ラヴェル/ボレロ

*概観

 ラヴェルといえば一も二もなくボレロという人気曲。テーマが二種類しかなく、15分かけて長いクレッシェンドでそのテーマを繰り返すという、確かに斬新な作品ではある。ただ、オケのパフォーマンスを聴くような曲なので、技術面に問題のあるオケだと悲惨な事にもなりかねない。私も、関西を代表する某オケでこの曲を聴いて、ひっくり返りそうになった事がある。色々な作品にカップリングされているので、いつの間にか所有ディスクが溜まっているタイプの曲。

*紹介ディスク一覧

58年 パレー/デトロイト交響楽団   

58年 シルヴェストリ/パリ音楽院管弦楽団  

61年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

62年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団

62年 ミュンシュ/ボストン交響楽団  

64年 モントゥー/ロンドン交響楽団   

65年 ケンペ/バイエルン放送交響楽団  

65年 マルケヴィッチ/スペイン放送交響楽団  

72年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック  

74年 小澤/ボストン交響楽団  

74年 マルティノン/パリ管弦楽団

74年 デ・ワールト/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

74年 ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニック

80年 マータ/ダラス交響楽団

80年 マルケヴィッチ/フランス国立管弦楽団  

81年 バレンボイム/パリ管弦楽団   

81年 デュトワ/モントリオール交響楽団

81年 マゼール/フランス国立管弦楽団

82年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

82年 マリナー/シュターツカペレ・ドレスデン

85年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

86年 シャイー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

86年 サイモン/フィルハーモニア管弦楽団   

87年 A・フィッシャー/ハンガリー国立管弦楽団  

87年 インバル/フランス国立管弦楽団

89年 T・トーマス/ロンドン交響楽団

90年 ラトル/バーミンガム市交響楽団

91年 N・ヤルヴィ/デトロイト交響楽団  

92年 ビシュコフ/パリ管弦楽団

93年 ブーレーズ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

96年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

96年 ハイティンク/ボストン交響楽団   

97年 ナガノ/ロンドン交響楽団  

99年 佐渡裕/コンセール・ラムルー管弦楽団

03年 西本智実/ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”   

03年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団   

04年 プレートル/フィレンツェ五月祭管弦楽団  

12年 ドゥネーヴ/SWRシュトゥットガルト放送交響楽団 

12年 P・ジョルダン/パリ国立歌劇場管弦楽団 

12年 リッツィ/ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団 

16年 プレートル/スカラ・フィルハーモニー管弦楽団  

●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 

“最速記録と思しきテンポながら、沸き立つような活気や躍動感も魅力”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1958年  レーベル:マーキュリー)

 管弦楽曲集より。適度な残響と柔らかさもある、鮮明な録音です。超高速テンポ(最速記録?)のボレロ。ただ、駆け足というよりは舞曲の性格が出た、躍動的でリズミカルな演奏です。楽器が増えてきてもアタックに弾むような調子があり、沸き立つような活気が出て元気一杯。色彩が鮮やかですが、どぎつくはなくセンス良し。音が整理されていて、強音部もがちゃがちゃしません。スタッカートを多用したトランペットの歯切れが良いフレージングはユニークで、ちょっとジャズ風にも聴こえます。

“ピンと背筋が伸びるストレートでドライな表現。設計力に非凡さも”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:EMIクラシックス) *モノラル

 オリジナル・カップリングは不明ですが、当コンビは同年にドビュッシーの《海》《夜想曲》《牧神の午後への前奏曲》を録音しており、それらいずれかと組み合わされていたのかもしれません。シルヴェストリのラヴェルは、ウィーン・フィルとの《スペイン狂詩曲》、ボーンマス響との《亡き王女のためのパヴァーヌ》もあります。私が所有しているICONのボックス・セットには表記がありませんが、モノラル収録。

 官能性たっぷりの艶っぽい音色が魅力的なドビュッシーの演奏と較べると、こちらは幾分ドライでストレートな演奏。クリュイタンスの名盤に先立つ事4年前の同じオケによるパフォーマンスですが、こちらはピンと背筋が伸びた、緊密なアンサンブルという印象です。

 各パートのフレージングも、グリッサンドやジャズ的なフィーリングは一切排除し、イン・テンポで即物的に歌わせたようなイメージ。シルヴェストリらしい個性的な解釈は聴かれないものの、スロー・テンポで開始して徐々に加速してゆく設計力に非凡な才を発揮しています。コーダはトロンボーンのパオーン、パオーンというグリッサンドが妙に耳についた後でフィニッシュ。

“ストレートな表現ながら、オケの素晴らしさが耳を惹く注目盤”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:スプラフォン)  *モノラル

 オリジナル・カップリング不明ですが、当コンビはイダ・ヘンデルと《ツィガーヌ》、歌手不明で《シェヘラザード》も録音しています。鮮明な直接音に美しいホールトーンもミックスした、このコンビとこのレーベルらしい聴きやすい録音。

 全篇で14分ジャストというかなり速めのテンポ。表現自体はオーソドクッスですが、第1テーマの後半で音符を詰める即興的な解釈があり、これは楽器をまたいで継承しています。このコンビの録音を聴くといつも感じますが、オケが非常に優秀で、この時期の欧米の名門オケの中でも機能的にはトップクラスではないでしょうか。ピッチが厳密なのか和声感がよく出て、木管アンサンブルの箇所ではいかにもラテン的な色彩感の美しさにはっとさせられます。後半はストレートな性格。

特有の香気で聴かせるものの、あくまで鷹揚で、のんびりしたボレロ

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1962年  レーベル:EMIクラシックス

 名盤として名高い管弦楽曲全集から。クリュイタンスとしては二度目、ステレオでは初のレコーディング。録音は鮮明ですが、さすがに大太鼓と銅鑼を伴うラストの強奏は歪みと混濁を伴います。演奏は、音色、センス共にさすがの強みを聴かせるものの、必ずしも個性的な表現ではなく、コンセルヴァトワールのオケが自然体で演奏したらこうなりましたという感じ。テンポも中庸です。

 響きの精密さや音色の混合を徹底して追求するタイプではないので、全体にのびのびとした鷹揚な雰囲気が漂います。アンサンブルもやや粗く、冒頭からして既に小太鼓とオケの間にズレが聴かれる一幕も。スリルや個性を追求しない、古き良き時代の平和なボレロ。

