ビゼー/交響曲ハ長調

概観

 ビゼー17歳の時の若書き作品。日本で言えば高校2年生による曲です。ハ長調という最もシンプルな調性で書かれているのも微笑ましいですが、作品内容はそんな上から目線を覆すような天才の筆を感じさせるもの。古典的な様式感で器を用意しながら、そこに南仏の魅力をたっぷり盛るセンスは卓抜です。特に、後年のビゼーを彷彿させる美しい旋律の数々と、まばゆい光彩に溢れた色彩的なオーケストレーションは魅力全開。もっともっとコンサートで演奏されて欲しい曲です。

 ディスクも少なめで淋しいですが、マルティノン/シカゴ響、ストコフスキー/ナショナル・フィル、ガーディナー/リヨン歌劇場管、プレートル/バンベルク響、デュトワ/モントリオール響と、それぞれに得難い個性がある超ド級の名演が目白押し。

*紹介ディスク一覧

53年 クリュイタンス/フランス国立放送管弦楽団  

66年 ミュンシュ/フランス国立放送管弦楽団   

68年 マルティノン/シカゴ交響楽団

77年 ストコフスキー/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

77年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

82年 小澤征爾/フランス国立管弦楽団

86年 プレートル/バンベルク交響楽団   

86年 ガーディナー/リヨン歌劇場管弦楽団

93年 ビシュコフ/パリ管弦楽団

95年 デュトワ/モントリオール交響楽団

09年 P・ヤルヴィ/パリ管弦楽団

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“抒情的でのんびり。伸びやかな歌も溢れる優美な演奏”

アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立放送管弦楽団

(録音:1953年  レーベル:EMIクラシックス)  *モノラル

 《子供の遊び》とのカップリング。第1楽章は遅めのテンポで、のんびりした足取り。リズムやアクセントは溌剌としていますが、どちらかというと叙情的で、落ち着いた風情の演奏です。第2楽章もゆったりとした流れの中、明朗で柔らかいカンタービレが横溢する魅力的な表現。中間部の表情も格調が高く、気品を感じさせます。

 第3楽章も適度なテンポで、穏やかな性格。優美なタッチが貫かれ、伸びやかな歌が横溢します。第4楽章はスピード感や強いアタックこそありませんが、丁寧な合奏で上品な仕上がり。

“デリカシーや緊密さを保持じつつも熱っぽく盛り上げるミュンシュ。音質は問題あり”

シャルル・ミュンシュ指揮 フランス国立放送管弦楽団

(録音:1966年  レーベル:コンサートホール)

 ミュンシュ最晩年の録音で、《子供の遊び》《祖国》とカップリング。ミュンシュはボストン響やロイヤル・フィルと、過去に4度同曲を録音しているとの事。残響は少なめながら直接音は鮮明ですが、強音部にやや混濁あり。編集が雑なのか、アコースティクスの感じが急に切り替わる箇所が幾つかあるのと、マスターテープの損傷か片側のチャンネルに音像が寄ってしまう箇所があるのは残念です。

 第1楽章は、鮮やかな音彩できびきびと造形。音圧が高く、濃いめの色で彩色してゆく辺りは、ミュンシュの独壇場です。油絵風のタッチながら流麗なカンタービレと生彩に富んだ合奏で、スコアを躍動的に描き出しています。オケの響きがさらに練れていれば言う事ないのですが、やや雑味あり。第2楽章は、みずみずしくも粘性を帯びた弦の歌が実に耽美的。古典音楽風の明晰な合奏を整然と構築する中間部にも、高いスキルを示します。明朗で発色の良い音彩も魅力たっぷり。

 第3楽章は切っ先の鋭いアインザッツで、明瞭な輪郭を描き出す演奏。しかし決して即物的な表現ではなく、しなやかな歌やデリカシー溢れる叙情性も随所に聴かれます。第4楽章は合奏を克明に彫琢しつつも、熱気と勢いをきっちり生かした好演。この曲をこれほど熱っぽく盛り上げられる指揮者は少ないかもしれません。

“高機能オケを駆使し、細部まで鮮やかに照射した屈指の名演”

ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1968年  レーベル:RCA)

