プロコフィエフ / 交響組曲《キージェ中尉》

概観

 プロコフィエフは映画音楽をたくさん書いていますが、この曲も1934年製作の映画の為に作曲した素材を再構成したもの。あらすじが面白いので、ご紹介します。

 “ある日、皇帝がうたた寝をしていると、女官の悲鳴が聞こえてくる。怒った皇帝は「今日の当直責任者は誰か」と問うが、狼狽した廷臣が曖昧に答えたのを「キージェ中尉」と聞き違え、実在しない中尉をシベリア流刑にしてしまう。

 しかし、暗殺を阻止する為にわざと悲鳴を上げさせたのかもしれないと思い直した皇帝は、中尉を呼び戻し、褒美に美しい妻を娶らせるように命令。こうして、架空の人物の為に盛大な結婚式が行われるが、困り果てた大臣達のアイデアで「中尉が急死した」という偽りの知らせが送られ、おごそかな葬儀で締めくくられる。”

 帝政ロシア時代の宮廷を痛烈に風刺した作品ですが、この映画は現存するのでしょうか。ちょっと見てみたい気がするのですが。プロコフィエフの音楽はすこぶる気の利いたもので、人を食ったようなユーモア感覚とロシア歌謡風のメロディが同居する、不思議な世界です。

 特に1曲目のクライマックス、間の抜けたワン・コードで延々と押してゆく所は、ユーモアというよりギャグに近い感覚。プロコフィエフはこの部分にメジャー・セブンスのコードを使っていますが、クラシック音楽でこういう響きを使う作曲家は近代でもほとんどおらず、とびきりハイセンスにきこえます。プロコフィエフはこの和音を好んで使う作曲家で、ピアノ協奏曲第1番の冒頭など、やっぱりとてもお洒落にきこえます。

 全5曲、約20分という短い作品ですが、この内容にはちょうどいい長さ。唯一の不満は、《キージェの葬式》がそれまでに出てきたメロディのコラージュで、新鮮さに欠けて物足りない所。しかし、ブルックナーやマーラーばかりがもてはやされる演奏会にあって、こういう曲こそコンサートで聴きたいです。

 《ロマンス》や《トロイカ》は小澤盤のように歌入りのヴァージョンもありますが、こちらは演奏自体が生硬。お薦めディスクは、断トツに鋭くパワフルなアバド盤とマータの83年盤、モダンなセンスとドラマ性で聴かせるマリナー盤、軽妙かつ鮮烈なデュトワ盤、圧倒的な説得力で迫るフェドセーエフ盤、雄弁な語り口のテンシュテット盤。

*紹介ディスク一覧

69年 セル/クリーヴランド管弦楽団 

74年 ドラティ/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 

74年 プレヴィン/ロンドン交響楽団   

76年 コンドラシン/フランス国立管弦楽団  

77年 アバド/シカゴ交響楽団

78年 T・トーマス/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

80年 マリナー/ロンドン交響楽団 

81年 マゼール/フランス国立管弦楽団

83年 マータ/ダラス交響楽団   

83年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 

86年 プレヴィン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック  

88年 マータ/ダラス交響楽団

89年 N・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 

90年 デュトワ/モントリオール交響楽団  

90年 小澤征爾/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

93年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団  

07年 P・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団 

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“整然たるパフォーマンスを展開する名盤ながら、ユーモア・センスの欠如も”

ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1969年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 カップリングの《ハーリ・ヤーノシュ》共々、代表的名盤として親しまれてきたもの。こういう曲は意外に一流オケの録音が少ないので、それだけでも聴き応えがあります。クリーヴランド管のパフォーマンスはさすがで、音色も磨き抜かれています。造形も非の打ち所がないくらいに整い、いかにもセルらしい整然とした演奏。それだけに、くだけた調子やユーモアのセンスも欲しくなりますが、これほどの演奏を前にしてはそれも贅沢でしょうか。録音は状態が良く、クリアで聴きやすいもの。

“彫りの深い造形ながら、さらなる味わいと機動力を求めたい所”

アンタル・ドラティ指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:デッカ)

 カップリング不明ですが、同時期にコダーイの《ハーリ・ヤーノシュ》の録音(フィルハーモニア・フンガリカとの有名な盤とは別録音)があるので、そちらがオリジナルと思われます。ドラティの棒は遅めのテンポで掘りが深い一方、ユーモアと機動力では一歩劣る印象。曲の途中であまり大きなテンポ・チェンジがないので、その鈍臭い感じがユーモラスと言えなくもないです。

