メンデルスゾーン/劇付随音楽《真夏の夜の夢》

概観

 メンデルスゾーンは過小評価されている作曲家ではないかと思うのだが、ヴァイオリン協奏曲、交響曲第4番《イタリア》と並んで比較的人気があるのがこの曲。とは言っても、全曲がコンサートのプログラムに載る事はかなり稀だが、断片的とはいえメンデルスゾーンの天才的筆致が踊る魅力的な曲ばかりなので、ぜひもっと新譜を出して、もっと生演奏して欲しい作品である。

*紹介ディスク一覧

[序曲のみ]

59年 シルヴェストリ/フィルハーモニア管弦楽団   

84年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

02年 ティーレマン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

05年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  

[抜粋]

57年 モントゥー/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

57年 セル/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団  

58年 パレー/デトロイト交響楽団   

61年 ケンペ/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団  

67年 マルティノン/シカゴ交響楽団  

76年 C・デイヴィス/ボストン交響楽団

86年 デュトワ/モントリオール交響楽団   

13年 シャイー/ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団  

[全曲]

64年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団

64年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

83年 マリナー/フィルハーモニア管弦楽団

84年 レヴァイン/シカゴ交響楽団

85年 プレヴィン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

90年 テイト/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

92年 ヴェラー/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 

92年 アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団  

92年 アシュケナージ/ベルリン・ドイツ交響楽団

92年 小澤征爾/ボストン交響楽団  

95年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

16年 ガーディナー/ロンドン交響楽団   

21年 P・ヤルヴィ/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  11/23 追加! 

23年 エラス=カサド/フライブルク・バロック管弦楽団  11/23 追加!

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[序曲のみ]

 

“大きなラインと細部、滑らかさと鋭さを高次元で両立させる、才人シルヴェストリ”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:EMIクラシックス)

 オリジナルのカップリングは不明ですが、同時にドイツの作曲家の序曲や小品を数曲録音しているので、そういうアルバムにまとめられていたのかもしれません。

 オケの音色にコクが欲しいものの、生き生きとしたアンサンブル。滑らかさと鋭さを高次元で両立させている所はさすがシルヴェストリで、大きなラインの描き方と細部の彫琢の対比が見事。強弱の細やかな演出、推進力の強さ、音の立ち上がりのスピード感なども美点です。部分的なルバートは随所にあり、音楽的、力学的に減衰する局面では、テンポも大きく落としています。コーダにおける弦のカンタービレは、比類のない美しさ。

“上品で柔らかなタッチに傾くも、デイヴィスらしいリズム的な鋭さは後退”

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1984年  レーベル:オルフェオ)

 交響曲第3番とカップリング。当コンビはさらに第4、5番も録音している他、デイヴィスはボストン響と同曲の抜粋録音も行っています。当盤はさすが地元ミュンヘンのレーベルだけあって、録音会場ヘルクレス・ザールの音響特性も知り尽くしている印象。他のレーベルで聴く同ホールの響きとは違い、奥行き感が深くて柔らかな残響に包まれる、大変ムード豊かなサウンドに収録されています。

 すこぶる心地よい録音ではありますが、ディティールの解像度はやや甘く、冒頭の弦のアンサンブルも精緻さはあまり出てきません。デイヴィスはゆったりと構えた棒さばきで、上品な音楽作り。この指揮者は、角の立ったリズムやモダンな感覚が前に出た方が面白くなるのですが、ここではソフィスティケイトされたタッチで一貫しています。有機的でコクのあるオケの響きは素晴らしく、幻想味豊かなヨーロッパ的性格は魅力ですが、あと一歩デイヴィスらしい鋭さと骨太な力感が欲しかったです。

“旋律をたっぷりと歌わせ、自在な呼吸で音楽を展開するティーレマン”

クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ドイツ名序曲集から。カップリングは同じ作曲家の《フィンガルの洞窟》、ウェーバーの《オイリアンテ》《オベロン》、ニコライの《ウィンザーの陽気な女房たち》、マルシャナーの《ハンス・ヘリング》、ワーグナーのリエンツィ》。

 ゆったりと遅いテンポで、細部まで克明に聴かせる独特の表現。やや腰が重く、低弦ユニゾンによる同音反復など、少しテンポが延びても敢えて重しを加えるほどですが、時流に逆行しているようで古臭く感じさせないのがティーレマンの不思議な所です。フレージングの呼吸が硬直せず、常にしなやかに流れに乗っているせいかもしれません。オケの音色美もよく出て、フレーズを末尾までたっぷり歌わせているのも魅力。情感も豊かです。

“初稿版を取り上げながらも、フレッシュ極まりない鮮烈な演奏で聴き手を魅了”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:デッカ)

 シャイーの当オケ就任披露演奏会後、同じ曲目を取り上げた初レコーディング音源。カップリングの第2交響曲と共に初稿版で、1826年のエディション。当コンビはこの8年後に、決定稿の《序曲》を含む5曲の抜粋盤も録音しています。長い残響音を取り入れた録音と、たっぷりとした豊麗なオケの響きは、ピリオド奏法的な再録音盤のスタイルと少し印象が異なります。

 初稿と言っても、この序曲は珍しくメンデルスゾーンが後に手を入れなかったもので、校了や慣習の影響を受けたボーイング指示やアーティキュレーション、器楽パートの分け方などの相違に留まっています。そのため、全く聞き慣れない新しい音楽が急に展開する事はありません。しかし、スタッカートやテヌートの解釈は他と違っていて、斬新に聴こえる箇所も多々あり。

