爽とした中間部など美点はあるのですが、どうも耳を惹かれません。チャイコフスキーでは名演を残しているコンビなのに、なぜうまく行かないのか不思議です。第4楽章もダイナミックでシャープな表現。過不足のない演奏ですが、魅力的なディスクも多い曲なので、なかなか苦しい内容だと思います。

“並外れたセンスと華麗な棒さばきで、通俗的な作品をリフレッシュ”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 ボーンマス交響楽団

(録音:1966年  レーベル:EMIクラシックス)

 個性派シルヴェストリの、数点あるボーンマス録音の一つ。高音域の華やかなサウンドですが、シルヴェストリの一連のレコーディングを聴く限り、他のオケとの録音に較べると抜けが悪く、音彩の美しさに欠けるのは残念です。指揮者の並外れたセンスとスキルの高さが表れた演奏で、この曲はもう聴き飽きたという人にも、一聴の価値があるディスク。

 第1楽章は、遅めのテンポで情感豊か。ヴァイオリンをはじめ各ソロや弦楽合奏の旋律線など、とにかくフレージングがデリケートで優美。響きの作り方もうまく、みずみずしい弦をブラスがマスキングしないバランス感覚は秀逸です。木管ソロなども、ひそやかに語りかけてくるような趣が素敵。第2楽章は卓越したリズム感、旋律のロマンティックな歌わせ方ともに素晴らしく、緩急の付け方など語り口も見事。

 第3楽章もゆったりしたテンポで、メロディを心ゆくまで歌わせる行き方。柔らかく艶やかな弦も美しいです。木管の経過句や中間部をはじめ、弱音の使い方もすこぶる繊細。第4楽章はシャープなリズムを駆使して、軽快なフットワークで一貫。テンポのコントロール、場面転換や各部のムードの掴み方、色彩感と描写力、テンポの緩急と煽り方など、どれをとっても一級という他なく、華麗かつ鮮やかな棒さばきを披露しています。

“全編全てが聴き所。滋味豊かな音楽性でスコアを名曲に変えてしまう魔法の棒に脱帽!”

ルドルフ・ケンペ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:テスタメント)

 ケンペの珍しい《シェエラザード》録音。ディスコグラフィーによれば、R・コルサコフの作品自体、ケンペによる録音はこれが唯一となっています。音揺れ、音切れもあるのが残念ですが、バスドラムの低音まで音域は広く、ブラスの抜けも良いクリアなサウンド。滋味豊かな音楽性が随所に溢れる、実に個性的な演奏で、ロイヤル・フィルもケンペの指揮で演奏していた頃が黄金期だったなと、思わず感慨に耽ってしまう瞬間もしばしばです。同じオケが後にストコフスキーとこの曲を録音するとは、信じられないくらい。

 第1楽章は冒頭からソフトで威圧感がなく、清冽極まるヴァイオリン・ソロ、すこぶる自然な主部の導入と、全てが一流の趣。弦楽群の主題提示はおだやかな表情が素晴らしく、この主題をこれほど音楽的に聴かせる演奏は稀とさえ言えます。テンポを落としてホルンと木管ソロの掛け合いに入る所も、驚くほどに情感が豊かで、巧妙な語り口。随所に間合いを取って味わい深く聴かせるソロのやり取りは、全てが聴き所と言っていい程です。強奏部における、ややエッジが効いたブラスのバランスも見事。

 第2楽章も情緒たっぷりで、事務的に淡々と流す箇所が全くありません。通俗的と感じられるこのような曲であっても、細かい部分まで真心を込めて演奏すれば名演になるという、見本のようなディスク。オケも指揮者の音楽性に心酔したかのような驚異的なパフォーマンスで、恣意的なアゴーギク操作も多いケンペの棒にぴたりと付けています。旋律線の魅力のみならず、躍動的でシャープなリズム・センスも卓抜。

 第3楽章は、速めながら流れるようなテンポが心地よく、ニュアンスの多彩さも含めて実に素敵な解釈。全体に弦の響きの美麗さが印象に残るディスクですが、特にここでは艶やかなユニゾンの音色が耳を惹きます。再現部以降も特筆大書したい素晴らしい表現が頻出。あまりの美しさに、思わず落涙しそうな瞬間も多々あります。

