ベルリオーズ/幻想交響曲 (続き)

*紹介ディスク一覧

93年 ビシュコフ/パリ管弦楽団 

93年 ミュンフン/パリ・バスティーユ管弦楽団

96年 ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団

98年 T・トーマス/サンフランシスコ交響楽団

00年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団

02年 佐渡裕/パリ管弦楽団

03年 ゲルギエフ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  

08年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

08年 サロネン/フィルハーモニア管弦楽団

10年 ムーティ/シカゴ交響楽団   

13年 小泉和裕/九州交響楽団  

14年 ノセダ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団  

14年 ブランギエ/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  

15年 ハーディング/スウェーデン放送交響楽団  

16年 山田和樹/モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団  

16年 ガッティ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

18年 A・デイヴィス/トロント交響楽団   

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“ダイナミックで濃密、独自のユニークな造形感覚を徹底するビシュコフ”

セミヨン・ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:フィリップス)

 当コンビの数多いフランス物レコーディングの一環で、序曲《ローマの謝肉祭》とカップリング。ビシュコフらしい卓越した造形感覚が光る演奏だが、奥行き感と低音域のやや浅い録音で、バスドラムを伴う強奏部では、さらに充実したソノリティを求めたい所。柔らかく滑らかな手触りと艶っぽい音色は、フィリップス・レーベルとこのオケの相性の良さを示す。

 ビシュコフの指揮はアゴーギク、デュナーミク共に独自の解釈を貫き、音の分厚い所と薄い所、軽さと重厚さが混在するのは彼の演奏の特徴。第1楽章は特にその傾向が強いが、自在なテンポ変化や軽妙で切れの良いリズム処理は作品と相性良し。オケの音彩もプラスに働いている。第2楽章は、大きなルバートを盛り込んでロマンティックな歌い口ながら、デリカシー満点のピアニッシモの用法に非凡な才を感じさす。

 テンポは細かく動かしていて、第3楽章のようなスタティックな音楽でも、微妙にテンポの上がる箇所あり。第4楽章も小技の効いた個性的な表現だが、録音のせいか弱腰に聴こえる箇所もあり、打楽器が入るトゥッティはさらに切れ味とパンチが欲しい。フィナーレは冒頭から濃密な表情が目立ち、各部の描写も変化に富んで多彩。コーダへの盛り上げ方もなかなかの腕前。

“熱に浮かされたような高揚感を表しながら、輝かしい色彩も溢れる鮮烈な演奏”

チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 バレンボイム盤、ブーレーズ盤、小澤盤、カラヤン盤、マルケヴィッチ盤、アバド盤など《幻想》の名盤を数多く製作しているグラモフォン・レーベルだが、当録音もミュンフンの代表盤の一つとして評価の高いもの。ベルリオーズを敬愛していたというデュティユーの《メタボール》をカップリング。

 ミュンフンは明るく艶やかな響きをオケから引き出し、テンポや強弱に自在な操作を加える事で、熱に浮かされたような尋常ならざる高揚感を演出。それが神経質な方向に行かないのはセンスの良さで、あくまで峻烈かつフレッシュに音楽を展開。色彩感覚も素晴らしく、輝かしいサウンドは魅力一杯。ブレーキを掛けずイン・テンポ気味に突っ走る終楽章も、勢いと緊張感に溢れてエキサイティング。第1楽章の提示部リピートを実行、第2楽章はコルネット入りの版を使用。

“精緻な表現でスコアを完全音化するブーレーズ。あまりに整然たる響きには物足りなさも”

ピエール・ブーレーズ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1996年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 約30年ぶりの再録音。前回は《レリオ》との2枚組で話題を呼んだが、新盤は『ハムレット』を題材にした3曲構成の珍しい作品《トリスティア》をカップリング。ブーレーズはオケの特色を生かし、終始抑制の効いた精緻な表現を聴かせるが、作品の特異な管弦楽技法をものの見事に音化してゆく手腕は圧倒的。

 特に、後半2楽章における切れ味鋭いリズム処理と緻密なアンサンブルは鮮やか。オケの響きが常に軽さを尊んでいるのも特徴的だが、さすがにここまで整然と演奏されると、常軌を逸した感情の乱れや沸き立つような熱気を求めたくなるのも事実。見事と言えば見事だが、あまりにクールなスタンスに反感を覚える向きも少なくないかもしれない。第1楽章、第4楽章の提示部リピートを実施。

