チャイコフスキー/交響曲第6番《悲愴》

概観

 私も含め、日本人が大好きな曲。個人的には、チャイコフスキーのシンフォニーで全楽章の座りが一番まとまっているのがこの曲だと思う。同じく人気のある5番は、後半2楽章の完成度がやや落ちるし、4番以前には「何だコレ」という楽章が、必ず一つ二つ入ってくる(チャイコ先生、すみません)。

 演奏に関しては、私の造型イメージが他人と違うのか、名盤ランキングなどで好きなディスクが軒並み無視され、私のアンテナに掛からないディスクばかりが絶賛されるという事がよく起る(他の曲でもよくあるが)。

 私が特にお薦めだと思うのがマルケヴィッチの新旧両盤、ムーティ/フィルハーモニア盤、マゼール/クリーヴランド盤、フェドセーエフの81年盤、小泉/ロイヤル盤、ビシュコフ/チェコ盤、P・ヤルヴィ/チューリッヒ盤。他ではモントゥー盤、マルティノン盤、アバド/ウィーン盤、カラヤンの76年盤、小泉/新日本盤、レヴァイン盤、メータ盤、ムーティ/フィラデルフィア盤もそれぞれ優れた内容。

*紹介ディスク一覧

55年 モントゥー/ボストン交響楽団  

57年 シルヴェストリ/フィルハーモニア管弦楽団   

58年 マルティノン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

60年 ドラティ/ロンドン交響楽団   

62年 ミュンシュ/ボストン交響楽団 

62年 マルケヴィッチ/ロンドン交響楽団  

73年 ストコフスキー/ロンドン交響楽団

73年 アバド/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

74年 小澤征爾/パリ管弦楽団

76年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

76年 小泉和裕/新日本フィルハーモニー交響楽団

77年 レヴァイン/シカゴ交響楽団 

77年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック 

78年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

79年 ムーティ/フィルハーモニア管弦楽団

80年 ジュリーニ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

81年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

81年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

83年 ドラティ/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1

84年 ヤンソンス/オスロ・フィルハーモニー管弦楽団  

84年 カラヤン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

86年 小澤征爾/ボストン交響楽団

86年 アバド/シカゴ交響楽団    

87年 ビシュコフ/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

88年 大野和士/ザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団

89年 シノーポリ/フィルハーモニア管弦楽団

89年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団  

90年 小泉和裕/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

97年 ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管弦楽団

98年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

02年 西本智実/ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

03年 ムーティ/フランス国立管弦楽団

04年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団

04年 ゲルギエフ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

06年 パッパーノ/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

07年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団  

10年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団  

15年 ビシュコフ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

19年 P・ヤルヴィ/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  

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“シャープな造形の中に、優美な音楽性を盛り込んだ名演”

ピエール・モントゥー指揮 ボストン交響楽団

(録音:1955年  レーベル:RCA)

 後期三大交響曲録音の一枚。ステレオ初期の録音ですが、残響はややデッドながら音色自体に潤いもあり、直接音も鮮明。響きが若干こもる印象もありますが、全体としては聴きやすい録音で、当時のRCAレッド・レーベルの優秀な技術力を窺わせます。

 第1楽章は、端正な造形の中に豊かな音楽性を盛り込んだ演奏。第1主題は推進力が強く、てきぱきとした合奏で明快に表現されます。金管の吹奏もシャープで、リズム感も卓抜。第2主題は、恣意的なアゴーギクで熱っぽく歌う様が感動的で、弦の優しい肌ざわりも美しいです。再現の際の、金管のバランスも絶妙。展開部はスタッカートを多用して歯切れが良く、テンポも引き締まっています。豪放な力感とスケール感も十分表出。

 第2楽章も、かなり速めのテンポで軽快。後にさらなる加速をして音楽を煽ります。流れるようなカンタービレに、フランス的な香気も漂うのが面白い所。中間部も、沈鬱なメランコリーより流麗さが勝る表現です。第3楽章は、鋭利なリズムできびきびと展開しますが、響きにしなやかさと柔軟性があって、ささくれ立たないのは美点。色彩面もカラフルです。後半部は、全強奏のマーチ主題再現で噛んで含めるようにテンポに重みを加えるのがユニークですが、スタッカートの切れ味は抜群。

 第4楽章は、テヌート気味に各音符を延ばす冒頭の主題提示が独特。たっぷりと歌い上げるカンタービレが胸を打つ一方で、最初のクライマックスでは扇情的な加速と切れ味鋭いリズムを用い、ユニ−クな造形感覚を聴かせます。後半部も豊かな情感を示しつつ、フォルムは崩さない客観性にモントゥーらしい怜悧さあり。

“振幅の大きいテンポをはじめ、独自のスコア解釈で生気に満ちた演奏を展開”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1957年  レーベル:EMIクラシックス)

 後期三大交響曲録音の一枚。シルヴェストリは同年、フランス国立放送管とマンフレッド交響曲も録音していますが、そちらはモノラル収録でした。第1楽章の演奏時間21分台は、最長記録でしょうか? 序奏部はさほど遅くありませんが、強弱を大きく取り、フレーズをくっきり繫げず、分節点が多いのはこの指揮者の特徴でもあります。

 主部は、とんでもない遅さ。間もたっぷり挟みます。ただしイン・テンポではなく、細かいアゴーギク操作で間延びは防止。音楽を山場へ持ってゆく呼吸も自然で、聴き応えがあります。第2主題は、ロマンティックな歌わせ方が素敵。再現の際には、自在なアゴーギクで熱っぽく歌います。展開部もテンポこそ遅めですが、スタッカートが無類に歯切れ良く、痛快そのもの。クラリネットの超スローなモノローグを経て、コーダはもう止まってしまいそうなほどの遅さ。ここで大いに演奏時間を稼ぎ(?)ます。

 第2楽章も、これまた相当なスロー・テンポでしっとりと歌い上げ、中間部にもこの遅さを適用。オン気味の録音もあってか発色が良く、鮮やかな響きで全てが生き生きとして聴こえるのは何よりです。第3楽章も、遅いテンポで克明に描写。エッジの効いたシャープなリズム・センスは見事で、コーダに至ってはライヴ風の熱っぽい加速も行っています。

 第4楽章は、分節のはっきりした特有のフレージング。三拍子の箇所など速めのテンポだったり、各場面の間にテンポの落差がかなりありますが、曲想と合致しているせいか、アクの強さをさほど感じないのは、シルヴェストリの演奏の不思議な所です。メロディ・ラインの美しさを顕著に出しつつ、感傷性がほとんど聴かれないのもこの指揮者の美点。銅鑼はワン・テンポ早く入る感じですが、これはミスなのか解釈なのか不明です。

意外な組み合わせによる、情緒たっぷりで熱いパッションの迸る名演

ジャン・マルティノン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:デッカ

 マルティノンがウィーン・フィルを振った唯一の録音。演奏の評価も高く、今でも名盤としてよく挙げられます。ラヴェルやドビュッシー以外でのマルティノンは、どちらかというとマルケヴィッチやドラティのような、句読点のはっきりした切れ味鋭い演奏する人。当盤がユニークなのは、そういった歯切れの良い表現の一方で、自由なテンポ・ルバートを多用し、旋律をたっぷりと歌わせている所です。

 特に第1楽章の第2主題や第2楽章での情緒てんめんたるロマンティックな歌い回しは、今日ではあまり聴けなくなったもの。オケの艶やかな弦の響きと相まって、思わずホロリとさせられます。テンポの速い部分は実にスピーディに勢い良く演奏され、アンサンブルの乱れも散見されますが、第3楽章の小気味よい表現など胸のすくよう。フィナーレにも熱いパッションが迸ります。欲を言えば、もっとホールトーンを取り入れた潤いのある録音ならなお良かったかも。

