チャイコフスキー/弦楽セレナード

概観

 モーツァルトに傾倒していたチャイコフスキーが、古典的なスタイルで書いた作品の一つ。とはいっても、彼らしいメランコリックな情緒と旋律美にも溢れている。CMやドラマにもよく使われる他、サイトウ・キネン・オーケストラや、佐渡裕率いるスーパー・キッズ・オーケストラの定番曲でもあるので、日本人には馴染み深い作品かも。

 弦楽セクションのみの演奏になるせいかディスクはあまり多くないが、同じく魅力的なドヴォルザークの同名曲とよくカップリングされたりして、素晴らしい演奏が多い。個人的にはカラヤン、ストコフスキー、小澤、ビシュコフ/チェコ・フィル盤がものすごい名演と感じるが、他のディスクもそれぞれに魅力あり。

*紹介ディスク一覧

57年 ミュンシュ/ボストン交響楽団  

58年 ドラティ/フィルハーモニア・フンガリカ   

68年 マリナー/アカデミー室内管弦楽団  

74年 ストコフスキー/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

80年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

81年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

86年 C・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

89年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

91年 ビシュコフ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

92年 小澤征爾/サイトウ・キネン・オーケストラ

17年 佐渡裕/トーンキュンストラー管弦楽団  

17年 ビシュコフ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

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“やや生硬な箇所もあるものの、引き締まった緊張感を維持”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1957年  レーベル:RCA)

 バーバーの《弦楽のためのアダージョ》、エルガーの《序奏とアレグロ》とカップリング。残響が適度に収録されていて爽快感があり、思ったほど古臭い音質ではありません。当コンビのチャイコフスキー録音は他に、《ロメオとジュリエット》2種、《フランチェスカ・ダ・リミニ》、交響曲第4、6番、ヴァイオリン協奏曲2種(ミルステイン、シェリング)があります。

 第1楽章序奏部は通常の倍くらいのスピードで開始。もう拍の取り方が通常と違うので、そういう曲として違和感なく聴けます。主部はやや速めですが、序奏部との繋がりは自然。タイトなテンポなので、音楽が弛緩せず常に引き締まった緊張感があるのは美点です。オケは当時屈指のヴィルトオーゾだけあり、快速テンポでも一体感の強い緊密な合奏を維持。

 第2楽章は平均的なテンポ感で、ゆったりした佇まい。間合いもたっぷり取りますが、ミュンシュにしては歌い回しがやや生硬で、実直な性格に感じられます。第3楽章はテンポが緩慢すぎる演奏の多い中、当盤は適度な推進力を保ち、旋律線の全体像と本来の美しさを明快に表出。優しい風合いの弦の音色も魅力的です。第4楽章は平均的なテンポで、強めのアタックながら重々しくならないのは好印象。音圧も適度で、きびきびと躍動的に表現しています。コーダで一気に加速するアゴーギクも巧み。

“明快なフォルムをキープしつつ、優美な味わいを盛り込むドラティ”

アンタル・ドラティ指揮 フィルハーモニア・フンガリカ

(録音:1958年  レーベル:マーキュリー)

 オリジナル・カップリング不明ですが、同年にアレンスキーの《チャイコフスキーの主題による変奏曲》が録音されており、それがカップリング曲かもしれません。編成が小さめで、解像度の高い室内アンサンブル風の響き。残響もさほど多くないので、音像も小ぢんまりとまとまっています。

 第1楽章は、一音ずつ明確に音を切った語調が独特。造形を肥大させず、モーツァルト風にタイトなシェイプが好印象です。音色は艶っぽく、旋律線がよく歌いますが、ひなびた味わいもあるのが面白い所。規模を拡大しすぎず、落ち着いたテンポで丁寧にアンサンブルを構築する誠実さが好ましいです。スタッカートの切れ味も爽快。ルバートを効果的に使った、優美な第2楽章も素敵です。

 第3楽章はテンポが遅すぎて旋律が引き延ばされる演奏が多い中、ドラティは推進力のあるテンポで、美しいメロディ・ラインを明快に抽出しているのがさすが。序奏部と後奏も、冗長になる事がありません。第4楽章もきびきびとした軽快な進行で、古典的なフォルムを維持。コーダに向けての加速、緊密な合奏の一体感も迫力があります。

“デッカの美しい録音が、楽団本来の魅力的な響きを巧みにキャッチ”

ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団 

(録音:1968年  レーベル:デッカ)

