ラヴェル/バレエ音楽《ダフニスとクロエ》

概観

 ラヴェルといえば一も二もなくボレロが人気だが、私は何を置いてもまず“ダフニス”、それも全曲版である。この曲は全曲版じゃないと意味がないというくらい好き。どうして第2組曲の人気が高いのかさっぱり分からなかったが、近年は事情が変わってきた。特に冒頭約十分間の《宗教的な踊り》は、神秘的で、色彩的で、官能的で、第2組曲の《夜明け》とは比較にならないほど美しい音楽だと思う。

 ラヴェルの曲は熱狂的に盛り上げがちだが、興奮して突っ走ると舞踏的なグルーヴ感は消失してしまう。《宗教的な踊り》や《海賊の踊り》、《全員の踊り》(第1部、第2部共)で快速テンポを採らない事が肝要だ。良い演奏は案外少なく、世間では定評のあるクリュイタンス盤、マルティノン盤、ブーレーズの新旧両盤、デュトワ盤は、個人的には決してお薦めしない。

 私のお気に入りは全曲版でモントゥー盤、マータ盤、マゼール/クリーヴランド盤、P・ジョルダン盤、組曲版ではビシュコフ盤、ガッティ盤が超名演。他では全曲版でミュンシュ盤、コンドラシン盤、小澤盤、レヴァイン/ウィーン盤、ラトル盤、ナガノ盤、シャイー盤、ドゥネーヴ盤、V・ユロフスキ盤、ロト盤、組曲版ではマルティノン/シカゴ盤、ブーレーズ/クリーヴランド盤、メータ盤、ムーティ盤、ヤンソンス/コンセルトヘボウ盤がお薦め。

*紹介ディスク一覧

[第2組曲]

61年 パレー/デトロイト交響楽団 

64年 モントゥー/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 

64年 マルティノン/シカゴ交響楽団  

69年 ストコフスキー/ロンドン交響楽団

70年 ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団  

70年 アバド/ボストン交響楽団   

70年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック 

76年 バレンボイム/パリ管弦楽団   

80年 マルケヴィッチ/フランス国立管弦楽団   

81年 バレンボイム/パリ管弦楽団  

82年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団  

85年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

89年 プレヴィン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック  

91年 サイモン/フィルハーモニア管弦楽団

92年 ビシュコフ/パリ管弦楽団   

94年 大野和士/東京フィルハーモニー交響楽団

97年 ゲルギエフ/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 

02年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団  

03年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団   

04年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団

07年 マゼール/ニューヨーク・フィルハーモニック

12年 ガッティ/フランス国立管弦楽団    

[第1・第2組曲]

96年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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[第2組曲]

“鮮やかな音響と明快な造形の一方で、香気と潤いも表現”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

 ウェイン州立大学女声グリークラブ

(録音:1961年  レーベル:マーキュリー)

 管弦楽曲集から。生々しい直接音のイメージが強いレーベルですが、意外に残響も取り入れられて聴きやすい録音です。

 《夜明け》は木管の浮かび上がらせ方と、整理された音響、フレージングの香気がたまりません。清澄で潤いのある響きですが、表情は明快そのもので、旋律線もくっきりと隈取っています。《無言劇》は速めのテンポ。やや奥まった定位で適度な残響に包まれたフルートが、素晴らしいパフォーマンスです。《全員の踊り》は実に鮮やか。伴奏型のリズムが堅固で、その変化も巧みに演出されています。形が崩れないのがさすがですが、音色に温度感があり、ドライな演奏にはなりません。

“繊細な語り口で官能性が随所ににじみ出る、稀少な顔合わせのライヴ盤”

ピエール・モントゥー指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1964年  レーベル:ヘリコン・クラシックス)

 オケの自主レーベルから出たライヴ録音のボックス・セットに収録。同日の演奏会をパッキングしたものと思われ、他にエルガーの《エニグマ変奏曲》、ベートーヴェンの4番もカップリングされていてます。モントゥーの同曲録音は、ロンドン響との全曲盤もあり。イスラエル・フィルとの顔合わせは非常に珍しく、メジャー録音は存在しないと思います。音像が中央に固まる感じで、左右の拡がり感はあまりないですが、一応鮮明なステレオ録音。バスドラムの低音も、きっちりキャッチされています。