 デリカシー溢れる繊細な導入部から、トランペットの輝かしい音色が目立つトゥッティ、躍動感溢れるリズムに、新鮮な果実を思わせるみずみずしさ一杯の響きと、スコアのエディション云々を越えた、実に魅力的な演奏が展開。音色にも表現そのものにも、思わずふるいつきたくなるようなフレッシュさが横溢します。これを聴けば、このコンビの将来は明るいと皆が感じたに違いありませんね。鮮烈極まりないパフォーマンス。

[抜粋] *序曲、スケルツォ、夜想曲、結婚行進曲の全4曲

“悪くない演奏内容ながら、録音が古臭く、マスターテープの状態も劣悪”

ピエール・モントゥー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1957年  レーベル:デッカ)

 シューベルトの《ロザムンデ》とカップリング。音質に難があり、ティンパニの入るトゥッティで響きが混濁。残響がデッドなのも古くさい音に感じますが、直接音は鮮明で生々しく、左右の広がり、分離も良好です。私が聴いたのはモントゥーのデッカ録音を集成したボックスですが、背景にブーンという低いノイズがずっと入っているのと、音の途切れも目立つのが残念。

  《序曲》は、モントゥーらしく丁寧で明晰な演奏。合奏が精緻に組み立てられているため、編成がさほど大きくないように聴こえます。特にリズムの解像度が高く、鮮やかなアンサンブルを展開しますが、時代もあってか、指揮者が求める精度にはあと一歩という印象。アインザッツの乱れも目立ちますし、管楽器のピッチが甘い箇所もあります。瞬間を大切にしながら、勢いや流麗さは十分表出。

 《スケルツォ》も画然たる合奏で、切っ先の鋭さと歯切れの良さが圧倒的。ほとんど弦の音圧と威力で聴かせる、ヴィルトオーゾ風の演奏になっています。《夜想曲》はニュアンス豊かに歌わせていますが、どうもホルンの響きが奇妙に虚ろで、やはり録音の不備が

“手兵のクリーヴランド管に対するのと同様、画然たる合奏を厳しく追求するセル”

ジョージ・セル指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1957年  レーベル:フィリップス)

 シューベルトの《ロザムンデ》抜粋とカップリング。当コンビはシベリウスの2番、ベートーヴェンの5番もフィリップス・レーベルに録音しています。セルはクリーヴランド管とも同曲を録音していますが、当盤はあまり再発売された事がなく、同じカップリングでかつてデッカから発売されたモントゥー/ウィーン・フィル盤と共に、存在自体があまり知られていない録音ではないかと思います。

 演奏はセルらしく、《序曲》から整然とまとまったアンサンブル。速めのテンポできびきびと音楽を運び、切れの良いスタッカートやよく弾むリズムなど、モダンな造形を聴かせます。ティンパニのバランスを抑えて弦中心にアンサンブルを作っているのも特徴。エンディングの清澄な美しさは印象的です。《スケルツォ》も、画然たる合奏を展開。高解像度のアーティキュレーション描写は徹底されており、オケも一糸乱れぬ合奏力で唖然とするほどの上手さ。

 とにかく速いパッセージでも弱音部でも、木管と弦の一体感には凄いものがあります。切っ先の鋭い弦は室内楽的でもあり、タイトな響きは磨き上げられた美しさ。セルがクリーヴランドでの流儀をここでも貫いている事がよく分かります。《夜想曲》では情緒的なふくらみを排除する変わり、ラインの美しさに注意深く配慮。《結婚行進曲》もスリムなサウンドで、全ててきぱきと整えてゆくような表現。リズムとハーモニーに対する厳しい態度が窺えるのは、セルの演奏に共通する特質と言えるでしょう。

“ソフィスティケイトされながら生き生きと躍動するパレーの棒。オケも好演”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1958年  レーベル:マーキュリー)

 同時録音の第5番がオリジナルのカップリングと思われます。マーキュリーらしく鮮明な録音ですが、当コンビの響きはほどよくまろやかで、シャープさと柔らかさのバランスが絶妙。

 《序曲》は弦楽合奏が克明で流れるようなスピード感もあり、トゥッティもみずみずしく豊麗なソノリティ。リズムに弾みがあって生気が漲るものの、アタックはふっくらとソフトな感触です。色彩が明朗で、鋭利なブラスのアクセントも効いていますが、角の立たない優美な造形。引き締まったテンポで勢いがあります。

 《スケルツォ》も速めで、鋭敏な合奏と軽妙なタッチが見事。オケも鮮やかな音色で好演しています。《夜想曲》はフレーズのふくらませ方や芳醇なコクとロマンの香りなど、さすがは年季の入ったパレーの棒。フルートの二重奏にも素敵な詩情が漂います。《結婚行進曲》も歯切れが良く、弾むような調子が楽しげ。

“オケに音色的洗練を望みたいものの、ケンペらしい滋味豊かな演奏内容”

ルドルフ・ケンペ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:テスタメント)

 《序曲》は落ち着いたテンポ。弦の合奏に滋味豊かなニュアンスの味わいがあるのはさすがです。トゥッティはオケの音色にさらなるコクを望みたいですが、高音域などは爽快。フレージングのセンスが素晴らしく、ロマン的情感が横溢します。テンポは煽るよりも、むしろブレーキをかける傾向。弱音部でぐっとテンポが落ちます。コーダ前の弦のリリカルな情感も聴き所。