 第4楽章も勢いにまかせず、細部を丹念に描写した、コクと風味の濃い演奏。拡散型の派手な演奏とは違い、凝集度の高いアンサンブルを構築しているのが好印象で、繰り返されるブラスのファンファーレも、音量を抑え、軽妙なリズムで吹奏されるのが痛快。スタッカートの小気味好さも胸のすくようです。クライマックスも羽目を外す事なく、巧妙なアゴーギクと一体感のある合奏で有機的な迫力を醸します。

流麗さを追求しながらも終始淡白な演奏表現。全てが茫漠とした録音も問題あり

小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス

 小澤は後年グラモフォンにボストン響、フィリップスにウィーン・フィルと同曲を再録音しています。シカゴ響と緊密な関係にあった頃の録音で、ストレートで即物的、やや粗さの目立つ演奏も多い当コンビですが、当盤では金管の咆哮や角の立ったアクセントを敢えて排し、むしろ流麗さを追求しています。残響音をたっぷり収録したオフ気味の録音もその印象を助長しますが、音像が遠すぎて、フォーカスの甘い写真を見るようなもどかしさもあり。

 各楽器の動きやフレーズの表情がぼやけてしまっているせいか、演奏全体に生気が乏しく感じられるのも問題。オケはすこぶる優秀なのですが、結局ディティールが聴き取れないという事でしょうか。小澤は終始速めのテンポを採り、さほど表情を付けず淡々と生真面目に進めてゆく感じ。この曲の場合、演出巧者の聴かせ上手な名盤が目白押しなので、その中では淡白で一本調子に聴こえてしまうのが残念です。

“全体の語り口に抑制を効かせる一方、細部に雄弁なニュアンスと活力を盛り込む”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1974年  レーベル:デッカ)

 メータは後にイスラエル・フィルと同曲を再録音している他、フィレンツェ五月音楽祭管とロンドン・フィルの自主レーベルからもライヴ盤が出ています。当コンビとしては後期の録音にあたり、ミックスにも強調感がなく自然に整いつつ、デッカらしい生々しい質感や鮮やかな発色は維持。アナログ最盛期の優秀録音だと思います。

 第1楽章はテンポにあまり溜めがなく、表情付けもあっさりしていますが、響きに勢いと厚みがあって、色彩も鮮やかなため薄味には感じません。スコアの解釈自体はそれほど変わっていないのに、ロス時代のメータの演奏が雄弁に聴こえるのは、ひとえにこの若々しい活力と、生彩に富んだディティールゆえかと思われます。ヴァイオリン・ソロも含めて各パートのパフォーマンスも、派手に主張する感じはありません。トゥッティの響きに柔らかな弾力さえあるのは、このコンビも円熟の境地に入ったという事でしょうか。

 第2楽章は逆に、細かいルバートを盛り込んで即興的かつ濃密な歌い回し。オーボエのソロなど、比類のない美しさです。しかし筆致はソフィスティケイトされていて、金管(シャリアール王)の介入も刺々しさや威圧感がありません。東洋出身という意識ゆえか、むしろ語り口に抑制を効かせている印象です。

 第3楽章は、スロー・テンポでリリカル。やっとメータらしい粘性が出てきて、クラリネット、フルートの上昇・下降音型の合いの手も、長い音価を与えてねっとりと吹かせます。艶やかな弦のカンタービレも魅力的。コーダに至るまで、各パートのロマンティックな歌が連綿と紡がれます。第4楽章はダイナミックな棒さばきながら、強弱やテンポの振幅は抑制。スコア自体が大仕掛けで派手なので、これくらい小ざっぱりしている方が聴き疲れしない楽章でもあります。細部はあくまで生き生きと躍動。

“旧盤よりぐっと成熟した内容ながら、端正な造形と情感の淡白さは疑問”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1977年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 旧盤からわずか8年後の再録音ですが、テンポはぐっと遅くなり、別人のように成熟した演奏。残響を豊富に収録した録音は旧盤と似たコンセプトですが、オケの響きはずっとメロウで、まろやかです。各パートの表情は豊かですが、ジョセフ・シルヴァースタインのソロはあまりに真面目で、引っ込み思案。

 第1楽章は深々とした響きで角が立たないですが、付点音符の正確さにシャープなリズム感が表れています。主部もゆったりとした歩みで、柔らかなタッチ。豊麗なソノリティの中に、細やかな濃淡を描いてゆく趣です。そのため、ディティールはあくまで精緻。バス・トロンボーンのアクセントなど、控えめに輪郭を隈取る工夫はあり、ファジーにぼやけた造形にはなりません。