 メリハリが弱いために端正な造形に感じられますが、晩年のドラティであればさらに老練な味わいが醸し出されたのではないかと悔やまれます。唯一個性的なのが《キージェの葬式》の超スロー・テンポ。対位法の立体感も生かされ、音響に対するセンスも見事です。オケは優秀で、トゥッティの響きも充実していますが、アーティキュレーションには独特の癖あり。

“ややのんびりした性格ながら、明快で親しみやすい表現”

アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1974年  レーベル:EMIクラシックス)

 オリジナルのカップリングは分かりませんが、当コンビはプロコフィエフを多数録音している他、同曲にはロス・フィルとの再録音盤もあります。《キージェの誕生》は遅めのテンポながらエッジが効いて、中間部はトランペットのリズム感と鋭利さが痛快。バスドラムが弱腰でもやもやするのは残念ですが、プレヴィンならこんなものかもしれません。《ロマンス》もゆったりした佇まいで、ルバートも感覚的に強調したロマンティックな表現。オケのまろやかな音色も曲調とプレヴィン・スタイルに合っています。

 《キージェの結婚》はアタックを丸めてひたすらソフトな序奏と、のんびりした調子の主部がユーモラス。もう少し音色を際立たせ、ぴりっとしたアクセントがあると有り難いですが、それは次の《トロイカ》序奏部で達成されるので、あくまで意図的な解釈のようです。主部の明快で親しみ易い性格もこの指揮者らしく、ピッコロの効果もよく生かされています。《キージェの葬式》は、ポリフォニックなこの曲としてはすこぶる明快な表現に感じられますが、それは鮮明な色彩と和声感によるものと思われます。

“濃厚な表現で賑やかに暴れ回る、シャンゼリゼのコンドラシン”

キリル・コンドラシン指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:アルトゥス)

 チャイコフスキーの第4番とカップリングされた、シャンゼリゼ劇場ライヴ盤。珍しい顔合わせですが、同時にショスタコーヴィチの第8番、シベリウスの第2番、ラヴェルの《マ・メール・ロワ》組曲も発売され、度々客演していた事を窺わせます。会場のノイズは生々しい音でキャッチされていて、人によってはかなり気になるかもしれません。

 《キージェの誕生》冒頭は、会場の制約もあるのか遠近感が不十分ですが、続くスネア・ドラムも軍楽隊ばりに爆音で叩かれるので、コンドラシンの解釈自体が弱音を重視していないのかも。続く行進曲も実に賑やかで、雷のような轟音を響かせるバス・ドラムをはじめ、オケの華やかな音色を生かして豪快。そのままの勢いで突入する《ロマンス》は、指揮者の無骨なイメージからすると意外に濃厚な味付けで、テンポがかなり極端に変動。節回しもたっぷりしていて表情が濃いです。

 《キージェの結婚》も大砲のようなバス・ドラムの強打で始まり、自棄気味の荒っぽいメリハリを付けたトランペット・ソロがユニーク。《ロマンス》は音色が華麗な上、速めのテンポで勢いがあってテンション高し。アーティキュレーション、旋律線の表情も個性的です。《キージェの葬式》も極端なスロー・テンポで開始するなどデフォルメが効き、コンドラシンがプロコフィエフのアイロニーに共感を示している様は少々意外。ポリフォニー進行の辺りも熱っぽいテンションを維持し、音色的にも情感的にも面白い効果を生んでいます。

“プロコフィエフのユニークなスコアを完璧に再現した驚異的演奏”

クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1977年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 私にとって、《キージェ中尉》といえばこの盤。この頃のアバドは、妙に達観した後年の彼と全然違って、同世代の中でもひときわダイナミックな演奏で注目されていました。勿論それだけではなく、知的な面でも傑出していたために有望視されていたわけですが、彼がオーケストラから引き出す色彩感の豊かさとエネルギッシュな力感には、その後の彼にはない面白味があります。

 当時、アバドの録音の中から厳選して45回転盤仕様で再発売されたシリーズがあり、父はその中の《キージェ中尉》を持っていました。CD世代の人はご存知ないでしょうが、レコードの溝をより早いスピードで針がトレースするので、音質が向上する代わりに収録時間は減るわけです。《キージェ中尉》1曲でLP両面という誠に贅沢な商品ですが、その音が未だに印象に残っているわけですから、音質面でのメリットは確かにあったと思います。

