プロコフィエフ / 音楽物語《ピーターと狼》

概観

 プロコフィエフは子供の為の作品を結構書いているが、これは特に有名な曲。かつてはよく聴かれたもので、バーンスタインやオーマンディなど往年の名指揮者も録音しているが、近年は忘れられがち。最近では、ピーターの主題とネコの主題がそれぞれ可愛らしくアレンジされ、保険会社のコマーシャルで使用されたが、クラシック音楽とは分からないくらい映像にマッチしていて、改めてプロコフィエフ作品のモダンさを痛感した。

 子供向けといっても作曲家の才気が漲る、非常に充実した音楽で、同じく傑作と言えるブリテンの《青少年のための管弦楽入門》と共に、復権を願いたい作品の一つ。子供や学生向けのコンサートも、映画音楽やゲーム・ミュージックでなく、こういう曲を取り上げれば、オーケストラに興味を持つ若者も増えると思うのだが。

 ナレーションと不可分の曲なので、日本語版にこだわる人はディスク選択の幅が狭まるのが残念。それでも中山千夏や栗原小巻、黒柳徹子、明石家さんま、いしだ壱成など、各レーベルが多くのヴァージョンを作っているし、英語版もショーン・コネリーやデヴィッド・ボウイなどスターを起用したりして、英語の学習教材にいいかも。演奏面で圧倒的にお薦めなのがアンチェル盤、コシュラー盤、メータ盤、ゲルギエフ盤、レヴァイン盤。又、ナガノの両盤も演奏は充実。

*紹介ディスク一覧

59年 ストコフスキー/ニューヨーク・スタジアム交響楽団  

62年 マゼール/フランス国立管弦楽団

63年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

65年 ドラティ/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

69年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

69年 マルケヴィッチ/パリ管弦楽団  

74年 ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

77年 コシュラー/東京都交響楽団  

82年 メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 

85年 プレヴィン/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

86年 N・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団  

92年 小澤征爾/ボストン交響楽団

93年 ナガノ/リヨン歌劇場管弦楽団

96年 カンブルラン/フランクフルト・ムゼウム管弦楽団  

96年 ゲルギエフ/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団  

00年 レヴァイン/セント・ルークス管弦楽団  

02年 ナガノ/ロシア・ナショナル交響楽団

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“細部まで鮮やかな発色で、雄弁な語り口が魅力の好演”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ニューヨーク・スタジアム交響楽団

 キャプテン・カンガルー(ボブ・キーシャン、ナレーション)

(録音:1959年  レーベル:エヴェレスト)

 オリジナルのカップリングでは、ナレーションなしのヴァージョンと組み合わされていたもの。全米青年響との40年録音に続く再録音盤ですが、意外にもフィラデルフィア管との録音はありません。ストコフスキーのプロコフィエフ録音は意外に少なく、他に当コンビの《シンデレラ》抜粋と組曲《みにくいアヒルの子》、ソヴィエト国立管との第5交響曲、NBC響との《ロミオとジュリエット》《3つのオレンジへの恋》抜粋、オランダ放送フィルとの《アレクサンドル・ネフスキ−》ライヴ盤があるくらい。

 ニューヨーク・スタジアム響は、ニューヨーク・フィルが契約の関係でCBS以外のレコーディングに使っていた別称。キャプテン・カンガルーは米CBSテレビの人気子供番組で、ボブ・キーシャン演じる主演キャラクターも同じくそのタイトル名を名乗るようになったとの事。明快で聴きやすい英語は、リスリングの練習にも最適ですが、我が国では1975年以降、堺正章のナレーションに差し替えられたそうです。

 音質は鮮明で生々しく、ベロック・レコーディング・スタジオという所で収録されていますが、人工的にエコーが付与されているのか、さほどデッドな響きではありません。音域も広く、打楽器もアタックが力強いし、バス・ドラムの低音域もカヴァーしているのは録音年代からすると驚異的。

 演奏はストコフスキーらしく、発色が鮮やかでスコアを細部まで活写しているのと、ソロも合奏も生き生きとして雄弁な語り口。テンポや間合いも自在でユーモア・センスにも欠けていませんが、あまりにも音がよく鳴りすぎて、抑制されたセンスや密やかなピアニッシモも欲しくなるかもしれません。狼のホルン重奏はややハスキーで、もう少し抜けの良さを求めたい所。最後の行進曲も、加速してゆくテンポ設計など見事ですが、スコア改変はほぼ聴かれません。思えばこの曲自体、彼の活動方針と見事に合致した内容です。

