ブラームス/交響曲第1番 

概観

 日本人が大好きで、とにかくコンサートのプログラムによく載る作品。邦人団体も来日オケもあまりにこの曲ばかり演奏するので、最近はもう《新世界》とベートーヴェンの7番と共に数年間演奏禁止にしろ、という気になってきています。他にも素晴らしい作品は山ほどあるのですから。

 ベートーヴェンが完成したこのジャンルをどうやって発展させていけば良いのか、批判精神の強いブラームスが晩年にやっとひねり出した結論だけあって、確かに非の打ち所のない傑作。ドイツ音楽の重要なレパートリーなので、昔から大指揮者による名盤に事欠きませんが、私はより現代的なアプローチに心を惹かれます。なにせシャイーやインバルなど、新ウィーン学派の作品をカップリングさせる指揮者もいるくらいで。

*紹介ディスク一覧

59年 ドラティ/ロンドン交響楽団  

62年 サヴァリッシュ/ウィーン交響楽団  

65年 ケンペ/バイエルン放送交響楽団  

67年 バルビローリ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

72年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

73年 ケルテス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

75年 ケンペ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

75年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

77年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

77年 小澤征爾/ボストン交響楽団   

79年 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団

80年 コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

81年 ジュリーニ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

82年 メータ/ニューヨーク・フィルハーモニック   

83年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団  

83年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団  

86年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団  

87年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

87年 シャイー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

89年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

89年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

90年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

91年 ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

91年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン 

92年 メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

93年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

93年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

94年 ハイティンク/ボストン交響楽団

96年 秋山和慶/札幌交響楽団

96年 ヴァント/北ドイツ放送交響楽団

96年 アーノンクール/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

98年 インバル/フランクフルト放送交響楽団

 → 後半リストへ続く

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“従来のブラームス像に捉われず、颯爽と駆け抜けるみずみずしい演奏”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1959年  レーベル:マーキュリー)

 ドラティはマーキュリーに全集録音を行っていますが、2番だけはミネアポリス響を起用しています。このレーベルらしい発色の良い鮮やかな録音と相まって、実に瑞々しく爽快な演奏。ドイツ的かどうかはともかく、終始生彩に富んだ、流麗な表現を展開します。特に、胸のすくように思い切りの良い弦のカンタービレは魅力的。終楽章を中心に、弦の急速なパッセージが素晴らしく、あまりに軽快なのでバロック風にも聴こえます。響きが明るくて軽いので、そこが好みを分つ所でしょう。

 第1楽章序奏部はドラティならエッジを効かせるかと思いきや、優しいタッチで旋律重視。主部はシャープな造形できびきびと進行しますが、各フレーズの味わいは充分で、正攻法のブラームス解釈として物足りなさは感じさせません。第2楽章も高音域の爽やかさが支配的で、バスの動きとそれに伴う重厚なハーモニーを主軸にした一般的演奏とは、いささか趣が異なります。その分、旋律美が前面に出て、木管ソロも実に優美。

 第3楽章は、速めのテンポで元気一杯。従来のブラームス像に捉われず、溌剌と歌い上げる表現は発売当時さぞ新鮮だったのではと思います。第4楽章も颯爽と駆け抜けるフレッシュな演奏ですが、弦を中心にアインザッツが極めて鋭く、エッジの効いたアタックとヴィルトオーゾ風の速弾きが迫力満点です。それでいてメカニック一辺倒ではなく、弱音部の和声やソロ楽器のニュアンスに味わいがあるのはさすが。オケがすこぶる巧いです。ティンパニのアクセントも鮮烈。

“ソフトな筆遣いを用い、なで肩の表現に徹する若きサヴァリッシュ”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団

(録音:1962年  レーベル:フィリップス)

 全集録音より。当コンビは序曲や合唱曲、《ドイツ・レクイエム》も同時期に録音している他、サヴァリッシュは後年、ロンドン・フィルとも全集録音を行っています。適度な残響も取り込まれているものの、どちらかというと直接音メインの音作りは60年代らしい所。デッドというほど乾燥してはいませんが、高音域が少しこもるのはオケのキャラクターでしょうか。

 第1楽章は主情的な溜めを排し、ストレートに淡々と開始。録音のせいもあってか、和声感はクリアに出ていて、内声の管楽器も明瞭に聴き取れます。主部は最初の一撃から覇気に乏しく、この指揮者としてはソフトな筆致を用いた印象。弦の合奏を主軸にした表現はドイツ人指揮者らしいですが、遅めを基調にアゴーギクは恣意的で、弱音部ではテンポも表情もかなり緩みます。オケはニュアンス豊富ながら、音色的魅力は一流オケに及ばず。アインザッツはきっちり揃っていますが、鋭利な切っ先はありません。

 第2楽章は、渋いながらまろやかな弦の美しさが出て、抑制を効かせつつ詩情を表出する木管ソロも好演しています。こういう曲では、ソノリティのバランスに指揮者の職人芸が発揮される感じ。第3楽章はテンポも表情も中庸で、あらゆる緩急がやんわりと抑えられる一方、小じんまりとしたフォルムに艶消されて丸みを帯びた音を盛ってゆくスタイルには、独特の味わいもあります。

 第4楽章も、冒頭のクレッシェンドとその後のトゥッティの一撃が、これ以上ないほどソフト。あくまで旋律とハーモニーの流れを重視し、アクセントは敢えて排した印象を受けます。主部も遅めのテンポで合奏を克明に構築。雄渾さや剛毅さはなく、なで肩の流麗なラインが前に出た表現ですが、スケールは小さくとも室内楽のような機動性と一体感が美点になっています。ただ、全体におっとりした性格で、スピード感やパンチ力に乏しいのは好みを分つ所。

“全編に漲る緊張と烈しさ。ライヴ指揮者ケンペの凄さを伝える超名演”

ルドルフ・ケンペ指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1965年  レーベル:Memories Reverence)

 ケンペが度々客演していたというバイエルン放送響との、数少ないライヴ録音。同年にモノラル収録された《ボレロ》とカップリングされていますが、同曲はステレオ録音です。ケンペの同曲はミュンヘン・フィルとの全集の他、ベルリン・フィルとの単発録音、他にライヴ盤も幾つかあります。玉石混淆のライヴ音源を多数発表している怪しげなレーベルですが、これは音質も演奏もハイ・クオリティの注目盤。

