プロコフィエフ/バレエ《ロメオとジュリエット》

*概観

 吹奏楽にもアレンジされて高い人気を誇る作品ながら、長大なせいか全曲版はほとんど演奏されない。発売されているディスクもほとんどが組曲か抜粋版だが、この作品の形態には少々問題がある。

 まず、プロコフィエフ自身が編んだ演奏会用組曲が第3番まであるが、これがただ曲を抜き出しただけでなく、素材をあちこち切り貼りした上、オーケストレーションや楽器編成にも変更を加えている。さらに、この組曲の形ですら完全収録した録音があまりなく、抜粋盤も、全曲と組曲の両方からナンバーをチョイスして並べ替えたり、独自のアレンジを加えたりして、体裁が一様でない。

 各組曲の内訳を記しておく。

 組曲第1番 《フォーク・ダンス》《情景》《マドリガル》《メヌエット》《仮面》《ロメオとジュリエット》《タイボルトの死》。

 第2番 《モンタギュー家とキャピュレット家》《少女ジュリエット》《僧ローレンス》《踊り》《別れの前のロメオとジュリエット》《アンタイル諸島から来た娘たちの踊り》《ジュリエットの墓前のロメオ》。

 第3番 《噴水の前のロメオ》《朝の踊り》《ジュリエット》《乳母》《オーバード(朝の歌)》《ジュリエットの死》。

 下記ディスクもタイプは様々だが、マゼールによる全曲盤は未だに同曲決定盤としての価値がある、歴史的録音。組曲版ではアンチェル/チェコ盤、ムーティ/フィラデルフィア盤、ミュンフン盤、抜粋版ではT・トーマス盤、ゲルギエフ/ロッテルダム盤が素晴らしい演奏でお薦め。

*紹介ディスク一覧

[組曲版]

59年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

61年 アンチェル/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  

73年 デ・ワールト/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

81年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

93年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団   

93年 ミュンフン/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

01年 佐渡裕/スイス・ロマンド管弦楽団

03年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団  

07年 サロネン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

13年 ムーティ/シカゴ交響楽団   

[抜粋版]

57年 ミュンシュ/ボストン交響楽団 

72年 小澤征爾/サンフランシスコ交響楽団  

79年 メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団  

6年 サロネン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

95年 T・トーマス/サンフランシスコ交響楽団

96年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

00年 西本智実指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

04年 ゲルギエフ/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団  

17年 ドゥネーヴ/ブリュッセル・フィルハーモニック  

[全曲版]

73年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

86年 小澤征爾/ボストン交響楽団

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[組曲版]

 

“みずみずしく雄弁、人間味溢れる、驚くほどの名演”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:スプラフォン)

 第1組曲から《仮面》《タイボルトの死》《ロメオとジュリエット》の3曲と、第2組曲全7曲を収録。VENIASから出ているアンチェルのコレクション・ボックスには、58年のライヴ音源と61年のゲヴァントハウス盤(下記)が入っているが、いずれも7曲の抜粋でモノラル。音質はあまり良くない。

 打楽器のトレモロを伴う強奏など、最新録音の力感には及ばない箇所もあるが、このコンビらしい澄んだ怜悧なサウンドで、みずみずしく歌い上げた演奏。少なくとも50年代の演奏、録音とは思えないシャープな輪郭、鮮明な直接音が楽しめる。加えて彼らの録音は、適度に美しいホールトーンが盛り込まれているのが魅力で、むしろ同時期のメジャー・レーベルの音より聴きやすい。

 選曲の傾向もあってか、作品の叙情的な側面が際立っているのも演奏者の資質に合致。《僧ローレンス》の、弦とファゴットの音色と歌い回しなど、柔らかくリリカルなタッチに耳が癒される。《アンタイル諸島から来た娘たちの踊り》では遅めのテンポで異国情緒を色濃く表出し、《モンタギュー家とキャピュレット家》も極端なスロー・テンポで開始して、エッジよりラインを重視。《ジュリエットの墓前のロメオ》もゆったりと構えて歌謡性が強く、ひたひたと迫る悲劇に心が震える。

 一方《踊り》や《少女ジュリエット》の軽妙さ、レスポンスの機敏さ、音色の鮮やかさ、精妙さは、現代の耳にも十分アピールするセンス。《タイボルトの死》などはリズム感といい合奏力といい、もっと能力の上がった後年の一流オケ、指揮者の演奏にも聴けないほどの精度。プロコフィエフ作品がこれほど無機質にもうるさくもならず、血の通った人間味豊かな音楽として響くのは稀ではないか。チェコ・フィルの魅力も全面に出た演奏。

“モノラルながら鮮明な音質。オケも優秀で素晴らしいパフォーマンス”

