チャイコフスキー/幻想曲《フランチェスカ・ダ・リミニ》

概観

 幻想序曲《ロメオとジュリエット》の系列に入る管弦楽作品。大序曲でも交響詩でもなく、幻想曲と銘打たれているのがチャイコフスキーのロマン性の面目躍如。ダンテの地獄篇の、有名なエピソードをモティーフにしている。大仰な表現はバイロンの文学を下敷きにしたマンフレッド交響曲と共通し、私などは聴く環境や体調によっては少々疲れるが、チャイコフスキーらしい美しい旋律と激しい感情表現に満ちた曲である。

 意外にたくさんのディスクが出ていて、下記リストではマゼール盤、マルケヴィッチの新旧両盤、ストコフスキー盤、シャイー盤、ネルソンス盤、P・ヤルヴィ盤辺りが、作品が内包する熱気に素直に反応した好演。実演ではほとんど耳にしないが、なぜかサロネンが欧米各オケへの客演でよくこの曲を取り上げているのが面白い。

*紹介ディスク一覧

56年 ミュンシュ/ボストン交響楽団  

58年 ドラティ/ロンドン交響楽団  

59年 マルケヴィッチ/コンセール・ラムルー管弦楽団 

59年 ストコフスキー/ニューヨーク・スタジアム交響楽団  

67年 マルケヴィッチ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団  

67年 ヴァルヴィーゾ/スイス・ロマンド管弦楽団   

71年 マゼール/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

73年 ドラティ/ワシントン・ナショナル交響楽団

74年 ストコフスキー/ロンドン交響楽団

79年 デ・ワールト/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

84年 シャイー/クリーヴランド管弦楽団

84年 小澤征爾/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

90年 ジンマン/ボルティモア交響楽団

91年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

95年 N・ヤルヴィ/デトロイト交響楽団

11年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団

17年 ビシュコフ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

19年 P・ヤルヴィ/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  

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“極めてシャープで熱っぽい表現ながら、音響的魅力ではやはり不利”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1956年  レーベル:RCA)

 《ロメオとジュリエット》(旧盤)とカップリング。ステレオ最初期の録音だけあり、ややざらついて聴こえる傾向はありますが、音自体は鮮明で、残響も適度に収録されているので、思ったほど古臭くはありません。ただこの曲は、特に冒頭部分の管楽器は音程を取るのが難しいのか、当盤も含めて古い時代の録音は和音のピッチが不安定に聴こえます。

 ミュンシュのテンポはタイトに引き締まり、アタックにも非常な勢いがあるので、作品がはらむ熱気を表現するのには向いている感じ。無類にシャープなリズムも胸のすくような合奏の構築にひと役買っていて、緊密にまとまった合奏もヴィルトオーゾ風で迫力があります。中間部もテンションの高さと緊張感を維持しつつ、各パートの音色にもウェットな美しさが出てきますが、全体として音響的な魅力ではどうしても不利で、やはり他盤に軍配が上がります。

“フォルムを厳格に造形しつつ、ドラマティックな語り口や管弦楽法の魅力を盛り込む”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1958年  レーベル:マーキュリー)

 当コンビは後期3大交響曲や《ロメオとジュリエット》も録音。ドラティは後年、ワシントン・ナショナル響と同曲を再録音しています。残響がややデッドなため、マーキュリーの録音にしては古臭く聴こえるのが残念。ドラティの棒は実に明快で、ムードに流れず音楽のフォルムをきっちり造形。色彩感は豊かで、木管のソロやオブリガートなど、チャイコフスキーらしいオーケストレーションの魅力を余す所なく捉えています。

 語り口もドラマティックで、さすがバレエ音楽に精通したドラティの棒さばき。中間部など、3大バレエのクライマックスを彷彿させる華やかさも感じさせます。感情を爆発させる所はないですが、旋律はよく歌って抑揚に富み、情緒面は決して無味乾燥ではありません。コーダも鋭利を極めたスリリングな盛り上げ方で、凄まじい迫力。

“解像度の高い表現ながら、美しい色彩と鋭利なリズムで凄絶なクライマックスを形成”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:ドイツ・グラモフォン) 

