バッハ / トッカータとフーガ(ストコフスキー編) |
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概観 |
バッハのオルガン曲の中で最も有名な作品。レオポルド・ストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督時代、バッハのコラールや鍵盤作品を次々とオーケストラ曲にアレンジし、それがフィラデルフィアの名物と相成った。最初はオーケストラの訓練のためだったのが楽員に好評で、試しに演奏会で発表したら聴衆からも喜ばれて、ストコフスキー自身も驚いたという話である。 |
派手なサウンドで豪華絢爛に繰り広げられるストコフスキー版バッハは、保守的な音楽愛好家から“バッコフスキー”と呼ばれて嫌われたが、当時は聴衆が耳にする機会が少なかったバッハの音楽を大衆に浸透させた功績は大きいと言われる。《トッカータとフーガ》は、ストコフスキーが音楽顧問と演奏を担当し、出演もしたディズニー映画『ファンタジア』でも取り上げられた。 |
私は学生時代、吹奏楽コンクールの自由曲として何百回となくこの曲のリハーサル稽古をした。ブラスバンド用の編曲は数種類のバージョンが出版されていて、私達の学校は関西吹奏楽界の重鎮・木村吉宏のアレンジを使用していたが、トッカータ部はリズムや拍節など記譜の方法が何通りもあるので、他の編曲からアイデアを取り入れたり、新しいアイデアを加えたりで、楽譜が書き込みと継ぎはぎだらけになっていったのを覚えている。 |
木村氏は演奏指導で我が校を訪れた際、「ストコフスキーはこうしている」というような事をよく口走っておられ、改めてストコフスキー版の存在の大きさを痛感した覚えがある。今は様々な指揮者が、有名作曲家がアレンジしたバッハ作品のアルバムや、ストコフスキーの編曲作品集を録音するようになり、やっと本人以外の指揮で聴けるようになってきた。 |
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*紹介ディスク一覧 |
72年 ストコフスキー/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
90年 小澤征爾/ボストン交響楽団 |
95年 サヴァリッシュ/フィラデルフィア管弦楽団 |
99年 サロネン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
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“本家本元による最後の録音は、チェコでの珍しいライヴ盤” |
レオポルド・ストコフスキー指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
(録音:1972年 レーベル:デッカ) |
ストコフスキーは、フィラデルフィア時代から自身の編曲によるバッハ・アルバムを何度も録音しているが、これはその最後に当たるライヴ盤。チェコ・フィルとの録音も珍しく、他にはエルガーの《エニグマ変奏曲》とアレンジ小品が数曲あるだけ。もっとも、耳に入ってくるのはデッカの録音技術フェイズ4を駆使したストコフスキー・サウンドの典型で、事前に知らされなければチェコ・フィルとは分からないかもしれない。 |
ライヴ特有の会場ノイズは入っており、合奏にも若干の乱れが散見されるが、演奏そのものは本家らしくけれん味たっぷり。いささかのためらいもない堂々たる音絵巻で、低音がごうごうと唸る様はおどろおどろしくさえある。フーガ部もかなり自由にテンポを動かしているが、全般的な印象から言って、サウンドも表情も少し時代がかって聴こえる感は否めない。アレンジに関しては、過去のものに少し手が加えられているという話。 |
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“すっきりしたサウンドながら、金管の力みが目立つトゥッティ” |
小澤征爾指揮 ボストン交響楽団 |
(録音:1990年 レーベル:フィリップス) |
古今の作曲家によるオーケストラ版バッハを集めたアルバムから。他にウェーベルン編曲の《6声のリチェルカーレ》、斉藤秀雄による《シャコンヌ》、ストラヴィンスキーによる《カノン変奏曲》、シェーンベルクによる《前奏曲とフーガ》が収められている。 |
