ヤナーチェク/シンフォニエッタ

概観

 この曲は一応交響曲に分類されるべき作品かもしれないが、ほとんどの場合《タラス・ブーリバ》もしくは他の東欧系作曲家の曲とカップリングされており、この曲のディスクを探す人が交響曲の棚を物色する事はあまりないと思うので、敢えて管弦楽曲に分類させていただいた。

 とにかく面白い曲で、全ての楽章が聴き所の連続だが、冒頭、ホルン、トランペット、トロンボーンの3群に分かれたファンファーレから実にユニークで、民族色満点。ヤナーチェクの音楽は誰の作風にも似ていなくて、独自の音楽語法で語られているのが新鮮。一体次に何が起こるかと耳が離せない。土俗的な野性味に溢れているのも、貴族趣味的なクラシックの世界では異色である。

 村上春樹の小説『1Q84』の発表以来、作中にこの曲が出てくるせいでCDが売れ出したとの事で、きっかけは何であれ、作品の知名度が上がるのは喜ばしい事である。

 お薦めディスクは、マッケラス/ウィーン盤が文句なしの決定打だが、アンチェル盤、ジンマン盤、T・トーマス盤、インバル盤も圧倒的な名演。他ではセル盤、アバド/ロンドン盤、小澤盤、デュトワ盤も充分ファースト・チョイスになりうる素晴らしい内容。

*紹介ディスク一覧

61年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 

5年 セル/クリーヴランド管弦楽団

68年 アバド/ロンドン交響楽団   

69年 小澤征爾/シカゴ交響楽団   

0年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団

0年 マッケラス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

80年 ジンマン/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団  

2年 ラトル/フィルハーモニア管弦楽団

87年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

88年 プレヴィン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック 

89年 N・ヤルヴィ指揮 バンベルク交響楽団  

89年 インバル/ベルリン・ドイツ交響楽団

91年 デュトワ/モントリオール交響楽団  

2年 T・トーマス/ロンドン交響楽団

96年 A・デイヴィス/ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団

98年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団

2年 マッケラス/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

18年 ラトル/ロンドン交響楽団   

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“特異な音楽語法もごく自然に聴かせ、同曲解釈の正解を提示”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:スプラフォン)

 《タラス・ブーリバ》とカップリング。古い録音ですが広域の抜けがすこぶる良く、響きがすっきりと澄んでいる上、輪郭の明瞭さと柔らかさも両立しているという、このコンビ、このレーベルらしい好録音です。演奏も素晴らしく、自然体の中にも独自の語り口を展開。なにか、この曲の解釈の正解を教えられるような趣があります。オケも非常に優秀で、音色、合奏力ともに最高のパフォーマンス。

 第1楽章は物量やエッジを強調せず、整理された音響としなやかなソステヌートで聴かせる、どこまでも気持ちの良い演奏。刺々しさやうるさい箇所が全然ありません。第2楽章もごく自然なアゴーギクで曲想の変化を描き分け、みずみずしく伸びやかなカンタービレで歌い上げた名演。決して大言壮語しないのに、細部まで濃密で雄弁なのが凄い所です。

 第3楽章も淡々とした佇まいなのに味が濃く、徹底して有機的に構築された音楽に圧倒されます。説得力の強いフレージング、切っ先の鋭いリズム処理も見事。第4楽章もテンポ感がよく、スコアの持つグルーヴにジャスト・フィットしている心地よさがあります。コーダで減速する呼吸も見事。第5楽章も、オーケストレーションが最良のバランスで再現されている感覚があり、ヤナーチェクらしい特異な書法も、驚くほど自然に納得できる形で耳に入ってきます。

随所に個性的なニュアンスを付与し、セルの意外な一面を覗かせる表情豊かな名演

ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1965年  レーベル:ソニー・クラシカル

 ハンガリー出身で東欧の音楽に共感を示したセル。整然として客観性の勝った演奏のイメージも強い彼ですが、当盤は、あのセルがと耳を疑うほどニュアンス豊かで緩急に富む演奏。冒頭から、野趣溢れる金管の和声が一音ずつ切って演奏され、トロンボーンの合いの手がティンパニと共にハスキーにくぐもった響きで応じるのを聴いて「何だコレは?」と驚かされますが、聴き進むにつれ、自信に満ち溢れた棒と美しく磨かれた音色、精緻なアンサンブルに思わず聴き惚れてしまいます。