 第2楽章は大人しく、ソフィスティケイトされすぎた印象。トロンボーンも抑制が効いていますが、このコンビらしいエッジや、スポーティな動感はあまり出ません。各パートの音色は美しいものの、敢えて彩度は落としてある印象。第3楽章は、フレージングのセンスに長けた小澤らしい滑らかな歌い回し。わずかに粘りもあり、ちょっとしたルバートも効いていますが、情感面は淡白です。中間部は鷹揚な性格で、もう少し主部とのコントラストが欲しい所。

 第4楽章は大仰さがなく、さっぱりとした音で描写するのは趣味が良いですが、この曲の場合、何かしらの味わいは欲しくなります。この指揮者に時折ある、上品だけど印象に残りにくいタイプの演奏で、やはりウィーン・フィルとの再録音に軍配が上がります。きびきびとして歯切れの良いリズムは効果的ながら、タランテラのリズムに伴う興奮は皆無。後半の山場もタイトな造形です。

“クリーヴランド管の凄さをまざまざと見せつける、ため息しか出て来ない超絶的名演”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:デッカ)

 当コンビのR・コルサコフは《金鶏》組曲他の管弦楽曲集がある他、マゼールはピッツバーグ響と交響曲第2番《アンタール》、ベルリン・フィルと《シェエラザード》の再録音を行っています。クリーヴランド管の室内楽的アンサンブルと高度な技術は、楽器間の受け渡しが多いこの曲で予想以上の適性を発揮しており、最初から最後まで聴き所に次ぐ聴き所、全編これ、感嘆の連続といった感じ。作品の芸術的レヴェルを一段階押し上げたかのような、すこぶる付きの名演になっています。

 このオケは後任のドホナーニ時代共々、まったく何を演奏しても全編聴き所というディスクばかりで、その意味ではウィーン・フィル、ベルリン・フィルを凌駕する希有な特質を持つ団体とも言えます。当盤も、ベルリン・フィルとの再録音とは比べ物にならぬほど、目の覚めるように鮮やかな演奏。テンポ設定は新盤よりずっと速いですが、中身は当盤の方が遥かに濃密で、全体に音価を短く刈り込んで、きびきびと軽快に聴かせているのも特色です。

 第1楽章は、精緻に磨き上げられた麗しい音色を隅々まで徹底。カラフルな色彩感、ミリ単位まで完璧にコントロールされたアゴーギクとデュナーミク、冴え冴えとしたフレージング、随所に効果を発揮する切れの良いスタッカートに加え、流麗な旋律線は楽器から楽器へとめくるめくように受け継がれ、まるで魔法でも見るかのよう。

 第2楽章も艶やかな歌に溢れながら、スコアが透けて見えるようにクリアな響きでディティールを照射。卓越したリズム感と研ぎすまされた音響感覚で音楽を造形しながらも、ドラマの語り口は巧妙そのものです。特筆大書したいのは、主部のオーボエ・ソロの即興的フィーリング。さらに旋律を引き継ぐ弦楽群の、まるで一人で弾いているかのように細かく付けられた強弱のニュアンスも驚嘆ものです。

 第3楽章はソフィスティケートされて、優雅に洒落た歌い回し。デリケートな弱音を基調にしているのも当盤の特色です。予想される通り、第4楽章はいささかも重くならず、軽妙なフットワークで超絶技巧パフォーマンスを展開。機能主義的と言えなくもないですが、さりとて淡白にすぎる事もなく、雄弁と感じられるのが凄い所です。

ロシア情緒と西欧風洗練が見事に共存する、コンドラシン及び同曲の代表的名盤

キリル・コンドラシン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:フィリップス

 コンドラシンが西側に亡命してその真価を世界中に知らしめ始めた頃の名盤。同曲の代表盤にも数えられますが、コンドラシンは残念ながら、この後すぐに急逝してしまいました。西側のオケで、彼と最も相性が良かったのがコンセルトヘボウで、亡命前から度々客演を繰り返していた事もクラシック・ファンならご存知の通り。