“シャープな輪郭を切り出しながらも、意外にロマンティック”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1960年  レーベル:マーキュリー)

 当コンビは後期3大交響曲や《ロメオとジュリエット》等も録音。ドラティの同曲は後年、コンセルトヘボウ管とのライヴ盤も出ている。鮮明で奥行き感もあり、弦や木管はみずみずしいサウンドだが、強奏部で金管が荒れるのは美感を欠いて残念。ドラティらしいシャープな輪郭は健在だが、全体に彼らしからぬアゴーギクや熱い感情の表出が聴かれる、興味深い1枚。

 第1楽章序奏部は超スロー・テンポながら、拍節感の明確さが独特。主部も明晰そのもので、整然たる合奏で造形を鋭利に切り出すが、旋律線は情感豊かでしなやか。第2主題もちょっとした強弱の効果が美しく、意外に自由なアゴーギクでたっぷりと歌い上げる。展開部はテンポこそ落ち着いているが、画然たる合奏が見事。感情には走らないものの、作品の魅力はきっちり表出する。コーダを速めのテンポで牽引し、冗漫に陥るのを防いでいるのも卓抜な設計。

 第2楽章は推進力が強く流麗。旋律の歌わせ方にひと筆書きのような勢いがあり、フレージングもよく練られている。中間部も速めのテンポで細かくアクセントを付け、熱っぽくテンションが高い。第3楽章はエッジの効いた明敏な演奏だが、後半部で大きなルバートを何度も使うのは意外。第4楽章も細やかなニュアンスに溢れ、優美で情熱的なカンタービレを随所に導入していて、ドラティのイメージを覆すロマンティックさがある。

“ミュンシュらしい熱っぽさを全篇に展開しつつ、悲劇的感傷からは距離を置く”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1962年  レーベル:RCA)

 当コンビのチャイコフスキー録音は他に第4番、《ロメオとジュリエット》(2種)、《フランチェスカ・ダ・リミニ》、弦楽セレナード、ヴァイオリン協奏曲(ミルステイン、シェリングの2種)がある。このコンビの録音ではあまり音が荒れず、混濁や歪みも少ない方で、適度な潤いもあって聴きやすい方。シャープなブラスのアクセントなど、抜けも良い。

 第1楽章は恣意的なアゴーゴクで濃厚な表情を付けながら、恐ろしく歯切れの良いスタッカートを縦横無尽に盛り込んだユニークなスタイル。楽想の高揚と共にテンポを煽る傾向はあるものの、思わぬ所でブレーキを踏んだり、あくまで独自の解釈。悲劇性の表出はなく、情感は濃厚なのに感傷性は皆無という、不思議な演奏。旋律は思い切り歌っているので、感情面に抑制が掛かっているわけでもない。

 第2楽章はフランス的感性に合う曲調でもあるせいか、チェロにポルタメントを用いるなど生彩に富む一方、語尾の特徴的な付点リズムは意外に俊敏さ、洒脱さに欠ける。第3楽章は中庸のテンポながら、リズムに鋭敏な弾みが出てくる。合奏も緊密で、ロシア風かどうかはともかく、颯爽とした軽快さが前面に出ているのは好印象。コーダに至るまで切れ味も抜群。

 第4楽章はミュンシュらしい熱血気質が、作品の様式とうまく結び付いた好演。詠嘆調ではないし、熱演しすぎてフォルムを崩す事もないが、スコアに内在する感情の昂りは、巧みな棒さばきで美しく表現されている。唯一、管楽器の内声のピッチが甘い箇所もあり、現代の基準からするとやや気になる。

“巧妙極まるアゴーギクで見事な起承転結を設計する、マルケヴィッチ屈指の名盤”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1962年  レーベル:フィリップス)

 マンフレッドも含む全集録音から。マルケヴィッチの代表盤と呼びたいほど、名演揃いの全集。同じオケでも2年前のドラティ盤に較べると遥かに清澄で抜けの良い録音で、強奏部でも荒れず、やや歪みがある他は混濁も目立たない。空間も広いし、左右の分離の良さと奥行き感もある。

 第1楽章は、シャープなリズムと優美な歌が特色。第1主題は群を抜く軽妙さで、第2主題をはじめ旋律の歌わせ方も秀逸。音色もこのオケとしてはよく磨かれ、殊に弦の優しい風合いが素敵。マルケヴィッチは造形に厳しいイメージだが、実は意外とアゴーギクの演出が魅力かも。展開部はスピーディに疾走し、歯切れが良く精悍。ティンパニも峻烈で、壮大に盛り上げる一方、時々デフォルメ気味に句読点を打つのが往年の指揮者らしい。

 第2楽章は艶っぽいカンタービレだが、優しくて儚げ。対位法の立体感を巧みに表出している上、リズムに生気が溢れ、語尾の跳ね上げ方も洒落ている。第3楽章は遅めのテンポながら、アーティキュレーションも楽器間のバランスも考え抜かれ、フレーズの受け渡しが驚くほどスムーズ。鋭敏を極めたリズム処理も圧巻で、意識の冴え渡った緊密な合奏を繰り広げる。

 第4楽章はムードや感情で流さず、明快な棒さばきで説得力の強い起承転結を描き出す名演。感傷的な所はないが、山場で大きく加速して盛り上げる熱っぽさは十分。細かい音符まで解像度も高い。

スコア改変こそ少ないものの、独自の表現を貫くストコフスキー。アンサンブルは不備

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1973年  レーベル:RCA

 ストコフスキーによる同曲唯一のステレオ録音。音質は鮮明だが、オケのアンサンブルが十全とは言えない。とにかくアインザッツが合わず、全く揃わないまま進行してゆく箇所も少なくない。楽譜の改変は少ない方だが、テンポは激しく変化し、表情の濃さは健在。

 この曲の旋律美に惹かれる人には好まれるような造型で、叙情的な箇所はひたすらテンポを落とし、ねっとりとしたフレージングで歌い上げる。第2楽章など、いかにも粘液質の歌い回しで開始したかと思いきや、すぐにも妙な間合いを挟んでテンポが動き、聴いていてズッコケそうになる。終楽章のクライマックスは、弦の旋律をオクターヴ上げるなどストコ節炸裂。なかなか真面目に聴く気にはなれない。

“颯爽と情熱をぶつけてくる指揮が好ましい、若きアバドの貴重な記録”

クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1973年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 後期三大交響曲録音の一枚で、4番は同じくウィーン・フィル、5番はロンドン響を起用。アバドは後年、シカゴ響と全集録音を行っている他、ザルツブルグ音楽祭50周年のセットにベルリン・フィルとのライヴも収録。

 無愛想にすました後年のシカゴ盤と比べると、遥かに自由闊達で情熱的な演奏で、ストレートな力感を颯爽とぶつけてくる若きアバドの姿に好感が持てる。ピアニッシモの表出にこだわりを見せたり、シンフォニックで骨太な響きを構築するなど、後年のアバドを彷彿させる要素もなくはないが、旋律線は表情豊かでテンポの伸縮も自然。オケの艶やかな音色も生かしている。

 第1楽章は展開部の感情の爆発が豪快で若々しく、スピード感と共に旋律美も巧みに表現。第2楽章のしなやかな歌も美しく、中間部のスロー・テンポも堂に入っている。第3楽章のきびきびとしたダイナミックな造形も痛快で、熱っぽく音楽を牽引する第4楽章も後年のアバドとは別人の趣。これほど起伏に富んだ演奏を展開する彼が、なぜ後年に白けた態度を取らなければならなかったのか。解釈のコンセプトが根本的に違うとはいえ残念。