カレル・アンチェル指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:VENIAS)  *モノラル

 アンチェルの同曲はチェコ・フィルと2種の録音あり。珍しい顔合わせで、VENIASのアンチェル・ボックスに入っているが、シュターツカペレ・ドレスデンとの音源が旧東独エテルナ原盤なので、当盤もそうではないかと推測される。モノラルで音響条件の悪さもあるが、清澄でシャープな輪郭のサウンドはチェコ・フィルのそれと共通で聴きやすい。高音域の抜けも良し。

 第1組曲から《情景》《マドリガル》《メヌエット》《仮面》《ロメオとジュリエット》《タイボルトの死》の6曲と、第2組曲から《モンタギュー家とキャピュレット家》を収録。チェコ・フィルと比べると管楽器に一部ピッチの甘い箇所もあるが、同様にみずみずしく抜けの良いサウンドで、合奏も緊密。全体的な美点は共通していて、改めてアンチェルの統率力の凄さに驚かされる。

 チェコ盤に入っていないナンバーだと、第1組曲の《情景》は遅めのテンポで作品の性格をじっくり抽出していて見事。《マドリガル》も巧妙なアゴーギクでリリカルに描写していて、思わず惹きつけられる。艶やかな音色でしっとりと歌う旋律線は美しく、弦も管も魅力全開。《メヌエット》はトロンボーンによる低音声部を鮮やかに彫琢し、合奏全体の輪郭を非常に明快に切り出している。そこに、各パートの流麗なカンタービレを展開するという、正に理想的なプロコフィエフ解釈。

 あとの曲目はチェコ盤と重複し、テンポの設定など解釈は共通している。オケの音色も似ているので、指揮者の意志が支配的と考えるのが妥当だろうが、ゲヴァントハウス管のパフォーマンスも素晴らしい。強いていえば、チェコ・フィルよりさらにシャープでモダンな音かも。磨き上げられたしなやかな美しさは比類がなく、両者ともに比較して遜色は無い。力強さや鋭さ、合奏の一体感も超一級。

大音響や刺々しいアクセントを排し、作品の旋律美に焦点を当てたフレッシュな演奏

エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:フィリップス

 協奏曲の伴奏やモーツァルトのセレナードで好評を得ていたデ・ワールトの、本格デビュー盤に当たる一枚。第1組曲から《情景》《メヌエット》《仮面》《タイボルトの死》4曲と、第2組曲全7曲を収録しているが、曲はほぼ物語の進行順に並べ替えられている。録音会場のデ・ドゥーレンは音の良さで知られ、豊麗な響きを取り入れているが、強音部にはやや歪みがあってこもる。

 若々しくフレッシュな感性を示しながらもソフトなタッチを持つ演奏で、威圧的な大音響や刺々しいアクセントは極力排除されている。繊細な音感とリズムで生き生きと造型した各舞曲は魅力的だが、指揮者の美点は滑らかなフレージングに表れていて、作品の旋律美に焦点を当てたアプローチ。

 テンポも総じてゆったりとしていて、《ロメオとジュリエットの別れ》《ジュリエットの墓前のロメオ》の落ち着いた音楽作りには豊かな叙情性を感じさせる。ブラスが咆哮するクライマックスも、激烈さを抑制して流麗に歌い上げる。

震えて聴け! 豪腕ムーティの恐るべきタクトが繰り出す凄絶な音塊群

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:EMIクラシックス

 第1組曲全7曲と、第2組曲から《踊り》《西インドの娘たちの踊り》を除く5曲を収録。ムーティはプロコフィエフを積極的に録音しており、フィラ管と交響曲第1、3、5番、《ヴォルガとドンの出会い》、フィルハーモニア管とオラトリオ《イワン雷帝》全曲のような珍しいディスクも出している。同曲は、シカゴ響とも後年に再録音。

 この時期のムーティが凄いのは、乱暴にも聴こえかねない強烈な音の塊を、全く躊躇せずストレートに打ち込んでくる所。正に直球の音だが、ここまでためらいのない人はなかなかいない。《モンタギュー家とキャプレット家》や《ジュリエットの墓前のロメオ》での、空気を切り裂くかのようなブラスの響きは威圧感たっぷり。《タイボルトの死》も、切迫したテンポを採るムーティの棒にぴたりと付けるオケの超絶技巧は聴きもの。

 ただ、叙情的な味わいは薄く、響きも筋肉質に引き締まっている。朗々とヴィブラートをかけるトランペットや弦のカンタービレなど、総じて旋律線がたっぷりと歌われているだけに、やや潤いに欠ける録音は残念。ただ、音圧が高いので細部まで発色が鮮やか。第1組曲の各舞曲も、鋭いアクセントと張りつめた緊張感が独特。オペラ指揮者らしく、全篇に渡ってドラマティックな語り口が聴かれる。

