プロコフィエフ/カンタータ《アレクサンドル・ネフスキー》 |
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概観 |
どうもこの作曲家は芸術的評価と一般的人気の両方が揃って低く、録音でもコンサートでもあまり取り上げられません。カンタータに限っても、《イワン雷帝》やこの曲など、すこぶる面白い作品だと思うのですが、近年のクラシック業界は超人気曲か極端な秘曲にレパートリーが偏っていて、不満が尽きない所です。無機的な響きで苦手な曲もありますが、基本的に私はこの作曲家が好きで、指揮者ゲルギエフも一時期「私はもうプロコフィエフに首ったけなのです」と語っていました。 |
本作は、プロコフィエフにはよくある、映画音楽を元に再構成した作品。表現の振幅が大きく、重厚な悲劇的色彩から、美しくもロシア的な旋律、名作《ロミオとジュリエット》を彷彿させるシニカルで軽妙なパッセージなど、プロコフィエフのあらゆる魅力が詰まった作品です。あまり馴染みのない方は、ぜひ色々なディスクを聴いてみて欲しいと思います(といっても、そう多くのディスクは出ていないのですが)。 |
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*紹介ディスク一覧 |
59年 ライナー/シカゴ交響楽団 |
70年 ストコフスキー/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
71年 プレヴィン/ロンドン交響楽団 |
79年 アバド/ロンドン交響楽団 |
83年 シャイー/クリーヴランド管弦楽団 |
86年 プレヴィン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
87年 N・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 |
90年 デュトワ/モントリオール交響楽団 |
91年 ビシュコフ/パリ管弦楽団 |
92年 マータ/ダラス交響楽団 |
02年 ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管弦楽団 |
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“鮮明な録音と精緻な表現で充実するも、今の耳には実直すぎて面白みに欠けるディスク” |
フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団・合唱団 |
ロザリンド・エリアス(Ms) |
(録音:1959年 レーベル:RCA) |
当コンビはRCAレーベルに数多くの録音を残していますが、中にはこういった作品や、歌劇《エレクトラ》《サロメ》の抜粋盤など、ユニークなディスクも少なくありません。ただし演奏は実直で、あまり面白みのないもの。シカゴ響の底力は当時から相当なものだったようで、パワフルな迫力に圧倒される場面もありますが、今の基準で聴くとアンサンブルはやや乱れ気味という印象を受けます。バスドラムの強打など重低音も力強く、録音はこの時代とは思えないほど鮮明なもの。合唱も、生き生きとして覇気があります。 |
ライナーは、剛毅なアプローチというイメージがありますが、意外にテンポを動かしているし、ゆったりとした足取りで聴かせる箇所もあります。軽妙なリズムにも欠けてはいませんが、後年の若い指揮者のディスクを聴いた耳には、それほど大きな驚きはありません。やはりプロコフィエフの演奏は真面目一辺倒だと面白くないというか、何がしかの新鮮なセンスを付与できる指揮者に委ねたい感じです。 |
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“スペクタクルな音響と色彩で聴かせる、オランダでの鮮烈なライヴ盤” |
レオポルド・ストコフスキー指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
グルート・オムロープ合唱団 |
ソフィア・ヴァン・サンテ(Ms) |
(録音:1970年 レーベル:medici arts) |
ロッテルダムのデ・ドゥーレンで行われた公演を丸ごと収録したライヴ盤から。オランダの合唱団は読み方が難しく、何となくローマ字読みで上のように表記させていただきました。コンセルトヘボウ管の自主レーベルでもお馴染みの放送局AVROの収録で、歪みも少なく、実に鮮明で生々しいステレオ録音。 |