 第2楽章もテンポのコントラストを大きく付け、後半部では美しいフレージングで深い情感を表出。第4楽章コーダでは極端なテンポ変化でユーモラスに締めくくるなど、随所に個性的な表情が見られます。これがチェコのローカル色なのかどうかは分かりませんが、すこぶるユニークな感覚に貫かれた名演である事は確か。

 

“新進指揮者らしからぬ音楽性で細部に工夫を凝らした、「意識高い系」の演奏”

クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1968年  レーベル:デッカ)

 ヒンデミットの《ウェーバーの主題による変奏曲》とカップリング。アバドは後年、ベルリン・フィルとこの曲を再録音しています。直接音の生々しさとホール・トーンの美しさを両立させたデッカらしい優秀録音で、ロンドンでの収録に関してはドイツ・グラモフォンよりも遥かに音響特性が良い印象。演奏は創意工夫に富んだ清新なもので、オケのレヴェルを脇に置けば、ベルリンでの再録音よりもずっと魅力のあるディスクだと思います。

 第1楽章はゆったりとした遅めのテンポで、レガート奏法の柔らかなファンファーレで開始するのが個性的。しかしテンポが変わる箇所ではスタッカートに切り替え、鋭利なアタックを際立たせるなど、俊英指揮者の意識の高さを示します。第2楽章もニュアンスが多彩で、味の濃い表現。みずみずしく、生彩に富んだパフォーマンスが魅力的。リリカルな情感にも耳を惹かれます。

 第3楽章も成熟した音楽性を感じさせ、新進指揮者の演奏とは思えない奥行きと彫りの深さあり。チェコの指揮者以外だと細かいパッセージを淡白に流しがちですが、アバドはフレーズの性格をよく捉えています。第4楽章は肩の力の抜け具合が絶妙。それでいて、どのフレーズにも滋味豊かな味わいがあるのが凄い所。鮮烈なメリハリにも欠けていません。第5楽章も緻密で凝集度の高い表現。巧妙な設計力で盛り上げるクライマックスは、有機的な迫力に満ち溢れます。

“モダンでダイナミックな小澤の棒。ヴィルトオーゾ・オケによる超絶技巧も聴きもの”

小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団 

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス)

 若き日の小澤による珍しいヤナーチェクで、ルトスワフスキの管弦楽のための協奏曲とカップリング。彼はサイトウ・キネンで歌劇『利口な女狐の物語』を取り上げた事がありますが、ヤナーチェクのレコーディングは他に行っていないと思います。

 洗練されたモダンなセンスは予想通りですが、当盤の魅力はシカゴ響のパフォーマンスと、フレッシュでスピード感溢れる棒さばき。第3楽章のホルンによるパルスなど、アクロバティックと言える表現も頻出します。ブラスはエッジが効いて迫力満点ですが、豊かな残響を取込んだ録音のおかげで爽快なサウンドになっています。ティンパニも硬質な音色で、筋肉質なトゥッティの響きはこのオケらしい所。歪みや混濁も少なく生々しい録音で、初めてこの曲を聴く人には大いにアピールするディスクかもしれません。

作品の野性味とローカル色を捉えながらも、仕上げに粗雑さが目立つ指揮者とオケ

ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1970年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 狂詩曲《タラス・ブーリバ》とカップリング。当コンビの録音は、80年代前後の洗練された演奏のイメージがあったので、この武骨なプロポーションは意外でした。冒頭から、ホルンのコードに対するトロンボーンとティンパニの合いの手が走り気味というか、テンポの感覚がズレていて、意図的なのかどうかかなりぎくしゃくした表現を聴かせます。第2楽章以降も、音楽を精緻に組み立てるより、作品が持つ野性的なエネルギーを勢いよく表出した感じ。

 バイエルン放送響も今は機能的な西欧のオケという印象ですが、ここでの響きはむしろローカルな色彩さえ感じさせ、仕上げも粗雑と感じられる部分が多々あります。それが味なのだと言われればそれまでですが、セルの名盤を念頭に置くと、やはり演奏として十全とは言えないように思います。

堂に入った指揮者の解釈、オケの美しい響き、デッカらしい録音と、三拍子揃った決定盤

チャールズ・マッケラス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:デッカ

 狂詩曲《タラス・ブーリバ》とのカップリングで、発売当初から決定盤として評価の高かったディスク。当コンビは既にオペラを多数録音しており、ヤナーチェク再評価に貢献したマッケラスの業績は計り知れない程大きいと思います。

