メンデルスゾーン/交響曲第3番《スコットランド》

概観

 どこか標題音楽風に捉えられがちな、音の風景画家メンデルスゾーンの人気交響曲。とはいってもさほどコンサートで聴ける訳ではないし、新譜がばんばん出る作品でもなく、ベートーヴェンやブラームスと較べれば軽視されがちです。途轍もないスケール感や大きなカタルシスがあるわけではないですが、美しいメロディに溢れた魅力的な曲なので、もっともっと演奏されていい筈だと思います。ゼロ年代以降の新譜があまりに少ないので、若手や中堅の人気指揮者には頑張って欲しい所。

 ちなみにペーター・マークという、この曲で大いに名を挙げた指揮者がいましたが、彼のディスクをここで一枚も紹介していない点は前もってお詫びしておきます。いずれ聴く機会があれば又。

*紹介ディスク一覧

56年 ドラティ/ロンドン交響楽団   

59年 ミュンシュ/ボストン交響楽団   

67年 サヴァリッシュ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

71年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

75年 ムーティ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団  

76年 ドホナーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

78年 ハイティンク/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

79年 シャイー/ロンドン交響楽団

80年 A・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

83年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

86年 ビシュコフ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

88年 レヴァイン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

88年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団 

91年 ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団  

91年 ヴェラー/フィルハーモニア管弦楽団

91年 アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団

96年 アシュケナージ/ベルリン・ドイツ交響楽団

00年 テイト/フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団  

04年 ブロムシュテット/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

09年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

14年 ガーディナー/ロンドン交響楽団

15年 エラス=カサド/フライブルク・バロック管弦楽団  

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“ドイツ音楽として鋭利に造形。意外に発見の多い、ドラティ流の解釈”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団 

(録音:1956年  レーベル:マーキュリー)

 同時録音の《フィンガルの洞窟》が恐らくオリジナル・カップリング。第1楽章は、序奏部の響きにさらなる洗練が欲しいですが、英国流の幾分クールな音色は作品に合っているかも。主部は猛スピードで勢い良く疾走。ドラティの棒には、そのテンポでも細部の彫琢を徹底させる厳しさがあります。旋律線は流麗なので、音色面での魅力がさらに欲しい所です。エッジの鋭いアクセントも効果的。明瞭な輪郭と構造を重視した、あくまでもドイツ音楽というスタイルは、この曲としては珍しいかも。

 第2楽章は逆にスロー・テンポで、のんびりムード。しかし細部は克明で、どの音符もきっちり刻んでゆく律儀な姿勢です。強弱や旋律線のニュアンスは細やかですが、冴え冴えとした意識に支配された演奏は一種独特。第3楽章はやっと音色が磨かれてきて、弦も美しく響きますが、序奏部のピツィカートはマルカートの強調感あり。かなり遅めのテンポでたっぷり歌う一方、各パートの動きは明瞭に処理しています。

 第4楽章は、冒頭の主題提示がだらっとした表情で独特。しかしソステヌートはここだけで、続く部分はきっぱりした語調でシャープに造形しています。アーティキュレーションが常によく考えられていて、聴いていて「なるほど」と唸らされる解釈も随所にあり。ロマン派の音楽こそ、意外にドラティのような指揮者で聴いた方が発見が多いかもしれません。コーダ主題も、遅いテンポで噛んで含めるようなフレージングが個性的。

“水彩画風を拒絶する、激アツの全力投球パフォーマンス”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1959年  レーベル:RCA)

 八重奏曲〜スケルツォとカップリング。当コンビは他に第4、5番、ヴァイオリン協奏曲2種と《カプリッチョ・ブリリアント》を録音しています。よくある水彩画風のメンデルスゾーンではなく、激アツの感情表現を盛り込んだミュンシュ流の全力投球パフォーマンス。録音は強奏部でやや混濁、歪みがありますが、直接音が鮮明。響きがざらついて荒れる傾向もある一方、それなりの奥行き感、広がりは確保されています。

 第1楽章はマスの響きでひと括りにせず、内声のレイヤーを透徹させて聴かせる視点が独特。ただテンポは遅く、旋律線は情感たっぷりに歌わせています。主部も非常にスローに開始し、トゥッティまでに大きく加速。ティンパニと金管が入る強奏部は烈しいアクセント、熱っぽく燃える感情表現がミュンシュらしく、弦の哀切なフレーズでまたぐっと速度を落とすなど、アゴーギク自体は正にロマン的なそれと言えます。コーダへの減速は実に巧み。

 第2楽章は速めのテンポながら合奏の精度が高く、前のめりになりがちなミュンシュの棒を、優秀なオケがうまくフォローしている印象です。弦も木管もヴィルトオーゾ風のスリリングなアンサンブルを展開。音圧が高いので、妙な凄みと迫力があります。第3楽章は、弦が艶美な音色で歌いますが、金管のファンファーレがものものしく、ティンパニも加わるとまたもや感情爆発。様式的に適切かはともかく、ミュンシュのファンには喜ばれるでしょう。やはりコーダへの減速に、独特の味わいがあります。

 第4楽章はまた猛スピードで開始。レパートリーも芸風も意外に広い指揮者なのですが、これを聴くともうミュンシュの熱演スタイルははっきり存在していると言わざるを得ません。基本的な音楽表現のポイントは常にクリアしているのですが、合奏の勢いとアクセントに込められた感情の激しさが全てを被い尽くしてしまうのが、良くも悪くも当盤の個性。テンポの振幅もすこぶる大きいです。

“細部を几帳面に処理しながら、時に個性的な解釈も示すサヴァリッシュ”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:フィリップス)

 全集録音から。フィリップスのロンドン録音は今ひとつ冴えないものも多いですが、当盤は残響を豊富に取り入れながら直接音もクリアに捉え、聴きやすい音質。このレーベルらしい柔らかな手触りと、爽快な高音域も魅力です。