 とりわけ、1曲目の《キージェの誕生》で連打される大太鼓の大砲のような迫力、咆哮するブラス・セクション、ピッコロの鋭い高音域には驚きました。今CDできくと、大太鼓の強打では音が歪んでいます。アバドがぶつけてくるストレートな力感と、鋭敏な音色センスも見事。2曲目以降も、プロコフィエフのユニークなスコアを余すところなく音にした驚異的な表現で、この曲の理想的なプロポーションを獲得した名盤だと思います。カップリングはスキタイ組曲《アラとロリー》で、これも同曲の代表的な名演。

“作品の抒情性をすくい上げる事でペーソスを表出”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1978年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 T・トーマス初のプロコフィエフ録音。他に《3つのオレンジへの恋》組曲と、アメリカ序曲という珍しい作品が収録されています。《キージェの誕生》ではトゥッティでの各楽器の分離、解像度の高いサウンドに驚かされますが、エッジの鋭さこそあれ、アバドの研ぎ澄まされた感覚や、大胆な音量的コントラストをきいた後では、さすがに物足りなさを感じます。むしろ、卓越したリズム・センスと軽妙なタッチを生かした表現です。

 《ロマンス》は、スタッカートを多用したユーモラスなフレージングと、遅めのテンポを基調とした変化に富むアゴーギクが見事で、叙情性の表出もごく自然。ただ、右チャンネルのチェロと左チャンネルのハープ、チェレスタをほぼ完全に分離させたマルチ的な録音には、多少違和感を覚えます。《キージェの結婚》では、ストレートな力感と飄々とした軽快さを何のてらいもなく同居させ、ブリリアントなブラスの響きも魅力。

 ほぼアタッカで突入する《トロイカ》も、冒頭のブラスが張りのあるサウンドで好演。主部も鋭敏なリズム感と音感で鮮やかに活写されています。《キージェの葬式》は、カラフルな色彩感と各フレーズの性格的な描き分けが冴えている上、抒情性を大事にする事でそこはかとないペーソスを表出している所、他の演奏とはひと味違います。

“鋭利なリズムと卓越したドラマ性。センスの良さを十全に発揮するマリナー”

ネヴィル・マリナー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1980年  レーベル:フィリップス)

 古典交響曲、《3つのオレンジへの恋》組曲をカップリングしたアルバムから。当コンビの録音は他に、ビゼーの《アルルの女》《カルメン》組曲とショパンの両ピアノ協奏曲(ベラ・ダヴィドヴィッチ)、EMIにグリーグ&シューマンのピアノ協奏曲(セシル・ウーセ)の伴奏があります。各曲の性格を見事に描き分けたユニークな名演ですが、バランス的に大太鼓の低音が突出しており、透徹した立体感のあるサウンドとは相反する違和感があります。

 《キージェの誕生》は、序奏部のトランペットにたっぷりとヴィブラートをかけ、鼻歌のように演奏させているのがユーモラス。主部はピッコロのソロやピツィカート、弦の刻みやブラスのアンサンブルなど、リズムの処理がすこぶる鋭利で、エッジの効いたモダンな感覚が冴え渡ります。緻密でクリアな音空間も、スコアの面白さをうまく表出。

 《ロマンス》は一転して、スローテンポの粘っこい表現。主題提示の弦楽器はぶつ切りのアーティキュレーションが独特。どことなくアルカイックな雰囲気で、古楽を想起させます。もしかしたら、古楽器を模倣した奏法なのかもしれません。同じ旋律を受け継ぐサックスは比較的普通のフレージングで吹いていて、それも面白い趣向です。中間部ではややテンポを上げますが、コーダはぐっとテンポを落として歌い上げた印象。

 《キージェの結婚》はシンフォニックな響きの序奏と、描写力の際立つ主部が絶妙な対比。ディティールも丹念に処理されています。《トロイカ》は序奏部からプロコフィエフの音楽的特性をよく掴んだ、センスの良い造形。主部もリズム感に優れ、スケルツォ的な性格を巧みに表出しています。《キージェの葬式》は室内楽的なアンサンブルの構築に才を発揮し、遠近法、ポリフォニーの処理、場面転換、どれをとっても上手いという他ありません。オペラも振るマリナーだけあって、ドラマのセンスを感じる好演です。音色も鮮やか。

“お得意の戦略か、単なる気まぐれか、生気に乏しく弱腰な演奏”