 細部まで表情豊かに造型された素晴らしい演奏。冒頭からまろやかな響きに魅了されます。ダイナミックなティンパニの打音も鮮烈。第3楽章の叙情的な表現にもオケの個性が発揮されています。第4楽章コーダや第5楽章冒頭など、フレーズ同士を対比させがちな箇所もコントラストをあまり強く付けず、柔らかいフレージングで流麗。もっとも、リズムは俊敏だし、アクセントも必要に応じて鋭く付けられているので、決して軟弱にはならず、豪胆な迫力も随所に聴かれます。デッカらしい録音も魅力的。

“曲想に合わせて濃密な表情を付与するジンマン。破格の面白さで群を抜く”

デヴィッド・ジンマン指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:フィリップス)

 《タラス・ブーリバ》とのカップリング。当コンビは当時フィリップスにかなりの数のレコーディングを行っており、内容もシェーンベルク、シベリウス、フォーレの《ペレアスとメリザンド》、グノーの《ファウスト》バレエ音楽、ショパンの《レ・シルフィード》、ドリーブの《コッペリア》全曲、デュカスの管弦楽曲集と多岐に渡りますが、日本盤が出たのはR・コルサコフの3枚の管弦楽アルバムくらいです。

 ジンマンのヤナーチェク録音は他にロチェスター・フィルとのラシュスコ舞曲集がある他、同オケとドヴォルザークの伝説曲、組曲イ長調、コンセルトヘボウ管とバルトークの2台のピアノのための協奏曲、コダーイのガランタ舞曲を録音するなど、80年代当時は東欧の作品にも積極的に取り組んでいました。

 第1楽章はソフトなサウンドながら粘液質な表現で、細かくニュアンスを付与しながら地を這うようにフレーズを歌わせるのがユニーク。第2楽章も曲想が千変万化するのに合わせ、テンポや表情もコロコロ変えてゆくという独創的な解釈です。色彩感が鮮やかで語り口が雄弁ですが、タッチが柔らかいため、アグレッシヴというよりどこか温和で上品に聴こえるのは、後年のジンマンに通じる特質。管弦楽のパフォーマンスとしては都会的に洗練されていて、野性味のあるタイプではありません。

 第3楽章も美しい合奏を構築しながら、細部に濃密な表情を掘り起こしてゆく意欲的なスタイル。スコアに斬新な面白味を探そうというコンセプトは、この頃のジンマンにも既にあったようです。第4楽章はかなり速めのテンポで、この箇所に限らず、こういうおどけた曲調になると必ず軽妙さが強調されます。第5楽章も味付けが濃く、彫りの深い造形で聴き応え満点。時期の近いラトル盤が端正すぎてあまり面白くない事を考えると、当盤の存在がほぼ無視されているのは不思議な状況だと言えます。

てらいのない棒とニュートラルな音色によって、残念ながら存在感の薄い一枚

サイモン・ラトル指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス

 ラトルはヤナーチェクに積極的に取り組んでおり、カップリングの狂詩曲《タラス・ブーリバ》の他、グラゴル・ミサや歌劇《利口な女狐の物語》も録音しています。しかしこの演奏は、鋭敏さにおいてはティルソン・トーマス盤と比べると色褪せて聴こえるし、味わい深さやローカル色では名盤に事欠かない作品なので、どうしても中庸の印象になってしまって残念。

 オケの音色がニュートラルなのは短所でも長所でもありますが、その場合、ラトルの棒が作品の特定の要素を強調しない、オーソドックスな行き方なのが問題になってきます。冒頭からレガート気味の柔らかいフレージングを採用している所をみると、ソフィスティケートされたモダンな表現を目指したのかもしれません。最後のクライマックスは、一本調子にならない巧みな音楽設計で才気を感じさせます。

“抑制の効いたアプローチながら、壮麗なクライマックスを作り上げるアバドの手腕”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 オーケストラ伴奏版の《消えた男の日記》とカップリング。アバドは過去にロンドン響とも同曲を録音しています。演奏は、作品自体の面白さに寄りかからない、いかにもアバドらしく抑制の効いた知的なアプローチ。