冒頭からフレーズを大きく掴み、音の波をスタッカートで短く切って繰り返す手法は、いかにもストコフスキー。ヒューストン響との《カルミナ・ブラーナ》もそうですが、ストコフスキーは時々、音楽のスケールを妙に矮小化してしまう事があります。この冒頭もその典型で、テンポを倍速くらいに上げ、抑えた音量と軽いタッチでさらりとかわす棒さばきは、他の録音に聴かれる重量級の開幕とは全く異質の表現です。 |
《アレクサンドル・ネフスキーの歌》は、コーラスの立体感が見事に表出される一方、時折挿入される速い箇所のテンポ感が極端なのがストコ節です。《プスコフの十字軍士》は、オケも鮮烈な音色で応え、ポリフォニックな音響効果でスペクタクルを演出。表現としてはやや過剰ですが、迫力満点です。放送録音ながら、デッカのマルチ録音ばりの立体的なサウンドを聴かせる様も驚異的。 |
《目覚めよロシア人民》も前のめりのテンポで、熱気と勢いを優先する一方、合唱のアインザッツが多少ズレても気にしない所がいかにもストコフスキーのディスクといった感じです。男女のコーラスの掛け合いも、それぞれのパートが生き生きと雄弁に歌っているのが印象的。演者を本気にさせるのがよほど上手い指揮者だったのだろうと推測されます。 |
《氷上の戦い》は、元々描写的な音楽ですが、そこは演出巧者のストコフスキー、テンポやオーケストレーションに至るまで、正に音の魔術師によって再構築されたというような賑やかさです。当時のオランダ放送フィルは、国際的な知名度もあまりなかったのではないかと思いますが、ここに聴くパフォーマンスは優秀そのもの。緊密でパワフルな合奏に圧倒されます。終盤の弦のカンタービレに聴く艶やかな音色にも注目。独唱は、表情が豊かなのはいいのですが、詠嘆調が強くて情緒過多にも聴こえます。 |
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“マイルドで抑制された表現が、作品の鋭利な音響を緩和。オケの統率力に疑問も” |
アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団、ロンドン交響合唱団 |
アンナ・レイノルズ(Ms) |
(録音:1971年 レーベル:EMIクラシックス) |
プロコフィエフを得意とするプレヴィン若手時代のレコーディング。いかにもこの指揮者らしいマイルドな語り口で、様々な音響的要素も生真面目に処理していますが、リズム要素などはあまり激しく強調せず、あくまで趣味の良い仕上がり。《プスコフの十字軍士》でしつこく繰り返されるトロンボーン、テューバの下降音型も、あまりに抑制されて柔らかく演奏されるので、物足りない感じを受けます。 |
どの曲もテンポが遅く、佇まいが落ち着いているので余計にそう感じるのかもしれません。幾分こもりがちで、あまり細部をクローズアップしない録音も、その印象を助長します。特に気になるのが、オーケストラ・ドライヴの甘さ。トゥッティの発音タイミングが後ろ、後ろへずれ込むせいか、アインザッツが揃わず、腰の重い演奏に聴こえるのは問題です。 |
強奏部では金管を始め、それなりの底力を発揮しますが、全体としては大人しい性格で、プロコフィエフらしいユニークな音楽語法の効果や刺激を求める向きにはお薦めできません。独唱、コーラスは悪くありませんが、やはりアインザッツがズレ気味なのと、同じ団体でもアバド盤のような表現意欲を見せないので、ちょっと聴くと映画音楽的にも感じます(まあ映画音楽を基にした曲なんですけど)。 |
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“巧みな演出力とストレートな力感。烈しい表現意欲をたぎらせる若き日のアバド” |
クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団、ロンドン交響合唱団 |
エレーナ・オブラスツォワ(Ms) |
(録音:1979年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
アバドのプロコフィエフ録音は意外に多く、コンチェルトの伴奏から交響曲、管弦楽曲まで幅広く挑戦していますが、カンタータはこれが唯一。しかし、この2年ほど前にシカゴで録音した《キージェ中尉》、スキタイ組曲と並んで、実に激しくストレートな、瞠目すべき演奏内容です。合唱指揮はリチャード・ヒコックス。プレヴィン盤と同じオケ、合唱団ですが、響きに対する感覚が遥かに鋭敏でコーラスの表現力も豊か、指揮者の格の差を明瞭に示した格好です。 |
