モーツァルト/交響曲第40番

概観

 小ト短調と呼ばれる25番と並んで、モーツァルトの交響曲中たった2曲の短調作品として有名な曲。形式の点から見ると、この曲は第1楽章だけでなく、第2、4楽章もソナタ形式で書かれているという、まるでソナタ形式礼賛!みたいなシンフォニーでもある。

 この時期のモーツァルト作品としてはティンパニが入っていないのも特徴だが、代わりに当時まだ新しくて彼が好きだった楽器、クラリネットの存在感がしっかり出ているのもこの曲の特色。全4楽章が緊密に構成された、文字通りの傑作。

 筆者は古楽アンサンブルは苦手だが、モダン楽器でも俊敏で軽いタッチの、優美な演奏を好む。下記の通り、室内オケすらほとんどなく、ほとんどがモダンのフル編成オケによる演奏。その線でのお薦めはケルテス盤、クーベリック盤、マッケラス盤、ブロムシュテット/バイエルン盤が圧倒的名演。

*紹介ディスク一覧

65年 ジュリーニ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団  

70年 セル/クリーヴランド管弦楽団

72年 ケルテス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

76年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

0年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団

80年 サヴァリッシュ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

81年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン

83年 アーノンクール/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

86年 マッケラス/プラハ室内管弦楽団  

8年 C・デイヴィス/シュターツカペレ・ドレスデン

89年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

90年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団  

1年 ジュリーニ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

91年 ムーティ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

13年 ブロムシュテット/バイエルン放送交響楽団  

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“集中力の高い合奏とみずみずしい音色美。バランスの良いジュリーニ初期盤”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1965年  レーベル:デッカ)

 ジュリーニの珍しいデッカ録音で、ジュピターとのカップリング。彼は後にベルリン・フィルと第39、40、41番、協奏交響曲を録音しています。残響と直接音のバランスが良いデッカらしい録音で、柔らかな手触りもあり。指揮者の鼻歌もはっきりと聴き取れます。オケのみずみずしい響きと、柔らかくしなやかな歌は魅力的で、定評のある弦楽セクションの音色美がよく生かされた演奏。

 第1楽章は適度に推進力があり、流麗なカンタービレを克明なリズムと合奏で支えてゆく辺りは、壮年期のジュリーニらしい表現です。晩年の再録音ほどソステヌート一辺倒ではないものの、音価は長めに採られる傾向。一方で合奏はギシギシと軋みをあげるほど意志力が強く、特に管楽器のアクセントや内声は、突出するほどではないにせよ、バランス的に強調されている印象を受けます。内的感興が熱く高揚するのは美点。

 第2楽章は、導入部からテヌートを徹底させてジュリーニ節全開。テンポも遅く、相当にリリカルな解釈と言えますが、ジュリーニらしい慈愛の表現と取るべきなのでしょう。弱音のデリカシーと詩情も聴き所。第3楽章は強いアタックを用いず、ロングトーンでフレーズを形成する意識が強いですが、それでも音に覇気が漲り、前に歩を進めようとする凛々しさがあるため、再録音盤に聴かれる蝸牛のごとき重々しさからは救われています。木管の彩りも美しく、発色が鮮やか。

 第4楽章も鋭敏でこそないものの、軽快なタッチとスピード感があり、こういうジュリーニなら大歓迎です。アンサンブルも緊密に統率され、集中力の高い凝集された表現が見事。編成は減らしているのかどうか分かりませんが、すっきりと澄んでいる上にフットワークが軽く、いわゆる分厚い響きではありません。

鉄壁のアンサンブルを繰り広げる伝説の東京ライヴ。モーツァルトらしさは希薄

ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1970年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 音楽ファンの間では伝説となっている、東京文化会館での来日公演ライヴで、ウェーバーの《オベロン》序曲とシベリウスの第2交響曲と、当日のプログラムが丸ごと収録された2枚組。当コンビは同曲を、この数年前にスタジオ録音しています。奥行き感が浅く、響きがデッドで潤いに乏しいのは致し方ありませんが、直接音がオン気味の距離感で大変生々しく、鮮度の高いサウンドではあります。

 冒頭、少し足取りが揃わないというか、つまづき気味に開始されるのはご愛嬌ですが、その後はフィナーレまで鉄壁のアンサンブルを展開。聴衆の度肝を抜いたというのもうなずける演奏です。弦セクションは音圧が高く、切っ先が鋭い上、細かいパッセージをもの凄い勢いで駆け抜けるので、いかにもヴィルトオーゾ風のテクニカルな演奏に聴こえます。線的にきつい表現は、モーツァルトらしい優雅な雰囲気を欠きがちですが、アメリカ型機能主義の凄さは十二分に発揮。

