モーツァルト/ セレナード第9番《ポストホルン》

概観

 モーツァルトのセレナード中でも特に規模が大きく、内容的にも充実している1曲。セレナードというより、交響曲に近いような内容で、編成もティンパニや金管を加えた通常の管弦楽になっています。曲名の由来は、第6楽章メヌエットのトリオで聴かれるポストホルンのソロから来ていますが、特に技巧的なソロではなく、むしろオブリガートっぽい音の動き。むしろ、第3、4楽章のフルート、オーボエのソロの方が、聴き所と言えるのではないかと思います。

 和声の面でも書法が充実し、陰影豊かなハーモニーと、次々に現れる美しいメロディは魅力。第5楽章のアンダンティーノは、短調のモーツァルト特有の哀愁を帯びた音楽で、これも聴き所と言えるでしょう。作品が優れているせいか名盤も多く、ここにご紹介したディスクは、個性の強いアーノンクール盤と、逆に癖がなさすぎるデ・ワールト盤を保留するとしても、いずれも甲乙付け難いほどの超名演ですので、是非聴いてみて欲しいですね。

*紹介ディスク一覧

72年 デ・ワールト/シュターツカペレ・ドレスデン

82年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

84年 アーノンクール/シュターツカペレ・ドレスデン

84年 マッケラス/プラハ室内管弦楽団   

86年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

92年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

92年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

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“丁寧でフレッシュな指揮者の感性と、滋味豊かな名門オケの幸福な出会い”

エド・デ・ワールト指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1972年  レーベル:フィリップス)

 当コンビは4、5、7、9番のセレナードを録音していますが、ウート・ウーギをソロに迎えた4番と5番は未だCD化された事がないと思います。デ・ワールトはロッテルダム・フィル、ニュー・フィルハーモニア管、オランダ管楽アンサンブルと管弦楽曲、セレナードやディヴェルティメント、協奏曲、声楽曲、アリア集まで、数多くのモーツァルトを録音しており、CD化が望まれます。ポストホルンは同団が誇る名手ペーター・ダム。曲の前後にK335の行進曲第1番、第2番を演奏するスタイルです。

 第1楽章は序奏部がかなりゆっくりしたテンポで、ソフトで丁寧なアタックを適用。しっとりした叙情性を表出しています。主部もタッチが柔らかく、編成を縮小しているのか、合奏がよく揃っているのか、響きの軽さと機動力に優れます。ティンパニのアクセントが控えめなのと、残響をあまり取り入れない、直接音の鮮明な録音もその印象を強くします。音彩が鮮やかで、フレーズのラインがくっきりと出る造形。みずみずしい高弦の響きは魅力的です

 第2楽章も、音の入りをとりわけ丹念に処理。柔和に聴こえる反面、幾分慎重な性格ですが、フレージングに癖がないため、実にフレッシュで清潔な演奏に感じられます。第3、4楽章も派手さはありませんが、手堅いアンサンブルと滋味豊かなソロで聴かせる名演。デ・ワールトの棒もデリケートで、配慮が行き届きます。

 第5楽章はやや生硬で、もう少し柔軟性が欲しい所。情感も淡白に傾きがちで、この辺りはオケの自発性を生かす懐の深さがあっても良かったかもしれません。続く第6楽章は、アーティキュレーションの描写が見事。新進指揮者ながらモーツァルトのイディオムを的確に捉えている辺り、才気を感じさせます。若々しい生命力の横溢も魅力。第7楽章は適度なテンポで、整然たる合奏を展開。きっちり音を切って、丁寧にアインザッツを揃えています。

“溌剌とした生気と、名手達が織りなす至福の音楽時間がリスナーを包み込む”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 アイネ・クライネ・ナハトムジークとカップリング。当コンビは交響曲、ヴァイオリン協奏曲全集の他、歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》《魔笛》、ハ短調ミサ曲と、数多くのモーツァルト録音を行っています。第5楽章アンダンティーノは、提示部リピートを実行。

 第1楽章は、若干の粘り気とソフトなアタックを組み合わせた序奏部から、オケの美しさが映えます。主部は軽快なリズムで躍動感に溢れ、新鮮でみずみずしい響きと、溌剌とした活力が胸のすくよう。セレナードらしいリラックスした愉悦感と、繊細な光沢を放つ高弦の音色は魅力的です。編成もさほど大きくないのか、トゥッティでも重くなりません。フレージングが見事で、指揮者もオケもモーツァルトの語法を完璧に把握している印象。

 第2、6、7楽章なども、弾力性の強いリズムが楽しげな調子を生み出しているのが何より。それでいて、弱音の使い方など効果的だし、デュナーミクも巧妙に設計されています。第3楽章は管弦の音彩、とりわけ木管のアンサンブルに魅了されます。名手達が織りなす艶やかな音のタペストリーは、それだけで耳のごちそう。第4楽章もソロがとにかく巧く、チャーミングなタッチで軽妙。第5楽章は情感を強調せず、爽やかな表現で、清澄な歌がすうっと流れてゆきます。

“大仰なほどに身振りが大きい、アーノンクール節全開のユニークな一枚”

