ビゼー/組曲《子供の遊び》

概観

 子供に聴かせるための作品と言えるかどうかはともかくが、短い音楽を寄せ集めた組曲で、楽しい内容。それぞれ《行進曲(トランペットと小太鼓)》、《子守唄(お人形)》、《即興曲(こま)》、《二重奏(小さな旦那さま、小さな奥さま)》、《ギャロップ(舞踏会)》と、標題が付く。1曲があまりに短いため聴き応えに乏しいのは仕方ないが、魅力的な曲ばかりなので、もっと演奏会で取り上げられても良いように思う。

 ビゼー・アルバムに併録する形になりがちなので、発売されているディスクは多くないが、ハイティンク盤、マゼール盤、A・デイヴィス盤、コシュラー盤、ミュンフン盤と優れた演奏は多い。そんな中、圧倒的存在感を放つのがプレートル盤。小品の集まりで印象が散漫になりがちなこの曲を、パンチの強い俊敏な棒と類い稀な音色センスで一気に聴かせる。

*紹介ディスク一覧

57年 マルケヴィッチ/コンセール・ラムルー管弦楽団  

60年 マルティノン/パリ音楽院管弦楽団  

64年 マルケヴィッチ/ソビエト国立交響楽団  

66年 ミュンシュ/フランス国立放送管弦楽団  

77年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

78年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

80年 A・デイヴィス/トロント交響楽団

82年 小澤征爾/フランス国立管弦楽団

85年 プレートル/バンベルク交響楽団   

86年 コシュラー/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

87年 デュトワ/モントリオール交響楽団

91年 ミュンフン/パリ・バスティーユ管弦楽団

09年 P・ヤルヴィ/パリ管弦楽団

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“ユニークな解釈を聴かせるものの、モノラルで音質は今一つ”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1957年  レーベル:ドイツ・グラモフォン) *モノラル

 グノーの交響曲第2番とカップリング。マルケヴィッチの同曲録音は、ソビエト国立響とのステレオ盤もあり。モノラルながら鮮明で聴きやすい音質。明るい音彩はこのオケらしいが、高音域はややこもっていて、ステレオ録音で聴ける爽快な抜けの良さはない。

 《行進曲》は速めのテンポでスリリング。前のめりのスピード感は、この曲としてはユニーク。《子守唄》の音色の作り方や優美な歌心、《二重奏》の素晴らしい弦の響きとカンタービレも聴き所。《ギャロップ》は落ち着いたテンポで、フィナーレらしい様式感が出るが、歯切れの良いシャープなリズムがマルケヴィッチらしい。

“オケの音色的魅力を生かしつつも、合奏を緊密にまとめる”

ジャン・マルティノン指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1960年  レーベル:デッカ)

 イベールの《ディヴェルティメント》、サンサーンスの交響詩《死の舞踏》《オンファールの糸車》をカップリングした、フランス音楽オムニバスから。マルティノンは同曲をフランス国立放送管ともグラモフォンに録音している。

 《行進曲》は引き締まったテンポと明るくシャープな響きで快演。ラッパのリズムに独特の洒脱な弾力があるのはさすが。《子守唄》《二重奏》のなんとも淡く美しい色彩、艶めく弦の音色も素晴らしく、オケの魅力がふんだんに生かされる。《即興曲》《ギャロップ》ではエッジを効かせた歯切れの良いリズムを駆使し、音楽の輪郭を鮮やかに造形。合奏も鋭敏で、このオケとしては意外なほど緊密にまとまっている。

“オケが意外にもフランス的センスを発揮する、マルケヴィッチのステレオ再録音盤”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ソビエト国立交響楽団

(録音:1964年  レーベル:メロディア)

 マルケヴィッチの同曲録音は、ラムルー管とのモノラル盤もあり。音質の傾向が意外に旧盤と似ていて、適度な残響と明るい音色に爽快な抜けの良さもあり。オケの名前を聞かされなければフランスの団体かと思ってしまうほど。ステレオの広がり感がある分、当盤に軍配が上がる。オリジナル・カップリング不明。