 演奏はこの指揮者らしい、直情的で剛毅な性格ですが、コンセルトヘボウの深々と美しい響きがうまくマッチングして、ユニークな演奏となっております。コンドラシンは情緒たっぷりに旋律を歌わせるタイプではないし、ルバートを控えたイン・テンポ気味の足取りも淡々とした印象を与えますが、それでいてフレーズの途中に急激なクレッシェンド/ディミヌエンドを挟み込み、金管を豪放に咆哮させるなど、いかにもロシア風の雰囲気が濃厚。

 オケは豊かなニュアンスと柔らかな響きで好演。いわば、コンドラシンのロシア的気質とオケの西欧的洗練が相乗効果を生んだ例と言えるでしょう。第4楽章の激しく燃え上がるような熱っぽさは、正にコンドラシンならでは。

“みずみずしい音色でたっぷりと旋律を歌い上げた、知る人ぞ知る超名演”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:ピックウィック)

 英国のピックウィック(これがレーベル名かどうかも判然としないですが)によるThe Orchid Seriesという、知る人ぞ知るシリーズの一枚。ポピュラーな名曲が並んでいるので、ビギナー向けのリファレンス企画かもしれませんが、どれも80年代のデジタル録音で、何せ指揮者陣がコンドラシンやヨッフムなどその後にすぐ亡くなった巨匠達ですから、音楽ファンが注目するのも頷けます。

 マルケヴィッチも80年代に没した代表的な指揮者ですが、彼の録音はフランス物からグリーグまで数点ラインナップされていて、そのどれもが瞠目すべき超絶的名演となっているのは嬉しい所。彼の同曲は、ロンドン響との旧盤もあります。《ロシアの復活祭》とのカップリング。

 同曲屈指といって過言ではない演奏で、みずみずしいオケの響きを生かし、心ゆくまで旋律をたっぷり歌わせた素敵なアプローチ。この指揮者には珍しく、恣意的なルバートも駆使して情感豊かなカンタービレを作り出す一方、造形を崩さず、甘ったるいセンチメンタリズムに堕ちないのはさすが。くっきりとした音彩、鋭利なリズム、透徹したサウンドも健在です。

西欧の表現とは一線を画す、フェドセーエフならではのロシア風味満載ディスク

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1981年  レーベル:メロディア

 冒頭から、金管を抑えた弦主体のサウンドにレガート気味のフレージングで開始、個性的なボリス・コルサコフのヴァイオリン・ソロに、センスの良いハープのアルペジオが重ねられるのに早くも魅了されます。第1楽章は特に秀逸で、微妙にテンポを操作しながらトゥッティ部を激しく煽り、トランペットの朗々たる調べを響き渡らせるなど、正にフェドセーエフ&モスクワ放響以外の何物でもないような演奏が繰り広げられます。

 しかし第3楽章はテンポが速すぎて情緒不足。冒頭の旋律など、駆け足過ぎてアンサンブルが全く合わず、弦と木管が完全にズレていますが、ヴァイオリンのカデンツァ辺りから持ち直し、その後の盛り上げ方にさすがの貫禄をみせます。フィナーレは、いかにもロシア風の豪放な表現。この曲は、西欧の洗練された感覚できれいにまとめた演奏が非常に多いので、こういう、ロシア風味豊かなディスクは希少かも。

“プレヴィンの素敵なセンスとウィーン・フィルの魅力。正に極上のシェエラザード”

アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:フィリップス

 当コンビの録音は当時まだ少なく、フィリップスへは恐らく初だったのではないか。フィリップス・レーベルのウィーン録音自体もまだ珍しかったように記憶するが、その柔らかなサウンドには魅了される。

 プレヴィンは遅めのテンポでぐっと腰を落とし、ロシア情緒を丹念に抽出しているが、時折白けた演奏をする彼のディスクの中では、覇気と情熱と美しさにおいて傑出した部類に入る。オケのまろやかな響きを生かしながらも、力強さと鋭敏なリズムに欠ける事がなく、豊かな表情で旋律を歌い上げてゆく。

 前半2楽章の構成にも演出巧者ぶりが発揮されるが、第3楽章の弦楽群の美しさは溜め息が出る程。フィナーレの祭りの場面で金管群をあまり強奏させず、リズミカルに軽く演奏させているのも、なかなかハイセンス。

“ムーティらしい造型の妙は影を潜め、オケの名人芸に物を言わせたゴージャスな演奏”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団    

(録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス)