ニコラウス・アーノンクール指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1984年  レーベル:テルデック)

 アーノンクールとドレスデンの顔合わせは非常に珍しく、他にはハフナー・セレナーデの録音が一枚あるきりです。他レーベルと同様、ルカ教会での収録で残響が豊富なため、アタックの強い表現ながら不快な響きはほぼしません。ポストホルンはデ・ワールト盤と同様、名手ペーター・ダムが担当。前後にK335の行進曲第1番、第2番を演奏するスタイルです。

 第1楽章序奏部は、大仰なほどのスローなテンポと間合い。主部に入ると標準的なテンポに近付きますが、フレージングは通常と違い、スタッカートとスラーを入れ替えるなど、とにかくメリハリが効いて表情が濃厚。セレナードというよりはシンフォニー、モーツァルトというよりはベートーヴェンに聴こえる感じです。第2楽章も、強弱やイントネーションの捉え方が他の演奏とは根本的に違います。テンポは落ち着いていても、フットワークは軽いのがアーノンクール。

 第3、4楽章は奇抜な造形が目立たず、ソロや各パートの自発性が前面に出て魅力的ですが、録音はソロをもう少しクローズアップしても良かったかもしれません。後者のエンディングも小粋な表現。第5楽章はテンポが遅い上、提示部リピート実行で10分を越える演奏。第6楽章は鋭利なリズムが特色。トリオがいずれもチャーミングながら、ソロにあまりスポットを当てません。アタッカで第7楽章に突入。デフォルメはほぼなく躍動的で、コーダも絶妙な間合いで終結。

“指揮者とオケ双方の魅力が生かされた、美しくも鮮やかな名演”

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1986年  レーベル:ノヴァリス)

 セレナータ・ノットゥルナとカップリング。当コンビは同曲をたった6年後に再録音していますが、そちらはヴュルツブルグでのライヴ収録で、当盤は楽団の本拠地ヘルクレス・ザールでのスタジオ録音。再録盤より残響は少なめですが、クリアなサウンドで低音の量感も豊か。演奏も充実していて、どちらの盤にも捨て難い魅力があります。

 第1楽章は堂々たる序奏から、機敏な主部へ。たっぷりとした豊麗なソノリティを聴かせつつも、きびきびとしたテンポ、鋭敏なリズムと緻密なアーティキュレーション描写によって、音楽が鈍重に陥る事がありません。オケもニュアンスに富み、弦のしなやかな音色など魅力的。管とティンパニが加わるフォルテでも、響きが荒れないのは美点です。スタッカートの切れ味もデイヴィスらしいもの。

 第2楽章はゆったりとリラックスした佇まいで、力の抜き方が絶妙。デュナーミクの加減が素晴らしく、メゾ・ピアノ〜メゾ・フォルテ辺りの音量設計が非常にうまい。指揮者生来のリズム・センスの良さも冴え渡っています。第3、4楽章も柔らかな手触りと落ち着いたテンポで、安定感抜群。当コンビの録音は響きが硬直するケースもなくはないですが、ここでは暖かみのあるソノリティが耳に優しいです。木管ソロも前に出過ぎず、マスの響きとよくブレンド。

 第5楽章はスローなテンポと厚みのあるサウンドながら、端正な造形センスのおかげで重々しくなりすぎず、美しいパフォーマンス。色彩感も陰影に富んでいます。フィナーレも終始落ち着いた足取りながら、シャープなリズムとディティールの克明な処理によって、アンサンブルが生き生きとした活気に溢れます。剛毅で力感が漲るコーダも効果的。

“すっきりとした響きに豊かなコク、卓抜なリズム感も冴え渡る素敵な演奏”

チャールズ・マッケラス指揮 プラハ室内管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:テラーク) 

 《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》とカップリング。当コンビはセレナード第6、7番及び、交響曲の全集録音も行っています。テラークがヨーロッパでの録音に進出しはじめた最初期のもので、スプラフォンなど他レーベルもよく使っている、芸術家の家での収録。やや距離を取ってたっぷりと残響を取り込んだ、テラークらしい自然なサウンド・イメージです。

 小編成のすっきりとした響きにオケとホールの豊かなコクが加わり、指揮者の卓抜なリズム感が冴え渡る、素敵な演奏です。第1楽章は、序奏部から堂々たる性格をきっちり打ち出しながらも、コンパクトに凝集する響きが作品にふさわしいサイズ感を付与。主部の生き生きと躍動する合奏は素晴らしいです。作曲者ゆかりの歴史も感じさせる音色的魅力がたっぷりで、弱音部のヴァイオリン・セクションの歌など、その端麗さといったらありません。

 第2楽章も弾みが強く、溌剌として軽快。第3楽章は弦が端正な合奏を構築する一方、木管の点描的な彩りがすこぶるチャーミングで、このオケはいつも魅力的だなと感じます。和声感がくっきりと鮮やかなのも美点。第4楽章はフルート、オーボエ共に洒脱な歌い回しが絶品。特に装飾音符の扱いがセンス満点で、可憐な音色もまた美しく、すっきりと清潔なマスの響きに冴え冴えと浮かび上がるように捉えたテラークの録音も見事です。

