フォーレ /レクイエム

概観

 木管やヴァイオリン群を省いてコーラスの存在感を強調したオーケストレーションや、ミサの通例である《怒りの日》をカットし、徹底して優しく、慈しむような曲だけで構成するなど、異例尽くしのレクイエムとして有名な曲。人気の割に、私は親しみにくい印象をずっと持っていたのですが、阪神大震災の後、神戸文化ホールで毎年行われているコンサートで生演奏を聴いた際、作品の素晴らしさに圧倒されると共に、涙が止まらなくなった思い出がある曲です。

 フォーレの曲は、《パヴァーヌ》や《エレジー》、《シシリエンヌ》、歌曲《夢のあとに》も有名ですが、和声も旋律も、他の作曲家とあまり似ていなくて、独自のモダンで不思議な魅力がありますね。一度聴いてしまうと耳から離れないような、強い磁力を持ったメロディは天性のものと言えるでしょう。

*紹介ディスク一覧

62年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団

72年 コルボ/ベルン交響楽団

74年 バレンボイム/パリ管弦楽団   

77年 A・デイヴィス/フィルハーモニア管弦楽団

84年 C・デイヴィス/シュターツカペレ・ドレスデン

86年 ジュリーニ/フィルハーモニア管弦楽団

87年 デュトワ/モントリオール交響楽団   

94年 小澤/ボストン交響楽団    

98年 ミュンフン/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

07年 プレートル/ベルリン・ドイツ交響楽団   

11年 P・ヤルヴィ/パリ管弦楽団

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“洒落たセンスも感じさせる、優美でフットワークの軽い名盤”

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団

 エリザベス・ブラッスール合唱団

 ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S)、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)

(録音:1962年  レーベル:EMIクラシックス)

 クリュイタンスの同曲は51年録音のモノラル盤もありますが、こちらはステレオ録音。合唱の響きが独特で、一人一人の発声の粒立ちが良く、独唱の総体としての合唱というイメージです。単に人数が少ないのかもしれませんけど、線的にどぎつい感じにはならず、むしろソフトな感触があるのは好印象。音圧が高くないので、クリュイタンスのフットワークの軽い指揮にもよく合っています。近距離で鮮明なコーラスに対し、オケは長い残響音を伴って、遠目の距離感で収録。

 《入祭唱とキリエ》は、テンポの流れが良いせいもありますが、足取りが軽く、響きの繋ぎ方にどこか洒落た雰囲気があるのがユニーク。ただ、《キリエ》のベース音の動きは不明瞭で、この曲特有の和声法の魅力が出て来ないのが残念。《オッフェルトリウム》もこのコーラスが独特の柔らかさを生んでいますが、オケとフィッシャー=ディースカウの独唱も、意外にソフトな表現でデリケート。

 《サンクトゥス》も淡く優美な世界を表出しますが、オケが盛り上がってくる箇所は角が取れた音色のホルンなど、好悪が分かれそう(この方が好きな人も多いかもしれませんが)。ロス・アンヘレスが美声でしっとりと歌いあげる《ピエ・イエス》は、クリュイタンスのコンセプトにもよく合って、素晴らしい聴きもの。オケのソノリティがまろやかで、ほの明るいのも素敵です。

 《アニュス・デイ》も非常に丁寧で、エレガントな音楽作り。《リベラ・メ》は、フィッシャー=ディースカウのソロが、声質も歌いっぷりも彼のリート歌唱を彷彿させますが、緻密な表現力は吉と出た印象。途中の金管も突出せず、無闇にドラマティックに盛り上げない所にセンスの良さを感じますが、管のハーモニーはややピッチの甘い箇所あり。《イン・パラディスム》は遅めのテンポで、少人数の利点を生かした女声合唱が、高弦の繊細な響きと絡み合って清澄さの極み。

“ひたすら柔らかに、天上の世界を表出。同曲随一のスペシャリストによる名盤”

ミシェル・コルボ指揮 ベルン交響楽団

 サン=ピエール=オ=リアン・ドゥ・ビュール聖歌隊

 アラン・クレマン(ボーイ・ソプラノ)、フィリップ・フッテンロッハー(Br)