 当盤は、全編に漲る緊張感と凄味を帯びた烈しい表現、ロマンティックな歌心など、ミュンヘン盤とは全く違う方向性を示すアプローチ。実演指揮者としてのケンペの真価が窺える熱演に、ファンならずとも一聴に値するディスクです。又、ベルリン・フィル、ミュンヘン・フィルとのセッション録音が通常配置だったのに対し、実演でケンペがこだわったという両翼配置が採択されているのも特色。

 どの楽章も速いテンポを採択し、がっちりした構築性よりも流麗な歌が耳に残る印象。第1楽章は序奏部から音楽の輪郭がくっきり出て、オケの明朗で透明な響きも生かしています。主部は中庸のテンポで始めながら加速。特に弦のアインザッツなど、鋭い切り口と強靭なアクセントに、ミュンヘン盤にはない妙な迫力があります。一方で、テンポと強弱は自在に演出され、旋律線もしなやか。ライヴらしい熱っぽい感興もあります。

 第2楽章も速めのテンポで感情の起伏が大きく、高いテンションを維持した表現。集中力が高く、漫然と流れてゆく事がない有機的な演奏です。木管に一部ミスはあるもののアンサンブルは充実し、優美な響きで滋味豊かなケンペの棒に応えます。第3楽章もスムーズなテンポで推進力が強く、流れるような展開。そんな中でもリズムは克明に処理され、客演とは思えないほど意思が統一された合奏に、職人芸の確かさを窺わせます。

 第4楽章は冒頭から気迫が漲り、凄味のあるティンパニの強打が効果的。ただならぬ雰囲気を感じさせます。アゴーギクの操作にも強力な牽引力を示し、急激なアッチェレランドも挿入。そこへ鋭いアクセントを打ち込んでくる烈しさには、真剣勝負の緊張感が漂います。アルペン主題も情感が豊かですが、主部の弦による主題提示も、艶やかな音色で魅力的。

 その後の展開で極度にテンポを煽り、どぎついほど強めのアタックで緊迫感を高めてゆく所は実にスリリングです。ロマンティックな歌も盛り込む中、オケがヴィルトオーゾ風の凄絶な合奏を繰り広げ、最後は常識外れの猛スピードでカタルシスに向かって疾走。参りました。

ウィーン・フィルの美質を生かし、柔らかく流麗なフレージングに重きを置いた演奏

ジョン・バルビローリ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:EMIクラシックス

 全集録音中の一枚。流れるようなカンタービレに重きを置いた演奏で、作品の北ドイツ的性格とは少々乖離しています。力強さを欠くわけではなく、リズムの切れ味も鋭利ですが、ティンパニのアクセントは弱められている感じ。響きが非常にクリアで、木管なども明瞭に聴き取れる一方、高音偏重の傾向もあってピラミッド型の重厚な音響バランスではありません。ウィーン・フィルの艶やかな響き、特に旋律線の柔らかく爽快なフレージングを聴くべき演奏と言えるでしょう。

 第1楽章から開放的な歌心に溢れますが、コーダは地を這うように迫り来るスローテンポで、独特の迫力。叙情派の本領発揮たる第2楽章のみならず、第3楽章もテンポが遅く、リズムの取り方、フレーズの切り方に独特の風情が漂います。フィナーレも同様で、リズミカルなフレーズは音を短く切って、あらゆる音を克明に掘り起こすような演奏ですが、金管のコラールで極端にテンポが落ちるコーダは、すこぶる雄大な趣。

“爽やかで優美。若者が真摯に向き合った「僕らのブラームス」”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1972年  レーベル:フィリップス)

 ハイティンク最初の全集録音から。当コンビは同時に悲劇的序曲、大学祝典序曲、ハイドン変奏曲も録音している他、後年セレナード第1、2番、ハンガリー舞曲集も録音しています。ハイティンク自身は、後にボストン響と二度目の全集を完成させている他、協奏曲や合唱曲も含めるとかなりの数のブラームス録音あり。

 この全集は、ものものしさや押し付けがましさが全くなく、フレッシュな感性で描かれた、爽やかなブラームス像が素晴らしいです。素っ気なく演奏すると全く手応えがなくなる音楽でもありますが、決して音の垂れ流しにはならず、ひたむきさや若々しい気力も漲っていて、若者が真摯に向き合った「僕らのブラームス」という感じ。

 第1楽章は、落ち着いたテンポでさりげなく開始。とにかく音色が美しいです。主部は速めのテンポで推進力が強く、無類に歯切れの良いリズムが、非常な軽快さを生んでいます。アゴーギクは自然で、テンポが落ちる弱音部は情感豊かで、既にして巨匠の風格すら漂わせる佇まい。生気と躍動感に満ちたパフォーマンスながら、味わい深いしなやかな歌にも欠けていません。展開部も威圧感がなく、さくさくと進行。

 第2楽章は、しっとりと瑞々しい音色で、潤いに満ちた歌を繰り広げる好演。重厚さや渋みがなく、どこまでも親しみやすい性格です。しかし大味な所は一つもなく、入念なディティール処理を施しながら、その跡を感じさせないのはまるで熟練の至芸。表情も雄弁で、後半部の爽やかな叙情などは、滅多と聴けない素晴らしさです。

 第3楽章はほの明るい響きで、艶やかなカンタービレが横溢する魅力的な表現。常に湿度感を保持し、末端まで養分が行き渡ったサウンドは最高の聴きものです。第4楽章は威圧感こそないですが、十分に峻厳で彫りの深い造形。アルペン主題から第1主題に入る所で、少し間を挟むのは効果的です。細部の緻密さ、シャープなエッジ、力強さとスケール感など、全てを備えながら、それらを包括してごく自然な呼吸で聴かせてしまう手腕は非凡。コーダにかけての、沸き立つような高揚感も見事です。

“手垢を洗い流したようにフレッシュな演奏。オケと指揮者の美質が見事に融合”

イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:デッカ)

 全集録音より。この全集はどの曲も、タイトに締まった合奏と端正な造形の中に、みずみずしくも滋味豊かな表現を盛り込んだ名演。スコアを新鮮な感覚で蘇らせた趣があり、同じような演奏ばかりが並ぶ80年代以降のブラームスを聴き慣れた耳には、手垢を洗い流したようにフレッシュに響くのが驚きです。

 第1楽章は速めのテンポで開始。管楽器の和声はややピッチが甘いですが、テンション高く突き進む気迫があります。リピートを実行した主部はイン・テンポながら勢いが良いですが、それが実直なドイツ風の無愛想に傾かないのは、各部のニュアンスがどこまでも雄弁だからでしょう。第2楽章も速めのテンポで流麗さと滑らかさが際立ち、こんなにもウィーン・スタイルの優美な曲だったかと驚くほど。柔らかくも香しい音色と典雅な歌い回しに聴き惚れてしまいます。