 《夜想曲》は一音一音、噛んで含めるような独特の歌い口。慈愛を感じさす柔らかなタッチが、いかにもケンペらしいです。テンポは中庸。《スケルツォ》は遅めのテンポで、こちらも一音一音ていねいに処理。スピード感よりムードを重視していて、弱音部の表情も多彩です。《結婚行進曲》は長めの音価でゆったりとした間合い。

“鮮やかな色彩と圧倒的な技術力。指揮者とオケ、双方の美点がうまく合致”

ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1967年  レーベル:RCA)

 あまり復刻発売されないので、広くは知られていない音源ですが、当コンビの録音を集成した海外のボックス・セットには、ちゃんと収録されています。オリジナルのカップリングはビゼーの交響曲。ホルンには、名手デイル・クレヴェンジャーがクレジットされています。

 《序曲》はあっさりとした四和音の後、速めのテンポできびきびと弦の刻みを開始。スピード感が強く、主部も前のめりの姿勢で颯爽と駆け抜ける印象。オケの高い技術力も全面に出て、ヴィルトオーゾ風の雰囲気もあります。色彩が鮮やかで、鋭敏なリズム・センスも卓抜。ストレートな力感はこのコンビらしい所です。《スケルツォ》はアンサンブルの精度が高く、強い前進力あり。アタックの切っ先が鋭く、音圧も高いです。細部に至るまで鮮明に描写され、オケも唖然とするほどのうまさを発揮。

 《夜想曲》は豊麗なソノリティで、情感豊か。遅めのテンポで、たっぷりとしたカンタービレがロマン的情緒を醸します。《結婚行進曲》は、落ち着いたテンポで余裕のある表現。強弱を細かく付けて、単調に陥らない工夫がされています。音色も派手にしすぎませんが、色彩感は明朗。歯切れがよく、弾みの強いリズムも胸のすくようです。

しなやかさも聴かれるものの、指揮者の几帳面さが前面に出た表現

コリン・デイヴィス指揮 ボストン交響楽団

(録音:1976年  レーベル:フィリップス)

 交響曲第4番《イタリア》とカップリング。当コンビのディスクは意外に少なく、協奏曲の伴奏を除けば他にシベリウスの交響曲全集と管弦楽曲集、ドビュッシーの《海》《夜想曲》、チャイコフスキーの《1812年》《ロメオとジュリエット》、シューベルトの《未完成》《グレイト》《ロザムンデ》があるのみ。

 オケの個性もあるのか、序曲だけ聴いても84年のバイエルン盤とはかなり性格の違う、剛毅でシンフォニックな演奏。オフ気味で雰囲気豊かなバイエルン盤に対し、こちらは直接音を生々しく収録したリアルな感触と、録音のコンセプトが真逆だからかもしれません。

 《序曲》は細かい音符の多い音楽ですから、デイヴィスのようなリズムとアーティキュレーションに抜きん出た才を発揮する指揮者には最適といえますが、ここではやや生真面目というか、折目正しく正確さを追求した演奏に聴こえます。弦のカンタービレなど横の流れはしなやかですが、ザクザクと鋭いスタッカートを刻んでゆく印象。《スケルツォ》も同傾向で、落ち着いたテンポ感はデイヴィスらしい所。オケが好演していて、中欧的でまろやかな色彩を聴かせる他、木管ソロなど楽器間の受け渡しも見事です。

“優美で華やか。音色の魅力がいっぱいの素敵な抜粋盤”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1986年  レーベル:デッカ)

 定番の4曲に、《間奏曲》をプラスした全5曲の抜粋盤。他に、序曲《フィンガルの洞窟》《美しきメルジーネ》《ルイ・ブラス》をカップリングしています。デュトワのメンデルスゾーン録音は珍しく、他にシフ、バイエルン放送響とのピアノ協奏曲集があるくらい。

 《序曲》は落ち着いたテンポで、細部を丁寧に描写。みずみずしいモントリオール響の音色は作品とのマッチングが最適です。旋律線の造形が独特で、フレーズの末尾を跳ね上げるようなイントネーションが洒落ているのと、木管のロングトーンを微妙にクレッシェンドで押す感じなど、どこか中性的な性質も感じます。カラフルで潤いに満ちた音色は素敵。強弱のニュアンスは多彩で、しなやかな歌心も横溢していて、情感がすこぶる豊かです。コーダは超スロー・テンポと最弱音でデリカシー満点。

 《スケルツォ》も適度なテンポ設定で、緻密で色彩豊かなアンサンブルを展開。同じくゆったりしたテンポの《間奏曲》は、抑制された悲愴美の魅力がある一方、後半の舞曲ではもう少し対比のメリハリがあっても良かったかもしれません。

 《夜想曲》は、ホルンの美麗な響きを生かしたソノリティの柔らかさが素晴らしい聴きもの。スロー・テンポで詩情豊かに歌わせる行き方は、フランス音楽での実績を応用した感じでしょうか。《結婚行進曲》も、長めの残響がリズムの鋭さを緩和し、まろやかにブレンドする響きと爽快な高音域が相まって、華やかさと優美さを両立させています。

“精緻なアンサンブルを駆使し、スコアの隅々まで生き生きと活写するシャイー”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2013年  レーベル:デッカ)