“落ち着いたテンポで開始し、後半でミュンシュ印の熱狂を演出”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1962年  レーベル:RCA)

 《ラ・ヴァルス》《亡き王女のためのパヴァーヌ》とカップリング。当コンビはこの6年前にも同曲をステレオ録音していますが、カップリングは《ラ・ヴァルス》《スペイン狂詩曲》とドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》でした。50年代までの彼らの録音は音が荒れがちですが、当盤は適度に残響も取り込んで潤いを確保。後半は混濁して歪みますが、基本的に直接音は鮮明です。

 このコンビのラヴェル録音は意外に少なく、他に《ダフニスとクロエ》全曲盤が2種、《マ・メール・ロワ》組曲、《ラ・ヴァルス》《亡き王女》のモノラル盤、シュヴァイツァーとのピアノ協奏曲があるだけです。ミュンシュのラヴェルは、パリ管との管弦楽曲集とピアノ協奏曲、フィラデルフィア管との《高雅で感傷的なワルツ》もあり。

 テンポは意外に遅めで、リズムの骨格をしっかり維持する造形。鮮やかな発色ながら、しっとりと落ち着いた音色で、ソロも上品なパフォーマンスです。コンビの最終期だけあって、オケにもフランス音楽のノウハウが蓄積されている印象。合奏の人数が増えても、ラテン的な和声感はきっちり打ち出されます。

 後半はミュンシュの棒が興奮気味なのか、狙った設計なのか、ともかくテンポが前のめりに走る雰囲気。エキサイティングという意味ではファンの要望に応える表現です。打楽器の人数を増やしてダブらせているのか、途中からトレモロが轟々と鳴り続けているように聴こえるのは独特。

“正攻法の中にも細かな工夫で舞曲的躍動を盛り込む、モントゥー練達の棒”

ピエール・モントゥー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1964年  レーベル:フィリップス)

 カップリングは《マ・メール・ロワ》全曲と《ラ・ヴァルス》。当コンビはデッカに《ダフニス》全曲と、《亡き王女のためのパヴァーヌ》《スペイン狂詩曲》も録音しています。直接音を主体にした明快なサウンド・イメージながらも、適度な残響を取り込んで柔らかさも出した好録音。

 モントゥー唯一の《ボレロ》ステレオ録音として貴重ですが、極めてオーソドックスなスタイル。遅めのテンポと正確なリズムを維持しながら、すっきりと整理された音空間に柔らかく明朗なソロを浮かび上がてゆく演奏です。色彩的にもフランス音楽らしい香気が漂い、技術がしっかりしている分、パリ音楽院管との録音じゃなくて正解だったかもしれません。

 ミュンシュ盤と違って感情に走らず、最後まで冷静に音楽が設計されていますが、アクセントやスタッカートに細かい工夫を盛り込み、舞曲らしい躍動感を増してゆく演出はさすが。唯一、最後の締めくくりは今一つ語調が甘過ぎたかも。

“ミスも幾つかあるものの、鮮明な音質とシャープな演奏のモノラル・ライヴ盤”

ルドルフ・ケンペ指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1965年  レーベル:メモリーズ・エクセレント) *モノラル

 当コンビの数少ないライヴ盤の一枚。同年のブラームス/第1番とカップリングされていますが、そちらだけがステレオ録音で、こちらの音源はなぜかモノラルです。ただし鮮明な音像で、音域、ダイナミック・レンジ共に広く、聴きやすい音質。ケンペのラヴェル録音も大変珍しく、他にはミュンヘン・フィルとの《ダフニスとクロエ》第2組曲があるくらいです。

 テンポが遅く、のんびりした雰囲気。サックスのソロも妙なアクセントが付いていて、少々無骨な感じも受けます。びっくりするのはトロンボーンのソロ。最初の数小節をクラリネットかサックスが誤って一緒に吹いてしまい、トロンボーンも自棄を起こしたのか、テンポの伸縮がある即興的な節回しです。しかしさすがは一流オケ、弦が入ってくる辺りからは堅固なリズムと立派なソノリティで聴かせ、フランスらしい色彩感も出して、ホットなパフォーマンスを繰り広げます。金管のシャープなアクセントも効果的ですが、スネア・ドラムは最後に一打多くないでしょうか?

“冴えた筆致とシャープなリズム、多彩な色彩感も魅力”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 スペイン放送交響楽団

(録音:1965年  レーベル:フィリップス)

 シャブリエの狂詩曲《スペイン》、ファリャの《恋は魔術師》全曲とカップリング。マルケヴィッチの同曲は、後年にフランス国立管との録音もあります。鮮明なステレオ録音で、ドライな音かと思いきや意外にしっとりとした柔らかさもあるし、残響も適度で非常に聴きやすい音質。

 引き締まったテンポ感と、シャープなリズムで造形した演奏で、オケも優秀。ピッコロとチェレスタが入ってくる箇所やトロンボーンのソロなど、柔らかくも明朗な音色が印象的です。弦が入ってくるユニゾンの箇所やその次の管楽器が加わった所も、響きと色彩の作り方が素敵。冴え冴えと覚醒した意識で統率された演奏ですが、熱気や迫力も充分あり、後半は強靭なリズム隊を軸に、ダイナミックに盛り上げます。

“とにかく楽しい、ハイ・テンションでダイナミックな情熱系ボレロ”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1972年  レーベル:デッカ)

 『Hits From The Hollywood Bowl』と題されたオムニバスがオリジナルで、チャイコフスキーの《スラヴ行進曲》、ビゼーの《カルメン》第1、4幕の前奏曲と、ヴェルディの《運命の力》序曲、スッペの《詩人と農夫》序曲をカップリング。当コンビのラヴェル録音は、《ラ・ヴァルス》《マ・メール・ロワ》もあります。

 メータの棒は速めのテンポでテンションが高く、発色の良い音作りを存分に展開。フランス的なセンスにこだわらず、自然体で反応しながら雄弁な語り口で音楽の魅力を伝えてゆくのが、メータという人の良さでもあります。各パートに腕利きを揃えているし、合奏力も一級で、パリのオケじゃないから味気ないなどという不満はほぼありません。ソロがみな生き生きとしていて、前半から既に沸き立つような高揚感があるのは、聴いていて心が浮き立つ感じです。