 当コンビのビゼーは他に、《アルルの女》組曲の録音もあります。マルティノンはこの3年後にフランス国立放送管とも同曲を録音しており、私はそちらは聴いていませんが、少なくともこのシカゴ盤は同曲屈指の名演だと思います。

 第1楽章から音圧が高く、生き生きとした躍動感と生命力あり。きびきびとしたテンポで音色も明るく、明快な造形にファジーな所は全くありません。第2楽章もオケが上手く、ソロや合奏の魅力だけでも十分聴かせられるくらい。音色のセンスが抜群で、木管のアンサンブルにヴァイオリン群が入ってくる箇所など、爽やかな叙情と色彩感が素晴らしいです。中間部における弦の合奏とリズム処理、テンポとデュナーミクの設計も見事。

 第3楽章はテンポこそ遅めながら、何とも軽快で楽しい演奏。弦の第2主題も、雅致に溢れる歌いっぷりが絶品です。第4楽章は弾みが強く、切れ味鋭いリズムが痛快。アンサンブルは細部まで磨き上げられ、高解像度の鮮明なカラー写真のように、スコアが隈無く照射されているのが実に眩しいです。指揮のコントロールが強力な上に、オケの技巧が完璧なので、すこぶる凝集度の高い、非凡な表現が展開されています。

“卓越したスキルと濃密な表現が高次元で結びついた驚異的演奏”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ストコフスキー最晩年のレコーディングで、メンデルスゾーン《イタリア》とのカップリング。残響をたっぷりと収録していて、細部の解像度はややもどかしいですが、高音域の抜けが良い爽やかな音質です。

 第1楽章は、快適なテンポで爽快に弾む演奏。アタックに張りがあり、合奏全体に漲る若々しい活力と勢いは、明朗な性格の同曲にふさわしいです。オーボエ・ソロも艶っぽく、優美な歌いっぷり。アゴーギクも見事で、ホルン・ソロの辺りの減速とディミヌエンドに円熟した味わいがある一方、切れ味の鋭い弦のスタッカートはモダンなセンスも示します。

 第2楽章は、旋律の歌わせ方が絶妙に上手く、管弦のバランスと色彩感も見事。晩年のストコフスキーの録音はどれもそうですが、指揮者のしての基本スキルの高さが濃密な表現センスと高次元で結びついて、驚異的なレヴェルのパフォーマンスとなっています。みずみずしく爽やかな音彩でたっぷり歌われるカンタービレも、すこぶる魅力的。

 第3楽章も弾みの強いリズムで、実に楽しげ。スコアが持っている愉悦感を十二分に表出しながら、下世話になる事なく、上品なタッチで優しく描いていて、これが本当にあのストコフスキーの演奏なのかと、失礼ながら驚嘆を禁じ得ません。

 第4楽章は速めのテンポで技巧性が高く、90歳台の大家が指揮しているとは思えないスポーティな運動性とスピード感に、ただただ驚くばかり。アインザッツが揃わない箇所もありますが、オケも闊達な合奏を生き生きと繰り広げます。

“鋭敏なアンサンブルの中に、力強くきっぱりとした語調を示すハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:フィリップス)

 組曲《子供の遊び》、ドビュッシーの《神聖な舞曲と世俗的な舞曲》とのカップリング。第1楽章は落ち着いたテンポを採択し、細部まで克明に描写した鮮やかな表現。みずみずしくも精彩に富んだ美しい響きと、鋭利なアインザッツ、溌剌として歯切れの良いリズムも魅力的です。あらゆる音符を力強く、明確に発音するスタイルによって、どこかベートーヴェンを思わせるドイツ的な堅固さや意志の強さが前に出てくるのは面白い所です。

 第2楽章も遅めのテンポで、どっしりとした安定感のある音楽作り。しっとりと歌い上げる木管群のパフォーマンスも聴き応えがあり、ビゼー作品としてはかなり中身のつまった、濃密な味わいのある表現となっています。流麗なフレージングの中に忍ばせた、軽妙なスタッカートも効果的。ディティールの仕上げの丹念さはハイティンクらしく、オケの音色美も魅力です。

