ブリテン / 青少年のための管弦楽入門 〜パーセルの主題による変奏曲とフーガ

概観

 若者向けのオーケストラ紹介であると同時に、オーケストラのための変奏曲でもある、短いけれど優れた作品。《ピーターと狼》や《動物の謝肉祭》と共にかつてはよく演奏、録音された曲ですが、最近は人気に翳りがあり、少子化の反映かクラシックのマーケットも高齢化しているのが残念。もっとも、これからクラシックを聴いてみようという大人のビギナーもいらっしゃる訳で、もっと演奏されて良い曲だと思います。ラトルやT・トーマスなど、昔からコンサートでよく取り上げている指揮者もいます。

 構成は手際が良く、オケ全体による主題提示、木管、金管、弦、打楽器と各セクションの短いデモンストレーションに続き、各楽器による変奏曲、最後に1本のピッコロから始まってどんどん楽器が増えてゆき、最後には全員参加となるフーガと、全く非の打ち所のない設計。各変奏は、例えばトランペットやフルートなど短い音符しかないものもあり、必ずしもその楽器の魅力を最大限に発揮しているとは言えないですが、音楽としては変化に富んで飽きさせません。

 ブリテンと同じ英国の作曲家ヘンリー・パーセルの《アブデラザール》から、美しく印象的なメロディをテーマを採っている所も秀逸。指揮者が自身でナレーションを務めるよう指示されていますが、生演奏だと難しいかもしれません。録音でもナレーションを入れない指揮者は多く、緊密に構成された変奏曲として演奏する事も可能。

 ディスクは、平均点は高いけれど決定盤に欠ける印象。そんな中で群を抜いて優れた演奏と感じるのが、アンドルー・デイヴィスとBBC響のディスク。指揮者のディレクションとオケのうまさが相乗効果を発揮すると、これほどの名演になるというお手本です。他ではレヴァイン盤も、目の覚めるように鮮やかなお薦め盤。そろそろウィーン・フィルやベルリン・フィルが新譜を出してくれると面白いんですけど。

*紹介ディスク一覧

54年 ドラティ/ミネアポリス交響楽団  

58年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

62年 マゼール/フランス国立管弦楽団

65年 ドラティ/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

67年 小澤征爾/シカゴ交響楽団

69年 マルケヴィッチ/パリ管弦楽団

69年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

75年 A・デイヴィス/ロンドン交響楽団

83年 マリナー/ミネソタ交響楽団 

85年 プレヴィン/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団  

88年 N・ヤルヴィ/ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団 

90年 A・デイヴィス/BBC交響楽団

92年 小澤征爾/ボストン交響楽団

95年 ラトル/バーミンガム市交響楽団

00年 レヴァイン/セント・ルークス管弦楽団  

03年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団

06年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団   

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“緻密なディティール描写とオケの鮮やかなパフォーマンスに注目”

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団

(録音:1954年  レーベル:マーキュリー)  *モノラル

 ヒナステラの《交響的変奏曲》とカップリング。ドラティは後年、ロイヤル・フィルと同曲を再録音していますが、当盤と違ってナレーション入りのヴァージョンでした。モノラルである事を除けば大変に鮮明な音質で、ブラスの抜けもシャープだし、大太鼓の重低音もしっかりキャッチ。

 このコンビならもっと軽快に始めるかと思いきや、意外にも遅めのテンポで重厚。合奏も、アインザッツの乱れが散見されます。しかし変奏に入ると緻密なディティール描写が素晴らしく、オケの鮮やかなパフォーマンスにも聴き応えあり。この時期のミネアポリス響は、70年代のロイヤル・フィルと較べても技術的クオリティは格上と感じられます。生彩に富んだニュアンス、華麗で鋭利な高音域も魅力で、フーガからエンディングにかけても充実の演奏ぶり。

“あくまでも変奏曲として聴き応えのある、純音楽的なライヴ盤”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:スプラフォン)  *モノラル

 同じ作曲家の戦争レクイエム、春の交響曲とカップリングした2枚組ライヴ盤から。とはいえ録音時期はバラバラで、この曲の録音が一番古いですが、いずれもモノラル。音自体は鮮明で、このコンビのセッション録音で聴かれるくっきりと明瞭な直接音は当盤でも健在です。ただし残響は奥行き方向に伸びる印象で、小さなヴォリュームで聴くとデッドなサウンドに感じるかもしれません。