 もっとも勢い一辺倒ではなく、例えば伴奏型の音色変化には敏感だし、ユニゾンの旋律線をすこぶる流麗に、強い一体感で歌わせているのは見事。又、合奏全体のフットワークが軽いのも、指揮者のドライヴ能力を表す指標の一つと言えます。コーダもダイナミックで力強く、とにかく聴いて楽しい演奏。

“生真面目な制御力を生かしつつ、同曲屈指の血気盛んで激しい演奏を展開”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1974年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 3枚ある当コンビのラヴェル管弦楽曲集より。フランス音楽を得意とするオケだけあって、明快な音色でくっきり描いた好演ですが、アーティキュレーションが明瞭で、細かいフレージングにこだわる丹念さが持ち味。スタッカートもはっきりと意志的に切っています。艶っぽい光沢はあまり出さず、落ち着いたシックな音色。後半は歯切れの良いリズムと語気の強いアタックで、元気一杯の熱っぽさと鋭利なエッジが際立って迫力満点。ここまで血気盛んで激しいボレロ演奏は珍しく、最後の僅かなアッチェレランドもスリリングです。

あくまでソロの妙技にスポットを当てた、個人主義的パフォーマンス

ジャン・マルティノン指揮 パリ管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:EMIクラシックス

 管弦楽曲全集中の一枚。個性的な性格ではありませんが、端正な造形の中にフランス的な香気とフレージングの妙を盛り込んだ、王道の演奏です。テンポは心持ち速めという感じ。クリュイタンス盤もそうなのですが、マスの響きの美しさやアンサンブルにおける音色のブレンドよりも、ソロの妙技をメインに持ってきたような個人主義的アプローチです。トロンボーン・ソロなど、独特のムードあり。

 弦のユニゾンが入ってきて、その次に管の和声が加わる箇所などは、これぞフランスのオケという明朗な色彩感が魅力的。ブラスのアクセントがリズムに彩りを与える後半からは、マルティノンらしいシャープさが出てきます。ラストが見事に決まるのもさすが。

CMに使われ、作品の知名度向上にひと役買った演奏。洗練されたモダンな表現

エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:フィリップス

 ムソルグスキーの《展覧会の絵》とカップリング。80年代に車のコマーシャルに使用され、我が国でこの曲の知名度を上げるのに貢献したディスクです。デ・ワールトは、どのオケを振っても角の取れたまろやかな響きを作り出す指揮者ですが、同郷であるオランダのオケとは特に相性が良く、ここでも丸みを帯びながらモダンな感性も感じさせる、洗練された響きを構築しています。

 一方で、特に名技性の強調も見られないし、この曲にラテン的華やかさを求める人には、いささか地味に感じられるかもしれません。しかし、堅実な構成力や力強いリズム、清潔なフレージングやフレッシュな感覚など、聴くほどに見事な演奏でもあります。ヒューマンな暖かさと円熟味を増した後年の彼なら、さらに聴き所の多い演奏に仕上げたでしょうけれども。

不安定なリズム、崩壊寸前のアンサンブル。これがブーレーズ?という奇天烈盤

ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:1974年  レーベル:ソニー・クラシカル

 当コンビはラヴェルの主要管弦楽作品をほぼ全て録音している他、ブーレーズはその多くをベルリン・フィルと再録音しています。この音源はLP時代にアルバムに収録されなかったため、長らく存在が知られていませんでした。80年代初頭、レコード芸術誌のQ&Aコーナーで、「ブーレーズのボレロ録音が存在するという噂があるが本当か?」という質問が来ていたのを思い出します。

 演奏は、このコンビに時々あるヘタウマなもの。平たくいえば、上手いのか下手なのかよく分からない表現が頻出するというものです。特にリズムは不安定で、所々でテンポが走りがちな上、ティンパニもタイミングが前後にズレる傾向あり。トロンボーンのソロは最初、この楽器とは思えぬほどソフトな音色で入ってきてさすがと思えるのですが、なし崩し的にガタガタになって行きます。

 クライマックスはブラス、特にトランペットの華麗なサウンドを中心に派手なパフォーマンスを繰り広げるものの、どこか力で押し切った感もあり。ブーレーズほどの耳を持つ指揮者がこの演奏に満足したとは思えないし、これはもしや、ポピュラー名曲に対する彼なりのアンチテーゼなのでしょうか。

沸き立つ活気と躍動感。大胆な色彩設計でラテン・アメリカ的性格を加味した個性盤

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1980年  レーベル:RCA

 管弦楽曲集から。このコンビらしい、既成概念に捉われぬ斬新なサウンドに彩られた個性盤です。冒頭から数分間は、スネアドラムのリズムをほとんど聴き取れないほどの弱さで叩かせていて、ほぼピツィカートと管楽器だけでリズムを刻む感じ。ダラス響のプレイヤーがみな達者で、特に両サキソフォン奏者はアドリブ的なこぶしを加えた挑発的なソロを展開。弦の歌い回しにも独特のフィーリングを感じさせます

 後半はテンポを少しずつ加速してくる設計で、沸き立つような活気と舞踊音楽らしい躍動感は作品にふさわしいもの。色彩の混合も大胆で、ペンタトニックの調性感が浮かび上がる内声の処理によって、ラテン・アメリカ的とも言える響きを抽出。カルロス・チャベスをブレンドしたような、不思議なボレロです。

“オケの個性を尊重しながらも、エッジの効いたリズムで造形にこだわるマルケヴィッチ”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ピックウィック)

 英国のピックウィック(これがレーベル名かどうかも判然としないですが)によるThe Orchid Seriesというシリーズの一枚。ポピュラーな名曲が並んでいるので、ビギナー向けの企画かもしれませんが、どれも80年代のデジタル録音で、何せ指揮者陣がコンドラシンやヨッフムなどその後にすぐ亡くなった巨匠達ですから、音楽ファンが注目するのも頷けます。

 マルケヴィッチも80年代に没した指揮者ですが、得意のフランス物から意外なグリーグまで数点ラインナップされていて嬉しい所。《ダフニスとクロエ》第2組曲、ラ・ヴァルス、スペイン狂詩曲をカップリング。演奏は、オケの特質をよく生かしながらも決してプレイヤーまかせにせず、隅々までコントロールを行き届かせたもの。色彩をあまり派手に拡散させない所もそうですが、楽器が増えても響きのクリアネスを保ち、ブラスの鋭利なスタッカートがリズムの枠組みを締める役割を担うなど、厳格な造形性が全体を支配。晩年の録音ながら、この指揮者の資質が健在であった事を窺わせます。