“シャープなエッジを効かせながらも、意外に落ち着いた音楽作りをきかせるマゼール”

ロリン・マゼール指揮 フランス国立管弦楽団

 黒柳徹子(ナレーション)

(録音:1962年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》をカップリング。日本盤の方が入手しやすいかもしれませんが、オリジナルのナレーションはアレック・クルーンズで、ブリテンの方は作曲者の指示通り指揮者自身の語りで収録されています。フランスの録音は音質にクセがあるものも多く、当盤もホールのアコースティックがスタジオか会館のような浅い響き。オケの特性もあるのか、オーボエやクラリネットなど独特の虚ろな音がします。

 意外にゆったりしたテンポで落ち着いた音楽作りをしていますが、切迫した場面でのテンポの上げ方や、エッジの効いたブラスに個性が出ています。リズムもシャープで、狩人達のテーマなど、独特のアーティキュレーションを適用する箇所もあり。マゼールとフランス国立管はこの19年後にプロコフィエフの管弦楽曲集を録音していますが、音響特性、演奏共に当盤との共通点が多く、記載はありませんが、当盤もフランス放送局のスタジオで収録されたものかもしれません。

 黒柳徹子の語りはもう数十年前の収録とあって甲高いアニメ声で、近年の声に慣れているリスナーは違和感を覚えるかもしれませんが、いかにも子供向けの童話読み聞かせ風ナレーションは、用途によっては歓迎されるだろうと思います(フィリップス・レーベル所有の樫山文枝版も同傾向)。

“清澄かつ鮮烈な音彩で繰り広げる、目の覚めるような音楽世界”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1963年  レーベル:スプラフォン)

 オリジナル・カップリング不明。私が所有しているアンチェルのボックス・セットには、ナレーターの記載もありませんが、滑舌が良くエコーがかかった男声の英語ナレーションが入っています。豊かな残響を取り込みながら、澄み切った空間に直接音をくっきりと散りばめたスプラフォンの録音は、相変わらず魅力満開。この時代としては、抜きん出て優秀な録音と言えます。

 冴え冴えとしたオケの音彩が素晴らしく、音楽的に非常に充実した一枚。みずみずしい弦も溌剌と弾んで生彩に富みますが、フルートによる小鳥の描写はメシアンを思わせ、鮮やかな色彩感と語気の強さに圧倒されます。概してフルートの活躍は目覚ましく、オブリガートや合いの手を入れて来る瞬間は鮮烈そのもの。清澄な叙情が沁み渡るオーボエやヴァイオリン群のデリケートな高音域にも、思わずはっとさせられます。

 アンチェルの指揮ぶりがまた冴えていて、引き締まったテンポで各場面を有機的に連結しているのに舌を巻きます。さらに、発色の良い音彩とエッジの効いたリズムで、細部を隈なく照射。モダンアートのようなカラフルな世界を展開しつつ、雄弁な語り口で物語を生き生きと描き出しています。ダイナミックな迫力やスケールの大きさをも示しながら、作品内容に比して場違いな違和感を与えないバランス感覚も非凡。

“ユーモラスな味わいや老練さはあと一歩。端正で格調高い音楽作り”

アンタル・ドラティ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

 ショーン・コネリー(ナレーション)

(録音:1965年  レーベル:デッカ)

 ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》をカップリング。当時007で人気スターだったショーン・コネリーを起用している所、いかにも英国を代表するレーベルらしい企画です。実際、イギリス人らしい正確で歯切れの良い英語で喋り始めたコネリーが、エキサイトしてドラマティックに白熱しはじめた所へ、やや古びた音質のサウンドトラック(オケの響きがまた映画っぽい)が入ってくると、まるで映画の一場面のような様相を呈します。