“ロシア風というより、意外にも虚飾を排した格調の高いスタイル”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1993年  レーベル:キャニオン・クラシックス)

 当コンビのキャニオン録音第2弾で、《キージェ中尉》、《3つのオレンジへの恋》抜粋とカップリング。後者が抜粋なのと同様、妙なこだわりを示す選曲で、第1、2組曲から独自の見解により7曲をチョイス(第1組曲から《仮面》《ロメオとジュリエット》《タイボルトの死》、第2組曲から《モンタギュー家とキャピュレット家》《少女ジュリエット》《僧ローレンス》《ジュリエットの墓前のロメオ》)し、さらに曲順を入れ替えている。

 演奏は意外に洗練されていてモダンな印象。このコンビの演奏は曲やレーベルによってかなり雰囲気が違い、一筋縄ではいかない。《少女ジュリエット》《ロメオとジュリエット》辺りは、一部の録音にある弦のざらつきがなく、まろやかに磨かれた音色に耳を惹かれる。清冽な叙情の表出も美しく、艶やかな歌が魅力的。遅めのテンポで独特の重いリズム感を出した《仮面》もユニーク。

 《タイボルトの死》はヴィルトオーゾ風ではなく手堅くまとめた感じだが、同音連打は打楽器の乾いた音色でパンチを効かせ、トランペットを筆頭に旋律線を朗々と歌わせるなど、ロシア的なスタイルも全開。暖かみのあるソノリティもこのオケらしく、《僧ローレンス》の弦楽合奏の美しさは絶品。速めのテンポでぐいぐい牽引する《ジュリエットの墓前のロメオ》は息を呑むほどにパワフルで腰が強く、虚飾を排して直截に描き切った《モンタギュー家とキャピュレット家》も、その格調高さに打たれる。

生気溢れるリズム、デリカシー溢れる音感と情感豊かなカンタービレ。同曲屈指の名演

チョン・ミュンフン指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 ミュンフンがコンセルトヘボウ管を指揮した録音は、当盤が唯一。同オケのグラモフォンへの登場もあまり多くはなく、バーンスタイン、クーベリック、ブーレーズなどとの数点があるだけだと思います。第1、第2組曲の全14曲(曲順はストーリーに合わせて再編)を演奏した上、第3組曲から一曲《ジュリエットの死》を最後に置いた構成。ただし《ジュリエット墓前のロメオ》のように、冒頭に全曲版の音楽を繋げた上、エンディングも変更しているナンバーもあり、単なる組曲版の並べ替えとは言えない面もあります。

 演奏は誠に素晴らしい仕上がりで、ミュンフンの劇的構成力に改めて頭が下がる思い。《少女ジュリエット》《フォーク・ダンス》《情景》の生き生きと弾むリズム、敏感なレスポンスとデリカシー溢れる音感、《メヌエット》主部のスロー・テンポによる大胆な造型、《ロメオとジュリエット》でロマンティックな旋律をぐっと腰を落として情感豊かに歌い込む語り口。どの曲をとっても清新な創意工夫が凝らされ、極めて彫りの深い表現が展開します。

 細部にまで生気が漲っていて、私などはこういうディスクにぶつかると、なにか背筋がピンと伸びるような心持ちになります。同曲ディスク中でも特に自信を持ってお薦めしたい一枚。録音も、このオケ特有の柔らかくて透明感のある響きを見事に捉えています。

名門オケと共演した待望の録音ながら、アンサンブルの不備が目立つ残念なディスク

佐渡裕指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:2001年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 佐渡裕のヨーロッパでの活動を伝えるべく発売されたライヴ・ディスクの一枚。他に、パリ管との幻想交響曲、シュトゥットガルト放送響とのマーラーの5番が発売されました。選曲は第1組曲、第2組曲から4曲ずつチョイスされ、大方物語順に配置しています。全体で45分しかないという、近年では珍しく演奏時間の短いCD。

 どの曲も遅めのテンポを採り、なめらかな旋律線を描く叙情的な演奏ですが、《少女ジュリエット》や《タイボルトの死》など、オケの反応やアンサンブルに緻密さが欠ける場面もあり、緊張感に乏しいのが残念です。《モンタギュー家とキャピュレット家》のアレグロ・ペザンテは、低弦とトロンボーン、バスドラムによる伴奏パートのアクセントを外し、ねっとりとうねるように演奏させているのがユニークですが、この部分に入ってすぐ合奏が大きくズレて、ほとんど空中分解しそうになっているのにヒヤリとさせられます。

 《ジュリエットの墓前のロメオ》に至って、オケの豊麗な響きがやっと輝きを帯びはじめますが、遅きに失したといった所。私たち関西人には親しみの深い「佐渡さん」とスイスの名門オケの共演という事で大いに期待したのですが、ファン以外にはあまりアピールしないと思われる内容です。