“超スローなテンポ、こってりと濃密な響き、地を這うような足取り”

ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ラ・ヴァルス、亡き王女のためのパヴァーヌ、《ダフニスとクロエ》第2組曲をカップリングしたラヴェル・アルバムから。バレンボイムのラヴェル録音は珍しいですが、当コンビはこの5年前にもCBSへ《ダフニス》第2組曲を録音しています。

 ムーティ盤ほどではありませんが、演奏時間17分を越える超スロー・テンポ。舞曲の躍動感よりも、オケの艶やかな音色美をたっぷり聴かせる事に主眼を置いているように感じます。フレージングもソステヌートで押してゆく傾向で、音色にも歌い回しにも独特の粘性あり。響きは透徹を指向せず、むしろこってりとして濃密です。

 後半はほんの僅かにテンポを上げますが、それでも熱狂とはほど遠い、地を這うような表現。オケのプレイヤーはみな生き生きとしていて、ピッコロが複調的に入る箇所やトロンボーンなど、このオケらしいカラフルな発色が楽しいです。

音楽ファンを仰天させた歴史的名盤。色彩変化を余す所なく捉え切った、ボレロ演奏の頂点

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1981年  レーベル:デッカ

 オリジナル・カップリングはラ・ヴァルス、スペイン狂詩曲、道化師の朝の歌。当時マイナーだった指揮者、オケの実力を世界に知らしめ、楽壇に衝撃を与えたディスクで、今聴いてもやはり度肝を抜かれる思いがします。とにかく最後まで和声感を失わず、美麗なソノリティを保持し続けるボレロで、後半部分で響きが混濁してくるケースが多い中、これほどまでに美しいサウンドで終始一貫した演奏は稀少かもしれません。

 ソロが卓越したセンスを聴かせるのは言うまでもありませんが、複数の管楽器が組み合わさってテーマを吹くような時、ちょっと他では聴いた事のない色彩感が生み出されるのには驚かされます。又、後半でブラスが加わってくる直前、ボレロのリズムに木管のハーモニーが重なった瞬間の音色変化を、これほど明瞭に聴かせる演奏は稀です。クリュイタンスやマルティノン盤などの音色的魅力に、現代的機能性やアンサンブルの精度を加え、デジタルのクリアな音質で収録した、正に最強のボレロ録音。

“急速なテンポで音色の変化を鋭敏に表出するマゼール。録音はやや問題あり”

ロリン・マゼール指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 道化師の朝の歌、スペイン狂詩曲、ラ・ヴァルスとカップリング。マゼールは71年にニュー・フィルハーモニア管、96年にウィーン・フィルと同曲を録音している。当盤の特色はオケのラテン的色彩を生かし、音色の変化に鋭敏に反応したサウンド作り。旧盤ほどではないものの、かなり速めのテンポで軽快に足を運びつつ、音色の多彩なニュアンスで聴かせてゆく。ある意味では、この曲の醍醐味を十二分に味わえるディスク。

 フランス国立管はさすがにセンスの良いパフォーマンスを聴かせるが、各プレイヤーの実力は後年のインバル盤の方がずっとよく出ている。録音会場の響きがデッドな上、やや濁りがちで、もう少しクリアであればとも思うが、ソロ楽器は明瞭に収録。

“凄味すら漂うスロー・テンポ、緻密な構成力。ムーティ壮年期の才気迸る、猛烈なボレロ”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス)

 道化師の朝の歌、《ダフニスとクロエ》第2組曲とカップリング。当時の日本では評論家受けが良くなかったムーティの新譜にも関わらず、発売当初から意外なほど高評価を得たディスク。まず驚くのが、テンポの遅さ。実に17分もの演奏時間をかけているが、じっくりと腰を据えて音の大伽藍を設計してゆくムーティの棒はある種の凄みを感じさせる。

 さらに素晴らしいのが、オペラ仕込みの緻密な構成力と、明るくニュアンスに富んだ色彩センス。全編途切れる事のない緊張感の持続も見事で、随分と骨太で構築的なラヴェルではあるが、聴き応えはある。フィラ管のパフォーマンス、特に木管群の芝居っ気たっぷりのソロなど、聴いていて思わず笑みがこぼれてしまうくらい芸達者。

 後半のトゥッティは、音圧の高いブラスの咆哮が空気を切り裂く凄まじさで、ここまで来るともう特殊な領域に達している。基本リズムの二拍目、三拍目のアクセントも、鋭さを通り越してほとんど殺気すら漂う。当コンビの猛烈肉食パフォーマンスが頂点に達した短い時期の、貴重な記録。

“マリナー&ドレスデンの異色組合わせによる、パステル・カラーの洗練されたボレロ”

ネヴィル・マリナー指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1982年  レーベル:フィリップス)

 珍しい顔合わせのディスクで、他にグリンカの《ホタ・アラゴネーサ》、チャイコフスキーの《イタリア奇想曲》、シャブリエの狂詩曲《スペイン》を収録。スペインをテーマにしたアルバムでなぜドレスデンのオケなのか意図が分からないが、ユニークな企画ではある。黒を背景に暖色系の版画(切り絵?)を配したジャケットも印象的。

 演奏は、意外にも好演。いぶし銀と評される事の多い、シュターツカペレの音色を念頭に置いて聴くと、まずラヴェルの音楽に対するオーケストラの適性ぶりに驚く。華やかに拡散するよりはまろやかに融合する響きだが、音色は決して暗い方ではなく、まるでパステル・カラーのような、ソフィスティケイトされた明るさが魅力的。

 加えてソロの柔らかなパフォーマンスが素晴らしく、トロンボーンやサックスのソロも角が取れて洗練された印象。弦が入ってきて一度目はユニゾン、二度目は和声を伴って主題を提示する箇所も、ぱっと色彩が変わる変転の効果が見事。速めのテンポで快調に進めつつ、後半で徐々に遅くしてゆくアプローチで、折目正しい律儀なリズム感と、癖のない端正なフレージングはマリナーらしい。