 ドラティの指揮は、極めて実務的で端正なもの。晩年の彼ならまた違った味わいを出したかもしれませんが、ここでは手際の良さが勝った印象で、格調高さがある代わり、ユーモラスな風情はあまり感じられません。同じロイヤル・フィルでも、鳴らし方に思い切りの良さがあるプレヴィン盤と違い、緻密に音を作り込んだ表現。残響音は広い空間を感じさせながら、マルチトラック的にミックスされた録音も、その感触を強めます。オーソドックスに仕上げた良さはありますが、できればコンセルトヘボウ管かデトロイト響と再録音して欲しかった所。

“丁寧で音楽的な表現ながら、機知やユーモアは不足気味”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 ヘルマン・プライ(ナレーション

(録音:1969年  レーベル:フィリップス)

 オリジナルのカップリングがよく分からないのですが、同コンビは近い時期に《青少年のための管弦楽入門》を録音しているので、その組み合わせだったのかもしれません。我が国では、ロベルト・ベンツィ/コンセール・ラムルー管の《動物の謝肉祭》とカップリングされ、樫山文枝のナレーション付きで発売されていたものは知っています(このナレーションはフィリップスの権利所有なのか、ジョン・ウィリアムズ/ボストン・ポップス盤にも使用されています)。

 ハイティンクの指揮は極めて丹念、穏健で、ピーターの主題など優れたリズム感で生き生きと造形していますが、ドラマティックなテンポの緩急やユーモアのセンスはあまりありません。テキパキと真面目に音楽を作ってゆくハイティンクに対し、オケは典雅な音色で好演。ホルンやトロンボーン、打楽器など奥行き感も深く、ホール空間の大きさが感じられます。一方、木管ソロなど、即興的な間合いや自在なニュアンスはほとんど感じられません。緊迫した場面なども、ごく妥当な表情が付与されています。

 これと対照的に、歌手プライのナレーションは素晴らしいもの。ドイツ語なので、私には言葉がほとんど分からないですが、ドラマに合わせた自在な声色の使い分けと、音として聴いているだけでも味わい深い声質、リズミカルな語り口の抑揚は非凡と感じられます。

“幾分鋭利ながらもやや大人しい、マルケヴィッチとパリ管の貴重な共演盤”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 パリ管弦楽団

 ピーター・ユスティノフ(ナレーション)

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス)

 ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》とカップリングで、俳優ユスティノフによるフランス語のナレーション。日本盤は細々とシリーズ物で発売されたきりのようで、意外に存在は知られていないかもしれません。マルケヴィッチとパリ管の共演録音も、恐らくこれが唯一。日本盤は樫山文枝のナレーションで、時代を感じさせるものの実に闊達。フィリップス・レーベルもハイティンク盤やジョン・ウィリアムズ盤にこの語りを使用しています。マルケヴィッチの同曲は、モノラルでフィルハーモニア管との旧盤あり。

 演奏はチューニングから開始。ホールのせいもあるのかソロは鮮明ですが、マスの響きが遠目の距離感で冴えないのが残念。響きが浅い割に残響にある程度の長さがあり、必ずしもデッドなサウンドでもありません。マルケヴィッチにしては鋭利さに乏しい、オーソドックスな表現ですが、明るく艶やかなオケの音彩はさすが。もう少しメリハリや、エッジの効いたリズムが全面に出れば面白かったかもしれません。それでも狼を捕獲する場面などは、なかなかの描写力。

“滲み出る味わいと風情。幾分の野暮ったさも否めぬ巨匠ベームの異色盤”

カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 ハーマイオニー・ギンゴールド(ナレーション)

(録音:1974年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 こういう作品にはおよそ似つかわしくないベームの録音で、こちらも意外な《動物の謝肉祭》とカップリング。ベームのプロコフィエフも、ウィーン・フィルの同曲も、録音は非常に珍しい(他にないのでは?)。ギンゴールドは何と1899年生まれ(録音当時で既に75歳)という英国の大物舞台女優で、声といい喋り方といい、いかにもおばあちゃん。反響の浅い、スタジオのブースで喋っているような音だが、海外勢で女性ナレーションは稀少。

 ベームらしい克明さや生真面目さは思ったほど目立たないが、オケの魅力は前面に出た印象。特に何かしているようには聴こえないのに、巧まずして風情と味わいが滲み出てくる所はさすがベームとウィーン・フィル。一方、狼の捕獲場面など、深々とした響きでドラマティックに盛り上げる所は、いかにもオペラを得意にしている指揮者らしい棒さばき。