本家の後に聴くといかにも洗練されたサウンドで、ストコフスキーの時代がかったスコアを、現代風に洗い直したような雰囲気。音空間もすっきりとして表情にメリハリがあり、ストコフスキー盤と同じアレンジと思えないほど印象が違う。オケのキャラクター上、しっとりと落ち着いた色彩でまとめるかと思いきや、金管が音を割って強奏するなど、むしろ薄手の派手な響きに聴こえる箇所さえある。 |
冒頭から明確に音を切って演奏している他、各部のアーティキュレーションもストコフスキー盤とはかなり異なり、随所で音を短く刈り込む辺りは、オルガンの奏法を意識しているのかもしれない。フーガは速めのイン・テンポで通していて、いかにも現代的なスタイルだが、コーダなど力みが目立ち、むしろストコフスキーらしい大仰な表現に近づこうとしている雰囲気も感じられる。 |
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“演出巧者ぶりを発揮しながらも、全体を端正に聴かせるサヴァリッシュ” |
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 |
(録音:1995年 レーベル:EMIクラシックス) |
ストコフスキーがアレンジした作品を、彼が黄金時代を築いたオケで録音した好企画。他の収録曲は、バッハのカンタータから《羊は安らかに草をはみ》《目覚めよと呼ぶ声あり》《神はわがやぐら》、ボッケリーニの弦楽五重奏曲から《メヌエット》、ベートーヴェンの《月光》第1楽章、ショパンの前奏曲第4番、フランクの《天使のパン》、チャイコフスキーの《アンダンテ・カンタービレ》、歌曲集《6つのロマンス》から《騒がしい舞踏会の中で》、ドビュッシーの《月の光》《沈める寺》、ラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調。 |
サヴァリッシュはさすがピアニストだけあって、全体の把握が見事。各部の表情を明瞭に彫琢している辺りは、全体の音圧で押して来るストコフスキー自身の演奏とはかなり肌合いが異なる。響きも透明度が高く繊細。トッカータ部はみずみずしい音色の一方、ティンパニを強打させてメリハリをきっちり表出している。 |
フーガは細やかに強弱を交替させながら句読点をはっきり打ち、音楽の輪郭を明確に隈取る方向。テンポも細かく変化させていて、急速にテンポ・アップする箇所もあれば、大きくルバートしたり、逆に加速して音楽を煽ったり、とにかく演出巧者。烈しく盛り上がる部分もあるが、音の壁が押し寄せるような大袈裟さがないのはさすが。唯一、録音会場(ジャンドメニコ・スタジオ)のせいか、このオケとしては響きが少し薄手に感じられるのが残念。 |
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“巧妙な工夫を凝らし、充実した音楽性できかせる秀逸な演奏” |
エサ=ペッカ・サロネン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
(録音:1999年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
様々な作曲家がオーケストレーションしたバッハ作品集収録。小澤盤とは選曲が若干異なり、斉藤秀雄とストラヴィンスキーを外した代わりに、エルガーによる《幻想曲とフーガ》、マーラーによる管弦楽組曲を加え、さらにストコフスキーのもう一つの人気アレンジ《小フーガト短調》を収録。 |
サロネンが小澤と大きく異なるのは、編曲者の個性や企画の面白さに足を取られる事なく、これはこれで立派に成立した一つの作品として、純粋に「良い音楽」を聴かせようという姿勢。編曲者(兼指揮者)の体臭が濃厚に滲み渡るストコフスキー盤、力みすぎで結局キワモノ感を払拭しきれない小澤盤と比べると、こちらはずっと音楽的で美しい演奏だと言えるだろう。 |
サロネンはさすがに作曲家だけあって、テンポの設定や響きの作り方に、独自の巧妙な工夫が行き届いている。フーガ部の色彩の変幻や、優美なテンポの動かし方にも強い説得力があるが、ボストン響よりずっと派手な響きであるはずのロス・フィルが、誠に落ち着いたまろやかな音色でバッハの世界に遊んでいる辺り、なかなかの聴き物である。 |
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