 演奏はライヴとは思えないほど丁寧で、遅めのテンポで細部を克明に描写。トゥッティの主題提示からきっちりとアーティキュレーションを処理した、几帳面な語り口です。オケの魅力はよく出ていて、フルートやクラリネットの変奏など近代音楽らしい冴え冴えとした響きが耳を惹くし、弦楽群の変奏は艶っぽく流麗な音色が魅力いっぱい。どの箇所も、落ち着いたテンポで多彩なニュアンスを付けているので、あくまでも変奏曲として純音楽的に聴き応えがあります。

 金管のパートはシャープな造形で、旋律も伴奏も小気味好いスタッカートを多用していて痛快。色彩感も鮮やかです。最後のフーガは逆にきびきびとしたテンポで、凝集度の高い表現。終始どこを取っても、語調に曖昧な所がないのはアンチェルらしいです。オケも非常に優秀。

颯爽としたテンポでシャープに造形する若き日のマゼール

ロリン・マゼール指揮&ナレーション フランス国立管弦楽団

(録音:1962年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 プロコフィエフの《ピーターと狼》とカップリング。日本盤は黒柳徹子のナレーションですが、オリジナルはマゼール自身の語りで進行し、極めて明瞭で美しい英語の発音と語り口が魅力になっています。冒頭にはオケのチューニングの様子や、パーセルのオリジナル主題をキーボードで演奏して解説するなど、マゼールらしい工夫もあり。

 演奏は、オケの華やかな音彩とマゼールの鋭利な音楽性が相まったもので、実にシャープな造形。テンポも速めで、猛スピードで駆け抜けるヴァイオリン・セクションの変奏など、ヴィルトオーゾ風の表現も随所に聴かれますが、テンポを落として叙情的に歌い込む場面もあります。エッジの効いた金管群など、オケのパワーと技術力を誇示するような機能的表現の数々はマゼールらしいもの。

“鋭利で丁寧な棒さばきが見事な一方、オケの能力に疑問符も”

アンタル・ドラティ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

 ショーン・コネリー(ナレーション)

(録音:1965年  レーベル:デッカ)

 プロコフィエフの《ピーターと狼》とカップリング。共に初代ジェームズ・ボンド、ショーン・コネリーのナレーションです。ドラティの棒は手堅いですが、オケの音色に今一つの洗練を望みたい所があり、冒頭などアインザッツも乱れています。これは直接音重視の録音スタイルのせいかもしれず、近年のようにワンポイント録音であれば、こういったズレは起らないのかもしれません。極端に左右チャンネルが分離したミックスで、低音域が浅い上、打楽器が入ると歪みや混濁も目立ちます。

 ドラティは、遅めのテンポでじっくりと各部を掘り下げ、時代がかったリタルダンドなど、テンポ・ルバートも盛り込んでいます。逆にヴィオラやチェロ、ホルンの変奏など、スローなナンバーは総じて牽引力の強いテンポが採られ、ヴァイオリンの変奏における歯切れの良いスタッカート、ブラスの鋭利なアクセントなど、ドラティらしいシャープさも随所に顔を覗かせます。しかし最後のフーガなどはやはり、オケのクオリティが物を言う作品だと痛感。

“伴奏楽器までが存在を主張するシカゴ響の超絶技巧パフォーマンスに圧倒される”

小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1967年  レーベル:RCA)

 ムソルグスキーの《展覧会の絵》とカップリングで、ナレーションはなし。メディナ・テンプルでの収録なので、残響音たっぷりで聴きやすい音質です。シカゴ響の圧倒的技術力を背景に、凄絶なパフォーマンスを展開。音圧の高さやブリリアントなトゥッティの響きなど、他盤では聴けぬゴージャス感が売りの一枚です。小澤の指揮はテンポが遅く、どの変奏もゆったりした速度で、アーティキュレーションにこだわり抜いた表現。