 ただ、狩人のテーマで装飾的フレーズに特有の野暮ったさがあるなど、いわゆる“オジン臭い”ノリは若いリスナーに向かないかも。各パートの音色は実に魅力的だが、張りが強すぎておもちゃの太鼓みたいに聴こえるティンパニも、聴き手の好みを分つかも(敢えてそう演出されている可能性もある)。

“音楽性豊かな素晴らしい演奏と、生彩に富んだナレーション。録音はやや人工的”

ズデニェク・コシュラー指揮 東京都交響楽団

 中山千夏と子供たち(ナレーション)

(録音:1975/77年  レーベル:デンオン)

 ブリテンの青少年のための管弦楽入門とカップリング。残響豊かでみずみずしい音だが、人工的にたっぷりとリバーブを付加した感じで、スタジオで収録した映画音楽の音と似ている。子供向けの企画だから通常のクラシック音楽の録音とはコンセプトが異なるのだろうが、一般の音楽ファンには違和感があるだろう。ただ、この時代の日本に多い、からからに乾いた薄い音の方が良いのかと言われると返答に困る。

 中山千夏のボーイッシュで生き生きとしたナレーションは、現代の耳にも魅力的。彼女は録音されている事など意に介さず、ひたすら目の前の子供たちと即興的にやり取りし、語り聞かせる。子供の可愛らしいクスクス笑いや自然なリアクションも入っていて楽しい。

 コシュラーらしく、ピーターの主題から敏感に弾むリズムとシャープに切り出された音楽の輪郭がまったく見事。人工的残響の力も借りているとはいえ、木管ソロやホルンの重奏もほれぼれとするようなパフォーマンスで、オケの技術力の高さも窺える。フレージングの呼吸はこれ以上ないほど美しく、味わい深い。唯一、金管が中心になると合奏がやや乱れるのと、管のハーモニーは一部ピッチが緩い。

 振幅が大きく、彫りの深い造型なのに、全体をタイトに引き締め、鮮やかに聴かせる指揮ぶりは正に至芸。各旋律の歌い回しがまた、情趣に溢れて典雅である。この曲でこんなに豊かな音楽が聴けるのは珍しいように思う。チェコの指揮者といえばコシュラーよりノイマンの方が有名なのは、私には全く解せない。

“雄弁かつ濃密な語り口に引き込まれる名演。メータ快調!”

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

 イツァーク・パールマン(ナレーション)

録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス

 ラベック姉妹と共演した《動物の謝肉祭》をカップリングした音源。日本盤は佐野洋子作の台本とイラストで、明石家さんまがナレーションを担当したものも過去に出ているが、オリジナルの語りは名ヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンが担当。さんま盤は日本語版、英語版の同曲二種カップリングになっている。

 パールマンのナレーションが出色で、俳優かと思うほどの演技力。深みのある声質が魅力的な事もあるが、語り口が抑揚に富んで実に巧みで、おじいさんのセリフなどクセの強い声色なども駆使。映画に出てもいいくらいの表現力である。この曲の場合、子供向けという点も視野に入れるとどうしても日本語盤を探す事になるが、言語で排除されてしまうにはあまりにも惜しいナレーション。

 メータの指揮がまた非凡で、ゆったりと遅いテンポで濃密な表情を付与してゆく、すこぶる雄弁なもの。オケも芝居っ気たっぷりだが、ドラマティックに音楽を描写してゆく練達の棒さばきは、大家の至芸といった趣。ピーターの主題からして付点音符に独特の溜めがあり、爽快な弦の響きと共に即座に魅了される。フレージングにもユーモアと茶目っ気が感じられ、山場の形成やスリリングな煽り方も堂に入ったもの。こういう音楽には、メータのスキルが特に生かされるように思う。

“壮麗な英国風サウンド、デリケートな抒情と鋭敏なリズムでドラマを活写”

アンドレ・プレヴィン指揮&ナレーション ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:テラーク)

 米テラーク・レーベルがヨーロッパ録音を開始して間もない頃のアルバムで、ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》、《グロリアーナ》をカップリング。プレヴィンは過去にロンドン響と同曲を録音しており、そちらのナレーションは当時の妻で女優のミア・ファローが担当していました。