(録音:1972年  レーベル:エラート)

 昔から定評のある名盤。逆に言うとオケも指揮者も、この曲以外ではほとんど知られていないように思います。《入祭唱とキリエ》の冒頭から、透明感溢れるコーラスが柔らかく広がる、爽やかなシャワーのような響きに魅了されてしまいます。合唱団ではなく聖歌隊とありますが、少人数の団体のようで、男声合唱によるキリエの歌い出しも実に優しく、一音一音を慈しむような歌唱。和声感が非常に豊かで、オケも合唱も、そうっと置くように音を発します。

 《オッフェルトリウム》は、コーラスのアルカイックなムードが荘厳。バリトンのソロも癖がなく、美しい歌唱です。録音も、充分な残響音を拾いながら、適度な距離感にソロを捉えて好印象。《サンクトゥス》は冒頭から幽玄の趣。はかなくも淡い世界が広がります。スコアを構成するあらゆる線を、繊細な手仕事のように織りなしてゆく表現で、弦もコーラスも細い音ながら、みずみずしく爽快で、かつデリケート。

 《ピエ・イエス》は、ノン・ヴィブラートのボーイ・ソプラノの純真な声が、作品が求める美にこのうえなく合致した印象。オケの響きにもよく溶け込みます。《アニュス・デイ》はオケも合唱もラテン的明朗さを感じさせつつ、透明度の高いソノリティが素晴らしい。テンポの設定も適度で、全てにおいて無理がなく、自然体。《リ・ベラメ》だけは意図的に遅いテンポを採択したと思われ、リズムに重しのような溜めが、僅かに加わる感じ。中間部の山場もコーラス主体で、あくまで柔らかな感触。

 《イン・パラディスム》は正に天上のサウンド。薄いヴェールのような女声(少年?)コーラスが空から降ってくるようなイメージは、この世の物とも思われぬ不思議な美しさで、フォーレの作曲センスの凄さも巧まずして表出したような名演となりました。

 

“振幅の大きな表現ながら、豊かな色彩感と合唱の魅力で際立つ一枚”

ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

 エディンバラ祝祭合唱団

 シーラ・アームストロング(S)、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)

(録音:1974年  レーベル:EMIクラシックス)

 《パヴァーヌ》をカップリング。当コンビ最初期の録音で、同じレーベルのクリュイタンス盤同様、フィッシャー=ディースカウを起用しています。又、関係の深いエディンバラ音楽祭のコーラスを連れて来ているのもユニーク。

 《入祭唱とキリエ》は予想される通り、冒頭から響きがたっぷりとして、クレッシェンド、ディミヌエンドの抑揚も大きく、壮大な音楽に聴こえるのが特徴。音色が明朗なので重々しくはならないですが、ダイナミクスの幅は大きく取ってある印象です。合唱の扱いはうまく、オケとのバランスやアインザッツの統率もよく取れているし、響きそのものも美しいです。和声の流れも明快で、色彩感豊か。ディースカウの声は怜悧な雰囲気で存在感が強く、歌唱の巧緻さよりも作品との相性に賛否ありそう。

 《サンクトゥス》は速めのテンポで、シェイプとしてはややゴツゴツした造形。クリュイタンス辺りもそうなので、こういう曲想は滑らか派(コルボやA・デイヴィス)とそれ以外に分かれるような。《ピエ・イエス》のアームストロングは、ややヴィブラートが気になるものの、清涼感のある歌声で曲調にはマッチ。《アニュス・デイ》も合唱含めて豊麗なサウンドが心地よいですが、ホルンが入ると壮麗な方向へ行きがちになるのは、バレンボイムらしい所。ピッチが良いので、響きが濁らないのは美点です。

 《リベラ・メ》は、やはりディースカウの歌唱が立派すぎる感じもありますが、落ち着いたテンポで情感豊か。ただ強音部になると、この作品としてはやや表現が烈しすぎる傾向も感じます。《イン・パラディスム》も、コーラスを筆頭に和声感が明朗で良い感触。全体に指揮者とディースカウにやや過剰さがあるものの、オケと合唱の好演がプラスに働いて名演になった印象です。