 冒頭はテヌート気味のフレージングで、壮麗な響き。通常より長めの音価を採っている箇所が多いのも特色です。逆に、フルートの変奏は一音一音をきっちり切った丁寧なスタッカートや、次の変奏に向けてのリタルダンドが独特。ヴァイオリンやそれに続く弦楽器の変奏も、旋律線の豊かなニュアンスはもとより、伴奏のリズムがくどいほど律儀に刻まれる感じで、伴奏形の存在感の強さにオケの個性を感じます。コーダの打楽器のリズムも、細かく付けられた抑揚が独特の鋭いグルーヴを表出。

“フランス流の音色と鋭利な棒さばきの融合。異色コンビによるユニークな表現”

イゴール・マルケヴィッチ指揮 パリ管弦楽団

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス)

 プロコフィエフの《ピーターと狼》とのカップリングで、オリジナルはピーター・ユスティノフによるフランス語ナレーション。当コンビの録音は珍しく、前身団体のパリ音楽院管との共演もあまりないです。マルケヴィッチには、フィルハーモニア管とのモノラルによる旧盤もあり。

 ややマルチトラック的な録音で左右の広がりは大きいですが、ホール・トーンはたっぷり収録。高音域が華やかで低域が浅いという、典型的なフランス録音です。フーガでシロフォンのグリッサンドが浮き上がって聴こえてくるなど、いかにもこの時代の録音スタイル。

 マルケヴィッチは遅めのテンポで曲を開始しますが、エッジの効いた鋭さも健在。リズム的要素も明確に打ち出し、フォルムが崩れません。ブラスの鋭いアクセントを効かせたヴァイオリンの変奏、軽快なテンポで細かく強弱を付け、バロック的な機敏な合奏を聴かせるコントラバス、フランス式バソンなのか細身の軽い音色で吹くファゴット、奥行きの深い定位が独特なホルンなどがユニークなパフォーマンス。打楽器の変奏からフーガに掛けては、快速調のテンポでヴィルトオーゾ風の表現です。

“オケの魅力にひたすら酔わされる演奏。指揮は几帳面すぎてやや不自然さも”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1969年  レーベル:フィリップス)

 カップリング不明。ハイティンクは同時期に《ピーターと狼》も録音しているので、それがオリジナルかもしれません。同オケのフィリップス録音は、古いものでも鮮明なのが良い所。当盤もクリアで生き生きとしたサウンドで、アナログ最後期と言われても分からない音質です。残響もたっぷりで、スケールの大きなサウンド・イメージ。ただし冒頭からややアンサンブルが乱れ、各変奏やフーガでも金管が音を吹き損ねるように聴こえる箇所も幾つかあります。ナレーションはなし。

 冒頭の主題提示は、ゆったりしたテンポと落ち着き払った風情、やたらと丁寧なフレージングがハイティンクらしいですが、この時期のハイティンクは律儀すぎるアーティキュレーションが耳に付き、逆に自然さを欠く傾向もあります。ただ、切れの良いスタッカートと几帳面なリズム感を背景に、伴奏に回る際の木管やパーカッションの合いの手などが生き生きと造形されていて、細部まで手を抜かない指揮者とオケのオランダ人気質がプラスに働いた好例と言えるでしょう。

 各変奏も、それぞれの楽器の特性を無理なく表出したアプローチで、オケの美しいパフォーマンスは圧巻。即興的にテンポを動かし、表情豊かで味わい深いファゴットやヴィオラ、艶やかな音色で聴き手を魅了するチェロ、正確無比で鋭利なリズムを聴かせるトランペット、壮麗な響きに酔わされるトロンボーンなど、どれも素晴らしい聴きもの。安定感抜群の落ち着いたテンポによるフーガも克明そのもので、透明度の高い録音が、オーケストラ演奏の妙を細部に至るまで余す所なく伝えています。

“深く、柔らかい響きと優美な旋律線、鋭敏なリズム。英国勢の正当派名演”

アンドルー・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:197年  レーベル:ソニークラシカル

 A・デイヴィスのソニーへの最初期録音で、プロコフィエフのバレエ《シンデレラ》抜粋とカップリング。ナレーションは入りません。どうしてこのようなカップリングなのかは不思議ですが、どちらも名演で聴き応えがあります。A・デイヴィスとロンドン響の録音は他に、キリ・テ・カナワを独唱に迎えたR・シュトラウスの歌曲集あり。