 第3楽章は、明朗で発色の良い演奏。北ドイツ的な重厚さや威圧感、混濁感がないのが特徴です。第4楽章も響きがすっきりとして、目の覚めるように鮮やかなパフォーマンス。各部を生き生きと彫琢していて、のびやかな歌心が横溢します。ホルンとフルートのアルペン主題も、凛として清澄そのもの。軽快なスタッカートがあらゆる局面で効果を発揮しますが、コーダはごく自然に高揚し、力強さも充分です。

みずみずしい歌心に溢れ、リズムが冴え渡る、ケンペ会心のブラームス

ルドルフ・ケンペ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1975年  レーベル:BASF

 全集中の一枚。冒頭から響きがすっきりとして、明るく艶やかなのに耳を奪われます。ケンペの表現はあくまで弦を主体にしたもので、瑞々しいカンタービレは魅力的。響きの透明度が高く、全強奏でも木管の内声まできちんと聴き取れるほどです。編成が幾分小さく聴こえるため、重厚を極めたロマンティックなブラームス像を求める人には物足りないかもしれません。

 しかし端正な造形ながら、古典的フォルムに溢れんばかりの音楽性を詰め込んだこの演奏、私は素晴らしいと思います。歌心に満ち、リズムが冴え渡るケンペの棒は、古典的な器にも豊かな感興を目一杯盛り込む事が可能であると教えてくれます。テンポは速めで通していますが、随所に細かいアゴーギクが加えられ、終楽章コーダに向けての急激なアッチェレランドも効果的。直接音を明快に捉えた録音も演奏のコンセプトに合っています。

マゼールらしいアイデア満載の、変化に富んだユニークな演奏

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1975年  レーベル:デッカ

 全集録音中の一枚。マゼールらしい、ユニークな表現が散りばめられた演奏です。冒頭、トランペットの高音を強調した明るい響きも独特ですが、随所で突出する金管のアクセントが明瞭な句読点となっているのもマゼール流。ティンパニの連打は少々間隔が不揃いで、出だしなどはつまずき気味にスタート、主部開始後の数小節もかなり速いテンポで始まったかと思いきや、弦の刻みから常識的なテンポに落ち着きます。

 第1楽章は全体として洗練された印象ですが、普通はあまりやらないような音符をスラーで結んだりして、独特のフレージングもあります。提示部はリピートを実行。第2楽章は、これほどデュナーミクとテンポを揺らす人も珍しいのではないかというくらい、変化に富む演奏。わけても最弱音の効果は巧みに生かされていて、はっとする瞬間も多々あり。しなやかな弦のアンサンブルも印象的です。

 第4楽章では、さらにやりたい放題。歯切れの良いリズム処理と颯爽と軽いフットワークで駆け抜け、正に当コンビならではの表現を繰り広げます。非常に速いテンポで演奏されている事もあり、合奏力のパフォーマンスという性格も濃厚ですが、短いルバートをかけたり、コーダで金管のコラールをクレッシェンドさせた後、トゥッティの連打でテンポを落とし、合間合間の全休止を長めに取ってブレーキをかけるなど、ワザ師マゼールの面目躍如。

壮麗なオーケストラ・サウンドが満ち渡る、正にカラヤン印のブラームス

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 70年代の全集録音。冒頭から意外に肩の力の抜けた表現ですが、がっちりと堅固な構成の中に流麗な歌を横溢させた演奏です。オケの好調ぶりも聴き所の一つ。第1楽章主部など、かなり速めのテンポで駆け抜けながら、金管を伴うトゥッティ部の壮麗な響きは正にカラヤン・サウンド。個人的にはちょっと疲れるのですが、好きな人にはこれがたまらないのでしょうね。

 第4楽章の開始部もタメのある表情が印象的。アルペンホルンの主題をレガート気味に吹かせて、壮大なムードを醸し出しているのも聴き応えあり。主部のアゴーギクもよく考えられています。結局、金管が入ってくるたびに例の分厚く壮絶な響きが満ち渡るわけですが、確かに「これがいいのだ」と言われたら、ケンペやハイティンクの演奏はヤワという事になってしまいますね。良くも悪くもオーケストラの凄みが前面に出たパフォーマンス。

“オケの爽やかな音色を生かし、音楽をスポーティに躍動させる小澤”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1977年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 師匠カラヤンと同年、同レーベルでレコーディング。当コンビはこの2年前に第2番も録音していましたが、小澤、ボストン響双方のボックス・セットで復活するまで長らくお蔵入りになっていました。小澤のブラームス録音は意外に少なく、全集録音は後にサイトウ・キネン・オケと行った一度だけしかありません。

 第1楽章は、序奏部からさらさらとした弦の高音域が支配的。低弦やティンパニを抑えたバランスで、ソフトなアタックを徹底しています。主部は速めのテンポで、歯切れの良いスタッカートでシャープな造形を施しながらも、のびやかなカンタービレを主軸に据えた表現。重みのある溜めや間を排し、フレーズをなめらかに繋いでゆく音作りに爽やかな魅力がありますが、ブラームスにはもっと違うスタイルを求める音楽ファンも多いでしょう。

 第2楽章は逆に、遅めのテンポでレガート気味のフレージング。粘性のある歌い回しが濃厚な情緒を帯びないのは、オケのさらりと爽快な響きに依る所が大きいと思います。第3楽章もゆったりとした間合いで、柔らかな手触りと明るい色彩感が曲調と合っていて素敵。控えめなルバートも、上品な語り口にひと役買っています。オケのマイルドなサウンドも指揮者の方向性にマッチ。

 第4楽章は推進力が強く、スムーズに連結された音作りを継続しながらも、アインザッツに張りと力強さが出てきて、若々しい覇気が漲ります。既にして響きとフレーズに熟成された味わいがあるのは小澤の早熟さを表していますが、全体の印象は生き生きと躍動的でスポーティ。合奏に自然な熱と高揚感が加わるのも、この指揮者の美点です。唯一、コーダのコラールや弦の刻みにティンパニを加えているのは、オケの伝統なのかもしれませんが、強い違和感を拭えません。