 マッケラスは作品によってはH.I.P.にも傾きますが、当盤は室内オケである事を除けばモダンのスタイル。第5楽章もぐっとテンポを落として歌い込みますが、表情の付け方には節度があり、造形を崩すようなロマンティシズムには近寄りません。第6楽章もきびきびとして覇気のある表現。ズデニェク・ティルシャルのソロは長めの残響を纏う印象もあり、朗々たるヴィブラートと柔らかく幻想的な音色が美しいです。フィナーレは緊密に統率された合奏で、味わい豊かながらも鋭敏で精度の高いパフォーマンス。

“とにかく味わい深い、魅力満点、珠玉の再録音ライヴ盤”

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1992年  レーベル:RCA)

 ヴュルツブルグでのライヴ録音で、バスーン協奏曲とカップリング。当コンビは86年にも本拠地ヘルクレス・ザールでノヴァリス・レーベルに同曲を録音しており、その時のポストホルン・ソロもヨハネス・リツコフスキーが担当していました。残響の多い録音ですが、管弦の美しい響きを見事に収録している上、フットワークもドレスデンでの交響曲シリーズよりずっと軽快です。

 第1楽章は、誇張のないストレートな表現。アーティキュレーションを徹底的に描き分けているので、巧まずして繊細さと躍動感が出る印象。リズムにも推進力があり、音楽が活力に溢れる上、音色がみずみずしいのも魅力。アタックが柔らかいためにノーブルな性格も感じさせ、適度に肩の力が抜けたリラックス感も作品にふさわしいものです。弱音部のデリカシーもチャーミング。

 第2楽章は落ち着いたテンポながら、アクセントの絶妙な軽さが秀逸。付点リズムのセンスも抜群で、モーツァルトはこうでなくちゃと思わず膝を打ちたくなります。管弦のバランス、音色の配合も理想的。第3楽章は軽快なテンポ感の中、アンサンブルの妙に魅了される表現。分けても木管パートの素晴らしさは筆舌に尽くし難く、無限のニュアンスと音楽の愉悦に溢れる、珠玉の名演です。

 第4楽章も冒頭のフルート、オーボエ・ソロが舌を巻くほどのうまさ。オケの入る箇所も絶妙な呼吸で、エンディングに至るまで優美を極めた美演を展開。第5楽章は、ゆったりした足取りで情感豊か。曲ごとの性格的、力学的対比にも、よく留意している印象です。強弱の起伏が大きく、ロマン的な情緒も僅かに漂いますが、感傷には陥らないのがデイヴィスらしい所。

 第6楽章は溌剌としたリズムが曲に生命力をもたらしますが、音圧がさほど高くない上、響きもすっきりとして厚ぼったくなりません。クーベリック晩年のモーツァルト演奏にも通じる透明感、柔らかさと、滲み出る感興の豊かさは正に至芸。第7楽章は、精度の高い細部の処理がスコアに命を吹き込む、デイヴィス一流のモダンでシンフォニックな造形。テンポこそ落ち着いていますが動感に溢れ、色彩の変化も敏感にキャッチ。折り目正しい清潔な演奏ながら、力強いエンディングを迎えます。

“オケがひたすらうまい。それでいて一流に甘んじぬ、独自の道を行くアバド”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 当コンビのソニーへのモーツァルト録音は交響曲、ミサ曲を含めて5枚のアルバムがあり、当盤もその一つです。ディヴェルティメント11番とのカップリングで、前後にK335の行進曲も付けての演奏。このシリーズに共通する、ピリオド系解釈の影響を窺わせるスタイルですが、フレーズからフレーズへ移る呼吸が実に音楽的で、その意味ではモダン・オケの、それも巨匠風の感覚も兼ね備えた表現です。

 第1楽章は序奏部からティンパニのアクセントで響きがよく締まり、主部も機敏でスポーティ。快適なテンポで前進します。アーティキュレーションも独特の解釈で、オケが敏感に反応しますが、トランペットのバランスが強調されている点は気になります。第2楽章も速めのテンポで快調。旋律線のニュアンスがすこぶる豊かで、細やかな起伏が随所に形成されます。ティンパニ、金管のアクセントが強く、メリハリが効いている一方、弦を中心にしなやかな音色が魅力的。

 第3、4楽章など、速めのテンポでフレーズを大きく掴む感覚は、ピリオド系アーティストのそれと通底します。音色の作り方が明るく、アンドレアス・ブラウ(フルート)、ハンスイェルク・シュレンベルガー(オーボエ)ら名手のソロも実に美しいパフォーマンス。第5楽章は音楽が停滞せず、流れの良い棒さばき。ロマンティックなスロー・テンポは絶対に適用しまいという、強い意志を感じます。

 第6楽章はアタックが効いて力感が漲りますが、リズムがよく弾み、重々しくなりません。ポストホルン・ソロは音色こそ柔らかいものの、朗々たる吹奏で華やか。バランスも大きめに収録されています。フィナーレはスピード感を強調して、オケもヴィルトオーゾ風の演奏を展開。ベルリン・フィルならではの合奏力を堪能できます。

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