 《夜明け》は木管をはじめ各パートが鮮やかに発色し、明晰な音響に聴き応えあり。オケもソロをはじめ、明るく艶っぽい音色で生き生きとしたパフォーマンスを繰り広げます。《無言劇》はソロを朗々と吹かせる事なく、弱音主体の抑制が効いたダイナミクスを維持して、微妙なルバートでかすかに揺らめく語り口。弦楽、木管セクションを中心に、官能性がフレーズのそこここに滲み出ている所は、さすがモントゥーです。遅めのテンポと細部まで丁寧な合奏で、堅実に盛り上げる《全員の踊り》も魅力的。

“ヴィルトオーゾの極致、度肝を抜く精度と鮮やかさ”

ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1964年  レーベル:RCA)

 当コンビのラヴェルは68年録音のスペイン狂詩曲、《マ・メール・ロワ》組曲、道化師の朝の歌、序奏とアレグロがありますが、この音源は64年録音で、同年収録のルーセル/《バッカスとアリアーヌ》組曲がオリジナル・カップリング。マルティノンは後に、パリ管とラヴェルの管弦楽曲全集を完成させていて定評のある演奏ですが、個人的にはシカゴ響との一連のラヴェル録音の方が、断然優れた演奏と思います。

 このコンビのラヴェルはどれも、聴き手の度肝を抜く超絶パフォーマンスばかりで、当音源も圧倒的な音楽体験。冒頭から高解像度のハイビジョン映像のように鮮やかな発色で、緻密で表現の精度が高い上に、センスが洒脱。《無言劇》のフルート・ソロなんて技術力、表現力共に、ヴィルトオーゾの極致で、唖然とするしかありません(奏者はドナルド・ペック)。《全員の踊り》は落ち着いたテンポで正確無比に刻まれるリズムが、逆に凄味を帯びてスリリング。圧倒的なクライマックスを形成します。

“全体的にオーソドックスながら、濃厚な表情。最後の一音でストコ節が炸裂”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1969年  レーベル:デッカ)

 ストコフスキー唯一の《ダフニス》。ドビュッシーの《海》《牧神の午後への前奏曲》、ベルリオーズの《妖精の踊り》がオリジナルのカップリングです。意外に作為の少ないオーソドックスなアプローチですが、最後の一音の後にコーラスの和音だけ引き延ばされ、思わずズッコケました。瑞々しくフレッシュなサウンドに収録され、フェイズ4ではないので細部の誇張や過剰な轟音はなく、爽やかな聴き心地です。ソロをはじめニュアンスの豊かな演奏ですが、濃厚な表情付けはラヴェルとしては異質。

 《夜明け》は音色がカラフルで、あらゆるフレーズがクリアに浮き彫りにされる印象。各パートが艶やかな音色で、明晰なパフォーマンスを繰り広げます。遅めのテンポで、旋律線が情緒豊かにたっぷりと歌われるのも特徴。《無言劇》も旋律美を心ゆくまで聴かせるスタイルで、下手に抑制しないのが気持ち良く聴けます。《全員の踊り》は色彩、ダイナミクスやテンポの設計が巧緻を極め、抜群のセンスを示します。ラストは前述の通り、合唱のみのクレッシェンドに仰天。

“ニューヨークでの全曲録音を凌駕する精密さと音色美”

ピエール・ブーレーズ指揮 クリーヴランド管弦楽団・合唱団

(録音:1970年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ニューヨーク・フィルとのまとまった録音に先立ち、クリーヴランド管と製作されたラヴェル・アルバムより。カップリングは《亡き王女のためのパヴァーヌ》《スペイン狂詩曲》《道化師の朝の歌》で、ブーレーズは後年これらの曲をベルリン・フィルと再録音していますが、《ダフニス》に関しては第2組曲だけの録音は当盤が唯一。アバド盤もそうですが、組曲版に合唱を用いるのは贅沢な趣向で、予算が潤沢にあった時代を偲ばせます。

 《夜明け》は冒頭から情報量が多く、ニューヨーク盤を凌駕する解像度の高さ。テンポは遅めで、ねっとりとうねる弦の旋律線も聴き手の耳を魅惑します。鮮やかながら潤いもある音色が素晴らしく、出来れば全曲盤もクリーヴランドで録音して欲しかったほど。《無言劇》は逆に速めのテンポで、即興的にアゴーギクも動かしていますが、適度な残響に包まれて凛々しく響く笛の音が幻想的。ただ、テンポが上がる箇所はかなり極端に煽ります。