“素直な音楽性と耳の良さを駆使し、端正な表現を展開するA・デイヴィス”

アンドルー・デイヴィス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

 アンブロジアン合唱団

 ルチア・ポップ(S)、ジークムント・ニムスゲルン(Br)

(録音:1977年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 《パヴァーヌ》をカップリング。A・デイヴィスのフォーレは、同じオケとの《ペレアスとメリザンド》組曲があります。ちなみに当コンビは同時期に、デュリュフレのレクイエムも録音。発売後数年は結構評価の高かったディスクだと思うのですが、今や忘れられたような存在になっているのは残念です。残響の多い録音で、合唱が力の入った熱演をしているのですが、そのせいか響きが硬直して線的にきつく感じられる箇所もあり、さらに柔らかい感触とブレンド感も欲しい所。

 A・デイヴィスは元オルガニストでもあり、定評のある耳の良さと素直な音楽性が、この作品にはプラスに働いています。特に和声感を重視した、オルガン的なソノリティの作り方には、彼の美質が十二分に発揮されますが、それだけに合唱の録音と、歌手の選択には注文を付けたい所。《入祭唱》はアクセント抜きでそっと入ってきて、レガートで歌う合唱が好印象で、クレッシェンド、ディミヌエンドの付けかたも細かく、ニュアンス豊か。《キリエ》からは一転、かなり速いテンポを採択しますが、これは少々落ち着きがない感じも受けます。

 《サンクトゥス》は端正な響きで、コーラスも弱音部では非常に美しい歌唱を聴かせます。途中のホルンの吹奏も、壮麗でスケール雄大。《オッフェルトリウム》と《リ・ベラメ》のバリトン・ソロは、感情の入った少々オペラティックな歌い方で、曲想を考えると好みを分つ所。声質にも少し癖があり、ヴィブラートのせいか音程も不安定に聴こえる箇所があります。後者の中間部で、若干加速して緊張度を上げるアゴーギクは効果的。

 《ピエ・イエス》のポップは、後述のコリン・デイヴィス盤でも歌っていますが、声が美しい上にテクニックも完璧で、素晴らしい歌唱。《アニュス・デイ》は、響きに対するA・デイヴィスの鋭敏で繊細なセンスがよく出た表現。デュナーミクの設計も細やかです。《イン・パラディスム》の、最後のリタルダンドも堂に入っていて自然で、こういった辺りのテンポのコントロールは、やはり上手い指揮者だなと感じます。

“深い呼吸と間合い、柔らかく典雅な音楽世界”

コリン・デイヴィス指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

 ライプツィヒ放送合唱団

 ルチア・ポップ(S)、サイモン・エステス(Bs)

(録音:1984年  レーベル:フィリップス)

 C・デイヴィスの珍しいフォーレ録音。ドイツのオケによる同曲録音も稀少で、ほとんど出ていません。しかしデイヴィスと聞いて想像する無骨な感じは全くなく、むしろ徹底してソフトなタッチで描かれたフォーレ。残響をたっぷり収録した、フィリップスの美しい録音もその印象を強めています。

 《入祭唱とキリエ》はゆったりとした間合い、深い呼吸による表現。フレージングがしなやかで、旋律線といいデュナーミクといい、ラインの描き方が実に優美です。《オッフェルトリウム》は速めのテンポですが、広々とした空間に響き渡るエステスの艶やかな声が、マスの響きによく溶け合っています。エンディングの合唱のハーモニーも絶妙。《サンクトゥス》も徹底的に柔らかな音で包み込む行き方で、山場のホルンもあくまでソフト。

 《ピエ・イエス》は、A・デイヴィス盤でも歌っていたルチア・ポップの起用が贅沢ですが、発音の美しさとニュアンスの豊かさは群を抜いていて、一聴しただけで一流の歌唱と分かります。気品の漂う声質も素晴らしいもの。録音も美麗で透明感があり、すこぶる典雅な音楽世界が現出。

 《アニュス・デイ》も慈しむかのように優しいタッチの表現で、正に天上の音楽。《リベラ・メ》は推進力の強いテンポで音楽を停滞させませんが、合唱は抑揚が明瞭でメリハリが強く、エステスの独唱もパワフルに過ぎる印象。《イン・パラディスム》は淡々とした調子で、あっさりエンディングへ。