 第1楽章は解像度が高く、繊細な趣のある響きで開始。弦のハイ・ポジションにこのオケらしい音色美がよく出ています。主部は快適なテンポで、表情付けもサウンドもフレッシュで精細。弦のトレモロにも活力が漲り、鋭敏なリズム感も駆使して、颯爽とした合奏を展開します。細部の彫琢をないがしろにしない几帳面さは、サヴァリッシュらしい美点。爽やかな歌心も横溢します。提示部はリピートを実行。

 第2楽章は、適度な動感と推進力のあるテンポ。クラリネットの控えめな音色が英国のオケらしいですが、その滑らかな響きにはチャーミングな叙情を感じさせます。木管群の精緻なアンサンブルが、随所でデリカシーを発揮。弦楽セクションも、集中力の高い敏感な合奏で応えています。鋭いリズムと切れの良いスタッカートが、スピード感の強さに繋がっている印象。

 第3楽章は、美しい弦のラインが主題を形成しますが、内声がよく整えられ、響きが混濁しないのはさすが。コラール主題には力感が漲りますが、やや金管がソリッドに出て骨張ったサウンドになる傾向もあります。弱音の繊細さは充分表出。

 第4楽章は冒頭の弦の主題が、強弱、アーティキュレーション共に個性的な解釈。基本的に端正な造形をする指揮者なので、こういう主張は案外目立ちます。合奏が緊密に統率され、鋭敏なリズム処理やフォルテピアノの挿入も効果的。全体に強弱のメリハリを大きく付け、細かく交替させています。弦のアインザッツも切っ先が揃ってシャープだし、弱音部における木管群のアンサンブルもすこぶる鮮やか。終結部もみずみずしいソノリティと躍動的なリズムで魅力的です。

“情緒てんめんたるカンタービレと、演出巧者な棒さばき”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1971年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 全集録音より。第1楽章は流麗でニュアンス豊かな序奏部から、すでにカラヤンの世界。情緒てんめんたるカンタービレは、確かにこのコンビの美点ではあります。主部は細かいリズムが残響に埋もれがちですが、硬質なティンパニの打音が辛うじて固いくさびを打ち込み、雪崩を防いでいる印象です。木管などソロはもう少し鮮明に聴こえて欲しい感じ。しかし、旋律美の打ち出し方は絶品ですね。アンサンブルには生気が漲り、力感充分。マスの響きも美麗です。コーダへの盛り上げ方はダイナミックそのもので、見事に決まっているのもカラヤンらしい様式感。

 第2楽章は曲の性格の掴み方もうまく、聴かせ所のツボを得た表現。どんな曲でもカラヤン流に演奏してしまうイメージの強い人ですが、実際にはそうでもないように思います。リズムも意外に軽快で、色彩も豊か。第3楽章は艶やかに磨き上げた美音で歌い上げる、リリカルな性格。カラヤンお得意の、息の長いフレーズ作りも功を奏しています。強奏部も呼吸が深く、スケール雄大。

 第4楽章は急速なテンポで疾走するものの、緩急はよく練られた演出巧者な演奏。ややヴィルトオーゾ風に傾くきらいもあるので、その辺りは好みを分つかもしれませんが、一級のパフォーマンスを聴いているという手応えはあります。後半の盛り上げ方も気宇が大きく、高揚感あり。このコンビとしては、《イタリア》よりも適性が強いのか、遥かに優れた演奏という印象を受けます。

“格調が高く、重厚でいかめしい一方、歌謡性にも溢れる。録音に問題あり”

リッカルド・ムーティ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1975年  レーベル:EMIクラシックス)

 ムーティの数少ないメンデルスゾーン録音の一つで、序曲《静かな海と楽しい航海》とカップリング。当コンビは翌年にアビーロード・スタジオで第4番も録音していますが、当盤はキングズウェイ・ホールでの収録。遠めの距離感で細部の響きが飽和気味、デッカの録音で聴くのとはホールトーンの印象が異なります。ドイツ的な深みや響きの柔かさは無いですが、高音域の爽快さは指揮者のコンセプトに合致。

 第1楽章は、冒頭からオペラのように歌謡的。表情の付け方なのか、背後にある共感の質なのか、歌い回しが正にカンタービレです。主部のテンポも遅く、足取りにある種の重みがあって格調が高いのもムーティらしい表現。随所にルバートで重みを加えてゆく辺り、彼がよく宗教曲で採るアプローチと近似しますが、旋律線はみずみずしく歌われます。提示部リピートを実行し、演奏時間は18分半。

 第2楽章も落ち着いたテンポで正攻法。録音に問題があり、ディティールが飽和してしまってがちゃがちゃ聴こえるのが残念です。奥行き感も浅く、軽妙さやロマン的な香気を欠く印象。第3楽章はまたスロー・テンポで、じっくりと歌い込む耽美的な表現。このオケの弦の美しさはよく出ていますが、中間部などあまりに厳粛で、ちょっと重々しすぎる気もします。音色が明るいのがせめての救い。

 第4楽章も古典的なスタイルで端正。ムーティはモーツァルトやシューベルトもこのスタイルで振るので、初期ロマン派までは古典音楽と捉えているのかもしれません。画然と構築されたアンサンブルも、ウィーン・フィルやベルリン・フィルなら付加価値で聴けますが、当盤はオケの魅力が弱いかも。アバドやハイティンク、シャイーもそうですが、なぜかこの作曲家の録音には英国のオケが起用されがちで残念です。

“情に溺れず、鮮やかな色彩センスと明晰な音響でスコアを隈なく照射”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:デッカ)

 全集録音中の音源。当コンビは序曲《フィンガルの洞窟》《静かな海と楽しい航海》、カンタータ《ワルプルギスの夜》を録音している他、ドホナーニはクリーヴランド管とも第3、4番を再録音しています。