 ムーティの珍しいR・コルサコフ。当コンビはストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ムソルグスキー、スクリャービン、チャイコフスキーと、かなりの数のロシア音楽を録音している。彼らがオールド・メトで行った時代の録音では、比較的間接音が多く、聴きやすいサウンド。

 第1楽章は主部に入るとかなり速いテンポで推移し、波乱に満ちた幕開けを思わせるが、静かな部分でテンポを落とし、音量・速度の両面でコントラストを付けているのはムーティらしい。こういった対比は第2楽章以降で影を潜め、常套的な造型に終始してしまったのは残念。音圧が常に高く、カロリー過剰に感じる部分も無くはないが、各パートがみずみずしく歌い、旋律美は前面に出る。

 第2楽章のファゴットとそれに続くオーボエ・ソロなんて、全く惚れ惚れしてしまうようなパフォーマンス。第3楽章は艶っぽいというより爽快な歌い口で、儚げな情緒こそ乏しいものの、ヴァイオリン・ソロをはじめ流麗さに秀でる。フィナーレはムーティらしく豪胆。後半の猛烈な加速とその後の山場は、オケの技巧共々すごい。打楽器のバランスが幾分抑えられているのに対し、金管の凄まじい咆哮が他を圧する。

作品の格をも一段アップさせたような、深い情緒と老練な風格が漂う演奏

朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

(録音:1982年  レーベル:ファイヤーバード

 80年代にキングレコードから発売されたライヴ・シリーズの一枚。朝比奈の同曲録音はこれのみと思われるが、老練な棒さばきとロマンティックな一面が堪能できる希少なディスク。

 大家の風格も漂う呼吸の見事さ、スケールの大きさは、作品の格を一段アップさせているほどで、ゆったりとしたテンポで繰り広げられる第3楽章の情緒纏綿たる世界には、陶酔しつつ聴き惚れてしまう。対照的に速めのテンポを採った中間部が終わり、主部のメロディが弦楽群に戻ってくる時、朝比奈は提示部を遥かに凌駕する超スロー・テンポで旋律を歌わせるが、この解釈は本当に素晴らしい。

 第2楽章における最弱音のデリカシー、終楽章の軽妙なリズム感も、この指揮者のイメージからすると意外。オケはピッチの甘い箇所が気になるが、オーボエやクラリネットなど木管のソロも健闘。彼の非ドイツ系作品のディスクでは特に魅力的な一枚。

美麗極まる音色と緊密なアンサンブル。正に本領発揮のデュトワ&モントリオール管

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1983年  レーベル:デッカ

 《スペイン奇想曲》とカップリング。当コンビのディスクは、曲によって出来がまちまちという印象ですが、当盤は誠に素晴らしい仕上がり。デッカの録音が素晴らしく、教会特有の深い音場感を生かしつつ、各楽器の艶やかなディティールを余す所なくキャッチしています。

 音色がすこぶる魅力的で、技術面の聴かせどころが満載な点は言うまでもありませんが、デュトワがオーマンディあたりの指揮者と違うのは、決して楽天的になりすぎず、締めるべき所は締めて、常に響きとアンサンブルの緻密さを追求している点にあります。

 しかも、随所に刻まれる鋭利なリズムが音楽に緊張感をもたらし、フィナーレに向かって実に巧みに音楽を白熱させている。デュトワを保守・中庸のように言う人も多いですが、これほどの表現はなかなか聴けるものではありません。冒頭の響きから一瞬で魅せられてしまう、理想的という他ない名演。

派手な効果を敢えて狙わぬ策士マゼール。あくまでベルリン・フィルが主役のディスク

ロリン・マゼール指揮 ベルリン・フィルハーモニ−管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 マゼールの同曲録音はニュー・フィルハーモニア管とのデンオン盤、クリーヴランド管との英デッカ盤あり。冒頭から深々とした音響空間に魅せられる録音ですが、直接音はクールで冴え冴えとして、幾分細身に捉えられています。残響音がたっぷり収録されているのと、オケの音色が素晴らしく艶やかで、非常に耳に心地良いサウンド。

 派手な効果は狙わず、ゆっくりめのテンポでスケール大きく音楽を展開していますが、第1楽章主部の入りや第3楽章の中間部など、音量を落として弱音の効果を生かす部分も多く、強弱のニュアンスは全編に渡って細かく設計されています。木管を中心に、ソロ楽器が自発性を発揮しているのも聴きもの。オーケストラ演奏の魅力というこの曲の一番重要な部分を、トップ・クオリティで堪能できるディスクです。