 ボロディンの《中央アジアの草原にて》、グリンカの《ルスランとリュドミラ》序曲、リャードフの《ヨハネの黙示録》とカップリングされたロシア名曲集に収録。マルケヴィッチは後にニュー・フィルハーモニア管と同曲を再録音している。

 フランスのオケによる同曲録音は珍しく、さらさらと爽快な音彩をよく生かした、クリアで抜けの良い録音も魅力的。高音寄りの帯域バランスだが、バスドラムが入る強奏部でも歪みや混濁はあまり目立たない。残響のバランスも適度。

 冒頭から合奏の解像度が高く、雰囲気で流さないのはさすが。テンポやフレーズの解釈が明晰そのもので、主部もシャープなリズムと勢いのあるアタック、巧みな語り口で迫力満点。オケがよく統率されていて、華麗で発色の良い各パートの響きは魅力的。中間部はスロー・テンポでたっぷり歌う一方、弦のカンタービレや木管のアンサンブルなど色彩的な美しさが前景化。最後のクライマックスは感情面の熱量も伴って、凄絶なパフォーマンス。

“ドラマティックな語り口で聴かせる、同顔合わせの貴重なステレオ録音”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ニューヨーク・スタジアム交響楽団

(録音:1959年  レーベル:エヴェレスト)

 幻想序曲《ハムレット》とカップリング。ストコフスキーの同曲ステレオ録音は、後にロンドン響とのフィリップス盤もあります。音質の良さで定評のあるエヴェレスト・レーベルだけあり、時代を感じさせない鮮明な音質(強奏部の歪みと混濁はややあり)。適度な残響も取り込み、奥行きとスケール感のある録音になっています。ちなみにニューヨーク・スタジアム響は、ニューヨーク・フィルが契約の関係でCBS以外のレコーディングに使っていた別称。

 演奏は非常にドラマティックで、ロンドンでの再録音とほぼ同じ解釈ながら、オケの華麗な音色と、ヴィルトオーゾぶりは聴きもの。焦燥感溢れるスピーディな主部と、ぐっとテンポを落としたロマンティックな中間部の対比も絶妙です。アンサンブルもすこぶる精緻。チェロのカンタービレなど、細やかなニュアンスの中にふっと弱音を盛り込む語り口は琴線に触れます。

 この指揮者によくある分厚いサウンドではなく、適度の風通しの良い響きは爽快。バーンスタインが振ったのようなざらついた手触りはなく、ウェットで、柔かさもある音色が素敵です。コーダへの追い込みもスリリングですが、再録音に聴かれる最後の銅鑼の追加は行っていないようです。

“自在なアゴーギクで熱っぽく音楽を煽る一方、鋭利な描写力は維持”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:フィリップス)

 《ハムレット》序曲とカップリング。マルケヴィッチはこの8年前にラムルー管と同曲を録音していて、当盤は再録音になりますが、《ロメオとジュリエット》をセッション録音していない彼にしては異例の執着と言えます。オン気味の直接音をマルチ・チャンネル的にミックスしたやや人工的な録音で、フィリップスには珍しい立体的サウンド。鮮烈なティンパニなど、高域寄りの帯域バランスもこのレーベルの音とは逆の傾向です。ホールトーンと奥行き感は適度。

 序奏部はアゴーギクが相当に自由で、楽想に応じて即興的にテンポを動かす印象。時にものすごい加速でオケを煽ります。主部も熱っぽい表現で、推進力が強く、滑らかなフレージングで流れるように推移。ただし響きは分析的で、全てのフレーズをクリアに切り出してゆく傾向もあります。アーティキュレーションの解釈がとにかく見事で、スコアを完全に掌握したような表現。

 中間部は濃密なニュアンスでたっぷりと歌わせながら、意識が研ぎ澄まされ、情緒に耽溺する事はありません。それでいて、しなやかにうねるカンタービレは艶っぽく、その知情意のバランスこそがマルケヴィッチのチャイコフスキー演奏に共通する魅力と言えます。木管を中心に、目の覚めるように鮮やかな色彩感も聴き所。内的感興も充分に表出され、クライマックスは烈しく高揚します。

“洒脱なオペラ指揮者の珍しい管弦楽録音ながら、オケの非力さがやや目立つ”

シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:1967年  レーベル:デッカ)

 ボロディンの交響曲第2番《死と変容》とカップリング。当コンビの録音には、プロコフィエフのバレエ音楽《石の花》ハイライツもあります。遅めのテンポを基調に、ドラマティックなアゴーギクを駆使する指揮者の棒は聴き所ですが、冒頭の管のハーモニーからピッチが全然合っておらず、打楽器を伴うトゥッティではアインザッツが大きくズレで合奏が崩壊寸前に陥るなど、オケの技量不足が目に余ります。

 前後の時期に録音されているケルテスやサヴァリッシュ、ウェラーとの録音はそこまでひどくないので、指揮者の統率力にも問題はあるのでしょうが、ヴァルヴィーゾも他の録音ではちゃんとしたものが多く、単にどちらかのコンディションの問題なのかもしれません。ちなみに、カップリングのボロディンは曲調もあってかずっと良好な演奏です。

 ヴァルヴィーゾの指揮は振幅が大きく、劇的な語り口が持ち味。どの録音にも共通して言えるのは、リスクを恐れずテンポを大胆に動かすがゆえの足取りの不安定さで、それが合奏を破綻寸前に追い込む傾向も無いとは言えません。当盤は特にそのマイナス面が出ている録音ですが、同時にリズム感が鋭敏で、軽妙なセンスも駆使する辺りは、イタリア・オペラでの才気煥発な彼を彷彿させます。

 細かく音符を刻む箇所だけでなく、ロング・トーンの平行移動でも音価を短めに採る傾向があり、そのせいで縦の線の不揃いが余計に目立つ結果にもなっているかもしれません。旋律線は歌謡的にうねり、弦を中心に濃密な音色が付与されているのも魅力。オケを爆発させる際の燃焼度も高く、合奏とピッチさえきちんと整備されていれば、相当な名演だと思われます。

“今にも火が点きそうな熱っぽさを示す、興奮体質の若きマゼール”

ロリン・マゼール指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1971年  レーベル:デッカ)

 R・シュトラウスの《死と変容》とカップリングされたアルバムより。マゼールの同曲録音はこれ一度きりかと思われます。フェイズ4録音が独特で、高音偏重で響きが薄い上に直接音がデフォルメ気味。特異な造形センスを聴かせるマゼールの表現とも相まって、ストコフスキーに負けるとも劣らないユニークな録音、演奏になっています。デッカにしては残響がデッドで奥行き感も浅いので録音データを確認した所、バーキング・タウン・ホールという妙な会場で収録されていました。

 マゼールの指揮は序奏部から極度に芝居がかっていて、最初の山場に向けて理性のタガが外れたかのようにテンポを煽りまくります。主部も、何かに憑かれたかのように興奮体質を露にしていて、落ち着きがない音楽展開。オケも、シャープなエッジの効いた凄絶な合奏で、執拗に追い立てるマゼールの棒に果敢に応えています。

 中間部は、即興的なアゴーギクを用いたクラリネットのソロが独特。弦のカンタービレも音色こそみずみずしいものの、隙あらば情熱に身を委ねようという態度がありありと出ていて、今にも火が点きそうな沸点スレスレの感情表現です。直接音がクリアで発色が良いのはフェイズ4の特色。よく歌っているのは爽快ですし、雄弁な良さもありますが、もう少し繊細な味わいも欲しい所です。ストコフスキー流のアレンジまでは敬遠したいけれど、ケレン味たっぷりの爆演を求めている人にはお薦めの一枚。

“遅めのテンポで、幻想味豊かにイマジネーションを飛翔させる名演”

アンタル・ドラティ指揮 ワシントン・ナショナル交響楽団

(録音:1973年  レーベル:デッカ)

 ドラティは、三流、四流のオーケストラを鍛え上げ、メジャー・レーベルからレコーディング契約を取ってきて財政再建を図る事で有名な指揮者でした。ワシントンDCのオケも、彼が手がけた団体の例に漏れず、優秀なアンサンブルを聴かせてくれます。当コンビは同曲を含め、《ロメオとジュリエット》《運命》《地方長官》《ハムレット》《テンペスト》を録音。深々とした音場感は作品にふさわしいもので、ブラスが入っても刺々しくならず、柔軟性のあるサウンドはデッカらしく魅力的。