 テンポの設定などは旧盤とほぼ同じだが、音にやや落ち着いた雰囲気がある。オケが非常に優秀で、《行進曲》《即興曲》の速いパッセージやリズムも巧みに演奏してのけるし、《子守唄》《二重奏》ではしなやかで情感豊かなカンタービレを展開。明朗な音色も美しく、さすが優れたオーケストラ・トレーナーでもあるマルケヴィッチの棒。シャープで歯切れの良いリズムも痛快。

“構成力、描写力ともに優れた演奏ながら、テープの編集に不備あり”

シャルル・ミュンシュ指揮 フランス国立放送管弦楽団

(録音:1966年  レーベル:コンサートホール)

 ミュンシュ最晩年の録音で、交響曲、序曲《祖国》とカップリング。この曲に関してはミュンシュ唯一の録音との事。残響は少なめながら直接音は鮮明だが、強音部はやや混濁。編集が雑なのか、アコースティクスの感じが急に切り替わる箇所が幾つかあるのと、マスターテープの損傷か、片側のチャンネルに音像が寄ってしまう箇所があるのは残念。

 《行進曲》《即興曲》《ギャロップ》は落ち着いたテンポながら重くならず、軽妙さも充分。やや濃いめの鮮やかな音彩で、生き生きと造形。《子守唄》《二重奏》は逆に淡い色彩感が美しく、オケの個性もよく生かされて好演。弦と木管のブレンド感と、僅かに粘性を帯びた歌い回し、アンサンブルの優美なタッチはとりわけ見事。全体のまとまりが散漫になりがちな作品だが、組曲のように聴かせるまとめ方はミュンシュの様式感か。

“オケの魅力と指揮者の性格が相乗効果を生む好演”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:フィリップス)

 交響曲、ドビュッシーの《神聖な舞曲と世俗的な舞曲》とのカップリング。《行進曲》は幾分前のめりのテンポで作品の性格をうまく掴み、鋭敏かつ鮮烈な響きで痛快に造形。細部まで精緻を極めた克明な描写力もさすがこのコンビ。《子守唄》《二重奏》は潤いとデリカシー、柔らかさで他の追随を許さないコンセルトヘボウ・サウンドの面目躍如たる音楽。色彩の明朗さも作品にマッチしている。

 《即興曲》は、過剰なデフォルメこそないものの、スコアが求めるダイナミズムを十全に表現した真面目な演奏。《ギャロップ》も落ち着いたテンポで、ディティールを丹念に処理して繊細。短い中にも色彩感の豊かさ、細部のニュアンスの雄弁さは際立っている。

“全てがカラフルで鮮明。短い曲でも手を抜かず、緊張感を保つマゼール”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:デッカ)

 《アルルの女》組曲とのカップリング。マゼールのビゼーは歌劇《カルメン》の新旧両盤があるが、管弦楽曲の録音は珍しく、当盤の他には存在しないようである。

 《行進曲》は実に鮮やか。きびきびしたテンポと敏感なリズムで勢いよく表現されていて、短いながらも聴き手を引き込む緊張感がある。まばゆくスパークするような、シンバルを伴うフォルテも刺激的。《子守唄》も発色が良く、くっきりと輪郭が隈取られて決してファジーにぼやけた演奏にならないのが凄い。《即興曲》も集中力が高く、パンチの効いたアクセントを叩き込むスポーティな表現。 

 《二重奏》はしなやかな弦楽合奏が素晴らしく、密度の濃い音色と歌い回しが、気安く聴き流す事をリスナーに許さない。《ギャロップ》も鋭敏を極めたアンサンブルでスリリングに造形。音の立ち上がりに独特のスピード感があり、ティンパニの打撃も目の覚めるように鮮烈。最後にテンポを煽るのも、マゼールらしい自在な棒さばき。