 第1楽章はティンパニとトロンボーンの合いの手が弱々しく、ソフトなタッチで拍子抜けしますが、後半に向けて音楽をヒートアップさせ、徐々に音圧を高めてゆく設計です。コーダもイン・テンポ気味で、リタルダンドは申し訳程度。第2楽章も音色的な面白さには見向きもせず、ひたすら美しいプロポーションを作り上げようという態度ですが、ベルリン・フィルはどこか余力を感じさせ、色々あるパターンの一つをやってますという感じがいかにもプロフェッショナル。

 第3楽章も同様のアプローチで、オーケストレーションのユニークさを際立たせる事はほとんどありません。冒頭の木管ソロから艶消しされた色彩でひそやかに吹奏されますが、オケの優れたアンサンブルと緻密な表現力には目を見張ります。第4楽章も、トランペットの柔らかなタッチと地味な色彩が独特。フィナーレでは一転して、オケの能力を全開にした鮮やかな演奏を展開します。三連符のリズムで駆け巡るトランペットの内声を浮かび上がらせ、壮麗な響きを形成したコーダの後、最後の一音を優しく置くのはアバド流。

“聴かせ上手ながら、メリハリや刺激を極力排除したヤナーチェク”

アンドレ・プレヴィン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1988年  レーベル:テラーク)

 バルトーク/管弦楽のための協奏曲とカップリング。悪く言えば最大公約数的、良く言えば口当たりの良い表現です。第1楽章は、ゆったりとしたテンポ感で、バランスの良い音響を構築。幾分ソフトながら、力強さやゴージャスな輝きもあります。リタルダンドせず、イン・テンポで突入する第2楽章は、遅めのテンポで落ち着いた風情。特異な管弦楽法を噛み砕いて親しみやすく聴かせる趣で、刺激はあまりなく、曲想のコントラストも弱められています。リズム感は良いですが、何となくおっとりした性格。

 第3楽章は、スロー・テンポでじっくり描写。柔らかな語り口で、叙情的な表現です。木管ソロなど、細やかなニュアンスも美しいもの。第4楽章は、スコアをきっちり音にしながらも、まろやかに抑制されたサウンド。一定以上のメリハリは付けない印象で、さらに鋭さが欲しい箇所もあります。第5楽章は、豊麗なブラスと力感の漲るティンパニでダイナミックの盛り上げ、聴かせ上手な一面を見せます。

“最低限のシャープネスを維持しながらも、優美な叙情性を表出”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 バンベルク交響楽団

(録音:1989年  レーベル:BIS)

 ドヴォルザークの《伝説曲》とカップリング。このレーベルらしい、豊富な残響を取り込みながらも、丸みを帯びた柔らかさのあるサウンド。オケが元々チェコ側の音楽家を取り込んで設立された事もあるが、どこか懐かしく暖かみのある響きは、東欧作品によくマッチしている。あらゆるフレーズに思いを込めてゆくようなヤルヴィ父の棒も独特。

 第1楽章は遅めのテンポで、鋭さと柔らかさのバランスが絶妙。ブラスの抜けの良さや響きの明晰さはきちんとあるのだが、それをまろやかなマスのサウンドが包み込む印象。第2楽章もゆったりとしたテンポで先を急がず、懐の深い表現。それでもトロンボーンのアクセントなど、必要最小限のシャープなエッジは確保していて、音色も意外に多彩。

 第3楽章は和声に郷愁の色合いがある上、各パートが共感を込めてしみじみと歌うのが心に沁みる。トロンボーンのコードも腰を落としてたっぷりと鳴らされ、どこか歌謡的な趣。それにしても弦の哀切な歌は、その清冽な音色と共に耳に残る。第4楽章は一転して、コーダ以外は速めのテンポ。しかし軽妙ではあってもアタックは柔らかく、角が立つ事はない。

 第5楽章も、ヤナーチェクの特異な管弦楽法を余す所なく音にしながらも、全体を優しく包括するという離れ業。コーダは大きくテンポを落とし、悠々たるスケール感で壮大に盛り上げていて圧巻。

“地を這うような棒で、仕上げの美しさよりも激烈な野性味を求めるインバル”

エリアフ・インバル指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団

(録音:1989年  レーベル:デンオン

 《グラゴル・ミサ》とカップリング。この顔合わせの録音は少なく、他には改称前のベルリン放送響名義でリストのファウスト交響曲がある。ベルリン・フィルハーモニーでの収録で、インバルのデンオン録音にしては残響控えめだが、ホールトーンと音場感は充分。細身でシャープなオーケストラ・サウンドもインバルらしい所。