 メンデルスゾーンに執着を示しているシャイーなら全曲録音かと思いましたが、当盤は上記4曲プラス《間奏曲》の抜粋盤で、その代わり、序曲《ルイ・ブラス》の初稿版と、ピアノ協奏曲2曲をカップリングしています。ちなみに当コンビは、この8年前に《序曲》のみ(初稿ヴァージョン)を、第2交響曲のカップリングで録音していました。当コンビのメンデルスゾーンはもう1枚、《スコットランド》《フィンガルの洞窟》の初稿と、補完されたピアノ協奏曲第3番を収録したアルバムもあります。

 《序曲》は速めのテンポで、勢いのあるエネルギッシュな音楽運び。ティンパニやブラスの鋭利なアクセント、弦の精緻なアンサンブルもスピード感を煽ってスリリング。一方で、強弱やアーティキュレーションのニュアンスはかなり細かく、スコアを研究した様子がうかがわれます。気になるのは、クラリネットと思しき木管楽器がリード・ミスのような軋み音をあちこちで上げる事。どういう意図なのか分かりませんが、聴いていて気持ちの良いものではありません。

 《スケルツォ》もスピーディで、スコアの隅々まで鋭敏に活写した躍動感溢れる表現。メリハリはやや極端で、特定のパッセージの強調が聴かれるのもシャイーらしい所です。オケのレスポンスも敏感そのもので、生気に満ちたパフォーマンスを展開。《間奏曲》も同様に、生き生きとしたフレッシュな演奏。色彩感も鮮やかです。《夜想曲》は、豊麗なソノリティとふくらみのあるフレージングがロマン的香気を醸し、みずみずしくも芳醇な味わい。《結婚行進曲》は速いテンポと軽快なリズムによる、2拍子的にフレーズを掴んだ表現。

[全曲]

速めのテンポで鋭利なリズムを刻む、意外にモダンなクーベリックの棒

ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団・合唱団

 エディット・マティス(S)、ウルズラ・ベーゼ(A)

(録音:1964年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 全10曲収録。ドイツ・ロマン派の幻想味溢れるオーケストラ曲とくれば、これはもう、中欧のロマンティシズムを体現するクーベリックに打ってつけの音楽といえそうだが、当盤はむしろ彼の別の面、現代音楽も得意とするシャープな一面を見せてくれるディスク。

 まずもってどの曲もテンポが速く、《序曲》の冒頭から弦のアンサンブルが緻密で躍動的。特にスタッカートの切れ味は鋭さを感じさすものだが、トゥッティの響きや弦や木管の旋律線には、このコンビらしい暖かみと潤いが表れている。それにしても《妖精の合唱》は相当な駆け足テンポで、合唱が入る所などどうなる事かと心配になるが、案外と安定したパフォーマンスを展開するのはさすが。

 マティスは美しい声で生き生きとした歌唱を展開しているのが聴きもの(アルトのベーゼはやや癖のある声質)。叙情的なナンバーには、クーベリックらしいたおやかな情感が横溢。素晴らしい音楽性を聴かせる。後年の彼ならもっと落ち着いたテンポになったかもしれず、晩年に再録音してくれれば珠玉の名盤になっただろうと悔しく思うのは私だけか。古い録音だが音質は鮮明。

“オケの美しい響きを生かし、鋭敏で繊細な演奏を繰り広げる、若き日のハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 オランダ放送合唱団  レイ・ウッドランド(S)、ヘレン・ワッツ(A)

(録音:1964年  レーベル:フィリップス)

 全10曲収録。当コンビ初期の録音で、70年代以降のよく練られた音色と較べると高音域の抜けが良い一方、シンバルなどは派手さが耳に付く。当コンビは《イタリア》と《フィンガルの洞窟》、ヴァイオリン協奏曲3種(ソロはグリュミオー、シェリング、パールマン)を録音している他、ハイティンクはロンドン・フィルと第2番以外の全交響曲を録音している。

 《序曲》はリズムとアーティキュレーションの解像度が高く、細部が克明。ひたすら真面目な指揮なので、ファンタジーやロマンの香りはないが、オケのふくよかな響きがそれを補って余りある。弦は音色が瑞々しく、フレージングもしなやかだし、トランペットのトップノートも輝きを放って好印象。デリカシー溢れる弱音部も、鮮やかな音彩が美しい。編成は中程度に聴こえ、室内楽的なアンサンブルを構築。

 《スケルツォ》は歯切れが良く、溌剌として敏感。デュナーミクの呼吸が自然で、佇まいが落ち着いている所は後年のハイティンクを彷彿させる。《妖精の行進》も繊細な音感とリズム感が魅力的で、オケの美点がよく出る。細部が実に丹念。《妖精の合唱》はテンポが遅くてやや腰が重く、ソロもリズムより横のライン重視、ヴィブラートの揺れが大きいのも気になる。《夜想曲》は芳醇ながら透明かつ立体的な響きで、各パートがリリカルに歌う。柔らかなタッチも曲想にマッチ。

“みずみずしくクリアな響きと、演出巧者な語り口”

ネヴィル・マリナー指揮 フィルハーモニア管弦楽団

 アンブロジアン・シンガーズ  アーリン・オージェ(S)、アン・マレイ(Ms)

(録音:1983年  レーベル:フィリップス)