“遅いテンポの中に、優美でソフトな響きを存分に展開”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団・合唱団

 キャスリーン・バトル(S)、アンドレアス・シュミット(Br) 

(録音:1986年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ジュリーニによる珍しいフォーレ録音。カップリングはフォーレではなく、ラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》。彼は宗教曲の録音によくフィルハーモニア管を起用しますが、何か音のイメージがあるのかもしれません。予想される通りゆったりしたテンポで、卓越した音色センスとエネルギー配分を聴かせる好演です。残響の多い録音も、コーラスとオケをよくブレンドさせています。

 《入祭唱とキリエ》は、悠然たる佇まいと柔らかなソノリティの作り方が曲想と合致。オルガンは比較的はっきりと響かせていて、管が入る強奏も鮮やかな音色の存在感を出しつつ、角が立たないソフトな手触り。

 《オッフェルトリウム》は、序奏部の情感豊かな弦楽合奏が聴きもの。シュミットも深くまろやかな美声で、ヴィブラートの波長も曲の流れに乗っています。合唱も含め、デュナーミクを繊細に設計。《サンクトゥス》は、ハープのアルペジオがマスの響きに埋もれがちですが、合唱の音色的変化は美しく出ていて、色彩感にジュリーニらしいラテン的感性が生きています。

 《ピエ・イエス》は、バトルのヴィブラートが細か過ぎ、歌唱のスタイルが曲と少し乖離している印象。強奏では力みも感じられます。《アニュス・デイ》は、ジュリーニの良さが最大限生かされる音楽。慈愛に満ちた優美な弦のカンタービレに、丁寧な発音のコーラスがふんわりと乗ります。オルガン・ソロに引き渡す間合いも、実に品の良い感じ。和声と音色混合にも、抜群のセンスを示します。第1曲冒頭に回帰する前の、クライマックスの設計も見事。

 《リベラ・メ》は非常に遅いテンポ。ソフトに開始しておいて、徐々に決然たる力を漲らせてくるシュミットの歌唱が出色です。ホルンに導かれる中間部の山場は、当盤で唯一ソリッドな力感を表出している箇所で、大変に迫力があります。《イン・パラディスム》は、それまでの曲が鷹揚なジュリーニ流なだけに、ここでの天国的なムードがあまり対比として出ないきらいもあり。

 

“暖色系の柔らかなタッチながら、モダンな造形センスも備えるデュトワの棒”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団・合唱団

 キリ・テ・カナワ(S)、シェリル・ミルンズ(Br)

(録音:1987年  レーベル:ロンドン・デッカ)

 《ペレアスとメリザンド》組曲、《パヴァーヌ》をカップリング。当コンビの録音は、教会の豊かな残響が演奏のシャープさを疎外する事もたまにありますが、当盤においては作品との相性が抜群。フォーレの作風と相まって、実に魅力的な音世界が現出します。豪華独唱陣にも注目。

 《入祭唱》は、冒頭からモントリオール・サウンドとも言うべき、暖色系の柔らかなソノリティで魅了。フォーレはこうこなくっちゃ、と膝を打ちたくなります。続く《キリエ》も軽快な足取りでテンポの流れが良く、和声感の美しさと響きのまろやかさが際立つ名演。合唱はさほど大人数でもないようですが、たっぷりとした残響が追い風となって、オケと共にたっぷりと豊麗なマスの響きを作り上げています。

 《オッフェルトリウム》も音楽を停滞させず、響きの輪郭をくっきりと切り出すような造形に、現代物も得意とするデュトワらしいセンスを感じます。ミルンズの歌唱も立派。《サンクトゥス》も推進力のあるテンポ感で、山場ではオルガンのバランスを強調しながらも、スタッカートでリズムを切ってホルンの滑らかさと対比させているのも、モダンな表現です。

 《ピエ・イエス》は、テ・カナワという事で歌い過ぎも心配されましたが、意外に抑制が効いて弱音も駆使し、美しい仕上がりです。ただ、音圧の高い声なので存在感が強く、ボーイ・ソプラノのような儚さとは無縁。