 当盤ではプレヴィン自身が語りを担当、特徴的な声質ながら上品でニュアンス豊か、親しみやすくマイルドな語り口は、彼の指揮とも共通する雰囲気があります。演奏は、うまく行っている時のプレヴィンらしい溌剌とした覇気が感じられ、弦によるピーターの主題から生き生きと弾む、抜群のリズム感を聴かせてくれます。また、弱音部にはっとさせられるような叙情の表出もあり、パワフルな強音部との対比も上々。

 残響をたっぷりと収録し、音場が広くて奥行き感の深い録音も、胸のすくようなダイナミズムがあります。オケの爽やかな響きは魅力的で、艶っぽい弦楽セクションの他、ホルンをはじめとするブラスの鮮烈な吹奏はさすが英国の団体。クライマックスも壮麗に盛り上げます。

“旋律をたっぷりと歌わせ、スコアからすこぶる多彩な表情を引き出すヤルヴィ父”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 スコティッシュ・ナショナル管弦楽団

 リナ・プロコフィエフ(ナレーション)

(録音:1986年  レーベル:シャンドス)

 《シンデレラ》組曲とカップリング。ヤルヴィ父はこのオケを中心に、フィルハーモニア管、コンセルトヘボウ管との録音も補完すると、プロコフィエフのほぼ全ての交響曲、管弦楽、協奏曲、声楽作品をシャンドスに録音しています。さらに、エーテボリ響とは歌劇《炎の天使》の全曲録音もあり。このレーベルらしく長い残響を取り込み、豊麗で鮮烈なサウンドになっています。

 ナレーションを作曲家の未亡人が担当しているのが聴き所といえますが(英語です)、語り口や声自体はごく普通のおばあちゃん。ただ発音は明瞭で、老齢女性ならではの落ち付いた味わいがあって表情も豊かです。

 ヤルヴィ父の指揮は、意外にもゆったりしたテンポ感で情感が豊か。ただ、全体の起伏こそ穏やかですが、細部は豊穣そのもので、クラリネットをはじめ精緻を極めたアーティキュレーション描写が随所に新鮮な発見を促します。ブックレットに各キャラクターのソリストを明記している事からも、パフォーマンスに対する自信の程が窺えます。

 それにしても指揮者の巧みな語り口は舌を巻くほど。間合いをたっぷり採り、各フレーズをリリカルに歌わせた表現はこの曲としては異色ですが、それによって、いやがうえにも物語世界の想像力をかきたてられます。鮮やかな色彩感や鋭敏な音色センスもプロコフィエフの書法にふさわしく、実に丹念かつハイセンスな仕上がり。この作品から。これほど多彩な味わいを引き出した演奏は稀ではないでしょうか。

“自身のナレーションを収録するも、意欲よりは穏健さが印象を残すディスク”

小澤征爾指揮&ナレーション ボストン交響楽団 

録音:1992年  レーベル:ファンハウス

 指揮者自身がナレーションを務め、《動物の謝肉祭》《青少年のための管弦楽入門》を組み合わせた好企画。小澤の契約レーベルでなく、東急文化村の企画ですが、演奏はボストン・シンフォニーホールで行われ、気心の知れたエンジニア、ジョン・ニュートンが録音を担当しています。関係者のメッセージも載った写真入りのライナーの他、全セリフを文字に起こして影絵の絵本にした別冊ブックレットも付属しますが、子供向け商品である事を考えても、後者が必要かどうかは微妙な所。

 台本、脚色は弟の小澤幹雄、演出を映画監督の実相寺昭雄が担当していますが、小澤本人はイントネーションのせいか、どこか棒読みにも聴こえるアマチュアっぽい語り口。ただ、色々とアイデアを盛り込んで(アドリブもあるとの事)、一生懸命ドラマを盛り上げようと声色を駆使している所は、熱心で誠実な人柄好感が持てます。彼は東京や志賀でこの曲を振った時、オケの指揮をしながらナレーションも兼任していたそうですが、猫とアヒルのセリフを間違えて客席に謝って以来、指揮は他人にまかせて語りに専念しているとの事。