“磨き上げられた音色で緻密に造形し、叙情的な部分に長所を発揮”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2002/03年  レーベル:テラーク)

 全曲盤でこそないものの、第1、2、3組曲全てを収録したこだわり盤。当コンビのプロコフィエフ録音は、交響曲第5番と組曲《キージェ中尉》もあります。パーヴォは他に、フランクフルト放送響とヴァイオリン協奏曲第2番(ソロはムローヴァ)、チェロ協奏曲(ソロはイッサリース)も録音。

 磨き上げられた音色で緻密に造形してゆくスタイルは、このコンビに共通する特徴。大袈裟な身振りがなく、抑制が効いているので、どちらかというと叙情的な部分に長所を発揮しているように感じます。テンポや強弱にも大きな落差を作らず、速めのテンポで流麗に仕上げたナンバーも多い印象。《別れの前のロメオとジュリエット》の最後に、ヴァイオリン群が跳ね踊るようなフレーズを繰り返す箇所がありますが、ここではテンポの速さもさる事ながら、フレーズ処理やリズムの軽妙さが類を見ません。

 《タイボルトの死》は、テンポも速めでフットワークが軽快ですが、スタッカートで異様に歯切れの良い弦の合奏が凄まじく、相当に鍛えたアンサンブルを聴かせます。コーダはデフォルメ気味にフェルマータを延ばすのがユニーク。《モンタギュー家とキャピュレット家》は、和音が積み重なってゆくクレッシェンド部で、まるで現代音楽のような前衛性が表面化するのも面白い所。《ジュリエットの墓前のロメオ》での、速めのテンポで流れるように音楽を展開してゆく様子は、当盤のスタイルを象徴しています。 

演出巧者なサロネンの棒に、洗練された精妙な響きで応えるロス・フィル

エサ=ペッカ・サロネン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:2007年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 インターネット配信のみで購入できるライヴ音源シリーズ、DGコンサーツの一枚。サロネン自身の作品《ヘリックス》の初演、ティボーデをソロに迎えたラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲と、コンサートのプログラムを全て収録しているのも当シリーズの特徴です。ベルリン・フィルとの旧盤は全曲版からの抜粋でしたが、こちらは第1組曲と第3組曲からそれぞれ4曲、第2組曲から3曲という凝った選曲。

 ロス・フィルの響きが実に豊麗かつ緻密で、サロネンがシェフに就任したばかりの頃と較べると、まるで別団体のように洗練された印象です。弦のみずみずしいカンタービレも魅力的で、ロマンティックな歌心を感じさせるフレージングが秀逸。

 テンポ設定は旧盤とかなり異なり、《モンタギュー家とキャピュレット家》中間部のワルツや《仮面》など相当に遅いテンポを採っている箇所もあれば、《メヌエット》では急速なテンポでパワフルに音楽を牽引し、《タイボルトの死》では段階的にテンポを落としゆくなど、随所に意欲的なアゴーギクを聴かせます。トゥッティの響きも精妙で、粗雑な所はありませんが、ライヴ音源に特有のバスドラムの強打で音が歪む傾向はあります。演奏自体はこの指揮者らしい、よく考えられた演出巧者なもの。

“細部のニュアンス、テンポの伸縮や叙情性など、音楽性が格段に豊かになった再録音盤”

リッカルド・ムーティ指揮 シカゴ交響楽団

(録音:2013年  レーベル:CSOリサウンド)

 楽団自主レーベルによるライヴ再録音盤。旧盤と較べると音の佇まいに余裕があり、造形的にも恰幅が良くなった印象です。デッドな音響で知られるオーケストラ・ホールでの収録ですが、残響も適度に取り入れられ、音域も広くて聴きやすい音質。複数日のテイクを組み合わせて編集しているようで、演奏も録音もライヴとは思えぬ完成度。

 選曲は、第1組曲から《フォーク・ダンス》《情景》を除く5曲、第2組曲から《踊り》《西インドの娘たちの踊り》を除く5曲を収録。旧盤と比較すると第1組曲からさらに2曲減った格好で、CDアルバムとしては49分弱と短めの収録時間になりますが、そこはライヴなので仕方のない所でしょうか。

 《モンタギュー家とキャピュレット家》は期待に違わずパワフルなトゥッティ。速めのテンポで牽引力が強い一方、弱音部の表情の豊かさは印象的。音価を長めに取るフレージングが目立ち、歌の要素への傾倒が増した感じもします。旧盤は音が隙間無く詰まっていて息苦しい感じもありましたが、当盤は随分と風通しが良くなったように思います。《少女ジュリエット》も落ち着いたテンポで、ニュアンスが多彩。イン・テンポで邁進する姿勢は薄れ、ルバートも盛り込んでいるし、中間部の呼吸も深く、情感豊か。