 マリナーがフル・オケを振り始めた頃の録音で、フィルハーモニア管との録音は他にオッフェンバックの序曲集、ミッシャ・ディヒターとのラプソディ・イン・ブルー他、シャンドス・レーベルにベキネル姉妹とのメンデルスゾーン、ブルッフの二重協奏曲がある。独唱陣が豪華で、名歌手オージェとオペラで活躍しているアン・マレイを起用。15秒弱のファンファーレも含めて全11曲収録。

 マリナーが作る響きは、録音のせいもあるのかやや高音偏重気味だがみずみずしく清新。弦のしなやかなフレージングも艶っぽいが、ソノリティはさらに磨き上げて欲しい感じで、《序曲》のリズミカルなパッセージなど、木管のアンサンブルにも今一つの洗練を望みたい所。ただ、金管を含むトゥッティはまろやかにブレンドしているし、内声がくっきりと浮かび上がるクリアな響きは実内オケのそれに通ずる。

 《スケルツォ》は、落ち着いたテンポで折目正しい進行。音符を克明に処理している所に、この指揮者らしい真面目な性格が表れている。弦のうねるようなカンタービレが印象的な《夜想曲》、速めのテンポと軽い響きで颯爽と描写した《結婚行進曲》の他、ユーモア・センスが冴える《ファンファーレ》や《葬送行進曲》など短い曲も好演。オペラも得意にしている指揮者だけあって、演出巧者な語り口を聴かせる。

若々しい活力とドラマティックな描写力で聴かせるレヴァイン一流のエンタメ盤

ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団・合唱団

 ジュディス・ブレゲン(S)、フローレンス・クィーヴァー(Ms)

(録音:1984年  レーベル‥ドイツ・グラモフォン)

 短いナンバー3曲(《妖精たちの行進曲》、《葬送行進曲》、《道化師達の踊り》)を割愛して全7曲の収録で、シューベルトの《ロザムンデ》からをカップリング。レヴァインのメンデルスゾーン録音は、ベルリン・フィルとの交響曲第3、4番もある。このコンビらしい元気溌剌とした演奏で、合奏も終始生き生きと躍動。

 《序曲》はテンポが速い事もあるが、冒頭の弦のアンサンブルが精緻そのもの。意図的に一音一音区切っているのか、非常に鋭敏な音処理で、いかにもヴィルトオーゾ風のパフォーマンスという印象を与える。最初のトゥッティにも若々しくフレッシュな活力が漲るが、ヨーロッパ風の馥郁としたロマン性と幻想味は希薄。一方で、音色の明るさとフットワークの軽さは作品にふさわしい。

 《スケルツォ》も急速なテンポで清新。声楽の扱いが巧みなのもレヴァインならではで、美声でメルヘンの世界を描ききるブレゲンの好演を始め、コーラスも表情豊か。それを支えるオケのアンサンブルも見事。ドラマ性豊かな間奏曲や、爽やかな叙情性が際立つ《夜想曲》も聴きものだが、唯一ブラスの強奏が全てを圧する《結婚行進曲》が、ワーグナーばりに派手な色彩に塗りつぶされているのは違和感あり。

鋭利なアタックやメリハリを排し、徹底して柔和でまろやかなタッチを貫くプレヴィン

アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 ウィーン・ジュネス合唱団 エヴァ・リンド(S)、クリスティン・ケアーンズ(Ms)

(録音:1985年  レーベル:フィリップス)

 情景音楽やファンファーレ、葬送行進曲など、短い音楽も含めて全11曲収録。プレヴィンの同曲は、ロンドン響との旧盤もある。このコンビらしいまろやかなタッチで聴かせる、良くも悪くも甘口の演奏。独唱もコーラスも私のよく知らない名前が並んでいるが、美しい歌唱で特に不満はない。フィリップスの録音も、直接音の質感とソノリティの柔らかさを両立させて美しい仕上がり。

 《序曲》は冒頭の木管に続く弦のロングトーンが和声感たっぷりで、いきなり魅了されてしまう。中庸の速度で柔らかく聴かせる主部は、リズム感も悪くないし躍動感もあるが、アタックの角が立たないためプレヴィン特有のなで肩の造形に聴こえる。コーダにおける超スロー・テンポが醸し出す叙情性は、なかなか得難い。

 ソプラノ二重唱の《妖精の合唱》もかなり遅めだが、歌の歯切れがよく、生き生きと聴かせる。オケの個性を第一に生かすプレヴィンの棒さばきは、作品との相性も悪くない。《夜想曲》はテンポが遅すぎる感じもするが、ホルンをはじめ響きの芳醇さが魅力的なので結果的に文句を飲み込んでしまう。個人的には、全体的にもう少し鋭さやメリハリがあっても当コンビの美点は損なわれないと思うのだが。

ドラマに対するテイトの演出センスを随所に発揮。セリフ入りで全曲を収録した稀少盤音

ジェフリー・テイト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

 ロッテルダム・フィルハーモニー音楽芸術合唱団の女声合唱

 リン・ドーソン(S)、スザンヌ・メンツァー(Ms)

(録音:1990年  レーベル:EMIクラシックス)

 日本国内では全9曲の抜粋物として発売されたが、元の音源は役者のセリフを収録した2枚組の全曲盤。ピーター・ホールの劇団メンバーがセリフを担当しているので、朗読も本格的。劇伴としての全体像を知るには貴重なディスクだが、抜粋盤にあまり収録されない劇伴音楽はその大半が短く断片的な、鑑賞用の音楽としては体裁をなさない曲ばかりで、通常の音楽ファンには抜粋盤で充分という感じがする(音楽にセリフが重なってくる部分もあるし)。