 序奏部は管楽器を中心にややピッチが甘く、和声が混濁する印象もありますが、筆遣いが柔らかく、しなやかな響きが心地よ良いです。弦楽セクションもみずみずしい音色でよく歌っていて爽快。緩急巧みなドラティの棒がドラマティックな緊張感を高めます。管弦の鳴らし方、音の置き方の佇まいに独特の余裕と凄みがあり、そのタイム感は晩年のドラティを彷彿させる感じ。

 主部は遅めのテンポを設定していますが、歯切れの良いリズムが全体のシェイプをきりりと引き締めていてシャープ。それでいて大局的には流麗なフォルムが描かれるのも魅力です。感情に身をまかせるタイプではありませんが、語り口に老練な味わいがあり、即物的な無味乾燥には陥りません。又、経過的な部分で、通常はそのままの音量で推移する所をぐっと抑えてピアニッシモを導入する独自の解釈も。

 中間部も、美麗な弦の響きが印象的。ドラティのフレージングは隅々まで明快で、メロディ・ラインがくっきりと切り出されるのが特色。耽美的に息の長いフレーズを作る方向とは一線を画します。色彩感も鮮やかで変化に富み、粘り気こそないものの、さっぱりとしたカンタービレが素敵。木管の装飾的なオブリガートを伴った、点描的で繊細なアンサンブルもファンタスティックで、イマジネーションの飛翔が素晴らしいです。

“偏見を捨てて聴いて欲しい、ストコフスキーの真価を伝える超名演”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1974年  レーベル:フィリップス)

 弦楽セレナードとカップリング。ストコフスキーのフィリップス録音は珍しいですが、同時期にロンドン・フィルともう一枚、《くるみ割り人形》他のチャイコフスキー・アルバムを録音しています。私もストコフスキーには少し偏見があるかもしれませんが、そういう人にぜひ聴いて欲しいのがこの演奏。彼には時々ある(失礼!)のですが、カップリング曲と共にものすごい名演なので、指揮者の名前を見て敬遠してしまうのは惜しいディスクです。

 序奏部は、冒頭から何やらものものしく、早くも悲劇の予感を孕んでいます。管のハーモニーはやや下品な音色ながら切迫感に溢れ、前のめりのテンポと強調されたアッチェレランドで熱気ムンムン。聴いていて、思わずドラマに引きずり込まれるかのようです。中間部はスロー・テンポで、ひたすらロマンティック。旋律の歌わせ方が抜群にうまく、各パートのソロも情感豊かな味わいあり。アゴーギク、デュナーミクの効果を知り尽くした絶妙な語り口には舌を巻きます。最後の和音に銅鑼を加えているのは、お馴染みのストコ節。

 若干アインザッツの不揃いはあるものの、オケも自発性をもって熱っぽい合奏を展開。やや低域が浅いですが、フィリップスのスタイルらしい自然なプレゼンスの録音で、デッカのフェイズ4のようなステレオ感の強調もなく、指揮者ストコフスキーの真価をストレートに伝えます。

“豊かな歌心と、シャープかつロマンティックな棒さばき”

エド・デ・ワールト指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:フィリップス)

 カップリングは《ロミオとジュリエット》。当コンビの録音は他に、ワーグナーの管弦楽曲集とフランクの交響曲、グリュミオーと組んだヴィオッティとM・ハイドンの協奏曲があります。強音部で歪みがちな録音が、演奏の迫力を十分に伝え切っていないのが残念ですが、ちょうどデジタル録音が導入されはじめた時期に当たるので、レーベルも試行錯誤の段階だったのかもしれません。

 演奏は清新で若々しいもの。端正な造形ですが、序奏部の三拍子の箇所を超スロー・テンポに落とすなど、独自の解釈も聴かれます。全体のテンポ設定は落ち着いていて、中間部も心行くまで旋律を歌わせるゆったりとした歩み。デ・ワールトはカンタービレの表現が実にうまく、ロマンティックな歌心が横溢するのは美点。主部はリズムが無類にシャープで歯切れよく、躍動感も充分ですが、若さにまかせて感情を爆発させる事がありません。この時期の彼の、一定のラインを踏み越えない節度の保ち方は、後のキャリアを決定してしまったようにも感じます。