“意外にもラテン的色彩を見事に表出する、名技集団ベルリン・フィル”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 スペイン狂詩曲、ムソルグスキーの《展覧会の絵》とカップリング。中庸のテンポでオーソドックスな表現ですが、オケが超一流なので、ソロや各パートの妙技で聴かせてしまいます。トロンボーン・ソロなんて、上手すぎて人間の鼻歌みたいに聴こえるのがユニーク。ラテン的音色は期待できないだろうと高をくくっていると、弦楽合奏がカラフルな光彩を放ちはじめて驚きます。内声や管弦のバランスに工夫を施しているのか、金管が入るクライマックスも、朗々たるトランペットの高音をトップノートに、ドイツのオケとは思えないほど明朗な色彩で大健闘。

“快速調のテンポと沸き立つような熱気。作品の舞曲的性格を強く打ち出すシャイーの棒”

リッカルド・シャイー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:デッカ)

 ラヴェル編曲による3曲、ドビュッシーのサラバンド、舞曲、ムソルグスキーの《展覧会の絵》をカップリング。快速テンポで突っ走るシャイーの棒が沸き立つような熱気を醸し、作品の舞曲としての性格をよく表した演奏といえます。ティンパニやブラスのアタックも強く、後半は特に熱っぽい雰囲気が強くなりますが、前半の色彩感もモダンに冴えたもの。ソノリティには深みと柔らかさがありますが、シャイーが作り出す響きはクリアで鮮やか。最後の4小節は、楽員達のかけ声が入る遊び心満点の趣向。

“ゆったりとした足取りで旋律を情感たっぷりに歌わせた、異色のアプローチ”

ジェフリー・サイモン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:CALA)

 2枚に渡る91年収録のラヴェル管弦楽作品集に収録されていますが、同曲だけは86年録音で、元は《オーケストラル・マスターワークス》という名曲集ボックスに入っていた音源。演奏は、リズムのエッジや躍動感を抑制し、旋律線を艶っぽく歌わせる事に専念した、独特の粘性を持つもの。ゆったりとしたテンポの中で情感たっぷりに歌うソロは何とも言えぬ香気を放ち、教会の残響音もその効果を助長します。サックスのソロなどいかにも妖艶で、トロンボーンも間接音にふんわりと包まれてマジカルな雰囲気。

 楽器が増えてくると、色彩のブレンドにも工夫が凝らされ、音色も変化に富みます。弦のユニゾンも艶やかで魅力的。後半部も律線の流麗さが前面に出ていて、この曲としては情緒面に特色のある好演と言えるでしょう。平素は淡彩になりがちなフィルハーモニア管も、ニュアンス豊かなパフォーマンスで聴かせます。

“濃密な語り口にユニークな視点を発揮。オケが鮮やかな音色で好演”

アダム・フィッシャー指揮 ハンガリー国立管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:レーザーライト)

 チャイコフスキーの《1812年》、スラヴ行進曲、ハチャトゥリアンの《剣の舞》、ベルリオーズの《ファウストの劫罰》〜《ハンガリー行進曲》《妖精の踊り》、サン=サーンスの《死の舞踏》をカップリングしたフランス&ロシア管弦楽曲集より。よく分からないマイナー・レーベルから出ていますが、我が国では日本コロムビアのプロミネント1000シリーズの廉価盤で94年に発売されています。このコンビの録音は、残響が長過ぎて細部がもどかしいものもありますが、当盤は直接音も鮮明。

 東欧のオケと聞いて地味な色彩を想像する人もいるかもしれませんが、実に鮮やかな発色で、しっとりとした潤いもあって魅力的なサウンド。ソロも木管を中心に自発性が強く、センスの良いパフォーマンスを展開します。また、弱音部の段階から一部をアクセントやクレッシェンドで強調したり、ピツィカートのスパイスを濃いめに効かせたり、基本リズムの存在感が非常に強いのもユニーク。後半はやや響きが混濁しますが、コーダでどんどんテンポを重くするなど、濃密な語り口に独特の味があります。

オケの個性を生かし、旋律のポテンシャルを最大限に表出。鬼才インバルのセンスに脱帽

エリアフ・インバル指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:デンオン

 4枚組のラヴェル管弦楽曲集の一枚。古風なメヌエット、スペイン狂詩曲、ラ・ヴァルス、道化師の朝の歌とカップリング。最後まで緊張感と勢いを保持した速めのテンポ設定、周到に設計されたダイナミクスが秀逸な名演です。冒頭からスネアの軽快なリズムが叩き出され、フルートがボレロのリズムを絶妙な間と弾力で刻み始めるのを聴くと、瞬時に「いいなあ」と五感に訴えかけてくる気持ち良さがあります。

 総じてソロのプレイヤーはセンス抜群で、ジャズ的なグリッサンドを盛り込む両サックス奏者をはじめ、惚れ惚れするようなパフォーマンス。明るく華やかな色彩もラテン的感覚に溢れます。さらに、ヴァイオリンがユニゾンで第1テーマを弾く辺りからは、アーティキュレーションへの徹底的なこだわりと統一が絶大な効果を挙げており、たった2種類しかない旋律が秘めたポテンシャルと、生き生きと歌うニュアンス豊かな旋律線に驚かされるばかり。インバルの才気が迸る注目盤です。

洗練されたメロウなタッチながら、今一つ面白さに欠ける演奏。力みの目立つ傾向も

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1988年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 スペイン狂詩曲、《マ・メール・ロワ》全曲、《ジャンヌの扇》ファンファーレ、ハバネラ形式の小品とのカップリング。T・トーマスのラヴェル録音は現在の所、当盤が唯一となります。落ち着いたテンポのメロウな演奏で、音色をまろやかにブレンドして柔らかい響きを指向。フレージングも丁寧で洗練された感覚が横溢しますが、聴いて面白い演奏ではありません。

 後半になるとこの指揮者らしい鋭さが出てくるものの、幾分力みの目立つ傾向もあり、力づくで山場に持っていった感がなきにしもあらずです。さらにカラフルな色彩や舞曲的愉悦感があればよかったと思いますが、そもそもロンドン響というオケにそういう要素を求めるのは間違いなのかも。今一つ、パリっとした鮮やかさが欲しくなる演奏です。