ロリン・マゼール指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 古典交響曲、《3つのオレンジへの恋》組曲を併録したアルバムに収録。マゼールは音楽的資質の上でも、技術面でも、プロコフィエフには最高の適性を示すタイプに思えますが、なぜかこの曲に関しては生彩を欠き、競合盤の中で目立った存在とは言えないです。オケのサウンドは華やかさ、瑞々しさへの傾向を如実に示しますが、マゼールの棒が意外に重く、表現の幅も抑制が効きすぎて、このコンビならと期待していると肩透かしを食います。

 デュナーミクのコントラストを余り付けず、アクセントを取り払って流麗さを追求したようなコンセプトですが、打楽器も弱々しく、芯の無いサウンドに聴こえるのは、軽くて洒落た表現を求めたせいなのでしょうか。《トロイカ》冒頭の極端に締まりのない合奏は、どう聴いても意図的な表現としか思えませんが、間の抜けた滑稽な感じを出したかったのか、ここはなかなか面白いアプローチです。

“曲想を見事に掴んで理想的な造形を切り出す、才人マータの名演”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1983年  レーベル:RCA)

 《3つのオレンジへの恋》組曲とカップリング。恐らくお蔵入りというか、LP時代にはどうも発売された形跡がないようですが、なぜかオーディオ・チェック・レコードにひっそりと収録されていたストラヴィンスキー/小オーケストラのための組曲第1、2番(79年録音)も加えてCD化されました。ちなみに当コンビはたった5年後に、プロ・アルテ・レーベルで同曲を再録音しています。

 《キージェの誕生》は適切なテンポ感で、ピッコロの主題からすこぶる鋭敏。中間部はシャープなブラスと量感のあるトゥッティ、腰の強いバスドラムの連打と、正に理想的な造形です。《ロマンス》も、たっぷりと情感豊かに旋律を歌わせる一方、金管の鮮烈なアクセントを盛り込んでエッジの効いたフォルムを切り出す辺り、曲想を見事に掴んでいてさすが。

 《キージェの結婚》は速めのテンポで序奏部を開始し、その勢いから脱力したまま主部に入るトボケっぷりが絶妙。弱音部でも敏感なリズム感を駆使するのが痛快です。《トロイカ》は実に明快な語り口で、旋律線が驚くほど鮮やかに隈取られる一方、伴奏の弦の動きが冴え冴えとして精緻そのもの。目の覚めるように鮮やかな演奏です。ユーモアたっぷりで雄弁・多彩な《キージェの葬式》も聴き所。

“ユーモア満点、巧みな語り口で聴き手を魅了する、テンシュテットの隠れた名盤”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:EMIクラシックス

 コダーイの《ハーリ・ヤーノシュ》とカップリングされた、テンシュテットの隠れた名盤。彼のイメージからするとかなり意外な選曲ですが、発売当初から評価の高かったディスクです。

 語り口の見事な点では比類がなく、その味わい深い表現は、最後まで聴き手を飽きさせません。旋律は極めて表情豊か、リズムは溌剌と弾みますが、特に管楽器のアクセントに付けられた装飾音をデフォルメしている所、なんともユーモラスな風情があります。《キージェの結婚》のコーダを大袈裟にリタルダンドして、《トロイカ》の間抜けなオープニングに突入する辺りも絶妙な間です。《キージェの葬式》もこんなに色々な事が起こる曲だったかと、作品の評価が変わってしまうくらいの演奏。

“肩の力を抜いて、抜群のセンスでドラマを活写”

アンドレ・プレヴィン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1986年  レーベル:テラーク)

 プレヴィンはこの作曲家が得意なようで、同曲の旧盤をはじめロンドン響と多数のプロコフィエフ作品を録音している他、ロス・フィルともフィリップス・レーベルに交響曲の録音が3枚あります。《アレクサンドル・ネフスキー》とカップリング。テラークらしい、細部とマスの響きをバランス良く取り入れた録音ですが、バスドラムの低音は過剰で、全体の音量レヴェルから突出しているように感じます。

 演奏は肩の力が抜けてすこぶるセンスが良く、作品との相性の良さを示した格好。遅めのテンポで落ち着いた語り口ですが、《キージェの誕生》は主部が速めのテンポで快調な滑り出し。飄々としたユーモアが巧まずして醸し出される所は、さすがプレヴィンです。《ロマンス》はリリカルで、テンポや強弱はメリハリに欠けますが、《キージェの葬式》で再び同じ旋律が現れる箇所共々、カンタービレの美しさ(特に弦)が絶品。《キージェの結婚》序奏の雄大なスケール感、間奏を挟んで主部のテンポが遅くなる演出も独特。強い刺激や鋭利さはありませんが、リズム感は優秀です。