“明快かつ鋭敏ながら、全体を正攻法の端正な表現で通すT・トーマス”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団

(録音:1997/98年  レーベル:RCA)

 ティルソン・トーマス初のベルリオーズ録音。彼はロンドン響と来日した折にこの曲を取り上げていて、私も実演で聴きました。カップリングに《レリオ》から2曲、《亡霊の合唱》とシェイクスピア《嵐》に基づく幻想曲を持ってきて、幻想交響曲の世界を延長しているのも彼らしい演出。第1楽章及び第4楽章の提示部リピートも実行しています。

 演奏は遅めのテンポを基調に、明快でクリアな音響とシャープなリズムで造形したものですが、この曲は個性的な演奏も多いので、その中では正攻法で通した端正な表現という印象を受けます。最後の二楽章はT・トーマスらしい鋭敏な演奏で、細かい音符まで正確に音にしていてさすがですが、特に斬新な解釈というわけではありません。その意味では第3楽章がもっとも個性的で、デリケートな弱音を生かした美しい音色と、独自のデュナーミク、アゴーギクを展開しているのが興味深い所です。

“洗練された鋭敏な表現に一長があるものの、後年のパーヴォには一歩及ばず”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2000年  レーベル:テラーク)

 《ロミオとジュリエット》愛の場面とカップリング。パーヴォが振る同曲はパリ管との2011年来日公演があまりに素晴らしく、当ディスクもその期待から聴いてみたものですが、オケが非力なのか、パーヴォがまだ若かったのか、ライヴの印象には遠く及びませんでした。

 第1楽章は提示部をリピート。抑制の効いた上品な表現で、メリハリを付けず横のラインで音楽を作る感じです。主部も音色が良く磨かれ、洗練されたセンスを聴かせるものの、この指揮者らしいシャープさやパンチ力はあまり出ていません。ニュアンスは非常に細かく付けられ、強音部ではリズム感の良さもプラスに働いてきびきびとした足取りも聴かれます。アメリカの団体らしい華やかな音彩が独特。

 第2楽章はコルネット入りのヴァージョン。繊細なダイナミクスと控えめに挿入されるルバートで、実に柔らかく、典雅に音楽を造形。オケに今一歩の技術力があればとも思いますが、コルネット・ソロは優美なタッチとリズム感が良くてすこぶる巧いです。コーダはアッチェレランドで煽って終了。

 第3楽章は、細部をクローズアップしない録音のせいもあって、いささかフォーカスの甘い印象。美しい表現ではあるものの、スコアの輪郭が明瞭に描写されないもどかしさもあります。山場のテンポの煽り方、間合いを誇張して切迫した表情を形成する演出はさすが。弱音を効果的に盛り込む手法も巧緻です。ティンパニの遠雷は、かなり激烈。

 第4楽章は遅めのテンポで一音一音の歯切れが良く、ディティールが克明。行進曲も音量を抑えて、肩の力を抜いた感じです。ブラスと打楽器が入るフォルティッシモも柔らかなアタックで、クリアなサウンドを貫徹。軽快なリズム処理は効果的で、テンポを落として芝居がかったコーダもユニークです。

 第5楽章は冒頭からやはり間合いを強調し、若干のデフォルメあり。緻密に作り上げた音楽はセンスが良いですが、オケが一級ならさらに効果が上がったかもしれません。魔女のダンスもアンサンブルが精緻で、モダンな感性を聴かせます。リズムは正確無比、音色やダイナミクスも見事にコントロールされる一方、最後まで我を失う事はなく冷静。充実した響きを鳴らして、間髪入れずカップリング曲へ突入します。

“緻密でありながら熱狂的。パリの聴衆をエキサイトさせた伝説的ライヴの記録”

佐渡裕指揮 パリ管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 フランスのオケからは軒並み歓待されている佐渡裕ですが、これはパリを熱狂させたライヴの記録。名門パリ管へはこれが二度目の登場でしたが、この公演の大成功がビデオ化されたエクサン・プロヴァンス音楽祭での《椿姫》に繋がり、パリ管と佐渡裕は関係を持続する事になります。