 ドヴォルザークの弦楽セレナードとカップリング(オリジナルかどうかは不明)。同コンビの、数少ないデッカへの録音の一つです。適度に残響が取り込まれ、直接音の鮮明さと音色の艶やかさもきっちり捉えた、デッカらしい好録音。フィリップスやEMIよりも、この団体の音色美をうまくアピールしている印象です。

 第1楽章は、速めのテンポで一音ずつ明確に区切って開始。やはりきびきびとした主部と共に、客観性の勝った性格ですが、旋律線の流麗さが魅力的で、物足りなさはありません。響きの密度が高く、淡白な薄味にならないのも好印象。フットワークが軽く、アンサンブルの一体感が強いのはメリットです。第2楽章もよく流れるテンポで、装飾音をイタリア流に回す洒落たフレージングはセンス満点。

 第3楽章は、テンポが遅いと濃厚になりすぎる曲想ですが、さすがマリナーはアク抜きが上手く、音は薄めずに情感だけすっきりさせて、作品の魅力を巧みに抽出しています。潤いと光沢に満ちた弦の音色はとにかく素敵。第4楽章は序奏部、移行部、主部それぞれの描写が非常に精彩で、スコアの輪郭がくっきりと隈取られていて痛快です。主部はアタックの切っ先が鋭利で語気が強く、それでいてどぎつくならないさじ加減が見事。音色のみずみずしさも際立ちます。コーダも軽妙そのもの。

“聴いてびっくり。思わず快哉を叫びたくなる、心憎いほどの超名演!”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1974年  レーベル:フィリップス)

 《フランチェスカ・ダ・リミニ》とカップリング。ストコフスキーのフィリップス録音は珍しいが、同時期にもう一枚、ロンドン・フィルと《くるみ割り人形》他のチャイコフスキー・アルバムも録音している。私もストコフスキーには少し偏見があるが、そういう人にぜひ聴いて欲しいのがこの演奏。彼には時々あるが(失礼!)、カップリング曲と共にものすごい名演なので、指揮者の名前で敬遠してしまうのは惜しいディスク。

 第1楽章はかなり速めのテンポで開始。思ったほどドロドロした調子ではなく、音圧の強調もなくて爽快。主部も流麗で、リズムもテンポも軽快。たっぷりと響きながらみずみずしいサウンドが心地よい一方、表情付けが細かく、語り口が変化に富むのはストコフスキー流。第2楽章は、適度に弾むリズムとやや強調されたルバートが、ワルツらしさをうまく表出。ニュアンスは実に豊かで、旋律の美しさがよく出ている。

 第3楽章は、冗長になりがちな導入部を停滞させず、流れるような調子でさらっと切り上げているのはさすが。主部もメロディの輪郭がよく分かる速めのテンポで、旋律を甘美に歌わせている。デュナーミク、アゴーギクの演出も入念で、ある種の熱気を孕んでいて感動的。艶やかな弦の音色も、耳に残る。

 第4楽章は曲の性格を的確に掴んだ見事な表現。緩急巧みな音楽運びで、最後まで聴き手の注意を惹き付けて放さない。リズムも鋭敏で、軽妙かつ精緻なアンサンブルも痛快。弾力に富んだアタックが、溌剌とした生気を演出する。コーダへ持ってゆく呼吸も心憎いほどに巧緻で、その名人芸に思わず脱帽。終った途端、思わずブラヴォーを叫んでしまった。 

“至福の音楽体験を約束してくれる、同曲屈指の名盤”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1980年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ドヴォルザークの弦楽セレナードとカップリング。第1楽章は思ったほど厚塗りにならず、さっぱりした響きで開始。速めのテンポと、一音一音アクセントを付けて末尾をきちんと切ったフレージングも気持ちが良い。主部も流れるような快速調で、軽やかなタッチ。やや音圧が高いのはベルリン・フィルらしいが、アクセントは要所要所に絞り、力みを抑えて端正な造形感覚を優先させているのは、モーツァルトを敬愛していた作曲者の本質を衝く解釈と言える。弾むような調子と流麗なフォルムは魅力的。

 第2楽章は、優しい手触りが素敵。強弱のニュアンスが細やかで、表情が雄弁なのも耳を惹くが、しなやかなカンタービレや柔和な語り口は、他では聴けない名調子。第3楽章はあまり粘らず、さらっと流した序奏部が好印象。主部も流れの良いテンポで音楽を弛緩させず、カラヤンらしい見事なカンタービレでリスナーを魅了する。艶やかな弦の音色も言う事なしで、正に至福の音楽体験。