パリ管の艶やかな音彩を生かしつつも、表現はどこか生硬で緊張感不足

小澤征爾指揮 パリ管弦楽団

(録音:194年  レーベル:フィリップス

 同コンビのフィリップス録音は少なく、後は《くるみ割り人形》《眠れる森の美女》組曲があるだけです。小澤は後にボストン響、サイトウ・キネンと同曲を再録音、ベルリン・フィルとの映像ソフトも出ています。このレーベルとしてはいささか豊麗さと奥行き感を欠くサウンドで、良質なコンサートホールに恵まれないパリでは、フィリップスの技術陣も苦労したのかもしれません。トゥッティ以外ではパリ管らしい音彩が楽しめ、冒頭から弦の艶やかな響きが印象的です。

 チャイコフスキーを得意としている小澤ですが、どういう訳か造型が常套的で、どの楽章もあまり面白くありません。これは、後の再録音盤も同じ印象でした。一つには、彼がダイナミクスの幅をあまり大きく取らない事と、フレーズ単位の細かいルバートをほとんど使わない事で、どこか生硬で劇的緊張感を欠くのは問題。

 大仰な身振りや激しい感情表現のない演奏なので、アンチ・チャイコフスキーの人には受入れられるかもしれません。リズムの切れが良く、旋律線も流麗。第4楽章はテンポの動きが少ないせいか、悲劇性の表出がどこにも見られない異色の表現ですが、良く言えば、べとつかない上品なメランコリーがそこはかとなく漂う感じです。もっとも、起伏に乏しい中間2楽章の設計は、さすがに単調と感じました。

流麗な歌い回しとスピーディな疾走感を両立させる、カラヤン絶頂期の名人芸

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 70年代の全集録音から。ベルリン・フィルの同曲録音は意外に少なく、カラヤン盤以外ではフリッチャイやフルトヴェングラーの古いディスクしかないかも。

 オケも指揮者も絶頂期と言え、ともかくもの凄い演奏。特に第1楽章は、造形面でも感情面でも名演と感じられます。主部に入って最初のクライマックスなど、名人芸と呼びたい見事に引き締まった表現ですが、第2主題の提示と再現の間にあるブリッジ的な箇所をすこぶる遅いテンポでロマンティックに歌い上げるなど、流麗なカラヤン・スタイルもプラスに働いた印象。

 非常に遅いテンポの第2楽章は、普通なら舞曲の雰囲気が強く出る所、旋律線が主役を張って濃厚な表情。逆に第3楽章は、行進曲のムードが吹き飛んでしまうくらいの速いテンポです。アンサンブルの妙で勝負といった所でしょうか。個人的には、第4楽章により深い悲劇の色があれば申し分ないのですが、数ある競合盤の中では比較的気に入っている演奏です。

歯切れの良いリズム、豊かなカンタービレ、作品への適性を如実に示したフレッシュな演奏

小泉和裕指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団

(録音:1976年  レーベル:カペレ

 これは、一体どういう出自のディスクなのかさっぱり分からないのですが、学研のカペレというレーベルから80年代後半に突然発売されています。録音データの記載は一切なく、ただデジタル・リマスタリングとの表記。上記録音年は、レコード芸術誌の月評掲載時のデータを参照。低域の浅い、デッドな録音ですが、音自体は鮮明でみずみずしく、奥行き感もあって聴きやすいです。

 月評子の一人も絶賛していましたが、実に素晴らしい演奏で、速めのテンポで情熱的に盛り上げながらもアゴーギクを細かく動かし、自在な呼吸でドラマティックに音楽を進めています。特にこの指揮者の美点がよく出ているのが、歯切れの良いリズムとロマンティックな歌心。

 つまり、小泉の特質である豊かな情感が若き頃のこの演奏にもよく出ているのですが、そこに推進力溢れるテンポ感とさくさくとしたリズム処理が加わるため、情に溺れる事なく、適度にメランコリーを抽出した印象が強く残ります。彼が後年、チャイコフスキー演奏で英国において大成功する事を予見させるディスク。第3楽章のアンサンブルが荒いのは残念です。

“造形美を指向する一方で、艶っぽい歌と豪放な力感をストレートに表出”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1977年  レーベル:RCA)

 レヴァイン唯一のチャイコフスキー交響曲録音。他ジャンルでは、ウィーン・フィルとの3大バレエ抜粋盤、シュターツカペレ・ドレスデンとの歌劇《エフゲニー・オネーギン》全曲録音があります。ただ、この曲は愛奏していたと伝えられ、ラヴィニア音楽祭でも6シーズンに渡って取り上げたとの事。

 感傷やセンチメンタリズムに傾かず、シンフォニックな造形美で聴かせる点はアバドやジュリーニと同じ方向性ですが、レヴァインはさすがにスコア自体を面白く聴かせ、リスナーに満足感を与える点で優れたバランス感覚を示します。ただ、シカゴ響のブラスは角が立って刺々しく、両端楽章のクライマックスなど、再生装置によってはうるさく感じられるかもしれません。

 第1楽章は速めのテンポで流動性が強く、細部に耽溺しない見通しの良さが美点。それでいて旋律線は控えめにポルタメントも盛り込みつつ爽やかに歌わせ、無味乾燥には陥りません。思い切りの良いストレートな力感は彼の武器で、展開部のドラマティックな描写にも存分に生かされています。構成も巧みで、タイトな様式感に譜読みの才覚を発揮。

 第2楽章もさっぱりとした語り口ながら、旋律美はきっちり表出。表情を細かく付けているので、素っ気ない鉄仮面の演奏にはなりません。第3楽章は力や勢いで押し切らず、落ち着いたテンポとよく練られたダイナミクス設計で、爽快に聴かせます。若々しい活力には事欠かず、鮮やかな色彩感や鋭敏なリズム処理、歯切れの良いスタッカートも効果絶大。

 第4楽章は冒頭から語調がすこぶる明瞭で、フォルムを崩して旋律に耽溺するような箇所は皆無。それでも曲の美しさはちゃんと出ていて、ドラマティックな起伏はきっちり描かれます。この楽章に限らず、弦のカンタービレに僅かながら艶っぽい粘性を加えるのが、レヴァインの歌い回しの秘訣のようです。明るい音色で朗々と主題を歌わせながら、音楽を熱っぽく高揚させてクライマックスを形成する手腕も卓抜。決して感情表現を排している訳ではなく、バランスの才能と言えるでしょう。

“シンフォニックに構成しつつ、旋律美や悲劇性も余す所なくキャッチした、隠れた名盤”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1977年  レーベル:デッカ)

 メータ唯一の全集録音から。チャイコフスキーのシンフォニーは滅多に取り上げないメータですが、意外や意外、隠れた名盤とも言える全集です。シンフォニックな様式感で明快な造形を打ち出している点では、ジュリーニやアバドを遥かに越える成功を収めていると言えるのではないでしょうか。録音も鮮烈ですが、強音部で混濁するのが残念。

 第1楽章は序奏部から発色が良く、明朗。主部はオケの合奏が見事に統率され、音の立ち上がりが鋭い上に覇気が漲ります。楽器間のフレーズの受け渡しも隙が無く、オケの優秀さをよく伝えます。強奏部は筋肉質の響きで、ティンパニのパンチが効いてスポーティ。

 第2主題は感傷性こそありませんが、柔らかくもみずみずしい音色で優しく歌うのが素敵です。再現時は、速めのテンポと雄弁な表情で熱っぽく歌うのも感動的。展開部はきびきびとシャープなアンサンブルでフットワークも軽く、ダイナミックな表現がメータならでは。大音量で圧倒せず、よく整理された音響で手際良く造形しています。

 第2楽章は流麗なテンポ感で表情豊かに歌う、軽妙で動的なアプローチ。リズムに跳ねるような弾力があるので、バレエ音楽のように聴こえる一方、本質的にこの方向で合っているという説得力もあります。中間部やコーダも、ほぼ減速せず淡々と進行。第3楽章は落ち着いたテンポながら、音の立ち上がりの速さと鋭敏なリズム感が、溌剌とした若々しさを表します。後半部もほぼルバートを用いず、軽妙自在な足取りと明るい音色が好印象。