 第3楽章は、逆に引き締まったテンポ感。やはり全ての音に軽くアクセントが付いているような明瞭さがあり、それが演奏全体のきっぱりとした語調と押し出しの強さを特徴付けています。それでも音色が明るく、響きに軽さがあるために、いかめしい調子にはならないのが美点。第4楽章も、几帳面なほど丁寧な仕上がり。テンポは中庸ですが、精確でよく弾むリズムが生気に溢れ、強弱のニュアンスも多彩。推進力と運動性も申し分なく表出されています。コーダも小気味よく造形。

“オケの音色を生かしながら、高い集中力できっちりと造形”

小澤征爾指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス)

 《子供の遊び》とのカップリング。小澤のビゼーでは、同じオケとの歌劇《カルメン》全曲と、もう一枚《カルメン》《アルルの女》組曲盤が出ている他、後に水戸室内管と同曲を再録音しています。このオケによくある、やや過剰な残響が中央に集まってモノラル風になる録音で、響きの透明度も不足しがち。音色自体は明朗と言えます。

 第1楽章は適度なテンポで、落ち着いた足取り。明るい音感とこざっぱりしたリズム、滑らかなフレージングは指揮者の美点を示しています。内的な動感もよく表され、腰が重くなる事がないし、コーダで金管が入ってくる箇所も爽快無比。オケもよく統率されていて、アンサンブルにファジーな緩さがないのは何より。特に弦の小気味好い合奏は、小澤の面目躍如といった所です。頻繁に交替する強弱の指示も、生き生きと描写。

 第2楽章は主題のオーボエ・ソロが、レガートで息の長いフレーズを作っているのが印象的。情感は豊かですが、あくまでも爽やかでこってりと色を塗りすぎません。中間部は柔らかなタッチとしっとりした音色で、独特のエレガンスを表現。山場の作り方も巧みで、オケの良さもうまく生かした印象です。弦の響きも魅力的。

 第3楽章は安定感のあるテンポの中、艶やかな歌が流れる造形。リズムの切れ味もさすがです。第4楽章も中庸のテンポながら、リズム、和声感の良さがよく出ていますが、コーダはあまり盛り上げすぎず、あっさり終了。常に全方向に耳と注意を傾けているような集中力の高さはこの指揮者ならではです。

“図抜けたセンスで聴く者を一瞬にしてファンにしてしまう、驚異の指揮者とオケ”

ジョルジュ・プレートル指揮 バンベルク交響楽団

(録音:1986年  レーベル:RCA)

 《カルメン》組曲とカップリング。当コンビは、序曲《祖国》、《アルルの女》組曲、《子供の遊び》も録音しています。ライナーノーツによれば独オイロディスクの原盤で、当初から2枚組のアルバムとして録音されたものだったとの事。オケはチェコ国境に近いドイツの団体(結成当初からチェコの楽員も多い)ですが、柔らかさとみずみずしい潤い、明朗な色彩感と清澄な響きと、意外にも音色的魅力が充溢する録音です。

 第1楽章は幾分柔らかなタッチときびきびした棒さばき、爽快なサウンドで魅力たっぷり。合奏も丹念に処理されていて、指揮者のスキルの高さを示します。ひとたびプレートルが棒を振り下ろせば、オーボエは軽妙洒脱に歌い出し、弦は美しくも艶やかな光彩を放ち、ピツィカートまで愉しげに弾けるから凄いものです。各場面で微妙に変化してゆく色彩、特に楽器のブレンドのセンスは天才的。再現部で第2主題を歌う木管のユニゾンなど、心をとろけさす超絶的な魅力にノックアウトされます。

 第2楽章はスロー・テンポで嫋々と歌うオーボエが絶美で、こんなのを聴いたらどんな気難しいリスナーだってプレートルのファン、バンベルク響のファンになってしまうのではないかと思うほど。そして、それを引き継ぐ木管ユニゾンと、柔らかくもデリケートなヴァイオリン群といったら! 中間部も冴え冴えとした筆遣いでくっきりと造形され、克明にリズムを刻む弦楽セクションの音色がまた徹底して艶やかに磨かれているのに脱帽。