 第4楽章も大きく構えず、タイトなサイズ感で軽妙に造形。快適な運動性とフットワークを確保した主部では、オケの上手さも手伝って、生き生きとした合奏を構築する。フレーズの連結もスムーズで、楽想の対比も巧み。響きもどぎつくならず爽快で、柔らかな手触りもあって素晴らしい。コーダも規模を拡大せず、古典的な枠組みと様式感を守っている点はさすが。同曲ディスクの中で、トップにお薦めしたい名盤。

“峻厳な指揮振りで彫りの深い造形を施すムーティ”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1981年  レーベル:EMIクラシックス)

 序曲《1812年》とカップリング。交響曲全集をはじめチャイコフスキーには積極的に取り組んでいるムーティの録音。このオケの弦楽合奏の威力と、艶やかな音色は生かされているが、かなり端正な造形で、オーソドックスな解釈に感じられる。

 第1楽章は直截な表現で粘り気がなく、颯爽とした出だし。音色も明るい。音圧が高く、フレーズの隈取りが常にくっきりしているのは、ムーティの特徴。合奏のまとまりが良いので、重厚に聴こえすぎないのは美点。主部は速いテンポで推進力が強く、アタックに勢いがあって、一音一音にただならぬ力感が漲る。表情の付け方は大変細かく、強弱やリズムに敏感に反応するのは、スコアを古典音楽寄りに解釈した結果とも言える。

 第2楽章はストレートな歌い回しながら、意外に優美な造形。ともあれどことなく生硬で、さらに自在な呼吸が欲しいが、テンポを揺らしたり、ちょっとした間を挟むなど、ワルツのマナーは守る態度がみられる。みずみずしい音色やデリケートな弱音、しなやかなカンタービレなども美点。

 第3楽章は、旋律美を抽出する才に長けたムーティの、面目躍如たるパフォーマンス。アゴーギクを感覚的に操作して旋律を存分に歌わせながら、過剰に甘ったるくならないのが彼の良さ。むしろ爽やかな清潔感すらあり、フォルムを崩すような陶酔に陥らないのも好印象。響きが明晰なので、対位法の効果もくっきりと出ている。オケの艶やかなカンタービレも聴きもの。

 第4楽章は、高弦の清澄な音色が耳に残るイントロと、きびきびと鋭利なリズムを刻む主部の対比が見事。この辺りは光と影の芸術をもってする国の指揮者らしい、彫りの深い造形感覚と言えるでしょう。弱音部であっても音の立ち上がりがスピーディなので、常に意識が覚醒して敏感な感じに聴こえます。一音一音の角が峻厳なまでに屹立しているのも、ヴィルトオーゾ風の表現でスリリング。

“オケの音色美を生かしながらも、シンフォニックに音楽を構築”

コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1986年  レーベル:フィリップス)

 ドヴォルザークの弦楽セレナードとカップリング。デイヴィスのチャイコフスキー録音は非常に珍しく、協奏曲の伴奏を除けばコヴェント・ガーデン王立歌劇場管とのオペラ・バレエ音楽集と、ボストン響との《1812年》《ロメオとジュリエット》くらい。

 第1楽章は、シンフォニックな造形美を打ち出した演奏。暖かみがあって優しいオケの響きは魅力的だが、叙情には傾かない方向。落ち着いたテンポで精確にリズムを刻んでゆく格調高いスタイルは、作曲者の意向通りスコアをモーツァルトの延長線上に解釈したものと思える。肩の力を抜きながらも、細部を丹念に描写し尽くすデイヴィスの棒は練達の技を思わせ、優美なシェイプとほのかに漂う気品が素晴らしい。

 第2楽章も全く気負いがなく、典雅な性格。これみよがしな所が全くないにも関わらず、表現の引き出しが多いというのか、ちょっとした間の挟み方やアゴーギクの操作、強弱のニュアンスに深い味わいを感じさせる所が凄い。

 第3楽章は優しい風合いが心に沁みる一方、不思議なほどセンティメンタルな感傷がない。指揮者自身に、感情的没入を避けて純粋に音楽の美しさを追求する意思が強いのかもしれない。しっとりとした艶と潤いを持ちながら、外面的な華美に陥らないバイエルンの弦楽セクションは、ずっと聴いていたい美しさ。第4楽章もゆったりとしたテンポで折目正しくリズムを刻み、この指揮者のハイドンやモーツァルト演奏を彷彿させる。構成力も卓抜で、後半のアゴーギクは殊のほか見事。

“雑味と共に野趣を感じさせる響き。独自の道を行く本場アーティストの演奏”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1989年  レーベル:メロディア)