 指揮者もオケも母国の作品に対する矜持に溢れ、美しい演奏。冒頭からゆったりと落ち着いたテンポに、柔らかく深みのある響き、優美なカンタービレを盛り込んで魅力満点。セクションごとの変奏では、抜群の耳の良さを生かしたオルガンのような和声バランスとソノリティ、鋭いリズムが耳を惹きます。各パートの変奏は比較的オーソドックスな造形ですが、ヴィオラやチェロの変奏ではスロー・テンポで叙情的に旋律を歌わせています。フーガでは鋭敏なリズム・センスと音感に非凡さを発揮して見事。

“パーセルの原曲に寄せたアプローチは独特ながら、オケの魅力と録音は今一つ”

ネヴィル・マリナー指揮 ミネソタ管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:EMIクラシックス)

 歌劇《ピーター・グライムズ》より四つの海の前奏曲、善き人々(クリスマス・キャロルによる変奏曲)をカップリングしたブリテン作品集より。同コンビの録音は、フィリップスにドヴォルザークの後期三大交響曲、テラークにワーグナーの序曲集があります。フィリップスやテラークの音の録り方と較べると、当盤は残響がデッドで低域も浅く、ソノリティに今一つ豊麗さが欲しくなる感が否めません。

 マリナーの棒は速めのテンポできびきびとしており、エッジの鋭さやスタッカートの切れ味も良く、スケール感よりパーセル寄りのアプローチ。各変奏も奇を衒わず、端正な造形で丁寧に仕上げていますが、遊び心やサービス精神に欠けるのと、オケの能力や音色もそれ自体を聴き所とするには弱い感じ。下手なオケではないし、フーガも決して悪くはないのですが、録音の減点もあり、せめてフィリップスで録音していてくれたらと印象が違ったかも。むしろ、カップリング曲のダイナミックな表現に聴き応えがあります。

“穏やかで上品な英国紳士風の佇まい。どこかゆるく、緊張感に欠ける傾向も”

アンドレ・プレヴィン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:テラーク)

 同じ作曲家の《グロリアーナ》、プロコフィエフの《ピーターと狼》とカップリング。プレヴィンの同曲はロンドン響との旧盤が有名ですが、そちらは確か当時の妻で女優のミア・ファローによるナレーション入りで、当盤は演奏のみ。冒頭から落ち着いたテンポと表情で、まろやかな表現を展開。オケも豊麗なソノリティで応えますが、アタックの勢いが弱く、アクセントにも鋭さが不足するので、どことなしに全体のネジが緩んだような、緊張感のない演奏に聴こえます。

 各パートも際立った技術を聴かせるタイプではなく、穏やかな性格という感じ。木管ソロや弦楽合奏など、優美なニュアンスで演奏していて、上品な英国紳士風の演奏が好きな人にはウケるかもしれません。変奏から変奏へ移る際のルバートにも、独特ののんびりした風情があります。ホルンの壮麗な響きは、いかにも英国のオケらしいもの。コーダはある種の熱っぽさには不足しますが、律儀にリズムを刻む事によって、それなりの山場を形成します。個人的にはもう少し音圧の高さと、響きやアンサンブルの密度を求めたい所。

“意外に正攻法のヤルヴィ父にローカルなオケ、冴えない録音も残念”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:BIS)

 同じ作曲家の《ピーター・グライムズ》〜4つの海の間奏曲、チェロ交響曲(ソロはメルク)、ペルトの《ベンジャミン・ブリテンの思い出に捧ぐカントゥス》とカップリング。ヤルヴィ父のレパートリーはカタログ網羅的に広範ですが、その中で手薄だと感じるのがフランス(ラヴェル、ドビュッシー)とイギリスの音楽です。これも珍しい1枚。残響豊富な録音ですが、直接音は距離感がやや遠目でやや音像がもどかく、奥行き感もちょっと浅いです。

 演奏は落ち着いたテンポで、意外に正攻法。ヤルヴィ父ならもう少し斬新な表現を繰り出してくるかと思いましたが、王道の表現です。こうなるとオケの腕で聴かせる方向になりますが、ベルゲン・フィルは下手でこそないものの、技術が冴え渡る団体でもなく、なかなか苦しい感じ。又、まるで舞台裏で聴いているかのような録音のせいで、あらゆる点に鮮烈さを欠くのも残念です。最後のフーガを急速なテンポで疾走する所だけはネーメらしく、オケにもやっと覇気が漲りますが、遅きに失した印象。