 テイトはこういう、ドラマのある音楽を振らせたら実に巧妙な語り口を聴かせる指揮者で、当盤も例外ではない。《序曲》の冒頭、ピアニッシモのデリカシーと弦楽合奏の細やかなニュアンスの多彩さが早くも耳を捉え、主部もきびきびとして敏感なモーツァルト的表現。コーダの思い切ったスロー・テンポと余情の味わいもさすが。スケルツォも裏拍のビートの取り方にリズム・センスを覗かせる他、弱音主体のデュナーミク設計に非凡な才能を感じさせる。

 アーティキュレーションは徹底して描き分けられていて、ドイツ・ロマン派というよりも古典寄りか、そうでなければむしろポストモダン的な雰囲気。《妖精の合唱》は逆にゆったりとしたテンポで、やや重厚な趣。歌も美しいが、軽妙なスタイルではない。《間奏曲》も素晴らしく、前半部で心のざわめきをドラマティックに造形しつつ、歯切れの良いコーダでさっと締めくくる辺りは名人の話芸を思わせる。

 オケは響きに今一つの洗練とコクが欲しい場面もあるが、《夜想曲》のホルンの美しさは特筆もの。柔らかくも凛としたその響きに、一瞬で魅了される。極端にスローな足取りでしんなりと奏される《葬送行進曲》がユーモラスな笑いを誘う辺りも、指揮者の演出巧者ぶりを窺わせる。第2の妖精を、スザンヌ・メンツァーが歌っているのは贅沢。

“響きをしっとりと潤わせ、端正な造形の中に巧みな句読点を打つヴェラー”

ヴァルター・ヴェラー指揮 スコティッシュナショナル管弦楽団・ジュニア合唱団

 アリソン・ハグリー、ルイーズ・ウィンター

(録音:1992年  レーベル:エッジストーン・クラシックス)

 全11曲収録の上、《ルイ・ブラス》序曲をカップリング。ヴェラーはフィルハーモニア管と、シャンドスに交響曲全集を録音している。当盤は謎のローカル・レーベルによる製作でブックレットも簡易だが、ライヴ音源ではなくしっかりとしたセッション録音。むしろ残響が過剰なシャンドスの録音より聴きやすいくらい。

 《序曲》はオケのしっとりとウェットな響きが魅力的で、弦を中心にヴェラーらしいしなやかなカンタービレが聴かれる好演。響きのバランスと合奏をよく統率し、コーダ前の溜めとティンパニのアクセントなど、要所に巧みな句読点を打つ棒さばきは健在。基本的にはどの曲も優しい筆致で無理なく描写されているが、リズム感が鋭敏で細部まで集中力が高い点に一長がある。

 テンポ設定にはこだわりがあり、《スケルツォ》は落ち着いたムードで一貫する一方、《妖精の合唱》は非常に速いテンポで、歌手も伴奏も畳み掛けるような語り口。《間奏曲》も弦のトレモロに付けられたダイナミクスを強調し、雄弁なドラマ性と動感に溢れる。《結婚行進曲》のシャープな筆致と恰幅の良い表現も見事。オペラでも活躍するハグリーらの優れた歌唱、透明度の高いジュニア・コーラスも当盤の価値を高めている。

“斬新な解釈が頻出し、コントラストの強い個性盤。アーノンクール節炸裂!”

ニコラウス・アーノンクール指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団

 アーノルト・シェーンベルク合唱団の女声合唱

 パメラ・コバーン(S)、エリーザベト・フォン・マグヌス(A、語り)

 クリストフ・バンツァー(語り)

(録音:1992年  レーベル:テルデック)

 グラーツでのライヴ・レコーディングで、カンタータ《最初のワルプルギスの夜》とカップリング。当コンビは《スコットランド》《イタリア》交響曲も録音している。トラック上は全8曲だが、断片的な短い音楽や語りも収録。

 《序曲》は密度の濃い演奏で独特。冒頭から精度が高く、トゥッティの爆発は硬質なティンパニ、ノン・ヴィブラートの弦がいかにもHIP。リズムが鋭利かつ敏感で、ブラスのアクセントも強く、各所でエッジを強調する一方、レガート奏法も随所に挿入。フル・オケでは難しい徹底した描写力と、リアクションの速さを獲得している。目の覚めるような鮮やかさと勢い、疾走感は痛快。弱音部ではぐっとテンポを落として、コントラストも強い。

 《スケルツォ》は室内オケに向いた曲調で、アクセントの交替やアーティキュレーションが実に明敏。《妖精の合唱》は遅めのテンポで、オペラのような雰囲気。《間奏曲》もみずみずしい表現で、音色にも潤いがある。《夜想曲》は逆にテンポが速く、フレージングが個性的で熱っぽい歌い口がユニーク。《結婚行進曲》は猛スピードでシャープに造形し、軽快だがスケールは大きい。コーダで加速するのも斬新な解釈。《終曲》は速めのテンポで推進力が強く、ソロの柔らかい美声も聴きもの。 

“暖かい響きと豊かなロマン性。メンデルスゾーンへの適性を如実に示すアシュケナージ”

ウラディーミル・アシュケナージ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団

 ベルリン放送合唱団 リン・ドーソン(S)、ダリア・シェヒター(Ms)

(録音:1992年  レーベル:デッカ)