 《全員の踊り》は落ち着いたテンポで、正確無比にスコアを構築。響きが透徹して木管の走句などもクリアに聴こえ、細かい音符まで完璧に吹き切っているのも痛快です。高音の抜けもよく、爽やかで見通しの良いサウンドですが、大太鼓など低音域が浅いのはデメリット。最後に思い切りテンポを上げてエンディングに駆け込むのも、演奏効果抜群の演出です。

“フランス物への適性抜群のボストン響。アバドの若々しく自在な棒さばきも見事”

クラウディオ・アバド指揮 ボストン交響楽団

 ニュー・イングランド音楽院合唱団

(録音:1970年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビの数少ないレコーディングの一つで、亡き王女のためのパヴァーヌとドビュッシーの《夜想曲》をカップリング。当コンビのディスクは他に、チャイコフスキーの《ロミオとジュリエット》とスクリャービンの《法悦の詩》をカップリングしたアルバムがあるだけと思います。ラヴェルは積極的に録音していないアバドですが(後にロンドン響と全曲盤を再録音)、当盤は好演で、なかなかこれという演奏がない第2組曲のディスクでは屈指と感じます。

 まずは残響をたっぷり収録した潤いのある録音が美しく、奥行きの深さとスケール感に事欠かない上、合唱による音場の広がりもうまく捉えています。それから小澤時代以前のボストン響が、音色・リズム感・フレージング共にフランス音楽への適性を如実に示していて、さすがはミュンシュ、モントゥーの薫陶を受けた団体だと感じさせます。特に《無言劇》におけるフルートの蠱惑的なソロは絶品。

 さらに、作品によっては不器用さも垣間見せるアバドの棒も、ここではバレエ音楽らしい緩急を見事に掴んでいるのが好印象。デュナーミクの起伏やテンポ変化の多いスコアを、完璧に掌中に収めているようです。《全員の踊り》のダイナミックでメリハリの効いた熱っぽい表現には、若き頃のアバドの美点だった直截さがよく出ています。緩急の落差が激しくて頻繁なため、山場を作るのが難しいラヴェルの音楽ですが、賢明なアバドはこの点を巧みにクリアし、白熱したクライマックスを形成。

“うなりを上げる低音部と、湿り気を帯びた旋律線。メータ節全開のラヴェル”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

 ロスアンジェルス・マスター・コラール

(録音:1970年  レーベル:デッカ)

 《ラ・ヴァルス》《マ・メール・ロワ》とカップリング。当コンビは《ボレロ》も録音しています。細部と広がりを両立させたデッカらしい優秀録音ですが、第2組曲の録音に合唱を入れていた贅沢な時代は、この辺りが最後でした。

 メータのアプローチは作曲家のスタイルでそう大きく変えるものではないので、近代作品ならどれも面白く、痛快に聴けるのが美点。特にうなりを上げるテューバやバス・トロンボーンの強靭な低音はトレードマークで、ここでも《全員の踊り》を中心にメータ節が全開です。又、《無言劇》であまり速度を落とさず、ルバートで揺らしながらテンション高くぐいぐい牽引していく辺りも聴き所。

 合奏は非常に精緻で、決してドライにならず、歌い回しに適度な湿り気があるのが東洋的官能性に繋がっています。皮相すぎて飽きてしまうオーマンディなどと違うのは、メータの演奏にある種の音楽的ロジックと奥行きがちゃんとあるからで、それは彼がオペラも得意にしている事や、ウィーンでアカデミックな教育を受けた事も関係しているのかもしれません。ウィーン・フィルやベルリン・フィルに度々呼ばれるような指揮者は、そこが違うのでしょう。

“明朗な色彩感、ねっとりと歌われる旋律線”

ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ドビュッシーの《牧神の午後》、シャブリエの狂詩曲《スペイン》、イベールの《寄港地》をカンプリングしたオムニバス・アルバムから。当コンビは後年、グラモフォンに同曲を再録音しています。

 《夜明け》は遅めのテンポで、細部が精緻。フレーズに粘りがあるのはこの指揮者らしいですが、そこに艶っぽい光沢ときらめきが放たれるのは、オケの美質。弦のハイ・ポジションや木管ソロなども、独特の明朗な音彩で聴かせます。総じてどのフレーズも、末尾までねっとりと歌われているのが特徴的。