“鋭敏な音感とリズム感を駆使して、スコアをくっきり鮮やかに描写”

アンドルー・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

(録音:1980年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 A・デイヴィスによる、日本盤が発売されなかった数多くのCBS録音の一つで、カップリングは《アルルの女》組曲。この指揮者のCBS録音はどれも仕上がりが素晴らしいので、あまり日本に紹介されていないのはもったいない。

 《行進曲》は遅めのテンポで着実にリズムを刻む安定感と、鮮やかな発色でくっきりと彩られた響きが魅力的。フォルテのスパークも爽快。《子守唄》も管弦のバランスが見事で、鮮明ながらどぎつくならない色彩、しなやかさと明瞭さを兼ね備えたソノリティが耳によく馴染む。

 《即興曲》は、短い中にも鋭敏極まるリズムとメリハリの強いアクセントが炸裂。《二重奏》は、弦の艶っぽくまろやかな音色が素敵で、濃密な表情付けにも聴き応えがある。《ギャロップ》は落ち着いたテンポで画然とリズムを刻みつつ、軽快なサウンドで南欧的な明朗さもきっちり表出。歯切れの良いスタッカートも効果的。

“上品ながらややメリハリに乏しい演奏。冴えない録音も悪印象”

小澤征爾指揮 フランス国立管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:EMIクラシックス)

 交響曲とのカップリング。小澤のビゼーでは、同じオケとの歌劇《カルメン》全曲と、もう一枚《カルメン》《アルルの女》組曲盤が出ている他、水戸室内管との交響曲再録音もある。このオケによくある、残響が中央に集まってモノラル風になる録音で、響きもややこもって透明度に不足しがち。

 《行進曲》はかなり速めのテンポ。トランペットのリズムが崩れないのはさすが。《子守唄》はソロが上手く、爽やかな情感が聴きもの。《即興曲》は中庸のテンポで、ややメリハリに乏しい感じか。《二重奏》はなめらかなフレージングで旋律美を艶やかに表出。オケも好演している。《ギャロップ》も平均的なテンポ設定で歯切れは良い一方、抑制が効いて上品。やはりメリハリの強さには欠ける。

 

“パンチの効いた俊敏な棒と卓越した音色センスで、一気呵成に聴かせる名演”

ジョルジュ・プレートル指揮 バンベルク交響楽団

(録音:1985年  レーベル:RCA)

 2枚ある、当コンビのビゼー・アルバムから。85年録音は、序曲《祖国》、《アルルの女》組曲がカップリング、翌86年録音は交響曲、《カルメン》組曲というラインナップ。ライナーノーツによれば、元は独オイロディスク原盤で、当初から2枚組のアルバムとして録音されたものだったとの事。バンベルクはチェコとの国境に近い街で、結成当初からチェコの楽員も多い。柔らかさとみずみずしい潤い、明朗な色彩感に清澄な響きと、意外にも音色的魅力が充溢する録音。

 《行進曲》はプレートルらしい牽引力の強いテンポ、パンチの効いたアタックで俊敏に造形していて実に痛快。鋭いリズム感と音の立ち上がりのスピード感が、音楽にきりりと引き締まった緊張感を与えている。さらに《子守唄》《二重奏》の細やかな情感と魅力満点の音色センス、曲の短さを武器に変えるほどの《即興曲》のパンチ力、《ギャロップ》のシャープな輪郭、沸き立つような躍動感と、短いナンバーを散漫になる事なく一気呵成に聴かせる。

“清廉な態度ながら、全ての要素を有機的に描き出すコシュラーの凄さ”

ズデニェク・コシュラー指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:PRAGA)

 交響曲、序曲《祖国》とカップリング。PRAGAレーベルはハルモニア・ムンディ傘下で、東欧系の放送音源や、室内楽を中心に新録音も行うレーベル。残響をたっぷりと収録しているが、直接音が明瞭で、高音域の抜けの良い爽やかな音質。