 セルの棒は強弱の変化や細やかなニュアンスに富んでいて、彼のイメージからすると意外にロマンティックな印象も受けます。現代の指揮者による表現がセル以上に客観的になってきているという事かもしれません。私の好みとは少し違いますが、怒濤のフィナーレはやはり圧倒的。

正に音楽そのもの! 美しくも生き生きと躍動する、ケルテスの素晴らしいモーツァルト

イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1972年  レーベル:デッカ

 当コンビはモーツァルトをかなり録音していますが、これは最後のセッション。ケルテスとしても、最晩年のディスクに当たります。デッカの録音が、残響を多めに取り入れたウェットなもので、細かい音符が埋もれてしまう傾向もありますが、ウィーン・フィルの柔らかなサウンドが満ち渡る素晴らしいディスクです。

 それに、ケルテスのアーティキュレーションがもたらす表情の自然な事といったら! こういう演奏をこそ“音楽的”というのでしょうね。速めのテンポと爽快なリズムのおかげで、音楽が決して重くならず、常に生き生きと躍動しているのも美点。第2楽章の、ウィーン・フィルの自発性を生かしたパフォーマンスは、正に至福の音世界です。終楽章の疾走感溢れる音楽作りも素晴らしく、颯爽たる響きも印象的。個人的にもお気に入りのディスクの一つです。

“カラヤン苦戦。響きの雑味と何がしかの小細工が、音楽の自然な流れを損なう結果に”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団   

(録音:1976年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)    

 カラヤンによる同曲はベルリン・フィルとの再録音となる他、ウィーン・フィルともデッカに録音があります。巷で盛んに言われるほど重々しいモーツァルトではなく、両端楽章などは颯爽たるテンポでスピーディに曲を運んでいますが、響きにどこか雑味があって、カラヤン&ベルリン・フィルと聞いて即座にイメージするような美麗な演奏とまではいかないのが残念です。

 第2楽章なども、意外に速いテンポで淡々と流した印象。作品に底流する悲劇性がそれほど出てこないのはいいとして、それならば開き直り、徹底的に美しさを追求した方がよかったかもしれません。何か工夫を凝らそうとしているのがどうもすっきりしない感じで、かえって音楽の流れを悪くしているように聴こえます。モーツァルトの作品が、演奏者にとって難しいと言われる理由が少し分かるような演奏。

透明な響きと軽妙なリズム。中欧のロマンティシズムをものの見事に体現する大家の至芸

ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1980年  レーベル:ソニー・クラシカル

 我が国のレコード・アカデミー賞にも輝いた後期交響曲集の一枚で、41番とカップリング。クーベリック晩年のCBSへの録音は、シューマンやブルックナーなど、改めてこの指揮者の素晴らしさを世に知らしめた名演ばかりですが、こちらも珠玉の名盤。

 彼のモーツァルトが素晴らしいのは、まず響きが透明で軽いこと。作品に必要な軽さと暖かみを、これほど美しく瑞々しい響きで体現させた指揮者は稀でしょう。アタックを強調せず、柔らかな手触りを追求しているせいもありますが、人柄なのか何なのか、ごく自然に中欧のロマンティックな情緒が流れ出してくる棒さばきは、正に至芸。ゆったりとしたテンポ設定ですが、リズムに対する感性が鋭敏で、溌剌とした躍動感が爽快です。後半2楽章はほぼアタッカで演奏。

“疾走するテンポと鋭利な切り口で、終始テンションの高さを維持したライヴ盤”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:スプラフォン)

 第41番、ヴァイオリンとオーケストラのためのアダージョK261(ソロはスーク)とカップリングしたライヴ盤。当コンビは38、39番も録音している他、サヴァリッシュにはウィーン・フィル、バイエルン放送響とのライヴ盤も含め、協奏曲、オペラにも及ぶ幾つかのモーツァルト録音があります。

 第1楽章はテンポが非常に速く、音圧も高くて勢いの強い演奏。音価もスタッカートで短く切っている箇所が多いです。足取りも軽快ですが、間合いを極限まで詰めたような表現で、常にテンションが高く、焦燥感に満ちたパフォーマンスに感じられます。残響の少ない録音とも相まって、実に密度の濃い合奏を展開。サヴァリッシュの棒も、隙あらば加速してオケを煽ろうという気配が窺えます。 

 第2楽章はテンポが少し落ち着きますが、弦のアタックに並々ならぬエネルギー感が漲っているのは、当盤の特色。いわゆる貴族趣味的な、優雅なモーツァルト像とは一線を画する、鋭さと熱さを持った表現です。