 第1楽章からエッジが効いて鮮烈。ティンパニも力強く、腰の強いサウンドを形成。クレッシェンドやアタックはやや刺々しくもあるが、スコアが発する野性味を余す所なくキャッチしている。第2楽章も、多少音が汚くなろうとも、作品の粗野な性格を活かす方向。ヴァイオリン群の高音域のラインがカミソリのように細く鋭いのも、インバルらしい音作り。欲を言えば、木管の色彩感がもっと出ればなお良いかも。

 第3楽章は、腰を落として深々と叙情性を表出。やはりヴァイオリン群の旋律が、編成を減らしているのかと思うほど繊細なのがインバル流。トロンボーン・ソロは自然体で、柔らかさもあるが、金管が繰り返すリズム音型はT・トーマス盤に迫る容赦のない尖鋭さ。

 終楽章も押し出しが強く、クラリネット・ソロやその裏のピッコロなど、音圧の高さが強烈。和声を受け持つトロンボーンのピッチが甘いのはやや気になる所(ここは演奏が難しいのか、他の録音にも同様の傾向はある)。しかし地を這うような語り口で、粘り強く凄絶なクライマックスを形成するインバルの棒は圧巻。オケも集中力が高く、覇気のある合奏で応える。

“トータル・バランスが良く、真摯な情熱も感じられるダイナミックな演奏”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1991年  レーベル:デッカ)

 《グラゴル・ミサ》とカップリング。第1楽章は実に豊麗な音響で構築。造形的にはシャープな上に洗練度も高く、申し分のない仕上がり。プレヴィンのようにソフトすぎず、T・トーマスほどエッジは効かせないが、ある種の烈しさを内に秘めている所はデュトワの美質。一方で、土俗的な迫力や濃厚な情緒は注意深く避けられている。

 第2楽章は演出巧者な語り口で緩急に富み、壮麗な響きやカラフルな色彩感にも欠けていない。バランス良くスコアの魅力を表現した、趣味の良い演奏と言えるだろう。第3楽章は木管のソロや弦の艶やかな音色と、優美なフレージングが聴きもの。鋭利なリズム処理も際立ち、曲の性格をうまく掴んでいる。

 第4楽章は和声と音色に卓越したセンスを示し、オケの好演と合わせて、やはりスコアを過不足なく音にしている点で、お薦めディスクの最右翼に挙げて良いかもしれない。第5楽章もみずみずしく美麗な音響で鮮やかに造形。ローカル色の強調はないものの、明快な表現に強い説得力があるし、綺麗ごとだけでは終らせない真摯な姿勢と求心力も感じられる。

全編に明晰な音響と新鮮な驚きが満ち溢れる、とびきりモダンなヤナーチェク解釈

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル

 T・トーマス唯一のヤナーチェク録音で、《グラゴル・ミサ》とカップリング。オール・セインツ教会での録音で、ソニーがこの会場で収録した時はいつもこういう、目の覚めるような鮮烈なサウンドになる。演奏も、今まで度数の合わない眼鏡を掛けていたかのように感じるほど全てを白日の下にさらけ出した印象で、音響的快感の点だけでも抗し難い魅力がある。

 第1楽章は、クリアな響きと鋭い切れ味ですこぶるモダンな演奏。あらゆる音が耳に入ってくるような新鮮な驚きがある。第2楽章も、千変万化する曲調に見事にシフトしてゆくT・トーマスの棒は、マーラーでの表現をも彷彿させる器用なもの。せわしなくリズムを刻むトロンボーンが繰り返すクレッシェンドを、デフォルメ気味に強調しているのもグロテスクな効果を上げている。

 当コンビは作品との相性にかなりムラがあるように思うが、これは見事に成功したケース。終楽章でも、恐らく増強していると思われるブラス・セクションが凄まじいパフォーマンスを展開。さすがは金管の国イギリスだけあって、ここは譲れないという矜持だろうか。

多彩なニュアンスと流麗な造型に一長があるものの、強いメリハリと個性は不足気味

アンドルー・デイヴィス指揮 ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1996年  レーベル:フィンランディア

 ヤナーチェク管弦楽作品集より。他に《タラス・ブーリバ》の他、《ブラニーク山のバラード》《ヴァイオリン弾きの子供》という珍しい作品が収録されています。幾分遠目の距離感で豊かなホールトーンを伴って収録された録音のせいもあり、全体にスマートに整えられた都会的な演奏に聴こえますが、細部は多彩なニュアンスに富んで芸の細かさを感じさせます。