 オケがまたすこぶる上手く、旋律線の表情が雄弁だし、チャイコフスキー特有のフレーズごとに楽器のグループが交替するような局面で、得も言われぬ優美なフレージングで見事な受け渡しを行う所にオケの美質がよく出ています。強奏部における有機的な迫力も、この時代のコンセルトヘボウ管ならでは。

“明瞭な語調でダイナミックにドラマを盛り上げる、若き日のシャイー”

リッカルド・シャイー指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:デッカ)

 《ロミオとジュリエット》とカップリング。シャイーとクリーヴランド管のディスクは意外に少なく、他にはストラヴィンスキーの《春の祭典》、プロコフィエフの《アレクサンドル・ネフスキー》、ガーシュウィン・アルバムの3枚しかありません。

 冒頭からみずみずしく、しなやかな弾力のある響き。シャイーの棒は明晰そのもので、スタッカートを効果的に用いてフレーズのアウトラインをくっきりと打ち出しているし、伴奏型にも随所にアクセントを打って句読点を明確にしています。リズムが尖鋭で、オケの反応がすこぶる敏感なのも、若々しい活力と溌剌とした運動性に繋がっています。

 主部はダイナミックな力感に溢れますが、パンチの効いたアタックでスポーティに表現する傾向。情感がさっぱりとしているので、濃厚なロマン的情念やロシア情緒よりも、ドラマティックな音絵巻として楽しむような健全な性格が感じられます。どこか、ヴェルディのオペラと共通した響きが聴こえてくるのも面白い所。中間部のカンタービレの美しさは格別で、粘りのない爽やかな歌い口と、徹底して磨き上げた音色美で描き尽くす、すこぶる魅力的な演奏になっています。後半部も語り口が雄弁で、迫力満点。

“あくまでシンフォニックな造形美を追求。オケのうまさは特筆もの”

小澤征爾指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1984年  レーベル:EMIクラシックス)

 序曲《1812年》、スラヴ行進曲、歌劇《エウゲニー・オネーギン》〜《ポロネーズ》をカップリングした管弦楽曲集より。当コンビの録音はこの前年にガーシュウィンの作品集がありますが、EMIにはこの2枚しかレコーディングを行っていないようです。カラヤンとの仕事でノウハウが出来上がっているのか、ベルリン・フィルらしいサウンドをよく捉えた録音ですが、大太鼓の重低音はやや過剰な印象。

 あくまでシンフォニックな造形美を追求した演奏で、高い集中力で統率された合奏の有機的迫力は圧倒的。そこはオケのうまさも手伝っていますが、アゴーギクを感情的に操作する事がないので端正な表現に感じられるのは、この指揮者の特色です。序奏部はドラマティックなうねりと緩急、アゴーギクの巧みさが見事。息の長いフレージングと緊迫感の保持を両立させているのはさすがです。

 主部も切れ味が鋭く、緊密なアンサンブルでダイナミックに造形。中間部はぐっと腰を落とし、自発的でニュアンス豊かなクラリネット・ソロを皮切りに、味わい深いパフォーマンスを展開します。木管やホルンの装飾的なパッセージなど、立体的に交錯する精緻な音響の構築もこの指揮者の美質。濃厚なロマンティシズムや陶酔感はないものの、流れるように滑らかで艶やっぽいカンタービレには、普遍的な美しさが感じられます。ベルリン・フィル特有の壮麗な響きも魅力的。

“恰幅の良いサウンドで、細部を明晰に造形した知的な演奏”

デヴィッド・ジンマン指揮 ボルティモア交響楽団

(録音:1990年  レーベル:テラーク)

 ロシアン・スケッチズと題されたオムニバス・アルバムから。歌劇《エフゲニー・オネーギン》からポロネーズ、グリンカの《ルスランとリュドミラ》序曲、リムスキー=コルサコフの《ロシアの復活祭》序曲、イッポリトフ=イワーノフの組曲《コーカサスの風景》(久々の新譜!)をカップリングしていますが、録音年がバラバラなので、機会を見て録音したものの寄せ集めかもしれません。当コンビのチャイコフスキー録音は、交響曲第4番と《ロミオとジュリエット》もありますが、当盤も同じ演奏スタイルによるもの。