 《1812年》、ハチャトゥリアンの《剣の舞》、ボロディンの《だったん人の踊り》をカップリングしたロシア名曲集より。

 第1楽章は、冒頭からふわっと柔らかい入り方をするのと、ソステヌートのフレーズ解釈、やや雑味のある不均等な響きが、西欧の演奏と様相を異にしています。主部もユニゾンこそ艶やかな光沢はありますが、和音は粗削りな印象で、ブレンドさせて一つの音色を作り上げる合奏ではありません。そのため編成が大きく聴こえるのと、響きが混濁してそれがまた野趣というか、ローカル色にも繋がっています。テンポは落ち着いていて、合奏も整っていますが、リズムの弾力や切れ味とはほぼ無縁。

 第2楽章は、洗練されていないというよりは、むしろ全く違う方角を向いている感じ。ゆったりしたテンポで歌われるワルツ主題は、さりとて濃厚な表情が付与されている訳でもなく、自然体のままで出自と共感は十分に表されるはずだという、自信の裏返しとも取れます。

 第3楽章も落ち着いた構えで、神経質に表情を作り込む事のない大らかな歌い回し。それでいて、暖かみのある音色と語り口で、旋律線を魅力的に聴かせてしまうのは不思議です。素朴だけれど心のこもった手仕事に、はっとして胸を打たれる感覚と言えばいいでしょうか。第4楽章も決して洗練されてはいないし、響きにはざらついた質感もありますが、朴訥とした語り口にそこはかとない共感が漂います。鋭いアタックや歯切れの良いスタッカートも効果的で、合奏も整っています。後半部も感動的。

“緻密に音楽を構築する一方で、しみじみとした情緒が胸に沁みる好演”

セミヨン・ビシュコフ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:フィリップス)

 ヴォルフの《イタリア・セレナーデ》、エルガーの《前奏曲とアレグロ》、バーバーの《弦楽のためのアダージョ》をカップリングした弦楽アルバムから。当コンビのチャイコフスキー録音には、バレエ《くるみ割り人形》全曲もあります。フィリップスには珍しく、かつてドイツ・グラモフォンが使用していたベルリンのイエス・キリスト教会で収録。

 第1楽章は冒頭から流れが良く、句読点を明確に付けた表現。音圧を強調せず、妙な溜めを用いないでさっぱりと歌う一方、弱音部に漂うやるせない表情はなんとも切なくて、胸を打たれます。主部も速めのテンポで、きびきびとした進行。ビシュコフは厚塗りの色彩を作る事もありますが、ここでは爽快な響きでみずみずしい歌を展開し、オケの艶やかな音色も目一杯生かしています。編成は決して小さくないようですが、合奏の一体感が強く、見事に統率されている印象。明確なアーティキュレーション描写を徹底させているため、感情に流れてしまわないのは美点です。

 第2楽章も、丁寧な手仕事で造形されたデリケートな表現。ディティールまで配慮が行き届く一方、プロポーション全体の流麗さも両立させている所に才気を感じます。ベルリン・フィルも豊かなニュアンスで応えていて好印象。第3楽章は、艶っぽい響きで甘美に歌い上げた魅力的な演奏。ただしビシュコフの棒はコントロールが効いていて、音の垂れ流し状態にはなりません。弱音部も繊細な表情付けで、しみじみとした情感が心に沁み入ります。

 第4楽章も、爽快なサウンドと生き生き弾むリズムが素敵。闊達な棒さばきで溌剌とした動感を表出する一方、しなやかな旋律線が美しく、その対比が聴いていて気持が良いです。勢いにまかせず、細やかな演出で多彩な表情を付与しているのも素晴らしい点。ビシュコフはロシアの指揮者には珍しく、情緒よりもまず造形を優先させる人で、その辺りがカラヤンに認められたのかもしれません。鋭敏なリズム感できりりと引き締めたコーダも見事。

“清涼感いっぱい! すこぶる魅力的なチャイコフスキー解釈”

小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ

(録音:1992年  レーベル:フィリップス)

 モーツァルトのディヴェルティメントK136、アイネ・クライネ・ナハトムジークとカップリング。サイトウ・キネン・フェスティヴァルの初年度に、オランダのスタッフが日本までやってきて録音しており、レーベルが小澤征爾にかけていた期待と信頼を窺わせます。

 第1楽章は序奏部から誇張がなく、自然体の佇まい。音圧もさほど高くなく、濃厚さやしつこさがありません。強弱のニュアンスは細かく付けられ、表情は豊か。オケが高性能なので機動力が高く、しなやかにうねる旋律線にも、室内楽のような一体感があります。爽やかな音色のせいか、流れるようなフレージングのせいか、快適なテンポ感ゆえか、清涼感があってすこぶる魅力的なチャイコフスキー解釈。コーダのしみじみとした暖かい情感も素敵です。