 演奏は確かに驚かされるもの。アーティキュレーションの解釈が細部まで徹底し、それがリズムの鋭敏さや表情の細やかさを生んでいますし、弱音部に爽やかな叙情味が漂うのはこの指揮者の美点。旋律線も造形が巧く、オケに生き生きと演奏させています。表現としては奇をてらった所はありませんが、溢れる生気と沸き上がるような熱気、トータルな充実感で聴かせる姿勢は、師匠の一人小澤征爾譲りと言えるかもしれません。

 一方、ワルツにやや腰の重い箇所があるのと、管弦のバランスにブラスが突出する部分があるのはマイナス点。アインザッツのズレなどライヴ特有のアラもありますが、サロネンやビシュコフ、T・トーマスと並みいる才人指揮者達がこの曲で苦戦している事を考えると、これは賞賛に値する名演と言って良いと思います。客席からの熱狂的反応も納得のパフォーマンス。

“ロシア風のフレージングを駆使し、柔らかなタッチで仕上げた個性盤”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2003年  レーベル:フィリップス)

 《クレオパトラの死》(独唱はオリガ・ボロディナ)とカップリングしたライヴ盤。後にロンドン響とこの2曲の再録音の他、《イタリアのハロルド》《ロメオとジュリエット》を録音し、歌劇《ベンヴェヌート・チェリーニ》(ウィーン・フィル)、《トロイアの人々》(バレンシア歌劇場)の映像ソフトも出るなどベルリオーズ作品に愛着を示すゲルギエフですが、この当時はまだロシア物以外の録音が珍しかった時期と記憶します。

 第1楽章はあくまで正攻法ながら、一体感の強い合奏でタイトに引き締めた造形。オケの優美なタッチを生かしつつ、切っ先鋭く歯切れの良い弦のリズムや、巧妙な加速を盛り込んで、集中力の高さを窺わせます。ねっとりとしたフレージングや暖かみのある響きはゲルギエフの特質でもありますが、ウィーン・フィルの美質とも一致していて相性抜群。

 第2楽章は意外に腰が重く、2拍目に重みを加えているのはウィンナ・ワルツのパロディでしょうか。筆致はどこまでも柔らかく、旋律線に粘性があるのもユニークです。第3楽章もボカシを用いた音色効果が個性的で、スフォルツァンドも鋭さを抑えて丸く処理しています。そのためイントネーションが普通と違って聴こえたりしますが、全体の印象に特異さや過激さが無いのがこの指揮者らしい所。ディティールは実に美しく磨き上げられています。

 第4楽章はスロー・テンポで足取りが重く、それがまたロシア風に聴こえるのですが、刺々しいエッジがないのでむしろ穏やかな性格でもあります。後半で急加速するのは独自のアゴーギク。第5楽章はその流れか物凄いスピードで開始し、続く箇所で平均的なテンポに戻ります。《怒りの日》の淡々としつつも有無を言わさぬ調子に、キーロフでの《ボリス・ゴドゥノフ》と同種の性質を感じるのは私の思い込みでしょうか。密度の高い合奏で豪胆に猛進する後半も迫力満点。

“弱音を基調に置き、精緻を極めたパフォーマンスを展開する圧倒的な演奏”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:2008年  レーベル:EMIクラシックス)

 カップリングはスーザン・グレアムを独唱に迎えた《クレオパトラの死》。イエス・キリスト教会で収録されていて、本拠地フィルハーモニーでの録音とは響きの印象が異なります。一番大きいのは残響音の豊かさ。時にデッドで、ひどい場合はこもり気味でさえあった当コンビの過去作と較べ、遥かに潤いのある豊麗なサウンド。今後もこちらで収録して欲しいくらいですが、バスドラムを伴うトゥッティで少し音が歪む点は改善が必要です。

 全曲に渡って微細なダイナミクスを徹底させた演奏。注目したいのは音量設計の基本を弱音に置いている点で、前半三楽章はともかく、後半二楽章においても弱音を基調に繊細な表現を展開している所、ただ者ではありません。第1、3楽章のデリカシー溢れるパフォーマンスは圧倒的で、当コンビによる一つの到達点と言えるかも。弱音の中、さらに細かいニュアンスを加えて微妙に音量を変化させる木管ソロや弦のアンサンブルも見事。