“指揮者、オケ共に目を見張る充実ぶりを示す、同曲屈指の超名演”

アンドルー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団

(録音:1990年  レーベル:テルデック)

 A・デイヴィス15年ぶりの再録音は、ブリティッシュ・ラインという英国音楽シリーズの一環で、他にフランク・ブリッジの主題による変奏曲と、歌劇《ピーター・グライムズ》から4つの海の間奏曲、パッサカリアをカップリング。旧盤同様、ナレーションはなし。

 あらゆる点で旧盤を凌駕する上、数ある他のディスクをも大きく引き離す圧倒的な名演。冒頭からきびきびとしたテンポでシャープに造形していて旧盤と様相を異にしますが、オケの響きもカラフルで暖かみがあり、繊細な直接音と豊麗なホールトーンを両立させた録音も爽快。一点の曇りもないクリアな響きによって、実に発色の良い、鮮やかな音世界が展開します。

 即興的なテンポの揺らしや、変奏から変奏へ移る呼吸が全くもって見事で、旧盤にはなかった滋味豊かな味わいには「至芸」という言葉こそが似つかわしい所。歯切れの良いリズム、緻密なディナーミクとアゴーギク、豪放な力感でダイナミックに盛り上げるコーダと、確信に満ちた棒さばきは安定感抜群です。各パートのアンサンブル、ソロも万全の仕上がりで、舌を巻くほどのうまさ。旧盤のロンドン響を遥かに凌ぐ充実したパフォーマンスを聴かせます。

“指揮者の軽妙なタッチとオケのまろやかな響きがよく出た、美しい演奏”

小澤征爾指揮&ナレーション ボストン交響楽団 

録音:1992年  レーベル:ファンハウス

 プロコフィエフの《ピーターと狼》、サン=サーンスの《動物の謝肉祭》とカップリング。カップリングを含め全てに指揮者のナレーションが入ります。小澤の契約レーベルでなく、東急文化村の企画ですが、演奏はボストン・シンフォニーホールで行われ、彼と気心の知れたエンジニア、ジョン・ニュートンが録音を担当しています。

 関係者のメッセージも載った写真入りのライナーの他、全セリフを文字に起こして影絵の絵本にした別冊ブックレットも付属しますが、子供向け商品である事を考えても、後者が必要だったかどうかは微妙な所。台本、脚色は弟の小澤幹雄、演出を映画監督の実相寺昭雄が担当していますが、小澤本人はイントネーションのせいか、どこか棒読みにも聴こえるアマチュアっぽい語り口。ただ、自分の視点も入れた独自の解説には好感が持てます。

 演奏は、小澤らしい軽さとオケの魅力がよく出たもの。余裕のあるテンポで間合いがゆったりしていますが、冒頭などはリズムも軽快。各変奏は正攻法ながら丁寧に描写され、特にヴァイオリン群の変奏は、艶やかな美音とニュアンスの豊かさに魅了されます。最後のフーガでは一転して急速な調子で緊密なアンサンブルを構築するのが圧巻。厚みがあってマイルドなソノリティは、ボストン響のトレードマークです。

“速めのテンポでアグレッシヴな性格。モダンな造形ながらオケの魅力はあと一歩か”

サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:1995年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビのブリテン管弦楽作品集は曲目違いの数ヴァージョンが出ていて、私が聴いたのはカナダの謝肉祭、アメリカ序曲、イギリス民謡組曲、シンフォニア・ダ・レクイエムを併録したベスト企画的なもの。基本的に80年代の録音ですが、この曲だけは95年収録です。当コンビは戦争レクイエムや協奏曲も録音している他、ラトルはベルリン・フィル、ボストリッジと歌曲集も録音。ラトルはこの曲が好きなようで、来日公演をはじめコンサートでも時々演奏しています。

 冒頭から速めのテンポでダイナミック。打楽器のアタックを強調して勢いが良く、攻撃的な性格です。管楽セクションの変奏もアクセントが効いていてリズミックですが、弦の所ではテヌートを多用してコントラストを付け、打楽器の変奏からトゥッティの主題提示に回帰する直前に大きなルバートを掛けるなど、芝居っ気もあり。