“期待に反し、どこまでも洗練された上品な表現を指向するメータ”

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニ−管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 《ロシアの復活祭》とカップリング。メータはかつてロス・フィルと同曲を録音していて、当盤は再録音になります。ソニーがワンポイント・マイクのダイレクト録音を取り入れるギリギリ前の録音のようで、まだ自然なサウンドで聴けるのが救い。ただ演奏は旧盤と較べると洗練度を追求して、随分と大人しくなった印象です。

 第1楽章は冒頭からたっぷりとした響きで、余裕をもって演奏。主部もそうですが、響きを磨き上げ、まろやかな音色で上品に仕上げる意識が強く、このコンビに期待される異国情緒やグラマラスな雄弁さはほとんどありません。第2楽章は木管のソロこそ闊達ですが、全体に遅めのテンポで大人しめの表現。美麗に仕上げられている一方、中間部の音楽的急変も楽想の対比やメリハリが強調されず、平坦な棒に感じられます。

 第3楽章はほとんど淡白と言える歌い回しで、濃厚な情感は排する傾向。そういう演奏なら別に他の指揮者、オケでもと思うのですが、せめてこの団体の売りであるシルキー・ストリングスは堪能したかった所です。第4楽章もフォルムこそ流麗だし合奏の精度も高いですが、客観性が強く、クールな性格。高揚感や面白味は感じられません。交響曲ならともかく、標題音楽で採るアプローチとしてはあまり適切でないように思います。

弾むリズム、洒落たフレージング、これぞミュンフン&パリ・バスティーユの独壇場!

チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 当コンビ初期の名盤で、《火の鳥》組曲とカップリング。速めのテンポと弾むようなリズムを駆使した、極めてユニークな解釈で、第1楽章の主部など、フランス風の軽妙なフットワークと洒落たフレージングに驚かされます。音量も弱音主体で、威圧的な所はあまりないですが、要所要所、例えば提示部のリピートでティンパニのトレモロが激しくクレッシェンドする山場では、地の底から突き上げるような迫力を表出していて、やっぱりミュンフンだなと感じます。

 オケのサウンドも明朗で開放的。第2楽章のトロンボーンはおどろおどろしく吹奏される事が多いですが、当盤は明るくさっぱりとした音色と節回しで爽快。木管プレイヤー達のソロも色気たっぷりで耳のご馳走です。後半もかなり速いテンポ。第3楽章の声楽的な表情、第4楽章の鋭敏なリズム感はミュンフンの独壇場で、軽快さをキープしつつも最後までパワフルな牽引力で聴かせます。

“旋律線の豊かなニュアンスと、ライヴらしい感興の盛り上がり”

小澤征爾指揮 ウィーン・フィルハーモニ−管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:フィリップス)

 このコンビの録音はあまり多くない(他にドヴォルザークの8、9番、アルプス交響曲くらい)ですが、どれもライヴ録音なのが一長一短です。ホールトーンが数割減なのが音響的に残念ですが、ライヴらしい感興の盛り上がりはこの指揮者ならでは。片方を取れば片方が立たずとなるのでしょうか。ライヴではないカップリングの《ロシアの復活祭》も結構熱い演奏なので、ライヴでなくとも白熱は可能という感じもするのですが。

 演奏は旧盤と同様、速めのテンポで流麗にまとめたもので、こちらはウィーン・フィルだけあってシカゴ響よりもこのスタイルに向いているようです。ソロはみんな上手いし、第4楽章など各パートが超絶技巧的な速弾きや高速タンギングを披露する場面もあり。小澤の棒は華美に陥らずシンフォニックな性格で、作品の俗っぽい面が抑えられているのは美点。

 師匠カラヤン譲りの息の長いフレージングで一筆書きのように歌う箇所も多く、旋律線の表情が常に豊かに感じられます。第2楽章をはじめ、テンポの設計も見事第4楽章は鮮やかなリズム感で軽快さを前面に出し、音量を抑えてものものしくなりすぎないのも趣味の良い表現。緻密な内声処理によって、常にマイルドな音響を保っているのもさすがです。