 恰幅の良い、たっぷりとふくよかな響きを主軸に、細部を明晰に造形した知的な性格で、感情的に激したり、声高に叫んだりはしませんが、表情が豊かで緩急も細かく交替。仕上げが丁寧な一方、パワフルな底力もあります。オケも各パートが繊細なパフォーマンスを聴かせ、艶やかなカンタービレが魅力的。スロー・テンポを採用した愛の場面での、クラリネット・ソロによるひそやかなピアニッシモには、思わず耳が惹き付けられます。

“ダイナミックなメリハリは付けながらも、案外大人しいムーティ”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:EMIクラシックス)

 5番シンフォニーにカップリング。当コンビのチャイコフスキー録音は後期三大交響曲と、《白鳥の湖》《眠れる森の美女》抜粋盤、《1812年》《弦楽セレナード》がある他、ムーティはフィルハーモニア管と交響曲全集、ピアノ協奏曲(ソロはガヴリーロフ)も録音しています。

 同じフィラ管相手でも、この数年前にオールド・メトで録音していた頃と較べると、メモリアル・ホールに録音会場を移してから音楽の佇まいが急速に落ち着いてきた印象です。ただこの曲の場合、逆にムーティにしては大人しいというか、さらに熱気があってもいいんじゃないかという気はします。勿論このコンビの事ですから、強奏部はダイナミックに盛り上げていますし、メリハリやパンチにも事欠きませんが、案外オーソドックスな造形で、前のめりの推進力はさほど強くありません。むしろ、叙情的な箇所の艶やかなカンタービレに、このコンビの長所が出ている感じでしょうか。

“ドラマティックな語り口ながら熱気には不足。オケの優秀さは要注目”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1995年  レーベル:シャンドス)

 組曲第3番とカップリング。当コンビはチャイコフスキーの組曲全集を録音しており、いずれもカップリングに交響詩を収録しています。残響豊富なシャンドスの録音ポリシーはここでも発揮されていますが、細部も鮮明で聴きやすく、鮮烈なサウンドになっているのも美点。

 演奏はゆったりとした雰囲気ながら、ドラマティックな語り口。序奏部から各パートの艶やかな音色と雄弁なニュアンスが耳を惹きますが、主部は遅めのテンポゆえかさほど熱くはなりません。切れ味の良いリズムと緩急巧みな棒さばきでシャープに聴かせますが、もう少しタイトなテンポ設定であれば、楽想の冗長さをカバーできたかもしれません。中間部のクラリネット・ソロや弦の歌など、感興豊かなカンタービレは魅力で、コーダも迫力満点。オケが実に優秀で、ドラティ時代に勝るとも劣らぬほど合奏面、音色面双方で充実ぶりを披露しています。ヤルヴィ父であればこそ、彼らしい一歩踏み込んだ表現を期待したかった所。

“前傾姿勢で異様な緊迫感を表す、俊英ネルソンスの才気が迸る熱演”

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:2011年  レーベル:オルフェオ)

 第4交響曲とカップリングされたライヴ録音。当コンビは後期三大交響曲とマンフレッドを録音していて、そこに《ロミオとジュリエット》《ハムレット》《スラヴ行進曲》も併録されています。ネルソンスの棒は、音量の上昇と共に加速するタイプで、熱っぽくドラマティックな語り口が圧巻。スコアにない強弱も盛り込んで、そこここに表現意欲と積極性が感じられます。ただ、音の佇まいはゆったりとしていて、全体に余裕がある音楽作り。

 序奏部は異様な緊迫感に溢れ、前傾姿勢の棒さばきがネルソンスらしい所。うねるような横のラインを中心にねっとりと音楽を進めながら、ティンパニのアクセントを打ち込んで鮮烈な輪郭を打ち出す演出は非凡です。主部も集中力が高く、密度の濃い表現。巧妙なアゴーギクでわずかに加速しながら、シャープなリズムで音楽をきりりと引き締めている点も見事と言わねばなりません。フレーズを有機的に関連付けて、対話調の意味深いやり取りを作り出したり、興奮を露にするように内圧を高めて緊張の糸を維持するなど、とにかく目覚ましい指揮ぶりです。