 第3楽章であまり腰を落ち着けず、速めのテンポを通しているのは独特。フレージングには細心の注意が払われていますが、必ずしもヤナーチェク特有のユニークな語法を強調したものではなく、横の線に留意した流麗な表現です。オーケストラには今一歩の個性的な表現力が欲しい所。バランスの良い響きも指揮者の美点を表している一方、さらにメリハリの効いた表情や迫力を求める向きもあるかもしれません。

見事なアンサンブルを聴かせるオケと、演出力に長けたドホナーニの棒。録音はややドライ

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1998年  レーベル:クリーヴランド管弦楽団)

 オーケストラ自主制作による10枚組ライヴ・セット中の音源。ドホナーニのヤナーチェクは珍しいですが、こういう意外なプログラムが聴けるのもセット物の良い所です。ややデッドで奥行きと低域の浅い録音ですが、音そのものはクリアに収録。

 第1楽章はさりげない調子で開始。特にスタイリッシュさにも民族性にも傾かず、ダイナミックに音を鳴らした演奏ですが、録音のせいでやや薄手の音に聴こえるのが残念です。第2楽章はテンポの設定が適切そのもの。各部の連結がスムーズで、叙情的な味わいもしっとりと表出しています。第3楽章は旋律線の表情が誠に美しく、オーボエ、イングリッシュ・ホルンのソロも達者で情感豊か。精妙な響きにも耳を惹かれます。エッジの効いた鋭いリズムも鮮やかなコントラストを成します。

 第4楽章はかなり速めのテンポ。淡々としているようで、よく聴くとディティールが入念に処理されている事に気付きます。フィナーレも速めの足取りで開始。ドホナーニの棒は演出力に長け、クライマックスへの音楽の運び方が実に巧妙です。終盤のスケールの大きさ、壮麗なサウンドは聴き応え充分で、オケも見事なパフォーマンスを展開。

旧盤の解釈を踏襲しつつチェコ・フィルの自発性も生かした、ライヴによる再録音

チャールズ・マッケラス指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:スプラフォン

 ヤナーチェクの管弦楽作品を集めた二枚組のライヴ録音ディスクより。旧盤は名門ウィーン・フィルの魅力が満開の名演でしたが、当盤のチェコ・フィルも作品への共感はもとより、精妙なアンサンブルと味わい豊かなソロ・パフォーマンスで好演しており、どちらとも甲乙付け難い魅力的な演奏になっています。

 第2楽章のアーティキュレーションのこだわりやテンポ変化の妙、終楽章コーダでぐっとテンポを落としてスケール大きく壮大に締めくくる所など、旧盤で特徴的だった解釈はそのまま踏襲。二枚組アルバムの最後に置かれたトラックですが、熱い感興を伴って見事な大団円を迎えています。ルドルフィヌム、ドヴォルザーク・ホールの暖かみのある響きをたっぷり取り入れたスプラフォンの録音も素晴らしく、演奏後の熱狂的な拍手もそのまま収録。

“旧盤より洗練度を増しながらも、メリハリのない穏健な音楽作りはそのまま継承”

サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団

(録音:2018年  レーベル:LSO LIVE)

 楽団自主レーベルによるライヴ盤で、歌劇《利口な女狐の物語》とカップリング。ラトルは82年にフィルハーモニア管と同曲を録音しています。

 旧盤はスコアのメリハリを出来るだけフラットにならした、あまりにストレートな演奏でしたが、当盤もその延長線上にある解釈で、ヤナーチェクらしい面白味はあまり出ていません。ただ、オケの重量感や描写の精密さが加わっているのと、第3楽章など叙情的な局面ではニュアンスたっぷりに旋律を歌い込むなど、表現のパレットがぐっと拡大した印象。柔軟性や自在な呼吸感も増し、強弱の演出を細かく適用しています。

 サウンド自体は磨き上げられて、洗練された趣あり。力感は十分で切れ味も悪くはないのですが、同じオケでもT・トーマス盤のような大胆な表出力や鋭いエッジがないのは物足りないです。ヤナーチェクの管弦楽法というのは相当にユニークなものだと思うのですが、カップリングのオペラもこの路線で一貫しているので、それがラトルのヤナーチェク観なのでしょう。

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