朝比奈らしい独自の個性を発揮しながらも、最後まで不調の大阪フィル

朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

(録音:1979年  レーベル:ビクター

 朝比奈初の全集録音から。ライヴではなく、神戸文化ホールで公開録音されています。当盤の大阪フィルは特にコンディションが不調と感じられ、管楽器のピッチのズレに耳を覆いたくなる場面が頻出します。内声もピッチの悪さのため混濁し、時に不協和音に近い状態になったりして、これは指揮者の大ファンでもない限り、繰り返しの鑑賞は厳しいかもしれません。公開録音なら録り直せたのではと思うのですが、残念な仕上がりです。

 演奏は工夫に富んだもので、第3楽章のコーダで思い切りテンポを落としたり、第4楽章のアルペンホルン主題再現部でティンパニを激しく連打させるなど、豪放かつ老練な表現も多々あり。これまた大きく速度を落としたコーダも雄大な盛り上がり。弦の音色がつややかでみずみずしく、旋律線は殊に丁寧に仕上げられている印象。ドイツ的重厚さというより、歌への傾倒が強い表現が意外です。色彩感も明朗。やや編成が小さく感じられる録音が、響き全体の透明度を上げるのにプラスに働いています。

“意外にも軽快さを盛り込み、スピーディなテンポでタイトにまとめる”

キリル・コンドラシン指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:フィリップス)

 80年代にまとめて発表された、当コンビのライヴ音源の一つ。75年の第2番も同時に発表されました。全体を俯瞰するような遠目の距離感で収録されていますが、鮮明な直接音とホールのたっぷりした残響をうまく両立させています。

 第1楽章は衒いのない表現で、序奏部も主部も中庸のテンポで淡々とした趣。合奏は整然とまとまっていますが、古雅で柔らかな音色がこのオケらしく、さりげない態度で豊富なニュアンスを盛り込む行き方には音楽性の高さを窺わせます。すっきりした軽量級の響きは純ドイツ風のブラームスと異なり、やはりハイティンクの系譜。ほぼイン・テンポの、直截でひたむきな性格はコンドラシンらしいです。

 第2楽章は颯爽たるテンポで停滞しませんが(何と7分台で演奏!)、ダイナミクスは細かく付けて起伏も多彩。木管ソロを伴奏する弦のシンコペーションも短く切って、動的な要素を強調しています。旋律線は各パート間で巧みに受け渡され、長くしなやかなフレーズを紡いでゆく手腕も見事。明朗で透明度の高い響きも効果的です。

 第3楽章は、柔らかく沈んだ響きの作り込みが個性的で、主旋律を受け継ぐ木管群の応答も独特の音色。デリケートな弱音で、美しくもくすんだ世界を作り上げています。第4楽章序奏部は、あっさりとして端正な造形。ものものしさがない上、無用な力みや溜めもなく、淡白に表現されています。ただテンポは引き締まって推進力が強く、アルペン主題を導く最初の山もぴりっとした緊張感が印象的。

 主部はタイトな合奏と鋭いリズムで凛々しく造形し、オケは美しい音色で豊富なニュアンスを付与。艶やかな歌が随所に聴かれますが、フォルムが筋肉質なため、耽美性には流れていきません。コンドラシンと聞いて想像する剛毅な力演ではなく、ライヴらしい白熱こそあるものの、小気味好いスタッカートを駆使してまとめたコーダはむしろ軽快。

悠々たるテンポ、豊かな歌心、オケからリッチで暖かい響きを引き出すジュリーニ

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1981年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 当コンビは続いて2番を録音している他、ジュリーニは同曲を60年代にフィルハーモニア管、90年代にウィーン・フィルと録音しています。グラモフォンは当コンビの録音にずっとシュライン・オーディトリアムを使っていましたが、当盤と《運命》はデッカが使ってきたロイス・ホールで収録されており、より豊麗なサウンが魅力。全てこのホールで録音して欲しかったくらいです。

 暖かみがあって繊細な響きは、メータ時代のイメージを一新する素晴らしさ。ジュリーニは、よほど緻密なリハーサルを繰り返してこの団体を鍛え直したようです。テンポはゆったりとしていますが、とりわけ両端楽章の主部はテンポの遅さが顕著に表れて、ディティールの克明な処理、ティンパニの峻烈な強打、艶やかでみずみずしいカンタービレが彫りの深い音楽を形成します。前へ前へという推進力は不足するものの、瞬間瞬間の充実を心掛けるジュリーニの行き方もよしとしたい所。

 第1楽章は提示部のリピートも実行、演奏時間が19分近くかかっています。序奏こそ通常ですが、主部は相当なスロー・テンポ。しかし弦の切っ先が鋭く、トゥッティに渾身の力が漲ります。さりとて巨匠風の重厚さに傾かないのは、流れが良く、響きが明るいからでしょうか。テヌート、レガートを多様するものの、ゆったりとした間合いは味わい深く、明朗で混濁しない響き、切れの良いスタッカートもこの指揮者らしいもの。第4楽章第2主題の、しみじみとした優しい歌い口は独特です。

“明るく爽快な音色で濃密な表情付けを施した、特異で不思議なスタイル”

ズービン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1982年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 メータ最初の全集録音から。メータの同曲はイスラエル・フィルとの全集再録音、ウィーン・フィルとのデッカ盤もありますが、第1楽章の提示部リピートを省略しているのは当盤だけです。同コンビのブラームス録音は他に、バレンボムとの両ピアノ協奏曲、スターンとのヴァイオリン協奏曲、ズーカーマン&ハレルとの二重協奏曲もあり。

 第1楽章は冒頭から響きが軽く、明るくみずみずしい高音域が際立つ印象。気負いのない棒でさりげなく開始するのはメータ盤に共通の特徴で、柔らかなタッチが支配的です。遅めのテンポで強弱を細かく付け、恣意的なルバートも多用するので、表情付けはむしろ濃密。

 主部もスロー・テンポで、旋律線を優美な筆遣いでロマンティックに歌わせる傾向。弱音部ではぐっとテンポが落ち、巨匠風の間合いでフレーズに重みを加える場面も随所にあります。音色を磨き上げて豊麗なソノリティに仕上げるのがこの時期の当コンビの傾向ですが、弦の響きに雑味があってややざらつくのは、バーンスタイン時代から続くこのオケの難点。

 第2楽章もテンポが遅いだけでなく、あらゆるフレーズに濃厚なニュアンスを付与しているのが特徴。ねっとりとうねる艶やかなカンタービレは独特ですが、響きは透徹して明るく、都会的に洗練されているので、旧世代のグランド・スタイルともまた全然違うのがユニークです。第3楽章も優しく撫でるようなタッチで、しっとりと歌い上げて叙情的。ブラームスらしいかどうかは別にして、これはこれで特有の魅力があるのも事実です。