 《マドリガル》はマチュー・デュフォーのフルートを筆頭にソロが見事で、格調高い表現。音色はカラフルながら潤いがあるし、しなやかなフレージングが実に美しいです。《メヌエット》は華やかなサウンド。トランペットのソロも素晴らしいです。テヌートの多用や大きなルバートの挿入は、かつてのムーティになかったもの。《仮面》の、弱音を生かした緻密な造形も聴きものです。発色が鮮やかで、ディティールまでくっきりと描写されるのはこのオケらしい所。《ロメオとジュリエット》も繊細な音作り。艶っぽく、たっぷりとしたカンタービレも魅力です。

 《タイボルトの死》はテンポがずっと遅くなり、腰の重さも感じさせますが、ダイナミックな活力は健在。ただし力で押す姿勢は後退し、オケの自発性を尊重したアンサンブルは優美ですらあります。《別れの前のロメオとジュリエット》はホルンの壮麗な響きと、叙情の深さに注目。旧盤よりソノリティが柔らかく、陰影も濃いです。《ジュリエット墓前のロメオ》は剛毅さや威圧感が減退した分、荘厳な悲劇性が増した印象。後半部へ繋ぐクライマックスのデュナーミク、アゴーギクは全くもって見事で、音楽的という他ない練達の棒さばきにしびれます。

[抜粋版]

 

“あらゆる音が熱気をはらみ、ロマンティックな方向へ振り切るミュンシュ”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1957年  レーベル:RCA)

 当コンビのプロコフィエフ録音は珍しく、他にシュヴァイツァーとのピアノ協奏曲第2番、ハイフェッツとのヴァイオリン協奏曲第2番があるだけです。選曲は《情景》《仮面》《タイボルトの死》《モンタギュー家とキャピュレット家》《少女ジュリエット》《僧ローレンス》《踊り》《別れの前のロメオとジュリエット》《朝の踊り》《オーバード(朝の歌)》《ジュリエットの墓前のロメオ》《ジュリエットの死》。

 残響がデッドな録音ですが、直接音は生々しくクローズアップ。最弱音の木管ソロが、すぐ目の前で吹いているように聴こえるなど不自然な部分もあります。大太鼓の重低音など音域のレンジは広く、腰の強さもありますが、強音部では音が荒れ、こもりや混濁感があります。

 ミュンシュの造形はかなり独特。テンポが歌謡的に動くせいもありますが、普通とは違う箇所でソステヌートのフレージングを盛り込んだり、弱音部でも速いパッセージのテンションが高かったり、とにかく表情が豊かで雄弁です。あらゆる色彩を鮮やかに打ち出すような音作りもユニーク。ロマンティックに振り切ったこの演奏だと、ロシア・モダニズムの冷徹な音楽という感じはあまりしません。

 ただ、ブラスがあちこちでバリバリと音を割るなど、熱っぽい前傾姿勢は終始一貫。弱音部でも語気が強く、ほぼあらゆる音にアクセントが付いているような表現です。《タイボルトの死》の冒頭をはじめ、弦楽合奏の音圧の高さもミュンシュらしいもの。旋律線に激しい感情が乗ったり、テンポの速さではなく、音自体がはらむ熱気とエネルギーで音楽を高揚させるのがミュンシュ流です。

“溜めもなく淡々と演奏された、たった5曲の抜粋盤”

小澤征爾指揮 サンフランシスコ交響楽団

(録音:1972年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 チャイコフスキー、ベルリオーズの同名曲と組み合わせた、当コンビのDGへの初録音。同曲に関しては《モンタギュー家とキャプレット家》《踊り》《ジュリエット墓前のロメオ》《百合を持った侍女達の踊り》《タイボルトの死》の5曲のみの抜粋です。この時期はまだデイヴィーズ・コンサートホールでの収録ではなく、奥行き感と低音域が浅いのは残念な所。残響もややデッドですが、高音域はさっぱりとして抜けが良いし、直接音は鮮明です。

 明るく、みずみずしい音響は美点で、思い切りの良いストレートな力感も好感が持てる所。どの曲もイン・テンポ気味であまり溜めがないので、いかにも直球の棒さばきに聴こえます。ダイナミックな力感は随所に聴かれるものの、大きなルバートや極端なフォルティッシモも避けているので、どの曲も淡々と進行してゆく印象。むしろ、元々淡白な曲である《百合を持った侍女達の踊り》が、逆に濃密な表現に感じられるのが面白い所です。

 オケはやや非力な部分もありますが、トランペットのヴィブラートがトップノートに来て、流麗で滑らかなフレージングが全面的に展開すると後のボストン・サウンドを彷彿させる雰囲気。しかし小澤は後にボストン響と全曲版を録音しているので、そちらを良しとするしかないでしょう。《タイボルトの死》が遅めのテンポに設定されているのは、オケの実力に合わせたものか、ボストン盤の緊密な合奏と較べるとさすがに遜色があります。