《目覚めよロシア人民》では、交互に現れるアップテンポの軽快な箇所と叙情的な楽想のコントラストを見事な棒さばきで処理するなど、オペラ指揮者らしい演出力も随所に発揮。テンポは速めで引き締まった造型ですが、《氷上の戦い》中のスケルツォ的パートなどは、あまりに速すぎてリズミカルな味わいが吹き飛んでしまった印象。一方で、ポリフォニックな音響を立体的に構築する手腕に、現代音楽を得意とするアバドの才気が如実に生かされています。 |
この時期のアバドには、まだ若手の頃のストレートな情熱発散傾向が残っていて、《プスコフの十字軍士》のブラス群による凄まじい音圧や《氷上の戦い》のクライマックスなど、烈しい迫力で圧倒する箇所も多数。オケも鬼気迫るパフォーマンスで応えますが、木管のソロやトゥッティの重量感などは、できればシカゴ響で録音してくれていれば、と思わないでもありません。独唱にオブラスツォワという豪華キャスティングながら、抑制された歌唱に徹している所はさすがでしょうか。ほの暗い声質は曲想にあっています。 |
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“精緻なディティール、ドラマティックな表現力、見事という他ないシャイーの棒さばきに酔う” |
リッカルド・シャイー指揮 クリーヴランド管弦楽団・合唱団 |
イリーナ・アルヒポヴァ(Ms) |
(録音:1983年 レーベル:デッカ) |
シャイーが同オケとデッカに残した数少ない録音の一枚。ビシュコフ盤と並んで、そのドラマティックな演出力において当曲代表盤の最右翼に置きたいディスクです。 |
まずは、細部まで鮮明極まりないデッカの録音と相まって、おそろしく解像度の高い、スコアの精緻な再現に驚かされます。メリハリが強く、アーティキュレーションの描き分けを徹底している上、ディティールに至るまで表情豊かで、各部のテンポ設定も的確そのもの。シャイーがこの時点でどのくらいこの曲を演奏していたかは分かりませんが、当盤を聴く限り既に作品を知り尽くし、千変万化する曲想も完全に掌中に収めている印象を受けます。色彩はカラフルでモダンなセンスが横溢、いわゆるロシア情緒の濃い演奏ではありません。 |
かてて加えて、一糸乱れぬ整然たるアンサンブルを繰り広げるオケの凄さ。残念なのはロバート・ペイジ率いる合唱団で、意欲的ではありますが、コントロールの行き届かない箇所も散見されます。《氷上の戦い》はドラマティックな演奏設計が見事で、絶妙のさじ加減で加速してゆくアゴーギクに演出巧者ぶりが光りますが、クライマックスへ向かう猪突猛進の際にも腰の重い合唱がブレーキをかける印象は拭えません。独唱も軽くて明るい雰囲気で、シャイーのコンセプトには合っていますが、大陸的なスケールの雄大さには不足します。しかし、声楽陣のマイナス要素を差し引いても、それを補って余りある素晴らしい演奏内容に拍手。 |
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“数々の美点を加え、あらゆる点でスケール・アップした再録音盤” |
アンドレ・プレヴィン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
ロスアンジェルス・マスター・コラール、クリスティーン・ケアンズ(Ms) |
(録音:1986年 レーベル:テラーク) |
プレヴィンはこの作曲家が得意なようで、同曲の旧盤をはじめロンドン響と多数のプロコフィエフ作品を録音している他、ロス・フィルともフィリップス・レーベルに交響曲の録音が3枚あります。《キージェ中尉》とカップリング。テラークらしい、細部とマスの響きをバランス良く取り入れた録音ですが、バスドラムの低音は過剰で、オケ全体の音量レヴェルから突出しているように感じます。 |
演奏は旧盤より遥かに優れたもの。テンポを遅めにとって、雄大なスケールで曲を展開するプレヴィンの棒は実に演出巧者で、元々が映画音楽である本作への適性を如実に示します。《氷上の戦い》をはじめ場面転換の多い曲でも切り替えが鮮やかで、各部の描写がドラマティック。 |
細部も丁寧に処理されていて、カラフルな音色、緻密なアンサンブル、鋭敏なリズムなど、旧盤になかった美点がたくさん聴かれます。合唱もなかなか優秀。ケアンズは、プレヴィン自らオーディションによって演奏会へ登用したスコットランドの新進歌手で、ロシア風のほの暗い声質が作品との相性よし。 |