 第4楽章は感情過多にはならないものの、悲劇的な色彩と真に迫ったドラマ性をきっちり掴んでいるし、旋律も情熱的に歌います。伸びやかなカンタービレは艶っぽく彩られ、ドラマティックな語り口も感じさせつつ、全体としては純音楽的に構成した感があるのは、メータらしい資質といえます。

全てがゆったりとした美しき悲愴。典雅極まるコンセルトヘボウのサウンドを堪能

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:フィリップス

 全集録音中の一枚。非常に遅いテンポで通した、西欧的洗練の極致たるアプローチ。全ての間合いがゆったりとしており、余裕のない、急いた箇所は皆無です。オケの響きは素晴らしく典雅で、第1楽章主部のアンサンブルから早くも聴き手の耳を魅了。第2主題の歌い回しといい、これほどまでに美しく、ゆったりと演奏されたチャイコフスキーは、他にないのではないかと思います。

 ハイティンクは、中庸の美学ばかりが言われる指揮者で、確かに面白くないディスクもあるのですが、こういう演奏が他にあまりない事を考えると、これは立派な才能と言わざるを得ません。リズムも鋭敏で、ドラマティックな起伏も十二分に形成されています。どの楽章も相当に遅いテンポですが、間延びした所はなく、フィナーレも純音楽的アプローチで上品な悲愴美を表した名演。

弾けるパッション、甘美なカンタービレと彫りの深い造型。若きムーティの才気溢れる名演

リッカルド・ムーティ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:EMIクラシックス

 マンフレッド含むを全集録音から。ムーティはフィラ管とも後期3大交響曲を再録音している他、同曲にはフランス国立管とのライヴ盤もあり。個人的には、この曲に関しては当盤のスタイリッシュな造型感覚がもっともしっくり来る。烈しい熱情の爆発や甘美なカンタービレに溢れながら、全体の構成が周到に設計されていて、すこぶるドラマティック。

 第1楽章展開部や第3楽章の一心不乱に突き進むかのような迫力、瞬発力は相当なもので、弱音部の繊細なタッチ、第1楽章第2主題など旋律を歌わせる際の呼吸にも、余人の追随を許さぬ高い芸術センスを感じさせる。第3楽章の、エネルギッシュながら軽快なフットワークとスピード感も見事。

 オケは音色的にさらなる味わいが欲しいが、終始みずみずしく爽快なサウンド。明晰な響きを突き破って朗々と鳴り渡るホルンやトロンボーンの音色も胸のすくよう。一方、硬質で峻烈なティンパニの打撃が合奏を筋肉質に引き締める。

情念をさっぱり洗い流したような、徹底して緻密で純音楽的な悲愴

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1980年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 ジュリーニはチャイコフスキーをあまり録音しておらず、当盤は希少。彼のもとでロス・フィルが飛躍的な豹変を見せはじめた頃の演奏で、細部まで緻密にこだわり抜いた表現は、オケの好演共々賞賛に値する。ただ徹底した音響整理の結果、情念がきれいさっぱり洗い流されてしまって、特にロシア臭さやメランコリーを求めていない私でさえ、何か居心地が悪く感じる。見事といえば見事だが、それだけに物足りない。

 第1楽章は造形美を打ち出し、シンフォニックに構成した彫りの深い表現で、旋律線は存分に歌いながら、全くといっていいほど粘らない。第2主題の慈しむような調子は独特で、展開部のトロンボーンも優しく柔らかな表情だが、純音楽的な美しさはあってもドラマティックにはならないのがジュリーニらしい。

 彼としては常識的なテンポを設定した演奏で、第2楽章の優美な表情、第3楽章の歯切れ良いスタッカートや克明なリズム処理、随所に盛り込まれたレガートの効果も特徴的。最も好みを分つのはフィナーレかもしれないが、ある意味、アバドがシカゴ響とやろうとした事を、よりソフトに美麗な形で結晶させていると言っていいかもしれない。オケは響きが若干浅く、さらに深みが欲しい。

どこまでもスタイリッシュ! 独自路線をひた走るマゼールのユニークな名盤

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ソニー・クラシカル

 当コンビの後期3大シンフォニーの一枚。マゼールはウィーン・フィルと全集録音も完成させています。とにかくユニークな名演。この時期における当コンビの面目躍如たるスタイリッシュなアプローチで、快速調のテンポを基本に、おそろしく軽妙で歯切れの良い演奏を展開しています。

 第1楽章は、主部に入るとテンポの速さに驚かされますが、クリーヴランド管は鉄壁のアンサンブルで唖然とするほどのパフォーマンスを展開。一度この演奏を聴いてしまうと、他の盤からは多少なりとも腰が重い印象を受けてしまうので要注意です。それでいて作品の旋律美は魅力的に表現されており、弦のフレージングなども誠に雄弁に歌われています。

 第2楽章も素っ気ないほど速いテンポですが、やはり優美なカンタービレが素敵。オケのキャラクターもプラスに働いています。凄いのが第3楽章で、鋭利かつ軽快、技術的にはもう完璧という他ありません。アンサンブルが雑だと聴いていて疲れる楽章ですが、これは胸のすくように爽快。フィナーレも、相当な駆け足。濃い情感や深い悲しみは他の演奏に譲るとして、明快な造型感覚でメロディの美しさもきっちり浮かび上がらせた名演です。

ロシアの情緒に根ざしながらも西欧的洗練を兼ねそなえた、個性溢れる名演奏

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1981年  レーベル:メロディア

 ビクターとメロディアの共同製作による一連のレコーディングの一枚。ビクターのスタッフが最新のデジタル機器をモスクワに持ち込んだ優秀録音共々、当時話題を呼んだものです。当コンビは同時に5番を録音している他、メロディアが独自に1〜4番も収録し、後に全集が完成しました。

 第1楽章は響きも音色も洗練された趣で、いわゆる旧ソ連風の粗野な演奏とは一線を画しますが、あらゆるフレーズにロシアの大地と直結したような歌心や情緒が漂う所、やはり西欧の演奏様式とはかなり違ったアプローチです。佇まいは落ち着いていて、彫りの深い造形。第2主題の嫋々たるカンタービレはひたすら魅力的で、旋律のキモを知り尽くした歌い回しは言語に尽くし難い素晴らしさです。展開部はパワフルですが、フォルムが崩れる事はありません。

 第2楽章もロシア的情緒をそこはかとなく漂わせながら、抑制の効いた魅力的な表現。管楽器のちょっとしたフレーズにも、ヴィブラートを掛けて歌わせています。歯切れが良く、音圧の高い第3楽章を経て、フィナーレ冒頭の弦がそうっと、吐息のように力無く入ってくる所は一瞬、虚をつかれます。楽章全体の造型は、大きなスケールで俯瞰しながらドラマティックな緩急を付けたもの。作品全体としては5番と同様、横の線のスムーズな流れに留意した解釈で、指揮者の卓越した構成力が光ります。

“意外にも旧ロンドン盤より常套的で、ドライな表現に変わったライヴ音源”

アンタル・ドラティ指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:RCO LIVE)

 楽団自主レーベルによるアンソロジー・セット収録のライヴ音源。ドラティは過去にロンドン響と後期3大交響曲を録音しています。

 第1楽章は音色に深々とした奥行きと典雅さがありますが、スタッカートを多用した句読点の明確なフレージングはドラティならでは。テンポこそ遅めながら、一音一音を克明に刻んでゆくような趣がユニークです。展開部も落ち着いたテンポで、逞しい力感とエッジの効いたリズムでシャープに造形。感情的にはなりませんが、ルバートは自在に盛り込んでいていて、ドライな演奏にはなりません。