オケの機能性や色彩感は埋没気味ながら、指揮者のドラマティックな演出が光る好演

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1993年  レーベル:テルデック

 同じ作曲家の《サルタン王の物語》組曲とカップリング。当コンビのテルデック録音はライヴ収録で響きがデッドなものが多いですが、こちらはスタジオ収録。響きこそ多少潤っていますが、やはりソロなどの細部が色彩感に欠け、少し地味なサウンド傾向です。演奏は、全体に遅めのテンポで心ゆくまで旋律を歌わせるスタイルで、テンポを恣意的によく動かしている点もバレンボイムらしいです。

 第1楽章はアクセントの角を取り、ソフトなタッチで一貫。主部の弦のフレージングなど、語りかけてくるような雄弁さ。山場でもブラスをマスの響きに柔らかくブレンドさせた、素晴らしくマイルドな表現。第2楽章も主部に入った所ででかなり遅いテンポを採り、異国情緒をたっぷりと表出。とにかく、旋律の歌せ方が抜群に上手いです。第3楽章も艶やかな弦の響きが魅力的で、超スロー・テンポから開始する中間部の叙情的な表現が絶妙。

 第4楽章は、祭りの場面の途中でテンポが一段上がる所がスリリングで、さすがはオペラ指揮者としても活躍するバレンボイムらしいドラマティックな演出だと思いました。せっかくシカゴ響を振っているのだから、もう少し名技性やパワーの表出があってもよかったと感じますが、その分、作品の俗っぽさが軽減し、格調の高さを増した印象。個人的には同曲屈指の名演と感じます。

“演奏技術は充分に高度ながら、大野和士らしい劇的白熱がどこか希薄なライヴ・ディスク”

大野和士指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

(録音:1994年  レーベル:ブレイン・ミュージック)

 2枚発売された東フィルのヨーロッパ・ツアー・ライヴの1枚で、カップリングは《ドン・ファン》。英・カーディフのセント・デイヴィッド・ホールでの演奏です。演奏は、この指揮者にしては随分安全運転というか、同じツアーでの他の曲目に見られる劇的な白熱は希薄、という印象を受けました。

 豊麗ながら透明度の高い響きは特筆ものだし、うねるような旋律の歌わせ方も素晴らしいのですが、この曲にはどうも、何か独自の事をやらないと面白味が出ない性質があるように思います。リズムも小気味良く刻まれますが、軽妙ではあってもどこか重量感に不足するような。この際、現代性よりもロマンティックな表現に傾いた方が良かったかもしれません。オケのコンディションも万全で録音も聴きやすいですから、ディスクとしてのレヴェルは高いのですが…。

“強弱とテンポのニュアンスを自在に操った、良くも悪くもゲルギエフ流のシェエラザード”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 キーロフ歌劇場管弦楽団

(録音:2001年  レーベル:フィリップス)

 ゲルギエフの話題盤。同曲の後に、ボロディンの《中央アジアの草原にて》とバラキレフの《イスラメイ》(管弦楽版)がカップリングされています。同じロシア勢でもフェドセーエフの豪胆さとはまた別の柔軟さと多彩な表情を見せる演奏。特に弱音部のデリカシーと表情豊かな旋律線は魅力的ですが、金管が威圧的に鳴り響く場面でも、音色が耳に柔らかいのは美点。木管のソロなども、最弱音を駆使して詩情たっぷりです。

 凄いのが第4楽章。疾風のごときテンポで色彩とリズムの饗宴を繰り広げる所、いかにも熱狂に飢えるクラシック・ファンを喜ばせる要素が満載ですが、私などは一歩引いてしまうというか、ボリショイ・サーカスの派手なアクロバットを想起しないでもありません。問題は録音。ライヴでもないのに放送録音みたくトゥッティの響きが大きく歪むのはなぜなのでしょうか。

“どうにも方向性の見えぬ飯森の棒。目詰まりしたような暗いサウンドも問題”

飯森範親指揮 ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2004年  レーベル:GENUIN)

 ドイツのレーベルから出ているディスクで、レスピーギの組曲《シバの女王ベルキス》とカップリングされたもの。選曲も良く、期待して聴いたアルバムですが、響きが目詰まりしたように地味で暗く、力感もうまく解放されないで内にこもるもどかしさがあります。