 20秒弱のファンファーレも入れて全11曲を収録し、弦楽八重奏曲の弦楽合奏版をカップリング。当コンビのメンデルスゾーン録音は、交響曲全集もある。指揮者としてのアシュケナージはメンデルスゾーンに向いているようで、当盤も素晴らしい演奏。柔らかく、明朗さと暖かみを備えたソノリティは、ロマン的な香気も漂って魅力的。

 《序曲》は速めのテンポで爽快、しなやかで瑞々しいカンタービレと繊細なデリカシー、軽妙なリズム、豊麗な響きなど、当コンビの美点が横溢する。続く《スケルツォ》もかなりのスピードだが、合奏は整然と統率されている。声楽陣はやや重く、自在なフットワークが欲しい。非常に遅いテンポで演奏された《夜想曲》も間延びしてしまい、音と音の隙間が虚ろに聴こえるのは表現としてこなれていない感じを受ける。全体として理想的な演奏で、お薦めの一枚。

“精緻極まる描写と、潤いたっぷりのエレガントな音彩で聴き手を魅了”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

 タングルウッド音楽祭合唱団

 キャスリン・バトル(S)、フレデリカ・フォン・シュターデ(Ms)

(録音:1992年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 細かい音楽も含めて全15曲収録。独唱陣は豪華だし、ほぼ全曲収録なのでお薦めとして太鼓判を押せる内容。ナレーションを名女優ジュディ・デンチが担当しているのも贅沢(日本盤は吉永小百合)。小澤のメンデルスゾーン録音は珍しく、他にはスターンとのヴァイオリン協奏曲があるだけ。

 当コンビ最後のシーズンに当たるレコーディングだが、《序曲》の克明なアーティキュレーション描写や、みずみずしく溌剌とした音楽を聴くと、ギクシャクしていた関係はともかく、プロとして良い演奏をしようというポジティヴな姿勢は共通していた事が分かる。まろやかで潤いのあるソノリティは、メンデルスゾーンの音楽にもうまくマッチ。

 《スケルツォ》も硬軟自在のアクセントを駆使し、充実した響きで生き生きと音楽を作っていて聴き応えがある。《妖精の合唱》はやや独唱の押し出しが強いが、遅めのテンポで上品な造形。《間奏曲》《夜想曲》のデリカシー溢れる音彩、ふくよかなロマン性の表出も素敵。《結婚行進曲》も抑制が効いて、素晴らしく豊麗でエレガント。スロー・テンポと最弱音による《葬送行進曲》も演出巧者。通俗に堕ちない音楽性の高さが光る、極めて精緻で美しい名演。

“オケの豊麗なサウンドと指揮者の精緻な棒さばきが絶妙にマッチしたライヴ盤”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 エルンスト・ゼンフ合唱団 シルヴィア・マクネアー(S)、アンジェリカ・キルヒシュラーガー(S)

(録音:1995年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ジルヴェスター・コンサートのライヴ録音。アバドは毎年特定の作曲家をテーマに取り上げていて、同じ日に演奏された第4番《イタリア》とカップリング。バーバラ・スコーヴァのナレーションで進行する劇に準じた形のパフォーマンスで、抜粋盤にはあまり収録されない断片的な音楽も多数演奏している。

 豊かな残響を収録した録音はディティールもクリアに捉え、このオケらしい豊麗なサウンドを堪能できる上、繊細で柔らかなタッチが心地良い。独唱はやや距離感があり、オケや合唱によくブレンドしているが、声自体は鮮明に捉えられていて細部がもどかしく感じられる事はない。

 お祭りらしく、華やいだ雰囲気が演奏に生気を与え。ている面はあるが、音楽作りは全く手抜きのない、精妙を極めたもの。ソリッドなブラスが加わるトゥッティは、アバド特有のシンフォニックで響き。この指揮者によくあるソステヌートのフレージングに違和感を覚える箇所はあるが、全体的にフットワークも軽く、機敏な演奏。テンポ設定にも無理がなく、リズムも生き生きとして推進力は強い。特にダイナミクスとアーティキュレーションのコントロールは精緻そのもので、表情が豊かな上、カンタービレも美麗。

 《間奏曲》などため息が出るほど美しく、各パートの名人芸的な歌い回しや楽器間の受け渡しの妙など、これぞベルリン・フィルという見事なパフォーマンス。《結婚行進曲》も、骨太な響きと落ち着いたテンポで堂々たる山場に仕上げている。独唱陣はマクネアー、キルヒシュラーガーと豪華だが、サブのパートなどあまりに聴かせ所の少ない作品なので、せめてもう少し聴きたくなるというか、勿体ない気持ちになる。

“バロック風の軽妙かつ刺激的な解釈で楽曲の本質を衝く”

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 ロンドン交響楽団

 モンテヴェルディ合唱団

(録音:2016年  レーベル:London Symphony Orchestra)

 楽団自主レーベルによる全集ライヴ録音の一環。俳優達のセリフやナレーションで進行し、断片的な音楽も収録した全曲盤の体裁で、独唱は合唱団のメンバーが歌っている。このシリーズはSACDとのハイブリッドで、ブルーレイ・オーディオも付いた2枚組で価格が高いのが難点だが、当盤はブルーレイの映像ソフトとして交響曲第1番を含むコンサート全編を収録していて、コスト・パフォーマンスは悪くない。