“独特のユーモア・センス、演出巧者な一面をみせるマータ”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1988年  レーベル:プロ・アルテ)

 コダーイの《ハーリ・ヤーノシュ》、R・シュトラウスの《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》とのカップリングで、ずばりユーモアをテーマにしたアルバム。同曲はRCA盤からたった5年での再録音なります。

 マータは、爆演指揮者と紹介されているのも時折見かけますが、ちょっと違うのではないでしょうか。彼が、聴き慣れない斬新なデッサンを施す事があるのは確かですが、基本的には豊麗なサウンドを作り上げ、落ち着いたテンポで音楽を作っていく人です。

 《キージェの結婚》や《トロイカ》はリズム・表情共に生気に満ちているものの、造形が端正なため、作品の機知をうまく捉えるには至らない憾みもあり。旧盤が傑出した名演だっただけに、再録音の意味合いも薄く感じられます。

 《ロマンス》での情緒纏綿たる旋律の歌わせぶりや響きのリッチさ、《キージェの葬式》に《キージェの結婚》のメロディが合流してくる箇所で見せる絶妙なユーモア・センスは、この指揮者の演出巧者で器用な面をよく表しています。ここでは、ゆったりとした足取りを基本に置きながらも、各部のテンポに微妙な変化を与えているのが効果的。

“ゆったりと旋律を歌わせ、臆せず真正面から壮大さを表現”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 スコティッシュ・ナショナル管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:シャンドス)

 ヤルヴィ父はこのオケを中心に、フィルハーモニア管、コンセルトヘボウ管との録音も補完すると、プロコフィエフのほぼ全ての交響曲、管弦楽、協奏曲、声楽作品をシャンドスに録音しています。さらに、エーテボリ響とは歌劇《炎の天使》の全曲録音もあり。このレーベルらしく長い残響を取り込み、豊麗で鮮烈なサウンドになっていて好録音です。

 《キージェの誕生》は意外に落ち着いたテンポで、中間部もコントラストを付けずスケール雄大に表現しているのがユニーク。《ロマンス》もゆったりと始めた上、さらに足取りに重みを加えていきながら、旋律を濃厚に歌わせています。《キージェの結婚》《トロイカ》は臆面もなく壮麗壮大に開始し、主部も遅めのテンポで機智やユーモアはあまり考えない方向。こういう正攻法の演奏はたいてい重く、生硬になりがちですが、当盤は精緻かつ濃密な描写力で不足を補ってさすが。

“センス満点の指揮ぶりで作品に最高の相性を示す”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1990年  レーベル:デッカ)

 《アレクサンドル・ネフスキー》とカップリング。当コンビのプロコフィエフ録音は、交響曲第1、5番、《ロメオとジュリエット》抜粋、《3つのオレンジへの恋》組曲、ヴァイオリン協奏曲第1、2番(ジョシュア・ベル、リーラ・ジョセフォヴィッツと2種類の録音あり)、アルゲリッチとのピアノ協奏曲第1、3番もあります。

 このコンビの色彩的で鮮やかなサウンド、軽快でシャープなタッチは作品と相性が良く、ソフィスティケイト系では代表的な名演となりました。どちらかといえば淡彩で、濃密な味わいはないのですが、存分に効かせたメリハリがスパイスとなって、物足りなさはありません。例えば《ロマンス》は、緩急の付け方や歌い回しが全く的外れな演奏も多いのですが、デュトワには一撃で急所を突いてくるような勘とセンスの良さがあります。

 《キージェの誕生》は鮮烈かつ峻厳に造形され、モダンで多彩な語り口で聴かせます。《キージェの結婚》の壮麗かつリッチな序奏部の響き、主部の軽妙洒脱なフレージングも作品の本質を衝くもの。なぜか失敗している演奏が多い《トロイカ》の序奏部も、見事に決まっています。主部もカラフルで楽しい表現。こういう素晴らしいパフォーマンスを聴くにつけ、小澤やマゼールほどの大指揮者になぜこういう演奏ができないのか、首をひねりたくなります。

“小澤とシュミットの生真面目さが裏目に出た堅い演奏”