 《無言劇》もフルートの美音が冴え渡りますが、やはり間合いをたっぷりととって心行くまで歌わせるスタイルで、スコアの官能性がよく出た表現です。《全員の踊り》も平均的なテンポながら、細部までよく照射され、緻密なサウンドとフレッシュなリズムでダイナミックに展開。オケもよく統率され、一体感のある合奏で熱っぽく盛り上げています。

“クリアで解像度高く、ディティールの集積で音楽を作るマルケヴィッチ”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ピックウィック)

 英国のピックウィック(これがレーベル名かどうかも判然としないが)によるThe Orchid Seriesの一枚。ポピュラーな名曲が並んでいるのでビギナー向けかもしれないが、どれもデジタル録音で、指揮者陣がコンドラシンやヨッフムなどその後にすぐ亡くなった巨匠達だから、音楽ファンが注目するのも頷ける。マルケヴィッチの録音も、得意のフランス物から意外なグリーグまで数点ラインナップされていて嬉しい所。

 《ボレロ》《ラ・ヴァルス》《スペイン狂詩曲》をカップリングしたラヴェル曲集より。マスの響きではなく、ディティールの総体として音を作る所がいかにも作曲家らしい視点。《夜明け》の木管楽器による波状のパターンや、《全員の踊り》のリズムなど、すこぶる解像度が高いパフォーマンス。音が鳴り切っていて、音色のセンスも抜群に良い一方、響きはとことんクリアでファジーさ一切なし。ソロもみな巧いが、バスドラムの低音が浅いのだけは少々残念。

“短期間での再録音ながら、洗練度と熱気、ダイナミックな力感がアップ”

ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ラ・ヴァルス、亡き王女のためのパヴァーヌ、ボレロをカップリングしたラヴェル・アルバムから。バレンボイムのラヴェル録音は珍しいが、当コンビはこの5年前にもCBSへ同曲を録音している。

 スコアの解釈やコンセプトは変わっておらず、スロー・テンポで各パートをねっとりと歌わせる行き方。ただ、年月を重ねてオケとの一体感が増したのか、ある種の熱っぽさも加わっているのと、ソノリティも練れているように感じる(グラモフォンの録音が良いせいもあるのかも)。《夜明け》の山場の作り方も、息の長い棒さばきが堂に入っている。

 《無言劇》のフルート・ソロは音色、歌い回しとも絶品で、思わず聴き惚れてしまうハイライト。《全員の踊り》は旧盤と同様、動感溢れる好演。ダイナミックな力感は増したようで、ティンパニの強打やエッジの効いたブラスのリズムなど、さらに刺激的な表現になっているのは歓迎される。

“見事なサウンド作りと音楽設計が光る、ムーティ会心のラヴェル演奏!”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団      

(録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス)

 他にボレロ、道化師の朝の歌を収録したラヴェル作品集より。他の2曲同様、ムーティの棒が信じられないほど演出巧者で、彼がラヴェルをこれほど見事に演奏すること自体に、失礼ながら驚いてしまう。当コンビの明るい音色は確かにラテン系の音楽に向いているが、《夜明け》でぐっと腰を落とし、落ち着いたテンポでクライマックスへ音楽を運んでゆく設計の巧妙さ、ポルタメントでゆったりとうねる弦楽群のラインの美しさといったらない。

 《無言劇》も繊細で素晴らしい造型。これと較べると、《全員の踊り》は少々力技になってしまった印象も受けるが、当コンビらしいパワフルなトゥッティが堪能できる表現。カップリングの2曲も物凄い名演なので、聴く価値は充分にあるディスク。発売当時、ムーティには辛口評が多かった志鳥栄八郎氏が、レコード芸術誌の月評で珍しく絶賛していたのを思い出す。

“精妙な弱音から土俗的な迫力までの大きな振り幅”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《亡き王女のためのパヴァーヌ》、ドビュッシーの《海》《牧神の午後》とカップリング。ラヴェルどうこうというより、完全にカラヤンのサウンド。弱音主体の精妙かつ流麗な表現の中に、ソリッドなブラスが鳴り響く音圧の高いトゥッティを挟み込んでくる。

 全体を15分強で演奏していて、流れるようなテンポでタイトに締まった造形を聴かせるのは意外。勿論、《夜明けの》溢れる色彩感は魅力的だし、《無言劇》のデリケートなソロなど、作品の美質はきちんと表出している。凄いのは《全員の踊り》で、最初から興奮気質丸出しの勢いで押すのに、さらに大太鼓の強打で煽って、土俗的なまでの迫力に到達。