 演奏はやや穏健すぎるようにも感じますが、丁寧でバランスの良い、ウェルメイドな仕上がり。テンポは中庸で、オケの表現も角が取れてマイルドです。リズムも正確ながら、鋭さを緩和して刺々しさがなく、子供向けにはともかく、大人のクラシック・ファンが聴いて新たな発見がある演奏とは言えません。面白いのはティンパニによる鉄砲で、最初のトレモロを短くクレッシェンドし、後半に芝居がかったリタルダンドを適用。最後のパレードも、跳ねた感じのリズミカルな調子がしゃれた雰囲気でユニーク。

“デリカシーとユーモア、軽妙さを前面に押し出した、リリカルで才気溢れる好演”

ケント・ナガノ指揮 リヨン歌劇場管弦楽団

 パトリック・スチュワート(ナレーション)

録音:1993年  レーベル:エラート

 俳優のパトリック・スチュワートをナレーションに迎え、カップリングはドビュッシーのバレエ音楽《おもちゃ箱》。日本盤ではいしだ壱成が語りを務め、プーランクの《象のババール》がカップリングされているので、こちらがオリジナルの組み合わせかもしれません。彼はロシア・ナショナル響と同曲を再録音しています。英語ナレーションは抑制が効きながらも、ここ一番で大きく抑揚を付けて緩急巧み。SF映画などへの出演が多い異端の俳優ですが、さすがにスキルは高いようです。

 ナガノの演奏は弱音を大切に設計し、リリカルで個性的なもの。特にデリケートなフレージングと鮮やかなリズム処理が素晴らしく、弦によるピーターの主題から実に繊細な造形です。一方での力が抜けた軽妙さもあり、エンディングなどいともあっさりと終了。テンポや間合いはゆったりとしていますが、アヒルが狙われる場面など切迫したテンポ設定がドラマティックで、アクセントの鋭さが音楽とストーリーのメリハリを際立たせます。

 オケセンス抜群で色彩が明朗、美しいパフォーマンスを展開する上、録音も残響たっぷりで潤いあり。オーボエ、ファゴット、クラリネットと各キャラクターのソロなども実にニュアンス豊かで、ひそやかなデリカシーやちょっとしたユーモアの表出が抜群です

“オケに魅力がなく、一般リスナーにはアピールしにくい内容”

シルヴァン・カンブルラン指揮 フランクフルト・ムゼウム管弦楽団

 ハンネロール・エルスナー(ナレーション)

(録音:1996年  レーベル:KOCH International)

 オーストリア製作の子供向けアルバムから。プーランクの《ぞうのババール》と、Harald Genzmerという作曲家の“Der Springer”という小品をカップリングしていますが、録音データの記載がないため、アルバム製作年を上記しました。オケはフランクフルト市立歌劇場管が独立してコンサート活動をする際の名称で、ナレーションはイシュトヴァン・サボー監督作などにも出演している女優のようです(ドイツ語の解説しか付いていないので情報も曖昧です)。

 オケは下手ではないですが、これといって傑出した部分もなく、凡庸な仕上がり。さすがに才人カンブルランだけあって、明晰な筆致でシャープに造形していますが、この曲でオケに格別の個性がないと、魅力も乏しくなりがちです。本当に子供向けニーズのみを追求しているのかもしれません。遅めのテンポで合奏は丁寧、木管ソロなど多彩なニュアンスを聴かせるし、ホルン・セクションは壮麗、ブラスや打楽器の抜けも良いですが、一般リスナー向けにはあと一歩という所。

“ゲルギエフの過度なプロコフィエフ愛が全開。こだわりに満ちた雄弁なライヴ盤”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

 パウル・デ・レーウ(ナレーション)

(録音:1996年  レーベル:フィリップス)

 当曲のみ収録。96年12月、コンセルトヘボウでのライヴ収録で、オランダ人名のイラストレーターによる絵が両面にあしらわれた可愛い紙ジャケット。ナレーションもオランダ語なので、国内向けの企画物ディスクでしょうか。レーウという人は誰なのかちょっと分かりませんが、ヒステリックに叫ぶ場面もあったりして、オランダで有名な俳優なのかもしれません。ライヴらしく、オケにもナレーションにもたっぷり残響が掛かっています。客席の笑い声も入るので、舞台上で何らかの視覚的演出が行われたものと思われます。