 第3楽章は中庸のテンポながら、ソフトな筆致でセンス満点。特に中間部で繊細なピアニッシモを用い、やはり柔らかな手付きで歌い込んでゆく辺りは、思わず惹き付けられる表現です。第4楽章も颯爽とした歌心に溢れ、それをよく統率された凝集度の高い合奏で、きりりと引き締めていて秀逸。

“南仏の輝きと野性味も感じさせる、エネルギッシュで痛快な演奏”

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 リヨン歌劇場管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:エラート)

 《アルルの女》の珍しい抜粋版とカップリング。第1楽章は、テンポこそ遅めながらメリハリが明瞭に付けられ、アクセントも鋭く、鮮烈。音の立ち上がりが速い上に勢いがあるので、南仏の輝きに溢れた、明朗な音楽が展開するのが素晴らしいです。しかも、ピリオド奏法的な表現によって醸し出されるのかどうか、この演奏にはどことなく野性味があって、それが土の香りを連想させる所、作品の性格を的確に捉えた解釈と言えるかもしれません。強弱のニュアンスも、非常に細かく付けられています。

 第2楽章は弦楽セクションをはじめ、流麗なカンタービレが魅力的。ガーディナーときけば短いフレーズで畳み掛ける古楽系のイメージが強いですが、ここでは息の長いフレージングで艶っぽく旋律を歌わせていて素晴らしいです。中間部のバロック調の箇所も、弾みの強いリズムで得意分野の長所を発揮。

 第3楽章も活気に溢れ、生き生きとしたリズムとラテン的な明るい音色が楽しいパフォーマンス。表情も豊かで、緩急の起伏やコントラストも巧みに演出されています。ここでも、艶やかにうねる弦のカンタービレがすこぶる魅力的。

 第4楽章は、さほど速いテンポは採りませんが、鋭利で歯切れの良いガーディナーの棒にオケが敏感に反応していて、エネルギッシュな覇気とスピード感が心地良いです。弦の合奏がよく統率され、見事なアインザッツで切り込んでくるのも、胸のすくように痛快。

“オケの美質が表されながらも、冴えない録音のせいで印象悪し”

セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団 

(録音:1993年  レーベル:フィリップス)

 フランクの交響曲とカップリング。当コンビはフィリップスにかなりの録音を残していますが、ほとんど全てがフランスとロシアの作品というのがユニークです(例外はそのフランクと、マスカーニの歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》くらい)。

 第1楽章は軽快なテンポで溌剌と演奏していますが、このコンビの録音はどれも響きが厚く、細部が飽和気味に聴こえるのが残念です。音色自体は艶っぽく、柔らかな手触りもあるので、会場のアコースティックに問題があるのかもしれません。ソロ・パートなど細部も明瞭にキャッチされているのに、どこか抜けが悪く、くすんで聴こえるのは不思議です。そのせいで色彩も制限されますが、各パートは闊達なパフォーマンスを展開し、リズム感も良好。合奏も整然と統率されています。雄渾な力感を加えたエンディングはベートーヴェン風。

 第2楽章は遅めのテンポでしっとりと歌い上げ、情緒の濃い性格。管楽器のハーモニーなどはやや混濁して、さらなる透明度を求めたい所。ヴァイオリン群のしなやかな歌い回しは美しいですが、テンポが遅くて色合いも濃いため、どこかマーラーのように聴こえる瞬間もあります。コーダの表現も、日本風に言うと「演歌調」の湿っぽさで、聴き手の好みを分つ所かも。

 第3楽章も、高音域は爽やかですが、中低音の響きが飽和しがち。テンポはやや重いものの、艶っぽくしなるカンタービレが魅力的。特に弦楽器の音色には、独特の光沢があって素敵です。細部のフォーカスは甘く、ビシュコフの演奏ならもう少しぱりっとした鋭敏さがあっても良さそうなものです。

 第4楽章は適度な運動性とパンチの効いたアクセントを駆使する一方、リズムの精度が低く、弾力に欠けるので、どこか生彩を欠いて聴こえるのが残念。柔らかさと暖かみのあるソノリティは美点ですが、そこにシャープな輪郭が加わってこそ魅力に変わるようです。後半はリズムにも張りが出てきて、遅まきながら少し復調の兆しもあり。