 第4楽章は必要な力感を示しながらも、ゆったりと構えて鷹揚な性格。ものものしさや芝居がかった所はないですが、テンポは自由に動かしていて、強弱も独自の解釈を施す箇所があったりします。滑らかなサウンドは一貫しているものの、強音部では響きの浅さとコク不足が気になる点は否めません。各部の情感が豊かな一方、山場へ向かう熱っぽい高揚感がほとんどないのも特色といえます。

“意外にも無骨さや威圧感を排し、繊細なタッチを生かした稀少なブラームス録音”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:EMIクラシックス)

 テンシュテットならブラームスなんて幾らでも録音していそうに思えますが、実は当コンビ、これが唯一の交響曲録音。他にはドイツ・レクイエムの録音があるくらいです。録音がややドライで、内声までクリアに聴かせる一方、奥行き感には欠ける傾向。

 第1楽章は、遅めのテンポでスタート。流麗で大らかな性格で、木管ソロの美しさも耳に残ります。主部も落ち着いたテンポで、みずみずしく透明な響きのおかげで、無理なく耳に入る管楽器の明るい色彩が、典型的なドイツ風とは一線を画すブラームス像を形成。ただ、提示部をリピートしないのは古風な姿勢です。木管ソロはヴィブラートが効いて艶やか。アゴーギクは柔軟で感覚的な印象で、構成の堅固さよりも、旋律美と音色を重視したようです。展開部も必要な鋭さと力感を確保しつつ、威圧感や緊張感は排除。

 第2楽章は明朗で透徹した響きの中、旋律線を艶っぽく歌わせた細密画のような表現。タッチが重苦しくならないのは、英国のオケゆえでしょうか。デリケートな音彩の美しさが映えますが、ヴァイオリン・ソロの辺りなど、決してロマンティックな方向へは行かない辛口の造形性もあります。

 第3楽章は落ち着いたテンポでデリケートに歌い上げ、中間部も焦らず、ゆったりとした佇まいで丹念に描写。色彩の美感は常に意識されていて、同じ指揮者でもドイツの団体を振った時とは印象が異なります。特に木管の音色の配合にはセンスあり。

 第4楽章はものものしさを排し、ヴァイオリンの繊細な音色を前面に出す序奏部がユニーク。アルペン主題でぐっとテンポを落とし、雄大なスケール感を表現する辺りは大物の雰囲気です。ただ、雄渾さよりもリリカルな趣が勝るのは当盤の特徴。コーダも一音一音、噛んで含めるようなアプローチです。

“自然体の棒で叙情性を表出し、モダンな造形性を前面に展開”

ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1983年  レーベル:オルフェオ)

 クーベリック唯一の全集録音から。当時はバイエルン放送響のブラームス録音も、意外にまだ少なかったです。この時期の当コンビはCBSへの録音も平行し、自然体の美しさが顕著に出て来た頃ですが、この演奏はなかなか個性的なブラームス像を提示したもの。

 提示部リピートを実行した第1楽章は、速めのテンポで開始。粒立ちの良いティンパニを軸に、豊麗ながらすっきりとした明るいソノリティで、大きく構えず、肩の力が抜けています。主部は遅めですが、音色が瑞々しく、弦の響きは爽快無比。アーティキュレーションの描き分けが徹底していて、ラインがくっきりと打ち出される上、スタッカートの切れ味が抜群です。恣意的なアゴーギクを駆使しつつも仕上がりは自然で、味わいが深いのはさすが。歌い回しもしなやかでリリカルです。

 第2楽章は遅めのテンポで、情感を込めてしっとりと歌い上げる一方、重苦しさは皆無で、優しく明朗なタッチはこのオケらしい所。フレーズの輪郭や句読点も明快です。第3楽章は落ち着いた足取りで、安定感と色彩美が際立つ印象。明瞭に隈取られた対旋律もしっとりと潤い、ゆったりと腰を据えた佇まいには風格が漂います。

 第4楽章は威圧的な態度が少しもなく、優美なプロポーションを維持。音色の多彩さが随所に出て、ホルンのアルペン主題もソフトで優しいタッチです。主部は生き生きとした動感を表出しながらも気負いがなく、さらさらと流れる爽やかな表現。コーダでは充分なメリハリを示しながら、無用な力みがなく、美しい造形感覚を維持。いわゆる北ドイツ風とは一線を画するこのブラームスはある意味モダンで、クーベリックが現代物も得意とする指揮者である事を思い出させます。

“純ドイツ風ブラームスの対極に位置する、フレッシュで躍動的な表現”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団  

(録音:1986年  レーベル:テルデック)

 全集録音中の一枚。ドホナーニはロマン派作品にも素晴らしい資質を発揮する人で、このブラームスも素晴らしいです。造型自体は極めて端正ですが、透明なサウンドを基調に、きびきびと弾むリズムと、多彩なニュアンスによって、目の覚めるようにフレッシュでみずみずしい演奏となりました。テンポは速めですが、木管等のソロをはじめ旋律を歌わせる箇所では、たっぷりと間を取ってソリストの自発性を生かし、情感たっぷり。決して淡白な演奏ではありません。

 オケも見事で、ソロが活躍する第2楽章など、惚れ惚れするようなパフォーマンス。トゥッティの響きは実に見通しがよく、パンチの効いたティンパニを核とした筋肉質のプロポーションも、均整が取れて美しいもの。テルデックのクリーヴランド録音は、ホールが同じせいか(メイソニック・オーディトリアム)デッカのサウンドに準じる好ましさを感じます。

旧盤の壮麗さに自然体の良さも加わった、カラヤン最後のデジタル再録音盤

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 デジタル録音によるカラヤン最後の全集より。テンポの設定などは70年代の旧盤とほぼ同じですが、デジタルの成果か、響きの立体感と透明度が格段に増していて、フォルティッシモでもそれほど威圧感がないのが何より。それとティンパニのアクセントがより明瞭に際立っていて、めりはりが出てきました。

 アンサンブルの精度は重視されなかったきらいもあり、アインザッツの揃わない箇所が随所に聴かれます。晩年のカラヤン特有の息の長いフレーズを作ってゆく傾向は顕著に表れていて、第2楽章主部の弦のオスティナートなども、長い長いフレーズの一部に取り込まれてしまった感じ。一体どこまでを一つのフレーズとみなしているのだろうと、驚いてしまいます。