 第2楽章は旧盤よりずっと遅くなり、落ち着いた趣。オケのおかげで優美なタッチが目立ちますが、解釈としてはやや常套的になってしまった印象も受けます。第3楽章は遅めのイン・テンポで、噛んで含めるような表現。着実に音符を処理してゆく面白さはありますが、旧盤にあった大胆なルバートは取り除かれています。

 第4楽章も、情感が旧盤より枯れて淡白になり、造形にも端正さへの指向が窺われます。起伏はさほど大きくないですが、全てが明快で、シンフォニックな美しさをうまく抽出した演奏。旋律線はよく歌っていますが、不思議なほど感傷性を感じさせない表現です。

“歯切れの良いリズムと優美なカンタービレで、作品の純粋な美しさを抽出”

マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:シャンドス)

 マンフレッド交響曲を含む全集録音より。ヤンソンスの同曲録音は後に、バイエルン放送響、コンセルトヘボウ管とのライヴ盤も出ています。

 第1楽章は速めのテンポで端正に造形し、奇を衒わず、整然とアンサンブルを統率。最初の強奏部は、加速して情熱的な勢いに溢れます。第2主題はおだやかな性格で、優しいタッチ。再現の際も間合いをゆったり採って白玉音符を長めに延ばし、旋律美を最大限に引き出します。展開部はエッジが効いてシャープ。句読点が明確で、きびきびしたテンポで緊張度の高い合奏を繰り広げます。トロンボーンのパッセージの裏で、ティンパニのトレモロにクレッシェンド、ディミヌエンドを加えるのは、録音でも実演でも常に実践している解釈。

 第2楽章は、艶やかな音色で優美に歌う表現。カンタービレが雄弁で生き生きとしているのは美点です。中間部も淡々と流しながら、各パートに自発性があって表情豊か。全体にテンションが高く感じられます。第3楽章はかなり速めのテンポで、引き締まったプロポーション。ほぼ減速せずにイン・テンポで疾走するのと、スムーズで切れ味鋭いリズム処理のおかげで、終始爽快に聴ける演奏です。音量を控えめにしているのもその一因。

 第4楽章はゆったりしたテンポで、やはり優しい性格。第2主題も慈愛をもって歌われますが、伴奏形のシンコペーションをスタッカートとアクセントで強調する事で、音楽の隈取りを明瞭にしているのはヤンソンスらしい所。テンポの落差は大きく、最初のクライマックスはかなり加速して、熱っぽい表情。最後の山場はドラマティックながら、情念というよりも音楽面での旋律美、悲愴美に焦点を当てた印象で、その意味ではやはりシンフォニックな解釈と言えます。

“オケのキャラクターを前面に出しながらも、かつての統率力に欠けるカラヤン”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 デジタルによるカラヤン最後の同曲録音はウィーン・フィルを起用。アンサンブルの緊密さや凝集された表現の迫力は大きく後退しましたが、艶やかな歌い口やたっぷりとした間合いなど、オケの個性が生かされた印象です。

 テンポ設定はほぼ70年代の旧盤を踏襲、第3楽章の急速なテンポと歯切れの良いスタッカートも健在で、若々しい活力を感じさせます。しかし、テンポの速い部分を中心に、アンサンブルの乱れは顕著に現れていて、金管や打楽器が活躍する場面では統率力の衰えが見られる事も否めません。旧盤では見事だった第1楽章の造形もいささかフォーカスが甘く、全体としては手兵を振った旧盤に大きく軍配が上がると思います。

“ダイナミクスの幅を狭め、ドラマティックな緩急を作ろうとしない指揮者の姿勢は疑問”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1986年  レーベル:エラート)

 小澤のエラート録音は珍しく、ボストン響の同レーベルへの登場も稀少と思われます。録音は、この団体らしいアナログ的な響きをよく捉えていて違和感はありませんが、指揮者の解釈はパリ管との旧盤をそのまま踏襲したもので、あまり面白くありません。

 さすがに響きはふくよかで、プロポーション的には恰幅がよくなりましたが、第1楽章展開部やフィナーレの表現など、意図的なのかどうか抑制が効いて弱腰で、どの場面も緊張感が不足します。リズムは歯切れが良く、フレージングも流麗ですが、ドラマティックな緩急をほとんど作ろうとしないふしもあり、どうも私には、指揮者のスタンス自体に共鳴できない感じ。ディナーミク、アゴーギクの幅も、敢えて狭められているようです。旧盤同様、中間二楽章は特に生気に乏しい印象を受けました。

“高度にリファインされた表現と抑制の美学。優しいタッチながら一切の興奮を拒絶”

クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1986年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 全集録音の一環で、スラヴ行進曲をカップリング。アバドは若い頃にウィーン・フィルと同曲を録音していますが、こちらはオケの性格を生かし、磨き上げられた音色で緻密に構成した印象。高度にリファインされた表現、抑制された美しさを追求しているようにも聴こえます。同レーベルのマゼール盤と似た傾向もありますが、そこまで機能性に傾きすぎず、あくまで純音楽的な悲愴美という感じでしょうか。

 第1楽章は、第2主題や経過部をかなり速めのテンポで推移させる一方、感情的にはならず、客観性を担保。展開部もバランス感覚に優れ、シンフォニックな造形でよくまとまる一方、旧盤で聴かれた若々しい情熱の発露は見る影もありません。レガートを多用し、クライマックスもトロンボーンを抑えて、弦の旋律をメインに聴かせます。

 第2楽章は全く無駄のない表現ながら、強弱のニュアンスやアーティキュレーションを生き生きと描写。オケも艶やかな音色とソフトなタッチで好演しています。中間部も全く感傷性のない、徹底して純音楽的なアプローチ。第3楽章は落ち着いたテンポで、細部まで克明に処理。強奏や山場でも、アバドの棒は一切興奮を示しません。はったりや誇張のない誠実な表現はいいのですが、この方向で行くなら、さらにエッジの鋭さや、リズムの弾力性が出ればとも思います。

 第4楽章は、しなやかにうねる冒頭から響きの美感が印象的。速めのテンポで推進力が強く、他の楽章と較べてやや情感が濃いのは、アバドなりの様式感でしょうか。弱音のデリカシーが光り、トゥッティも音量を抑制して、和声感とプロポーションを保持しています。艶やかなカンタービレも聴かれますが、感情を爆発させず、あるべき所へ堅実に音楽を着地させる冷静さは評価の分かれる所。良く言えば、優しい手触りが魅力的。

“大器の片鱗を見せつつも、粗削りな部分が目立つビシュコフ初期の録音”

セミヨン・ビシュコフ指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:フィリップス)

 ジュリーニとカラヤンから後継者のお墨付きを貰って一躍時の人となったビシュコフの、レコード・デビュー間もない頃の録音。コンセルトヘボウとの録音は他にR・シュトラウスの《ドン・ファン》があるのみです。ぐっと腰を落とし、彫りの深いデッサンで聴かせる両端楽章と、軽妙なリズム感で多彩なニュアンスを抽出した中間楽章を対比させるなど、既に大器の片鱗も垣間見えますが、第3楽章におけるアンサンブルの乱れをはじめ、まだ粗削りな部分も多く、デビュー盤だった《革命》の完成度には及びません。

 トゥッティの燃え上がるように激しい表現は、いかにもロシア風の金管の咆哮を伴いますが、後のディスクを聴く限り、ビシュコフの才能はもう少し違う所に発揮されるように思います。オケも深々としたトーンと洗練された響きで応えますが、強音部でのブラスの響きは音が割れて荒く、あまり美しいとは感じられません。旋律線にも今一つ感情の豊かさがあればと思います。

“若さにまかせず、周到に音楽を設計する大野。オケの暖かい響きも好印象”

大野和士指揮 ザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:オーパス)

 大野和士の本格デビュー盤。ザグレブ・フィルの常任指揮者に就任する数ヶ月前の録音です。今の彼ならもっと熱く燃え上がるような演奏を行うかもしれませんが、当盤の表現は情熱と客観性のバランスが取れた趣味の良いもので、東欧らしい暖かい響きを持つオケが意外に好演しているのも聴きものです。