 これに比べると、各楽器の変奏はオケのクオリティもあってややトーンダウンしますが、テンポが速めで、リズムのエッジが効いているのはラトルらしいです。フレージングも表情豊かで変化に富む上、強弱の指示も細かく、モダンな造形。ただホールのせいか、録音のせいか、オケのソノリティに今一つに魅力が不足するのは残念。スピード感溢れる熱っぽいフーガを聴くにつけ、技術的には一級ですし、音色の問題という感じでしょうか。

“目の覚めるように鮮やかなパフォーマンス。同曲屈指のお薦め盤”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 セント・ルークス管弦楽団

 シェール(ナレーション)

(録音:2000年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 プロコフィエフの《ピーターと狼》、コープランドの《リンカーンの肖像》をカップリング。この企画にコープランドの愛国的な作品を組み合わせているのがアメリカらしいです。プロコフィエフのナレーションは女優のシャロン・ストーンで、日本盤は両曲共に池畑慎之介(ピーター)、コープランドに小倉智昭を起用。

 小編成オケの特性もあってか、実にニュアンスが多彩で機動力に富んだ演奏。各パートの腕もすこぶる達者で、細部が生き生きと躍動して聴き応えがあります。常に発色が良く、ダイナミックな活力とシャープなリズムを駆使する指揮はレヴァインの独壇場。きびきびとしたテンポを基調に各部を繊細に彫琢しつつ、変奏曲全体をまとめ上げる構成力も非凡です。

 どの変奏も生彩に富む魅力的な演奏ですが、スピーディで鋭敏なトランペットの変奏、軽妙なスタッカートを駆使したトロンボーン変奏の伴奏型などは胸のすくように痛快。フーガの盛り上げ方もさすがです。意外に良い演奏が少ない同曲ディスクの中では、A・デイヴィスの再録音盤と共に最右翼に推したい名演。

“オケの機能を生かしてクオリティの高い表現を繰り広げるも、面白味は不足気味”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:200年  レーベル:ソニー・クラシカル

 楽団とソニーが組んで出したライヴ・アルバムより。自主レーベルBRクラシックの立ち上げ以前に、何枚かこういうディスクが出ています。カップリングはシベリウス/交響曲第1番、ウェーベルンの《夏風の中で》と、アルバムとしての統一感はよく分からない感じ。ナレーションなしのヴァージョンです。

 このコンビならさぞと思って聴くと、拍子抜けするほど大人しい表現。引き締まった棒さばきで、全体をタイトにまとめあげた造形で、ナレーションなしならこういう交響的変奏曲みたいなスタイルは正解かもしれません。クラリネットやファゴットの変奏では即興的な間合いでユーモラスにテンポを揺らし、ヴィオラ、チェロの変奏でゆったりと情感豊かな歌を聴かせるなど、それなりに工夫はあり。速めのテンポで機能性を際立たせたフーガも、現代管弦楽の魅力を一流オケの演奏で聴かせるという目的を果たしています。

“クールに冴えたリズムと響きがスタイリッシュ。木管パートの協奏曲風ソロにも注目”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2006年  レーベル:テラーク)

 同じ作曲家の《ピーター・グライムズ》〜4つの海の間奏曲、エルガーのエニグマ変奏曲とカップリング。この音源だけは、ホルストの《惑星》にも再度カップリング収録されています。パーヴォによるイギリス作品のレコーディングは珍しく、この2枚のアルバムと、アンスネスと組んだブリテンのピアノ協奏曲しかないかもしれません。

 演奏は、速めのテンポできびきびと運んだ、いかにもパーヴォらしくモダンでスタイリッシュなもの。オケの音色と機能性にはさらに魅力を求めたい感じもありますが、鋭利なリズムと透明かつクールな響きですっきり仕上げるセンスは、作品の雰囲気にもうまくマッチしています。よくシェイプされた造形の中でも、各変奏は表情豊かに描き分けられていて、特に木管のパート変奏は皆、アドリブ風の自由な間合いで吹いているのがコンチェルトを思わせてユニーク。フーガと大団円のシャープな表現もさすがです。

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