 第1楽章はくっきりと明快な造形ながら、オケの艶やかな音色、特に弦が魅力的。主部はよく弾むリズムと鋭利なスタッカート、推進力の強いテンポで動感に溢れた表現。金管やティンパニのアタックにも勢いがあり、しなやかなカンタービレとの対比が鮮やかです。響きがクリアなため、各楽器が明瞭に浮かび上がり、カラフルで発色良好。精緻な合奏でシンフォニックに組み立てた演奏ですが、ダイナミックで生気に溢れる所が魅力でもあります。

 第2楽章は落ち着いたテンポで、細部を丁寧にブラッシュ・アップ。正確無比なリズム処理と精細なタッチで、スコアを隈無く照射してゆく様は圧巻です。デュナーミクも巧みで、弱音部のデリカシーが実にチャーミング。オケが素晴らしいパフォーマンスを聴かせていて、明朗な色彩感と、ソフトでまろやかなソノリティが聴き手を魅了します。鮮烈なマルカート、歯切れの良いスタッカートも、溌剌とした印象に繋がっていて効果的。

 第3楽章は情に溺れない、明晰で健康的なアプローチ。細部を雰囲気で流さず、徹底して克明に彫琢するので、ムード音楽風の通俗に堕ちる事を許しません。コラールもソフト・タッチながら厳か。第4楽章は、速めのテンポできびきびと描写。シャープな切り口ながら響きの瑞々しさが際立ち、魅力的な音彩に溢れます。強弱のニュアンスも細かく、敏感なレスポンス、コーダのブレンド感も見事。それらを全て内包しながら内的感興を高めてゆく棒さばきは、鮮やかと言う他ありません。

“水彩のような淡い響き。ソフト・フォーカスの表現を貫徹するハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:フィリップス)

 当コンビは2番を残して全てのメンデルスゾーンの交響曲を録音、その2番だけは同じオケを振って、デビュー間もないシャイーが録音しました。コンセルトヘボウ管はどういう訳かメンデルスゾーンと縁が浅く、ハイティンクのみならずデイヴィスもシャイーも、他のオケで録音しているのが残念。フィリップス・レーベルは数年後、ビシュコフの指揮でこの曲をレコーディングしていますが、そのオケもなぜかロンドン・フィルでした。

 第1楽章は冒頭から抑制が効き、どっぷりとは歌い込まない上品さがいかにもハイティンク。オケは紗のかかったような、水彩のごとき淡い響きで、弦の繊細な響きが美しく、作品に合っています。主部は遅いテンポと儚げな弱音で開始する、いじらしくも控えめな表現。全強奏の所でテンポが一段階上がりますが、柔和なタッチは変わりません。力強さやメリハリには乏しいものの、柔らかな線の美しさは強みです。

 第2楽章は終始ぼかしが入ったような、ソフト・フォーカスを極めた造形。リズム感はいいですが、アタックが丸みを帯びているので角が立ちません。色彩も鮮やかというよりは淡彩で、モノトーンとはいかないまでも、彩度が低いのが特徴。第3楽章はやはり濃密に歌い込まず、さらりとした感触ですが、フレージングは繊細でよく練られています。瑞々しく潤いのあるサウンドと、しなやかな歌も魅力。途中で挿入される金管のファンファーレも、強弱の抑揚がすこぶるデリケート。

 第4楽章はテンポこそさほど遅くはないですが、鋭いアクセントが徹底して避けられているので、最後まで温和な性格を貫徹。リズムも躍動しているけれど、耳当たりが優美で心地良いです。この方向性ならコンセルトヘボウ管で聴いてみたかったですが、オケも心得たもので、響きの透明度が高くて爽快。これで響きが濁っていたら、とても聴いていられなかったかもしれません。コーダはかなりのスロー・テンポで、壮大というより鷹揚な雰囲気。ラインの描き方が滑らかで流麗なのは、最後まで変わりません。

“大いに才気走る一方で、老成した感覚も窺わせる若き日のシャイー。録音は不備”

リッカルド・シャイー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1979年  レーベル:フィリップス)

 シャイーのキャリア初期における、フィリップスへの稀少なレコーディング。同時期にロンドン・フィルと2番も録音しています。このレーベルには同オケ&クレーメルとミヨーやショーソンの録音がある他、ベルリン放送響&アルゲリッチとラフマニノフ録音もあり。シャイーは後年、作曲者ゆかりのゲヴァントハウス管と、珍しいヴァージョンも含めてメンデルスゾーン録音を幾つか行っています。

 第1楽章序奏部は抑制された表情付け。主部は特徴的なリズム・パターンでスタッカートを排除し、ソステヌートで流れるように弾ませているのが独特です。ややアタックの弱さが気になりますが、哀愁を帯びた弦の主題では一段階テンポを落とし、何とも優美なカンタービレを聴かせているのが秀逸。総じて旋律線は艶やかに磨かれている一方、期待される若々しい躍動感は控えめな印象を与えます。後半に至ってやっと、指揮者、オケ両方の持ち味である骨太な力感が発揮される感じでしょうか。

 第2楽章は、冒頭のクラリネット・ソロから鋭敏なリズム感を示し、デリケートな詩情も漂わせて魅力いっぱい。アンサンブルの構築も繊細で、清新な音色とフレッシュな感覚が横溢します。教会での収録で残響が多いのは良い雰囲気ですが、ティンパニが入ってくるとマスの響きが飽和気味になるのが難点。

 第3楽章は若手らしからぬスロー・テンポで、見事に配合されたユニゾンの美麗な響きが魅力的。金管のコラールはロンドン響特有の音色で、遠近感も深遠な一方、敏感なアクセントも盛り込んでナイーヴな感じやすさを表します。息の長いフレーズの掴み方には、大器の片鱗もあり。