“ラヴェルの音楽とある種の親和性も示すプレヴィン。甘口すぎる側面も”

アンドレ・プレヴィン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1989年  レーベル:フィリップス)

 ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》、イベールの《寄港地》、デュカスの《魔法使いの弟子》を組み合わせたフランス管弦楽曲集の音源。プレヴィンは過去に第2組曲と全曲盤の両方を、ロンドン響と録音している。

 演奏はプレヴィンらしくおだやかで上品。《夜明け》は細部を緻密に分解したりせず、ブレンドされた響きの中に主要なパッセージを浮かび上がらせる。ソフトなタッチで美麗な音響を紡ぎ、遅めのテンポで各フレーズをゆったりと鳴らし切るスタイルも、作品との相性の良さを感じさせる。オケも柔らかく、艶やかな響きで魅力的。

 《無言劇》は温度感が高く、ラヴェル特有の玲瓏たる冷ややかさとは別の趣向。ただプレヴィンのロマンティックな音楽性は、ラヴェルの音楽の特定の要素と親和性が高く、魅力的に聴こえる瞬間も多々ある。《全員の踊り》も落ち着いたテンポとまろやかなサウンドを貫徹。刺々しさがなく、響きがささくれ立たないのは美点だが、甘口すぎて時に映画音楽的に聴こえるのも事実。

緻密なディティールとまろやかにブレンドする響きを両立させた異色のラヴェル演奏

ジェフリー・サイモン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:CALA

 サイモン自身設立のレーベルから出ているラヴェル管弦楽曲集に収録。普通の選曲とは違って、ピアノ曲のアレンジ物も多数カップリングされたアルバムです。総じて遅めのテンポでゆったりと流しつつ、繊細な音色センスを発揮。フィルハーモニア管から緻密かつ多彩なサウンドを引き出しています。

 面白いのはそれが分析的傾向を持たず、むしろマスの響きがまろやかにブレンドしている所で、聴いていてとても心地よく、ラヴェルもこういうアプローチの方がいいのかなと思ったりします。《無言劇》のフルート・ソロも超スローテンポで演奏されていますが、バスのピチカートが弱過ぎて舞曲の雰囲気が消えてしまったのが残念。《全員の踊り》でも一部ティンパニのアクセントを抑制するなど、柔らかな表現で一貫しています。

“じっくりと腰を据えて音楽を設計する演出巧者なビシュコフ。パリ管の演奏もお見事”

セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:フィリップス)

 ボレロ、スペイン狂詩曲、亡き王女のためのパヴァーヌ、ラ・ヴァルスをカップリングした管弦楽曲集より。オケのパフォーマンスが素晴らしく、木管をはじめセンスの良いソロ・プレイヤーも大活躍。ややデッドな響きながら各楽器をクリアに捉えたフィリップスの録音も好印象です。

 ビシュコフの棒はなかなかに演出巧者で、ゆったりとしたテンポ設定で落ち着いて音楽に取り組んでいます。最後のクライマックスも、急がず慌てず、じっくりと腰を据えて見事な山場を形成。ダイナミクス設計の妙が光ります。当コンビのフランス物は、ベルリオーズやビゼーがやや味付けが濃厚すぎるように感じましたが、ラヴェル作品は総じて仕上がりがよく、当曲も全曲版で聴きたかったくらいの出来映え。

技術的完成度の高さと白熱のクライマックスで聴衆を熱狂させたロンドン・ライヴ

大野和士指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

(録音:1994年  レーベル:ライヴノーツ

 2枚出ている、東フィル・ヨーロッパ・ツアーのライヴ・ディスクから。当盤はミュンヘンでのヴェルディ《シチリア島の夕べの祈り》序曲、ファリャ《三角帽子》第2部と、ロンドンはロイヤル・アルバート・ホールでの同曲、松尾祐孝《フォノスフェール》第1番というラインナップ。音色的にいささかニュートラルですが、ソロもアンサンブルも技術的に高いレヴェルにあり、日本の団体としては初めてと言えるほどの熱狂的反応を各地で巻き起こしたというのもうなずける演奏です。

 大野和士の求める響きは豊麗ながら透明度が高く、旋律線にも官能的なうねりが感じられます。本領はやはり《全員の踊り》のドラマティックな白熱でしょうか。基本的には知性の勝った緻密な表現ですが、音楽全体をきっちり設計しておきながら、こういう場面で熱っぽく燃え上がるのがこの指揮者の美点。会場からもブラヴォーの嵐が飛んでいます。