 第1楽章の推進力がやや弱まった印象があり、より淡々として自然体の風情も漂いますが、フィナーレなどはやはり、ブルックナーばりの壮麗な音の大伽藍を築き上げるなどカラヤン節は健在。しかし木管のソロや弦のカンタービレなど、柔らかく滑らかな響きも印象的で、二種類でどちらか選ぶとしたら私ならこの再録盤を採ります。

ロマンティックな表情とモダンなセンス。柔らかな明るさに溢れた素晴らしい演奏

リッカルド・シャイー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:デッカ

 全集録音中の一枚で、大学祝典序曲をカップリング。掛け値なしに素晴らしい演奏です。響きが明るく、クリアで立体感があって、木管の内声なども非常に明瞭。どのパートも艶やかに歌っていて、このオケの実力を十二分に発揮しています。ドイツ系の重厚なブラームスとは一線を画す、明朗で柔らかな歌に溢れた異色の演奏。直接音と間接音のバランスの良い録音です。

 提示部のリピートを実行した第1楽章はテンポが遅く、粒立ちの良いティンパニが印象的。あらゆるフレーズがたっぷりと歌われていて、その効果を生かすためにひと呼吸入れる箇所が多いので、どこをとってもゆったりとした風情が感じられます。自由なアゴーギクによってテンポもかなり落ちる部分があり、往年の大指揮者を思わせるロマンティックさも持ち合わせますが、後味がさっぱりしているのは、みずみずしい音感や歯切れの良いリズムなど、モダンな感覚でスコアが読まれているからでしょう。

 息の長いフレーズを作る箇所も目立ちますが、シャイーがユニークなのは長い音符に粘性というか、強く牽引して次の音符に繋ごうとする張力が感じられる所。後の楽章も緻密なサウンド作りが印象的で、弦のアンサンブルを前面に出してラインで音楽を作ってゆく終楽章には、シェーンベルクの《浄夜》あたりと共通する雰囲気もあります。

録音のせいか細部のニュアンスが伝わらず、トゥッティの刺々しい金管も問題

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1989年  レーベル:RCA

 全集中の一枚。オフ気味で解像度の低い録音のせいか、第1楽章はどこか生気に乏しく、オケもいま一つアインザッツの鋭さに欠けてフォーカスの甘い印象。デイヴィスらしい力強さも不足します。美しい高弦に繊細さが出てくる第2楽章以降は徐々に調子を取り戻す感があって、画然たる弦のアンサンブルやアーティキュレーションのこだわりが聴かれるフィナーレに至り、やっとデイヴィスの持ち味と言える男性的な雄渾さと細部の克明な処理が効果を発揮します。

 コーダあたりは金管の強奏が幾分荒々しく、逆に美感を損ねてしまったような。インテンポ気味で古典的な造形感覚の勝った表現なので、もう少し直接音を拾ってくれていたら印象も違ったのでしょうが、これでは無表情に聴こえてしまって残念。デイヴィスは、後にシュターツカペレ・ドレスデンとの来日公演で行ったブラームスの交響曲全曲演奏をテレビで見ましたが、そちらの方がずっと良かったと記憶します。

鋭敏なアクセントと豊かなカンタービレで格調高く造型。美麗な録音も聴きもの

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:フィリップス

 交響曲全集の完結編。ハイドンの主題による変奏曲をカップリングしています。録音がすこぶる美麗。柔らかくて、明るい透明感があり、張りのある低音と爽やかな高域のバランス、豊かなホールトーンを取り入れながらも適度な距離感でディティールをキャッチと、フィリップスの独壇場。

 ムーティの表現は格調高く、落ち着いたもので、特に第1楽章は絶品。彼の表現がドラマティックで彫りが深く聴こえるのは、速度と音量の落差を大きく取っているせいであるとよく分かります。それでいて極端な感じに聴こえないのは、持って生まれた音楽的資質によるもの。弦の刻みなど鋭いアクセントを付けて演奏されますが、それが造型に厳しさをもたらし、演奏全体の緊張感に繋がっているのはムーティらしい所です。

 中間二楽章もソロを始め、歌心に溢れた美しいパフォーマンス。終楽章はもう少し熱っぽく盛り上がっても良かった感じがしますが、コーダは力強い表現で見事なエンディングを迎えます。第1楽章は提示部リピートを実行。

“王道の巨匠風スタイルに、明晰さと感覚美をプラス”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 アバド2度目の全集録音から。4つのオケを振り分けた旧全集ではウィーン・フィルを起用していました。当コンビはカップリングの管弦楽曲と合唱曲、セレナード2曲、ドイツ・レクイエム、ピアノ協奏曲2曲(ブレンデル、ポリーニとの2種)、ヴァイオリン協奏曲(ミンツ、ムローヴァ、シャハムとの3種)、二重協奏曲(ワン、シャハム)と、数多くのブラームス録音を残しています。

 第1楽章序奏部は遅めのテンポで、どっしりと安定感のあるスタート。幾分の明るさと透明度のあるソノリティは、アバドらしいです。主部は推進力が強く、弦を中心に響きの艶やかさが増して、歌い回しにしなやかさと粘性が目立つ印象。数年前のカラヤン録音とはまた違う方向性を、というオケとレーベルの意向も垣間見えます。

 一方、巨匠風のルバートなど古風なアゴーギクが随所に聴かれ、フレッシュに生まれ変わるというよりは指揮者の成熟を聴かせる面もあり。HIPで見直されたブラームス像とは、根本的に異なります。音圧が高くエネルギッシュな合奏力という、あくまでこのオケ伝来の盤石の土台に、明晰な造形性と色彩感をプラスした演奏と言えるでしょうか。

 第2楽章もこのオケらしい王道のパフォーマンスを展開しつつ、色合いの明るさと艶など、感覚美でアバドらしさを印象付けます。それでいてデリケートな弱音や内省的な寡黙さもあり、独特の奥行きと深みを感じさせる辺りが、アバドを高く評価するクラシック・ファンの多いゆえんでしょうか。第3楽章は無為に流れがちな曲想ですが、そういう落とし穴を回避しようという姿勢(というより資質)が、かえって大家の風格を彼にまとわせる結果にもなっています。

 第4楽章序奏部は、勿体ぶったものものしさがないのが好印象。アルペン主題への以降もさりげなく、ホルンのソロも素晴らしい美音。リピート時にテンポを煽るのも、大局的な視点からスコアを読んでいる証拠でしょう。第1主題は途中からぐっと加速し、熱気を増しながらスリリングな合奏を展開。ここに来て感情面でも力学的にも、攻めの姿勢に変わる印象を与えます。