遊び心満点、即興的フィーリングを駆使して斬新な表現を聴かせるラトル

サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:1990年  レーベル:EMIクラシックス

 《ダフニスとクロエ》全曲とカップリング。ゆったりとしたテンポの中に、即興的なフィーリングを持ち込んだ演奏です。旋律線が艶やかで、粘性の高いフレージングが随所で妖しい光を放つのが耳を惹きます。鋭いアクセントやスタッカートを避け、どのパッセージもねっとりと肌にまとわりつくように造形されますが、ラトルはドビュッシーでも粘液質の表現を繰り広げており、フランス音楽に独自の主張があるのかもしれません。色彩と歌に傾倒した雰囲気があり、弦が入る後半以降はそれが顕著。音色の作り方と、歌い回しの表情は見事という他ありません。

 弦のユニゾンが入ってくる所は、レガート気味の柔らかなフレージング。ここでは急激なピアニッシモを導入し、その後クレッシェンドを掛けるなど、スコアにない演出も仕掛けています。又、金管も加わった最後の第2テーマでは、ジャズ歌手のアドリブのような歌い回しを全パートで行うなど、遊び心満点。聴きようによっては、マゼール盤よりはるかにアグレッシヴな演奏と言えるでしょう。オケもセンスが良く、各パート好演。

“速めのテンポでカラフルに描かれた、ノリの良さ抜群の躍動的ボレロ”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1991年  レーベル:シャンドス)

 ラ・ヴァルス、ドビュッシーの《海》、ミヨーのプロヴァンス組曲とカップリングされた、フレンチ・フェイヴァリッツというアルバムに収録。これらの曲はそれぞれルーセルの交響曲と組み合わせた盤もあり、そちらがオリジナル・カップリングだったのかもしれません(ルーセルだけ一枚にまとめたディスクも出ています)。非常に速いテンポを採った(14分10秒)、躍動感溢れる楽しい演奏。ボレロ主題はスタッカートを効果的に使った軽快なフレージングで、舞曲的な側面を強く打ち出した印象です。

 音色はカラフルかつ鮮やかで、リズム感も良く、極めてノリの良い演奏。オケも好演で、ドラティ、ヤルヴィと定評あるオーケストラ・ビルダーに鍛えられた団体だし、ポール・パレーとの黄金時代で得たフランス音楽の伝統も生きているのでしょう。唯一、このディスクはダイナミック・レンジが広すぎで、音量の調節が困難なのは残念。豊かなホール・トーンと生々しい直接音の両立は、シャンドス・レーベルの得意とする所です。

“軽快なノリからだんだん重くなってゆくビシュコフの棒。プレイヤー達が芸達者でセンス抜群”

セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:フィリップス)

 スペイン狂詩曲、亡き王女のためのパヴァーヌ、《ダフニスとクロエ》第2組曲、ラ・ヴァルスとカップリング。インバル盤と同様、速めのテンポとプレイヤー達のセンスで聴かせる好演です。前半は快調なテンポがノリの良さを醸し、聴いていると思わずこちらの体も動き出すようなフィーリング。ただ、楽器が増えてゆくごとにテンポを遅くする傾向があり、後半のトゥッティでは、まるで大きな荷物を背負わされたようにテンポに重みが加わってゆきます。

 ソロはみな達者でセンス抜群。どうもフランスのオケは楽器の倍音の出方も違うのか、複数楽器の組み合わせやトゥッティともなると、誠にきらびやかなラテン的色彩が出てきてハッとさせられます。ヴァイオリン群がユニゾンで入ってくる箇所も、アーティキュレーションの描き分けが徹底していて、フレーズの表情が非常に豊か。これもインバル盤と共通ですが、フランスには固有のフレージングの伝統があるのかもしれません。

全てが徹底したコントロール化に置かれた、精緻極まる演奏

ピエール・ブーレーズ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:ドイツ・グラモフォン

 《マ・メール・ロワ》《海原の小舟》《道化師の朝の歌》《スペイン狂詩曲》とカップリング。ニューヨーク・フィル盤以来19年ぶりの再録音ですが、オケは旧盤の比ではありません。極度に洗練され、抑制の効いたボレロで、全てが精緻にコントロールされている一方、ガチガチに締め付けられているような感じを与えないのはさすがベルリン・フィル。

 音響を拡散するより凝集させるアプローチ。前半は各ソロの磨き上げられた美音と、徹底した管理下に置かれたアーティキュレーションとダイナミクスが相乗効果を生む表現。トロンボーンのソロも絶妙です。全く誇張のないストレートな造形ですが、色彩の変化はニュアンスに富み、後半の伴奏パートは和声の色彩感が非常によく出ています。クライマックスも闇雲に盛り上げる事なく、あくまでリズムと色彩によるタブローとして描写。同じオケでもカラヤンの対局を行く演奏です。テンポは速めで、途中で少し走り気味になる感触あり。

“極端にくぐもった音色と、駆使されるルバート。マゼールらしいあざといボレロ”

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1996年  レーベル:RCA)

 ラ・ヴァルス、スペイン狂詩曲、ダフニス組曲を収録したラヴェル・アルバムより。コーダにおける急ブレーキをレコード会社が宣伝文句にしたため、極端なマゼール節が炸裂しているようなイメージを与えますが、さほど大袈裟なものでもありません。

 フィルハーモニア管、フランス国立管と、録音を重ねるごとに遅くなってきてはいるものの、やはりテンポは平均より速め。それが最後の主題提示辺りから不安定な千鳥足になり、度重なるルバートによって重みを加えてゆきます。コーダではゆったりとした足取りになり、締めくくりの数音をスラーで繋いで異様な響きで終る、という感じでしょうか。別にハッタリ勝負、ネタバレがどうこうというものではないです。

 音彩は艶消しされたように渋く、トロンボーン・ソロなど穴ぐらで吹いているかのようなこもった音色。どのパートもロングトーンが不安定で、オケの資質がラヴェルに向かないのか、わざとそういうアプローチを採ったのか、ほとんど下手に聴こえるくらいスマートさを欠きます(アルバムの他の曲はどれも美しい演奏なので、恐らく故意だと思いますが)。後半は、ホルンによるボレロのリズムが大きく打ち出され、二、三拍目のブラスに鋭いアクセントが付く(どちらも旧盤にはない趣向)など、攻撃的なタッチが加わります。