“濃密さと繊細さを極めながら、過度な演出で識者を挑発する一面も”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1997年  レーベル:ラジオ・ネザーランド・ミュージック)

 ゲルギエフ・フェスティヴァルの4枚組ライヴ録音セットに収録。この指揮者らしい、暖かみと粘性、黒光りするような艶のある音色は、特にキーロフのオケとロッテルダム・フィルに顕著に出るようです。旋律線もねっとりと粘り、ラヴェルにしては異例なほど濃厚な音作りにも関わらず、全体の印象はさっぱりとしていて、胃にもたれないのもゲルギエフの不思議さ。

 《夜明け》は濃密な表現で、絡み付くようなフレージングと壮大な山場の形成がユニークですが、同時に繊細な趣もあったりします。《無言劇》はソロがやや遠目で、マスに埋没して解像度がもどかしい所。《全員の踊り》はフレーズを雄弁に歌わせるのが特色。微妙な加速も巧みですが、最後のフェルマータを永久に終らないかと思うほど長々と引き延ばすエンタメ精神は、真面目な音楽ファンを怒らせるかも。

“圧倒的な表現力を示す、恐らくは当コンビ最高の名演の一つ”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:RCO LIVE)

 同オケのライヴ録音を集成したアンソロジー・セット(2000年〜10年)から。ヤンソンスはバイエルン放送響とも同曲のライヴ盤を出していますが、演奏は当盤の方が遥かに優れています。

 《夜明け》はオケの音彩が素晴らしく、ヴィブラートやポルタメントを艶っぽく盛り込んだ弦のカンタービレは官能的だし、木管のアンサンブルなどディティールも精緻。さらに、充実しきったフォルティッシモの響きに圧倒されます。《無言劇》も、フルートはじめ各パートの美音と表現力が見事なのと、指揮者も触発されてか巧緻を極めたアゴーギクで雄弁に音楽を作り上げてゆく様に、思わず息を呑みます。それに木管のアルペジオやトゥッティの響きの美しさ!

 《全員の踊り》は生き生きとしたリズムと、ダイナミックな運動性に溢れた名演。ティンパニや打楽器の逞しいアクセントにも迫力がありますが、オケ全体が生彩に富んだ表現を繰り広げ、好調な時の同オケならではの白熱した鮮烈な演奏を展開。聴衆も熱狂しています。

“スタイリッシュな造形、洗練された音色で点描的に表現”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2003年  レーベル:テラーク)

 《ダフニスとクロエ》第2組曲、《亡き王女のためのパヴァーヌ》《ラ・ヴァルス》、《マ・メール・ロワ》組曲をカップリング。当コンビの録音は、マスタリングの音量レヴェルが低い感じなのに大太鼓の重低音が過剰で、ヴォリューム調整に苦労します。

 《夜明け》は緻密なディティール彫琢を徹底し、磨き抜かれた音色で点描的に表現。端正な造形でスタイリッシュですが、旋律線はしなやかに歌っています。《無言劇》も抑制が効いて繊細。明るく拡散してゆくサンドではなく、凝集型の響きなので、どことな90年代以降のブーレーズと共通する雰囲気もありますが、その意味ではオケに今一歩の魅力が欲しい所。《全員の踊り》も精確なリズムで几帳面に造形。弱音を基調にダイナミクスの設計をして、やたらと声高に熱狂しないクールさが持ち味です。

指揮者の周到な音作りとオケの魅力で聴かせるライヴ盤。舞曲のムードは希薄

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2004年  レーベル:ソニー・クラシカル

 楽団とバイエルン放送局、ソニーの共同制作によるライヴ・シリーズの一枚で、バルトークのオケコンと《中国の不思議な役人》組曲をカップリング。《全員の踊り》でバスドラムをはじめとする打楽器の強打が全体の響きをマスキングしてしまうのは放送録音の難点ですが、全体的にはディティールまでよく捉えた、繊細な録音です。

 周到な音作りで、ドイツのオケというイメージから想像される無骨な感じはほとんどありません。木管のソロなどにも、達者なプレイヤーを揃えている同オケの強みが発揮されています。しかしラストの盛り上げ方には骨太な迫力があって、フランス流の華やかな演奏とはやっぱり違うかも。それともう一つ、ヤンソンスは器用に見えて、案外バレエや舞曲のリズムに堅さを感じさせる事があり、ここでも何となく洒脱なノリが欲しくなります。基本的にはシンフォニックな資質を持つ指揮者なのでしょう。