 第2楽章はコルネット入りのヴァージョンですが、敢えて目立たせず、柔らかい響きでマスにブレンドさせているのも独特の解釈です。第4楽章は、足を引きずるような遅いテンポの伴奏の上に、軽妙に弾むブラスのマーチを乗せるという異様な表現。トゥッティも大音量で圧倒せず、基本がメゾ・フォルテくらいの感じ。

 フィナーレも同様で、力で押す箇所は皆無。この曲って本当は静かな曲だったのかな、というくらい落ち着いた佇まいで精妙を極めたアンサンブルが展開します。黒光りするような暗い艶やかさを放つオケの響きもこの曲としては異色で、特殊なオーケストレーションを無用な誇張なしに際立たせてゆくラトルの手腕に舌を巻きます。新譜を量産する割に記憶に残るディスクが少ない印象もあった当コンビですが、これは会心のディスクだと思います。第1、4楽章は提示部リピートを実行。

“工夫を凝らしているものの、サロネンらしい突き抜けたユニークさにはあと一歩の所”

エサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:シグナム・クラシックス)

 シグナムから出た当コンビのライヴ・シリーズ第2弾。前作《グレの歌》はSACDとのハイブリッド盤でしたが、こちらはCD層のみの通常盤。カップリングはベートーヴェンのレオノーレ序曲第2番。サロネンは、この所メジャー・レーベルの新譜がないので注目度が低いですが、近年のライヴはどれも無類の面白さに満ちた名演揃いで、当盤にも期待しました。

 結果から言うと、意外に正攻法のアプローチですが、全体にアグレッシヴな勢いがあり、鋭敏なリズムや音感、個性的なデュナーミクやテンポ変化は随所に聴かれます。低弦や木管に固定観念の動機が現れる時、極端な強弱の波を付けてデフォルメしているのもユニーク。彼はヤンソンスほどではありませんが、時折スコアに手を加える事があり、ここでも第5楽章でティンパニの一撃をトゥッティに重ねたりしています。

 しかし全体として、オケの音色が暗めなのと演奏会場の響きが冴えないせいか、突き抜けた面白さにはあと一歩。オケも熱演していて、うるさい事を言わなければ白熱した凄まじいライヴではあります。私はサロネンのファンなので、より厳しく聴いてしまうのかもしれません。ワルツのコルネット・パートは復活させています。

“旧盤の活力を維持しながら緻密さを増した再録音。会場の響きには難あり”

リッカルド・ムーティ指揮 シカゴ交響楽団

(録音:2010年  レーベル:CSO RESOUND)

 近年では珍しく《レリオ》とカップリングしたライヴ盤。ナレーションを俳優のジェラール・ドパルデューが務めているのもユニークです。《レリオ》は初録音ですが、同曲はフィラデルフィア管との旧盤以来26年ぶりの再録音。

 第1楽章は提示部をリピート。極めて真面目な性格で、若々しいパンチ力や艶っぽい音色では旧盤に一歩劣るものの、強弱やアーティキュレーションの描写は細やかさを増しています。ややデッドな録音にさらなる豊麗さが欲しいですが、明朗な音色は作品との相性良し。合奏もストレートな力感を示し、凝集度が高いです。

 第2楽章は、ルバートを盛り込んで自在な呼吸で歌うのがムーティらしい所。やはり響きがさらに練れていればと思いますが、弦には艶やかな光沢もあります。シカゴ響には、もっと音響効果の良いホームグラウンドが欲しい所。第3楽章も、繊細な音色センスと雄弁なカンタービレを聴かせる緻密な表現。遅めのテンポでたっぷりと歌う一方、弱音のデリカシーもよく生かしています。

 第4楽章は適度なテンポ設定。提示部のリピート、金管のソリッドな強奏など旧盤の鮮烈さを残す一方、ファゴットのソロや行進曲主題など、流麗なフレージングで歌うように奏されるのは新機軸。突如として激烈に叩き狂うティンパニも効果的です。後半部もあまり音量を開放しすぎず、軽快なリズム感を前面に出しているのは好印象。

 第5楽章も緊密な造形が際立っていますが、《怒りの日》の旋律など、やはり歌としての性格が強いのがユニークに感じられます。後半部も引き締まったテンポでパワフルにオケをコントロールしていて、ムーティの剛毅な棒には衰えが感じられません。パンチの効いた打楽器も強烈で、ダイナミックに盛り上げます。