 第4楽章は、色彩とアーティキュレーション、ダイナミクスを鮮やかに描き分けた好演ですが、長すぎる残響がそのシャープな効果を妨害してしまっているのは残念。終結部は悠々たるスロー・テンポで、独特の造形。ブルックナーばりの雄大なスケールで、壮麗に盛り上げていて圧巻です。

“見事な造形感覚を示す指揮者と、美しい音色で応えるオーケストラ”

アンドルー・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1980年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 当コンビ唯一の共演ディスクですが、国内盤が出た事はないと思います。LPでは序曲《美しいメルジーネ》がカップリングされていましたが、CD化の際にはセル/クリーヴランド管の《イタリア》とカップリングされたため、序曲は割愛されてしまいました。A・デイヴィスは正当な評価を受けていないと思われる指揮者の一人で、当盤も忘れられがちな音源ですが、同曲屈指の名盤だと思いますので、国内でも切に発売を望みます。

 第1楽章は、序奏部から管弦のバランスが理想的と言えるほど素晴らしく、弦の美麗なカンタービレに思わず聴き惚れます。輪郭をぼやけさせる事なく、クリアな響きの中から明瞭にアウトラインを浮かび上がらせ、柔らかな幻想味も存分に湛えている所はさすが。主部も推進力が強く、主題提示に木管を加えて繰り返す所ではっきりと色彩の変化を打ち出し、フレーズの表情を鮮やかに描写する辺りは、秀逸な造形と言う他ありません。リズムも鋭敏で生気に満ち、随所に伸びやかなカンタービレを盛り込みながら、活力と歌心溢れる音楽を構築しています。オケの音彩の美しさも絶妙。

 第2楽章も、冒頭からチャーミングな音感と尖鋭なリズム感が印象的。デリカシー溢れるセンスで、繊細な合奏を繰り広げます。第3楽章は、バイエルン放送響特有の美しい弦の音色と、A・デイヴィスらしい慈愛に満ちた歌が相乗効果を上げる好演。まろやかにブレンドしながらも、明晰さと立体感を失わないソノリティも味わい深いもの。爽やかな叙情と深いコクを共存させた響きは、作品にもふさわしいです。

 第4楽章は速めのテンポで、敏感なレスポンスとメリハリの効いた強弱で生き生きと描写。オケもフットワークが軽く、フレッシュなセンスを聴かせるデイヴィスの棒にぴたりと付けて、一体感の強い合奏を繰り広げます。終結部は、ややリズムの緊密さが緩む印象もありますが、柔らかく豊麗な響きで締めくくっています。

“明確な句読点でシンフォニックに構築。オケの音色美も聴き所”

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1983年  レーベル:オルフェオ)

 《真夏の夜の夢》序曲とカップリング。当コンビは第4、5番も録音している他、デイヴィスは同曲と第5番をシュターツカペレ・ドレスデンとライヴ収録しています。彼のメンデルスゾーン録音は、ボストン響との《イタリア》、《真夏の夜の夢》抜粋もあり。

 第1楽章は潤いのある、柔らかなソノリティで開始。特にヴァイオリン群の音色の美しさは言語に絶します。主部は落ち着いたテンポで、句読点の明確なフレージングがデイヴィスらしく、アーティキュレーションに曖昧さを一切残しません。フレーズや音響の造形が堅固で、克明に刻まれるリズムがシンフォニックな構築性を感じさせるのも特徴。この曲にありがちな、いわゆる流麗にさらさらと流れてゆく演奏ではありません。それでいて、繊細なタッチと叙情性を感じさせるのがこの指揮者の凄い所。オケも、滋味豊かな響きと豊かな歌心で好演しています。

 第2楽章も、遅めのテンポで細かいリズムを精確に刻んでゆく所に、デイヴィスらしい折目正しさを感じさせます。それが保守的なベクトルではなく、エッジの効いたモダンさに繋がるのが旧世代のアーティストと一線を画する点。それでも全体に芳醇な香りが漂うのは、バイエルン放送響を起用するメリットと言えるでしょうか。木管のくっきりと鮮やかな音彩も素敵。トゥッティには無用な力みがなく、自然体の佇まいです。

 第3楽章も、ぎっしり音の詰まった重厚なドイツ風サウンドではなく、明朗で透明度の高い響きが好印象。そこにみずみずしい歌が溢れる表現が魅力的です。控えめに用いられるルバートも間合いが見事。かなりのスロー・テンポですが、甘口には傾かない節度と気品があります。

 第4楽章は落ち着いたテンポながら、冒頭の主題提示から強弱のニュアンスが細かく、雄弁な語り口。続く展開も、伴奏型の表情など鋭敏そのもので、ディティールまで精緻に描写された演奏と言えるでしょう。コーダは、大らかな情感の発露よりも、がっしりとした造りが印象的な表現。リリカルさが強調されがちなこの交響曲としては、男性的な性格が勝った演奏です。

“若さを感じさせぬ円熟味と並外れた繊細さ。抜群の才能を示すビシュコフ”

セミヨン・ビシュコフ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:フィリップス)

 第4番とカップリング。ビシュコフのメンデルスゾーン録音は、フィルハーモニア管&ラベック姉妹との二重協奏曲があります。当コンビのレコーディングは、当盤が恐らく唯一。フィリップスの英国録音はフォーカスが甘いものも多いですが、当盤は豊富な残響を取り込みながら直接音が鮮明で、クリアな音響が胸のすくように爽快です。

 第1楽章序奏部は、オケのみずみずしい音色とビシュコフの繊細な音作りが相まって、素晴らしい仕上がり。フルートの爽やかな高音域をトップに管弦のバランスが見事で、ヴァイオリン群のデリケートな歌い口も素敵。