“真面目な指揮者と芸達者なオケの取り合わせがユニーク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 ボストン交響楽団

(録音:1996年  レーベル:フィリップス)

 道化師の朝の歌、高雅で感傷的なワルツ、クープランの墓を収録したアルバムより。ハイティンクは75年にコンセルトヘボウ管と同曲を録音しています。ボストン響はミュンシュ時代にフランス音楽の薫陶を受けた団体ですが、この曲の録音は少なく、当盤以外にはミュンシュ盤と小澤盤しかないのではないかと思います。 

 オケがなかなか洒脱なパフォーマンスを繰り広げていて、指揮者の真面目なイメージとのギャップが面白いです。木管ソロはしっとりとした音色。ファゴットなどセンスの良いフィーリングが印象的だし、小クラリネットも息の短いフレーズを畳み掛けるような、遊び心のある節回し。トロンボーン・ソロも抜群にうまく、アグレッシヴ。角の立たない、全体がブレンドするまろやかな音作りはハイティンクらしいですが、柔らかいタッチながら、発色の良い音でもあります。着実な山場の築き方には、性格が表れた印象。

“オケの魅力に乏しいものの、ナガノの卓越したセンスが欠点をカヴァー”

ケント・ナガノ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1997年  レーベル:エラート・ディスク)

 何かの企画物だったのか単発で録音されていますが、当コンビはスペイン狂詩曲、高雅で感傷的なワルツ、古風なメヌエット、ラ・ヴァルス、《ダフニスとクロエ》全曲も録音しており、当盤は前者4曲の管弦楽曲集の再発売でよくカップリング収録されています。ナガノのラヴェル録音には、リヨン歌劇場管との《マ・メール・ロワ》他管弦楽曲集もあり。

 T・トーマス盤にも言える事で、このオケは技術的には達者ですが音色的魅力に乏しく、こういう各楽器の妙技を聴かせる曲ではデメリットとなってしまいます。しかしナガノは滑らかなフレージングで、持ち前の洒脱なフランス的感性を前面に出す事に成功。柔らかくノーブルなタッチも、オケの欠点を補って余りあります。和声への配慮も巧みで、オケ全体で初めて第1テーマが奏される箇所など、明朗に発色する透明な響きが素晴らしい聴き物。腰の強い力感と歯切れの良いスタッカートも効果的です。

“元気一杯、実に生き生きと演奏するラムルー管。指揮者の美質を最良の方向に発揮”

佐渡裕指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1999年  レーベル:エラート)

 高雅にして感傷的なワルツの他、シャブリエの狂詩曲《スペイン》、楽しい行進曲、歌劇《グヴァンドリーヌ》序曲、ハバネラ、気まぐれなブーレを組み合わせたフレンチ・アルバムより。ラムルー管はこの曲を初演したオケであり、佐渡裕が劇的な復活を遂げさせたオケでもあります。様々な意味で注目盤と言えるでしょう。カップリング曲はどれもすこぶる付きの名演ですが、このボレロも実に立派な演奏。かつて低迷していたラムルーのオケが、実に楽しそうに、生き生きと演奏しているのを聴くと嬉しくなります。

 表現自体はオーソドックスで、特別な仕掛けを施したものではありません。真摯な姿勢で作品と向かいあった結果、オケの伝統がそのまま生かされた印象を受けます。ソロも合奏も音色が艶やかで明るく、透明感も保持しているのが心地よい一方、ブラスを伴う後半部は鋭さや輝きも充分に表出。ダイナミクスの幅が大きく、壮麗なクライマックスを築いているのは指揮者の功績と言えます。後半部のトゥッティはやや混濁しますが、そんな不満を吹っ飛ばすくらい元気一杯。フェルマータ後のラスト・フレーズはスラーでだらっと崩れ落ちる演出。

“遅いテンポと粘液質のフレージングで一貫した、ユニークなボレロ演奏”

西本智実指揮 ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

(録音:2003年  レーベル:キングレコード)

 管弦楽オムニバスから。他にボロディンの《ダッタン人の踊り》、ハチャトゥリアンの《ガイーヌ》から5曲、《仮面舞踏会》から1曲、ムソルグスキーの《はげ山の一夜》、チャイコフスキーの《エウゲニー・オネーギン》〜ポロネーズ、《アンダンテ・カンタービレ》、ラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》を収録、今いち主旨がよく分からないアルバムです。

 演奏は、スロー・テンポでじっくりと音楽を掘り下げた個性的なもの。非常に遅いテンポで、通常とは違うノリが生まれているのがユニークですが、各パートのフレージングにもねっとりとした官能性があり、それがラヴェルの音楽と親和性の高さを示している点は注目されます。設計も見事で、コーダにおけるバスドラムの強打と明瞭なドラの響きは締めくくりにふさわしいもの。オケの技術は万全ではなく、ホルンがボレロのリズムを吹き損ねる場面があったり、後半部で音が荒れるなど、概して金管セクションは一段劣る印象。

 

“スタイリッシュで楽しい、超速テンポの新感覚パフォーマンス”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2003年  レーベル:テラーク)

 《ダフニスとクロエ》第2組曲、《亡き王女のためのパヴァーヌ》《ラ・ヴァルス》、《マ・メール・ロワ》組曲とカップリング。当コンビの録音は、マスタリングの音量レヴェルが低い感じなのに大太鼓の重低音が過剰で、ヴォリューム調整に苦労します。

 非常に速いテンポを採択していて、演奏時間13分半は最速記録かもしれません。当然ながら推進力と勢いに溢れ、三拍子の感覚が強く出て、また別の舞曲の趣も感じさせるのもユニークです。表情の付け方は抑制が効き、トロンボーンなどもソフトな語り口だし、ピッコロの複調の箇所もあまり違和感を強調しません。

 木管アンサンブルの辺りからは、テンポの軽快さがプラスに働いて、リズムに独特の弾みが出てくるのがメリット。弦も生き生きと弾んで、何ともいえない沸き立つような活気が生まれてきます。トゥッティの歌い方もグリッサンドを盛り込んで楽しげ。オケの明るい音色も曲調にマッチしています。エンディングもシャープに決まって見事。新感覚の、ポップでスタイリッシュな演奏です。

“ソロもユニゾンも思い切り崩して自由に歌う、超個性盤”