“イン・テンポの端正な造形に、優美な歌と溌剌たる生気が横溢する流麗な表現”

小泉和裕指揮 九州交響楽団

(録音:2013年  レーベル:フォンテック)

 アクロス福岡シンフォニー・ホールでのライヴ録音。小泉和裕のベルリオーズ録音は、仙台フィルとの《イタリアのハロルド》が出ています。当コンビのディスクは、過去に《1812年》他のロシア管弦楽曲集(セッション録音)もあり。

 第1楽章は序奏部から響きがよく磨かれ、音色の美しさ、フレージングの優美さが際立っています。主部はあまりテンポを動かさず、小泉らしい清潔な表現を展開。しかし細部の表情は生彩に富み、溌剌としたリズムと鋭利なアタックが音楽を生き生きと躍動させます。艶やかな光沢を放つ、シャープで明るいサウンドも作品にマッチ。正攻法の解釈ながら、各部の表情の適切さ、豊かさが、聴き手に大きな充実感を与えます。

 第2楽章もイン・テンポの端正な表現。旋律線の描写はよく練られていて、ワルツ主題も優美に歌い上げます。強弱やアゴーギクではなく、管弦のバランスや色彩感、フレーズの表情で聴かせる事が多い指揮者です。コーダ付近では控えめにルバートも用い、潤いのある響きで、繊細かつ麗わしい音世界を展開。

 第3楽章は、弦と木管による主題提示の、デリケートな音色が素晴らしく、しっとりと濡れた美しい響きに耳を奪われます。アーティキュレーションと各パートのバランスがよく考えられているのは、この指揮者の美点。効果的な加速と歯切れの良いスタッカートで処理した強音部も、非凡な造形です。とにかくアンサンブルとフレージングの美しさが格別で、この楽章をこれだけ魅力的に聴かせる録音はさほど多くありません。

 第4楽章は軽快なテンポを採りながらも、刺々しいアクセントや威圧的なフォルテを排し、流れの良さを追求。マーチ主題も歌うように流麗な造形になっています。フットワークが軽く、鋭敏で切れの良いリズムも見事。細部まで丹念に描写されたアーティキュレーションも、大きな効果を挙げています。第5楽章も合奏が生気に溢れ、自由闊達な躍動感に溢れた魅力的な演奏。華やかなサウンドもベルリオーズ作品にふさわしいです。最後までイン・テンポなのも当コンビらしい所。

“スコアを明晰に腑分けし、繊細な手付きで再構築したガラス細工のような《幻想》”

ジャナンドレア・ノセダ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2014年  レーベル:ヘリコン・クラシックス)

 珍しい顔合わせによるオケ自主レーベルのライヴ盤で、ボロディンの歌劇《イーゴリ公》序曲というマニアックなカップリング。残響がデッドで奥行き感が浅いですが、直接音は鮮明で生気に溢れています。

 第1楽章は提示部をリピート。オケが好演していて、ソロを中心にしっとりとリリカルな歌が横溢します。主部も、端正な造形の中にすこぶる表情豊かなカンタービレを展開。音色のみずみずしさも耳に残ります。アゴーギクを大胆に演出している箇所がありますが、さほど速いテンポではないにも関わらず推進力が強く、全体がスムーズに流れるのは設計の確かさでしょうか。極端なメリハリや強いアクセントも、注意深く避けられています。リズムや音響の解像度の高さにも、非凡な才覚を発揮。

 第2楽章はコルネット入りの版を使用。スローなテンポで優美に歌わせるスタイルは意外です。各パートが素晴らしく上品に歌っていて、思わず聴き惚れるような美しいパフォーマンス。アーティキュレーションの描写も実に細やかです。絶妙なルバートとデリケートな弱音の組み合わせや、精緻な合奏も見事。

 第3楽章も驚くほど繊細で、まるでガラス細工のような音世界。ユニゾンやソロのはかなげな音色美も聴きもの。遅めのテンポで悠々と進行する棒さばきにも、何やら凄味が感じられます。途中の山場でもあまりテンポを上げず、じっくりと細部を掘り下げているのがユニーク。

 第4楽章は一転速めのテンポで疾走。ディティールを克明に処理し、フレーズをスムーズに連結してゆく事で、風通しの良い爽快な演奏になっています。響きが薄手なのは録音のせいもありますが、かえって明晰なサウンドに聴こえ、強音部でも威圧感が軽減されるのはメリット。