 《アニュス・デイ》も優美なタッチながら、音の線の綾を明瞭に表出。明朗な音彩ながら常にアタックが柔らかく、フランス系団体のように硬質にならないのが、当コンビの美点です。和声の移ろいが鮮やかに捉えられているのも、親しみやすさの一因で、フォーレのようなある種の晦渋さも含む音楽において、それは大きなメリットと言えるでしょう。

 《リベラ・メ》は、求心力の強い語り口で迫るミルンズの歌い出しが印象的。強音部でオペラティックな声質になる所も、この曲としては珍しいドラマ性を感じさせます。熱っぽく盛り上げすぎないデュトワの棒も、作品全体の構成を見据えた、バランス感覚に優れるもの。コーラスの表現にも、慈愛を感じさせる独特の優しさがあります。《イン・パラディスム》も奇を衒わず、暖かみのある音色で柔らかく演出。

“柔らかく、ふっくらとした響きで仕上げた美演”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

 タングルウッド音楽祭合唱団

 バーバラ・ボニー(S)、ホーカン・ハーゲゴード(Br)

(録音:1994年  レーベル:RCA)

 当コンビは《パヴァーヌ》《ペレアスとメリザンド》他のフォーレ管弦楽曲集も録音しています。ピアノ伴奏によるボニー、ハーゲゴード(元・夫婦です)それぞれの歌曲集をカップリング。フランス音楽が得意な指揮者、オケだし、タングルウッドの柔らかなコーラスも美しく、何より曲の性質が小澤にも合っています。

 《入祭唱とキリエ》は、冒頭から艶やかでふっくらした響き。主部は速めで、凹凸をなくして滑らかに造形するのはこのコンビならでは。《オッフェルトリウム》も前進力が強く、見事に柔らかな音色を作り上げています。《サンクトゥス》も速めのテンポであまり大きな起伏を作らず、まろやかな音響で一貫。《ピエ・イエス》は繊細な弱音を駆使したボニーの歌唱が絶品で、静謐な音楽世界が展開します。

 《アニュス・デイ》は合唱とオケのブレンド加減に指揮者の耳の良さを窺わせ、淡い色彩と和声感も抜群。《リ・ベラメ》はハーゲゴードのやや細身の声質が特徴的ですが、旋律の輪郭が明瞭でラインが崩れないのが美点。ソフトなコーラスとも好対照です。曲調にメリハリを付けすぎない棒もバランス良し。

“瞑想的な弱音を基調にドラマティックな起伏を描く、異色のフォーレ演奏”

チョン・ミュンフン指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団・合唱団

 チェチーリア・バルトリ(Ms)、ブリン・ターフェル(Br)

(録音:1998年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ミュンフンとサンタ・チェチーリア管によるDGへの数少ない録音の一つで、デュリュフレのレクイエムをカップリング。演奏は、ミュンフンらしい瞑想的で深い弱音を駆使したスタティックなもので、豪華ソロ陣の見事な歌唱力も注目です。ただ、合唱の距離感が遠めで、残響を含んでやや混濁する感じもあって、響きが硬直しがち。オケとのブレンド感が今一つで、耳に心地よい演奏とはいきません。

 《入祭唱とキリエ》は、合唱が控えめに入り、ピアニッシモの効果を生かした緊張感のある表現。この作品としてはやや陰影が濃すぎるようにも感じますが、スコアに対する真摯な姿勢には説得力があります。《オッフェルトリウム》も強弱の落差が大きく、ドラマティックで彫りの深い造形。ここではターフェルの見事な歌唱が、演奏をきりりと引き締めています。

 《サンクトゥス》では合唱の録音が裏目に出て、音像がぼやけがちなのが残念。テンポは速めですが、弱音を生かした起伏の大きな表現は独特です。《ピエ・イエス》も弱音を基調に設計した、静謐な演奏。バルトリがひたすら抑制を効かせ、すこぶるデリケートに歌っていますが、音程とブレスが完璧にコントロールされていて、短い歌唱でも、聴いていて思わず圧倒されてしまいます。