 演奏はチューニングからスタート。過度なプロコフィエフ愛を自称するゲルギエフらしい、こだわりの強い表現で、ピーターの主題をスロー・テンポで粘っこく演奏させる一方、フルートは快速調でアタックが粗野なまでに強く、テンポも表情も対比を大きく付けるスタイル。アヒルや猫の旋律もニュアンスが多彩で鋭敏、即興的なルバートを盛り込む一方、急速なテンポで緊迫感を煽る箇所も多いです。

 一方でふわりと脱力するリリカルな箇所は、ぐっとテンポを落として、しなを作るような歌い回しを徹底。全編この調子で起伏が大きく、緩急の落差が極端です。ティンパニによる銃声も、スピーディなリズムとパンチが効いた音色で、尋常ならざる切迫感。オケも、雄弁な表情と艶やかな音色で好演。行進曲の主題も、グリッサンド気味のレガートと誇張したスタッカートを駆使して、実にユーモラスな味付け。

“ドラマティックな語り口に達者なオケ。エンタメ的な迫力とリリシズムにおいて同曲屈指”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 セント・ルークス管弦楽団

 シャロン・ストーン(ナレーション)

(録音:2000年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ブリテンの《青少年のための管弦楽入門》、コープランドの《リンカーンの肖像》をカップリング。この企画にコープランドの愛国的な作品を組み合わせているのがアメリカらしいです。ブリテンのナレーションは歌手のシェールで、日本盤は両曲共に池畑慎之介(ピーター)、コープランドに小倉智昭を起用。

 小編成オケの特性もあってか、実にニュアンスが多彩で機動力に富んだ演奏。レヴァインの棒がドラマティックなストーリー・テリングに長けている事もありますが、オケの腕もすこぶる達者で、細部が生き生きと躍動して聴き応えがあります。

 何しろ、開巻早々のピーターの主題からして雄弁そのもの。どの場面も目の覚めるような色彩と鋭敏なリズムで、鮮烈に描写されていて痛快です。常に緊張感があり、映画を観るような迫力とエンタメ性もある一方、潤いに満ちた響きの美しさや、爽やかな叙情性に事欠かない点も魅力。メータ盤、2種類のナガノ盤と共に、同曲の最右翼に推したいディスクです。

“室内楽風の機動的なアンサンブルで物語に肉迫するナガノ”

ケント・ナガノ指揮 ロシア・ナショナル交響楽団

 ソフィア・ローレン(ナレーション)

(録音:2002年  レーベル:ペンタトーン・クラシックス)

 ナガノの同曲はリヨン歌劇場管との録音に続いて二枚目。音楽監督をしていたロシア・ナショナル響との録音は他に、ルガンスキー、テツラフをソロに迎えたチャイコフスキーのコンチェルト・アルバムがあるだけだと思います。ゴルバチョフのスピーチを冒頭とラスト、真ん中に収め、クリントンがナレーションを務めた“Wolf Tracks”という作品(フランスのジャン=パスカル・ベイントゥスが書いた映画音楽みたいな曲)をカップリングするという、ロシアとアメリカの架け橋みたいなアルバムに収められ、録音もカリフォルニアのオークランドで行われています。

 スコアを読み直したのか、テンポ設定やディティールなど旧盤とは解釈ががらりと変わっています。テンポは速くなった箇所が多く、各部の速度的落差が減った上、リヨン盤の特徴だったデリカシーはほぼ消失。オケは小編成に聴こえ、室内楽的なアンサンブルは機敏。ややドライな録音で、響きの解像度が高いのも特徴です。ナガノの棒も身振りは大きくないですが、音色やリズムに対する鋭いセンスはさすがで、ドラマティックな語り口は申し分ありません。エンディングは、あっさり切り上げた旧盤と違い、アッチェレランドで盛り上げてから終了。

 ソフィア・ローレンはイタリアの女優ですが、英語のナレーションにさほど強い訛りはないようです。あまり大声は張り上げないリラックスした調子の中にも、豊かな表情を盛り込んで聴き疲れない語り。スイス・ロマンド管のリハーサル・ホールで別収録したものをダビングしています。仕事で滞在していたのでしょうが、国際機関が多く集まるジュネーヴで収録というのも、アルバムの国際性を強調している感じがして面白いです。

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