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“オペラのような描写力、鮮烈な音色センスとリズム感。正に無敵のヤルヴィ父” |
ネーメ・ヤルヴィ指揮 スコティッシュ・ナショナル管弦楽団・合唱団 |
リンダ・フィニー(Ms) |
(録音:1988年 レーベル:シャンドス) |
《スキタイ組曲》とカップリング。ヤルヴィ父はこのオケを中心に、フィルハーモニア管、コンセルトヘボウ管との録音も補完すると、プロコフィエフのほぼ全ての交響曲、管弦楽、協奏曲、声楽作品をシャンドスに録音しています。さらに、エーテボリ響とは歌劇《炎の天使》の全曲録音もあり。このレーベルらしく長い残響を取り込み、豊麗で鮮烈なサウンドになっていて好録音です。 |
冒頭から落ち着いたテンポで呼吸が深く、随所に濃密なスラヴ情緒が立ちこめるのはさすが。といってもエストニアの指揮者とスコットランドのオケなのですが、その深々とした奥行き感と沁み渡るようなピアニッシモは強い印象を残します。コーラスの透明なクリアも爽快。《プスコフの十字軍士》は構成が見事で、雄大なスケールと精緻な筆致を用い、地を這うような低姿勢からじりじり盛り上げてゆく辺りは迫力満点。 |
《目覚めよロシア人民》も合唱がうまく、オケと共に、まるでオペラの一場面のように生き生きしています。《表情の戦い》は、鮮烈な音色センスと鋭敏なリズム感、ドラマティックな描写力を持ち合わせた雄弁な指揮がとにかく素晴らしい。こういう時のヤルヴィ父は無敵と感じられます。後半部も高音域の派手な拡散に偏らず、低音や打楽器の雄渾な力感が凄絶。独唱はどういう出自の人なのか、力強い低音やきつめのヴィブラート、巻き舌の発音などいかにもロシア風で、妙な迫力と存在感があります。 |
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“シャープかつモダン、都会的センスが際立つ1枚” |
シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団・合唱団 |
ヤルド・ファン・ネス(Ms) |
(録音:1990年 レーベル:デッカ) |
《キージェ中尉》とカップリング。当コンビのプロコフィエフ録音は、交響曲第1、5番、《ロメオとジュリエット》抜粋、《3つのオレンジへの恋》組曲、ヴァイオリン協奏曲第1、2番(ジョシュア・ベル、リーラ・ジョセフォヴィッツと2種類の録音あり)、アルゲリッチとのピアノ協奏曲第1、3番もあります。 |
予想される通り、洗練された音色とシャープに研ぎ澄まされた合奏で聴かせる、実にモダンで都会的なプロコフィエフ。意外性が無いのは欠点とも言えますが、同じ事を期待された筈のプレヴィンが新旧両盤でこのレヴェルに達していない事を考えると、デュトワのセンスとスキルは図抜けています。特に《プスコフの十字軍士》や《氷上の戦い》など統率力が要求されるナンバーで彼の力量は際立っていて、涼しい顔で超絶技巧を繰り広げるオケともども、正に圧巻のパフォーマンス。 |
色彩感が鮮やかなのはメリットで、弱音部を中心に多彩な音色が聴き所ですが、一方でエッジの効いたアタックやダイナミックな迫力、熱量や勢いにも欠けていません。難を言えばドラマティックな語り口では他の名盤に一歩及ばない感じがあり、当然ながら怒濤のスケール感、破格の力感などは求められません。ネスの歌唱は端正で美しく、指揮のコンセプトに合致。合唱は機敏でオケと一体感があり、トゥッティでも響きが透明で和声感が失われないのは美点です。 |
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“劇的な語り口が光るビシュコフの棒に、鮮やかな色彩で応えるパリ管” |
セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団・合唱団 |
マリアナ・リポヴシェク(コントラルト) |
(録音:1991年 レーベル:フィリップス) |
当コンビの録音はほぼロシア音楽とフランス音楽だけで占められていますが、フランス音楽の方がどこかしっくりこないのに比べ、ロシア作品はどれも堂々たる名演揃いです。《シンデレラ》組曲とカップリングされた当盤も素晴らしい内容。 |