 第3楽章もテンポこそ中庸ですが、決然とした調子があり、凛々しい佇まいが印象的。弦の美しい音色も魅力です。第4楽章では再び急速なテンポを採り、緊密なアンサンブルできりりと造形。どの楽章もそうですが、鋭利な切り口を感じさせるアインザッツが、演奏全体の緊張感を高めています。  

古典的枠組みから逸脱せず、整然たる表現を冷静に展開するブロムシュテット

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1981年  レーベル:デンオン

 第41番とカップリング。当コンビは38、39番も録音しています。この演奏には、当曲に根強く付きまとう“疾走する悲しみ”というイメージがほとんど感じられません。古典的枠組みから逸脱せず、終始節度を保った演奏で、フレーズにあまり表情が付けられていないせいか、ロマン的情緒を厳しく禁じるような風情が感じられます。

 テンポも慌てず急がず、あらゆる音が整然と並んでいる様相。知性が全てに勝る古色蒼然たる表現とも言えますが、後年のブロムシュテットの円熟や、ベートーヴェンでの豊かな感興、R・シュトラウス作品に溢れる表現意欲を聴いた耳には、少々意外な感じもするモーツァルト観でした。録音のせいか、オケの魅力もデイヴィス盤ほど出てこない恨みがあり、管弦のバランスは申し分ないにも関わらず、どこか醒めたムードが漂います。

目の覚めるように斬新な表現ながら、今の耳には美しく響く不思議さ

ニコラウス・アーノンクール指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:テルデック

 当コンビのモーツァルト・ツィクルスの一環で、25番とのカップリング。アーノンクールはヨーロッパ室内管、コンツェントゥス・ムジクスと同曲を再録音しています。このシリーズが出た時は相当な衝撃を受けた覚えがありますが、ピリオド奏法や古楽器の音色に慣れた今の耳で聴くと、当盤の響きは雑音性が高いどころか、典雅な美しさに満ちているのに驚きます。この音に拒否反応を示したなんて、信じられないくらい。

 アーノンクールの解釈は今聴いても目の覚めるように新鮮で、急速なテンポと軽妙なフットワーク、強弱の激しいコントラスト、スタッカートとスラーを独自に組み換えたフレージングなど、冒頭楽章から早くも魅了されます。かつてバッハに革命をもたらしたグレン・グールドの表現には、多少なりとも作為的な匂いがしましたが、当盤のフレージングには不思議と強い説得力があり、私にはむしろ自然に感じられるほど。

 第2楽章もすこぶる速いテンポで演奏していますが、全てのリピートを完全実行しているので演奏時間は何と12分以上。メヌエットも、主部をこれまた軽快なステップと疾風のごときテンポで駆け抜けつつ、中間部でテンポを落としてコントラストを強調。フィナーレは、彼としては常套的なテンポ設定ですが、後半部分を丸ごとリピートしているため、終わったと思ったらまだ音楽が続きます。

“H.I.P.に先駆けながら豊かな滋味も備える、今も多くの人にとって理想的な表現”

チャールズ・マッケラス指揮 プラハ室内管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:テラーク) 

 全集録音から。当コンビはセレナードも数曲録音しています。基本的にこの全集は、後期から初期作品へと録音を進め、90年に完成。会場はドブリーシュ城が多いですが、当盤はスプラフォンなど他レーベルもよく使っている、芸術家の家での収録です。やや距離を取ってたっぷりと残響を取り込んだ、テラークらしい自然なサウンド・イメージ。

 第1楽章は、速めのテンポでシャープに造形。小編成なので響きがすっきりしているのは想像通りですが、合奏が緻密で、アインザッツもアーティキュレーション描写も非常に精度が高いです。ただ、古楽系の過激な表現主義はなく、細部の豊富なニュアンスもさすがチェコの音楽家たち。80年代半ばにこの軽さを追求できたのは先進的で、H.I.P.は歓迎だけれど古楽器の音色は苦手というリスナーには、当時最適の選択肢だったかもしれません。

 第2楽章もある程度ゆったりしたテンポは採りますが、プロポーションは引き締まり、集中力を途切らせません。各パートの歌は実に味わい深く、チェコ・フィルに引けを取らない団体だと分かります。第3楽章も急速なテンポと軽快極まるフットワークが、ほとんどバロック音楽。マッケラスがヘンデルのスペシャリストでもあった事を思い出します。アタックに適度な勢いと鋭さがありますが、決して刺々しくならない所は趣味の良さ。