ジョルジュ・プレートル指揮 フィレンツェ五月祭管弦楽団

(録音:2004年  レーベル:Maggio Live)

 楽団自主レーベルから出たライヴ盤で、ドビュッシーの《夜想曲》と92年録音の《海》をカップリング。直接音が鮮明でヴァイオリンなど高音域もずみずしいが、奥行き感がやや浅いのが残念。テアトロ・ヴェルディで収録の《海》は会場の残響がかなりデッドだが、こちらはテアトロ・コムナーレでの収録で、適度にホールトーンも入って聴きやすい。 

 ファゴットや続く小クラリネットのソロから即興的なルバートを多用し、早めに仕掛けてゆく作戦。劇場でキャリアを積んだプレートルらしく、演奏効果を知り尽くした表現と言える。その後、サックスやトロンボーンだけでなく木管や弦のアンサンブルまでも、こぶしを効かせてアドリブ風にテンポを揺らすのはさすが。しかし旋律線の扱いは繊細で、編成が増えてくるにつれ、フレーズを柔らかく丁寧に処理するのが好印象。

 後半に入ってくるトランペットのアクセントは、切れ味が鋭くシャープ。金管がテーマを吹奏する所は、いかにもイタリアのオケらしい華麗な音色で朗々と歌う。かなり自由な表現ながら、ミスや不揃いがほぼ聴かれないのは見事。転調してからもクレッシェンド、ディミヌエンドを強調し、最後まで足並みの乱れを見せず着実にフィニッシュ。プレートルのディスクはどれもそうだが、表現と技術の両面で凄い演奏。

“シャープかつスタイリッシュ。ドイツの放送オケもラテン的センスで健闘”

ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 SWRシュトゥットガルト放送交響楽団

(録音:2012年  レーベル:ヘンスラー・クラシック) 

 歌劇2作も含めた5枚に渡る管弦楽曲集から。当盤は最初の1枚で、ラ・ヴァルス、クープランの墓、道化師の朝の歌、スペイン狂詩曲とカップリング。残響が豊かで、細部も明瞭な好録音。

 演奏は実にセンスが良くスタイリッシュで、ドゥネーヴらしいシャープなエッジと鮮やかな色彩感が聴きもの。旋律線を非常に丁寧に歌わせていて、トロンボーン・ソロをはじめ洒脱なフィーリングもあるのと、何といっても音色の配合が見事。後半も響きの透明度を保っている他、バス・トロンボーンのアクセントやグリッサンドを強調して個性を刻印。ドイツのオケながら、コーダなどラテン的な和声感と音彩がさすが。

“艶やかな音色、巧みな設計力に、オペラ指揮者と座付きオケの美質を発揮”

フィリップ・ジョルダン指揮 パリ国立歌劇場管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:ナイーヴ)

 ドビュッシーの《牧神の午後》、ストラヴィンスキーの《春の祭典》とカップリングした、バレエ・リュスの時代のパリを再現したようなプログラム。当コンビは《ダフニスとクロエ》の全曲盤も録音している。バスティーユ歌劇場での収録は残響も豊かで、艶っぽく華やかなサウンドが魅力的。

 P・ジョルダンの指揮はオペラの映像ソフト各種を観ても感じる、胸のすくような鮮やかさが持ち味。弱音部であっても、明るく艶やかな発色が素晴らしい。何より各ソロ、各パートのパフォーマンスがすこぶる達者で自発性に富み、正に名門歌劇場の矜持を示す快演。緻密な前半と較べると、後半はブレンド傾向の柔らかい響きだが、巧みな設計力に傑出したオペラ指揮者と名門のピット・オケのセンスを示す。

“しっとりと柔らかく歌う、耽美的なボレロ。コーダはさすがに素朴すぎ”

カルロ・リッツィ指揮 ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:Tacet)

 《ラ・ヴァルス》、《マ・メール・ロワ》組曲、《ツィガーヌ》《亡き王女のためのパヴァーヌ》をカップリングした管弦楽曲集から。この顔合わせの録音は、他にないようです。リッツィは優秀なオペラ指揮者ですが、管弦楽作品の録音は極めて少なく、メジャー・レーベルではテルデックからロンドン・フィルとのビゼー、レスピーギのアルバムが出ているくらい。広い空間で潤いのあるサウンドながら、直接音がきっちり捉えられた録音です。

 遅めのテンポとゆったり構えた佇まい。柔らかくしっとりした音色で歌われる、耽美的な《ボレロ》。オペラ指揮者らしい活気や熱狂はほぼありませんが、なぜかプレートルもこういうアプローチでした。設計は巧みで、後半はエキサイトこそしないものの、よく整理された見通しの良い音響と、鋭いアクセント、安定感抜群の足取りで構築。ただ、コーダはあまりに素朴で、のんびりした調子が盛り上がりません。

“スロー・テンポで拍節をずらし、慈しむように歌い上げる、スカラ座ラスト・ライヴ”

ジョルジュ・プレートル指揮 スカラ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 プレートルが長らく関わったスカラ座でのラスト・コンサートの録音から。他にベートーヴェンの『エグモント』序曲、ヴェルディの歌劇《運命の力》序曲、オフェンバックの歌劇《ホフマン物語》から舟歌、《天国と地獄》からカンカンと、非常に短い尺のディスクです。当日はもっとプログラムがあった筈で、せっかくの貴重な記録なのにダイジェストのような体裁が残念。

 このライヴ盤はラヴェル以外の曲もそうですが、なべてスロー・テンポで細部をじっくりと慈しむような表現。同曲も例外ではなく、じっくりと腰を据えて、瞬間瞬間を愛おしむかのように丹念に演奏してゆくのが印象的です。ヴァイオリン群がユニゾンでテーマを奏する中盤も、こんなに丁寧に、優しく歌われた例は過去にないのではないかと思うほど耽美的。

 第2テーマの拍節をずらし、即興のように下降音型を遅らせて歌わせるのは、04年のフィレンツェ盤でも既に行っていたユニークな解釈。ソロだけでなくアンサンブルやユニゾンにもこの歌い回しは引き継がれるので、これはアドリブではなくフレーズを改変しているわけですが、フランス音楽のスペシャリストにここまで堂々とやられたらもう脱帽です。オケの艶っぽく湿り気のある音色、有機的で暖かみのあるソノリティもすこぶる魅力的。

Home  Top