 テンポは全体的に遅めで、旋律線も柔和な表情ながら、要所要所のアクセントが力強く、リズムの歯切れが良いため、鈍重な印象は全くありません。両端楽章のクライマックスも、若さにまかせて感情を爆発させたりはせず、抑制の効いた知的な設計の中に格調高い悲劇性が立ち上ってくるような表現。弱冠28歳の指揮者とは思えぬ味わいにも驚かされます。フレージングも決してムードに流れず、全てを周到かつ明瞭に造型。

“全体をまるでドラマのように構成するシノーポリ。情感の濃さには定評あり”

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《ロメオとジュリエット》をカップリング。同コンビは5番も録音している。教会で録音されたオケの響きは鮮烈かつ爽快だが、部分的に歪みが目立つのは残念。

 第1楽章は、展開部のトロンボーンを柔らかい音でブレンドさせ、ティンパニのトレモロにクレッシェンド、ディミヌエンドの波を付ける(ヤンソンスもこれを誇張してやっている)など、異色の表現あり。最後のクラリネット・ソロの前を、思い切りテンポを落として気だるい感じにしているのも独特。第2楽章は、シノーポリとしては大人しい。

 第3楽章は、遅いテンポで細部を浮き彫りにしたアプローチで、通常の演奏とは異なり、テンポが感情的に変動するのは独特。線も太く、壮麗な大伽藍を思わせる雄大さは行進曲の枠をも逸脱する。終楽章は、冒頭の主題がまるで風の中に漂うほのかな悲しみみたいに、さりげなく入ってきて意表を衝かれる。私などは、彼の死を思ってここでぐっときてしまうが、続くカンタービレは極めて熱っぽく、情感の濃いもので、明らかにこの楽章に全体のクライマックスを置いた解釈。

“旧盤の美点を残しつつ、オケの美麗なサウンドを全面展開したムーティ再録音盤”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:EMIクラシックス)

 後期三大交響曲再録音の一枚で、スクリャービンの《法悦の詩》とカップリング。ムーティはフィルハーモニア管とマンフレッドを含む全集録音をしている他、同曲にはフランス国立管とのライヴ盤もあり。残響を豊かに収録したサウンドは、旧盤と全く異なる印象。フィラ管はムーティ時代に随分と精悍な響きに変わった時期があるが、ここでの艶美で豊麗なサウンドはかつてのゴージャスな音も彷彿させる。

 第1楽章は遅めのテンポ。金管がやや奥まった定位だが、長めの残響に阻害されながらもシャープなリズムが聴こえてくる。第2主題は暖かみのある音色で、優しい風合い。旧盤はホルンの骨張った響きに少し角が立ったが、当盤は柔らかい筆遣い。展開部は旧盤の峻厳さこそ後退しているが、鋭敏なリズムで疾走するスピード感は相変わらず。ぐっと腰を落としたクライマックスも、弦やトロンボーンの柔らかさが際立つ。

 第2楽章も、艶やかな音色で優しく歌う。中間部はぐっとテンポが落ち、遅すぎて楽想から別の様相が立ち上がってくるのが面白い。主部と中間部の主題が交互に現れる箇所は、両者のテンポ間を往復しつつつ主部へ回帰。止まりそうなほどスローなコーダも印象的。第3楽章は肩の力が抜け、豪腕で押す所が無くなったが、音色は明るくリズムの切れも抜群。遅めのテンポながら、全体の流れを重視していて音楽を停滞させない。

 第4楽章も穏やかな性格で、激しい緊張感や悲劇性はないものの、艶やかな音色でたっぷりと歌い上げてひたすら美しい。クライマックスも内からの力感の突き上げはあるが、やや輪郭が甘く、激烈さには不足。ムーティの《悲愴》なら、ドラマティックな語り口や彫りの深い造形性でフィルハーモニア盤かシャンゼリゼ盤、シンフォニックなまとまりと音色美では当盤といった所か。

“オケの要望で起用された小泉の芸風が冴え渡る、切なくも美しいチャイコフスキー像”

小泉和裕指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:RPOレコーズ)

 定期演奏会における5番の大成功を受け、オケ側の要望で実現した三大シンフォニー+マンフレッド録音の一枚で、《ロメオとジュリエット》をカップリング。小泉としては新日本フィルとの旧盤以来の再録音となる。このシリーズは全て録音会場が異なり、当盤は音響に定評のあるアビーロード・スタジオで収録。

 演奏は素晴らしく、べたつかないフレージングで旋律線を美しく隈取りながら、持ち前の鋭利なリズム感でモダンに造型した、極めて魅力的なチャイコフスキー像。特に見事だと思うのが、随所に盛り込まれたスタッカートの効果で、これがだらっと流れてしまいがちなパッセージをきりりと引き締めている。それほど速いテンポではないのに切れが良い印象を与えるのは、そのせいでもある。

 オケも熱演で、ブラスの表現力などさすがだが、印象的なのが弦のライン。緻密に統一された弦楽セクションが奏でる旋律線は美しく、切なく、聴く者の心にすっと沁みてくる優しい風合いが素敵。特に終楽章では、これが絶大な効果を上げている。

“即興的と言えるほど自由な表現。凄絶な響きが鳴り渡る一方、どこか真に迫らない一面も”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 キーロフ歌劇場管弦楽団

(録音:1997年  レーベル:フィリップス)

 フィンランドでの収録で《ロメオとジュリエット》をカップリング。ゲルギエフはウィーン・フィルとも同曲を録音しています。演奏はこの指揮者のイメージそのままのドラマティックなもの。演奏時間を見る限りでは、両端楽章は相当に遅く、中間2つの楽章がかなり速めに演奏されているように見えますが、事はそれほど単純ではなく、特に両端楽章において、テンポの変動は実に激しいものがあります。

 第1楽章は、提示部に入った所や展開部は切迫した調子ですが、第2主題はぐっと腰を落として甘美に歌う印象。とはいっても、例えば第2主題がブリッジを経て戻ってくる所など、テンポ・ルバートを多用して極端に速度を変化させるので、ほとんど即興的な音楽作りに近い感じです。展開部の感情の爆発も凄まじいもの。

 中間2楽章は速めのテンポで淡々と演奏される一方、フィナーレはテンポを動かして扇情的。クライマックスでは凄絶な響きが鳴り渡りますが、ライヴっぽい歪みの大きい録音で、本来のダイナミクスを伝えていないのは残念。コーダでは苦悩を拡大し、さらに大きく引き延ばしたようなアプローチ。ここで演奏時間が延びた様子です。こういう演奏は個人的に好きな筈なのですが、どこかゲルギエフの演奏は波長が合わないというか、どのディスクを聴いても大きな感動に繋がらないのが不思議です。

“音量とテンポの増減を密接に結びつけた、独自の主観的なアプローチ”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1998年  レーベル:テルデック)

 後期三大交響曲録音の一枚。ライヴ収録です。実に独特な表現で、アゴーギク、デュナーミクを自由に動かした主観的な音楽作りは、(私は聴いていませんが)正に彼が敬愛しているフルトヴェングラーの影響そのものかもしれません。当コンビのライヴ録音はデッドな響きで奥行きが浅く感じられるものが多いですが、当盤は聴きやすいサウンドに仕上がっています。

 第1楽章は、ゆったりしたテンポでディティールを丹念に描写。第2主題はポルタメントも盛り込んで情感たっぷりですが、展開部のリズムの切れは鋭利です。テンポはかなり恣意的に動かす印象。旋律線に大胆なルバートを多用する一方、提示部で第2主題を繋ぐ経過部をアッチェレランドで煽るなど、独自の構成感も聴かれます。第2楽章も強弱に特徴があり、ティンパニが加わるトゥッティで音量を落とす箇所もあり。弦は随所にポルタメントを使い、艶っぽいワルツに仕上がっています。