 《序曲》は冒頭の弦から強弱の指示が細かく、ふっと弱めるようなディミヌエンドも挿入。トゥッティはやや骨張った雄渾な響きだが、概してこのシリーズは音がデッドで乾いているので、演奏もささくれ立って聴こえる。主部にもスコアにないクレッシェンドや弦の下降グリッサンドなど独自の解釈があるが、テンポは中庸で極端な所はない。ティンパニやブラスのアクセントは鋭利でパンチが効いている一方、ノン・ヴィブラート気味の弦はしなやかにうねり、曲線とアタックの対比は明瞭。

 《スケルツォ》は機敏なアンサンブルがバロック的で、ガーディナーの面目躍如。編成はさほど小さくなく、急激なクレッシェンドも盛り込むので、非常にダイナミックでテンションの高い演奏に感じられる。《妖精の合唱》はテンポこそ中庸ながら、独唱が目立ちすぎない事もあって、軽妙でチャーミングなパフォーマンス。

 《夜想曲》は浪漫的に情感で膨らませず、フレーズの切り方に明瞭な句読点の感覚を用いて、清澄な叙情性を獲得。《結婚行進曲》もフレーズの掴み方や力の抜き方がバロック的に軽妙で、新鮮な驚きを感じると共に、一度聴けばこれこそ楽曲の本質を衝いた表現と感じられる。《終曲》のしなやかでリリカルな表現も印象的。

 11/23 追加! 

“オケの豊麗な美音を生かしながらも、方向性はHIPで意欲的”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 

 チューリッヒ女声合唱アカデミー

 カタリーナ・コンラディ(S)、ソフィア・ブルゴス(S)

(録音:2021年  レーベル:アルファ・クラシックス)

 交響曲全集セットに含まれる音源で、断片的な音楽も収録。この全集はモダン・オケながら、固いバチを使ったティンパニの軽くて粒立ちの良い打音を軸に、鋭いアタックと軽快なフットワークを駆使したHIPが特色。残響は決して豊富ではないが、潤いがあって柔らかい音で奥行き感も深く、ドライではない。

 《序奏》はテンポは割にゆったりしているが、方向性はやはりHIP。表情が多彩で、全編がフレッシュな生彩に富む。また両翼配置のため、ヴァイオリンのフレーズが左右で交互に掛け合ったり、立体的なサウンドが面白い。通常編成と思われるが、響きが透明で細部が明晰。弦の音色にはまろやかなコクと暖かみがあり、オケの美質もよく出ている。コーダはぐっとテンポを落として、すこぶる叙情的。

 《スケルツォ》も落ち着いた雰囲気だが、スフォルツァンドと弱音の交代が鋭敏。《妖精たちの合唱》《間奏曲》はしっとりとしたオケの美音が素晴らしく、後者は鮮やかな声楽の対比も印象的。《夜想曲》は濃密なニュアンスを込めてロマン的なムードも豊かに表出する一方、響きが明晰で意識が冴え冴えと覚醒しているのはこの指揮者らしい。《結婚行進曲》は合奏に一部乱れはあるが、フォルムと語調が明快な一方、オケの豊麗なソノリティがスコアの刺々しさを優美に緩和している。

 11/23 追加! 

“ピリオド・スタイルでスコアを再解釈しながらも、弾けるような生命力に溢れる”

パブロ・エラス=カサド指揮 フライブルク・バロック管弦楽団

 RIAS室内合唱団 ミ=ヨン・キム(S)、アンナ・エデルマン(S)

(録音:2023年  レーベル:ハルモニア・ムンディ)

 エラス=カサドは同オケ及びバイエルン放送響と交響曲全集も完成させている他、ベサイデンホウトとピアノ協奏曲第1番、ファウストとヴァイオリン協奏曲も録音している。ブックレットに舞台公演の写真を見ると、マックス・ウラッハーによるナレーションは単なる朗読ではなく、衣装や演技も演劇的なスタイルだった模様。断片的な音楽も収録した、全曲盤の体裁。ガーディナー盤と同様、合唱団のメンバーが独唱を担当しているが、個人名はクレジットされている。

 ピリオド・スタイルでの演奏で、序曲からフレージングの捉え方が通常とは全く違って新鮮。楽器のチョイスやノン・ヴィブラート、エッジの効いたリズムのみならず、まずはアーティキュレーションの再解釈が最大の面白さなのだと改めて気付かされる。それが学究的になっては意味がないが、エラス=カサドの演奏は弾けるような生命力と愉悦感に溢れているのがいい。アーノンクールやガーディナー盤と較べても、過激さでは当盤の方が突き抜けている。

 《スケルツォ》は特別にテンポが速い訳ではないのだが、語気と動感がやたらと強いために、異様な勢いとテンションを維持。《妖精の行進曲》はタッチこそ軽いものの、疾風のごとき猛スピードで駆け抜ける。《妖精の合唱》は遅めのテンポで表向きはオーソドックスだが、オケの伴奏に多種多彩な表情を付けていて情報量の多さが圧巻。《間奏曲》もテンポは一般的なのに、楽器のバランスやフレージングのせいで全く新しい曲に生まれ変わったような印象。

 《夜想曲》はノン・ヴィブラートの清澄な響きと、短く分解された各フレーズの交錯が斬新。《結婚行進曲》も全ての音符とフレーズが短く刈り込まれ、まるでリ・アレンジされた別の曲みたい。《葬送行進曲》のデフォルメされたユダヤ音楽感もユニーク。

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