 第5楽章はデモーニッシュな性格ではありませんが、細部の解像度が高く、音色も鮮やか。鐘は軽く、目の覚めるような音です。音が輻輳する箇所も見事に整理整頓され、スコアを腑分けする能力とオーケストラ・ドライヴの腕の確かさを窺わせます。常に意識が冴え渡り、感情にまかせて暴走しない賢明さもあり。勢いよりも、細部の丹念な描写と音色美が優先される表現です。

“力技や勢いで押さず、全体を俯瞰して緻密さと疾走感を両立させた好演”

リオネル・ブランギエ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2014年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ライヴの放送音源を集成した、オーケストラの創立150年記念ボックスに収録。私はほとんど演奏を聴いた事がない指揮者ですが、名門オケが白羽の矢を立てただけはあって、若さと勢いだけで突っ走る事のない、成熟した音楽性を感じさせる点は非凡。

 第1楽章は、ダイナミックな押し出しよりも、スムーズな流動感に秀でた造形。リズム処理は鋭敏で、歯切れの良いスタッカートも随所に聴かれますが、それは小気味好く音楽を進行させるためという感じで、シャープな角が立つ箇所はありません。旋律の歌わせ方が優美かつ繊細で、その点にこの指揮者とオケの良さが出ているのかなと思います。

 第2楽章は、序奏部の弦のトレモロで抑揚を強調し、異様な熱気を表しているのが作品の本質を衝く表現。速めのテンポも、何かに急き立てられるような推進力に繋がっています。潤いのある、まろやかな響きも魅力的。第3楽章も柔らかくデリケートな音作りが印象的で、カラフルながら暖みのあるオケの音色をよく生かしています。アーティキュレーションをきめ細かく描写し、デュナーミクを巧みに抑制して、メゾ・フォルテやフォルテばかりが延々と続く事がないのは好感が持てる所。

 第4楽章は速めのテンポで流動的。鋭利なアクセントを要所で打ち込むものの、句読点でいちいち区切らず、流れるように緩急を作ってゆくセンスは見事。フレーズの息の長さと滑らかな造形センスに、かつての小澤征爾の姿が重なりますが、同様にスマートすぎて凄味やケレン味に不足する面もあります。しかしスタッカートを随所に盛り込み、大音量を避けてダイナミクスの濃淡を細かく付ける辺りは、知的な才覚を感じさせます。

 第5楽章も突出したデフォルメはないももの、前半部から多彩な音響センスを展開。合奏を生き生きと躍動させる棒さばきも卓抜で、迫力と勢いで押しがちなこの曲を、冴えた筆致で実に精緻に聴かせます。又、数々の才人指揮者が細部を掘り下げすぎて足取りが重くなってしまっているのと逆に、爽快な疾走感をきっちり確保しているのは瞠目に値する美点。

“古楽系アプローチの瞬発力と機動性を応用し、随所に非凡な才覚を示すハーディング”

ダニエル・ハーディング指揮 スウェーデン放送交響楽団

(録音:2015年  レーベル:ハルモニア・ムンディ)

 ラモーの《イッポリトとアリシー》組曲という、ユニークなカップリング。パーヴォ・ヤルヴィ共々、出来れば手兵パリ管と録音して欲しかったと思いながらも、ここに聴くオケの音色美は特筆もの。音質もオケの技術にも不足はなく、このコンビのレコーディングもあまり多くはないので、これで良かったのでしょう。

 第1楽章は提示部をリピート。序奏部は弦のしなやかなラインが印象に残りますが、主部に入るとティンパニの硬質な打撃がオケの運動神経を高め、峻厳で切れの良いリズムを用いて機動性の高い合奏を展開。音色はまろやかで、弦のみずみずしい響きが魅力的ですが、アーティキュレーションやダイナミクスへの敏感な反応は、どことなくピリオド系アプローチの影響を感じさせます。展開部のダイナミックな迫力と躍動感も痛快で、ティンパニの強打も効果的。