 主部は音を流麗に繋いでゆくソステヌートの表現で、どこかカラヤン・チルドレンの趣もありますが、リズムが生き生きと弾んで動感が強いのは魅力的。弦のトレモロ一つにも、優れたリズム・センスを感じさせます。しなやかにうねる旋律線も美しく、控えめなポルタメントも用いて艶っぽく歌わせる一方、儚げな弱音の効果も抜群。コーダ前後の棒さばきも卓抜で、新進指揮者とは思えないほど円熟した感性で、味わい深く聴かせます。

 第2楽章も、一体感のある緻密なアンサンブル。意識が覚醒して集中力が高く、リズムへの反応が機敏です。第3楽章は旋律線の表情が素晴らしく、暖かな情感を湛えながら、多彩なニュアンスで共感に満ちた歌を紡いでゆく所、並の才覚ではありません。強奏部ではさりげなく力感を開放し、熱い感興の高まりや響きの壮麗さも自然に表現されています。各パートの音響バランスや色彩の配合も完璧。コーダへの減衰、減速のやり方も、ため息が出るほどに繊細です。

 第4楽章は速めのテンポで、楽章間の性格の対比を強調。拍節感に工夫があり、全体を流れるような調子で造形しているので、不必要に速く感じたり、細部の処理がおろそかになる事はありません。むしろ、落ち着いてディティールを丹念に描写している印象です。オケも合奏の精度とソノリティの美しさを両立させていて好演。コーダのトゥッティなど、金管やティンパニのバランスにやはりどこか、ビシュコフの才能を見出したカラヤンのサウンドを想起させる所があります。

“豪放な力感と爽やかな歌心が好対照を成す佳演”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 第4番とカップリング。レヴァインのメンデルスゾーン録音は、シカゴ響との《真夏の夜の夢》もあります。イエス・キリスト教会での録音はやや残響過多で、一部弦楽器が突出して聴こえる箇所もあったりと、バランスにもやや難がある印象。

 第1楽章序奏部はスロー・テンポで嫋々と歌わせ、オケの艶やかな音彩を生かして秀逸。レヴァインの棒もニュアンスが多彩でリリカルです。主部はテンポ良く、きびきびと進行。リズムが鋭利で、バネが効いてよく弾みますが、残響の長い録音が、演奏自体が狙っている明晰さとシャープな効果を阻害している印象もあり。敏感なアーティキュレーション処理によって、ディティールを生き生きと活写する様には好感が持てます。

 第2楽章は弱音部の木管群など、アンサンブルが繊細。スタッカートの切れが無類に良く、鋭敏なリズムとみずみずしい歌心の対比が鮮烈な印象を残します。第3楽章は遅めのテンポで流麗ながら、決して甘ったるくならず、さわやかな叙情と巧みな語り口が光ります。オケの美質も全面に出しつつ、タクトで引き締めるような体裁。

 第4楽章は歯切れが良く、躍動感に溢れる一方、奥行き感の深い音響空間によってスケールの大きさも出ています。思い切りの良いアクセントと豪放な力感が、デリケートな弱音部の表情と好対照を成す所は、いかにもレヴァインらしい表現。壮麗無比なコーダも、胸のすくように痛快です。

“作品の核心を突く素晴らしさで、旧ウィーン盤に迫る出来映え”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:テラーク)

 カンタータ《ワルプルギスの夜》とカップリング。ドホナーニは70年代にウィーン・フィルと全集録音をしている上、序曲《フィンガルの洞窟》《静かな海と楽しい航海》、カンタータ《最初のワルプルギスの夜》も録音していて、当盤はカップリング曲ともども再録音となります。

 第1楽章は、序奏部からまろやかなサウンド。主部も速めのテンポながらアタックが柔らかく、ふくよかな響きが耳に残ります。情緒的にはやや淡白ですが、旋律の歌わせ方が美しく、ソノリティもロマン派音楽と相性が良し。リズムの精度が高く、合奏が整然と統率されているため、造形がよく引き締まり、音楽がだらだらと流れてしまう事がありません。各パートの艶やかな歌も美しく、ウィーン盤に引けを取らない魅力があるのには驚かされます。

 第2楽章は卓越したリズム感を駆使しながらも、パステル画のようにソフトで滑らかなタッチがユニーク。決して淡彩ではなく、色彩面は鮮やかなのですが、アタックが丸くて柔かなのが独特の気持ち良さに繋がっています。アクセントは明瞭で、スポーティな動感は十分に表出。

 第3楽章も自然体のフレージングで柔和に歌う、豊麗な演奏。テンポに適度な推進力があり、響きも明朗で厚ぼったくならないので、常に爽やかな風通しの良さが感じられます。第2主題はリズムが精確で、小気味の好いメリハリが効いていますが、どこまでも軽快で、決して重厚にはなりません。

 第4楽章も速めのテンポでてきぱきと進行し、鮮烈な隈取りも聴かれますが、それでいてどぎつさのない、まろやかな口当たりが特徴。とにかく響きがよく練られ、まろやかにブレンドします。木管のアンサンブルなど、細部のデリカシーもセンス満点。敏感によく弾むリズムも素敵です。コーダも全く力まず、自然体の音楽作り。大袈裟な身振りはないですが、内的な感興は豊かです。

 当コンビのロマン派作品はシューマンの全集も素晴らしかったですが、作品の核心を衝く絶妙な表現と感じられます。こういう理想的な演奏がアメリカから出て来るというのは、欧州の演奏家達にとって皮肉な事ではないかと思のですが。

“正攻法ながらあらゆる点で音楽性の高い、圧倒的な演奏表現”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 サンフランシスコ交響楽団

(録音:1991年  レーベル:デッカ)

 《イタリア》とカップリング。ブロムシュテットは同曲を、後にゲヴァントハウス管とライヴ録音しています。柔らかく深みのある響きと、シャープで堅固な造形を両立させたこの指揮者らしい演奏で、奇を衒う箇所はありませんが、正攻法でスコアの本質に迫る姿勢は好感が持てます。内的な感興が豊かで、みずみずしい歌に溢れるのと、オケの音色が明るいのは美点。