“ドラマティックで雄弁な演奏ながら、たった5曲という選曲が残念”

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:1979年  レーベル:ヘリコン・クラシックス)

 オケ自主レーベルから出たライヴ盤。カップリングがレスピーギの《ローマの松》《ボッティチェリの3枚の絵》で、収録曲全てメータが正規レコーディングしていない曲。音質も悪くなく、ブックレットにはモノラルと表記がありますが、どう聴いてもステレオ録音だと思います。メータのプロコフィエフ録音自体が珍しく、同じオケとの《ピーターと狼》、ブロンフマンとのピアノ協奏曲全集、スターン&ニューヨーク・フィルとのヴァイオリン協奏曲があるくらい。せっかく正規盤のない曲だし、演奏もすごく良いのですが、選曲がたったの5曲で残念。

 冒頭は《モンタギュー家とキャプレット家》。ダイナミックながら表現自体は淡白で、ストレートな力感が爽やか。《ロメオとジュリエット》は気宇の大きさと雄弁な語り口を示し、たっぷりとしたカンタービレも魅力的です。《百合の花を持った少女達の踊り》は練習不足か集中力の欠如か、アンサンブルに破綻の兆し。《ジュリエット墓前のロメオ》は心持ち速めで、ドラマティックな緩急と牽引力に息を飲みます。《タイボルトの死》はティンパニや管楽器にミスがありますが、弦を中心にヴィルトオーゾ風でオケの実力を示します。

指揮者とオケ、両者の個性が相対して軋みをあげる

エサ=ペッカ・サロネン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 全曲版から19曲をチョイスした抜粋盤。サロネンはデビュー直後から度々ベルリン・フィルに客演しており、海賊盤と思しきライヴCDを見かける事もありますが、正規スタジオ録音はこれが唯一。彼は当時のインタビューで、若手指揮者がこのオケを振ってカラヤンの影響から逃れるのは至難の技である旨の発言をしていますが、実際にここで、サロネンのトレードマークである透明なサウンドとベルリン・フィル特有の分厚い響きのせめぎ合いが聴かれて、興味深いものがあります。

 サロネンの棒は、時に急速なテンポで音楽を引っ張ってゆく場面もあって作曲家らしい視点も光りますが、基本的にはかなり端正な造型で、作品のモダンな側面をクローズアップ。もっとも旋律はたっぷりと歌わせているし、《ジュリエットの葬式》など巧みなアゴーギクでドラマティックに音楽を盛り上げていて、劇的なセンスも欠けてはいません。それでも、全体的にどこか淡白な感じがするのは、やはり指揮者本来の持ち味と若さによる所が大きいようです。

シャープかつダイナミック。作品の前衛的モダニズムと叙情性を無理なく同居させ

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団

(録音:1995年  レーベル:RCA)

 同コンビの誕生後、間もなく発表されたディスクの一枚で、全曲版から29曲をストーリー順に配置。78分もある長尺のディスクなので、ほぼ全曲版に準じる位置づけでもいいかもしれません。わざわざ「T・トーマス選曲・指揮」と銘打たれていますが、指揮者が選曲を行うのは当たり前だと思うのですが…。演奏は、全く見事なものです。シャープで繊細な感覚は健在ですが、サンフランシスコ響のサウンドにはどこか暖かみがあり、ロンドン響時代のT・トーマスよりも私は好きです。

 指揮者の資質はプロコフィエフにぴったりで、叙情的な曲も軽妙な曲も劇的な曲も、なべてモダンなセンスで巧みに造型され、聴き応え充分。《大公の宣言》などは不協和音を容赦なく叩き付けてくる感じで、ほとんどトーン・クラスターを思わせる前衛性が漂います。

 旋律は流麗に歌わせつつもウェットにならず、乾いた叙情性を感じさせるのもこの指揮者らしい所。打楽器を伴うトゥッティでの刺激的で開放感溢れる響きや、クライマックスで一段テンポを落とし、重心を低くして緊迫感を高めてゆく《タイボルトの死》、焦燥感溢れるテンポでぐいぐい引っ張るく《ジュリエットの葬式》など、聴き慣れた曲での新鮮な表現も彼ならでは。

“クオリティの高い演奏ながら、中庸の立場が裏目に出た印象も”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:1996年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ロンドン響との旧盤以来30年振りの録音。組曲と全曲から20曲を抜粋してストーリー順に配置し、演奏時間68分強で全曲版の雰囲気も少し味わえるディスク。味付けがシンプルで、かなり直截な表現に感じられる箇所もありますが、概ねダイナミックで切れ味も良いです。しかしサロネンやT・トーマスなどモダンな演奏が多々出ていて、アバドが似たベクトルを志向しているのだとしたら、少々遅れてきた印象は否めません。美麗に徹するとか、別の方向を狙った方が良かったかも。旋律線は流麗です。