 第2楽章はコルネット入りのヴァージョン。ワルツ主題を僅かなルバートでしなを作るように歌わせているのも個性的で、ヴァイオリン群のまろやかな音色も耳を惹きます。コルネットの音彩を加えた和声感と小粋な節回しが素敵。カップリング曲のラモーの影響で、フランス・バロックの流れに位置する音楽にも聴こえるのがユニークです。コーダの繊細なデュナーミクと、軽やかなアンサンブルも見事。

 第3楽章は、透明感のある清澄な響きが美しく、爽やかな叙情が充溢します。ハーディングの棒は音の輪郭とイントネーションが明快で、フレーズのアウトラインをくっきりと描き出すのが特徴。強音部では急激にテンポを煽りますが、合奏がぴたりと緊密に揃えられているので、室内楽のようにタイトな一体感があります。スローな部分でもアーティキュレーションを曖昧にぼかさず、冴え冴えと覚醒した意識で明晰に構築している所、非凡な才覚と言う他ありません。

 第4楽章は提示部リピート。遅めのテンポながら、途中でよたよたとテンポを落としていくなど恣意的なアゴーギクも駆使しています。固いバチを使った粒立ちの良いティンパニとノン・ヴィブラート気味の弦が、やはりピリオド系の演奏を想起させる感じ。細部を拡大したり、フレーズの解釈に個性を示しながらも、全体がスマートに聴こえるのは指揮者の資質でしょうか。歯切れの良いスタッカート、隅々まで明快なフレージングと、透徹したクリアな音響構築もさすが。

 第5楽章は冒頭の繰り返し動機を一回ずつ区切り、間を空けるのが独特。極端なスフォルツァンドも盛り込んで、神経質に引きつったような表現も聴かれます。ブラスが暴れ回る辺りのメリハリも大きく、トゥッティのダイナミズムと共に、描写力の鮮やかさが秀逸。グロテスクなアーティキュレーションを開陳しながらも、ゲテモノにはならない趣味の良さを感じさせ、熱っぽい高揚感とエネルギッシュな力感の開放の果てに、大団円を迎えます。

“躍動感や推進力を放棄し、ひたすら細部を濃密にデフォルメする奇盤”

ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:RCO LIVE)

 #MeToo運動によるセクハラ疑惑で短期解任されたガッティとコンセルトヘボウ管の、稀少となってしまったライヴ記録。映像ソフトも出ていて、そちらにはワーグナーの《タンホイザー》序曲(名演!)とリストの交響詩《オルフェウス》も入っています。私はブルーレイ映像で試聴しましたが、自ら招いた不祥事とはいえ、登場しただけで盛大な声援に迎えられるガッティの姿が、今となっては痛々しいです。

 演奏は前任者ヤンソンスと全く対照的な、実にユニークな内容。基本的にリズムを刻む棒をほとんど振らず、フレーズを膨らませたり、裏拍のアクセントを強調する事に専念していて、そのため造形はスマートさを欠き、いびつなフォルムへ作り替えられます。フレーズを再解釈する点ではシルヴェストリの再来とも言えますが、ガッティの場合はフレーズの中でも音価の伸縮があり、テンポが一定しません。又、ビートに乗って躍動的に盛り上げる事がないのも特徴です。第1、4楽章は提示部リピートを実行。

 第1楽章は、フレーズの間の取り方が非常に音楽的で、イデー・フィクスも即興的な間を採って自在な呼吸感。ヨタヨタと不安定な足取りは作品の本質を衝くものですが、ティンパニが入るトゥッティは抑え気味で、代わりに裏拍のホルンを鋭く吹かせるなど、独特の表現です。あちこちに溜めと引き延ばしがあり、粘液質で腰の重い合奏。第2楽章も拡散型の華やかさがなく、抑制の効いた描写に終始します。ディミヌデンドして、はかなく締めくくるのも面白い解釈。

 第3楽章はフレーズを短く掴み、凝集された濃密な表情を付与。通常はテヌートで処理されるリズムにスタッカートを付ける手法も、全楽章で聴かれる面白い癖です。第4楽章はスロー・テンポと粘りの強い語り口で、重々しく濃い表現。リズム感が鈍い訳ではなく、シャープな輪郭や歯切れ良さもありますが、そもそもビートを軸に音楽を作ろうという気がさらさらない感じ。

 第5楽章も表現主義的でデフォルメが多く、木管の鳴き声もスタッカートとグリッサンドが異様に強調されています。弱音器の付いた弦も然り。合奏が推進力を持たないまま後半へ突入し、最後のフェルマータを思い切り短く切り上げて終了。とてもお薦めできない奇盤ですが、会場はスタンディング・オベーションで讃えています。特に、傑出したセンスを持つ才人指揮者にこういう重い演奏が多い気がするのですが、スコアを深く読むほどそうなる曲なのでしょうか?