 第1楽章は、提示部をリピート。もう少し細部を厳格に詰めるかと思いましたが、意外に肩の力が抜けていて自然体。その中にも豊富なニュアンスが盛られています。クラリネットなど、その音色だけで多くを語るかのよう。リズム処理は克明で、合奏は緻密そのものです。哀調を帯びた弦の経過句など、弱音ではかなげな叙情を込めながらも、テンポをあまり落とさずフォルムを維持しているのはさすが。

 第2楽章は小気味好いリズムで軽快に造形し、スコアの本質を衝いた名演。力みはないものの、くっきりとピントの合っている感じは、意外に他の演奏で聴けないものです。第3楽章の、潤いに満ちながらも情に溺れない歌謡性は見事。まろやかな響きも美しいです。第4楽章はスピーディなテンポで、きびきびと展開。かっちりと構築されたアンサンブルの中に、豊かな情感が横溢するのが素晴らしいです。充実した響きながらタイトに引き締めたコーダも秀逸。

“細かい技が随所に光る、隠れた才人ヴェラーのセンスに脱帽!”

ヴァルター・ヴェラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:シャンドス)

 序曲《フィンガルの洞窟》を含めた全集録音から。ヴェラーはスコティッシュ・ナショナル管と、《真夏の夜の夢》抜粋盤も録音しています。このレーベルらしく、教会を会場にした残響豊かなサウンドですが、細部はクリアにキャッチされていて、艶っぽく爽快な響きに収録されています。ウィーン・フィルのコンマスから転身したヴェラーはなぜか人気がないですが、どのディスクを聴いても教えられる事が非常に多く、個人的に高く買っている指揮者です。

 第1楽章は、序奏部から繊細で解像度の高い弦の響きが素晴らしく、歌い回しや音色に独特の艶っぽい魅力があります。雰囲気で流さず、きっちりと合奏を構築するのはコンマス出身の美点でしょうか。主部も力みのない流麗なタッチながら、よく整理された響きと律儀に揃えられたアインザッツ、歯切れの良いスタッカートで巧みに造形。ちょっとしたテンポ・ルバートが効果的で、凛々しい抒情性を湛えているのも魅力です。

 第2楽章はわずかに前のめりのテンポ感が絶妙で、トゥッティも肩の力が抜けて軽快。響きが驚くほど透徹し、細部まで緻密に彫琢されているのが凄いです。音色も多彩。第3楽章も集中力が高く、デリカシー溢れる弱音を駆使して緻密なダイナミクスとバランスの上に音楽を作り上げています。全編に横溢する優しい歌心も素敵。第4楽章はかなり速めのテンポながら、緊密なアンサンブルを維持して疾走感と軽妙な動感を巧みに表出しています。わずかな加速を用いたコーダのアゴーギクも巧み。

“個性的な解釈を盛り込む一方、乗りの良い身体感覚も”

ニコラウス・アーノンクール指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:テルデック)

 イタリア、フェラーラでの収録で、第4番とカップリング。当コンビのメンデルスゾーンは、ライヴ収録の《真夏の夜の夢》《ワルプルギスの夜》もあります。第1楽章は意識的なフレージングを用いながら、情感的にはやや淡白な序奏で開始。主部も明快なアーティキュレーションでメリハリをくっきり付けますが、小編成でアクセントが鋭利なのを除けば、存外オーソドックスな解釈。旋律線が流麗で、アゴーギクの柔軟性も確保されているので、音楽が決して硬直しないのは美点です。

 第2楽章は、正確でエッジの尖ったリズムが痛快。平均的なテンポ設定ですが、リズム感が良く、フットワークが軽妙なのが何よりです。第3楽章は、ノン・ヴィブラートによる弦のカンタービレが清新。第2主題でのリズムの強調と、細かく対比を付けた強弱の演出がアーノンクールらしいです。

 第4楽章は主題提示がいかにも過敏で、ブラスを強調して響きの骨格を剥き出しにする音作りが独特。弱音部のレガート奏法とのコントラストも、ピリオド系特有のスタイルです。グルーヴの作り方がうまく、聴き手の身体が自然に動き出すような強弱の波を繰り出す技は非凡で、同じ指揮者がガーシュウィンのオペラを手掛けるのも、あながち突飛な行為ではなかった事が分かる演奏です。細部にこだわる一方で、全体の設計がよく見えていなければ、こういう表現は不可能でしょう。

“美しい響きを聴かせる一方、合奏の緩さや緊張感の欠如に問題あり”

ウラディーミル・アシュケナージ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団

(録音:1996年  レーベル:デッカ)

 全集録音中の一枚。編成を小さめにしているのか響きの見通しが良く、各部のラインが明瞭に聴き取れる演奏。録音も残響音を豊かに取り入れながら、ソロ楽器の艶やかなサウンドもクリアにキャッチした、デッカらしいものです。

 第1楽章は、柔らかでみずみずしいソノリティの中に、鋭敏なリズムを挿入。主部はイン・テンポ気味で、情感的には中立を保って客観的という印象です。旋律はよく歌い、音色も美麗ですが、共感を込めて熱く盛り上がるタイプではありません。第2楽章は速めのテンポで、細部まで精細ながら、アクセントにやや峻厳さが不足。スケルツォ的な軽さを優先させた表現なのかもしれません。

 第3楽章は流麗で、ニュアンス豊か。フルートの音色が味わい深く、印象に残ります。対位法に留意しながらも旋律美をよく打ち出し、ロマン的な芳香も充溢。ただ、アシュケナージではよくあるのですが、遅いテンポのトゥッティで、付点音符のアインザッツが揃わないのは気になる所です。