 第2楽章は、さりげない調子で開始しますが、旋律線の表情や音色の階調に豊かなニュアンスがあり、オケと指揮者双方の音楽性の高さが表れています。第3楽章も、べとつかない叙情と艶やかな音色で、瑞々しいパフォーマンス。フレージングに粘り気がなく、さらりとした感触が作品の感傷性を洗い流した印象です。第4楽章も軽やかなタッチとよく弾むリズムで、スポーティーな動感を表出。立ち上がりの速い、張りのあるアタックも、溌剌とした調子を生み出します。音色には柔らかさもあり、角が立たないのは小澤の美質。

“ウィーン・スタイルを生かし、艶美でソフトな語り口で酔わせる異色盤”

佐渡裕指揮 トーンキュンストラー管弦楽団

(録音:2017年  レーベル:トーンキュンストラー管弦楽団)

 同じ作曲家の《アンダンテ・カンタービレ》、芥川也寸志の《弦楽のためのトリプティク》、レスピーギの《リュートのための古風な舞曲とアリア》第3組曲をカップリングした弦楽アルバムから。当コンビが野外コンサートを行っているグラフェネックでの収録ですが、ライヴではないようです。

 カップリングのレスピーギ共々、スーパー・キッズ・オケでも演奏している佐渡裕お得意の作品ですが、ここではオケの音色美と演奏スタイルを生かし、ひたすら優美で上品な造形を志向しているのが面白い所。通常は力強く、張りのあるアタックで演奏される第1楽章の冒頭も、句読点こそ明瞭ながら、優しく、柔らかいタッチで描写されています。主部のカンタービレも艶っぽい表情。

 第2楽章もワルツ主題のニュアンスが軽妙洒脱でデリカシー満点、音色も艶美です。第3楽章も情緒面が濃厚になりすぎず、音楽の純粋の美しさを表す自然体の棒が爽やか。ただ、フレージングには独特の粘性があり、旋律線の艶っぽさは魅力的です。第4楽章もフットワークが軽快で、柔和な性格ながら生彩に富むパフォーマンスを展開。響きの透明度も高く、音圧を抑えた合奏が耳に優しいです。

“爽やかなタッチで優しく心に触れる、近年屈指の傑出したチャイコフスキー”

セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2017年  レーベル:デッカ)

 マンフレッド交響曲や管弦楽曲、3曲のピアノ協奏曲も含めた全集録音から。ビシュコフはかつてコンセルトヘボウ管と《悲愴》、ベルリン・フィルと弦楽セレナード及び《くるみ割り人形》全曲、パリ管と《エフゲニー・オネーギン》全曲をフィリップスに録音しています。残響を豊富に取り込みながら、直接音を鮮明に捉えた録音が素晴らしく、デッカの録音技術の健在ぶりに脱帽。

 第1楽章序奏部は、音を短めに切って早めに減衰させるスタイル。強弱やアーティキュレーションをかなり細かく付けて、軽快なタッチで生き生きと合奏を展開する行き方は、ほぼHIPに分類してよいと思います。聴き手の耳を虜にする、水もしたたるような美音のオケは、室内楽に近いほど合奏に一体感があって、フットワークが機敏。スフォルツァンドやアクセントなど、俊敏を極めたレスポンスに、オケの実力と集中力の高さを窺わせます。

 第2楽章は、さりげない調子の中に豊富なニュアンスを盛り込んで秀逸。軽くて爽やかな手触りながら、そっと心に触れてくるようなカンタービレが素晴らしいです。第3楽章は序奏部のテンポを遅くしすぎず、古典的なフォルムを維持しているのがこの演奏に一貫するコンセプト。主部も艶やかに磨き上げた美麗な音色でたっぷりと歌わせながら、抑制を効かせていて、厚ぼったく色を塗り重ねる事がありません。

 第4楽章も主部の描写が徹底して緻密で、アンサンブルの精度と共に、やはりHIPと呼びたい感覚があります。極めて凝集度の高い表現ですが、それでいて溌剌とした躍動感、優美な曲線、熱い感興にも欠けていません。ベルリン・フィルとの旧盤も相当な名演でしたが、スコアの解釈は大きく変えてはいないものの、魅力的なオケの音彩と合奏の密度、ディティールの繊細な味わいにおいて、当盤に軍配が上がります。

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