 愛の場面は、ネルソンスお得意の雄弁なカンタービレ術が功を奏し、粘性の強い濃厚なロマンティシズムを表出。それでも聴いていて食傷気味にならないのは、対位法に留意して響きを透徹させ、厚ぼったい音の壁で押してくる事がないのと、色彩に変化を付けて単一色で通さないからかもしれません。木管の上昇音型など、クローズアップの手法が鮮やか。しなやかな美音を聴かせるオケも、素晴らしいパフォーマンスです。

“近年屈指の傑出したチャイコフスキー解釈”

セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

(録音:2017年  レーベル:デッカ)

 マンフレッド交響曲や管弦楽曲、3曲のピアノ協奏曲も含めた全集録音から。ビシュコフはかつてコンセルトヘボウ管と《悲愴》、ベルリン・フィルと弦楽セレナード及び《くるみ割り人形》全曲、パリ管と《エフゲニー・オネーギン》全曲をフィリップスに録音しています。残響を豊富に取り込みながら、直接音を鮮明に捉えた録音が素晴らしく、デッカの録音技術の健在ぶりに脱帽。

 丁寧な仕上げと雄弁なディティールで素晴らしい演奏が目白押しの全集ですが、こういうカップリング曲でも一切手を抜かないのがこのコンビの美点。ここでも深々と鳴り渡る音響、集中力の高い緊密な合奏で、極めてドラマティックに各場面を描写しています。まるでオペラを観ているかのような臨場感はビシュコフらしいですが、オケの有機的なサウンドと豊麗を極めた美音はチェコ・フィルを起用したメリットといえるでしょう。

 鋭敏で歯切れの良いリズム処理は効果的で、手に汗握るような強音部に峻烈なエッジを加えています。チャイコフスキーらしい色彩的な管弦楽法も余す所なく表出されていて、まろやかにブレンドしながらも、響きが均質な一本調子に陥る事がありません。愛の場面は、繊細なピアニッシモと艶やかな歌い回しが魅力的。ロマンティックな情感も充分ですが、弦の音色に爽やかな手触りもあって、濃厚になりすぎないのも美点です。

“フレーズの有機的な繋がりを追う事で、スコアの冗長さを完全払拭”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 

(録音:2019年  レーベル:アルファ・クラシックス)

 管弦楽曲作品もカップリングした全集録音から。同オケによるチャイコフスキーの交響曲全集はこれが初で、19年から21年にかけて長いスパンで録音されています。P・ヤルヴィによるチャイコフスキー録音は、シンシナティ響との《悲愴》《ロメオとジュリエット》もあり。音響効果の良いホールらしいですが、アナログな温もりや柔らかさがある一方、やや響きのこもりや飽和もある印象。直接音はクリアですが、いわゆる鮮烈な印象のサウンドではありません。

 序奏部はスロー・テンポで悠々と開始。艶やかに粘る旋律の歌わせ方と、それに連動した音楽的起伏がものの見事に設計されていて感心します。この演奏で聴くとスコアの冗長さが消えて、フレーズ同士の有機的な繋がりが見えてくるのも凄い所。それでいて演奏の緊迫感と熱っぽさは保たれます。主部はエッジの効いたリズムが音楽の輪郭をシャープに切り出し、解像度の高い描写で一貫。落ち着いたテンポ感ですが、雄渾な力感とドラマティックな迫力で聴かせます。エンディングへ向かう白熱も凄絶。

 中間部はぐっと腰を落とし、濃密なニュアンスでたっぷりと旋律を歌わせますが、この全集に共通の特色として、感傷性が全く感じられないのが不思議。これだけロマンティックな身振りで歌っているのに、情動的な陶酔には傾きません。ただし木管、ホルン、弦と音色は素晴らしく艶めいていて、リスナーとしては聴き惚れてしまいます。フルートの上昇音型が連続する経過部も、夢見るようにファンタジック。

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