 第4楽章はかなり速めのテンポ。リズム処理に幾分緩さがあって、今一つ締まりがないのは残念。ブラスが入ってくると鋭さが出て気にならなくなるのですが、これは指揮者の根本的な問題と思われます。アゴーギクは中庸を行くスタイルで、弱音部も緊張感が不足。ダイナミクスは細かく演出され、ソロをはじめ、オケが表情豊かで素晴らしいパフォーマンスを繰り広げます。コーダも大味というか、主部との対比がほとんどなく、感情の起伏や変化に乏しい印象。

“親しみやすさを犠牲にしても、シンフォニックな構成論理を重視するテイト”

ジェフリー・テイト指揮 フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団

(録音:2000年  レーベル:Maggio Live)

 楽団自主レーベルによるライヴ録音で、ラクリンをソロに迎えたヴァイオリン協奏曲(95年収録)とカップリング。テイトのメンデルスゾーン録音は珍しいですが、他にロッテルダム・フィルとの《真夏の夜の夢》があります。直接音は近接気味で鮮明ですが、残響がデッドで奥行き感もやや浅い印象。それでも、ドライすぎて古いモノラル録音みたいなカップリング曲よりは改善されています。

 第1楽章序奏部は、スロー・テンポで詠嘆調。オケの艶やかな音色も生かした、流麗な表現です。主部は一転して速めのテンポで、熱っぽい疾走感が聴きもの。一方旋律は優美に歌われ、特に対旋律の動きが強調されているのか、響きの立体感が際立ちます。ただ旋律線を追う一辺倒ではなく、動機の扱いやオーケストレーションの綾を巧妙に打ち出し、多少親しみ易さを犠牲にしても全体をシンフォニックに構成する堅固な姿勢はテイトらしい所。

 第2楽章も遅めのテンポで、通常は勢いで演奏されがちな細かい音符も、細密画のように精緻に切り出しているのがユニーク。どんな一瞬の経過音も雰囲気で流す事を禁じているかのようです。それでいて弱音のデリカシーも生かされているのはさすが。第3楽章もゆったりとした足取りで、ぐっと音量を抑えてはかなげに歌う個性的な表現。遅い上に弱音主体なので、メンデルスゾーンには異例なほど静謐で厳粛な音楽に聴こえます。

 第4楽章は速めのテンポ。ただ、スピーディに疾走するというより、拍節の取り方を倍にしている感じで、佇まいは落ち着いています。合奏はよく統率され、残響が少ないせいもあってか、すき間の多い整然とまとまった音。音色に艶っぽい光沢がなければ、イタリアのオケだと思わないかもしれません。コーダは気宇壮大に盛り上げず、コンパクトにまとめた印象。

“オケの音色美を生かしつつも、鋭利でモダンな感性が持ち味”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2004年  レーベル:querstand)

 同コンビのライヴ音源を集成した5枚組セットから。同時に演奏された序曲《ルイ・ブラス》、ピアノ協奏曲第2番(ソロはベルント・グレムザー)も収録されています。当コンビのメンデルスゾーン録音は、ティボーデとの2曲のピアノ協奏曲、オラトリオ《エリア》がある他、ブロムシュテットはサンフランスシスコ響とも同曲及び《イタリア》を録音しています。

 第1楽章は、提示部リピートを実行。まろやかな第1ヴァイオリンをはじめ音色が美しく、流麗な歌に聴き惚れますが、リズムが克明でシンフォニックな造形感覚を維持しているのはブロムシュテットらしい所。主部は遅めのテンポで開始した後、ティンパニが入るリズミックな箇所でテンポを上げて畳み掛けます。エッジが鋭く、スタッカートで丹念に切り上げてゆく語り口も、モダンな感性の表れ。やや前のめりのテンポで、勢い良くアクセントを叩き込むなど、烈しい感情表現も盛り込みますが、緩急は巧みに形成されています。弾みの強いリズムも、強靭な動感を表出。

 第2楽章は速めのテンポでシャープな造形。鋭敏で軽快なリズムを駆使する一方、繊細な弱音も盛り込みますが、ティンパニの激しい連打はやや過剰に聴こえ、仕上げが粗い印象も残します。ただ合奏の集中力は非常に高く、全編にスピーディーな勢いと緊迫感が溢れます。

 第3楽章は、第1、第2主題共にスタッカートの切り方など、フレージングに独自の解釈あり。細かいこだわりを聴かせています。優美で艶やかなカンタービレにはオケの美質も生かされますが、鋭利な金管が入ってくるトゥッティは骨張った響きで、やや音が荒れる傾向。

 第4楽章は無理のないテンポながら、内的感興がホットでライヴらしい高揚感があります。ディティールの細やかな表情付けも見事ですが、各パートの自発的なパフォーマンスも味わい豊か。尖鋭なリズム処理は痛快に感じられる一方、もう少し響きに柔らかさがあればとも思います。

“珍しい初稿版によるライヴ盤。演奏は生気に溢れる一方、やや粗さもあり”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2009年  レーベル:デッカ)

 メンデルスゾーン・ディスカヴァリーズと名付けられたライヴ盤から。当コンビは第2番と《真夏の夜の夢》序曲、ヤンセンのソロでヴァイオリン協奏曲も録音している他、シャイーにはロンドン・フィルとの第2番、ロンドン響との第3番の録音もあります。

 初演から出版までの間に手を入れられた現行版ではなく、ライプツィヒ初演と続くロンドン公演で演奏された初稿版で演奏されているのが呼び物。1829年の第1楽章冒頭のスケッチも収録しています。カップリングは、ピアノ協奏曲第3番の補完完成版、《フィンガルの洞窟》のローマ稿である序曲《ヘブリディーズ諸島》。内容が違うのは両端楽章で、いずれも展開部が長く、第4楽章は提示部の後半も異なっています。完成稿では様式感を重視し、タイトにまとめた事がよく分かる改稿。