 第3楽章は、きびきびと歯切れの良いアーティキュレーションが、シカゴ響の強固なアンサンブルと相まって迫力満点。バレンボイムならもっと腰の重い演奏になるかと思いましたが、意外に軽快で熱っぽい性格です。コーダで加速し、極端なディミヌエンド、クレッシェンドを盛り込みながらラストでさらにアッチェレランドを掛けるなど、大仕掛けを展開。

 フィナーレは一転、しなだれかかるような詠嘆調で開始。こちらも情感の濃いドラマティックな造型で、最後のクライマックスに向かってどんどん加速し、その後は減速しながら終了。音量の起伏とテンポの増減を密接に結びつけている所、やはりフルトヴェングラーを想起させる表現です。

“完成度はまだ低いものの、叙情の抽出と劇的構成力に才能を発揮”

西本智実指揮 ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

(録音:2002年1  レーベル:キングレコード)

 当コンビ最初のレコーディングで、西本の首席指揮者就任直後に収録されています。カップリングはバレエ《眠れる森の美女》からの2曲。遅いテンポを採り、じっくりと叙情を抽出してゆくこの指揮者の特質は、早くもここに開花しています。

 緩急の付け方に卓越したセンスがあり、オペラ指揮者らしい劇的な構成力も光りますが、その反面、第1楽章展開部や第3楽章でのオーケストラ・ドライヴには詰めの甘さも感じられ、コントロールが行き渡らない印象も受けます。オケの機動力にも問題がありそうです。

 第2楽章が素晴らしい出来映えで、冒頭の弦のメロディなど、息の長いフレージングが大変魅力的だし、ぐっとテンポを落として沈み込む中間部の表現など、はっとさせられる瞬間もあります。フィナーレも何か物語が内在するかのような、劇的な造型。完成度はまだ低いけれど、非凡な才能を感じさせるディスク、といった所でしょうか。

“伸縮自在のアゴーギクを用いつつ、明快な造型感覚をキープし続けるムーティ”

リッカルド・ムーティ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:2003年  レーベル:ナイーヴ)

 過去にフィルハーモニア管、フィラデルフィア管と同曲を録音しているムーティによるパリ、シャンゼリゼ劇場でのライヴ。同楽団とムーティの共演は珍しく、ディスクはこれが初と思われます。放送録音としては、聴きやすい音質。

 演奏は、全体のテンポがぐっと遅くなり、彫りの深さも増した振幅の大きなものですが、これだけ伸縮自在のアゴーギクを用いながら音楽のフォルムが崩れないのは、ムーティ一流の明快な造形感覚ゆえです。全ての箇所が遅いかというとそうでもなく、第1楽章第2主題はかなり速いテンポで歌われるし、展開部ではパワフルな推進力を発揮。

 一方で第2楽章のコーダは、ほとんど止まってしまうんじゃないかというくらい極端にテンポが落ちますし、1小節ごとに呼吸を置く中間部の5拍子の取り方も独特です。第3楽章もゆったりとした、恰幅の良い表現。できればフィナーレに一波乱あればバランスが良かったですが、終演後に会場から浴びせられる激しいブラヴォーの合唱が、聴衆の熱狂をよく伝えています。

“スコアにない強弱のニュアンスを随所にあしらった異色の演奏”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2004年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 オーケストラ、放送局とソニーの共同制作によるライヴ・シリーズで、《浄夜》とのカップリング。この団体の同曲録音は大変に珍しく、もしかすると60年のフリッチャイ盤以来かもしれません。ヤンソンスは同年、コンセルトヘボウ管と来日した時もこの曲を取り上げましたが、非常に自由度の高い、一歩間違えればストコフスキーのようなキワモノにもなりかねない表現を、ギリギリの線でまとめたような演奏です。

 特にアレンジが激しいのがティンパニで、第1楽章展開部、トロンボーンの裏でクレッシェンド、ディミヌエンドを繰り返したり、第2楽章中間部で極端なクレッシェンドを繰り返したり、スコアにないデフォルメが目立ちます。オケ全体のアーティキュレーションも、随所に聴き慣れない対比が作り出されていますが、第2楽章冒頭の弱音を生かした歌い回しなど、ポエジーの豊かさもあって、聴き手の好み次第でしょうか。オケが素晴らしい。特に、艶やかで繊細な弦と表情豊かな木管のパフォーマンスには魅了されっぱなし。

“表現がやや抑制され、意外にオケの個性も生かされない、ゲルギエフ再録音盤”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2004年  レーベル:フィリップス)

 楽友協会ホールでのライヴで、4番、5番とセット発売。ゲルギエフには手兵キーロフ管との97年盤もあります。キーロフ盤ほどの熱気はない代わり、オケの響きが落ち着いている一方、ウィーン・フィルらしい艶やかさや自発性が生かされている訳でもないです。ゲルギエフの演奏に共通する特徴として、ダイナミクスの幅があまり大きく取られておらず、最弱音があまり出て来ない傾向もあります。

 第1楽章は冒頭から音量を抑えず、和声をたっぷりと鳴らした表現。主部はリズムなどやや目詰まりする箇所もありますが、概して整然としたアンサンブルでよくまとまっています。色彩的にはやや地味で、或いはこれがロシア風という事かもしれません。第2主題は最初の提示と、経過部を経てもう一度繰り返される時のテンポが全く違う(後者が異常に速い)のがユニーク。旧盤ほどルバートを多用していないので、造形としてはやや端正になった感じを受けます。

 第2楽章はかなり速めで、主題提示は小粋。ただ、イン・テンポで突入する中間部は素っ気ないです。第3楽章も速いテンポで、冒頭から音を短く切って鋭利。終楽章は、旧盤より演奏時間は短縮されましたがテンポの収縮は大きく、最初のクライマックスなど凄まじいテンポにアップします。それでもオケの特性ゆえか、旧盤よりは標準的なアゴーギクに近付いた印象。いずれにしろ、感情的にぐっと胸に迫る感じはあまりありません。

“イタリア風と言えるほど歌謡的に歌わせる個性盤。アンサンブルにやや問題あり”

アントニオ・パッパーノ指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

(録音:2006年  レーベル:EMIクラシックス)

 ライヴによる後期三大交響曲集より。この2枚組は4番の完成度が図抜けて高く、次に当曲の演奏が良いように感じます。第1楽章は構成がうまく、ドラマティック。不要な力みがない上にリズム感が良く、ポルタメントを効果的に使った第2主題の歌わせ方など、見事なものです。こういった感情過多な曲において肩の力が抜けているというのは、新世代らしい等身大的スタンスといえるかも。これは勿論、アバド/シカゴ盤のような無気力、無表情の姿勢とは全く別です。

 特にユニークなのが第2楽章で、まるでオペラ歌手が歌っているような主旋律のみならず、チェロの対旋律までポルタメントで艶やかに歌わせた、極めて歌謡的なアプローチ。こうやってきくと、スラヴ的憂愁の影に隠れがちですが、チャイコフスキーの音楽には、和声や音階の使い方にイタリア風のセンスが随所に出てくる事に気づきます。

 しかし第3楽章はアンサンブルの精度に不満が残り、ややフォーカスが甘い印象。それでも、弾みの強いリズム感と風通しの良い響きは好感が持てます。フィナーレ冒頭の弦も一糸乱れぬアインザッツは追求せず、へなへなとしなだれかかるような表現ですが、これは曲想の核心を衝いた感じも受けます。ただ、中盤からラストにかけては情感が淡白で、パッパーノならさらに燃焼度の高い、スケールの大きな演奏が可能だったかもしれません。

“フレーズの掴み方や拍節感に全く新しい視座を提供する、ユニークな演奏”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2007年  レーベル:テラーク)