 テンポは中庸で、表現も清潔というか、奇を衒った所がないのはいいとして、オケの音色がハスキーなせいか、それとも録音が悪いのか、響きがくぐもって、作品に必要な艶やかさが完全に不足。実演での指揮ぶりを見ていると実にパワフルで、ムーティの楷書的かつ豪放なバトンさばきを彷彿させるこの指揮者。少なくとも当盤では、そのパワーが頭打ちになってしまう印象を受けます。

“情緒たっぷりに旋律を歌わせた、ドラマティックな好演。オケとの相性も抜群”

西本智実指揮 ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:2008年  レーベル:キングレコード)

 ドヴォルザークの新世界に続く、当コンビのレコーディング第2弾。リストの前奏曲とメフィストワルツ第1番をカップリングしています。西本智実はこのオケと相性が良いようで、モスクワではどうもしっくりこない録音も多いのに比べ、当盤は前作ともども会心の出来映え。そういえばテレビ番組のインタビューで、同オケのコンサート・ミストレスが「私はロシア系だから、ロシアでキャリアを積んだ彼女の表現はよく理解出来る」と答えていました。録音スタジオの響きも良く、程よい残響を伴って爽快なサウンドを繰り広げるのが好感度大。高音域の抜けが良い一方、バスドラムの重低音も力強くキャッチされています。

 演奏は、ゆったりとしたテンポで情緒をたっぷり表出した、作品の特質にぴったり合ったもの。旋律線のしなやかな歌わせ方に、指揮者の個性が良く出ています。第1楽章と第2楽章は繋げて演奏。第2楽章中間部のトロンボーンなども、レガート気味に柔らかく吹奏されています。終楽章もディティールの動きまで克明に処理してスピード感と緻密さを両立させる一方、クライマックスの造型も見事で、ドラマ性豊か。オケも各パート好演しています。

“ボックスセット収録ながら、旧盤をよりブラッシュ・アップした近年稀に見る名演”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2017年  レーベル:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団アーカイヴ)

 同オケ125周年記念セットに収録のライヴ音源で、ストラヴィンスキーの管楽器のための交響曲とカップリング。ロシアによるウクライナ侵攻問題で解任される前に発売されたセットで、ゲルギエフは例外的にもう1枚、ショスタコーヴィチの第4番も収録されていて、現役シェフの特別扱い。彼の同曲録音は、キーロフ歌劇場のオケとのフィリップス盤もあります。ミュンヘン・フィルのシェエラザード録音も、かなり珍しい印象。

 第1楽章冒頭の柔らかくたっぷりとした響きは、聴きようによってはロシア風。オケが優秀で、各パートとも艶っぽい音色で好演しているし、語尾を伸ばすソステヌートのフレージングや、楽想を区切らず次へ次へとひたすら繋いでゆく語り口も、ロシアの団体を彷彿させます。そもそも瞬間瞬間に拘泥せず、全体を一筆書きで一気呵成に描き上げるスタイルは、若い頃のゲルギエフの美点でもありました。西欧でのキャリアが潰えたとはいえ、その資質がここで健在だと分かるのは嬉しい事です。

 第2楽章も、前の楽章から流れが続いているかのごとく、ぐいぐいと進行。あっという間に次の世界へと連れてゆかれます。気負いのない棒さばきながら、細部の表情は生き生きとして濃密で、ビジネスライクに受け流す粗雑さはありません。名門オケのデモンストレーションとしても、聴き所満載。

 第3楽章は、超スロー・テンポで東洋情緒と哀感をたっぷりと表出した名演。R・コルサコフ作品のようなさほど内実のない音楽は、多少デフォルメしてでも情感をしっかり描いてこそです。中間部の軽快なタッチも対比が効いていて秀逸。エキゾティズムや旋律美も、余す所なく抽出されています。主部に戻った所での、切ない寂寥感を漂わせる歌いっぷりもしみじみと胸を打つ名調子。

 第4楽章は旧盤ほど猛烈ではないものの、超絶技巧で聴き手を圧倒。キーロフほど悪趣味に感じないのは、全体にパフォーマンスが洗練されているからでしょうか。密度の高い合奏は決して粗くならず、クライマックスでも響きが美麗です。単発では入手できないとはいえ、近年稀にみるお薦め盤。あまり新譜が出なくなった曲ですし、音質もオケもキーロフ盤よりクオリティが上なので、聴いてみる価値のある一枚です。

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