 第1楽章は冒頭からオケのソノリティが素晴らしく、まろやかな美しさを堪能。主部は速めのテンポを採択し、金管のアクセントもエッジが効いてシャープ。弾力の強いリズムと勢いのあるアタックで、熱っぽい表現を繰り広げ、ライヴらしい感興がある一方、やや音が荒れる傾向もあります。テンポが前のめりな上、やや間を詰めてくる感覚もあって、非常に強い前進力を示す印象。弱音部では弦と木管の音色美もよく出ています。

 第2楽章も速めのテンポで、テンションの高い表現。アンサンブルは精緻に組み立てられていますが、勢いと生命力が優先された感じです。第3楽章は、やはり流麗なスタイルで、オケの音色の美しさを生かしたパフォーマンス。コラール部分も最初の方は豊麗で美しいですが、再現ではやや力みがみられ、角が立って響きが荒れます。

 第4楽章は速めのテンポで勢い良く疾走。アーティキュレーションが工夫され、音楽が滑らかなラインを描くようにフレーズがうまく連結されているのが特徴。ただしそれでフレーズがさらさらと流れるだけではなく、ティンパニと金管が鋭利なくさびを打ち込んできます。終結部は、壮麗ながら透明感もあるサウンドで力強く展開。

“独自の解釈を盛り込み、荒々しいほどアグレッシヴに突き進むガーディナー”

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:2014年  レーベル:London Symphony Orchestra)

 楽団自主レーベルによる全集録音の一枚で、《フィンガルの洞窟》序曲、マリア・ジョアン・ピリスと共演したシューマンのピアノ協奏曲とカップリング。バービカンでのライヴ収録で、弦や木管など音自体はしなやかで艶っぽいですが、会場のアコースティックがややデッドで、奥行き感が浅いのがこのレーベルの残念な所。弱音部で特に潤いが不足しがちな一方、直接音は生々しく収録されています。

 第1楽章は、冒頭からスタッカートでロングトーンを切ったり、独特のフレーズ解釈あり。ヴァイオリンの高音もノン・ヴィブラートですうっと伸びるので、通常とは違う手触りを感じます。主部はテンポが速い上にアタックが強く、荒々しいほどの勢いで疾走するアグレッシヴな表現。過敏なフォルテピアノや刺々しいアクセントなど、ピリオド系ど真ん中のスタイルを徹底しています。しなやかな旋律線も明瞭な対比を演出しますが、全体としてはガーディナーらしい熱情の発露が支配的。提示部のリピート実行。

 第2楽章も、スピーディーなテンポで軽快。ただしティンパニが騒々しく連打する辺りは、他の演奏と雰囲気を異にします。管楽器の同音連打もまるで銃弾のような勢いと烈しさ。良く言えば賑やかで元気一杯、悪く言えば落ち着きのない演奏です。

 第3楽章は、ノン・ヴィブラートの弦楽セクションがストレートに旋律美を伝える一方、響きが分離するのでまろやかさに乏しく、混濁して汚く聴こえます。70年代からのクラシック・ファンには、アーノンクールのモーツァルトやベートーヴェンを最初に耳にした頃の感じというと伝わりやすいかもしれません。第2主題のリズムのアタックに、強いアクセントを付けているのもユニークです。

 第4楽章はまた急速なテンポで、勢いの強さを表現。金管のエッジを強調し、速い音符を勢い良く弾き抜けるスタイルは、ややムード音楽的に演奏されてきた感もある保守的なメンデルスゾーン像に、新鮮なカウンターパンチを食らわせるものと言えるかもしれません。それに、どこか第4番《イタリア》の終楽章と呼応し合う印象を与えるのも面白い所です。終結部は平均的なテンポで、スコア解釈もオーソドックス。

“HIPの特色を全て持ち合わせながら、ロマンティックな語り口は意外”

パブロ・エラス=カサド指揮 フライブルク・バロック管弦楽団

(録音:2015年  レーベル:ハルモニア・ムンディ)

 全集録音の一環(第2番はバイエルン放送響)で、第4番とカップリング。当コンビは同時に序曲《フィンガルの洞窟》《美しいメルジーネ》の他、ベザイデンホウトとピアノ協奏曲第2番、イザベル・ファウストとヴァイオリン協奏曲も録音しています。ピリオド楽器のオケで完全にHIPのスタイルですが、フライブルクではなくスペインのムルシアで収録。

 第1楽章は、序奏部から管楽器の和音に独特の倍音が含まれ、それがどこかバグパイプを思わせるのは偶然でしょうか。アーティキュレーションが細かく描き分けられ、表情が徹底して雄弁なのは予想通りですが、主部も含めて語り口はむしろロマンティックで、イン・テンポの機械的な表現とは真逆の印象です。アタックの鋭さやレスポンスの敏感さはあるものの、ねっとりと粘性を帯びたカンタービレは魅力的。テンポも遅めで、むやみに疾走しません。提示部リピートを実行。

 第2楽章はさほど速いテンポではないものの、音の佇まいが軽妙で、バロック・アンサンブルらしい一体感が横溢します。また全体に言える事ですが、管楽器の内声が明瞭に立っているので、色彩感が鮮やか。フレッシュな躍動感と相まって、目の覚めるような生気に富んでいます。

 第3楽章は、ノン・ヴィブラートの弦が清澄な歌を展開。かつてロマン派音楽の演奏に付き物だった、むせ返るように濃厚な音色や響きの飽和感は、完全に払拭された印象です。第4楽章もあらゆる音符をくっきりと切り出してゆく趣で、弦のトレモロの精度が恐ろしく高いのもこの演奏の特徴。各パートの自発性も豊で、管楽器の内声リズムや対旋律も、歌うように生き生きと表現されるのが愉しいです。

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