 《ロメオとジュリエット》をカップリング。パーヴォのチャイコ録音は非常に珍しいですが、正に新しいタイプの、ユニークな景色を見せてくれる演奏。主にロシア的/西欧的、主観的(情緒的)/客観的(純音楽的)のフェイズで論じられてきたこのチャイコフスキー解釈に、新たな地平を切り開いてくれたような新鮮さがあります。

 第1楽章は抑制された、緻密なトーンで構築しているのが独特で、鋭敏なリズム感も特色。第2主題は弦の優しい音色が印象的ですが、表情付けはユニークで、フレーズを短いスパンで掴んでいる上に、強弱もやや急な増減を繰り返すなど、新世代のモダンな解釈という感じです。展開部も小回りが効いて軽快、極めて精度の高い合奏で、同じ音型パターンの反復などは、どこかミニマル・ミュージックのようにも聴こえるのが不思議。急にふわっと音量が落ちる箇所など、バロックやピリオド系団体の表現も想起させます。

 第2楽章は、速めのテンポで浮遊感のある表現。揺れるような5拍子の拍節感を、アクセントの置き方で敢えてデフォルメしていて、改めてこの拍子で作曲されている事の斬新さに、耳を開かせてくれるような趣があります。逆に中間部ではテンポを落とし、ティンパニの拍動を極限まで押さえ込んで旋律線を表に出す事で、むしろ拍節感を無くしているのが面白い所。

 第3楽章は、テンポこそ落ち着いていますが、鋭利なリズムで軽快に造形。全く力みがなく、音量もかなり抑制されている印象です。アーティキュレーションには細かくこだわり、細部の表情を緻密に積み上げているのはさすが。響きが常に柔らかく豊麗で、決して硬直しないのもこのコンビの特徴です。

 第4楽章は、冒頭の音符を長めに延ばすようなフレーズ解釈が独特。感情的に耽溺するような態度は皆無ですが、旋律線に新鮮な情感が漂う場面の多い演奏ではあります。後半部も肩の力が抜けていて、激情の片鱗も見せませんが、それでいて無表情な所はなく、やはり情緒の新しい側面を引き出したというべきでしょう。弦をはじめ、旋律線もよく歌っています。

“オーソドックスな造形を基調に、細やかな個性を随所で表現”

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:2010年  レーベル:オルフェオ)

 《ロメオとジュリエット》とカップリング。当コンビはマンフレッドと後期三大交響曲を録音していて、そこに《フランチェスカ・ダ・リミニ》《ハムレット》《スラヴ行進曲》も併録。英国のオケながら暖色系の響きで、ゆったりと豊かな音楽を展開するのが特色です。第1楽章は正攻法ですが、第2主題が実に表情豊かで、自由なアゴーギクを適用。展開部ではオケを意のままにコントロールし、若い指揮者が自分の音楽を存分に繰り広げるのが頼もしい所です。

 第2楽章はオーソドックスな造形ながら、フレージングと音色に独自の個性を聴かせます。第3楽章は物量で圧倒してお祭り騒ぎになったりせず、デュナーミクの演出が周到で、設計がよく練られた印象。色彩感も鮮烈です。第4楽章は、即興的なフィーリングもあるネルソンスの棒にオケがぴたりと付け、一体感の強い合奏を展開。ただ、感情面では切迫した調子に乏しく、悲劇性は薄いように感じます。

“若手時代よりもずっと自由で軽快になった、ビシュコフ円熟の再録音”

セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2015年  レーベル:デッカ)

 チャイコフスキー・プロジェクトの第1弾。ビシュコフとチェコ・フィルの顔合わせは珍しく、録音はこれが初です。コンセルトヘボウ管との旧盤以来、28年ぶりの再録音で、《ロメオとジュリエット》をカップリング。ビシュコフ63歳の録音ですから、さすがに鈍重な表現かと思いきや、意外や意外、旧盤よりも遥かに自在で鋭敏、フットワークの軽い演奏になっているのに驚かされます。テンポでいうと第4楽章がぐっと速くなり、演奏時間が大幅に短縮されているのは注目したい所。

 第1楽章は序奏部から表情が明快で、クレッシェンドの各頂点をスフォルツァンドで強調しているのも独特。主部は造形が見事で、オケの美しい音彩も生かして素晴らしいパフォーマンス。第2主題も経過部も速めのテンポでぐいぐい牽引しますが、細部の仕上げに粗さはなく、すこぶる丹念に掘り下げられています。オケの響きが爽やかで、一時のビシュコフによくあった、厚塗りのこってりした音彩は聴かれません。

 展開部はアインザッツの切り込みが鋭く、歯切れの良いリズムを駆使。雄大なスケールで盛り上がる中でも、柔軟性を失わない豊麗なソノリティは魅力的。トロンボーンも必要なエッジと抜けの良さをきっちり確保しながら、マス全体の響きがまろやかにブレンドしています。弱音部も、優しい風合いが素敵。

 第2楽章は主旋律、対旋律ともに艶っぽく、優美なカンタービレが聴きもの。ホールトーンをたっぷり取り入れながら細部の明瞭な録音も魅力的で、チェコ・フィルの魅力をこれほどヴィヴィッドに伝えるディスクは久しぶりな気もします。第3楽章は弱音のデリカシーとリズムの切れ味、弾力が際立ち、鋭敏極まる表現。しなやかさと豪胆さを兼ね備えつつ、スケールの大きさも表出している点は非凡という他ありません。後半の高揚感も充分。

 第4楽章は、決して悲劇性を強調した沈鬱な性格ではありませんが、自在な呼吸感でたっぷりと歌うカンタービレが胸を打ちます。オケも熱い共感を示し、真情のこもったパフォーマンスを展開。もっとも、造形が崩れるような事はなく、常に大局を見失わない安定した構築力を感じさせますし、ティンパニのアクセントやテンポ・チェンジなど句読点も明快です。

“精緻を極めた合奏と熱っぽい語り口を両立させながら、感傷性は皆無”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2019年  レーベル:アルファ・クラシックス)

 管弦楽曲作品もカップリングした全集録音から。同オケによるチャイコフスキーの交響曲全集はこれが初で、19年から21年にかけて長いスパンで録音されています。P・ヤルヴィによるチャイコフスキー録音は、シンシナティ響との《悲愴》《ロメオとジュリエット》もあり。音響効果の良いホールらしいですが、アナログな温もりや柔らかさがある一方、やや響きのこもりや飽和もある印象。直接音はクリアですが、いわゆる鮮烈な印象のサウンドではありません。

 第1楽章は非常に精度の高い表現で、磨き抜かれた音色で細部まで精緻に彫琢。隙間が生まれて合奏がぎくしゃくしやすい楽器間の受け渡しも、これ以上ないほどスムーズに行われて流麗そのものです。旋律線はどこまでも艶美に歌いますが、情緒過多な箇所は皆無。第2主題や展開部の設計も考え抜かれていて、緩急のラインや楽想の繋ぎ方など、一つの理想型を見る思いです。特に展開部は速めのテンポでタイトに造形し、停滞と肥大を避ける事で楽章全体のフォルムを適正に保持していて見事。

 第2楽章もフレージングと曲想の転換が巧みで、流れるように展開してゆく優美な演奏。各パートの歌い口もすこぶる丁寧で、繊細な表現が連続します。第3楽章は力みのない軽妙なタッチ、詳細に演出されたユニークな強弱の描写と、旧盤のスタイルを踏襲した印象。終盤のフォルティッシモのさなか、弦楽セクションが精緻を極めた合奏で下支えしているのには圧倒されます。

 第4楽章も全体を一筆書きのように描いた、集中力の高い演奏。部分が全体に有機的に連結されていて、曲想の変化を淀みなく聴かせます。激しく高揚はしますが、センチメンタルな感傷性が全く無いのがこの全集の不思議な所。

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