 一方ではオーボエ・ソロでふわっと力を抜く、その呼吸と情感も秀逸。アーティキュレーションのこだわりも含めて仕掛けの多い演奏ではあるものの、表現意欲は強く出ています。ひたむきにコーダへと向かう姿勢も、その凛々しさに打たれる感じ。楽員達も同じ事を感じたのか、オケも相当な力演です。

自由なアゴーギクを用い、最大限に旋律美を引き出すジュリーニの至芸

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 全集録音中の一枚。ジュリーニは80年代にロスアンジェルス・フィルと1、2番を録音していますが、旧盤で行っていた第1楽章提示部のリピートは割愛されています。テンポはそれほど変わらないながら、オケの個性を全面に押し出す事でがらりと印象を変えた再録音。ウィーン・フィルによるブラームスの全集は、デジタル時代にバーンスタイン、レヴァインと、アメリカ人指揮者によるダイナミックなタイプが続きましたが、ここにきてやっとウィーン・フィルの魅力を全開させた全集の登場です。

 旧盤に聴かれたティンパニの強打は影を潜め、艶やかなカンタービレを主軸に置いた、さらに優美な演奏へと変貌。第1楽章は冒頭の序奏部から弦や木管の耽美的なカンタービレが横溢し、フレーズをたっぷりと歌わせるため、かなり恣意的なアゴーギクを設定しています。主部は足取りが重すぎる印象もありますが、同曲から最大限に旋律美を引き出した点では、バルビローリですら到達できなかった境地に達していると言っても過言ではないでしょう。コーダの、巨人が迫り来るような悠々たる歩みも独特。

 第2楽章は流麗さが勝り、スローテンポで急がず慌てず、じっくりと歌い込むスタイルです。ウィーン・フィルならではのまろやかな音色、アンサンブルの妙と和声感は魅力。第3楽章はゆったりしたテンポで柔和な表情。短いながら堂々たる風格があり、穏やかな世界が広がります。中間部のつやつやとした高弦のテヌートも、一種独特の表現。巧みなアゴーギクによる全体の物量曲線の描き方も見事です。

 第4楽章も先を急ぐ事なく、各パートを存分に歌わせながらシンフォニックに構築。いずれの楽章も、スコアに隠れた細かな美しさを発見し、そこここに傾聴すべき瞬間を作り出す味わい深い演奏です。ただ、ホールの響きもオケの表現力も当盤の方が上ながら、旧盤の方がジュリーニらしい峻烈さがあって面白かったと感じるリスナーもいるかもしれません。

指揮者、オケ共に稀少なブラ1録音。豊かな音楽性と会場の熱気を表すライヴ盤

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン  

(録音:1991年  レーベル:WEITBLICK

 当団体のブラームス録音は希少で、当曲も他にザンデルリンク盤とハイティンクのライヴ盤くらいしかないと思います。ブロムシュテットの録音も他にゲヴァントハウス管との2番(ライヴ)、4番があるのみ。ちなみに会場は、スタジオとして使われているルカ教会でも、まだ復活していなかったゼンパー・オーパーでもなく、ドレスデン市民に待望されて69年に落成したホール、クルトゥア・パラストでのライヴとなっています。

 ティンパニの骨太な打ち込みが印象的な冒頭から、このコンビらしい非常に明晰なサウンド。提示部をリピートした主部もクリアな響きで一貫していて、木管の細かい動きなど明瞭に聴こえます。ホールトーンはそれほど豊かではありませんが、流麗な歌心によって、潤いに満ちた演奏に感じられるのが何よりです。アインザッツの乱れやミスなども聴かれますが、このオケの味わい深さは格別。

 指揮者自身による詳細な解説を読むと、このオケではクラリネットやトロンボーンなど、ドイツ固有の楽器を使用している事が分かります。ブロムシュテットらしさはフィナーレに顕著で、見事という他ない各部のアゴーギクや、細かく強弱のニュアンスを付与した弦の第一主題など、随所に名人芸を発揮しています。興奮した調子で突き進むコーダも熱気十分。ライヴらしい白熱した盛り上がりです。

肩の力を抜き、大らかな表情で最後まで通した、異色の楽天的演奏

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル

 全集中の一枚。メータはニューヨーク・フィルとも全集を完成している他、同曲をウィーン・フィルとデッカに録音しています。古典的な造型ではなくロマンティックな身振りを持った表現なのですが、淡々としていて緊迫感がなく、終始肩を怒らせる事のない、大らかな演奏を聴かせます。

 フィナーレのコーダに至ってさえ切迫した調子を取る事はなく、オケからたっぷりと豊かな響きを引き出し、弦の美しさで知られるイスラエル・フィルに合った表現を心がけている印象。アクセントも強いものは聴かれません。テンポは遅めを基調に感覚的に動かし、自然なルバートは随所に盛り込まれています。私にはしっくり来ませんが、楽天的なムードを持った異色の演奏です。第1楽章は提示部のリピートを実行。

柔らかく澄み切った響きを繰り広げるシカゴ響。満を持して放つブラームス

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1993年  レーベル:テルデック

 全集録音中の一枚。私にとっては、この指揮者とオケに対するイメージを一新させられた録音で、驚きをもって受け止めました。まずは、ティンパニを筆頭に弱い音量で開始される冒頭、クリアに澄み渡って柔らかい響きに意表を衝かれます。特に、驚異的なまでにピッチの正確な弦の合奏は、まるで数名で演奏されているかのごとき繊細なラインを描いていて、パワフルなパフォーマンスで楽壇を席巻してきた同オケのイメージを払拭するに充分。

 バレンボイムは巧みなアゴーギクで気宇の大きな音楽を作り、情感も豊か。旋律線をレガートで繋いで、息の長いフレージングを心がけている上、各フレーズをたっぷりとフォローしているのも、柔和な表情に感じられる一因となっています。金管、特にトランペットを伴うトゥッティは輝かしい明るさに満ちていて、ドイツ風の重厚さとは違う方向を目指した印象もあり。このコンビのテルデック録音に多いライヴ収録ではないせいか、響きに潤いがあるのも美点。

意外に繊細な感性を見せるレヴァイン。劇的な構成力にオペラ指揮者の資質を発揮

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 シカゴ響との録音から十数年を経た、レヴァイン二度目の全集録音。当盤だけがザルツブルグ祝祭大劇場でのライヴ収録ですが、残響もたっぷりとして空間の広がりが大きく、奥行きが若干浅めに聴こえる点を除けば、ムジークフェラインザールでの録音と較べても遜色はありません。旧盤は金管の刺々しい響きが耳について粗雑な印象がありましたが、今回はウィーン・フィルの良さが出た魅力的なサウンド。