“徹底して流麗な音色美を前面に出した特殊盤は、正に耳のごちそう”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1995年  レーベル:デッカ)

 序曲イ長調、組曲《パースの美しい娘》、序曲《祖国》とカップリング。当コンビのビゼー録音は、《カルメン》《アルルの女》組曲の他、オムニバス収録の組曲《子供の遊び》もあります。

 第1楽章は、落ち着いたテンポで音価をたっぷり鳴らす事で、独特の柔らかさと温厚さを表現していますが、スタッカートの切れ味が良いため鈍重にならない所がセンス良し。どぎつい色彩ではなくパステル・カラーというか、柔らかいタッチで描いているのが、フランス系アーティストのやや硬質な演奏と違う所です。オーボエをはじめとする第2主題の、なんともゆったりとしてリリカルな歌と、末端まで養分を含んだ響きは、他では聴けないもの。トゥッティのソノリティの豊麗さ、爽快さも魅力的。

 第2楽章は正に耳のごちそう。遅めのテンポで、すこぶる伸びやかに、優美に歌われるカンタービレの美しさといったらありません。当コンビの美質といったらもうほとんどそれだけ(失礼!)なのですが、この曲はそんなに深刻な内容でもないし、逆にそれだけで何が悪い、という気持ちにもなります。明朗な色彩感や、精彩に溢れたニュアンスなども魅力ですが、オケの魅力だけでほぼ成立してしまう所がこのコンビの凄さです。

 第3楽章もスロー・テンポで、旋律線を心行くまで歌わせるスタイル。リズムのエッジを立たせる造形ではなく、カンタービレの魅力が尋常ではありません。ただ、作品の美質をここまで抽出した演奏も稀で、その意味では正しいアプローチと言えるのではないでしょうか。単に表面的に美麗というだけでなく、情感の豊かさを伴っている所が名演たるゆえんです。

 第4楽章も適度な動感を保ちながら、性急になる事なく、しっとりとした叙情を対比させています。リズム感が良く、足取りが弾んで活気があるので鈍重な感じにはなりませんが、スピードを追求したり、尖鋭に角を立たせるタイプではありません。タッチの柔らかさと音色の暖かみも、その印象を助長します。横のラインの優美な趣は賞賛してもしきれないほどで、幾ら当コンビでも、80年代初頭のメジャー・デビュー当時には、ここまでの域には達していなかったのではないでしょうか。コーダも急がず慌てず、堂々と終結。

“シャープな造形の中に精緻で豊かなニュアンスを付与”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団 

(録音:2009年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 組曲《子供の遊び》《ローマ》とカップリングしたライヴ盤。第1楽章は速めのテンポできびきびとした調子。小編成オケを思わせる機動力と、敏感なアーティキュレーションの描写がパーヴォらしいです。細かい音符の精密さやスピード感、各パートの生き生きとしたパフォーマンスも魅力。シャープな造形の中にも、豊かなニュアンスを付与しているのも素晴らしいです。合奏の密度も高く、見事に統率されている印象。しなやかな弾力と引き締まったシェイプを兼ね備えた響きも好感触です。

 第2楽章も明晰な音響でくっきりと描写されますが、内声の残響がやや飽和してくすんだ色彩に聴こえるのはビシュコフ盤にも聴かれた傾向で、会場のサル・プレイエルにアコースティック上の問題があるのかもしれません。弦のしっとりとした美しい音色は聴きもの。

 第3楽章は、表現の精度が高く、鋭敏なリズム処理とすこぶる細かく表情が付けられた第2主題の歌わせ方は驚異的です。常に語調が明快で、こう演奏するという意志があらゆる音符に徹底しているのは、聴いていて爽快。

 第4楽章は、それほど速いテンポではないかもしれませんが、細かい音符の切れ味が軒並み良好なのとアタックに勢いがあるため、実際以上にスピード感があります。デュナーミクの加減が精密で、コントロールが行き届いているのもさすが。オケも活力に溢れたアンサンブルで応えています。

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