 第4楽章もタイトに造形され、疾走感もあります。鋭敏なリズム感も小気味好いですが、随所に聴かれる流麗で洒脱とも言えるオケのパフォーマンスは、純音楽的に素晴らしい聴きもの。H.I.P.のスタイルでありながら、古典音楽の豊かな滋味も備える、恐らくは今の時代でも多くの人にとって理想的な表現です。

弾力のあるリズムとこだわり抜いたアーティキュレーション。指揮者の並外れた才気が横溢

コリン・デイヴィス指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1988年  レーベル:フィリップス

 当コンビはモーツァルトの交響曲を28番から41番まで録音していますが、これら全てを収めた5枚組のセットはレコード業界の経営再編によって、当初発売されてきたフィリップスではなく英デッカから発売されました。外箱にもブックレットにもフィリップスのロゴは見当たらず、レーベルの雰囲気が完全にデッカ色に変わってしまったのは寂しい限りです。

 当コンビのモーツァルトは重厚に過ぎるきらいがありますが、この曲はきびきびとした音楽作りで、若い頃のデイヴィスを彷彿させます。折り目正しいテンポ運びと細部まで徹底的にこだわったアーティキュレーションは彼ならでは。わけてもリズムにはバネのような弾力があり、連符の最後の音を勢い良く切った後、その弾みを利用して次の音へと着地するようなリズム処理は、独特のフレッシュな躍動感を醸し出します。

 又、第2楽章全体を非常に弱い響きの中に置き、後の二つの楽章で音量を元に戻して切れ味鋭いアプローチを見せつつ、フィナーレの第2主題では豊かな感興を横溢させるなど、指揮者の才気が随所に発揮されています。シュターツカペレの手堅いアンサンブルと美しい響きも聴きもの。

“ウィーン・フィルの伝統と経験に全てを語らせた、モーツァルト演奏王道の魅力

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:1989年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)    

 モーツァルトの交響曲で全集録音を達成した指揮者は非常に少なく、モダン・オケではこのレヴァイン盤しかないのではないでしょうか。ウィーン・フィルが名門レーベルでこの企画を敢行するにあたって、レヴァインに白羽の矢を立てたというのは、それだけ彼の才能がヨーロッパで高く買われていたという事です。当シリーズは我が国でも発売当初から評価が高く、評論家の投票企画でも、一時は当全集の音源がよく高順位に入っていました。

 演奏は、第1楽章冒頭から旋律線が艶やかに歌い、当オケの音色的魅力を十二分に味わせるもの。テンポは中庸で無理がないですが、コントラストは明瞭に付けられているし、アクセントにも勢いがあって、全体に覇気が漲る印象です。もっとも、決して指揮者が声高に主張する演奏ではなく、あくまでオケの持ち味を全面に出そうというアプローチ。

 全てのリピートを実行しているので、偶数楽章は演奏時間がかなり長くなっていますが、そこにレヴァインのこだわりも感じます。フィナーレの適度な推進力も快調で、冗長さは感じさせません。ウィーン・フィルに全幅の信用を寄せ、彼らの伝統と経験に全てを語らせる事で豊かな内容を盛り込んだ、ある意味したたかな演奏といえるでしょう。

“颯爽としてスマートな演奏ながら、中欧情緒や面白味に欠けるドホナーニ”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団    

(録音:1990年  レーベル:デッカ)

 当コンビはかなりのモーツァルト録音を残していて、後期シンフォニーの他にセレナードや、オケの首席奏者をソロに迎えた木管コンチェルトも多く録音しています。同オケのモーツァルトといえばセルの演奏が有名ですが、さすがにドホナーニの表現は、オケの編成こそ大きいものの、より客観的でスマート。リズムの切れがよく、テンポも速めです。

 響きのバランスも、木管やホルンがかなり耳に入ってきて、いわゆるヨーロッパ的な色彩感とは少々異なります。この解釈は、彼が常にモーツァルトとウェーベルンをカップリングしてリリースしてきた所にヒントがあるのかもしれません。颯爽と流れる美しい演奏ではありますが、数あるディスクの中で特に面白いものかどうかは微妙な所です。ロマン派や近現代の音楽には恐るべき才能を発揮するドホナーニにとっても、やはり古典は難しいジャンルなのでしょうか。

ひたすら遅いテンポ、愛撫するような表情、ジュリーニ晩年の耽美的音世界を堪能

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ソニー・クラシカル

 ジュリーニ最晩年の録音で、ジュピター交響曲とのカップリング。ジュリーニは同オケと39番&協奏交響曲を録音している他、60年代に同曲をニュー・フィルハーモニア管と録音しています(珍しい事にデッカ・レーベル)。まず、イエス・キリスト教会で収録されたサウンドが素晴らしく、豊かな残響音を伴って弦も管楽器も柔らかくブレンドしています。