 第1楽章は速めのテンポで淡々と開始されるものの、ポルタメントを生かした艶やかな歌に溢れ、鋭いアクセントとのバランスが非常に良い効果を生んでいます。第2楽章もデュナーミクで細やかなニュアンスを作ってゆく、繊細な表現。とかく大味であっけらかんとした演奏をする指揮者と評されがちですが、そうではないと思います。ただ、表現に劇的な感覚があって、第4楽章の構成も何かドラマを語っているような、物を言いたげな風情があります。造形が隅々まで明快なのも美点。

安定感抜群。ヒューマンな温もりと潤いに満ちた、ハイティンク円熟のブラームス

ベルナルト・ハイティンク指揮 ボストン交響楽団

(録音:1994年  レーベル:フィリップス

 全集ツィクルスの一環で、最後に録音された一枚。ハイティンクはコンセルトヘボウとも全集を完成させています。合唱曲《悲歌》をカップリング。豊麗で暖かな響きは素晴らしく、ヒューマンなぬくもりに満ちた指揮者の特性とよく合っています。

 テンポの設定が見事。終始安定していて、前のめりになる箇所が全くありません。ゆったりと落ち着いた足取りの中で、各パートが潤いに溢れた歌を展開し、伸びやかなムードが横溢します。力強さにも欠けていませんが、柔和で明朗な性格なので、鬼気迫るような凄みや迫力を求める向きには物足りなく感じられるかもしれません。アゴーギクも自然に変化させますが、フィナーレのコーダはインテンポ気味の表現で、金管のコラールでもテンポを落とさずにそのままの勢いで突き進みます。

斬新ではないものの、自発的な歌と穏やかな風格が漂う味わい深いライヴ盤。オケも優秀

秋山和慶指揮 札幌交響楽団

(録音:1996年  レーベル:札幌交響楽団)

 ライヴによる全集録音。札響の充実ぶりに目を見張るディスクで、ブラインドで聴かされたら邦人団体の演奏とは分からないと思います。私はこの録音の3年前、大阪で札響の同曲を聴いた事があり、指揮は珍しい事にジェフリー・サイモンでしたが、エッジの効いた鮮烈な演奏が印象に残っています。このライヴ盤はもう少し柔らかなニュアンスを生かしたアプローチ。金管の音が混濁するのだけが難点ですが、各パートが自発的に歌う、美しいパフォーマンスです。

 力強いトゥッティ、自然な佇まい、風格の漂うフレージングと、指揮者の美点も作品にプラスに働いた印象で、いい意味で穏やかな感興に満ちています。必ずしも斬新な演奏ではないので、ディスクを何十枚も聴いた人にはあまりアピールしないかもしれません。オケや指揮者のファンにとっては、満足できるレヴェルと言えるでしょうか。豊かな味わいのある演奏である事は確かです。第3楽章の中間部から再現部に移る箇所は、何とも雄大な表現。

“重厚さと若々しい活力を併せ持つヴァント。ライヴならではの凄みもある熱演”

ギュンター・ヴァント指揮 北ドイツ放送交響楽団

(録音:1996年  レーベル:RCA)

 ライヴによる全集録音の一枚。冒頭から駆け足のようなテンポで突進しつつも、いぶし銀の重厚なサウンドで淡々と音楽を展開。まさに北ドイツのオケと老練な巨匠による音楽ですが、ヴァントの演奏はリズム的要素に鈍重な所がなく、覇気があって若々しいのが何よりです。

 オケの響きはややこもりがちの傾向もありながら、弦楽セクションなどみずみずしいサウンド。ティンパニのアクセントやトレモロも迫力があって、造形的にもごつごつとした印象を与えます。凄いのが第4楽章。ゆったりとしたテンポを採った第1主題の提示が終わり、金管も増えて次の展開に入る所で、ティンパニの強打と共に思い切りクレッシェンド。テンポを急激に上げて切迫した調子を出しています。コーダでの熱演もライヴならではの凄みがあって、ヴァントの人気の理由が何となく見えました。

“表情こそ豊かなものの、アーノンクールとしては意外に大人しくオーソドックスな表現”

ニコラウス・アーノンクール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1996年  レーベル:テルデック)

 全集録音中の一枚。アーノンクール初のブラームス、相手がベルリン・フィルとあって話題を呼んだ全集ですが、第1楽章冒頭の穏やかな開始を除けば、至極オーソドックスなアプローチと言えます。もっとも、フレーズの表情が豊かで、いちいち何かを語りかけてくるような雰囲気があるのと、金管が鋭い音彩を放つ所はアーノンクール流と言えなくもありません。第2楽章のかなり速いテンポと、ロマン的情緒を洗い流した清潔な表現も独特。

 元々変化に富む第4楽章に入っても、特に目立った斬新な解釈は聴かれない様子で、アーノンクールというだけで一体何をやらかすかと身構えるのは間違いなのかもしれません。第4楽章クライマックスの、これまた速いテンポと少し粗野にも感じられるエネルギッシュな表現は、少々うるさく感じられます。第1楽章提示部はリピートを実行。

“ひたすら透明な響きとしなやかな線の動きで描き切った、新時代のブラームス像”

エリアフ・インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団

(録音:1998年  レーベル:デンオン)

 全集録音中の一枚で、ベルクの《管弦楽のための3つの小品》をカップリング。インバルは透明な響きを追求する事で知られていますが、これは、彼が実現しているクリアなサウンドがブラームスにおいてどれほどの強みを発揮するかを物語る、素晴らしい演奏。

 ここに聴く響きは、透明度こそ高いものの軽くはなく、必要な重厚さを保持しているのに驚かされます。特に感心するのが、金管が入ってきた時の繊細で美しいソノリティと、木管ソロがマスの響きからきちんと浮き立って聴こえる事、弦の旋律線の独立した動き、特にハイポジションの美しく爽快な音色。インバルの表現にも、作品全体を線の動きで構成する傾向があります。

 無類に歯切れが良く、克明に処理されたリズムは心地良い躍動感を生みますが、響きの透明度と相まって、ほとんど小編成の演奏に聴こえる瞬間さえあります。終楽章全体の巧みなテンポ変化や、アルペンホルンの主題直前のティンパニの強打も劇的効果に富んだもの。彼がブラームスに求める明晰かつ緻密な音響の意図は、ベルク作品をカップリングしている事でより強調されています。ピリオド奏法とは全く違った次元から旧来のイメージを覆した、新時代のブラームス像。

 → 後半リストへ続く

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