まず、劇的な語り口が光るビシュコフの棒がセンス抜群。きりりと引き締まった造型で、終始緊張の糸を途切らせません。《氷上の戦い》のスペクタクルなど、スリリングに盛り上げながらも複雑なテクスチュアを見事に交通整理し、立体感のある音響空間を作り上げています。旋律の歌わせ方も濃厚な表情で、たっぷりとした身振り。又、鮮やかな色彩で熱演を繰り広げるパリ管が素晴らしく、同曲は平素から演奏しているレパートリーではないだろうに、コーラス共々圧倒的なパフォーマンスを聴かせます。リポヴシェクは、コントラルトらしい暗めの柔らかい声がいかにもロシア風で、ヴィブラートを抑えてメロディ・ラインを明瞭に聴かせる歌唱は好感が持てます。 |
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“豊麗な響き、ゆったりとしたテンポに鋭利なリズム、当コンビらしさ溢れる鷹揚なプロコフィエフ” |
エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団・合唱団 |
マリアナ・パウノヴァ(コントラルト) |
(録音:1992年 レーベル:ドリアン・レコーディングス) |
ショスタコーヴィチの交響曲第9番とカップリング。マータのプロコフィエフ録音は珍しく、他には同オケとの《キージェ中尉》《スキタイ組曲》があるだけだと思います。 |
演奏は、まったく当コンビらしい柄の大きなもの。急がず、慌てず、ゆったりと余裕のあるテンポを基軸にしながら、鋭いリズム感を駆使して音楽を構築するマータ、リッチで艶やかな響きと卓越した演奏技術で安定感を示すダラス響。録音も当オケのゴージャスなサウンド感をよく捉えていますが、やや遠目のバランスで、合唱や独唱などの細かいニュアンスは聴き取りにくい印象です。 |
洗練されたモダンなセンスが横溢しているし、曲調の変化も的確にフォローしていて、私などはこのコンビの美点として好ましく聴きますが、一般的には少し楽観的で、鷹揚な演奏に聴こえるかもしれません。打楽器を伴うトゥッティも底力を感じさせますが、プロコフィエフらしい激しいモダニズムは表に出ない、まろやかな性格。 |
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“恐るべきイマジネーションで作品の本質を衝く、超絶的な名演” |
ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 キーロフ歌劇場管弦楽団・合唱団 |
オリガ・ボロディナ(メゾ・ソプラノ) |
(録音:2002年 レーベル:フィリップス) |
モスクワ復活祭フェスティヴァル、オープニング・コンサートのライヴ録音で、カップリングはフィンランド、ミッケリで収録されたスキタイ組曲。キーロフの劇場出身で、フィリップスの契約アーティストでもあるボロディナをソリストに起用しているのも豪華です。ゲルギエフは自身述べているようにプロコフィエフ作品を偏愛しており、同オケの他、ロッテルダム・フィル、ロンドン響と、歌劇も含めてメジャーからマイナー作品まで網羅的にレコーディングを行っています。 |
冒頭は速めのテンポで表面上はスマートですが、低音部ではテューバがうなり、ただならぬムード。《アレクサンドル・ネフスキーの歌》も駆け足テンポで前のめり。リズムや節回しに濃厚な民族性や、底力を感じさせる男声の声質など、いかにもロシアン・オペラのコーラスという感じです。 |
《プスコフの十字軍士》は勢いと流れの良さを重視したテンポで、不協和音が強調されて独特の発色。深々とした残響を伴って強打される大太鼓とティンパニ、強靭な響きで咆哮するブラス、共感たっぷりのパワフルな合唱と共に、熱っぽく激烈なクライマックスを形成します。《目覚めよロシア人民》も金管、合唱共にすこぶる語気が荒く、柔らかな旋律との対比も大きく付けています。シロフォンの鮮烈な音色も、目の覚めるよう。 |
《氷上の戦い》は、前半の静寂の緊迫感、徹底的に寒々と冷却された温度感に身が引き締まる思いで、長大で恐ろしいアッチェレランド、クレッシェンドを経て突入する戦闘の激しさには、聴いていて慄然とさせられます。一方、断片的に挿入される軍楽的なエピソードは、無類に歯切れの良いリズムを弾ませ、終結部では艶やかに弦を歌わせるなど、対比が実に鮮やか。プロコフィエフの天才的な作曲技法の、正に本質を衝く表現です。 |
ボロディナの歌唱は、ロシアらしい暗い声質ながらも、若い世代らしく洗練されたテクニックに裏打ちされた、美しいパフォーマンス。ライヴ音源とは思えないクオリティで、後半部はピアニッシモで開始するなど、多彩な表現で音楽性の高さも窺わせます。合唱を加えた終曲の盛り上がりは、まるでオペラの山場を想起させる圧倒的な高揚感がさすが。 |
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