 ジュリーニの表現も、全てのフレーズからアクセントを取っ払い、ひたすら優しく音を並べてゆくようなもので、まるで大切な物にそっと触れるような趣。ティンパニや金管楽器が使われないこの曲では特にその印象が強いですが、フィナーレにおいてさえスタッカートもほとんど使わず、テヌート気味のアーティキュレーションと息の長いフレージングで一貫。

 表情付けがそういった調子の上、テンポも極度に遅いため、全体がある種の均質性に覆われるというか、例えば楽章間の対比、或いは第3楽章における主部とトリオの対比などは、あまり明瞭に出てこない恨みもあります。管弦の響きに、人工的に磨き上げたような華美な色艶がないのはジュリーニの美点かもしれません。

“落ち着いた風情ながら、鋭いアクセントとタイトな造形で自らの美意識を徹底させるムーティ

リッカルド・ムーティ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:1992年  レーベル:フィリップス)    

 当コンビはフィリップスに数枚のモーツァルト録音を残しています。第1楽章は、落ち着いたテンポで堂々と演奏されますが、やや鋭さのあるアクセントやリズムの切り口がムーティらしく、いかにもきりりと引き締まった造形が印象的です。それほど編成を減らさず、豊かな響きを維持しながら、独自の美意識に基づいて彫りの深いプロポーションと均整美を追求しているのも、この指揮者らしい所。

 第2楽章は、原典主義者ムーティの面目躍如で全てのリピートを実行、演奏時間は15分に達しています(レヴァイン盤もですが)。これはもう、2回続けて演奏しているようなものですね。彼が志向する明るい響きも、オケの優雅な音色と相まって実に美しいです。第3楽章も凛々しい演奏。音圧が高めで、決然とした調子が支配的ですが、トリオの艶やかさは印象的です。

 フィナーレもリピート実行で倍の長さ。強弱や色彩のコントラストが強く、テンポは速めで颯爽としています。指揮者の個性は出ていますが、現役アーティストによる演奏としては、最もヨーロッパ的な演奏と言えるのではないでしょうか。今ではムーティですら、ヨーロッパの伝統を体現する数少ない一人になってしまったという事ですね。

“常に勉強しているマエストロの、感動的な進化と深化”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2013年  レーベル:BRクラシック)

 楽団自主レーベルから出たライヴ盤で、第40番とカップリング(後に第39番も加えて再発売)。ブロムシュテットはシュターツカペレ・ドレスデンとこのカップリング及び、38、39番を過去に録音している。客演ではよく顔を合わせているコンビだが、録音は珍しく、他には同オケのブルックナー演奏をまとめたボックス・セットに入っている第9番とシューベルトの《ザ・グレイト》のライヴ音源しかない。

 私が深く感動させられるのは、ここで彼がこの30年間のHIPも含めた演奏史の変遷をきっちり踏まえている事で、そこに音楽家としての誠実さが表れているから。テンポは中庸でモダン楽器のオケではあるが、ヴィブラートは抑制され、フレーズは短く、強弱は明瞭に対比されている。編成も小さくしている様子。

 第1楽章は、くっきりとした輪郭と明確な語調。フレーズの掴み方が明らかにバロック寄りで、フォルテを強烈に生かす辺り、意外にもアーノンクールの83年盤と近い表情を付与している。しかし響きはまろやかで美しく、清新でみずみずしい歌心に心が洗われる。さりげなくもしみじみとした叙情は実に味わい深い。きびきびとしたリズムが端正でシャープなフォルムを形成している辺り、この指揮者らしいモダンなリアリストの性格も健在。

 第2楽章は非常に速いテンポを採択し、もはや旧世代のグランド・スタイルとは完全に決別。伴奏型のリズムの処理もバロック・アンサンブルのそれを想起させ、ふわりと宙に浮くようなフットワークを随所に聴かせる。冴え冴えとした筆致の中に漂う、わずかな潤いと叙情性も趣味が良く、美しい。弱音のデリカシーと詩情の豊かさも、数々の名門オケに迎えられてきたマエストロならではの境地。

 第3楽章も軽妙で優美、小回りが効いて、大編成のロマンティックなモーツァルト像に背を向ける。旧盤のも意識が覚醒した怜悧なものだったが、ここでははっきりとピリオド系スタイルの研究を経たリスナーの耳に違和感のない表現で、しかもモダンならではの滋味豊かな味わいも確保。第4楽章も室内楽に匹敵する一体感で、尖鋭を極めた合奏が圧巻。オケの上手さ、指揮者の聡明さと深い見識に脱帽するしかない。

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