小澤征爾指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 小澤は、交響曲全集を録音した折にこの曲も取り上げていますが、ここでは真面目さが裏目に出たというか、彼の楷書的な表現はユーモアを扱った音楽には向かない印象を持ちました。バリトン独唱入りのヴァージョンが採用され、《ロマンス》と《トロイカ》でアンドレアス・シュミットが歌っていますが、彼もややオペラティックな歌唱スタイル。

 例えば《キージェの誕生》は、中間部でもほとんどテンポを上げないので前後との対比が生きてこないし、《ロマンス》もほぼイン・テンポで柔軟性がなく、表情も硬く感じられます。又、歌入り版はオーケストレーションが少し違うのか、強音部のオケのヴォリュームが極端に抑え込まれ、ダイナミクスの変化がやや平板。金管セクションを中心にリズムのエッジが効いていて、随所でシャープな表現が際立つのはさすがです。

 《キージェの結婚》ではベルリン・フィルのソリスト達に魅了されますが、故意かどうか、時折リズムが詰まり気味になるのと、イントロが小じんまりとしてスケール感に欠けます。《トロイカ》ではシュミットも生き生きしてきますが、肩に力の入った立派な歌唱で、この曲にはポピュラー寄りのスタイルの方が合うかもしれません。これらのナンバーでもブラス群の反応は鋭敏で、合奏の輪郭が明瞭に出るのと、《キージェの葬式》に漂う柔らかい抒情のムードは好印象。

“楽想の掴み方、巧妙な語り口で群を抜く、稀少な同曲決定盤の一枚”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1993年  レーベル:キャニオン・クラシックス)

 当コンビのキャニオン録音第2弾で、《ロメオとジュリエット》《3つのオレンジへの恋》抜粋とカップリング。 演奏は意外に洗練されていてモダンな印象で、このコンビは曲やレーベルによってかなり演奏の雰囲気が違い、一筋縄ではいきません。弦の音色などは、メロディアの録音で聴くざらついた響きではなく、まろやかに磨かれていて耳を惹かれます。

 《キージェの誕生》は、ピッコロの鋭いリズム感とソステヌートで粘っこいオーボエの対比が効いていて、ブラスのエッジと大太鼓の強打を際立たせた強音部も見事な造形。《ロマンス》はさすがにロシア情緒が豊かで、艶っぽい歌い回しも魅力的です。スタッカートで語尾を跳ね上げる中間部の表情もユーモラス。

 《キージェの結婚》はデリケートかつ濃密な味わいで、序奏部の雄大なスケール感と肩の力が抜けた軽妙な主部のコントラストが絶妙。《トロイカ》は懐の深い序奏と、民俗舞曲の性格も濃厚に反映させた主部が素晴らしく、強い説得力を感じさせます。とにかくどの曲を聴いても楽想の掴み方が秀逸で、その緻密で巧妙な描写力に舌を巻くばかり。数少ない同曲名盤の一つと感じます。

“一切力まず、緻密な音感でスタイリッシュに造形されたプロコフィエフ”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2007年  レーベル:テラーク)

 交響曲第5番にカップリング。当コンビのプロコフィエフは、《ロメオとジュリエット》組曲もある他、P・ヤルヴィはフランクフルト放送響とヴァイオリン協奏曲第2番(ムローヴァ)、チェロ協奏曲(イッサリース)も録音しています。

 《キージェの誕生》は冒頭のトランペットが遥か遠くから響いてきて、遠近感の演出が絶妙。遅めのテンポで一貫し、鋭利なリズムと音感で楽想のコントラストを明瞭に表出します。中間部も一切力まず、磨き上げた音像でクリアに造形した、上質でモダンな表現。《ロマンス》も抑制の効いた表情ながら、控えめなアゴーギクを効果的に用い、黒光りするように洗練された音色で艶やかに描写。普通は短く切り上げるオーボエの上昇音型を、すうっと延ばしているのは面白いアイデアです。

 《キージェの結婚》は音量を抑えながらも、リッチな光沢を放つブラスのハーモニーで開始。《トロイカ》も冒頭から野暮ったい所が一切なく、主部と共にすこぶるスタイリッシュな造形。それほど速いテンポではないと思いますが、鋭敏なリズム・センスときびきびしたアンサンブルのせいか、相当なスピード感が出ています。《キージェの葬式》も緻密で凝集度の高い響きで聴かせる表現。スコアにもそういう一面があるので違和感はありませんが、まるでモダンな高級家具のショールームを見るような趣です。

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