“腰が重く生真面目な棒、オケの技術面と、残念ながら問題山積”

山田和樹指揮 モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:OPMC CLASSICS)

 楽団自主レーベルから出た、首席指揮者・芸術監督就任第1弾アルバム。《夢とカプリッチョ》(ソロはリーザ・ケロブ)をカップリングしています。弦のまろやかな響きは魅力的ですが、管楽器のピッチが微妙に甘いのと、内声のバランスにも問題を感じる箇所があちこちにあり。残響は適度なものの、トゥッティでは奥行き感が露呈し、響きが浅く感じられる傾向もあります。

 合奏はよく統率されていますが、指揮者のアプローチ自体もストレートな正攻法という印象。第1楽章はテンポが遅めで、骨張った響きの一方、弾力やパンチに欠ける側面もあります。第2楽章もスロー・テンポで、旋律線には優美さも感じられますが、管のリズムは生硬で野暮ったく、足取りの重たい演奏。第3楽章はオケの音色がメリットとなり、全曲中では一番成功している感じ。さらに響きが洗練されればと思うのと、面白味に欠けるのは共通した傾向。

 第4楽章は冒頭から管楽器の和声バランスが悪く、リズムも流れてしまっている箇所が多くてフォーカスの甘いパフォーマンス。行進曲も垢抜けません。後半部の弦楽合奏には工夫があり、クラリネット・ソロが異様に膨らむのはユニーク。第5楽章も真面目な表現。ニュアンスは豊富で丁寧な指揮ぶりですが、新鮮な発見には欠ける演奏です。せめて劇的な白熱があれば良かったですが、最後まで腰が重いのも残念。

“美点も色々あるものの、あまりにおっとりして推進力に欠ける演奏”

アンドルー・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

(録音:2018年  レーベル:シャンドス)

 同じ作曲家による、シェイクスピアの《テンペスト》幻想曲という、珍しい作品をカップリング。A・デイヴィスはゼロ年代以降ベルリオーズを積極的に録音しており、他にもベルゲン・フルとの序曲集、メルボルン響との《イタリアのハロルド》《キリストの幼時》、BBC響との《ロメオとジュリエット》が出ています。《幻想》は初録音で、93年にBBC響の大阪公演で聴いたのが素晴らしい演奏だったので期待しましたが、当盤は個人的にはあまり乗れない1枚。

 このコンビの録音は、少し前に出たヘンデルの《メサイア》再録音と共に本当に久しぶりで、変わらなく感じるのはオケのサウンド。カラフルでポップ、それでいてどぎつくならない、明朗で柔らかい響きは独特で、今でも受け継がれて嬉しいです。しかし、どういう訳か当盤はテンポが遅く、瞬間瞬間の処理に徹してゆく趣。腰が重くて、あまりにも推進力に乏しいです。音の立ち上がりにもスピード感がなく、鋭敏なリズム感の持ち主だったサー・アンドルーの演奏とは思えません。

 一方、ディティールは非常に丁寧に描写され、奥行き感は増しています。雅致に溢れた各パートのソロも健在で、オケの美点もしっかり生かされている印象。元々アグレッシヴに攻めるタイプの指揮者ではありませんでしたが、ある種の活力と機敏さが魅力だっただけに、このおっとりとした表現は、成熟というより悪い意味での老化と捉えられても仕方がないかもしれません(まあ74歳での録音ですが)。

 良い面に目を向ければ、第2楽章ワルツ主題の歌い回しはすこぶる優美だし、音色も艶美。コーダへの追い上げで鋭いアクセントを発するホルンも鮮烈です。そして第3楽章の牧歌的な歌心と巧みなアゴーギク、第4楽章の歌うように艶めく金管、各パートのソフトなフォルテと着地、イン・テンポを基調にお祭り騒ぎにならず、響きの明るさと透明性を保ちながら、悠々たる歩みと底力が凄味を帯びてくる第5楽章などなど。第1、4楽章は提示部をリピート。

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