 《行進曲》は落ち着いたテンポながら、リズム感が卓抜で、目の覚めるように鮮やかなタッチ。シャープな筆致でスコアを隈無く照射しながら、音楽的な愉悦感もきっちり捉えていて見事。《子守唄》ではオケの滋味豊かな音色美を生かし、自然体の棒ながら唯一無二の味わいを醸造する。《即興曲》は、あらゆるディティールを克明に処理する律儀な態度が、小品ではあっても注意力散漫な聴き方を許さない。

 《二重奏》は艶美な弦の歌が耳のごちそう。過剰な陶酔でフレーズを膨張させたりせず、あくまで清廉な美を貫くスタイルは、アンチェルの衣鉢を継ぐ雰囲気。《ギャロップ》もスピードは追求しないが、音そのものの鮮烈さでモダンに造型。どのナンバーもそうだが、全ての要素が有機的に描き出される所に、指揮者の並外れた才気を感じさせる。

“闊達な表現を繰り広げるデュトワ。力感より柔らかさを優先させた印象”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1987年  レーベル:デッカ)

 フランス音楽オムニバスに収録。当コンビのビゼー録音は、《カルメン》《アルルの女》組曲の他、交響曲、序曲イ長調、組曲《パースの美しい娘》、序曲《祖国》をカップリングしたビゼー・アルバムもある。

 《行進曲》はきびきびしたテンポで全てが鮮やか。鋭敏なアンサンブルと美麗な音色でシャープに造形している。《子守唄》は淡い色彩感と明朗な響きが素敵で、ビゼー特有の階調豊かなグラデーションで彩られた叙情の世界が素晴らしい。

 《即興曲》はすこぶる軽快なタッチだが、このコンビならもっと力感を加える方向でも良かったかもしれない。《二重奏》は艶やかなカンタービレで、デリケートな歌心を聴かせる。《ギャロップ》は中庸のテンポで、角を立たせず柔らかいタッチ。どのナンバーも、磨き抜かれた音色と洗練度の高い表現が際立っている。

“冴え冴えとした覚醒した意識を維持し、鋭敏なレスポンスを徹底”

チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 同コンビによるDGへの一連の録音の一つ。オケの特性を生かす意味かフランス物が多く、こちらも《アルルの女》《カルメン》組曲を併録したビゼー・アルバムから。シャープな感覚と美しい音彩が印象的な好演で、特に弱音部の鋭敏なレスポンスに、オケも指揮者も冴え冴えと覚醒した意識を徹底させているのが、このコンビらしい。

 《行進曲》はその傾向が顕著で、思わず耳をそばだててしまうような精緻な演奏。テンポの速い曲はミュンフンらしいエッジの効いた表現も聴かれる一方、小品というスタイルを意識してか、肩の力を抜いた雰囲気もあって、さらに腰の強さがあってもいいかも。《二重奏》の、繊細かつ艶やかな弦楽合奏は聴きもの。

“鋭利な棒さばきでスタイリッシュに仕上げたモダンな演奏”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団

(録音:2009年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 交響曲と組曲《ローマ》をカップリングしたライヴ盤。木管群の重奏が特にそうだが、内声がやや飽和してくすんだ色合いに聴こえるのは気になる所で、会場のサル・プレイエルにアコースティック上の問題があるのかもしれない。

 《行進曲》は引き締まったテンポで、鮮やか。鋭利な棒さばきでスタイリッシュに仕上げているのはパーヴォらしい。《子守唄》は抑制された表現がデリケート。オケによっては地味に聴こえてもおかしくないアプローチだが、パリ管はさすがに明朗な色彩感で応えている。

 《即興曲》は落ち着いたテンポで、オーソドックスに造形。《二重奏》はしっとりと美しい音色で、波打つような強弱をたっぷり付けて表情も濃密。コーダのデリカシーには思わず息を呑む。《ギャロップ》も急ぎすぎず、克明にリズムを刻んでゆく。フルート・ソロの辺りは音彩が実に素敵。

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