 オケのアンサンブルはさすがで、ニュアンスも豊か。サロネン盤よりベルリン・フィルのキャラクターが立っているように思います。この演奏が面白いのは、一曲一曲は淡白だったり、武骨すぎたり、煮え切らない感じで、何かと注文を付けたくなるのに、全体としてはドラマティックな起伏があって、だんだんと凄味を増してくる所。してみると、やはり周到に設計されているのかもしれません。その意味で、《ジュリエットの葬式》の劇的迫力はハイライト。

“リリカルな曲ばかりチョイスし、スロー・テンポでじっくり歌い上げたユニークな演奏”

西本智実指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

(録音:2000年  レーベル:キングレコード)

 人気指揮者・西本智実のデビュー盤で、チャイコフスキーの同名作品、ボロディンの夜想曲(チェレプニン編)をカップリング。彼女のディスクは日本のオケを振ったものの方が、より隅々まで指揮者の個性が発揮されている印象があり、当盤もデビュー録音ながらなかなかユニークな仕上がりとなっています。

 選曲が独特。全曲版から《前奏曲》《ガヴォット》《ジュリエットの葬式》《ジュリエットの死》、組曲版から《モンタギュー家とキャピュレット家》《マドリガル》《ロメオとジュリエット》《別れの前のロメオとジュリエット》をチョイス、という事になっていますが、組曲版に全曲版の音楽を付け加えたり、逆に数小節カットしたりしている曲もあり、独自の視点で再構成されています。

 テンポの速い曲や軽快な舞曲は一切外し、徹底してリリカルな音楽ばかり選んでいる上、テンポが通常のそれに輪をかけて遅く、旋律をたっぷりとロマンティックに歌い込んでいて、極めて耽美的な表現を志向。人気のある《タイボルトの死》さえ入れていませんが、あくまでコンセプト重視という事でしょう。それでいて流麗一辺倒かというとそうでもなく、随所に強靭なアクセントを打ち込んでくるティンパニや大太鼓、ソリッドなブラスの響きによって、力強い緩急を描き出します。

 暖かみのある柔らかな響きの上に、ヴィブラートをたっぶり掛けたトランペットが朗々と浮かび上がるロシア風の音作りですが、それがどことなく朝比奈隆/大阪フィルのサウンドとも似ているのは、キングレコードのサウンド・キャラクターに通底する部分でしょうか。《ジュリエットの葬式》など、トランペット、トロンボーンの活躍が目覚ましいですが、ホルンに技術的な穴があるのが残念。該当箇所は最高音域なので、ホルン・パートだけを責めるのは酷なのかもしれませんけど。

“目の覚めるような色彩と雄弁を極めたディティール。熱っぽい迫力に溢れたライヴ盤”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:2004年  レーベル:ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団)

 オケ自主制作による、当コンビのライヴ録音を集めた4枚組アルバムの中の音源。ゲルギエフはキーロフのオケと全曲盤をフィリップスに録音しています。当盤はライヴとあって17曲の抜粋ですが、プロコフィエフの大ファンを公言する彼だけあって、選曲には独特のこだわりを見せます(演奏時間はトータルで42分弱)。

 演奏は終始生気に溢れ、前のめりの熱っぽさを示しますが、全曲版と同様に《第1幕への前奏曲》《ロメオ》と、あまりメジャーでない軽い曲からさりげなくスタート。その中にも鋭いリズム感や細かなアーティキュレーション描写、巧みなアゴーギク操作が光ります。《朝の踊り》や《口論》のめくるめく音楽展開にも手に汗握るスリルがあり、舞台人らしいセンスを発揮。《タイボルトの死》では後半からテンポを落とし、重量級の迫力で迫り来る所は圧巻。

 メリハリは鮮やかに付けられ、ティンパニや金管もパンチが効いてダイナミック。雄弁でドラマ性が強く、音楽の輪郭が常に明快です。カンタービレもしなやかでみずみずしく、胸のすくように爽快。目の覚めるように鮮やかな色彩も魅力的で、デッサンの豪快さと共に、細部の緻密さも兼ね備えるのはさすが。ローレンス神父の主題は情感たっぷりでパッションに溢れ、聴いていて思わず目頭が熱くなります。

“独自のフレージングを用いながらも、濃密な官能性で聴き手を魅了”

ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 ブリュッセル・フィルハーモニック

(録音:2017年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《シンデレラ》組曲とカップリングされた、“Romantic Suites”というアルバムから。選曲は《モンタギュー家とキャピュレット家》《メヌエット》《少女ジュリエット》《仮面》《騎士たちの踊り》《バルコニーの情景》《僧ローレンス》《タイボルトの死》《ジュリエットの墓前のロメオ》《ジュリエットの死》の10曲です。

 グラモフォンのロゴが入っていますが、このレーベルでたまにある地域流通で、フランスのみの仕様のようです(ブックレットは英語とフランス語の併記)。そのため、大手サイトでは入手がしにくく、録音の少ない《シンデレラ》という選曲もいいので、国際市場でも発売して欲しい所。ドゥネーヴのディスクはなぜかこれが多く、バイエルン放送響とのルーセルの第3番(ナレーション入りの子供向けライヴ)もドイツ国内のみの仕様でした。

 録音データの記載がないため、会場も収録年月も分かりませんが、適度な残響があってそれなりのホールで演奏しているようです。録音年は仕方がないので、ディスクの製作年と同じとさせていただきました。合奏はさすがに下手ではありませんが、音色面は一級に洗練されているとも言えず、まあ日本の地方オケの録音を聴くような感じです。

 ドゥネーヴはフランス音楽に鋭敏な感性を発揮する俊英ですが、そういう人にありがちなように、ロシア物も優れた解釈。音色が鮮やかでカラフルなのも、プロコフィエフの作風に合っています。そう言えば、彼がロッテルダム・フィルを振った歌劇《3つのオレンジへの恋》の映像も素晴らしい内容でした。ただ、随所にテヌートを盛り込んだフレージングは独特で、それが自然に聴こえない箇所もあるのはオケが非力なせいなのでしょうか。

 極度に尖鋭なタッチはなく、シャープなセンスを保ちながらもしなやかに歌い上げるリリカルな性格。《騎士たちの踊り》中間部のフルートの旋律を、ぐっと腰を落としてスロー・テンポで歌わせるのはその一例です。弦楽セクションをはじめ、耳にまとわりつくような官能的なカンタービレは、ドゥネーヴの面目躍如。濃密で温度感のある響きはロシアのオケにも通じます。落ち着いた佇まいの中に緊張の高まりとドラマティックな語り口を聴かせる、《タイボルトの死》《ジュリエット墓前のロメオ》は聴き所。

[全曲版]

同曲演奏史における一つの頂点を示す、圧倒的パフォーマンス

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:デッカ)

 ACCディスク大賞をはじめ世界各国で数々の賞に輝いた名盤。マゼールの音楽監督就任翌年の録音ですが、彼は早くもオケを掌中に収め、この団体特有の緻密なアンサンブルを駆使して、スコアをものの見事に音化しています。細部に渡るまで徹底して精確に演奏されている事は勿論、当コンビのサウンドはメロウなまろやかさも兼ね備え、デッカらしくダイナミックで生々しい録音とも相まって音響的快感に事欠きません。

 組曲版では《モンタギュー家とキャピュレット家》というタイトルで知られる《騎士たちの踊り》を始め、決闘の場面など緊迫した箇所も総じて速めのテンポでスリリングに演出され、固唾を飲みながら耳を傾ける瞬間もしばしば。一方ニュアンスは大変に豊かで、機械的な冷たさとは無縁だし、叙情的な部分のたっぷりとしたカンタービレも魅力。作品全体の構成力、ドラマティックな演出力も見事。圧倒的なパフォーマンスで最後まで飽きさせない二枚組です。全曲版/組曲版の垣根を越え、当作品の演奏史に一つの頂点を示す素晴らしいディスク。

マイルドな語り口で整然とまとめる小澤。流麗さが勝る一方、やや几帳面に過ぎる全曲盤

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1986年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 小澤征爾はサンフランシスコ響と組曲盤の録音も行っています。メジャー指揮者、メジャー・オケによる全曲盤は意外に少ないので貴重。どの曲も落ち着いたテンポで余裕を持って演奏されていますが、リズムの切れがよく、オケも整然たるアンサンブルで指揮者の棒にぴったりと付けています。

 ただ、あまりに几帳面に拍子を刻んでゆく面があり、時にリズムの処理には生硬さを感じさせる箇所もないではありません。名手揃いのオケだけあってフレーズの表情は豊かに表現されているものの、音楽の流れに変化が乏しい部分ではやや一本調子に陥りがちで、演出力ではマゼールの方が役者が上のようです。

 この指揮者の美点はむしろ流麗さ。例えば《ロミオとジュリエットの愛の踊り》や《ロミオとジュリエットの別れ》《ジュリエットの死》で、ぐっとテンポを落として旋律を嫋々と歌わせている所には胸を打たれますし、高弦の響きが大変美しく、一つのハイライトとなっています。全体として語り口がマイルドなので、激しいコントラストや迫力を求める人には向かない演奏かもしれません。

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