オケの能力を極限まで解放するマゼール。直接音を生々しく捉えた録音も圧倒的

ロリン・マゼール指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:2007年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 マゼールは過去に第1、2組曲をウィーン・フィル、全曲版をクリーヴランド管と録音しています。当盤はDGからインターネット配信されているライヴ・シリーズから、年に1枚CD化されるという選ばれしディスク。カップリングは《スペイン狂詩曲》、ストラヴィンスキーの《火の鳥》組曲と《うぐいすの歌》。ライヴながら直接音も大変生々しく、カラフルな響きと臨場感に圧倒されます。

 マゼールは、ゆったりとしたテンポでプレイヤー達の能力を解放するアプローチを採っており、それが楽員からウケが良い理由かもしれません。《無言劇》は自由な間を随所に挟み込んで、正にフルート奏者の即興的な見せ場といった雰囲気。《全員の踊り》もオケが良く鳴っていて、近年のこの団体のイメージからすると、かつてないほど生き生きとしている印象を受けます。当コンビの資質からすれば、ラヴェル、ストラヴィンスキー辺りはドンピシャなのかも。

“もの凄い名演なのに、オムニバスのセットでしか入手できないのが残念”

ダニエレ・ガッティ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:ラジオ・フランス/ina)

 楽団自主製作のオムニバス・ボックスに収録。このコンビはドビュッシーのアルバムをセッション録音していますが、このラヴェルも凄い名演です。厚みと柔らかさがあり、残響も適度に取り入れられて、とても聴きやすいライヴ音源(パリ、シャンゼリゼ劇場)。

 《夜明け》は冒頭からタッチが滑らかで、暖かみのある明るいサウンド。弦のカンタービレもしなやかで柔らかく、艶やかな美音でうねるのがすこぶる魅力的です。奇を衒った演奏ではないですが、オケの音彩がこれだけ魅力的だと、もうどこをとっても聴き所になってしまいます。木管のソロもトゥッティもやせて細身にならず、肉厚のふくよかな響きなのが好印象。

 《無言劇》は潤いのあるフルートの音色が美しく、ガッティのアゴーギク操作も巧妙で、ドラマティックな語り口。恰幅が良く、たっぷりとしていながら透明度の高いソノリティが素晴らしく、金管が添えられたフォルテでも、柔らかさを失わないのは美点です。

 《全員の踊り》は落ち着いたテンポで、細部に至るまですこぶる雄弁。合奏の精度が高く、パンチの効いたティンパニが、舞曲らしいリズミカルなグルーヴを叩き出して見事です。単独発売でも全曲録音でもないのが非常に残念な、第2組曲のディスクの中で特にお薦めしたい名演。

[第1・第2組曲]

曲の性格とは関係なく独自の道をゆくウィーン・フィル。マゼールにしては柔らかな表現も

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1996年  レーベル:RCA

 ラ・ヴァルス、スペイン狂詩曲、ボレロを収録した、同コンビ注目のラヴェル・アルバムより。珍しい第1組曲を収録しているのもユニークで、私は初めて聴きましたが、合唱のアカペラ部分が全て木管で演奏されるのに大きな違和感を持ちました。勿論この部分もラヴェルのオーケストレーションなのでしょうけど、合唱が木管アンサンブルに置き換わるだけでムードも和声感も変わってしまうのは不思議です。

 ウィーン・フィルの魅力はここでも全開。色彩的には特にカラフルという訳じゃないですが、技術的に優秀だし、ドラマを物語る感受性が非常に豊か。艶やかな光沢と柔らかなタッチには独自の説得力があるし、ふくらみのあるフレージングには独特の香気が漂い、これはこれでフランス音楽に適しているかもという印象も受けます。

 マゼールは正確極まりないリズムを画然と刻みながらも、ポルタメントも生かした流線型のフレージングを駆使。彼には珍しく柔らかな印象を与える一方、複雑なスコアを明快に聴かせる手際の良さが光ります。《海賊の踊り》ではテンポを上げすぎず、リズムの解像度を追求。《全員の踊り》も遅めで、抜群のリズム感を聴かせる辺りは旧盤を踏襲。弱音部もデリカシーに溢れ緻密そのもので、ここは全曲版で収録して欲しかったです。

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