 《リ・ベラメ》はターフェルの歌唱がまた素晴らしく、彼の精悍な声質が、独特の力強さとそこに込められた切実な感情を、ヴィヴィッドに伝えます。中間部は、ティンパニのクレッシェンドの強調とテンポの煽りによって、かなり切迫した調子を採りますが、この部分に象徴されるように、コルボ盤のようなひたすら安らかな演奏とは対極にある表現。その意味では、聴く人を選ぶディスクと言えそうです。

“柔らかな音彩と劇的な語り口を備えた、理想的な解釈を示す”

ジョルジュ・プレートル指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団

 ベルリン放送合唱団

 オレシャ・ゴロヴネヴァ(S)、クレメンス・サンダー(Br)

(録音:2007年  レーベル:ヴァイトブリック)

 ベルリン、フィルハーモニーザールでのライヴで、ドビュッシーの《夜想曲》とカップリング。放送録音ながらすこぶる清澄で、細部までクリアながら柔らかな手触りも感じられる音質が素晴らしいです。残響は十分ですが、直接音をクリアに捉えたサウンド・イメージ。合唱も混濁、飽和せず、オケとのバランスも最適です。さほど大人数のコーラスではないのかもしれません。

 《入祭唱とキリエ》は、冒頭から軽くて明るいラテン的なオケの響きと、透明度が高く、和声感が豊かなコーラスの美しさに耳を奪われます。主部もしなやかなラインが魅力的で、合唱も含めて音の作り方、音楽の運び方が見事。《オッフェルトリウム》《サンクトゥス》も柔らかなタッチの中に鮮やかな画を描き、たっぷりとした間合いで細やかなニュアンスを表出。理想的な名演という他ありません。

 《ピエ・イエス》の独唱は、曲想からするともう少しヴィブラートを控えた天上的な歌唱の方が個人的に好みですが、声質は美しいです。オペラ指揮者だけあって声楽の扱いは巧みで、《アニュス・デイ》《リ・ベラメ》辺りはオーケストラ声楽の醍醐味を味わせてくれる練達の棒さばき。宗教性一辺倒ではなく、剛毅な力感やドラマティックな語り口も冴え渡ります。

“透明な響きを作りつつ、細部に様々な工夫を凝らす才人パーヴォ”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団・合唱団

 フィリプ・ジャルスキー(CーT)、マティアス・ゲルネ(Br)

(録音:2011年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 ビゼー作品集に続く当コンビの録音第2弾で、有名な《パヴァーヌ》、《エレジー》の他、《ラシーヌの雅歌》、世界初録音となる《バビロンの流れのほとりで》をカップリング。パーヴォの、フォーレに対する本気度が如実に窺えるアルバム制作ですが、パリ管を起用しながらも、このオケのサウンド的特色は意外に出ていないようにも感じます。

 《入祭唱とキリエ》は、冒頭の和音でホルンを強調していて、シンフォニックな響き。《キリエ》からは速めのテンポを採り、スムーズな流れで進行します。合唱は奥行き感があり、残響をまとって柔らかく展開。《オッフェルトリウム》は、リートも歌うゲルネらしく知的な歌唱がさすがですが、ヴィブラートが過剰気味なのがやや気になります。チェロの合いの手を少し強調していて、伴奏も雄弁。

 《サンクトゥス》は透徹した清澄な響きと、繊細かつ柔らかな線で描写した、美しい演奏。《ピエ・イエス》では、カウンター・テナーのジャルスキーを起用していますが、言われなければ女声と思ってしまうような美声で、フレーズ末尾の控えめなヴィブラートで何となくそれと分かるくらい、違和感がありません。《アニュス・デイ》は速めのテンポで流麗。テクスチュアが明晰で、端正な響きを作りながらも、ニュアンスは豊かで造形的には起伏に富みます。

 《リ・ベラメ》も速めのテンポで、中間部のブラスの吹奏では、アクセントの交替を波状に付けて、パルスのようなリズム処理をしているのが、現代物を得意にするパーヴォらしい解釈。ゲルネの歌唱は、やはり細かいヴィブラートが全ての音に付いていて、個人的には聴きにくい印象を受けます。合唱は声質が美しく、オケのソノリティとの立体感もよく表現されていて素晴らしいです。

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